「泣くばかりでは、何も変わらない。
嘆くだけなら、犬にもできる」
その昔、中村文昭と好きな作家の名前をせぇ~の、で出し合ったら二人とも浅田次郎だったのにはびっくりしたことがある。
で、中村文昭はいろいろあるけども、と前置きをしながらも彼の作品の中でどうしてもの一冊に迷うことなくこの本を挙げたのだった。
天切松 闇がたり(第一巻)
闇の花道
浅田次郎 集英社文庫
その時に、僕はどうにも書店で見たときになじめない文体だったのだが、「そこまで言うのなら」と買ったけども、どうにも話しに気持ちが乗っていけなかったので、いつしか他の本にスイッチしてしまったのだ。
あれから数年。
最近、また中村文昭とその話になった。
ああ、読みかけて止めてしまったあの本だな。という想いが脳裏をかすめ、さてもう一度「速読でもいいから」流し読んでみるか。流し読みでもなんかひっかかることもあろうよ、と読み始めたのだった。
もう滂沱(ぼうだ)の涙。
涙、大チョチョ切れではないか。
もう速読どころではないのだ(笑)
どうして、あの時には読み進めることができなかったんだろう。
どうして、いまこんなに激しくも心を揺さぶられるのだろう。
浅田次郎は、大衆小説の天才である。
彼の作品をずいぶんと読んできたが、「はずれ」が極端に少ない。
読者をこれまでに引き込む言葉の選び方とテンポと結末を兼ね備えた作家は、
そうそう世の中に存在するものでもない。
後世への娑婆の土産話とばかりに、夜のしじまに話して聞かせる「闇がたり」。いつのまにか、いや本当に自分もそこに座る一人だと真剣に勘違いしてしまうほどの圧倒的な世界がそこにあった。
この第一巻を夜通し読んで、いくらか読み残したのが氣になって、
朝の6時からまた読み始めたら、朝7時ごろには嗚咽をしてしまった。
阿呆である。
なんど、嗚咽をさされたか分からないけども心をしめつける。
乱暴な言葉遣いと、繊細な言葉選び。
いま、めでたく第二巻も終わろうとしている。
これだから、死ぬまで本はやめられない。
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