鞆の浦の普段の街姿を撮る。

今では珍しい白シャツに麦藁帽子。昔の日本がここにある。  

間は、繰り返す。

ぼくらは何度も同じようなことを繰り返しながら生きている。  

決して繰り返したいと思っているわけではないのだが、繰り返してしまう。  

それには、たまたま同じようなことをしていたなぁ、などとボンヤリ思う繰り返しもあれば、またやってしまったというような過ちに似た繰り返しもあるだろう。    

脚本家の山田太一氏がこの人間の「くりかえす」ということについて書いている。  

人間は、繰り返すことに意味があるから繰り返すのだと。  

山田太一氏は、詩人の杉山平一氏の「繰り返す」という詩に出会って考えさせられたらしい。我われはふと気がつくと以前に同じ事をしていたことを思い出す。  

「僕は同じことをやるのだ。なにかがやらせるのだ。」(杉山平一)  

その自分でもうんざりするような行為でさえ、けっしてそれを卑下することもない。  

「別の人生を生きられるはずはないのだから」(杉山平一)   

繰り返すことを本能的にしてしまう時もある。   

また意識的にくりかえさざるを得ないこともある。   

数ある音楽の中で、ある曲ばかりをくりかえし聴いてしまう。   

数あるお店の中で、あるお店ばかりに行ってしまう。   

好きな曲をくりかえし聴くから心に届くので、本来くりかえしをぬきには深い喜びはないのかもしれない。安価で手軽に大量の曲を聴けるようになれば、どうしても一曲をくりかえし聞く集中力は乱されてしまうのではないだろうか。  

くりかえしに喜びがあると分かっていながらももっとたくさんの曲が聴けるという魅惑を無視できない。くりかえしたい。落ち着けない。くりかえせない。(山田太一)  

人間の業としてのくりかえし。  

人間の本質の欲としてのくりかえし。  

 

この世の出来事に一切の偶然はないとすれば、くりかえしもまた必然であるのか。  

くりかえすとは、実は深いのである。










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9割の会社は社長で決まる

9割の会社は社長で決まる  

小山政彦著  

中経出版  

が長年にわたって公私ともにお世話になっている船井総合研究所の小山会長の最新著作だ。  

このタイトルの言葉は何度言われ続け、何度突きつけられたことだろう。  

しかし、会社の社長に限らず、どのような規模の組織(お店、事業所)でもやはり9割は責任者で決まる、ということが多い。  

また、この言葉は社長自身が自分に常に問う言葉であって、社員が社長に向かって言うべき言葉でないことも(当たり前だが)明らかにしておこう。なぜならば、自分の人生(仕事)は自分で責任を取るべきものであり、職業を変える自由は誰もが持っているからだ。

9割の会社は社長で決まる

容はほぼ毎月の勉強会で小山会長から吼えられながら教えていただくことで頭に叩き込まれている。いや、まだまだ叩き込まれたというにはお恥ずかしい。  

しかし、(この本にも書いてあるが)私も小山会長の話を聞いて、社員の採用は「社長面接を最初にする」ことにした。  

とか、  

まだまだだが、

 社長は決断業。  

社長は解答業。  

と心得るようにもなった。  

しかししかし。  

読んでみるとたくさん聞いてきたことだけど、たくさん出来てないことだらけ。  

本を拝読する以上に、「何のために」という心の裏側までが手に取るように分かるのが、長いお付き合いをさせていただいているぶんだけ深くしみいる。  

イトルが社長さんに対象を絞っているために(本人もそれを心配されたが出版社の意向でそうなったらしい)、販売動向が心配だったがどうやら順調な滑り出しで速くも増刷をしたらしいから嬉しいことだ。  この本はよく出来ていると思う。  

表紙の装丁がまず素晴らしい(笑)。  

そして、非常に分かりやすく、文字の大きさといい、1テーマごとのボリュームといい、非常に計算されてつくられている。とにかく読みやすいしどこから読んでもいいという気軽さもある。  

000年に社長に就任し、「船井」看板にあって「カリスマ小山」の会社に完全に書き換えられた。42億円の借り入れの同社を今や60億円の預金残高を持つ超優良会社に短期間にしてしまう敏腕経営者。  

その間には、トントン拍子に大証2部の会社を、東証1部にまでしてしまう。  

そんな素晴らしい敏腕経営者とカリスマコンサルタントのエキスがつまっているのだ。  

どこを読んでも宝の山のはずだ。    

かなりお勧めする次第であります。

船井総合研究所の本社で行われる勉強会のひとコマ。少人数にこだわって開催され、公募はいっさいしていない。

9割の会社は社長で決まる










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砂川啓介

「『居残り佐平次』かい?」

う声を掛けられた。  

砂川啓介さん。  

「昼のワイドショー」とか昔からずいぶんとテレビで活躍の方だ。  

若い人なら「ドラえもんの大山のぶ代さんのご主人」と言ったほうが通りがいいのか。  

ょくちょく行く銀座のバーで、連れの先生を見送った後でもう少しだけお酒をいただこうとカウンターに座りなおしたときに、砂川さんが冒頭の言葉を僕に掛けてくれたのだ。  

は、お話をするのは今回で2回目で、前にも少し話をしたことがあるのだが、そこはお互いがお店の常連客で、僕の顔を知ってくださっているという程度のなのだ。  

しかし、僕が感激したのは砂川さんが芸能人であるということだけでなく、居残って飲みなおす僕のことをすかさず有名な落語のお題目である「居残り佐平次」にひっかけて声を掛けるセンスの素晴らしさに感激したのだ。  

「しかし『居残り佐平次』がとっさに出てくるなんて、さすがですよね。僕は(古今亭)志ん朝の居残り佐平次が大好きで今でもよく聞くんですよ。」などと酔眼もうろうとしながら嬉々としてしゃべる僕に、  

「志ん朝は同じ年だったんだよなぁ。昔は彼と(毒蝮)三太夫と一緒に飲んだりしたんだよ」  

と、またまたツボを心得た返答をなさる。  それから、ワイドショーの司会をしていた頃の話。  そのころから「言葉狩り」というややこしい世間に日本がなったんだということ。  

長く芸能界でやっていく人間の共通項の話。  

(やっぱり人格が良くないと続かないらしい。例外はあるけれど)  

鶴田浩二の話とか、なんかいろいろ楽しい話をしてくれたなぁ。  

奥様の大山のぶ代さんとの馴れ初めとかも話してくれてね。  

「俺は50(才)になった時に、人生で出来ることの先が見えちゃったって思ったなぁ。」  

なんて氣になることもおっしゃる。  

「しかし砂川さんは、さぞかしモテたでしょうね~」と僕が言うと、  

「いやいや、そんなことはないよ」とすっごい余裕の笑い。  

もうその余裕だけでどんだけモテててきたのかというのが、よく分かったわ。  

しかし、ジェントルマン。  

いつ拝見してもいいお酒を飲んでいらっしゃる。  

またお逢いするでしょう。その時もまたしく一杯やりましょう。










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しょうがないという積極性

 ろんな人から瞑想を勧められた時期があった。  

やるといいのが良く分かる。  

それからは、瞑想とまではいかないけれど、目をつむって心を整えるだけでずいぶんと世界が変わってきた。  

生前向き主義者」というほど自分がアグレッシブな人間とは思わない。  

何かに突き動かされるように、アグレッシブこそが人生の成功の秘訣だとは思わないのは、天性のグウタラ主義のお陰だろうか。

だ、最近は「時は確実に有限である」というごくごく当たり前のことが、前向きな原動力になっているのは確かだと思う。しかし、いわゆるアグレッシブ前向き人間のような熱が充満しているわけではないのだ。  ある人の座禅を勧める書に、  

「諸縁を放捨し、万事を休息すべし」  

というものがあるらしい。  

っていられるヒマも必要も感じられない人間(実にそうだった)。ともすれば息をしていることも忘れている人間たち。  

そもそも、前向きに生まれてきたわけではなかろう。  

「しょうがなく」生まれてきたのが、人間の苦しみの本音なのだと。  

禅僧の南直哉(じきさい)師は、そう言うのである。  

大事なことは背骨を真っ直ぐに伸ばして、呼吸をゆっくりと静かに行う。心を整える。  

そして、「その状態」に集中して頭をすっきりさせる。  

難しいことだ。  

慣れが必要だ。  

「生まれてきてしまったという、実に頼りない事実を受け入れることから原始の積極性が始まるのである。それはその生を受け入れねばという、強いられ迫られた積極性だ。」(本文より)  

なんだかんだ偉そうなことを他人はのたまうけれど、所詮わが身の始まりは生まれてきてしまったと言う苦しみに還るのである。  

走るばかりではなく、

 たまには座れ、と言われる。  

よしっ、  

できることからやってみようや。

実に、ちくま文庫らしい。

しょうがないという積極性










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けだし名言である

つくづく人間と言うものは、

この「執着」というものにやられてしまう。  

また、それを自分自身が気づくことが、(まず)ない。  

「だって、私にどうしろって言うのか」 と選択肢のない苦しみを味わっているようで、実は「執着を手放す」という選択肢を抱えていることに気づかない。  

日も「禅タロット」をさる方にしていたんだけど、苦しみの根源は「自分の心の方程式」をすべてのモノサシに当てはめようとしていることに、気づいておらんのだ。    

「放せば  

わかる。」  

「問答無用」なのだ。  

問答無用のごとく、放しなさい。

 これは、私の大の親友であるひでさんの「最高傑作」的名言。  

人ごとだからよくよく分かるんだけどもなぁ。










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