営業活動報告

 パンパカパ~ン!  

ダンディに決めている二人は、表彰式の直後の写真なのである。  

なんとダンディな会社。  

実は、この右側の中尾公一マネージャーが4月度の「営業活動」の  ブービー!  

として表彰をされたのである。(ブービーの表彰なのに蝶ネクタイとは阿呆である)  

つも書いているように、営業活動ポイントというのは売上高を競うのではなくて、そこに到るまでのプロセスを追求してポイント化して競おうというのだ。中尾マネージャーは、管理職でありながら敢えて他のメンバーと一緒にポイント活動に身を投じてくれている。  

本当は自分どころではないと思うのだけど、やはり店舗売り上げ達成のためには自らが範を示してひっぱっていかなくては、という大切さを感じてくれている。(名誉のために書けば、中尾MG率いる2店舗は先月大活躍の売上高であったのだ!)  

二人の背後にあるのは  

「100%顧客満足宣言!」のポスターである。  

ご満足いただけない場合は、喜んで交換・ご返金を承ります。という文面が明記されている。お客様が後々までも喜んでくださってお使いいただける接客をしているだろうか。  

もし、お客様が接客に不信と不満を持たれているようであればこちらの恥である。中尾マネージャには責任者として速やかに、交換・返金に応じてもらいたい。  

れは、お客様への優しさを宣言したのではなく、自らの商売の姿勢を律するために表した宣言文であることを、いま一度胸に刻み込んでもらいたいからだ。

商売はそれぐらいに厳しいものだと思う。

営業活動報告

今月のブービー者(中尾)への課題図書は、斎藤一人氏の言葉を書きとめた  「人を動かす」です。  

この課題図書の選定にはいつも迷います。読んでほしい本はたくさんあるし、勉強してほしいこともたくさんあるからです。  

しかし、その時その時の彼らの状態も考えたり、小さい字では全部読めないかもしれんと、親心を出したり。  

来月の課題図書感想文を楽しみにしてるからね。  

「連帯責任」として平田マネージャーも読書感想文を出すことになった。  

兄弟仁義のちぎりを交わしたメーカーさんと世紀の一瞬。(どちらが平田でしょう?)

営業活動報告










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

リチャード・ガッソ

日、フランス人のイケメン・ジュエリーデザイナーの  

リチャード・ガッソ氏  

を迎えて  

「テーブルマナー&ジュエリーコーディネート」教室を開催しました。  

合計12クールの開催でしたが、熱心なお客様がとても喜んでお話を聞かれておられました。本当にありがとうございました。  

フォークとナイフ、そしてナプキンの使い方にはご存知のように決まりごとがあるよね。  

でも、「どうしてそのようにするのか」という理由も知らずに私たちは、ただの決め事としてテーブルマナーを教えられてきました。いや、まだまだ知らないこともたくさんあります。  

それが、「目からウロコ」のお話だったんですな。  

ひざに置いたナプキンの方向や、使う意味なんてハッキリワカランもんね。

リチャード・ガッソ

それと、「ジュエリーとは文化である」というお話もすごく良かったね。  

ジュエリーとは、けっして自分を飾って自己主張するものではなく、相手の目を楽しませるものである、というお話。  

だから、着けなくていいのではなく、「着ける事」がマナーとして求められる場合もあるのだ。  

その一例が、食事の場所。  

なくてもいい、のではない。  

なくてはいけないのだ。  

イヤリングの効果的な着け方とか、ナプキンで口元を拭くときの指輪の効果。    

素晴らしいね。  

メルシー、ヴォクゥ、  

ムッシュー・リチャード。 チクショー、また負けた(泣)。しかし、二人でほぼワイン3本とは反省・・・。

リチャード・ガッソ










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

自分磨きの実践法

生二度なし」の信念で多くの信奉者を生み出した、森信三先生。  

返事の「ハイ」こそが自分の我を捨て去る訓練だと言われておった。  

中村の文ちゃんも師匠の田端さんに「返事は0.2秒」の精神を徹底されていたのは、知る人ぞ知る話であるな。  

らは「素直でありたい」とか、「気持ちを入れ替えて」などと(その時は本気なのだが)美しいことを言っておいて、実は返事ひとつが変えられない。  

いや、返事を変えるという事の重要性に気づいていないのだ。  

そんなに自分を変えたいと思うなら、いつもきっぱりと「ハイ」の返事こそが大きな訓練になるものだと、今さらながらすぐに(しかし難しい)学習はできるのであった。

る日、その森信三先生のもとへ、登校拒否の子どもをもつ母親が相談に訪れたのだそうだ。森先生はその解決法はただひとつのみ、と言い「はい」の返事を大きな透き通る声でお母さん自身が父親にしてみなさいとアドバイスをしたのである。  

すると、その子どもは十日もして再び学校に通うようになったと言う。  

しかし、それはたまたまそのお母さんが偉いのであって、そんな返事ができるのは100人のうち2,3人でないかと森先生は書いておられる。それぐらい「本当の返事」をするのは難しい。  

僕らも自分を磨く、身近で一番難しい方法。「透るような声でハイ」を実践してみねばならんね。そうすると周りが変わるんだそうだ。  

ついでに言うと、上位者にタテつくことをもって快とする程度の人間は、とうてい「大器」にはなれない。そりゃ、まだ、見る世界が狭いってこと。(森信三)  

実に、そりゃそうだ(笑)。  

周りを見たらうじゃうじゃいる。自分を見る目が付いてないのが残念だが。










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

伝説のパッチギ

の時代、日本人は金曜8時はプロレスの時間であったのだ。  

ご他聞にもれず、このみむらのしんちゃんも、金曜8時はモーレツに興奮しておったのである。  

木金太郎はその当時からオッサンの重厚な雰囲気を出していて、なんとも面白みのない(それが持ち味でもある)キャラクターとして子どもの目には映っていたのだ。  ぼくは試合場にも足を運んだ。  

アントニオ猪木と坂口の対決。  

アントニオ猪木とT・J・シンのNWFヘビー級選手権試合。  

などなど、もう子どもの身体中のアドレナリンと血糖値と尿酸値とが上がりっ放しだったと思うぐらいにドーパミンばぐばぐの興奮状態だったと思われるのだ。  

木金太郎でかすかに覚えている観た試合は、  

吉村道明とのコンビでタッグマッチに臨み、外人選手に血だるまにされながらも、大木金太郎の「一本足原爆づ頭突き」で反撃し、最後には吉村道明の「血まみれ回転エビ固め」で勝利を収めるというストーリーに試合会場でも酔いしれたものなのだ。

伝説のパッチギ

木金太郎には両足で攻撃を与える普通の頭突きと、  

片足を大きく上げて全体重を相手にぶつける、いわゆる「原爆頭突き」というトレードマークになった得意技があった。  

ちなみに、この写真はアントニオ猪木に原爆頭突きをしているところだが、この直後、A・猪木は大木の反動を利用して顔面にナックルパート(パンチ)を食らわせて、大木は吹っ飛んでしまい、その後のバックドロップへと地獄の坂を転がっていくのであった。  

の著書は、大木大金太郎が1956年27歳の時に(当時国交がなかった)韓国より密入国を果たし、東京駅に着いたものの警察に捕まったところから話が始まっている。  

韓国名キム・イルこと大木金太郎は、北朝鮮出身の力道山を祖国の英雄として心から尊敬をして、彼に弟子入りをするつもりで日本に密入国したのだ。  

の内容の3分の1は、力道山に関する話だろうか。  

韓国、力道山、アメリカ、KCIA(韓国公安警察)、  

朝鮮半島出身者、暴力団、政治家。  

戦後の日本の裏権力の縮図がこの本の中にも色濃く表現されている。  

興味があるのは、  

「力道山はなぜ死んだのか」という謎に、大木自身が触れていることだ。  

ひとつには、  

当時の住吉連合の暴力団員村田勝志に刺された。これは単なる暴力事件ではないとする説をかなり身近にいた大木自身が感じていることだ。  

もうひとつには、  

刺された後の力道山は、「命に別状はない」と報道されていたし、関係者の認識も間違いなくそうであった。それが証拠に、家族は病室から離れて自宅に帰っていたぐらいだ。  

この「家族も誰もいなかった」というのが、実はポイントかもしれない。    

木金太郎は、韓国の大統領によって浮き沈みを人生で味わうことになる。  

彼を祖国の英雄として物心両面において支えていた朴大統領が1979年に暗殺されてから大きく傾いていくのである。  

後年になって、韓国でのビジネスで失敗し大きな借財をかかえてしまい、後援者の支援によって日本と韓国の病院で過ごして、2006年に77歳で逝ってしまった。  

済的には不遇の晩年を過ごしたが、本人は韓国人の英雄として一生を過ごし、終末をサポートしてくれるだけの友人を得たことを誇りに思ってこの世を去った。  

若手時代は、兄弟のように仲良くしていたA・猪木も晩年には物心に渡る援助の手を差し伸べたそうだ。いや、「伝説のNWF対決・猪木×大木」の激戦も、不遇の大木に巨額のファイトマネーを与えるための試合だったように今になっては思う。  頭突きとは、韓国語で「パッチギ」。    

私の昭和のひとコマを飾ってくれた、「キム・イル」大木金太郎。  

伝説のパッチギ。  

ありがとうございました。

 安らかにお眠りください。

伝説のパッチギ










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

伝説のオリエンタルホテル

つい来るたびに何枚もこのアングルで撮ってしまいたくなる「狙った」素晴らしい設計の名ホテルだ。  

イのバンコクには、世界ホテルランキングで何度もその頂点に輝き、いまだベスト5を譲らない、   

ジ・オリエンタル・ホテル(現在はマンダリン オリエンタルホテル バンコク) がある。  

一流中の一流。  

まさに世界のベストホテル、なのだ。  

そのサービスを言い表わすのに「ナッシング・ノー」をポリシーとされている。  

ナッシング・ノー。

つまり「ノーを言わない」  

という徹底したお客のニーズに応える姿勢(サービス)が世界中のVIPを心をつかんで離さないのだ。  

は、ぼくはバンコクに滞在中に毎日のようにこのホテルに通うことになる。  

通うことになる、ということは「宿泊」では残念ながらないのだが。  それはこのホテルの2階にあるバイキングビュッフェがまさしく「世界最高級」なのだ。  

低金額にしては恐ろしく「美味しすぎる」最高レベルの食材とお味なのだ。  

フォアグラ、ローストビーフ、ステーキ、魚介類、テリーヌ、蟹、エビ、シュリンプサラダ、てんぷら、すし、飲茶、ヌードル、もう続々と・・・。  

の後、一緒にお連れする人がみんなみんな「唸ってしまい」、それを見るのが楽しくてまた新しい人をお連れする、という楽しみまで加わるから止められない。  

それも唸りかたが違う。  

バイキングビュッフェだからいろんな料理を取ってくるのだけど、その一品ごとに「思わずうなってしまう」から、もう最後にはわかったわかったから黙って食べなさい。という連れてきた人間に説教までしてしまうという羽目におちいるのだ。  

友人のマナブちゃんとも何度か行くのだが、「世界一!!」と口を揃えた評価にいつも落ち着くのであるが、別に世界中のホテル料理を食しているわけではない。それどころか、いつも行き当たりバッタリなのだけども。

伝説のオリエンタルホテル

のオリエンタルホテルのビュッフェで、僕なりの「伝説」が起こった。  

それは、ひと通り食事が終わりいつもはあまり食べないデザートを取りに行った時の事だ。  

ご報告ばかりで申し訳ないのだが、ここのデザートがまた凄い。食べきれないほどの品数がありながら(私が何度も通ってトライした限りでは)、そのどれもが素晴らしい。「並」がないのだ。

伝説のオリエンタルホテル

その時に私がこのホテルで気に入っている「ティラミス」を探していたのだが、ない。  

他にいくらでもあるのだから、あきらめようかとも思ったけども、あきらめきれない。そこでそこに立っていた係りの人にティラミスは今日はないのか、と訊ねたら、「ない」とのこと。

完熟マンゴーだけでも元は取れてる。焼きプリンは最高。  

ガッカリした。  

顔に出たのだろう。たぶんかなりそうだ。  

すると、  

そのスタッフこう言ってくれたのだ。  

「ティラミスをおつくりしましょうか?」  

「えっ?僕のためにですか・・・?」  

「そうです。」  

う~ん、すごい。  

わざわざお客のために(とくにリクエストをしたわけでもないのに)ティラミスをつくってくれるなんてなぁ。「あの」ホテルがだ。  

ああ、まさしく  

ナッシング・ノーの世界だ。  

またまた、僕の中で伝説になってしまった。  

こればっかりは、体験したものでないとわからない「空気」だったのだ。  

すごい空気だった。  

・・・・・・それがどうした。   

ということなのだが。   

ずっっと向こうの窓まで「高級食材」のオンパレード。ひっくり返る。

伝説のオリエンタルホテル






▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼