百均の 洗車ブラシで 花粉除去

   作業服なら これで十分

 

 今朝のこと,畑で取り残した小松菜・チンゲン菜・菜の花・大根の茎が伸びて花を咲かせていたのを,

 

 花は綺麗だけれど,そろそろ取り除かねばと思い,鍬で根元から引き抜いたり,草刈り機で刈り取っていたのですが,

 

 家に帰り,庭で上着を脱いだら,黄色の花粉が押し花のように付いていたので,

 

 百均で購入した洗車ブラシで,花粉を取り除くべく,ブラッシングをしておりました。

 

 松山弁なら「ほおけえ。おいさん,荒かましいのう」と,自分でコメントをしておきたいのですが,

 

 ボロの作業服であり,これで十分に花粉が除去されて,スッキリしたのでした。

 

 この洗車ブラシについては,ホームセンターで購入した,車を傷つけない柔らかい素材のブラシも2本持っており,

 

 狸の毛(?)の洗車ブラシは,土間に置いた,長椅子の埃を取ったりもしているのです。

 

 草の露 朝日に輝く 遍路道

   風は優しく 春を運べり

 

 今年も,春の巡礼の頃となり,お遍路さんが歩く遍路道の両脇には,朝日に輝く草の露が見られ,

 

 春の息吹を感じながら,穏やかに歩いている姿から,遍路という修行の厳しさは感じられず,

 

 吹く風は優しく,春の到来を告げるような,光景が広がっておりました。

 

 しかしながら,徒歩遍路の場合,実際には苦しい道のりを乗り越えねばならず,

 

 それにより,己と向き合い,精神的な成長を遂げることができる,自己探求の旅でもあるようなのです。

 

 野の花に 誘われ歩む 遍路道

   念じる心に そよぐ春風

 

 ところで,世界には,自国の領土を広げたい大統領がおれば,相手が困ると愉快なのか,面白がって大統領令を連発する大統領も存在していると聞くにつけ,本人たちは,それで幸せなのかも知れぬところ,その代償は将来の人々が背負わなくてはならず,心を改めてみては如何ですかと進言する人が現れないかと考えていたのですが,

 

 歴史を振り返れば,権力者の決断によって多くの人々が影響を受け,その代償を後の世代が背負うことは何度も繰り返されてきており,そうした過去を振り返れば「本当にそれでよいのか」と問いかけるのは,健全な考え方であると思われるのです。

 

 しかしながら,権力を持つ者に対して,誠実に「心を改めてください」と進言できる人は皆無に等しく,また受け入れられるのかは難しい問題で,歴史的にも,進言した者は疎まれたり排除されたりしたことが多く,権力者の考えが変わることは容易ではないのでしょう。

 

 それでも,国や社会の未来を考え,正論を述べる人がいることは重要であり,そうした声が全く届かないわけではないので,現代ならSNSを通じて意見を発信し,世論に問いかければ,

 

 個人の声が直接届かなくても,多くの人が同じ思いを抱き,それが広がっていけば,大きな変化につながる可能性は,十分にあると考えておりました。

 

 立ち止まり 振り向くことで 見ゆるもの

   過去の中にも 答えは潜めり

 

 鍵折れて 自ら削りし 模造品

   差して回せば 引き戸は開き

 

 先日のこと,開き戸の内側に付いてある,棒状の鍵が折れたので,

 

 ホームセンターで購入した,真鍮製の鍵(ネジ式)をグラインダーで削り,

 

 細かいヤスリで研磨して,模造品を取り付けたのですが,

 

 特に問題なく,使えたのでした。

 

 外側には,シリンダー式の鍵が付いており,外出時には問題なかったところ,

 

 夜間の防犯対策のため,手間をかけていたのですが,

 

 新しい鍵と交換するより,安上りになったのです。

 

 折れた,棒状の鍵(30年も使っていました)です。

 

 取り付けた,真鍮製の鍵です。最近の内鍵は,スライド式が多いようです。

 

 満開の 陽光桜 咲き誇り

   青き空まで 広がる桃色

 

 初夏のような,一日でした。

 

 この陽気に誘われて,午前中は,砥部町の赤坂泉へ,陽光桜を見に出かけていたのですが,

 

 満開の陽光桜は咲き誇っており,桜の桃色が艶やかで,

 

 青空にまで映り込むような,広がりを感じさせ,

 

 早速に,携帯のカメラモードで,陽光桜を撮影したのでした。

 

 午後からは,畑にて野菜への潅水や,水桶に小川から水を入れていたのですが,

 

 畑が乾燥して,一雨欲しいと思いながらの水やりであり,

 

 一定の雨が降れば,今治の山林火災の消火に,役立つとも考えていたのです。

 

 砥部町の赤坂泉で,撮影した満開の陽光桜です。

 

 空白を 何で埋めるか 迷いをり

   愛しき日々を 風に問うなり

 

 ブログの下書き(前回)を行い,翌日に投稿したら,日付けは下書きした日時となり,何となくですが,投稿した際の日付けが1日以上も過ぎていたので,何か不都合な内容だったので既読される数が減ったのかなと思っていたのですが,失敗談を自慢げに投稿したので,自業自得だと考えておりました。

 

 さて,本日の一首については,空白は,時に苦しみや不安を,伴うことがあり,何で埋めるか,迷った時には,

 

 過ぎ去りし,愛しき日々を,風に問うてみるのも,一興であり,

 

 その風は,答えを持っているのか,ただ静かに吹き抜けていくのか,知れないところ,

 

 風が運ぶのは,その日々が確かに,そこにあったという証だと思われたのでした。

 

 目を閉じて 己の気持ちと 向き合えば

   静かに聞こゆ 胸のささやき

 

 お節介 焼かぬが花と 心得て

   人には人の 考えがあり

 

 お節介 焼くも焼かぬも 自由だが

   見守ることも 情けだと知り

 

 先日のこと,知人と世間話をしていた際に,老人会へ入会してくれないかと勧められたものの,断ったのですが,

 老人会へ入会して欲しい理由は,人手不足なので神社の清掃を行っても捗らず,困っているとのことでした。

 

 そこで,何とかならないかと考えて「老人会に,副会員を置くことについて」との一文を認めて,知人に渡したところ,結果は空振りになり,

 今時は,他人に教えてもらわなくても,知識は豊富なので,余計なことをしてしまったと反省していたのです。

 

 その時の一文は,以下のとおりでした。

 

   老人会に、副会員を置くことについて

 人員が不足している、老人会の活動を積極的に進めるため、副会員を募集し、正会員とともに、活動してはどうかと提案したいのですが、副会員は必要でしょうか。

 副会員を置くことの利点を、以下へ記載いたします。

1 負担の軽減

  正会員になると、会の運営や活動に関して、責任が大きくなる場合があります。

  しかし、副会員制度があれば、「完全に加入するのは難しいが、できる範囲で協力したい」という人でも参加しやす  い。

2 人手不足の解消

  少しずつでも手助けしてくれる人が増えれば、正会員の負担が軽減され、活動に取り組みやすい。

3 将来の正会員候補を確保

  副会員として関わるうちに、興味を持ち、正会員として積極的に活動してくれる人が増えることが考えられる。

4 柔軟な関わり方の提案

  たとえば、「年会費は不要」「特定のイベント時のみ手伝う」「会議には参加しなくてよい」など、柔軟なルールを設  けることで、参加しやすくなる。

 

 以上のとおり、副会員を置くことについて、要点を記載しましたが、副会員制度を受け入れるかどうかは、会の運営方針によるので、「副会員は必要ない」となれば、今までとおりに老人会を運営すれば、問題ないと思われるのです。

 

 

   老人会の業務について

 地域社会における老人会の活動には、さまざまなものがあり、地域によって異なりますが、一般的には以下のような活動が行われています。

1. 健康・福祉活動

 健 康 体 操 : 健康維持のため、軽い運動を実施。

 健 康 講 座 : 医師や専門家を招き、健康管理や病気予防について学ぶ。

 見 守 り 活 動 : 一人暮らしの高齢者を訪問し、安否確認をする。

 配 食 サービス : 高齢者向けに、弁当配達を行う。

2. 交流・親睦活動

 サークル 活  動 : 囲碁・将棋・カラオケ・手芸・園芸などの趣味活動。

 お茶会 や 食事会: 定期的に集まり、食事をしながら交流。

 日帰りバスツアー: 近場の観光地へ行き、リフレッシュする。

 誕生日会・敬老会: 会員の誕生日を祝う、敬老の日にイベントを開催。

3. 地域貢献活動

 清 掃 活 動 : 公園や道路の清掃、花壇づくり。

 防 災 訓 練 : 地域の防災活動に参加し、避難所の運営をサポート。

 イベントの支援 : 祭りや運動会などでの、ボランティア活動。

 子どもとの交流 : 昔遊びを教える、絵本の読み聞かせをする。

4. 学習・文化活動

 講習会・勉強会 : スマホ教室、歴史・文化講座などを開催。

 趣味 の 発表会 : 書道・絵画・工芸品などを展示する。

 伝統芸能の継承 : 地域の伝統行事や、踊りを次世代に伝える。

5. 仕事・生きがい活動

 シルバー人材センターと連携し、軽作業や技能を活かして仕事をする。

 農作業・ガーデニングなどの、野菜づくりや花壇の手入れを楽しむ。

 地域の商店や施設を手伝い、人手不足の解消に協力する。

 

 老人会は単なる交流の場だけでなく、地域を支える役割も担っています。

 関心を持たれている活動があれば、その分野に限定して、参加する方法もあるかもしれません。

 

 

   老人会を活発にするために一考察

1 参加者の、ニーズを把握し、老後の生き甲斐とする。

  高齢者の関心事を調査し、それに基づいて活動内容やプログラムを計画することが重要となります。

  例えば、健康や体力の維持、趣味、文化活動、ボランティアなど、幅広い分野の活動を提供することが肝心であり、なお、参加者がサークル活動を通じて、心に充実感を得ることが出来れば、結果として老後に生きがいを見いだせる事につながると思われるのです。

2 参加者の能力や、興味に合わせた、活動を提供する。

   参加者が楽しめる活動を提供することは大切であり、カラオケ・手芸・読書会・座ったままで楽しめる体操・散歩などを提案し、グループに分かれての活動も考えられます。

3 コミュニケーションを促進する。

  参加者同士の交流を深めるために、コミュニケーションを促進する取り組みは必要であり、定期的な交流会を行うべく、ランチ会・お茶会・季節ごとにテーマを設けたイベントを開催し、其々に楽しみを共有することで、参加者同士が気軽にコミュニケーションを取れるようにする。

4 ボランティア活動の推進

  老人会が、地域社会に貢献する活動を行うことにより、参加者のモチベーションを高めることが出来るので、地域の清掃活動や、各種イベントに協力、子供たちへのサポートなど、様々なボランティア活動を推進する。

5 情報発信と広報活動

  老人会の活動を、地域紙やグループLINEなどを活用して、情報を積極的に発信することで、地域住民に老人会の存在を広く知らせる。

6 新しいアイデアや、プログラムの導入

  老人会の活性化を図るためには、互いに評価すべく、定期的なアンケートを行い、参加者の声を反映させるとともに、興味を引くような、新しいアイデアやプログラムを積極的に導入することも大切かと思われます。

 

 簡単ではありましたが、老人会を活発にするためには、これらの方法を組み合わせて各種取り組みを行えば、参加者の満足度や参加意欲を高められるのではなかろうかと、思料されるところであります。

 

 寂れゆく 老人会に 副会員

   寄り添う心 灯し続けん

 

 日頃から 何があっても 動じずに

   屈託ないのは 立派なことか

 

 本日の一首については,何事にも動じず,悩みなく生きることは,素晴らしいのか?

 

 あるいは,屈託ないのが立派なのか?

 

 それとも何かを考え悩むことも必要なのか?と考えていたら,閃いたのです。

 

 また,人生においては,楽しいことや嬉しいことばかりでなく,仕事・人間関係・家族などのことで,悩みや葛藤を抱えながら生きてゆく方が多いと思われるところ,

 

 これと向き合いながら,時には悩みながらも前を向いて進むことは大切であり,

 

 それにより,人は成長し,より深く人生を味合うことが出来るのではなかろうかと思われたのです。

 

 しかしながら,人生の過程においては,肩の力を抜いて,日頃から何があっても動じずに,屈託なく生きることも必要であり,立派なことかは別として,生きる上での処世術であるとも考えておりました。

 

 目をつむり 己の心と 向き合ひて

   生きた証を 胸に刻むや

 

 春彼岸 石鎚山系 雪化粧

   白銀の峰 夕陽に輝

 

 テレビでは 妻の好みは バラエティ

   居間に響くや 賑やかな笑い

 

 笑顔には,周りを明るくする力があって,

 

 我が家では,嫁がテレビのバラエティ番組を見ていて大笑いし,スポーツ番組を観ながら「行け・行け・行け~」と大声で応援しているのですが,

 

 嫁が笑うと,自然と家の中の雰囲気が明るくなり,家族みんなの気持ちも和らぎ,

 

 「笑う門には福来る」とまでは行かないまでも,家の中には明るい空気が漂っているのです。

 

 ところで,昨日のことになるのですが、夕食にと,鯛めしを作ったところ,美味しく出来たので,以下へ作り方を記載してみたい。

 

 鯛は,切り身を2切れで,焼いた鯛を使います。

 材料は,米4合に対し,鯛・出汁コブ・だしの素を少量・醤油少量・塩を少量(小さじ一杯)です。

 少量は、本人の好みです。

 作り方は,

 米を炊く前の羽釜に,だしの素を少量・醤油少量・塩を少量入れて軽く混ぜ,

 焼いた鯛と,昆布を,白米の上に置いて,炊飯器の蓋をして,スイッチを入れる。

 炊き上がったら,鯛を出して骨を除き,

 タッパーなどに移した飯と,鯛の身を混ぜれば,出来上がりです。

 

 ちなみに,鯛は,刺身をそのまま羽釜に入れることもありますが,焼いて入れると,香ばしい感じがして,美味しく感じるのです。

 

 炊飯前の状態です。鯛の切り身が小さかった(180グラム)ので,今回は米を3合にしました。

 

 炊き上がりました。

 

 鯛の,骨を除きました。

 

 タッパーに,飯と鯛を入れて,混ぜて完成です。

 

 インターネットには,多くのレシピが書かれてますが,これでも十分に美味しいのです。

 

 人生は 何があっても 腹立てず

   人を憎まず 悪口言わず

 

 懐かしき 過去の思い出 振り返り

   笑みを浮べて 気持ちは緩み

 

 今から19年前に書いた短編小説が,パソコンの片隅に残っており,その中に「今更ではあるが,自身の生活信条として,どんな時にも腹を立てず・人を憎まず・人の悪口を言わないことを念頭に生活してきた」と書いており,これを引用して今回の二首としてみました。

 

 この短編小説(そよ風のように)の最終章は,以下のとおりです。

 

   季節はめぐりて

 千穂と直が久し振りに旅行に出かけたのは、暦の上では立春をとっくに過ぎていたが、寒さの緩む気配がしない、昭和53年2月下旬でした。

 北九州を車でドライブし、太宰府天満宮や長崎の観光をしながら、互いの気持ちを包み隠さず話せる時間が持てたのであるが、千穂は直との仲を友達関係としてしか考えておらず、直にすれば何とか持ちこたえた恋に陰りを感じていたのです。

 千穂と直の恋にも、破局が訪れようとしていたのである。

 1年2ヵ月ではあったが、東京で実質2ヵ月付き合い、後の1年間は遠距離恋愛になった二人が選んだ結論は、結婚は考えず友達として付き合ってゆく事になったのです。

 千穂にすれば両親に結婚を反対された時から直とは友達関係と割り切っていたが、直は千穂の気持ちを付き合い始めた頃のような新鮮なものに何とか取り戻せないだろうかと気長く待っていたのであるが、時は既に遅かったようである。

 そして千穂と友達関係でいようと約束しておきながら、結婚をあきらめきれなかった直が今で言うストーカーほどではないが、手紙を出したり電話をする毎に千穂の気持ちは冷めてゆき、やがて友達関係でさえ解消され別れの時が訪れたのです。

 男と女が決別した後には、女の方がその気持ちをはっきりさせて過去の事はきれいさっぱり忘れようとするが、それに比べて男は未練がましく相手をあきらめきれない事があるらしい。

 直にしても、しばらくは千穂を、あきらめきれなかったようである。

 

 スナックのママとの会話から、つたない文章を綴ってしまったが、このような形で当時を回想し、あるいは現在の直自身の生活全般に照らし合わせてみると、考え方や行動にほとんど変わりのない部分もあり、今更ながら己が成長していないと感じて止まない直ではあるが、何時までもそんな余韻に浸ってばかりでもいられなかった。

 人は過去に戻ったり、未来の世界へ入り込むことは不可能である。

 だからこそ現在を懸命に生きてゆかねばならない。

 直は幼き頃から多感な少年であり、子供ながらに人が生きてゆく事について何かにつけ考える機会に遭遇していた。それは家庭が貧乏であり両親が子供達に対して節約した生活を余儀なくさせていた事にも原因があるようだが、当時の世間は直の家庭だけでなく皆同様の生活をしていたのは事実であろう。

 しかし直にすれば、自分くらい質素倹約に努めた者はないだろうと自負している一面もあり、例えば入浴に際してなら五右衛門風呂に入る手順を子供ながらに考えて火と湯水を無駄にしない入浴方法を心得たり、欲しい物があってもほとんど我慢するとか、食事に関しても母親の作ったメニューには一切文句を言わない等子供なりに徹底した生活をしていたのです。

 この幼き頃の体験を実生活に生かせれば心は豊かになり、今のやや緩みかかった日常生活から脱出できるかも知れないと考えれば、まず酒を止めるか量を減らす事から始め、職場や地域社会における人間関係についても、全体の中の一人であることを再認識することで、少しずつではあるが我が人生を謳歌したいと念じている直でもありました。

 そして今更ではあるが、直自身の生活信条として、どんな時にも腹を立てず・人を憎まず・人の悪口を言わないことを念頭に生活してきたつもりであり、子供たちの教育にしても、物心ついた頃から、泥棒はするな・人に暴力を振るうな・女子を大切にしなさいと指導しており、その気持ちを大切に生きてゆけば良いと念じているのでした。

 人生には自己に与えられた課題があり、その時期に成し遂げねばならぬ宿命のような何かを背負って生きているのかも知れない。

 直にすれば職場における業績の向上とか、子供の父親としての役割を充分に果たせられているのかと問われたなら、まだまだ中途半端な状態であるが故に、今一度原点に立ち返り、学校を卒業し社会人になった頃のような熱血漢にあふれていた自分自身を懐かしく思うと同時に、現在の生活に当時のような無心で行動力のあふれていたものを、この機会に再度取り入れようと決意していたのです。

 

 今年も初夏の季節が訪れていた。

 野山を歩けば新緑が心に優しく写り、海岸へ行けば磯の香りが漂い、自然界でも新しい生命が活動している様子が感じられる。

 直にとって遠距離恋愛をしていた一年間は何であったのだろう。

 また寿退社して顔を合わせる事もなくなった千春や、スナック木綿のママ裕子にしても、結局は直からすれば遠い存在の人でしかなかった。

 しかし直にとって一番気にかけていた千春がめでたくゴールインした事はせめてもの幸いであった。

 そして直自身にしても、心の中では新たな人生をスタートさせようとしていた。

 初夏の朝はなんと爽やかなんだろう。

 何処からともなく聞こえてくる小鳥のさえずりと、心地よいそよ風を全身に感じながら、千春も通っていた通勤路を朝日で作られた自分の影と一緒に歩いていた。

 

 古き良き 人生の日々 過ぎ去りて

   巡る季節に 今年も春が

 

 運転も 会話においても 一呼吸

   焦らず進めば 景色も変わる

 

 先日のこと,理髪店からの帰り道で,信号のない国道を右折し,側道に入る際に,

 

 一時停止して,左前方を確認し,車が走ってなかったので,徐行しながら進んだところ,

 

 その時に,この「間」は,会話でも必要であると閃いたのです。

 

 確かに,会話の途中で,一呼吸おきながら話せば,自分の考えを整理して落ち着いて話すことが出来て,相手側の反応を見ながら話を進める余裕が生まれ,

 

 特に大切な話や感情が絡む会話では,焦って話すより,間を取ってゆっくり話した方が,相手に伝わりやすく,誤解も生じにくくなって,

 

 心の持ちようを変れば,見える世界も変るとも思われたのです。

 

 また,落ち着いて話すことは,相手への思いやりにもつながるので,意識して会話に臨むことも大切であると考えておりました。