なんか妙な言い方だが、この手法、まんざらでもない気がした。
写真は柑橘系植物に育つアゲハの一齢幼虫で、存命を図るために鳥のフンに擬態していると言われている。なるほど、確かにそのものずばりだ。天敵である鳥は、まさか自分やその仲間の排泄物を食べようとは思わないだろう。つまり、この幼虫は命をかけて鳥のウンコの振りをする「ウンコぶりッコ」なのだ。
この様に、自らの外観を環境に適応させて天敵の目を欺くことを擬態という。
擬態というのは、動植物に備わる「生命体が存命するための防衛手段」として、生物の進化に於いて大変興味深い変化だ。「種」が存命を図る方法としては、環境の変化に対して逸早く適応して自らを変化させることや、天敵からの襲撃によって種が絶滅することを防ぐために圧倒的な数を以って存命していくと言う方法もあるが、自然淘汰という洗礼から「種」が回避するという以前に、擬態によって「個の存命を図る」という方法には、何か戦略的な意図も感じ取ることができる。
もちろん、擬態も淘汰の中で継承された機能の一つなのだろうが、敵から見付け難くするということは、受身的というより相当に能動的な作戦でもある。
この擬態として完成度の高い「作品」はこれだ。
ベトナムに棲息するコケガエル
このコケガエルは、敵の目を欺くと言う意味で秀逸である。相当な試行錯誤の末にこの形として遺伝してきたのだろうが、見事だ。
天敵の攻撃をかわすため、被食者は時間経過に伴い、様々な手段で対峙している。擬態はそのうちの最も初期の対応策だろう。これが見破られた場合には、次の手段である「避難」、「反撃」そして「逃避」という行動で攻撃から逃れようと試みるのだが、危険を回避する手段として体の色や形を周りの環境に溶け込ませて敵を素通りさせ、何事もおきない状態を保つという、ある意味最も平和な手段はこの「擬態」だろう。
この擬態が完成するまで、つまり試行錯誤による切磋琢磨の末に遺伝として継承されるまでには、通常の場合だと相当時間がかかるのだが、面白いケースがある。それはオオシモフリエダシャクという蛾だ。
このオオシモフリエダシャクは「工業暗化」の研究としてよく知られているのだが、簡単に言うと、白いオオシモフリエダシャクと黒いオオシモフリエダシャクが共存していて、木の幹に留まった際に、どちらが目立つかということが明暗を分けるという話。
天敵から見た場合、幹が白い場合には黒いオオシモフリエダシャクが捕らえられる確率が高く、結果として次第に黒いオオシモフリエダシャクは数を減らしていったのだが、ある時からオオシモフリエダシャクの棲息地にある工場の煤塵によって多くの木の幹が黒くなり、いきおい、黒いオオシモフリエダシャクの方が増えていき、さらにその後、公害が減ってきた時には、再び黒いオオシモフリエダシャクの数が減ったと言う話だ。
尤もこれは遺伝の話というより、白と黒のどちらが生き延びることが出来る確率が高いかという「個」の生存率の話ではあるが、擬態というのは、こうした環境の変化へ追随しながら遺伝子レベルとしてプログラミングされた特徴なのだろう。
ところで、擬態というのはこのような敵を欺くために周辺に溶け込むということだとすると、先のアゲハの幼虫の場合は、擬態とはちょっと違う気がする。むしろ敵に対してわざわざ「ウンコぶる」ことでアピールしているのだから、擬態というより警戒色(警告色)を持つ他の生物と同様の作戦であると考えられる。
この「ウンコぶる」という行動、話を転じると人間関係でも応用できそうだ。
天敵ともいえる相手から攻撃を受けそうな場合、先に述べた様な手段、すなわち避難、反撃、逃避といった手段を講じる以前に、ウンコぶることで敵を近づけさせないという手法として、案外有効な方法かもしれない。
ただし、どうやってウンコの振りをするかは、個人の力量や嗜好、そのときの環境等々によって異なるとは思うが。。。






















