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Promised Land -帰りたい何処か-

わたしにとっての「約束の地」はどこなのか?

その答えを今探しています。

naohito with cocktail 新婚ほやほやの藤木さんを載せてみました。。



2006年、あけましておめでとうございます。

本年も無理せず、でもコツコツとブログを更新していきたいと思っておりますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます(^^)







毎年元旦は、父方の祖母宅に行くのが我が家の慣例。
でも、去年は一身上の都合(苦笑)により、
私だけ行くのをパスしていたので2年ぶりの元旦訪問です。


手土産に、「ガレット・デ・ロワ」を買って持って行きました。

ガレット・デ・ロアは、元旦を祝うフランスのケーキです。


ガレット・デ・ロア


フランス語では「王様ケーキ」と言う意味で、
パイ生地の中にアーモンドクリームが入ったお菓子です。
(結構バターがきいている、小さくてもかなり
 カロリーの高そうなボリュームのあるケーキでした。。)



正確には、東方博士が生まれたばかりのキリストを礼拝した 
御公現(ごこうげん)の祝日である1月6日に食べられる伝統のお菓子です。

昔からこの日には大きく平らたい丸いお菓子を作り 
その中にそら豆や金貨を1つ入れて(最近は陶器の人形が入ってることが多い)、
それに当たった人はその年幸運が来る・・・といわれ、
 紙で出来た王冠をかぶり王様(女王様)として祝福されます。

 
勿論、このガレット・デ・ロアにもフェーブ(陶器の人形)が入っていて、
皆でどきどきしながら食べました。


結果、見事フェーブを手にしたのは、御年98歳の曾祖母。
車のフェーブでした。

今年も元気に一年過ごしてくださいね。。と思いました。


フェーブはあたらなかったけれど、
私にとってもいい一年でありますように。


今は2005年12月31日午後11時5分です。

今年も残すところあと1時間半を切ってしまいました。
一年が経つのは本当に早いですよね。
小学生の頃は2学期が途方も無く長く感じたのに。
年取ったってことでしょうか(苦笑)。


今年もいろんなことがあって、ここにも色々書いてきましたが
まだ書いてなかったことがあったので、それを書こうかと思います。



2005年はミュージカルデビューした年でもありました。

・・・といっても、勿論私が出演したわけではありません。
(・・って誰もそんなこと思わないっちゅーの(自分ツッコミ))


生の舞台を初めて見に行ったのです。


そして、見にいったのは


 宝塚の「アイーダ」(湖月わたる、檀れい出演、A席)
 
 劇団四季の「クレイジー・フォー・ユー」
      (ボビー・チャイルド : 荒川 務

ポリー・ベーカー :樋口 麻美他出演、S席)     

の2作品。


まず前者の宝塚。話の舞台がエチオピアだったので、やや地味目な
ところもありましたが、さすが宝塚、男役の湖月さんはりりしいし、
娘役の檀さんもとてもきれいでした。
公演終了後、思わずヅカファンに混じって、追っかけの真似事
してしまったり(笑)。

 

・・でもヅカのファンは礼儀正しいので、きちっと整列して、
 かつ通行人の邪魔にならないように配慮しつつ、静かに待ってます。
 そして、スターがでてきても、あくまで静かに。彼女達に迷惑が
 かからないようにしてます。



宝塚にハマる人たちの気持ちがわかったような気がしました。
本当に「夢」を見せてくれる舞台でした。


そして、後者の劇団四季。

私の友達にも劇団四季好きが何人かいます。
でも、私は正直に言ってしまえば、あまりミュージカルに興味がなかったので
(宝塚も、有名な派手な舞台を見たい、といった動機が優先してました)
当然積極的に行こうと思ったわけではなかったのでした。
たまたま、今の会社の同期のお姉さん夫婦が急用でいけなくなった、
ということでS席のチケットを譲ってもらえた、というきっかけが
あったからです。


しかしながら・・・。
このS席、前から11番目という至近距離でした。
同期のお姉さんは四季の会に入っている、といってましたから、その席を
取れたことには納得しましたが、それでも、なかなか取れませんよ。


そして、舞台のすばらしさ。


舞台装置から、ダンスから、話から、本当に「すばらしい」以外の
言葉が思いつかないほどでした。

アメリカが舞台なだけあって、割と激しいダンスが多かったのですが、
圧巻でした。
高いヒールを履いてのタップダンス。激しいダンスと歌。


宝塚とはまた別の種類の「夢」を見させてくれた舞台でした。



すばらしい舞台を見ることが出来て、わたしの世界がほんのちょっとだけ
広がった気がしました。

劇団四季に連れて行ってくれた同期に感謝。
この同期には、他にもこの一年でいろんなことを教えてもらった気がします。
本当にありがとうね。


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さてさて。今の時刻は午後11時20分です。
2005年、このブログをご訪問いただきまして誠にありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

どうぞ良いお年をお迎えください(^^)

同じく室井佑月のエッセイ「ラブ ファイヤー」の収録作品、
「母のような場所」より。



 特別なもので満たすということじゃなく
 こういう小さな気持ちの積み重ねが大事なんだ、
 そういえばそれも銀座で学んだことでした。




誰かを著しく幸せにすることはできないけれど、
小さな幸せを沢山配ることは出来る。
それがひいては自分も幸せにする。

それって、真実だと思います。


それが自然に出来る人には、やがて、
知らないうちにかけがえのない幸せがやってくるのかもしれません。
自分が作り出している、とも言えるかもしれませんが。





そういえば、私が社会人として最初に働いた(というより研修だけど)場所も、

銀座でした。



久しぶりに読んだ室井佑月のエッセイ。

このエッセイ集のなかに収録されていた「乙女のボンノー108」から引用。


(64)ラブレター

 

 別れた男たちは、あたしにラブレターを出したことを後悔しているんだろうか?
 それとも、そんなことは忘れているんだろうか。

 

 きっと後者だ。

 

 だからあたしは貰ったラブレターを捨てることができない。別れた男たちが
 忘れてしまうなら、あたしは覚えていたいと思う。

 誰が書いたラブレターかは関係なくて、そういう温かい気持ちがあったことを。

 

だって、それはあたしたちしか知らない。
 あたしが覚えていなきゃ、無かったものになってしまうから。




最近では薬のおかげなのかどうなのかはわからないが、彼のことを思い出すことは
随分なくなってきた。
昔一緒にいた時間が、実は幻だったのではないかと思うくらい。

だって、今、それをなぞることは全く出来ないのだから。



だけど、彼から貰った手紙は今も手元にある。
確かにあたしたちは、出会い、同じ時を生きていたのだ。

たとえ彼が忘れてしまっても、それは事実なのだ。


あたしも、覚えていたいと思う。そういう温かい気持ちがあったことを。
執着はもうしない、だけど、覚えていたい。


そういう幸せに、私もちゃんと出会っていたのだということを。

明日返却期限のCDを一生懸命PCに落としてた。。


今更ながらに聞いているのが「夏歌ウ者ハ冬泣ク」。
ちょっと話題になった藤木さんのミニアルバムです。


これって、CDの中におまけのビデオクリップがあるって
書いてあったけれど・・ありましたありました。



なんか、ちょっとだけ「素」っぽい藤木さんが見られて
興味深かったのと、あの時代遅れのダンスと衣装に
笑ってしまいました。

だけど、どんなカッコしてても、やっぱり藤木さんはかっこいいっす。



・・・ってあたし、少々ヤバいかも・・・。
28だし、いい加減現実世界でオトコ見つけなきゃ・・・。
藤木さんだって新婚さんなんだしね(;´Д`)

昨日の午後11時半頃。


仕事納めだった昨日。早々にお風呂に入り、夜のお肌のお手入れも終わり、

27日にようやく届いた藤木さんのカレンダーを見ながら

ささやかな幸せを噛み締めていたとき・・・・・


会社の先輩から電話が入った。


残業中の休憩時に電話をしてきたらしいのだが、

たわいもない世間話をした後、彼の一言にかなりの衝撃を受けた。





「藤木直人、結婚したらしいな」

(゚Д゚)エッ  マジッスカ?!





 昨日はショックとあまり信じたくない気持ちが優先して、そのまま寝てしまったが、

それにしたって、カレンダーも購入し、CDも購入し、出演ドラマは毎回欠かさずみているくらいの

入れ込みようを知っている先輩が、冗談でそんなことを言うはずがない・・・。


今朝、新聞をみたら、やっぱり「藤木直人さん結婚」という記事が掲載されていた。


今さっき、YAHOOの記事を見ていたら、しっかりありました。。


お相手は一般人女性27歳らしい。大学時代からのお付き合いだって。

藤木さん、やっぱり素敵な人なんですね・・・・。


今日は、お祝いします。

おめでとうございます。末永くお幸せに・・・・。


それにしても、その女性、うらやましいです!!!!




以下、YAHOO からの記事を一部引用


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俳優で歌手、藤木直人(33)が大学生時代に知り合った6歳年下の一般人女性、

A子さん(27)と入籍したことが28日、分かった。


この日、藤木が公式HPで

「12月27日入籍致しました。お相手は一般の方で、長年お付き合いさせて頂いている方です」


とファンに報告した。

交際は9年に及び、藤木は芸能界での活躍を陰で支えたA子さんとの愛を貫き通した。

 1メートル80の長身に甘いマスク、早稲田大理工学部卒のインテリと、非の打ち所のないモテ男の藤木が、一途な愛を貫き通した。

 

28日午後、ファンクラブの公式HPで「私事ではありますが、昨日12月27日入籍致しました」と報告し、

「お相手が一般の方なので、詳しくお知らせできませんが、長年お付き合いさせて頂いている方です」と

A子さんを紹介。

「新たな責任感を励みに、役者業、音楽業に精進していきたいと思っています」と誓っている。



 関係者によると、新妻のAさんは都内のCM制作会社に勤務するOL。

長身で目鼻だちのはっきりしたモデル風の美人で、これまで何度か

女性週刊誌に取り上げられた女性という。

出会いは大学生時代の9年前。藤木が所属していた早大のサークルに、

他校の女子大に通ったA子さんが入部し、先輩後輩の関係から、すぐに交際がスタートした。

 


当時、藤木は映画「花より男子」でデビューしていたものの、

本業はあくまでも学生だった。Aさんは有名人の藤木を好きになったのではなく、

普通の学生同士の恋愛だったという。



 その後、藤木は芸能活動を本格化させ、平成13年放送のフジテレビ系

「ラブ レボリューション」で大ブレーク。トレンディー俳優として欠かせない存在となり、

若い女性から熱狂的な人気を得るまでになった。

が、藤木は華やかな世界の女優やタレントには見向きもせず、Aさんとの愛を着実にはぐくみ、

Aさんも藤木を支え続けた。



 最近では本業の俳優のほか、ミュージシャンとしての評価も高い藤木。

4月から日本テレビ系「おしゃれism」(日曜後10・0)でパーソナリティーに初挑戦するなど新境地も開いた。それも、Aさんという心の支えがあったからに違いない。

 


来年4月スタートの主演ドラマも控えており、結婚したことで、ますます脂の乗った演技が期待できそうだ。

(サンケイスポーツ) - 12月29日8時2分更新


自己採点で合格を確信してはいたものの、
やはり実際に合格発表で自分の受験番号を確認して、
合格通知書をこの手にしないと、どこかでやはり
人にはおおっぴらには言えませんでしたが・・。


一昨日、めでたく合格通知が届きました。


合格通知



合格通知を見て今更ながら思ったこと・・・。


公害防止管理者って国家資格だったんだな(^^;)


会社にいたときなら報奨金で5万円もらえたし、
場合によっては必要な資格なので、
それなりの価値もあるのですが、
いかんせん今の仕事は事務。
よって、持っていてもあまり意味はないのです。


でも・・・・。
会社にいた頃のケジメが一つつけられたし、
やっぱり試験に合格するという成功体験は、
心地よいものです。。


・・・さて、これでやっと公害防止管理者がらみの本を
処分できるな(笑)
 (でも、『公害防止の技術と法規』だけは手元に残しますけどね。
  一応有資格者なので(笑))

本当に亜也さんはとても強い女性だったんだなって思った。
どんどん奪われていく身体の機能。
そして、それに伴って、死への恐怖や絶望は、
きっと量り知れないものだっただろうと思う。


それでも彼女は、周りへの思いやりと、希望を、
決して失わなかった。


自分の身体を、
自分と同じ病気で苦しんでいる人の治療の研究に役立ててほしい・・

その言葉を聞いた水野医師(藤木さん)は、診察室に戻って、泣いていた。

私も涙がこぼれそうだった。



藤木さんの出演回数が今回とても多かったのは、藤木さんファンとしては
うれしいのだが、それ以上に、亜也さんの強さが、とても印象的だった。



彼女は昭和63年5月に永眠した。
もし彼女が生きていれば42歳。
きっと、もっともっと多くの人を幸せにしていたんだろう。



だけど、彼女は死してなお、多くの人に勇気を与え続けている。
自分自身を励ますために紡ぎだした言葉は、多くの人々を励まし、勇気づけている。



木藤亜也さんのご冥福をお祈りいたします。

昨日、レンタルショップへ行って借りてきました。

ポルノグラフィティや安室奈美恵、BUMP OF CHICKENの新曲とともに。


ずっと前に好きだった人
冬に子供が産まれるそうだ
昔からの決まり事を
たまに疑いたくなるよ
ずっと忘れられなかったの
年賀状は写真付きかな
わたしたちに出来なかったことを
とても懐かしく思うよ


私がずっと前に好きだった人は、今年の2月13日に結婚したので、

恐らく今年の年賀状は結婚式の写真付きのものなんでしょうね。想像するに。

来年の冬には子どもが生まれるのかもしれない。


私も、早く人生の伴侶を見つけたい。

彼のことを忘れてしまえるほどの人を。

観てきました。「男たちの大和」。


「白旗の少女」にしても、「はだしのゲン」にしても、
「大地の子」にしても、戦争を描いた作品を読んで
何時も思うのは、いかにその時代の人たちが、
文字通り命がけで必死に生きてきたか、ということ。

そして、戦場でさえも、自らの過酷な運命を知りながらも、
それでも必死になって、国や、自分の大切な人たちを
命がけで最期まで守ろうと戦う人々。


史上最強といわれた大和だったが、
最期は特攻隊のごとく、護衛艦も戦闘機もなしで
単独で沖縄に向かう途中、実力を発揮することもなく、
海に沈んでいった。


戦艦大和の乗組員である、
内田守二等兵曹(中村獅堂)、森脇庄八二等兵曹(反町隆史)、
この物語を紐解く役割を担う若き少年兵神尾克己(松山ケンイチ・現代では仲代達矢)
その他の若き少年兵や、上官たち。

そして、
無謀な沖縄への出撃命令を下されたときに、
彼らの命を預かっている、という思いから、意見した
伊藤整一司令長官(渡哲也)。

所詮戦争中、軍隊においては、上官、
ひいては最高司令官の天皇(昭和天皇)の命令は絶対だ。


「死ぬ覚悟はできております」
という少年兵たちの言葉を聞き、

「あんな子供みたいなやつらに、
 本当に、死ぬということがわかっているのだろうか」

と呟いた森脇。無言で頷く内田。


戦艦大和の最期は壮絶だった。
皆の応戦虚しく、多勢に無勢といった感じで、
どんどん兵士達は撃たれていき、そして最期大和は沈没した。


映画の一番最後に出たメッセージ。

「彼らが命をかけて守った日本に、今私達は生きている」


戦争がいかに悲惨か。
戦後60年間、戦争に巻き込まれること無く平和に過ごせたのは、
彼らの犠牲があったからこそだ。


最近、自衛隊を「自衛軍」にするだの、
憲法を改正(個人的には改悪だと思うが)して、
第9条を骨抜きにしようとしている政治家達がいるが、
そういう人たちに是非見ていただきたい映画だと思った。

そして、戦争を知らない我々若い世代にも。

多くの犠牲があったからこそ今ある平和。
それは決して努力なしでは保てるものではない。


まずは、政治に関心を持つことだ。
選挙で無責任な投票をするのではなく、
棄権するのではなく、自分の頭で考えて、
慎重に選挙権を行使してもらいたいと、思った。



・・・あれ、最後のほうは映画とは直接関係の無い
ことになってしまったけれど・・・
まあ、要するに、色々考えさせられた、
面白い映画だった、ということである。