コントロールするから神経質になる

自分をコントロールしている人はいつも神経質になっている。奥深いところに依然として動揺が隠されているからだ。  

もしコントロールせずに、流れ、活気に満ちていたら、神経質にはならない。  

神経質になることなど問題外だ   

だとしたら、なぜ神経質にならなければならないかね?  

その心をコントロールするためには、生のエネルギーが自分の手足、からだに流れ込めなくなるほど冷たく、凍りついていなければならない。   

人びとは陳腐な決まり文句で生きている——「こんにちは、ご機嫌いかがですか」。    

 

誰も本気でそう思ってはいない。こうしたことは、ふたりのほんとうの出会いを避けるためのものだ。人びとは互いに相手の目を見ない、手を取り合わない、互いのエネルギーを感じ合おうとしない、相手の本音を聞こうとはしない——ひじょうに怖れている。拘束服で身を固めて、とにかくなんとかやり繰りしながら、冷たく、死んだようになっている。

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  この人物(下記)は自分を取り囲むピラミッド形の視野に閉じ込められています。彼のつやのある表面は光り輝き、光を反射していますが、その光は内部には届いていません。  

彼は自分のまわりに自ら作り上げたこの構造のなかで、まるでミイラになっているかのようです。拳(こぶし) を固く握り締め、目はうつろで、ほとんど見えていません。   

彼の世界は管理された完璧なものですが、活き活きとはしていません——自発性や感受性が入ってくるのを許すことができないのです。    

たとえなにか間違いが起こっても、それでいいのです。  事態がちょっと手に負えなくなったとしても、それは望ましいことなのかもしれません。  

生には、「事態を完全に支配している」ことよりも、もっともっと多くのことがあります。

                            ~Osho Dang Dang Doko Dang Chapter 5~  

ぼくの使う「禅タロット」のカードでは、しばしばこの「コントロール」のカードが出てくる。  

自分の生きる方程式に自分を無意識に当てはめ、コントロールして、頑張って生きている人が何と多いことか。その自分の「無意識のコントロール」にまず疲れてしまっているようだ。

コントロールするから神経質になる

本当はもっと気楽に生きていたい。

 しかし、そんな人を見ると無性に腹が立つ。  

それがネガティブ・コントロラーの特徴である。  

英語では、「頑張れ」という直接的な言葉はない。  

TAKE IT EASY.   自分をコントロールしようとしている人は、必ずどこかで誰かをコントロールしたがる。  

自分の生き方が間違いなく正しい意識なのだと、自分の目で確かめようとしているように。そしてさも、あなたの生き方はお気楽過ぎて幼稚なのだと押し付けて安心したいかのように。










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