駅の階段や墓石などで見る「みかげ石」、正式には花崗岩といい、深成岩と呼ばれる火成岩の一つで、地中奥深いところでマグマがゆっくり時間をかけて冷えることにより、鉱物類が大粒に結晶している岩石である。その国内最大級の採石場が茨城県にあることは、あまり知られていないかもしれない。
花崗岩という名前と実物の見た目が一致していなくても、白米の上に黒い胡麻がパラパラっとかけられたような模様のこの花崗岩を見た覚えのある人は多いだろう。これが花崗岩だ。

JR宇都宮線の小山駅から水戸に向かうJR水戸線で小一時間で到着する稲田駅から徒歩で15分ほどのところにある採石場では、明治時代から花崗岩の石材が切り出されている。
この石材を稲田石といい、国会議事堂などに使われている極めて良質な花崗岩として著名である。
この採石場、以前から行ってみたいと思っていたのだが、コロナ禍の間を縫って訪問し、現地で行われているミニツアーにも参加してきたので、手記をまとめておこう。
小山駅から稲田駅までは、JR水戸線で移動する。水戸線の歴史は古く、1889年(明治22年)に開通され、単線だが1967年にはすでに電化されている。
小山駅近辺は直流1500V、以降友部駅までは交流20,000Vの給電を受け、交直両用車両が走行している。この交直切り替えは、筑波にある地磁気観測所に対する影響を最小化するためだ。直流だと発生する磁界が地磁気測定に影響を及ぼす。もちろん交流でも磁界は発生するのだが、交流は磁界が周波数に伴って逆方向に現れ、互いに打ち消しあうので地磁気への影響は極めて小さなものとなる。同様の直流から交流への変換措置は筑波エキスプレスの守谷付近でも行われている。
水戸線の列車はE531系のワンマン列車であった。資料によるとワンマン運行は今年3月のダイヤ改正からとのことだ。

JR水戸線
稲田駅は1898年(明治31年)5月8日に開業したそうだが、Googleのストリートビューにある駅舎写真は2012年撮影とあり、それを見てから現地に来たところ、現在の佇まいとはずいぶん異なっていたので、少々戸惑った。両者を並べてみる。

2011年の稲田駅(Google Street Viewから)

2021年8月の稲田駅
写真の様に、現在の駅舎は花崗岩で囲まれており、改札脇には「石の百年館」という無料の博物館が併設されていた。この博物館は笠間市が建設したらしく、稲田石を中心として花崗岩、花崗閃緑岩、閃緑岩などの標本はもとより、石材製造の加工過程なども展示されている。岩石の展示は上野の国立科学博物館などにもあるが、石材加工に関する展示はないので大変参考になる。

花崗岩博物館「石の百年館」
ここを出て採石場方面に進むと、道路の両側にある民家の庭や門中などに花崗岩がたくさん使われているのが見え、いかにも花崗岩採石の街という感じがする。いきおい、石材店も多く、資材置き場には所狭しと花崗岩石材やその切れ端材が積んである。

民家や石材店に、このように花崗岩が極く普通に使われているのが印象的だ。

石材の切れ端がいたるところにうず高く積もってある。最近切り落とされたらしい風化のない良質なサンプルを見ることができる。

進む右前方を見ると写真の様な露頭が見えるが、これは前山採掘場(前山採石場)と呼ぶ旧採石場である。遠くから見ても、断層などで自然にできた露頭というより露天掘りで掘った露頭であることがすぐわかる。
そのまま歩いて現地までくると、中野組石材工業株式会社の建物が見える。ここが稲田石を産出する一山を所有している石材会社だ。

中野組石材工業株式会社玄関
また、同社の資産を借り受けて観光事業をおこなっているのが株式会社「想石(そうせき)」という会社で、ツアーなどを企画している会社が株式会社U-Aという会社らしいが、現地でもらうパンフレットを見ると、連絡先電話番号と住所記載及びWebのURL表示はあるものの中野組石材工業株式会社という名前がない。ただし、WebのHPには次のような記載があった。これを見ると、管理会社の設立は10年ほど前、そして観光事業開始は昨年からだったことが分かる。
◇ 管理会社
会社名株式会社想石
本社所在地〒309-1635 茨城県笠間市稲田4260-1
電話番号0296-74-2112
設立2011年1月14日
代表取締役 川畑真彦
事業内容採石、石材加工、販売及び石工事
◇ 観光事業会社
会社名株式会社UーA
本社所在地〒309-1635 茨城県笠間市稲田4260-1
電話番号0296-74-2537
設立2020年6月22日
代表取締役 中村えつ美
事業内容飲食店、物産小売店、観光ガイド
現地に着くと、ツアー申込や簡単な飲食物の販売店があり、その向こう側に旧採石現場である前山採掘場が見える。以下は新旧の比較である。

前山採石場(地質ニュース No.144から)

現在の前山採石場(跡)
前山採掘場は、露天掘りにて約60mほど掘り進んだ後に品質を劣化させる不純鉱物の含有量が増加したことや深堀過ぎると光が届かなくなるなどの理由で2014年に操業停止、現在はその跡地に雨水や湧水が溜まって湖を形成している。つまり6~7年の間に形成された湖ということになる。これを前山丁場湖と呼び、「地図にない湖」として知られている。この湖は、ツアーとは別に現地の見晴台からじっくりと見ることができる。
ここからさらに奥を見学するためには、1000円のプレミアムツアーの申し込みを行う。ツアーではヘルメットが支給され、小一時間ほどガイド添乗にて、四駆などの乗用車で前山採石場の反対側の岸壁の裏側や現在の採石場を訪問する。途中、かつて重機を用いずに採石していた露天掘りの跡や、最近まで重機で採石した跡などの露頭が見学できる。
ツアーは採石場私有地の中だけで行われるので、写真の様に登録番号がない車両も使われている。車両は数台用意されており、予約に空きがあればその場で申し込めるが、予約優先となるために出来れば事前に予約しておいた方がよいだろう。シーズン中の週末などは団体も入るらしい。今回は平日だったこともあって、予約なしで申し込むことができた。

ツアーは、図のように旧採石場である前山採石場や現在採石を行っている奥山採石場の見学を行う。車で移動するだけでなく、徒歩にて崖の上に案内してもらったり、小川を渡ったりして削り取られた岩盤に直接触れることもできる。また、現在の採石現場では操業している重機も見学できる。採石された石塊の評価方法なども紹介される。

ツアーコースルート
なお、パンフレットなどに記載されている「石切山脈」という名称は地理地形上の正式名称ではなく、管理会社が命名した私的な名称の様だ。
稲田には数多くの石切り場があり、そこで採石される花崗岩が稲田石あるいは稲田御影という石材名で呼ばれることから、この花崗岩を稲田花崗岩と呼んでいる。稲田石は明治22年から露天掘りとして切り出しが始まったという。東は友部から、西は岩瀬まで東西20km、南北10kmの規模となっており、周辺は中生代の八溝層群で囲まれている。
採石場の位置は、筑波山のほぼ北である。下図は地質図で見る稲田周辺の地質である。赤丸印が稲田。

稲田石採石場のある辺り(丸印)

地質図上の稲田石採石場の位置
この付近にはこの稲田花崗岩以外に2つの花崗岩が知られている。すなわち過去3回の貫入があったとされている。貫入とは、古い時代に堆積した堆積岩へマグマが入り込むことを言う。これによって近接する堆積岩は高温に晒されるために岩質が変化する。よく知られている大理石は、石灰岩がマグマの貫入で変化したものだ。
3つの花崗岩をまとめておく。
1.筑波型花崗岩
筑波山及びそれ以南に分布。黒雲母、石英、斜長石を主成分とする。
2.上城型花崗岩
岩瀬上城付近と笠間市中山北方の小地域に分布する。
以下に述べる稲田型花崗岩に、5千9百万年前に貫入している。
3.稲田型花崗岩
筑波山より北方の広い地域に分布。稲田石はこれに含まれる。6千3百万年前に貫入している。上記2の上城型花崗岩は、この稲田型花崗岩に4百万年後に貫入したことになる。
稲田石の岩相は塊状を呈し、主成分は斜長石、正長石、石英、黒雲母。副成分はジルコン,モナズ石、燐灰石、スフェン、ざくろ石、褐れん石及び磁鉄鉱などで、粗粒角閃石含有黒雲母花崗岩,中粒角閃石黒雲母花崗閃緑岩及び細粒白雲、黒雲母花崗岩であり、古第三紀の6千3百万年前に貫入したものである。
稲田石の特徴としては長石の含有比率が多く、全体が白い事が挙げられる。また、組成のうち長石及び石英が90%を占めているが、これらはともに硬い鉱物であるので、石としても硬いことも特徴の一つだ。
6千万年前というのは、かなり新しい時代であることから劣化が少なく、頑丈であることも稲田石の特徴となっている。

上の写真は、かつて採石していた前山採石場の跡地である。上半分は手掘り、下半分が機械掘りとなっているのがわかる。

奥山採石場(現在の採石場)
ツアーガイドの説明によると、この奥山採石場では爆薬を使ったロケも可能ということで戦隊ものの撮影なども行われるとのことだった。
採石される石は、1級から3級までの等級がつけられるそうだ。最高品質の石が1級。等級の違いは、物理的な強度など以外に、含有する鉄などの鉱物によるという。もしそれらが含有されていると、切り出して大気に触れるとわずか2~3年程度で酸化して着色してしまい、石材としては使えなくなるらしい。建造物に使うのか、工芸品に使うのか、あるいは砂利として使うのか、重要な品定めとなるそうだ。

写真は3級品。確かに茶色の泥の様なものが浮き出ている。これは不純物として含有している鉄などが酸化したもので、石材としての価値はないという。
これらの等級の違いは、実際に切り出された石材が積み重ねられて晒されているので、それを見れば一目瞭然だ。1級品は亀裂はおろか、不純物含有由来の細かい汚れの様な模様もない。

ツアーで見学中、暗い層が貫入しているところがあった。見ると黒っぽい層が白い花崗岩にサンドイッチのように挟まれているように見える。短時間ツアーだったので詳しくは見られなかったが、ホルンフェルスなどではなく花崗閃緑岩の様に見えた。
ツアーガイドにこの成因などの見解を尋ねたが、これまで聞かれたことはなかったとのことで、ツアー終了後、現場の責任者も交えて意見交換させてもらった。これらは、成因は分からないが、職人同士では「帯」などと称しているそうだ。ただし、石材としては使えないとのことだった。
プレミアムツアーはこのようなツアーとなっている。

Google Earthで見る全体像
これまでは花崗岩を岩石としてしか見てこなかったのだが、この様なツアーに参加すると岩石を石材として見ることができたし、石材の評価方法も分かるようになった。
そういえば、自宅にある花崗岩のサンプルをよく見ると茶色い斑点があった。

これまで、単に汚れているだけと思っていたが、ひょっとすると、ツアーで教えてもらったように、石英長石雲母以外に含有している鉱物が酸化しているのかもしれない。今度、酸で溶かしてみよう。
この様にして、日常とはかなり違う時間を過ごすことができる。お時間あればお薦めだ。
参考文献
猪郷久義、他、日本地方地質誌「関東地方」、朝倉書店
天野和男、日曜の地学「茨城の自然をたずねて」、築地書館
蜂須紀夫、茨城県 地学のガイド、コロナ社
国土地理院、日本地質図
地質調査所、5万分の1地質図福「真壁」
同上、「真壁地域の地質」
同上、地質ニュース、No.144
パンフレット、「石の百年館」
同上、石切山脈