プロムナード -28ページ目

プロムナード

古いこと、新しいこと
いつでも、どこでも
思いつくまま、気の向くまま

国立競技場で3月29日から二日間開催のAKB48の春のコンサート「思い出は全部ここに捨てていけ!」は、大島優子の卒業セレモニーもあるということから大変な大賑わいとなったが、二日目はあいにくの天候となり、午後4時開始の約2時間ほど前に中止が決定した。

天候に左右されるということは屋外ステージにはつきもののリスクではあるが、午前中の風雨、特に風は相当強いものであったし、雷雨注意報まで発令されたという状況から言って、高い鉄塔を仕掛けたスタジオセットなどを鑑みれば、運営側の判断は正しい。

小生は、今回の大島優子卒業が色々な意味での大きな節目でもあることを踏まえ、この目でしっかり見ておこうと考えて参戦を試みたのだが、敢え無く撃沈してしまった次第。。。

ところが、とんでもなく幸運なサプライズに遭遇したのでメモっておく。

コンサート二日目の30日は朝から雨。風も強い。しかし、午後になって少し小降りになってきたし、天気予報によれば夕方から回復するという。だったら予定通りだろうと、とにかく家を出た。途中、雨で濡れた座席を拭くためのタオルを持参し忘れたことを思い出し、新宿の百貨店に立ち寄り、315円のタオルを調達、期待を膨らませて千駄ヶ谷駅へと向かう。何しろ初めての公演参戦である。しかもアリーナ席に当選。期待しないほうがおかしい。

そんなワクワク状態で千駄ヶ谷駅に着くと、なにやらホームが騒がしい。何事かと思うと、なんとコンサートは中止だという。マジか??

そのまま改札に行くと、アナウンス通りこんな貼紙が。。。


すっかり消沈した小生はそのまま駅の改札を出ることなく新宿まで戻ったのだが、せっかく来たのだからせめてゲートぐらいは見ておこうかと、あまり深い考えはないものの、とりあえず再び千駄ヶ谷へ戻った。

国立競技場のゲートに着いた。ゲートは当日迷わない様に前日に確認しておいたから、直行できた。

ゲートでは、大半の人は既に去っていたようだが、それでも諦めきれないファンたちはまだたくさんいて沿道に佇んでいる。一般的にこれを出待行列というのだが、小生もその中に混じってみた。初めての経験である。こういう時の連帯感というのは中々面白いもので、自分の行動が他人に迷惑を及ぼさない様にするという暗黙の了解の下、決してぶつかり合うことなくオトナとしてきちんと整列しているところがなんとも奥ゆかしい。今回の場合、唐突な中止であったから、一部の熱いファン等が一触即発状態であってもおかしくないのだが、日本人の、こういう時の秩序は他国に自慢できるところだと思った。

この出待に異変が起きた。

運営側の係員がスピーカ片手に「競技場隣にある広場の明治公園に移動してください」と叫ぶ。小生等は何がなんだかよくわからないまま誘導されていったのだが、集まったところで再び係員から説明があった。

「大島優子が、たっての本人の希望で皆様に謝罪挨拶をしたいと言っています。今暫くお待ちください。」

これにはどよめきが起きた。

人数は高々数百人程度であってスタジアムに集客された数万人に比べればほんの一握りなのだが、それでも大きな歓声が上がった。待つほど数分(もっと長く感じたが)、公園内の少し高くなっているところに車が到着し、中からホンモノの大島優子が登場、大衆のテンションは一気に上昇した。天候は回復し、雲の切れ目から日差しが差し込んでいる。

大島優子がハンドマイクを片手に髪を搔き上げながらスピーチを始めた。

年末の卒業発言の時といい、各種歌番組での最終出演の時といい、他の卒業生が最後の公演や出演jのスピーチでメソメソしているのに比べると、大島優子は常に笑顔を絶やすことなくきちんと話をし、しっかりとした挨拶を行ってきた。他のメンバー達のシクシクして言葉が出ないという場面はたくさん見てきたが、大島優子はそういうそぶりを見せず、常に気丈に振舞う。

しかし本当は舞台裏で号泣しているのだ。その姿はドキュメンタリ映画や番組でたくさん晒されているから、ファンは不憫な本当の姿を知っている。しかし、ファンの面前では敢えて気丈に振舞う。

それが大島優子なのだ。その大島優子がスピーチの直前に泣き出した。これはある種、驚きでもあった。それほど公演中止が悔しかったのだろう。

具体的なスピーチ内容は、Webに掲載されているのでそれを貼っておく。

「 さっきまで雨が降ってたのに、こんなに天気が良くなっちゃって…(涙)。

昨日はAKBの単独をやらせていただいて、今日は姉妹グループも含めて48グループのコンサートをみんなで準備してたんですけど、風も強かったりとかして、いろいろ判断した上で中止とさせていただきました。この日に来てくださった方、本当にすみません(おじぎ)。

また日を改めて皆さんにはちゃんと卒業を見送ってほしいと思うので、場所などいろいろ詳細が決まったら、また連絡させていただきます。

そのときは、また来てください。たぶん遠くからわざわざ来てくださった方とか、お仕事の関係の都合を合わせて来てくださった方とか、学校やバイトの都合とかいろいろ合わせて来てくださったと思うんですけど、また都合を合わせて来てください。

天気なので、どこにも悔しさをぶつけられないのが嫌なんですけど、でも次、ちゃんと卒業セレモニーをやるときはそこに一生懸命ぶつけて、皆さんに最高のAKB48の大島優子を見せたいと思うので、頑張ります。

今日は良い一日を過ごしてください(笑顔で手をあげて、おじぎ)。

ありがとうございます」



付近には過激派ヲタの極右や極左がいてもおかしくない状況であったにも拘らず、ふと現れてスピーチするというその無防備な行動は、警備的に見ても極めて異例であり衝撃的でもあった。そこにはファンとの間に深い信頼関係があるからこそ出来た技なのかもしれない。

また、本人の切なる希望としての挨拶というところも、如何にも大島優子らしいエンターテイメントだ。ネット上では、これは運営側の仕掛けだという諸説もあるようだが、そんなことはどうでもいい。

仮に例え運営側の案だったとしても、大島優子の考えに立脚した案だと思わせるところが大島優子の大島優子たるゆえんだ。

「飽くまでもファンありき」であり、ファンを慮るという対応が大島優子流の神対応であることはよく知られている。ファン獲得実績というのは、そこから生まれるものであり、一朝一夕で培われるものではない。大島優子は、最初から鳴り物入りとしてマネキン人形よろしく容姿端麗で頭脳明晰なタレントとして突如出現したわけではなく、星の数ほどあるタレント候補生から、長い時間をかけて啓蟄の如く這い上がってきたのだ。

その「雑草魂」は並の魂ではない。

ファンとの絆という信頼は、長い時間をかけた地道な努力によって得られるもの。幾多の境遇に遭っても決して逃げない。そして自分の実力を客観的に評価し、改善する方法を熟慮し、断行する。それを本当に実行して、初めて成し得る業なのだ。

エンターテイナーはファンを大切にする。また、それを知るファンはそのエンターテイナーを大切にする。そして互いに成長していく。これこそ信頼感関係なのだ。日常の話に例えれば、「エンターテイナー」を自分、「ファン」を「客」と書き換えれば分かること。

この、大島優子イズムという「雑草力」の必要性は、決して芸能界だけに限ったことではないと考える。
近年、若い女性の間で黒髪がブームになっているという。AKB48などの「黒髪アイドル」がトリガーになっているという説もあるようだが、日本人が日本人に回帰しつつあるということか。

尤もAKB48の場合、若年層は中学生や高校生だから校則的にも髪染はご法度という事情があったとも思われるが、ここ暫く続いている経済的な閉塞感による節約ムードに起因し、清楚、質素という「大和撫子的な癒しを求めている」という分析も可能だ。更に若年男子の間で、大きな変化を求めないという草食系男子が蔓延っているからということもあるかもしれない。

そういえば、AKB48の姉妹グループであるNMB48が2011年の夏に発売開始したデビューシングルタイトルは、そのものずばり「絶滅黒髪少女」という曲で、昨今のアイドルのケバさに対するアンチテーゼとして世に出され、その歌詞には「清楚、すっぴん、日本の美」といった語句が盛んに使われいた。


日本人男性は得てしてブロンドヘアが好きだったりするが、それはブロンドヘアの持ち主が欧米人であるからであって、髪がブロンドであれば「中の人」が何でも良いということではないだろう。そこにはやはり持ち主とのバランスというものがあるのだ。

髪を茶系統や金色に染めたあと、メインテナンスを怠ったために時間が経って髪の根元付近が黒くなってしまっているにも拘らず平然としている姿を見ると、確かに興醒めしてくる。自然の流れに逆らうのであれば、それ相当のフォローアップは必要だろう。それを怠ると、却ってマイナスとなってしまう例でもある。

日本人などの東洋系の黒髪、その色は欧米のブロンドと確かに対照的ではあるが、東洋的な神秘感を醸し出すという意味で、欧米では憧れなのだ、という話を聞いたことがある。興味深いことだが、自分が負い目に感じていても他人が逆に憧れるということは多々ある話で、例えば欧米人の筋の通った高い鼻、それに憧れて整形手術をする人もいるそうだが、欧米人にはその高い鼻を負い目に感じている人も多いと聞くから不思議なものだ。

つまり、自然人類学的に考察してみると、日本という気候を持つ土地に住む人類に対し「黒髪は自然が選択した結果」だとすれば、結局はそれに忠実な方が大衆芸能的にも迎合するのだと考えると理解できる。

かつて茶髪(というか金髪)でガングロなるブームがあったが、突如としての刹那的な反動分子による台頭は、平均化された容姿に安堵を求めるという本能的な流に対して「あまのじゃく」的に必ず勃興するものであり、そういう突然変異は、ある意味人類が「人間らしさ」を保つ必要条件ともいえ、これまた人類が独自に胚胎する一つの本能なのかもしれない。

いきおい、それが一般化していくのであれば、その反社会的ともいえる容姿は平均化、つまりアタリマエになっていくわけで、例え突然の変異であったとしても、それが自然の中で淘汰されずに生き延びて行くとすれば、それは即ち平均化なのだ。その意味、金髪ガングロは平均化する前に淘汰していった様だが、一つのトライアルとして興味深い挑戦でもあったと考える。

人間は他人との差別化を図ることで自分を見出すという性質を持っている。小生、ファッションには疎いが、様々なスタイルが生まれるということは、そういうことなのだろう、と思う。

しかし、押しなべてかもしれないが、ブームは大体において長続きはしない。以前、「草食系がもたらすもの  -世界平和度指数が示す世界的傾向、http://ameblo.jp/millimeter-wave/entry-11276845256.html 」の中で述べた様に、人間は相当にアナログな動物であるから、話を黒髪に戻せば、茶髪と黒髪は恐らく今後も行ったり来たりするのだろうと考える。

中国発の公害物質、通称”PM2.5”が日本にも押し寄せ、大気汚染に関する公害問題として連日の様に報道されているが、一方、

日本が産出している公害物質についてはあまり報道されていないことに気付く。

その公害物質は、物理的に言えば拡散方程式に基き、日本を離れて太平洋上へ広範囲にまき散らされているのだが、運よく日本の東側には人の住む島や国がないために問題視されていないだけで、その拡散量はおびただしい量となっている。

我国政府もマスコミも、公害問題といえばPM2.5にのみにその根源を封じ込め、日夜生成されている我国発の公害物質については殆ど触れることはない。あれほど騒がれていた二酸化炭素問題についても、ここ暫く鳴りを潜め、問題の先送りに暇がない。

この公害は一体どこで生成されているのか。

それは原発停止に伴う火力発電の再開に基くものなのだ。


あの日以来、毎年3月11日前後になるとテレビ・新聞等のマスコミやフェイスブックなどのSNSで原発問題が議論されるのだが、押しなべて云えることは、本質的なことには触れず(語らず)、かつては原発を優等生として扱っていたマスコミが掌を反して、攻撃に回る。

節約の時代にあって、次に示す2つの質問を用意したとする。

1.車に頼る生活をどう思うか?
2.ガソリン代は安い方が良いか、高い方が良いか?

恐らく多くの人が車に頼らない方がよく、なおかつガソリン代は安い方が良いと答えるだろう。

この質問には、大きなジレンマを胚胎している。

節約する生活に車の使用は避けるべきと答えるのであれば、人々を車から遠ざける為に、ガソリン代は高い方が良いはずなのだ。

同様のジレンマが原発問題にも潜んでいる。多くの意見を見ると、原発は直ちに廃止すべきであり、その運動を広めたいと語る。一方、その運動をどうやって広めるのかというと、電力を湯水の如く費やすインターネットを通じて行うという。そうであれば、論者は、ネットの基幹、サーバーや基地局等々、そこで消費する電力はおびただしい量であり、例えば東京電力の最大消費者はNTTであることや、米国Google社のサーバー電力量が約1GW、つまり原発一基分に相当するということを正しく理解しておく必要がある。

とかく、ジレンマが発覚すると論理の片方を封じ込めることで大衆の考えを一意的にさせるという手段を講じて論破しようとする。それでは正しく進むべき方法が見い出せないのだ。

「我国では原発が停止しているが、停電が起きていない」 確かにその通り。しかし、それは電力節電の結果ではなく、代替として風力、太陽光などによる再生可能エネルギーで賄っているのでもなく、おびただしい公害をまき散らす「再生不可能」エネルギーである火力発電によるものなのだ。原発廃止論の論理の中では、そのことに就いてはっきりとは述べられていないという事実も理解しなくてはならない。海水の汚染問題だけに問題を追い詰めず、大気汚染問題についても解を見出す必要があるのだ。

太陽光発電をもっと増やし、蓄電池をより多く備えることによって電力が賄えるのであれば山を切り崩し、森林を伐採し、更には今ある住宅を取り壊してメガソーラーを建設すればいいといった滅茶苦茶な考えだって出てきてしまう。

毎年3月11日前後に必ずこの問題が出没する。しかし、そこで熱く語る輩も、やがて春を迎え温かい季節になると、いつしか鎮静してしまうという現実。所詮は他人事としてしか考えていないのか、と勘繰りたくもなるのだ。

あちらを立てればこちらが立たず。そのジレンマの中で最大の効果を得ようとするのであれば、現実をよく見る必要がある。

背反する二つの要素を鑑み、程よいバランスを取ることによってはじめて最大面積が得られる。

ヒステリック、或いはセンチメントにならず、冷静になってこの方法を考えるべきと思う。


地下アイドル。


不思議な言葉だし、耳に残る言葉だ。

現代にあって、この地下アイドルとは、即ち「マスメディアへの露出ではなく、もっぱらライブ活動を行っているアイドル」という意味で用いられているようだが、その昔、地下、つまりアンダーグランドという言葉は「アングラ」と略されて、政治的な色彩の濃い前衛サブカルチャーに対して用いられていたものだった。いわゆる反体制派的な活動家に対する総称である。それらは戯曲でもあったし、歌でもあった。たしか、1960年代後半に勃興したものだったと記憶している。


元々アングラは、昭和初期のエログロ的なキワモノに端を発した言葉だったようだが、60年代から70年初頭にかけてのアングラは、当時世界的な社会問題であったベトナム戦争に反旗を翻す米国若者たちのヒッピー風潮が日本にも上陸したものであり、新宿西口広場(現代では西口地下通路と称す)に於けるフォークゲリラ集団、いわゆる「ベトナムに平和を!市民連合」(通称、ベ平連)の活動の一部としてフォークギターを武器として携えて扇情的な歌を歌う歌手やグループに対して用いられていた言葉でもあった。小生もこのアングラ軍団の活動に対しては、飽くまでも外殻的ではあったが新宿西口広場に何度か足を運んだ記憶がある。

「栄ちゃんのバラード」、「イムジン河」、「友よ」といったフォークゲリラ定番曲の他、五つの赤い風船による「血まみれの鳩」の様な、今では全く歌いつなげることすらおぞましいと感じさせるタイトルの歌もあった。

小生の記憶では、これらのうちの相当数の歌が放送禁止になったと思うが、LPでは入手可能だった。これらの中には国際問題を揶揄したり批判するといった政治色の濃いプロテストソングのみならず、身近な部落問題や貧困問題についても歌詞としているものも多数あり、当時中学生だった小生は、あまり深い意味も分からず、ギター片手に歌真似をしていたものだった。

当時、確かに彼等は強い男を演じていた。長髪と無精髭といった風貌もさることながら、歌は叫びでありアジテーションであり、大衆を導く尖兵としての姿は凛々しくて雄々しく、即ちカリスマであった。

新宿西口広場のフォークゲリラ。小生もここにいた。


しかし、そのムーブメントは成就することなく消滅していく。実は「ビジネスマンであったカリスマ」たちはついぞフォークゲリラの先頭に立つことはなく、飽くまでもステージ上でのカリスマであり、自己批判を迫るゲリラ達との価値観の相異による葛藤に疲れ、去って行ったのだ。

べ平連はベトナム戦争の終結を以って自然解体した。

元々この団体は個人情報的な管理リストなどがない極めて緩い団体でもあったので、いつの間にか消えたという表現が正しいだろう。これに伴い、フォークゲリラは、社会的に認知はされていても政治に対する直接的な影響力という観点で見れば甚だ力不足だったことは事実であり、笛吹けど踊ることのない大衆を前に挫折し、これまたいつのまにか、消えていったのだ。

それはある意味アタリマエだったと思う。

ベトナム戦争問題にしても、たとえ身近にある部落問題にしても、しょせんは他人事である。一緒に歌うぐらいならできるものの、私財を投げ打ってまで共に戦おうという気は起きない。しかも、大半の活動が、歌を歌えば平和になると本気で考えていたプチブルジョアなお坊ちゃま的活動でもあったために、いきおい、大衆はそれが欺瞞的であることに気付いた。つまり、アジテーションやシュプレヒコールは叫ぶ側のマスターベーションに過ぎないと悟ったのだ。因みにこの学習が奏功してか、その後は各国で勃発している紛争や戦争に対し、それらを題材とするフォークゲリラは、少なくとも我国では勃興していない。

かくして、疲れてしまった男たちは出口の見えない自己批判へと堕ちていき、代わりに、名誉や地位がなくても、ささやかであれ愛を感じる生活さえ出来ればいいという内向的な方向へと進むようになった。「神田川」、「赤提灯」を奏でるかぐや姫の時代の到来である。言うなれば、

強靭な肉食系の「雄」が、草食系「男の子」へと変貌する瞬間でもあった。

いわずもがな、後世まで歌い継がれている歌は、闘争心を煽る歌ではなく、この小さな幸せを求め感じる歌なのだ。人間は元来闘争する動物であるとはいえ、闘争は安定を求める手段だから、安定を尊ぶ歌は不滅だろう。

この淘汰は、当然の成り行きと考える。

また、草食化もしかり。たまに「ならず者」が出現するが、それが長くは蔓延らないから人類は存続しているのだ。それについてはこちらに書き込んだ。

http://ameblo.jp/millimeter-wave/entry-11276845256.html

それゆえ、フォークゲリラ的な活動は淘汰していったのだと考える。

とはいえ、フォークゲリラが徘徊した当時は現代の様にインターネットを通じて一人のつぶやきが瞬時にして世界中に配信される時代ではなく、情報伝達はマスコミや口コミ経由となるだけだったのだから、それを考えれば、地道な活動が拡大して大きなムーブメントとなっていったことは、四の五の言わず、すごいことだったと思う。実際、小生がなぜフォークゲリラの存在を知ったのか、その情報ソースについてはあまり記憶がないが、おそらくAMラジオの深夜放送での情報からだったのではないかと考えている。

その後、時代は変わり、アングラのフォークゲリラは名前も形態も進化し、「アンダーグランド」の意味は、現代では地下アイドルという全く別のジャンルで語られるようになった。つまり、「かつてのアングラ」と「現代の地下」はまるで別物なのだ。

何故地下アイドルというようになったのか。諸説あるようだが、ライブ活動という活動は、押しなべて地下にあるライブハウスでのライブが多いことから地下と呼ばれるようになったというのが理にかなっている気がするが、ともかく一番最初に地下アイドルという言葉を耳にした時に頭をよぎったのは、まさしくフォークゲリラだったので、その語彙の違いに相当な戸惑いがあったものの、表舞台での活動を主体としないという意味では共通していると理解し、今日に至っているのが、正直なところでもある。


さて、現代に於ける地下アイドルの代表はAKB48であった。「あった」と過去形としている理由は、活動内容が既にメジャーとなっていることに由来する。もちろん、今も地下での活動を行っているアイドルもたくさんいるのだが、アイドルはアイドルとして「夢」という言葉の裏にある「野心」や、運営側のビジネスモデルを鑑みれば、終身地下アイドルでいたいというのはいささか非現実的で、AKB48もセミや他の昆虫よろしく地中から這い上がって来て空を飛ぶようになったわけだし、インディーズだったグループがメジャーデビューするという王道的には何も問題はない。しかし、はっきり言えることは、今やAKB48は地下アイドルではないということだ。

ところが、ここに興味深い事実がある。「2ちゃんねる」だ。

2ちゃんねるはご存じの様に、匿名による書込みが可能な電子掲示板であり、種々雑多な話題が常に更新される大変ユニークな掲示板となっているが、この掲示板の芸能板という掲示板には、椎名林檎とかあみ(鈴木亜美)、あゆ(浜崎あゆみ)といった単独板や、ことモーニング娘。に就いては羊、狼、鳩といった板がそれぞれの需要に対応して用意されており、毎日おびただしい数のスレが産まれては消えていっているのだが、一方AKB48に関しては板そのものがなく、実質上AKB48板となっている「地下アイドル」板しかないのだ。逆に言えば、2ちゃんねるの中で地下アイドルにといえばAKB48のみとなっているとも云えるし、或いはまたAKB48は地下アイドルとしての位置のままとなっているということにもなるのだ。結果、現在のいわゆる地下アイドルについては干されているといった状態となっている。

これは何を意味しているのか。

恐らく、これが新しい姿なのだろう、と思う。考えてみれば、AKB48の出現によってそれまでのグラビアアイドルと一般的なアイドルの間に存在していた境は曖昧なものとなった。また、70年代~80年代アイドルに見られた様な「人形的創造物」としての姿はそこに見ることができない。即ち、ファンにとって等身大となってきたのだ。

かつて「アイドルはうんこをしない」という言葉が蔓延していた時期があった。アイドル黄金時代のころである。これを見事にぶち壊したのがAKB48だった。

「うんこもするし、おならもする」。

大島優子はテレビではっきり宣言した。「優子はおならしても、周りのだれにも詫びない」、高橋みなみが大島優子の横でそういって他のゲストの笑いを取っていたのはもう数年も前のことだ。

この辺りの発言、かつてはタブーだったはずだ。

逆に言うと、こういう発言は地下アイドルだからこそできる「人間味を前面に出すことによって、ファンとの距離を縮めさせ、それを親近感へと昇華させるための術」なのかもしれないと考える。

アイドルという言葉、日本語では偶像と訳されて久しいが、需要が多様化し、それに伴って供給する側もそのニーズに応えるべくリアルタイムなトラッキングを試みている今日、十派一絡げにアイドルと括るのは困難な時代となってきていると思う。

なぜなら、かつてのフォークソングの神であったカリスマな歌い手達は、即ちアイドル(偶像)だったからだ。
彼らがフォークゲリラたちによって自己批判を迫られ失脚したことはアイドルの追放であったに他ならない。

では、アイドルとは一体なんなのか?

今後もアイドルは更に形を変えて、しかし、確実に存在し続けていくだろう。それがどの様に時代のニーズに迎合していくのか、興味は尽きない。

東京に住んでいれば知らない人はいないとも思われる神田川。

神田川とは、三鷹市にある井の頭池を水源として隅田川まで流れる川のことで、徳川家康が江戸の水を確保すべく、元々あった川を改築して井の頭池や善福寺川を水源とする神田上水を整備したものが現在の神田川の前身だそうだ。都内の川としては珍しく、殆どが暗渠となっていない川なので、東京に住む人達にとっては、親しみの多い川のひとつだろう。

かつて、かぐや姫というフォークグループが同名の曲を歌ったのでそちらで知っている人も多いと思う。時は70年代の中頃、学園紛争に疲れた若者達が、みんなで歌を歌えば世界は平和になると信じて裏切られた時代でもあり、愛さえあれば生きていけると激しく勘違いし、深く考えもせずに同棲しては傷つき、それを武勇伝だとうそぶく体たらくの輩が徘徊していた時代でもあった。かく云う小生も、少しこそばゆい思い出もないわけではないのだが。。

ま、そういう話は別の機会にするとし、とにかくその神田川を歩いて散歩することにした。

神田川という名前からして、やはり神田周辺が小生にとって最も親しみがあるところだ。秋葉原界隈としての神田川やそこに横たわる万世橋は、小学生のころには交通博物館(今はmAAchというエキュートのひとつとなっている)へ行くときに渡る橋であり、中学生になってからは電気部品を調達するために訪れるアキバを流れる川として、小生の自歴の中を流れる重要な川のひとつでもある。

かつてこの川は、どぶ川だった。高度成長という美辞麗句の下に善も悪も一絡げだった日本の輝かしき暗黒時代にあって、

神田川は、はっきり言って「死の川」だったのだ。

その時のことはこちらにも記したのでここでは触れないが、40年程度しかすぎていないとはいえ、当時は誰も近寄りたがらなかったこの川が良くもここまで復活したなという思いはする。さすがにこれはマズい、という意識が共通に生まれた結果だったのだろう。PM2.5騒動を起こしている某国も、取り返しが付かなくなる前に早く気付いてほしいものだと思う。

http://ameblo.jp/millimeter-wave/entry-11420268559.html

それはともかく、魚まで住めるようになったこの川、そういえばこれまで断片的にしか見ていなかったし、まして最終ゴールである隅田川への流れ込みなど、まだ一度も見たことがなかったことに気付き、ブログタイトルよろしく散歩してみようと思い立った。

まず、神田川を目白付近から大きく二つに分け、井の頭公園から目白までの上流部分と、そこから隅田川までの下流部分とに分けて散策することにした。因みに目白を中心とした理由は特にない。単に思い立ったところが目白付近だったということだけである。

目白付近といえば、直接神田川とは関係ないが、目白通りと明治通りの交差点にある千登勢橋が特筆だろう。これは、目白1丁目と雑司が谷との境界にある跨道橋で、 橋上に目白通りを通し、明治通りとの立体交差になっているもので、東京都内で初めての幹線道路同士の鋼ヒンジアーチ型立体交差橋鉄橋となっている。昭和8年に開通したものだという。また、東側に連続する千登世小橋で都電荒川線を跨いでいる箇所でもある。開通当時、どの様な車がどれだけ走っていたのだろうと思いを巡らすのも楽しいものだ。


さて、ここを後にして神田川を下ってみる。

ほどなく行くと、左岸に芭蕉庵という建物がある。これはかつて松尾芭蕉が神田上水の改修工事に携わった際に住んでいた住居跡が元になっているとあるが、芭蕉がそんなことに関わっていたなんて、全く知らなかった。この建物と庭、さほど広いものではないものの、喧噪な都内にあっては閑静な佇まいとなっていて落ち着く。庭からは椿山荘の高いビルが見える。この辺りにはずっと桜が植えてあり、春になれば愛でる人達でいっぱいになることだろう。



水道橋に近いところまで行くと、御茶の水分水路というところがある。


神田川を分水するもので、分水路は暗渠となる。この暗渠の分水路は万世橋の手前付近で本流に合流する構造となっている。この万世橋手前の合流地点には、はっきりと分水路と書かれているのだが、水道橋の方は、大きな石に分水路と刻まれているだけで、肝心の分水路が良く見えないのが不思議だ。


そして万世橋。


万世橋はかつて中央線の終点だった駅で、当時はまだ東京駅からの発着とはなっていなかったのだ。この万世橋駅は閉鎖されたのちに、長いこと交通博物館としてその一部が使用されていたのだが、その博物館が閉鎖されて暫く経ち、現在になってmAAchという名前でエキュートとして再開発され、コジャれた店がたくさん入っていて新旧の調和による緩いハーモニーが心地良い。

万世橋駅はその一部が遺構として公開されている。実に100年も前の建設だという。白い覆輪目地のタイル壁面や稲田石(茨城県で産出される花崗岩のことで、白色の長石が卓越しているために白御影と呼ばれる)による階段などが見学できて楽しい。

また、万世橋駅から御茶ノ水にかけての煉瓦はすべてイギリス積みとなっている。逆に、ここから神田駅方面の高架や陸橋に積まれている煉瓦がすべてドイツ積みとなっていることと比較すると、時間的な不整合が読み取れる。

即ち、万世橋~御茶ノ水の煉瓦と万世橋~神田の煉瓦は、建設時期は全く異なっていたということだ。

先に述べた様にかつて中央線は万世橋駅が終点だったのだから、万世橋駅から現在の中央線終点である東京駅までの線路は万世橋駅が出来たずっと後で建設されたわけだ。

当時はまだ秋葉原はなかった時代の話でもある。

秋葉原を過ぎて浅草橋を経るころには、神田川はいくつもの屋形船や小型の漁船が浮かぶ風情となる。屋形船といえば隅田川から東京湾に出てレインボーブリッジを潜るというコースが有名だが、この神田川を拠点とするコースも趣があってよさそうだ。


やがて神田川は両国に近くなり、柳橋という橋を渡ると間もなく隅田川へと合流する。ここが神田川の終点だ。



そもそも隅田川も東京都北区にある岩淵水門で荒川から分岐した川であり、神田川はその隅田川に合流する川だ。

都内の水路は水害防止や上水などの水利事情によって繋がれたり切られたりされて複雑な流路を呈し、今も都内をゆっくりと流れている。

そういう歴史を紐解きながらじっくりと散策してみる小旅行も楽しいものだ。

いずれ、目白から上流へ遡上してみよう。また何か見つかるかもしれない。

黒渋会美眉、知っている人は知っている2006年に発足した台湾のアイドルグループの名前だ。黑澀會美眉と書くのが正しい。今ではWikiなどにもしっかり書かれているのでここで詳細は書かないが、当時、大牙(ダーヤ―)をリーダーとし、丫頭、小薰、彤彤、鬼鬼、大牙、小蠻、Apple、MeiMei、筱婕といったメンバーで構成されていた。現在は、グループ名称を黑GIRLと変更して活動を継続しているという。

小生がこのグループを知ったのは、上海で開催されていた国際会議が終了した翌日にホテルを出る直前、たまたまテレビで放映されていたこのグループのPVを見たときだった。なにしろ出発の直前だったので「パッと見」だったのだが、アイドルに求められる要素であるルックスや曲調等について日本との共通点が多いのでびっくりした。

これは大変興味深い。とにかくメモっておこうと思い、取り急ぎ手持ちのデジカメで撮影だけしておいた。それが下記の写真だ。手元の撮影記録によると2007年1月撮影となっている。
帰国後、これを手がかりとしてWeb等で調べることにした。

  


とはいえ、見た番組自体も何の番組だったのかも判らないし、ひょっとすると何かのCMだったのかもしれないし、そもそもグループなのか個人なのか、それすらわからないし、着手するきっかけが見当たらない。

果たしてこの写真に描画されている「123木頭人」というのは歌のタイトルなのか、グループの名前なのか、或いは個人名なのか、更に「黒なんとか」と書いてあるのは、いったいなんだ?

どこから着手すれば良いか良くわからない状況、つまり手探り状態というか、スクラッチからのスタートだったわけだが、となると、小生の探究心を刺激するには十分で、そういう事態に遭遇した場合、徹底的に調べてみないと気が済まない性分だからスイッチ入るには十分だったともいえる。

では具体的に、どの様にしてこのグループに就いて調べていったのかというと、前後関係についてはあまり覚えていないのだが、日本語の検索エンジンでは引っかからないので、とにかくGoogleの中国に入って、そこから検索していくことを思いついた。

今でこそ、この「123木頭人」でググれば、日本語サイトであれどこであれ、一発で彼女たちのPVがアップロードされているYoutubeに到達できるが、当時はそう簡単には行かなかったのだ。

下記のURLは現在の中華版Wiki。当然のことではあるが、日本語のWikiとは比べ物にならないくらい詳細が述べられている。

http://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%91Girl

当時、ここまで書かれていたかどうかは覚えていないが、とにかくこういうものを使って調査を進めたわけだが、一度検索のコツが分かれば、後はなんとかなる。
中華サイトといえば誰でも想像つくように、動画ものを探すのは簡単だった。ただし、最初は若干難儀したものの、「下戴」とか「免費」とかいう単語さえ分かれば、PVはすべて揃うことが出来た。恐るべし中華サイトである。

当時、このグループは2つに分かれ、其々「甜心轟炸機」、「粉紅高壓電」という二つのグループに分けて競わせた。活動開始は2005年というから、まさにAKB48と同時期にスタートしたプロジェクトでもあったわけだ。

オーディション合格者で構成させるという手法としてはモーニング娘。の流れだろう。そうして集めておいたグループをいくつかに分けて競わせる。AKB48のチーム制と共通だ。こういう手段について、


パクリとかいうなかれ。

エンターテインメントとは楽しませることなのだから、楽しませる手段が有効であるならば、著作物でない限りはその手段が模倣したりされたりしても構わないと思う。

さて、小生の好奇心は留まらない。楽曲のDVD映像が揃ったとはいえ、やはり正規品が欲しい。しかし、台湾のリージョンコードは3であり、日本とは異なるため、リージョンフリーでなければ通常のDVDプレーヤでの再生は不可能だ。従ってリージョンフリーであることが条件となる。

リージョンコードという政策は米国のMPAA(Motion Picture Associlation of America)の策略であって、要は米国映画のコピーを許さんぞという作戦が発端だから、中華系が100%それに甘んずるというのは考えにくいし、いきおい中華製DVDはリージョンフリーがデフォルトだろうと考えていたのだが、今となっては何処で確認したのか分からないものの、とにかくリージョンフリーであることが分かった。あとは調達するのみとなった。

調達に当たっては、当然のことだが日本のレコード店には置いていない。Amazonにもない。そこで中華系CD流通サイトを探し出し、怪しくないかを検索、国内での実績や評判をチェックして、ポチッたというもの。それがこのCD・DVDである。

この、欲しいものを手に入れる為に人事を尽くすという姿勢、我ながらあっぱれと思った。

ついでに言うと、彼女たちがレギュラー出演しているCHANEL Vという台湾の番組が見たくて、TVUの様なP2Pでのインターネット配信ソフトを導入し、番組を探したりもした。

そこまで苦労して得たこのCDやDVD、入手後はさぞかしなんども聞いたり見たりしただろうと思うかもしれないが、入手してからというもの、実は殆ど聞いても見てもいないのだ。なぜなら既にWebからダウンロードした動画でさんざん見ていたわけだから。

つまり、見るために入手したのではなく、所有するために入手したということなのだ。

この辺りに、ユーザの嗜好性というものが現れてくる。


よく言われる様に、購買意欲を掻き立てるには飢餓感を煽ること。国内での調達がままならない商品を入手するということは、ある意味、ゲームの様に楽しめることなのかもしれない。

くだんの黑澀會美眉のメンバー達、今は多く入れ換わっているようだが、当時のメンバーの現在の様子はこんな感じらしい。


    


台湾のアイドルは日本のそれに求められるところと共通化していて、即ち、売り出される時点に於いてタレント自身が未完成形であり、ファンがアイドルを育てるというコラボレーションプロジェクト的な商品となっているところが共通している様な気がする。

台湾のアイドル、それまではノーマークだったわけだが、ちょっとしたきっかけを基に、台湾のアイドルは小生の人生に印象的な数ページを書き加えることになった。あの時、テレビをつけなければ知らなかったこと。

人生とは愉快なものだ。

 

 

 

新幹線といえば殆どが東海道新幹線の利用となっていて、その次が東北新幹線。これまで上越新幹線にはあまり乗る機会がなかったのだが、最近上越新幹線に乗って面白いことに気付いた。

それはトンネルを通過している時の音だ。

 

 

 

 

大清水トンネルの壁(走行中の上越新幹線の車窓から)

 


「洞窟探検」を趣味の筆頭に記載する小生、様々な建造物の中ではトンネルが一番好きなのだが、「特にトンネルを通過しているときの音を聞くのがオススメです」なんて言うと、たいていの人はドン引きするだろう。

しかし、ローカル線のトンネルの場合であれば、走行中に誘導灯や誘導路、引き込み線の線路などが見えて楽しいし、特に幽谷深山にぽっかりと空いた単線のトンネルなどではコンクリートの壁の間に岩盤が見えるところもあり、そんなところを通過するときは思わずハァハァしてしまう。こんな楽しみ方を知らない人はかわいそうだと思うのだが。。。

この習性、いつ頃からだったか思い出すと、恐らく高校時代の夏休み。岩手県の気仙郡にある洞窟探検調査の帰りに立ち寄った龍泉洞に行く岩泉線のトンネルが最初だったと思う。

何しろ昭和40年代の話だから、車両にはエアコン設備なんかなく、夏であれば窓は全開がアタリマエの時代。なので、トンネルに入れば車内にはいつもすさまじい轟音が鳴り響く、そんな状況だったのだが、くだんの岩泉線のトンネルでは、他のローカル線とは異なり、それまで経験したことのないほどの強い風が列車内に吹き込んできたのだ。しかも冷風。窓の外を見ると、地下水と思しき水流が「いい感じ」で流れている。

洞窟探検をしている人であれば、ピンとくる、そう、これはどう考えても洞窟を寸断する様にトンネルが掘られているのだ。案の定、トンネルを出た瞬間に窓ガラスが一斉に曇った。つまりそのトンネルの内部は他のトンネルよりも相当に気温が低いことだ。

いずれ、その洞窟、いやトンネルを探検してみたいと思っていたのだが、2010年に岩泉線で発生した土砂崩れによる脱線事故以来、復旧費用がままらないということから今年11月に岩泉線の廃線が決まったと聞くが、完全に廃線となったら真剣に探検できそうだ(もちろん、許可を取ってからだけどね)。

それはともかく、同じトンネルでも新幹線の場合はひたすら高速で走り抜けるだけなので情緒はないし、車両の気密性も優れているために風を感じることもないということもあって、トンネルとしての興味度は低いために、大方は寝過ごしていたのだが、先日乗った上越新幹線でトンネル通過中に様々な音を聞くことができることに気付いた。


ある時はF15戦闘機の様な甲高い金属音に近いジェットエンジンの音、またある時は軍用輸送機のターボプロップの重厚なエンジン音。そういった音たちが重なり合って脈を打つ様に干渉し合いつつ刻々と変化し、まるで交響曲を聴いている様に耳に届いてくるのだ。

目を閉じて、そういう音を聞いていると様々なことが瞑想できる。

 

これまでの様々な新幹線のトンネルのなかでは、

 

上越新幹線の新清水トンネル通過音が秀逸である。

恐らくこれ等の音の変化は、トンネルが複線型トンネルなので、トンネル通過中に対抗車線側から列車が進入し、それに伴って気圧が大きく変動するといったことや、トンネルによっては形状が歪曲しているために減速を余儀なくさせられる箇所があり、いきおい、モーターの唸り音が変動するため、といったことも要因の一つだろう。

トンネル通過中には、目を閉じてそんなリアルタイムな音の変化を楽しんでいる。

 

 
日本は資源に乏しい国であることは子供でも知っている。であれば資源を使わなければ良い。子供でも分かる。では、どうすれば良いのか?

それを示唆するのは大人の役割だ。

我国では、家電製品の大型展示会として毎年10月にCEATEC(Combined Exhibition of Advanced Technologies)という展示会が開催される。この展示会は、家電の王者とも云うべきテレビを中心として各社が技術の粋を競い合う展示会なのだが、2011年の震災をきっかけとして展示内容は様変わりし、訴求の中心は省エネや畜エネ製品となった。もちろん、これらの技術については震災以前から研究開発が進んでいたものではあったが、震災後は各社一斉に、お家芸とも云うべきテレビ関連の展示品目を凌駕するほどの展示スペースを割いて、省エネ、畜エネ商品の展示を行っていた。

このCEATECと同種の展示会として、米国ではCES(Consumer Electronics Show:国際家電見本市)という展示会が毎年1月に開催されるが、さすがにこの日本の流れに追随するには時間がなかったと思われるものの、その翌年、つまり2013年のCESでは我国同様の省エネ関連技術の訴求が広いスペースを取って行われ、SamsungやLGといった韓国のメーカーを中心として省エネや電力見える化の展示が目白押しだった。省エネ畜エネへと草木もなびくといった風潮であった。

ところがである。昨年のCEATEC、そして今年のCES、共に各社の展示内容は一変し、一昨年や昨年の省エネ・畜エネ、エネルギー見える化に関する展示は殆ど影をひそめ、展示された製品や技術訴求内容は従来のデジタルエンターテインメント機器一辺倒となった。

これはいったいどうしたことか?

エネルギー関連製品を見捨てたのか?或いは既に浸透しているから訴求するまでもないと判断したのか?

これは大きな疑問であった。

確かに昨今の街角に於いても、いつの間にか節電という活動がぼんやりとしてきているし、駅のプラットフォームや階段にある照明などの過剰な照明を見るに、贅沢な電力消費がアタリマエの形相となってしまってきている。あの頃の省エネは一体なんだったのだろうか?

実際、今の様な電力消費であっても停電は起きていないし、電力供給がひっ迫しているという報道も聞かなくなった。まさしく「喉元過ぎれば」状態である。

そもそも人間は「皆で我慢するなら受け入れるものの、自分だけ我慢するということは苦手」だ。日本人にしてそうなのだから、他国に於いては尚更だろう。だから、問題が発生しないと踏めば形状記憶合金の如く出来るだけ元の状態に戻ろうとする。悲しいかな、これは事実だろう。

しかし、そこには盲点がある。即ち需要を満たすためにエネルギーを「無理矢理生成している」ということが忘れられている。この事実がきちんと伝わっていない。そこが大きな問題だ。

一方、これに対する対策として考えられることは、もしも意識して我慢するのが苦手だとすれば、

「意識しなくても省エネとなっている」製品を世に送り出すこと。

堕落した人類を救うにはこの方法しかない。それが一昨年や昨年の展示会でのテーマだったわけだ。

さて、その展示が減少し、人類は再び過剰消費の道を歩み始めたのかと危惧したのだが、今年1月に開催されたスマートエネルギー展示会を見て、その傾向はどうやら同種に特化した展示会でも見られる現象であることが分かった。

Enex 2014展示風景

その展示会、つまり1月に開催された「Smart Energy Japan 2014」と「Enex 2014」との展示会社数と小間数、入場者数を比較する。

                  2013             2014
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出展社             252社            169社
小間数               357小間        322小間
小間入場者     46,846人        45,841人

一体、省エネ畜エネはどこに向かっているのだろうか?

今年の展示を見るに、確かに魅力的で判り易い展示も多くみられた。しかし本来はもっと出展も来場者も増えて然るべきなのに、何が足りないのだろうか?

断熱効果を最大限として昼間の電力を大幅に削減した自動販売機

日本が進むべき道の一つに閉塞感があることは、大きな危惧だ。民間による活動は商業ベースとしてビジネスモデルが確立しない限り事業化が難しい。

であれば,

国の政策として、もっと具体的な省エネ・畜エネに対する支援を強化すべきだと考える。

小生、秋葉原を徘徊する様になって半世紀近くになる。


その間、時代の流れや要求に寄り添ってこの街は常に変貌し、したたかに生き延びている。一貫して云えることは、様々な外来から流入する文化に対して極めて寛容で、しかもその文化を柔軟に取り込む町はlpこの街をおいて他にないと言えることだ。それをつぶさに見てきた。そのことを記しておこう。

秋葉原に根付く様々な文化(サブカルとも云われている)は、互いに直交関係にある。

因みに、直交関係とは数学的に云うとX-Y座標に於いてXの値がYの値に影響を与えない、またはYの値がXの値に影響を与えない場合、「XとYは直交関係にある」と表現する。例えばY=1の場合、グラフにプロットしてみると、横軸Xの値に拘らず縦軸Yの値は「1」として一定だ。こういう関係を直交という。これを一般化していうと、「片方を変更しても他方に影響を与えない」ということだ。つまり互いが分離していて独立しているとも云える。

秋葉原が古今東西老若男女問わぬ元祖ヲタク街であることは、今や日本国内外を問わず広く周知となっているが、秋葉原が「秋葉原」と「アキバ」と呼び方が分極化している様に、「秋葉原」と「アキバ」は物理的には同じ地域を示す地名であっても、その呼び方の違いの深層に顕在する文化体質は全く異質だ。

  
  


かつて米国の国際政治学者であるサミュエル・ハンティントンは、現代社会に於ける戦争や紛争の源が文化文明同士の衝突であることを著書「文明の衝突」の中で著述、紛争衝突の激戦区は異なる文化文明の接合地帯であることを指摘したが、驚くべきことに秋葉原の地に於いては、エレクトロニクス技術に基づく電子文明と、それとは逆位相であるサブカルチャー文化に基づくヲタク文明が真正面から衝突していることを鑑みるに、それらが極端な異文化の最先鋒であるにも拘らず、接点の何処を見ても懸念される活断層は存在していないことに気付く。これが文化人類学的に見た秋葉原の極めて異例な特質である。

ただし、その二つの文化は或る意味相反的とは云え、エレクトロニクス技術による映像音声品質の向上がヲタク的嗜好の活性化へ与える影響が甚大であったこと、また、その嗜好の更なる具現化を達成すべくエレクトロニクス技術革新が促進されるという相乗効果が奏功したということは容易く理解可能であり、いきおい、結果として秋葉原(アキバ)という街全体が独自に進化するに至ったという推察も成り立つ。

つまり、秋葉原という街は、自己増殖が可能な一つの生命体でもあるわけだ。

秋葉原駅に程近い、ニュー秋葉原センターという建屋があり、そこに国際ラジオという店舗がある。ここは本当に売り物なのかと思しき電子部品が所狭しと並んでいる。並んでいるというだけだったら他の部品屋と同じなのだが、大きな違いは驚くほど古い部品や製造中止になって久しい部品などが埃まみれとなって積まれていることだ。だからその道の人はみんな知っている店舗なのだが、ここで驚くべきは、この店のど真ん中に癒しマッサージ系の店やブルセラショップへ続く階段があることだ。だから部品をあさっている技術屋と、全く人種の異なる店の女の子や客が狭い通路を互いに往来するという、何がなんだかさっぱりわからない世界が互いに口も利かないまま仲よく同居しているのだ。

国際ラジオ。この右に歓楽へ通じる階段(!)がある

こういう場所、アキバを歩けばいくらでも見つかる。雑多に見えるも、異文化がお互いを尊重し干渉することなく同居している、それがアキバという街なのだ。

つい最近、この街でアキバ祭りという小さな催しものがあった。出店として出展していたのは、もちろん電子機器と萌え系。つまり、東洋計測器が中古のオシロスコープを販売している隣でコスプレグッズを売っていたり、アマチュア無線機器販売の横でアニメグッズの販売を行われ、新進アイドルの握手会の横では3Dプリンタがデモをしていた。

そんな、互いが「直交関係」にあるような業種が仲よく机を並べる姿、それがアキバ。

この愛すべき街が、今後どのような展開を見せるのか、ずっと目が離せない。


AKB48の大島優子がNHKの紅白歌合戦で電撃的な卒業発表を行ってから、ネットの掲示板がかまびすしい。

後から伝え聞くところによれば、事前に秋元康氏からNHK側に了承を取っていたということだから、AKBの影響力や秋元氏の行動力は大したものだと感心する。実際、NHKも視聴率に対してシビアになっている様なので、自ずからAKBへの依存度は高いものと想像できる。

ま、とにかく、卒業発表に至った過程や心境については今後様々な報道がされていくことと思うが、それらが発表される前に脳内妄想し、結果と自分の想像力や観察力の齟齬を見て採点してみるのも興味深いので、勝手に書き記しておこう。

        

卒業発表数日前にポストされたブログから

昨年の、大島優子の成長は著しいものがあった。最も大きな変貌は総選挙で首位を奪還されたときの対応だろう。あの時のスピーチこそ、オトナへの脱皮の瞬間だと、小生は考えている。

確かにあの総選挙は、すさまじい「破壊力」を持つものだった。その威力たるや、それまでのAKB48総選挙のマンネリをぶち壊したことのみならず、あKB48のその後の方向性を明確に示唆するものとなった。実際、そこで1位となった指原梨乃のその後の躍進ぶりをみても、アイドルグループとしての既成観念を逸脱させて時代のニーズに迎合すべきアイドル像が明らかになった瞬間でもあった。

エンターテインメントというジャンルは、賞味期限の短い商品を如何にして存命をさせていくかという命題と常に直面している。その為に様々な試行錯誤が行われるわけだが、提供する側の思い込みで商品を弄って失敗した例は枚挙に暇がない。つまり、消費者の嗜好を確実に捉えてリアルタイムに追随させていく必要があるのだ。

嗜好を先導することも大切だが、提供側が思い込みで先に仕掛けると失敗することが多い。

実はこれ、エンターテイメント商品に限らず、一般消費財として考えれば家電製品も含むすべてのコンシューマ製品に当てはまる。昨今の3Dブームもしかり。コンテンツが用意されていないにも拘らずハードウェアとしての3Dを全面に押し出して商売しようとするから、失敗するのだ。もちろん、そこにはテレビ業界の思惑というか、いわゆる台所事情があることは確かなのだが、美辞麗句を並べたところで、現実としてのコンテンツが揃っていなければ、結果は悲惨なものとなる。

かといって、市場調査という様な「野暮」なデータは、戦略立案の参考にはなっても、それを鵜呑みにして商品を企画し、或いは作り変えて提供しようとすると、これまた失敗する。

要は、消費者が自らプロデュースするといったスキームこそ必要なのだ。

消費者は何を求めているのか。プロデュース側がそれを尊重しているか。新商品を受け入れてもらうための根回しやお膳立て、市場のクリエイトに手を抜いていないか。新商品を市場投入する前にやることは、たくさんある。

AKB48というビジネスモデルが成功した鍵はそこにある。つまり消費者に次に進む道を示唆させるという手法。賛否両論あれど、消費者嗜好情報を確実に、しかもリアルタイムに受信するアンテナこそが、あの総選挙なのだ。

昨年の総選挙「事件」がなかったら、恐らく大島優子はそのままだったかもしれないし、そうだとすれば今後の活動の内容も大体想像通りの展開となったと思われるのだが、AKB48のファンに対するのみならず、自分たちに対しても新しい風を吹き込ませる窓を開けたのは、まさしく大島優子の「筋書のない」スピーチだったと考えている。

これまで総選挙とは、事実上「前田敦子と大島優子というライバル同士の戦い」であったが、首位が大島優子から指原梨乃へと変わったことによって、これまでの路線は一挙に様変わりし、「総選挙はお祭りであること」へと大きく変貌した。そういえば、確かに総選挙前の演説で、大島優子は「総選挙はお祭りだ」と明言していたことを思い出す。その解があの結果とそれに続く流れだとすれば、大島優子はやはり先見の明を持っていたということなのだろう。

そのことが、これまで卒業をためらっていた大島優子の背中を押したことは間違いないわけで、恐らく秋元康氏もあの瞬間に大島優子の卒業を想定、或いは前提として「仕掛け」を模索し始めたことと思う。

秋元康が言うように、大島優子が抜けた穴は誰にも埋めることはできないだろう。しかし、消費者も他のメンバーに対してそんなことは求めていないはずだ。むしろ、キャラや立ち位置は異なれど「大島優子的」な存在感を持つエンターテイナーが頭角してくる可能性に期待していると言えよう。逆に言えば、大島優子が卒業することによって、そういう人材が表面化していくということだ。それによって、AKB48に於ける新たな路線が見い出せることになるかもしれないのだ。

かつて、総選挙にて篠田麻里子が「私を潰すつもりでかかってきなさい」と檄を飛ばした。大島優子が首位となった時である。その後、残念ながら誰も篠田麻里子を潰すことはできていない。しかし、それはアタリマエのこと。潰すということは、同じ路線で凌駕するということだから、キャラも生い立ちも異なる以上、例え潰したとしても、数値化して定量分析することができないのだから潰せたかどうかという事実認証は不可能だろう。
つまり、

潰すということは、言い換えれば「別路線でキャラ立ちをしなさい」ということなのだ。


同じことは大島優子の卒業後のメンバーに対しても言えるだろう。恐らく永遠に大島優子を潰すことは誰にもできない。今の立ち位置は大島優子だけのものである。当たり前のことだ。時間も嗜好も刻々と変化していくのだから次の世代に求められるアイドル像は、大島優子に求められるものとは異なってくるからだ。

前田敦子にしても、篠田麻里子にしても、或いは板野友美にしても、それぞれまったく異なるキャラがウリだった。その中での比較による優劣はない。だからこそ、今後彼女等とは異なるキャラが出現してもおかしくないのだ。いや、すべきだろう。そうでなければAKB48は衰退する。しかし、そういう可能性がたくさんあるということが、大人数で構成されたグループの大きなメリットでもある。

前田敦子はSSAのコンサート会場で、篠田麻里子は総選挙の会場で、板野友美はドキュメンタリオブAKBという映画の中で、そして大島優子は年末の紅白歌合戦で卒業を宣言した。つまり、それぞれ違う場所を選んで発表してきたわけだ。たまたまなのか、緻密な計算によるものなのかは判らないが、それぞれ、自分で決めたことなのだろう。しかし、全国民の大多数に対してリアルタイムでのカミングアウトという手段は、四の五の言わず、あっぱれと云いたい。またそれを使うと考えた大島優子は、ちょっと古い流行語だが「今でしょ」の風を読み取る天才なのかもしれない。

次にどの大物がどこで卒業宣言するのかわからないが、これから幾つもドラマが産まれてくる。かつて、別のページで述べた様に「世代交代とは、するということではなく、していくもの」だ。

http://ameblo.jp/millimeter-wave/entry-11271556782.html

今後、益々多様化していく市場や時代のニーズに対し、AKB48がどの様なソリューションを提供していくのか楽しみである。