眠れる方法教えます

バンコク涅槃像の瞳は妖しかった。何度見てもすいつけられる。by Shinji Mimura.  

いま人気の禅僧・玄侑宗久師が  

「眠れない人に眠れる方法を教えます」と著書の中で述べている。

 相当に自信があるような口ぶりだぞ。  

間は、目を閉じたままで目線を水平線より下に持っていくと、

ものを考えてしまうのだ、と分析をされておる。  

ものをいくらでも考えたいのなら目を閉じて水平線より下に持っていくがよろしい。  

しかし、だいたい考えたくも無いことを悶々と考えてしまうから寝られない、というのが悩みのタネではないか。  

「ところが、(閉じたままで)目線を水平線より上に持っていってみてください。そら、もう何がなんだか、いやはやもうロジカルな思考はできなくなるでしょう」  

には。そら、とか、いやはやとかは言ってないのだが、ついぼくが合いの手を入れたくなるほど素晴らしい分析なのである。  

だから「眠れない人は、きっと閉じた目の、まぶたの裏をにらんでいるでしょう」  

そうじゃなくて、  

水平線よりも目線を上に目線を上に上げて、それでゆっくりと左右に揺らしてあげたら、羊を数えるよりも有効に寝られます。  

ええ?左右に揺らすの??

 などと思ってはいけない。      

れがけっこう効くらしいのだ。もう自信たっぷりなのだ、センセイ。  

昔は寝付けない夜を過ごしたこともある僕だが、今では眠る心構えを変えたのが功を奏したようで、もう今は不要なのだ。  

それどころか、  

寝ると同時に耳元で流す「落語」のCDを、未だに最後まで聞くことがなく、オチさえ分からずに毎晩また最初から聞きなおすという、なんとも情けなくも阿呆らしい夜を過ごしてさえおる。  

これはこれで、 人間としてまた哀しい。

バンコク古式マッサージの やり手客引き兼マネージャーのボウ。 マッサージ通りに関所のごとく毎日仁王立ち

眠れる方法教えます










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中村文昭おススメの一冊

 「泣くばかりでは、何も変わらない。  

嘆くだけなら、犬にもできる」  

その昔、中村文昭と好きな作家の名前をせぇ~の、で出し合ったら二人とも浅田次郎だったのにはびっくりしたことがある。  

で、中村文昭はいろいろあるけども、と前置きをしながらも彼の作品の中でどうしてもの一冊に迷うことなくこの本を挙げたのだった。   

天切松 闇がたり(第一巻)      

闇の花道    

浅田次郎 集英社文庫  

の時に、僕はどうにも書店で見たときになじめない文体だったのだが、「そこまで言うのなら」と買ったけども、どうにも話しに気持ちが乗っていけなかったので、いつしか他の本にスイッチしてしまったのだ。  

あれから数年。  

最近、また中村文昭とその話になった。  

ああ、読みかけて止めてしまったあの本だな。という想いが脳裏をかすめ、さてもう一度「速読でもいいから」流し読んでみるか。流し読みでもなんかひっかかることもあろうよ、と読み始めたのだった。

 もう滂沱(ぼうだ)の涙。  

涙、大チョチョ切れではないか。  

もう速読どころではないのだ(笑)  

どうして、あの時には読み進めることができなかったんだろう。  

どうして、いまこんなに激しくも心を揺さぶられるのだろう。  

田次郎は、大衆小説の天才である。

 彼の作品をずいぶんと読んできたが、「はずれ」が極端に少ない。  

読者をこれまでに引き込む言葉の選び方とテンポと結末を兼ね備えた作家は、

そうそう世の中に存在するものでもない。  

後世への娑婆の土産話とばかりに、夜のしじまに話して聞かせる「闇がたり」。いつのまにか、いや本当に自分もそこに座る一人だと真剣に勘違いしてしまうほどの圧倒的な世界がそこにあった。  

この第一巻を夜通し読んで、いくらか読み残したのが氣になって、  

朝の6時からまた読み始めたら、朝7時ごろには嗚咽をしてしまった。  

阿呆である。  

なんど、嗚咽をさされたか分からないけども心をしめつける。  

乱暴な言葉遣いと、繊細な言葉選び。

 いま、めでたく第二巻も終わろうとしている。    

これだから、死ぬまで本はやめられない。

中村文昭おススメの一冊










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本とさやに急いでいくべし

ユッケの問題で世間はびびっておるが、あなたたちはそんなことでひるんではいけない。  

(ユッケはともかくも)敢然と焼肉だけは食べに行きなさい。 でなければ「お~これは、これは」人生は熱くまっとうできないからである。(アルバート・アインシュタイン) 若いやつらの言葉を借りるなら、

 

「かなりヤバイ」お店なので紹介しておく。

焼き肉 浅草 本とさや。  

まあ、2階の部屋中にところ狭しと飾られているサイン色紙の数々が物語るように、相当の芸能人が訪れているようだ。そんなものがあろうがあるまいが、、しびれるほど美味しい。 

(そのサイン色紙もリニューアルされているので、飾られないストックが相当あると思われる)   

これは何を意味するのかと言うと、要するに「口コミの連鎖」のかなり分かりやすいビジュアルだということなのだ。  

どれを食べてもかなりのレベルで美味しい。  

地方の僕からしてみたら値段もなかなかいいお値段ではあるが、ここは必ず一度は訪れたほうがいい。相当に期待していただいていいお店だ。  

東京の外食のお店もご他聞にもれず苦戦しているようだが、ここには店外で待つお客さんがいつもいる感じだ。(だから必ず予約して行くように) 

そして、外食を盛り上げよう。 

  • 「裸の少年」(テレビ朝日) 陳建一さん大絶賛!「A盛り」

 

  ・「V.V.V.6」(フジテレビ)   

 焼肉屋さんが選ぶ「骨付きカルビ部門」☆   「特上骨付きカルビ」第1位☆

 

  • 「王様のブランチ」(TBSテレビ) ぐっさんこと山口智充さん大好物!「上ハラミ」
  •  

  ・「サカスさん」(TBSテレビ)    内海桂子さんベタボレ「上カルビ」

 

  • 「Music Lover」(日本テレビ) 浜口京子さんおすすめ!「テグタンスープ」

  (本とさやHPより)

感動の厚切り。    

とにかく急いで行って欲しい。  

いや、行かなくてはならない。  

浅草  焼き肉 本とさや  

http://www.hontosaya.com/index.html  

「いや~、浅草かぁ~」などと決して心の中で思ってはいかん。  










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千両の茶碗

 「茶碗を割ったのではない。自分の器量の小ささを割ったのだ」 

-伊達政宗-  

あるとき、伊達政宗は名器と呼ばれる茶碗を自ら割った。  配下の家来たちが理由を尋ねると、  

「この茶器の価値は千金と聞き驚いた。だが、茶碗を割ったのは、それが高価だったからではない。千金ということを聞き、驚いた己の器量の小ささに腹が立ったからだ。茶碗とともに己の情けない心を砕いたのだ」と答えたという。    

僕らは情けないことに、何を聞いたかではなく、「誰が言ったか」というのをより所にするクセが身に付いている。  

このクセを自分自身で捨て去り、思考判断の頼りにすることを止める生き方をしないと本当に馬鹿馬鹿しい。ちょっと世間的に認められた人が言うともうそれはあなたにとっての「絶対」になってないかな。 

自分にとってのステイタスの人が言うからって、もうそれがあなたの「価値基準」になってないかな。  

とんでもない。  

そんな自分に気づいたら、「おっとっと。危ない、危ない」と自戒せねばならんと思うよ。  

人間にはそれぞれの憧れや価値基準があるから、そんな人やそんなモノを信じてしまう方が楽なのだ。そして、いかにもそれを分かっているという自分が好きだったりするのだ。(あなたには分からないでしょうけど)という密やかなる自己承認なのだ。     

 

かつて日本人は闇雲に舶来ブランドのバッグを、だれもかれもぶら下げてた。  

少しづつその危うさに気づいてきたみたいだ。   

かつてより日本人は、テレビ・新聞の言うことは絶対的に正しいと思いこんでいた。  

全然気づいていない人のほうがまだ圧倒的に多い。  

スゴイ人と、すごいモノは確かに存在する。  

でも、無条件でそれを有り難がる自分に、すこしは嫌になったらどうかな。  

無条件でその人の言葉を自分の意見にするのは、どうしたもんかな。  

情けない、という気持ちに少しはならないといかんね。  

つくづく僕もそう思うのだけど。  










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コントロールするから神経質になる

自分をコントロールしている人はいつも神経質になっている。奥深いところに依然として動揺が隠されているからだ。  

もしコントロールせずに、流れ、活気に満ちていたら、神経質にはならない。  

神経質になることなど問題外だ   

だとしたら、なぜ神経質にならなければならないかね?  

その心をコントロールするためには、生のエネルギーが自分の手足、からだに流れ込めなくなるほど冷たく、凍りついていなければならない。   

人びとは陳腐な決まり文句で生きている——「こんにちは、ご機嫌いかがですか」。    

 

誰も本気でそう思ってはいない。こうしたことは、ふたりのほんとうの出会いを避けるためのものだ。人びとは互いに相手の目を見ない、手を取り合わない、互いのエネルギーを感じ合おうとしない、相手の本音を聞こうとはしない——ひじょうに怖れている。拘束服で身を固めて、とにかくなんとかやり繰りしながら、冷たく、死んだようになっている。

***

 

  この人物(下記)は自分を取り囲むピラミッド形の視野に閉じ込められています。彼のつやのある表面は光り輝き、光を反射していますが、その光は内部には届いていません。  

彼は自分のまわりに自ら作り上げたこの構造のなかで、まるでミイラになっているかのようです。拳(こぶし) を固く握り締め、目はうつろで、ほとんど見えていません。   

彼の世界は管理された完璧なものですが、活き活きとはしていません——自発性や感受性が入ってくるのを許すことができないのです。    

たとえなにか間違いが起こっても、それでいいのです。  事態がちょっと手に負えなくなったとしても、それは望ましいことなのかもしれません。  

生には、「事態を完全に支配している」ことよりも、もっともっと多くのことがあります。

                            ~Osho Dang Dang Doko Dang Chapter 5~  

ぼくの使う「禅タロット」のカードでは、しばしばこの「コントロール」のカードが出てくる。  

自分の生きる方程式に自分を無意識に当てはめ、コントロールして、頑張って生きている人が何と多いことか。その自分の「無意識のコントロール」にまず疲れてしまっているようだ。

コントロールするから神経質になる

本当はもっと気楽に生きていたい。

 しかし、そんな人を見ると無性に腹が立つ。  

それがネガティブ・コントロラーの特徴である。  

英語では、「頑張れ」という直接的な言葉はない。  

TAKE IT EASY.   自分をコントロールしようとしている人は、必ずどこかで誰かをコントロールしたがる。  

自分の生き方が間違いなく正しい意識なのだと、自分の目で確かめようとしているように。そしてさも、あなたの生き方はお気楽過ぎて幼稚なのだと押し付けて安心したいかのように。










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