前回、思考機能Tを指向する人と、感情機能Fを指向する人では
「気持ち」に対する捉え方や反応の仕方が異なると書きました。
思考機能Tを指向する人は、感情が入ると判断が鈍るので、
感情が入ることを嫌がります。
そのため、自分が感情的に傷つくことに対しても、
不器用になりがちです。
傷つきやすくなりすぎたり、
傷つけられたことを外に表現しなかったりするのです。
かわりに「なぜこの人は自分を傷つけるのだろうか」と分析します。
分析していると、表情がなくなり、能面のようになりがちともいわれます。
例えば、Fを指向する人が、Tを指向する人が
客観的な判断を下したことに対して、
「あなたには感情がないのか。冷徹な人だ」と批判をしたとします。
Tを指向する人は、もちろん感情がないわけではありません。
Fを指向する人と同じく感情を持つTの人は、傷つくのですが、
「なぜそんなことをいうのか」と分析し、能面のような表情になるので、
攻撃しているFを指向する人は「この程度では傷つかないのだ」と思い、
もっとエスカレートしたひどいことを言ったとします。
その場ではTを指向する人は分析を続けるので、特に反撃はないとしても、
じわじわと、傷は後から深くなるのです。
「傷ついているのであれば、それが表情に現れるはず」といった、
「自分と同じように相手も反応するはず」という思い込みが
感情のやり取りの場面で現れると深刻です。
自分と他者との違いを理解すること。
豊かな人間関係を築く為には歩みを止めてはならない努力だと思います。
思考機能Tと感情機能Fの違いについて続けます。
感情機能Fは、日本語の表現の問題で、
「感情的」」「 情動的」「Emotional」と捉えられてしまうことが
あるのですが、そうではありません。
判断をする際に、判断対象と距離を置かずに、
当事者として判断する、ということです。
決して、感情機能Fを指向する人が
「すぐに感情的になる」といったことはありませんし、
逆に、思考機能Tを指向する人が
「感情がない冷血漢」という訳ではありません。
しかし、「気持ち」に関する考え方や表現の仕方は
思考機能Tと感情機能Fを思考する人の間で違いがあります。
Tを指向する人にとって、「気持ち」は「頭で理解する」ものです。
「気持ち」は「人間関係」に関するものであり、
その人間関係を客体的に見て、頭で考え、判断をしようとするのです。
だから、何かチームで行動をとる際は、「気持ち」を考慮に入れることが
大切だと考え、「気持ちを大切にしよう」と言葉に出したりします。
一方、Fを指向する人にとって、「気持ち」は「察する」ものです。
当事者として判断しようとする人にとって、
「気持ち」はわざわざ言葉に出して説明するものではありません。
お互いに気持ちは察し合うもので、
何かチームで行動をとるときも、誰かの気持ちがざわざわしている限りは
落ち着きません。みんなの気持ちが落ち着いたときに初めて納得ができます。
よくありがちなT/Fの対立は、
例えば会議の場面において、客観的な基準に照らし合わせて決まったことに対して、
Fを指向する人が、決定事項に対して理解はするけれど、当事者として
気持ちが落ち着かない、ざわざわしている状態のままで
煮え切らない態度や表情を取ったりします。
それを見たTを指向する人が、Fを指向する人を見て、
「決定事項に対して責任感がない」「意見があるときに言わないのは卑怯だ」
「なぜそのような気持ちになるのか理解ができない」などと思ってしまうのです。
Fを指向する人は、別に結論に反対したいわけではなく、
妥当性は十分理解しても、気持ちが落ち着かないので、寄り添ってほしいだけ、
という場合があります。
そんなときに、Tを指向する人から、上記のような心の声をぶつけられると、
人間関係はかなりぎくしゃくしてしまいます。
思い当たる節がある方は多いのではないでしょうか?
もう少しT/Fについては続けたいと思います。
今回は、感情機能Fを指向する人が望む褒められ方についてです。
感情機能Fを指向する人は、
「風船のような自尊心」を持つとも言われます。
褒められれば褒められるだけのびる、
しかし、ちょっとした針=指摘ですぐにしぼんでしまうとか。
Fを指向する自分としても心当たりがあります(笑)
褒められるときは、言葉で「すばらしいね」と言われるだけでなく、
表情や声のトーンからも賞賛が感じられることを望みます。
Tを指向する人とは、嬉しい褒められ方は随分違うと言えます。
これらの違いをふまえると、
コミュニケーション上で気をつけるとよいことが見えてきます。
Tを指向する人がFを指向する人を褒める際は、
自分がされて嬉しいような
「どの点がどのようにすばらしいのか」というコメントを
具体的に、客観的に述べるのみならず、
気持ちを込めて「ありがとう」と言うこと、
表情にも笑みを浮かべ、声のトーンを上げること、
褒める頻度を高めること、
などに目を向けてみるとよいでしょう。
一方、Fを指向する人がTを指向する人を褒める際は、
むやみやたらに「すごいね」と言うのではなく、
客観的な基準に照らし合わせて、あるいは
本人のこだわりに照らし合わせて、
ピンポイントに褒めるとよいでしょう。
あまりEmotionalに言い過ぎると、
Tを指向する人は引いてしまうことがあるので
要注意です。
T/Fの違いは、MBTIのその他の指標以上に、
対立や誤解を招きやすい違いです。
次回も続けます。
感情機能Fを指向する人は、
「風船のような自尊心」を持つとも言われます。
褒められれば褒められるだけのびる、
しかし、ちょっとした針=指摘ですぐにしぼんでしまうとか。
Fを指向する自分としても心当たりがあります(笑)
褒められるときは、言葉で「すばらしいね」と言われるだけでなく、
表情や声のトーンからも賞賛が感じられることを望みます。
Tを指向する人とは、嬉しい褒められ方は随分違うと言えます。
これらの違いをふまえると、
コミュニケーション上で気をつけるとよいことが見えてきます。
Tを指向する人がFを指向する人を褒める際は、
自分がされて嬉しいような
「どの点がどのようにすばらしいのか」というコメントを
具体的に、客観的に述べるのみならず、
気持ちを込めて「ありがとう」と言うこと、
表情にも笑みを浮かべ、声のトーンを上げること、
褒める頻度を高めること、
などに目を向けてみるとよいでしょう。
一方、Fを指向する人がTを指向する人を褒める際は、
むやみやたらに「すごいね」と言うのではなく、
客観的な基準に照らし合わせて、あるいは
本人のこだわりに照らし合わせて、
ピンポイントに褒めるとよいでしょう。
あまりEmotionalに言い過ぎると、
Tを指向する人は引いてしまうことがあるので
要注意です。
T/Fの違いは、MBTIのその他の指標以上に、
対立や誤解を招きやすい違いです。
次回も続けます。
前回に続き思考機能Tと感情機能Fの対立についてです。
T/Fの違いは、「嬉しい褒められ方」にも現れます。
思考機能Tを指向する人は、
どのように褒められるのが一番嬉しいのでしょうか?
普段、何気なく他の人を褒めるとき、私は
「〇〇さんの働きぶり、お客さまがとっても喜んでいらっしゃいましたよ!」とか、
「○○さん、さすがですね。どうもありがとうございました!」とか
言うことが多いです。
しかし、思考機能Tを指向する人にとっては、
「ありがとう」という言葉はあってもなくてもよいようです。
自分の成果を並べてみたとき、
どの部分がもっとも評価に値するか、
やり遂げた自分がポイントだと思っている点を
ずばりピンポイントで褒められると、
「自分の働きぶりをよく見てくれている」と嬉しく感じる傾向があります。
逆に、ただ単純に「すごいね!」を連発されると、
「この人は何も分かっていない人だ」と軽蔑すらする傾向があります。
「ありがとう」をむやみやたら言われるのも、
「なぜ言われているのか」が明確でないと、
納得感がなく、戸惑ってしまいます。
むしろ、「この点をもっと○○にするとよくなるだろう」と
指摘してくれる方が嬉しく、そう言ってくれる人を尊敬します。
・・・随分私(感情機能Fを指向)とは違う感覚のようです。
次回は感情機能Fを指向する人が望む褒められ方について
書いてみたいと思います。
前回の続きで、思考機能Tと感情機能Fの違いについてです。
思考機能Tと感情機能Fの対立は、
例えば、仕事において利害対立や立場の相違がある人が集まり
何らかの合意形成をする会議などで顕著に現れます。
Tを思考する人は、
判断すべき対象を客観的に見て、理論に照らし合わせて
分析をし、判断することを好みます。
ですから、「この議論の前提はなにか?」
「Aのパターンと、Bのパターンと、Cのパターンが考えられる。
それぞれのパターンのメリットとデメリットは・・・」
と次々に分析を行います。
一方、Fを指向する人は、
判断すべき対象と同じところに立って、
当事者としてものごとを捉え、人を重んじるという
価値観にそって判断することを好みます。
「もしAパターンになったら、どうなるだろうか。
自分だけなら納得できる。が、部下や○○さんは
どう思うだろうか?」
と、当事者として、気持ちのコンセンサスが取れるかどうかが
気になったりします。
もちろん、仕事ですから、Fを指向する人も
複数の選択肢をきちんと分析をして、しかるべき選択肢を選ぶ、
というアプローチも行います。
しかし、特に対立状況が発生した際、
Tを指向する人は、
「徹底的に議論を尽くしたい」ということに衝動が、
Fを指向する人は、
「気持ちのざわざわを落ち着けたい」という衝動が
走ります。
すると、議論がかみあわなくなり、
Tを指向する人がFを指向する人に対して
「なぜ検討を中途半端にやめてしまうんだ!
真剣に考える気がないのか!」と誤解したり、
Fを指向する人がTを指向する人に対して、
「なんて思いやりのない冷徹な人たちなんだ!」
と誤解したりしてしまいがちです。
上記のような誤解やT/Fの対立が表面化することもあれば、
たまにありがちなのが、その場はFを指向する人が
Tを指向する人に合わせて合意するものの、
心の奥では異論を唱えている、というケースもあります。
こうしたT/Fの対立場面は他にもあります。
次回も続けて考えてみたいと思います。