東方不死死 第14章 「月の秘密(2)」


「天下り・・・なるほど・・・。」
 納得する妹紅であるが、藍としては何を納得しているのか見当もつかない。妹紅としては輪廻の終焉に上り詰め天人などになった後、快楽の世界から飽きて抜け出す者達が天下りするという事を知っていた。
 月の生活に飽きた神様が再び地上に戻るという話は自然に納得ができた。
 しかし、藍のいう天下りは単に飽きたからではなく、重要な生きる行為に関係していた。
「月のシステムには従っているものの、縛られていない神族は、月に来れたのと同じように自分達の意志で地上に戻る事も出来たの。だから彼らは月では穢れ事として事実上禁止されている自然繁殖をするために地上に降りる様になったの。」
「日本の神様はお盛んだから・・・ん?」
 妹紅はそこで重要な事に気が付いた。
「この話って日本の神様の事?」
「日本限定ではないわ。大陸を含めたその周辺一帯よ。創主というのは大陸の人。」
「その天下りってのは、日本の神話に関係するの?」
「大いに関係するわ。大陸の宗教基盤は道教という集権制度を基礎としているいわゆる一神教のようなものなの。そしてその一番偉い天を治める存在が天帝であり人間の世界を治めるのが皇帝なの。そこにいる神様というのは神とは名付けられていてもそれ自体に信仰が集まるようなシステムではなかった。ぶっちゃけて言うと大陸には日本でいうところの神様が一人もいないのよ。」
「そうなのか・・・。」
 妹紅は意外に思った。日本の文化は大陸の影響を受けているのをその時代に生きて実感している。しかし、それ以前の神話レベルの昔となると流石にわからない。藍の話は仏教などが伝来するよりもずっとずっと前の話しなのだろう。
「民間宗教はいわゆる俗神であり、信仰すれば何にでも神様が生まれるけど、全ての力が天帝に集約される世界だから元から存在する神様にとっては大陸はとても住める場所ではなかったのよ。」
 慧音が言っていたが大陸は国の隆盛と衰退が激しく平和的な文化が繁栄するような安定して人々が暮らせる時代が極端に短く、国が変わればすべての歴史がリセットされるのだそうだ。
 天帝に国を任される皇帝はただ一人の存在であるという教えの為、複数の国や文化の共存が許されない世界である。数千年にわたって一つの価値観だけで他者を排除する仕組みであるため、複数の神様を継続して信仰するような状態が全くなかったのだそうだ。
 ハクタクはその大陸の有様に絶望し、慧音という特別な能力を持って生まれた少女の魂に相乗りする形で日本に転生、つまり国替えをしたのである。
「それで大陸の神様は月に避難を?」
 こくりと頷く藍。
「その後大陸の東岸に島々を見つけ、そこに天下りをして繁殖し元々いた日本の俗神を抑えて国替えをしたの。この当時、月の政治システムの根幹でもある穢れの思想が、天下りした神様達によって日本に輸入され、血なまぐさい武力侵略を避ける行動をとったの。その為、いわば侵略であるにもかかわらず土着の神様が亡ぼされる事なくそのまま共存する摩訶不思議な世界が出来上がったのよ。」
「それ、完全に日本の神話ね・・・。」
「大陸に生まれた創主にとって、その世界はとても悲しく絶望的だった。その反動が月の世界を生む動機となり月世界という理想郷は作られたの。」
「・・・。」
「道教が成立するよりも以前の話しだけど、こうした宗教的何かが成立するというのは、古代文明やそれ以前の文明の基礎的なコミュニティの中にそういう概念が生まれていたということ。創主の誕生は具体的にいつかはわからないけど、すでに道教の基盤が出来ている時代に生まれたのでしょう。そのシステム以外のものがこの世に存在しないと思い込んでいた。しかし、絶望していた地上の世界の片隅に創主の価値観にはない新しい理想郷が生まれようとしていた。創主はこれをどんな思いで見ていたのか・・・。」
 藍は創主の片割れである。他人事ではないないだろうし、その最後の言葉は複雑な感情が籠もっていた。
「創主は日本の古き良きものを保存する目的で半身を地上に送り出したの?」
 この事が、藍と紫の発生の原因ではないかと妹紅は考えた。
「それは違うわね。この時期はあくまで神話レベルの大昔の事よ。神話の時代を仮に1万年前と仮定して、私や姉さんが地上に降りたのはたかだか西暦にして1000年より前のつい最近の話よ。」
 1000年は人間にとって長い年月であるが、神話レベルでみたら確かに1000年などつい最近と言える。
「直接的な原因が発生したのはだいぶ後の事。でも、創主の心に変化をもたらしたのは事実。その時期を境に、創主は月の運営を管理者に全て移譲し事の成り行きを見守る傍観者に徹する様になったの。」
「何故傍観することにしたのかしら・・・。」
 日本の政治中枢に非常に近い場所で生まれた藤原妹紅にとって藍の言う摩訶不思議な当時の日本の政治システムは普通の事である。その為、創主がその日本という国の成り立ちにどれほどのショックを覚えたのか、その感覚が理解しずらいのである。
「日本という国の成り立ちは、創主にとって予想という範疇の外にあるまったく新しいものだったの。その発祥も月に住み着いた神様という創主の思惑から外れたイレギュラーからの発端。手を下して予想の中で物事を進めていくより、手を出さずに成り行きで起こる意外性というものに興味をもったのではないかしら?」
「意外性か・・・。」
 この創主という存在にとって予測の範囲で全て事が進んでいたのだろう。そこに意外性というものを初めて見出しそれに興味を持ったという事なのだろう。
「創主の政治介入が無くなった後、制限の無くなった管理者が暴走とかそんなことが起こる?」
 トップの力が無くなるもしくはその力が弱まると政治は乱れる。これは妹紅の経験上自然にそう考えてしまう。
「ちょっと違うわ。妹紅も予想している通り月は平和ではなくなるけれど、でも要因となったのはこの時期の事ではなくもっと後にあるの。月に奇跡の子が誕生したその時から・・・。」
「奇跡の子?」
「あなたの良く知っている人だと思うけど・・・。」
「・・・輝夜ね。」
 面白くなさそうな顔で呟く妹紅。
 永琳とくれば次は輝夜だろうと容易に予測は出来たが、奇跡の子とはまた大それた異名だ。いったいどういう意味だろうか興味がある。
 八意永琳が月の重要人物である事はわかったし、その実力も妹紅が一番よく知っている。が、輝夜もそうなのだろうか?しかし、戦った様子や当人のかなり未熟な精神構造からして、輝夜が永琳並の重要人物には思えない。
「神族が地上で繁殖するのを受けて、仙族らも人口を増やす為に人口的繁殖が行われるのだけど、前にも言ったように成長の概念がない月では受精卵がほとんど育たないの。」
「ほとんどということは少しは育つってこと?」
「ええ、不老不死といっても永遠にそのままというのではなく、ほんの少しずつ成長はしているの。地上の人で換算するなら1歳になるのに1000年とかそんなレベルでね。」
「それはもう、成長しないと言い切ってもいいレベルね。」
 同時に苦笑する2人。
「でも、そこで急激に成長する個体がいたの。」
「それが輝夜か。」
「妖怪や神様などは生まれつきなんらかの特殊な力を持っていたりするのだけど、月に住む人々は基本が人間だから、不老不死と言霊以外に特別な力はなかった。言霊も制約があるから完全に自由とはいかない。でもかぐや姫は時間を操る能力が備わっていたの。」
「あの力は私もよくわからないんだけど・・・。」
「私にもわからない。でも時間の流れを加速させ、自分だけ1万5千年以上分の歳をとってしまったの。」
「15歳くらいか・・・。」
「この時、この人口繁殖計画には月のトップ科学者が携わっていて、当然八意永琳も参加していたわ。これが2人の出会いでもあるのだけど・・・。」
「永琳は神族で、輝夜は仙族になるんじゃないの?」
「永琳は特殊な存在なのよ。科学や医学などあらゆるものに携わって全てにおいてトップだったの。その為、彼女だけ一族の垣根を持たない特権的な位置にいたのよ。」
「なんだかずるいわね。」
「しょうがないでしょ。彼女によって知識がもたらされるのだから。どこの分野でも引っ張りだこだったのよ。」
 納得のいかない顔をする妹紅にいいわけするように説得する藍。
「かぐや姫、当時はまだそんな呼ばれ方をしていなかったけど、永琳によって英才教育を受けたかぐや姫はその力を使って永琳の研究に協力したの。彼女の力を使えば、結果が出るのに時間がかかる研究実験などが速く進むから・・・。」
「・・・何か問題が起こるの?」
 藍の語尾が暗く沈んだので、その後に何かがあると予測出来る妹紅。藍は紫と違って感情が表に出る。
「姫の誕生によって月の世界は激動の時代に入るの。」
「時間が速く進むから技術とか文明が高度に発展しすぎる?」
「それもあるのだけれど、人口繁殖の為に成長待ちをしている未来の子供達を輝夜は瞬時に成長させ教育させていくのだけれど、月で生まれた新しい人類は、何かしらの特殊な力を持っていて・・・。」
「勢力バランスが崩れるきっかけになったのか・・・。」
「ええ、少数だけど強力な力を持った新人類達、月族が誕生して輝夜を中心にして王国化してしまったの。」
「それで姫になったのか・・・。」
 輝夜の性格からして喜々としてその地位に上がったに違いないと思う妹紅だが、実際は祭り上げられた後そうした性格に変化したというのが正解である。
「政治の中心が2つになったことで、月には2つの国で成り立つようになったの。」
「戦争か・・・。」
 妹紅が先読みして確信をついたが、この戦争の形態が妹紅の思っているのとは全く違うものなのである。
「国が二つといっても、月族である輝夜達新人類は元々は仙族の出。仙族から生まれた優れた人類に仙族が従うのは自然な流れで、仙族のほとんどの部族が月族に従属してしまったの。」
「二国といっても人口バランスがだいぶ違うわよね・・・そうなると管理者はおもしろくない・・。」
「管理者は言ってみれば仙族を取り仕切る為にいるようなものなのに、その仙族が月族に従ったらその存在意義がなくなってしまう。」
「禁断の何かをやってしまうの?」
 容易に想像出来る話ではある。
「いいえ、片方に力が片寄ると必ずバランスを取ろうとする力が働くわ。天才である八意永琳がその状況を黙って見ているわけにはいかなかった。彼女は当時研究中だった新しい生物を使ったある計画の実用化を管理者に薦めたの。」
「なんてやつだ・・・。」
 双方に肩入れして混乱を助長している存在と見なす妹紅だったが、それには藍が異議を唱える。
「永琳は悪くはないわ。全ての元凶は輝夜という存在が生まれてしまった事よ。そして生まれた責任で輝夜を責めるのも筋違い・・・。」
「・・・どうしようもなかったのね・・・。」
 感情的に永琳に腹を立てた自分自身に幻滅する妹紅。
「永琳は数的劣勢な管理者に固有の民を持たせパワーバランスを調整しようとしたわ。この時の彼女のアイデアが凄まじかった。」
「凄まじい?」
「穢れというのは、血を流す事だけれど、その対象は人間や獣といったほ乳類が中心で、魚類・鳥類はその中には含まれていなかったの。永琳はまず、獣の中で兎を穢れの対象から外すために各一族と管理者に根回しし、兎を鳥類という分類にすることに成功したの。」
「どっかで聞いたはなしだけど、それのどこが凄まじいの?」
「話は最後まで聞くものよ。永琳はその後、穢れの対象からはずれた兎を使い、人型進化計画を始めたの。」
「あ!まさか・・・。」
 妹紅が突然大きな声を上げた。
「どうしたの?急に・・・。」
「地上に一匹月の兎がいる。」
 異様に長い名前を持つ永遠亭の妖怪兎の顔を思い出す妹紅。
「そうなの・・・あなたはその兎を見てどんな印象を受けた?」
「明らかに取って付けたような変な耳つけてるけど・・・まー普通の人間にも見えなくもないし・・・。」
「外見から怖いという印象は?」
「ない・・・かな?」
 妹紅が妖怪慣れしているという点を省いても外見だけなら怖さは感じない。むしろ可愛い。
「そう、奴隷として労働力にも使え、外見的に恐怖感を与えない究極の民を作ったのよ。」
「普通に人間みたいに話したり考えたりするし感情もあるし・・・単純に新しい兎族みたいなのを人工的に作って管理者の人口を増加させ、事態が急変したら軍隊として転用する・・・か。何て事考えるんだ・・・。」
 最後のセリフは非難ではなく驚嘆の意味である。軍事利用についても藍は何もいってなかったが、地上にいる月の兎の戦闘能力の高さからいって妹紅には容易に想像できた。
「八意永琳は、数年で一つの民族を作りあげてしまったのよ。」
 環境プラントを建設し、そこで兎に様々なパターンの環境変化を与えていき、分岐する進化経路から人間に近い体型になるルートを見つけだすまでそれを何度も繰り返し行う。1億年規模の時間の経過を輝夜の力によって瞬時の行えるため、これだけの作業にもかかわらず短時間で済む。その後、人類に対して従順な性格になるようにある種の恐怖感を刷り込み洗脳する。そこから数世代経過させ人類の奴隷であり友人であり隣人である兎が完成したのである。
「でも、これは問題の解決にはならないばかりか、寧ろ状況を悪化させたわ。」
「策士策に溺れる・・・というやつ?」
「鳥類として扱われた兎は殺しても何の問題にならない。納品された兎をベースに管理者達は真っ先に軍隊として実用化を目指し、様々な兵器や薬物などの人体実験、いえ、兎体実験を行った・・・。」
「ひどいな・・・。」
「平和によって抑圧された人間の持つ攻撃性が出たのと同時に、従順過ぎる兎の性格がその強者の征服欲のようなものを引き出してしまったのよ。今まで理性によって治めていた仕組みに原始的な本能が割り込み、兎が鳥として扱われたため合法的に殺しが出来るお墨付きまであった。そしてそれを改変できないように言霊を使って完全無期限の法制化にしてしまったの。」
「やりたいほうだいじゃないか!」
「ええ、文字通りそうね。管理者に裏切られた八意永琳の心は深く傷つきその後自分の研究室に引き籠もり以後表舞台から消え、それと時期を同じくしてかぐや姫も奥へ引き籠もった。」
「元が兎とはいえ・・・。」
「元が猿の人間がすることではないわよね・・・。」
 月の兎がどんなものかを知らなければ妹紅は藍の言葉も他人事の様に思えたかも知れない。しかし、妹紅は幻想郷で月の兎と戦った事がある。性格が健気すぎるところがあり、戦う方としては出し抜きやすいが、あれは紛れもなく心を持った命である。輝夜が引き籠もったのも、永琳の計画に荷担した事で多くの兎の死に責任を感じての事だろう。
「その後、月では兎を使った戦争ゲームが始まり、兵器の進歩とともにエスカレートしていくわ。天才的な戦術指揮官の登場や、強力な大量破壊兵器、そして兎の中にも凄まじい能力を持つ個体も出たりなど、永琳達の思いとは裏腹にこの戦争ゲームは高度に洗練されていく。政治的な取り決めの際の裁決の変わりに戦争の勝者に決定権が与えられるなど、もはや月は当初の理想とかけ離れた場所になってしまった。」
 話を聞くにつれ妹紅もだんだん落ち込んでいく。
「・・・ねぇ。創主は何をしていたの?」
 計画が発動され実際に兎が納品され、そこから狂気が始まるまではほんの数年の事である。傍観する創主に責任はないが、この惨状に創主がどう行動をとったのか興味がある妹紅。
「傍観者に徹していた創主は、永琳の新しくやろうとしている事に共鳴し、ようやく重い腰を上げたわ。」
「共鳴?何を・・・。」
「八意永琳は何かを守ろうとしていたの。それが何だかわかる?」
「・・・兎?・・・じゃないわよね・・・。」
「いいえ、違うわ。八意永琳が手を掛けて育んだ別の物・・・。」
「もしかして・・・地上?」
 藍は大きく深く頷いた。
「八意永琳は月の欲望がいずれ地上にも襲いかかると予測し、その予防策を考えていたの。究極の防衛要塞兵器をね。しかし、創主はそれを止めた。」
「なぜ?」
 日本の神様の国替えに深く携わった永琳である。それが月に蹂躙されるようなことはあってはならないと考えるはずで、妹紅はそれに関しては共感する。しかし、それを創主が止めた。何故だろうか?
「創主は月の力が地上に及ぶことを避けるという点において永琳に賛成だったのだけれど、それを復讐の理由にすべきではないと考えたのよ。」
「復讐・・・。」
 永琳に共感して創主の判断に怒りを覚えた妹紅だが、その言い分は正しいと思い、握った拳から力を抜く。憎しみの連鎖は止まらない・・・。
「創主は月の未来にも地上の未来にも希望を持ち、なおかつ双方が独立して干渉しあわない様にするために、力の源である自分自身を分割しようと考えたの。」
「なるほど・・・それが藍と紫の始まりか・・・。」
「でも、そんなことは簡単に出来るわけではないわ。その方法を八意永琳に研究してもらうと依頼したの。」
 永琳はそれに従い、設計まで終えていた防御要塞の建設を中断し、創主のための研究に切り替える。
 藍は一旦話を止め、縁側に座り足を外に出してパタパタと軽く交互に振って、その後両手で体を支えるように仰け反って伸びをした。自分で話していて気が滅入ってきたのだろう。気分転換である。
 妹紅は藍の隣にあぐらを崩す様に座り無言で話の続きを要求した。
「妹紅、話がかなり脱線したのだけれど・・・最初に何を言ったか覚えてる?」
 脱線と言われてキョトンとする妹紅。本線じゃなかったのか?
「え?・・・何だっけ・・・月の話の前に・・・永琳とか輝夜の話しになって・・・。」
 妹紅は少し頭を捻って思い出す。
「蓬莱の薬からだったかしら?この話しになったのって・・・。」
「ええ、蓬莱の薬。この蓬莱の薬の不死身にする力って具体的にどんな事だと思う?」
 話の流れとしてはこれからクライマックスになろうというところで、そちらの続きが聞きたい妹紅である。その不機嫌な眉毛の形を見た藍は、それを察して苦笑しながら応える。
「蓬莱の薬は話の続きにちゃんと関係してくるわ。」
 それを聞いて眉の形が変わる妹紅。
「・・・えーと、月の力の奇跡・・・としか・・・。」
「まー奇跡的な力というのは間違いないのだけれど、どうして死ぬと体が元に戻るのか、その仕組みに関係するものは何か?答えて欲しいのはそういう事よ。」
「肉体が滅びると・・・魂と精神が分離するけど・・・つまり、不死身というのは分離しないってことかな。」
「そうね。分離させないようにするという点について奇跡の力が生じるわけだけど、仕組みとしては今妹紅が言ったものに間違いないわ。肉体が消失した時に魂が肉体に戻ろうとしてそれが存在しなければ、だったら新しく作ってしまえ!ということ。」
「なんかその話を聞くとすごく適当で簡単そうに見えるけど・・・。」
「肉体を構成する物質は決まっているは、作ろうと思えば人体は形だけは完全に作れるのよ。肉体はあくまで入れ物だから。姿形などの情報を蓬莱の薬が記憶しているから、それを元に分子レベルから再構築できるのよ。」
 妹紅にはちんぷんかんぷんな用語が出てくるが、それはまるで慧音と難しい話をしている時のようである。
 言っている意味はよく分からないが言わんとしている事は分かる。そんな顔をしている妹紅を見て苦笑する藍。
「蓬莱の薬は服用して体に不死身成分という栄養を吸収させ体質を変えるという薬ではないの。体の中で蓬莱の薬として永久に残る存在なの。」
「それって・・・つまり、病気みたいなものかな?」
「ええ、病気という捉え方で間違いないわ。つまり、妹紅は不死身病という不治の病にかかった病人ということなのよ。」
「そういわれると分かりやすいわね。」
 病気呼ばわりされているが、妹紅としてはそっちのほうが救いがあっていいと思っている。病気なら直せるかもしれないから・・・。
「月の世界は、特別な力を与えるけど、穢れたら終わりですよ。と、いう何かを得る場合必ずリスクを負うというシステムで力が発動する様に創主が作ったわけだけど・・・。」
「つまり、蓬莱の薬の持つ肉体と魂の強い結束には、別の場所にリスクが発生しているってことか・・・ああ、そうか!」
 妹紅は藍の言った月の力の仕組みに蓬莱の薬の力を当てはめて考えた時、藍が何故、話の順序を前に戻し蓬莱の薬の話しに変えたのか理解できた。
「ね、蓬莱の薬の話しに戻した理由が分かったでしょ?魂と肉体の強い結束の裏に肉体と魂の強制的な隔絶の力が存在するのよ。」
「それって・・・創主を分割する力に使ったってことだよね・・・創主はその薬を作って欲しいと永琳に依頼したってこと?」
「そうよ。だから蓬莱の薬はその薬を作るリスクのほうなの。単なる副産物ということよ。だってそうでしょ?月にいたら死ぬ心配なんていらないのに不死身の薬なんて作る必要ないじゃない。」
 そう言って藍はケラケラと笑う。
 そんな藍を尻目に妹紅が愕然としていた。悲しいとか苦しいとかそういう感情によってではなく、永琳との差が自分で思っている以上にあることを思い知らせれたからだ。
 隣で暗いオーラを醸し出して落ち込んでいる妹紅を見て笑うのを止める藍。
「永琳がまず行ったのは創主のクローンを作ったということ。」
「クローン?」
 藍が唐突に話し始めたので落ち込むのを止める妹紅。
「クローンというのがなんだか分かる?」
「物理的に分身するみたいな?」
「うーん、それで合ってるのかしら?要するに元と同じ物を人工的に作るということよ。」
「そんなことほんとうに出来るの?」
「さっきも言ったけど肉体は完璧に同じものは作れるわ。でも個人としての命は魂、心といったものが必要でそれらをコピーする事は出来ないわ。仮にそれをやろうとするとオリジナルが劣化して、繰り返すと植物状態になる。完璧な魂の複製はどんな科学力をもってしてもできなかった。」
「でも、それをやったんでしょ?」
「月の科学者達はオリジナルが劣化しないクローンを作ろうとしたけど、永琳は意図的に劣化さる方向でクローンを作ろうとしたの。」
「わざと?」
「ええ、同じ人間を2人作る必要はなかったから。だから完全に100を2で割った50づつのクローンを作ったのよ。」
「・・・。」
 妹紅は話しについていけなくなり、どう質問したり突っ込んでいいのかわからなくなった。
「蓬莱の薬と逆の力を持つ薬、黄泉の薬とでもしましょうか。その薬をそれぞれに服用させ、肉体と中身を分離させた。その意味は分かる?」
 藍の質問に妹紅は何も答えられなかったが、怪しく微笑む藍のその表情が紫に見えた時唐突に閃いた。外見は同じでも中身が違う!
「中身を入れ替えるためか・・・。」
「黄泉の薬で分離された肉体と中身は互いに結びくのを拒むけど、別の体となら結びつく事が出来る。」
 2体のクローンは全く同じ情報を持つ肉体であるが、個体と中身はそれぞれ紐付けされており、それらは決して肉体と中身が結合出来ない。しかし、紐付けされていない完璧に同じ情報を持つ肉体なら中身はその肉体を本物とみなしてそこに定着する。
「でも、それって結局紐付けがされているかされていないかの違いだよね?」
「これは次の段階への仕込みのようなものね。2つのクローンは分離して再結合する前に、それぞれ別の情報を与えていたの。」
「別の情報?」
「大きく分けると、私の方へは月の記憶と結ぶ能力。姉さんの方へは月の知力と裂く能力ね。」
 永琳が天才なのは、クローンを作ったということではなく、各クローンにどんな情報を移すかを決められたことである。
「なるほど・・・薬を飲む前に個性付けをしていたのか・・・でも・・・。」
 個性を付けることは理解できたが、では何のためにそうしたのか分からない妹紅。
「藍と紫というそれぞれに両極端の能力を持った、オリジナルでもなくコピーでもない全く新しい双子という命が誕生したわけね。」
 何か懐かしい思い出に浸るように話していた藍は、黙ってこちらを見ている妹紅に気付き微笑みを返し話をつづけた。
「妹紅、何か釈然としない顔ね。」
「・・・。」
 頭が混乱している妹紅。
「話にはまだ続きがあって、2つになった私達から更にクローンが作られたの。」
「え?」
 漠然と何か続きがあるのだろうと思っていた妹紅だが、その予測の範疇を超えた藍の言葉に思わず声をあげる。
「私側、藍の記憶は一時的に外部に保存され、記憶を持たない私とそのままの姉さんに薬を飲ませ、更に互いの中身を入れ替えたの。半分に劣化した能力はさらに入れ替えられるけど・・・。」
「紫の方には藍の、つまり創主の記憶は行ってないわけね?」
「ええ、意図的に姉さんには記憶を継承させなかったの。何故そうしたかわかるかしら?」
 この質問には妹紅は即答できた。創主のあこがれた意外性を持たせるために余計な知恵をつけなかったのだ。
「記憶という知識が邪魔をして、自由な未来の選択ができなくなるから?」
 妹紅の答えに満足そうに頷く藍。
「分割された私達のクローンは、肉体を放棄し中身だけを交換した。肉体の情報は全て同じだから分離した肉体と中身、つまり2回目の肉体との間だけで交換する必要はなく、私達は1回目の肉体に2回目の中身の半分づつが交換されたの。」
「記憶の無い藍から紫には能力だけが伝わったのか。」
「ええ、その変わり私は姉さんから知力を貰ったわ。肉体が破棄された2回目の私達は紐付けが切れて中身は仮死状態になった。これは潜在能力として内に秘める隠された力となったの。」
「・・・それってまさか・・・。」
 妹紅は同じセリフを何回も言っている様でみっともないと感じながらも、その答えを藍から意図的に引き出して貰っていると気付く。
「覚醒によって呼び覚まされる能力よ。姉さんはある時期に覚醒して隠されていた私の持つ結束の力を自力で手に入れた。この事によって姉さんは創主の半分の力を持った事になったわけね。」
 妹紅が予測した通り、幻想郷を創った紫は創主のミニチュア版なのだ。
「それは藍も同じよね?」
「ええ、私の場合は少し手遅れだったけど、でも、妹紅が私の魂を保存してくれたおかげで姉さんに戻してあげることができたわ。」
 にっこりと微笑む藍に申し訳ない気持ちの妹紅だったが、また唐突に閃く。
「はっ!じゃ、じゃー今の紫は!」
「ええ、姉さんは性格は八雲紫のままで、創主とまったく同じ力を手に入れてしまったというわけよ。」
 妹紅が思わず立ち上がり雷に打たれたかのように固まって天を仰いだ。
「なんか、全部計算通りなのか・・・。」
 妹紅は、生まれ、輝夜らと出会い、その後様々な成り行きで今に至るまで全て誰かに仕組まれた人生を送らされたような、そんな錯覚を覚えてしまう。
「そんな事はないわ。全て創主が期待した意外性の中の偶然の積み重ね。誰にも想像も計算できない偶然の産物よ。」
「八意永琳はそれにすべて噛んでいるのか・・・。」
「月の力が地上に及ばないようにするという同じ目的を永琳と創主は持っていた。永琳は実力でそれを止めようとして、創主は力の源である自分を変えることで月の成長を止めようとした。永琳は創主の案を採りそして今となった。彼女が全てに絡むとしたらその出発点を築いたというだけで、その後の事には干渉することはできないと思うわ。」
「・・・藍と紫が別れた時点で創主が消えたから、月と地上の繋がりが途絶えたのか・・・。」
「永琳はあくまで月の民として地上に責任を負ったのよ。地上の成り行きには立場的にも手段的にも介入はできなくなってしまった。彼女が地上に降りたのは歴史的な時間の長さでいうなら、つい最近の事だし妹紅の誕生と同時期になるから妹紅がそう誤解してしまうのもしょうがないわね。」
「1000年生きてるけど・・・彼らにしたらほんの最近になってしまうのね・・・。」
 また落ち込む妹紅。
「そう落ち込まないで、姉さんが創主として幻想郷をもっと楽しい世界にし終えた時、あなたの存在の意味がどれほどのものかが分かるのだから・・・。」
 藍の隣でうずくまって項垂れている妹紅の肩にそっと手を置く。
 妹紅はその手に自分の手を重ねる。
「藍・・・藍は本当にたすからないの?さっき、助かるような事いってたわよね?」
「そうね、その話をするために蓬莱の薬の話をしたらつい話が長くなってしまったわね。」
「蓬莱の薬をどうにかすればいいの?そうか、それを飲めば・・・。」
「どうやって飲むの?それに、物理的に飲める蓬莱の薬はもうないわ。」
「え?なぜ?」
「八意永琳・蓬莱山輝夜・藤原妹紅・竹取の翁、蓬莱の薬を飲んだのはこの4人。翁に関しては飲んだかどうかはわからないけど、それらはもう失われて久しい。地面にでも捨てられていたら、不死身のバクテリアが存在していることでしょう。」
「何が言いたいんだ?」
「私と姉さんとそのクローン合わせて4個の黄泉の薬が使われたわ。わかるでしょ?」
「そうか、数がちょうど・・・不要な薬は作らない・・・か・・・。」
「ええ、もう物理的に飲める薬はもうこの世に存在しないってこと。」
 藍が言葉のある部分を意図的に強調しているように感じて妹紅は気付いた。
「物理的に無理だとしても、他に飲める方法があるってこと?」
「蓬莱の薬は体に定着している病原菌の様な物。つまり今も生き続けて妹紅の中で活動している。」
「・・・つまり・・・生き物である薬という存在に潜り込もうと・・・。」
「潜り込むなんて泥棒みたいなこと言わないで。ただ、仲良く共存できないかと考えているだけよ。」
「・・・出来るの?そんなこと・・・。」
「さぁ?どうでしょう・・・。ただ、これは私の問題というより妹紅の問題になるわね。」
「私の?私に出来る事なら何でもするよ!」
 藍は思わず苦笑した。妹紅は必ずそう言うだろうと思っていたし、そして予想通りにそうなった。
「そう言ってくれると思ったわ・・・でも、成功する確率はほぼゼロよ。」
「!・・・でも、わずかに望みがあるなら・・・。」
 限りなくゼロに近いという成功確率を聞いて絶望しかける妹紅であるが、不死身の身体なら永遠に挑戦する事が出来る。
「妹紅・・・あなたはお酒を飲んで酔える?毒を飲んだら苦しい?」
「・・・いや、酔えないし、苦しくもない・・・。」
「それは、蓬莱の薬が妹紅の身体を維持する為に、状態変化を強制的に排除している免疫活動のようなものよ。私という外部要素は絶対に受け容れないわ。とてつもない拒絶反応が出るのはあきらか。」
「そんなもの私は何ともない!」
 豪語する妹紅。
「落ち着きなさい妹紅。私がもしそれを実行した瞬間この世界は止まるわ。そして成功するまで繰り返される。成功しなければ永遠に妹紅はこの空間で苦しむ事になるのよ。」
「!」
 流石にこの話を聞いて妹紅は絶句した。
「頭が冷えた?軽はずみで挑戦できるようなものではないのよ、これは。」
 妹紅は座り込んだまま顔を下げて肩を震わせている。
「それに、この世界が存在するということは、妹紅は私を諦めたということではなくて?」
 妹紅の肩がピクっと動き震えが止まる。岩老刀に大切に保管していた藍の魂を紫に返す行為によって生まれたのがこの世界である。つまり藍を殺したから今この状況になっているのである。
 静寂が周囲を支配する。
「それでも・・・私は嬉しかった・・・妹紅と再会出来て・・・。」
 下を向いたまま動かない妹紅に、やんわりと声をかける藍。
「覚醒した姉さんは、自分の半分が欠けている事を本能的に察知して、半身つまり私を探した。あらゆる場所に移動出来る姉さんは月にいた私の存在を突き止め、私を地上へと連れ去った。私は月の中で誰にも認知されない場所に隠されていた。でも姉さんは見つけてくれた。」
「・・・。」
「覚醒の前の私は言ってみれば記憶を留めておくための装置、人形みたいな物だった。けれど私の能力は無意識に発揮され次第に周囲に影響していく。そしていつの間にか妖怪の中でも屈指の存在に祭り上げられていた。私は鞍馬によって訓練され偽りの人格で妖怪達の長の立場を演じているに過ぎなかった・・・。」
「・・・。」
「そこに妹紅が現れた。」
 しばしの沈黙。
「私の止まっていた時間がやっと動き始めた。ありがとう妹紅。これで・・・」
「・・・話は終わった?」
 藍が最後に何かを言おうとした時、妹紅はそれを遮った。
「え?」
「話が終わったのなら・・・さっそく始めましょう。」
 妹紅は立ち上がり隣に座ったままの藍に右手を差し出した。
「な、何を言ってるの?」
「何って、藍と蓬莱の薬との一勝負に体を貸してやろうって話だろ?」
 妹紅の口調が変わった。
「ダメよそんなの!何考えてるの!」
「考えるのはやめにした。どうせこうなるんだ。」
「妹紅・・・。」
「方法がないこともないなんて口を滑らせたお前が悪いんだ。私は悪くない。」
 涙でぐちゃぐちゃになった藍が妹紅を見上げる。
「藍から沢山の情報を貰った。永琳との差も痛感した。ヤツには埋められない差がある。1万年の苦しみで追いつけるとは思わないけど、ヤツの背中くらいは見えるかもしれない。どんな長い道のりでも修業だと思えば絶えられる。きっと・・・。」
 差し延べる手を一向にとろうとしない藍に業を煮やした妹紅は、強引に手をとり持ち上げて立たせる。
「私の持っている情報はあんなものではないわ。1万年あっても語り尽くせないわ・・・。」
「それなら平気さ。慧音に喰わしてやれば知識はちゃんと保管される。」
「え?・・・まさか、妹紅・・・ハクタクに選ばれたの?」
「選ばれたかどうかはしらないけど、慧音は私の友達だよ。」
「そう、そうだったの・・・。」
 藍は驚きの表情を妹紅に向けた後、納得したように俯いた。
「さようなら、妹紅。」
「ああ、さよなら藍。」
「また、会いましょう。」
「また、会おう。」
 2人の声が重なると同時に藍が妹紅に抱きつくように体に腕を絡め唇を重ねる。
 その一瞬で世界が変わる。

東方不死死 第14章 「月の秘密(1)」


 母屋に移動した妹紅は、3人の妖怪がすでに縁側から降りて立っているのを見て足を止めた。
 3人は縁側から降りてすぐのところから、座敷の奥の方で寝ている紫を見ており、妹紅が来たのを受けて一斉に振り向く。
 大物達に一斉に見つめられ、一瞬ぎょっとする妹紅だが、努めて冷静を装い何事もなかったかのように妖怪達の横から座敷に上がる。妹紅は気づかなかったが妹紅の背に3人の妖怪は軽くお辞儀をしていた。
 霊夢はそれを横目にして妹紅の後に続き、座敷に上がってから下げた頭を戻し目が合った妖怪達にもう少し下がるように合図を送る。それに呼応し妖怪達は迅速に行動するが、表情は面白くなさそうであった。それは人間に指図される事に対しての不満ではなく、剣を抜く状況を間近で見てみたいという知的好奇心を妨げられた事によるものでった。
 出来ればもっと前でその様子を見たかったが、妹紅を刺激して失敗されでもしたら意味がない。霊夢の指示を拒否することは出来なかった。


「気遣わせて悪いわね。」
 隣に座ろうとする霊夢に感謝の意を示す妹紅。
「どういたしまして。」
 妹紅の言葉に少しおどけるように応える霊夢。
「さて・・・体を起こそう。」
 妹紅は畳についている紫の左肩を抱えあげ、座らせるように上半身を真っ直ぐ立てる。霊夢は紫の右側から支えた。
 妹紅は岩老刀の刀身の模様がよく見えるように、紫の左側面に片膝をついて構え左手で刀を軽く握る。右手は腕ごと紫の背中を支えるように回す。
 霊夢は妹紅と反対の紫の右側に座り、体を支える為に両手で両肩掴む。
 背中に流れる紫の髪の毛を束ねて右肩から前に送り、刀身が突き抜けた背中をよく見えるようする。
 妹紅は、一度息を吐いてから刀身を見つめる。
「赤で抜けばいいのね?」
 妹紅は確認の為に聞き、霊夢は無言で頷く。
 妹紅はよし!と心の中で気合いを入れ、もう一度刀身を見つめる。
「(藍・・・これで良かったんだよね?)」
 藍の復活にわずかの望みを抱いて、今までその魂を保存してきた妹紅。左手を少し動かせば藍は紫の元へ戻る。そうなればもはや藍という存在は消滅するだろう。
 少し寂しくも思えたが、最後のけじめは自分がすべきだろう。そして、そのチャンスを自分にくれた事を霊夢と後ろの妖怪達に感謝した。
「(さようなら・・・藍。)」
 妹紅は一気に引き抜いた。


 その時異変が起こった。


 眼前の全ての物が漂白されたかのように白く輝き出し、妹紅は反射的に目を閉じ顔を背ける。
 突然のこの状況にも何故か妹紅は驚くことは無かった。むしろ何かを期待していたかもしれない。
 咄嗟に顔を背けたものの光の出所がつかめず、どちらに顔を向ければいいか分からず、右腕で目を覆うがそれでも眩しさが取れない。
 完全な無音状態になり大気と鼓膜との触れ合う感覚が雑音という形になって頭の中に直接響いて来るようである。
 妹紅は剣を抜いた後になんらかの変化はあるだろうと想定していたが、この状況は全く予想していなかった。しかし、予想外な状況になっても心は驚く程落ち着いている。自分で不思議である。
 妹紅はいつまでたっても眩しさが消えない事に違和感を感じ恐る恐る目を開けた。
 そこは白く輝く眩しい世界だった。
 強い光りは眩しく目には良くないという一般的な常識によって身体が勝手にこの状況を拒んでいたが、目を開けてみると光りが眼球を刺激している様子はなかった。
 顔を背ける仕草自体が無為だったと気付き、紫を左腕に置いた体勢のままで右腕を下ろす。いつの間にか剣は消えていたが特に気にならなかった。
「こういうのに慣れすぎるのも考えものね・・・。」
 普通不安になるような状況にもかかわらず妹紅は冷静だった。
 自分と、左腕にいる紫以外の色が全て白く何も存在していない様に思えたこの世界も、目が慣れるに従って、そこが博麗神社の母屋であることが分かってきた。
 すぐそばにいた博麗霊夢、家屋、縁側にいる妖怪達。それらが存在するのは確認できたが、それは明らかに実体ではなく、白い紙に墨一色で描いた絵の様に線として存在していた。
「下手くそな絵だな・・・。」
 妹紅は思わず口にもらしてしまったが、全ての形が絵筆で書き殴った適当な線で、良い方に捉えれば、これから絵を描き上げようとする前の下絵といった感じだ。
 時間が止まっているのだろうか?時間が止まるとこんな景色になるのだろうか?妹紅は冷静に周囲を見渡しながら紫を守るように周囲を警戒していた。
「そういえば・・・。」
 妹紅は周囲の状況が余りにも想定外の事で気付かなかったが、今の状況は前の状況と左右が反転していた。
 感覚ごと反転していれば気付かないだろうが、気付いたということは空間だけが反転しているのだろう。
 しばらく状況に身を置いて何が起こるかを待っていたが、やがて腕の中にいる紫が呻き声を上げ目を覚ます。気付いた妹紅と紫の視線が重なった。
 紫は微笑みそして口を開いた。
「久しぶりね、妹紅。」
 久しぶり?妹紅は一瞬思考が止まった。そんな妹紅を楽しそうに見ながら紫は妹紅の腕から滑るように抜け出すと自力で立ち上がり、中腰の妹紅を見下ろすようにした。
 妹紅は紫がいなくなった腕の中に、周囲と同じように輪郭線だけとなった紫がいるのに気付き、驚いて思わず手を離し、そのまま自分も後ろに体を引いた。そしてまた驚く。
 自分の居た位置に、紫を抱いた格好のままの自分の輪郭線残って居たのである。世界が変わった一瞬をそこに焼き写したような状態になっており、そこに実体として2人だけが存在しているという状況だ。
「どうしたの?妹紅。久しぶりの再会なのに・・・。でも、驚くのも無理ないわね。こんな出来損ないの世界では・・・。」
 そう言って紫は周囲を見渡す。
「お、お前・・・藍か?」
「あら、やだ。気付かなかったの?」
「いや、でも、その口調、なんだか紫みたいだぞ・・・。」
 妹紅の知っている藍は、外見的に今の紫とかわらないが、醸し出す雰囲気、表情がどこか世間知らずのお嬢様的な無防備さを持っていた。今そこにいるのは、知性的な大人の女性の魅力を感じる。
「姉さんが覚醒した後の幽香達のリアクションも、きっと今の妹紅みたいな感じだったのでしょうね。」
 そう言って藍はクスクスと笑う。藍も紫と同様、覚醒した事によって元の性格からだいぶ変わってしまったようである。
 妹紅としては、久しぶりの再会はもっと感動的なものだと漠然と思っていたが、今目の前にいる藍が自分の知っている藍のイメージとだいぶかけ離れていたため、どうリアクションを取っていいのか分からずしかも向こうは向こうで完全にマイペースなので完全に肩すかし状態だった。
 完全に性格が変わるといってもベースとなる元の性格が反映されているようで、紫はどちらかというと物事を悪い方から考える慎重な性格なのに対し、藍はすべて前向きに考える悪く言えば脳天気な性格になっているようだ。
 中腰の妹紅に手を差し延べる笑顔の藍。妹紅はその笑顔に引き込まれるようにその手を取る。その瞬間藍は一気に妹紅を抱き寄せ、体の小さい妹紅は藍の胸に顔が埋まってしまうように強く抱きしめられる。
 妹紅は息が出来ず思わず顔を離そうとしたが、息が止まっても死ぬ事もないと思い、そのまま妹紅も藍を抱きしめ返す。
 どれくら時間が経ったか分からない。そもそもこの世界に時間の概念があるのかもわからないが、二人はしばらく抱き合った。
 1日、いや数時間の戦闘とその結末。たったそれだけの時間の出会いなのに何故ここまで相手を想えるのだろう・・・妹紅自身それが不思議だった。時間を掛けて育てる友情も確かにあるだろうが、特別な相手には恐らく時間の長さは関係ないのだろう。
 込み上げる思いもやがて収まり、二人は同じタイミングで自然に離れると藍は何も言わずにそのまま縁側の方へ歩き出す。
「もっとマシな世界に出来たらよかったのにね・・・。」
 縁側から見える白と墨の線だけの世界に不満げな藍。妹紅は藍の隣には行かずそのまま藍の背中に話しかける。
「この世界は・・・。」
「妹紅があの剣を抜いた瞬間の世界の裏側に別の世界を構築してみたの。」
 魂が融合する瞬間、藍は自由になれた。
「そんなことが出来るんだ・・・。」
「覚醒した姉妹同士で、姉さんに出来て私に出来ない道理はないでしょ?今の私は性格こそ違え、中身はほとんど同じよ。・・・でも、幻想郷を見よう見まねで作ったからこんなみっともない世界になってしまったわ。」
「なぜ、私と藍だけはリアルなんだ?」
「私にとって妹紅と姉さんだけが存在としてリアルに感じ取れるからよ。」
「・・・?」
 妹紅は藍の言葉を理解出来なかった。後ろにいて見えない妹紅の表情に困惑の色が出ているのが感じ取れ、藍はクスっと笑い話を続けた。
「要するに覚醒前の私は自分以外の他人をなんとも思ってなかったのよ。能力によってまるで調停者のような存在に祭り上げられていただけなのね。」
 藍は自分の意志が弱く、基本的な行動方針は鞍馬などの教育によって後から身についた知識を元にしてのものだった。
「だから、霊夢とか連中の顔がこんなに適当なのか・・・。」
 明らかに手抜きのようなこの線は、時間がなくて適当に描いた正真正銘の手抜きだったようだ。3人の妖怪は面識があるだけ輪郭はある程度しっかりして、顔もそれなりに特徴を捉えているが、面識のない霊夢の顔はへのへのもへじである。なんだか可哀想になってくる。
「妹紅は何も考えなくてもイメージだけでこのとおりよ。」
「藍は?」
「これは姉さんの身体を借りただけ。勘違いしないでほしいのだけれど、私は既に死んでいるのよ。決して生き返ったわけじゃない。幻想郷でもこの世界でも、私は別の体を借りなければ何もする事ができないの。」
「でも、体になるような物があれば生きていられるってことだろ?」
 妹紅は、藍の口にした死を否定するように必死に問う。
「私がこうして存在しているのは、死に際妹紅が私を現実に引き戻した時、一つのアイデアを思いついたから。」
「アイデア?」
「妹紅にあげたそのリボン。あれは私の半身みたいな存在だった。なら、それに覚醒した私の精神を結びつけておけないかと思ったの。」
 外を眺めていた藍が妹紅に振り向き言葉を続ける。
「その試みは成功した。」
「それは命を繋いだってことじゃないのか?」
「その命を妹紅がさっき断ったのでしょう?」
 言葉の意味とは裏腹に藍は楽しそうな表情で妹紅に優しく語りかける。
 しかし、その言葉を受けた妹紅は愕然として膝が崩れ落ちる。
 魂と肉体と精神。これら三位一体で命と言う。どれか一つが欠ければ廃人、二つ欠ければもはや人ではない。そして妹紅はたった今、紫から剣を抜き、藍の魂を紫に置いてきたのだ。つまり、肉体は既になく、存在する精神と魂のうち魂を消した事になる。藍に残されたのは精神は、何れ時間と共に無に還る。
 妹紅は涙が溢れていた。
「全てが切り替わる一瞬を、時間の流れから切り出して生みだした世界だから、こうやって私は妹紅と対話が出来る。でも、この体は姉さんのものであり、魂もすでに姉のもの。残った心だけが時の狭間に根性悪く居座っているだけなのよ。何れ消えてなくなるわ。」
 そう言って藍はウフフと笑う。
「私は二度までも藍を殺したのか・・・。」
「二度あることは三度ある・・・かもよ?」
 妹紅の深刻な精神状態とは裏腹にこの時間を精一杯楽しむように藍は嬉しそうにしている。そして、妹紅はその藍の態度に腹を立てる。
「ふざけるな!なんで、お前は笑っていられるんだ?」
 永遠の別れが目の前にある悲しみと、どうすることもできない罪の意識と、この状況になってもふざけている藍に対する怒りが錯綜し狂いそうになる妹紅。
「ふざけてなんかいないわ。2度目があるから3度目が成立するのよ。」
 ただの言葉遊びだと妹紅は一蹴する。
 藍は優しく妹紅を見下ろしニッコリと微笑むと外の方を振り向きまた縁側まで出る。
「私は姉さんと違ってなんでも前向きに考えしまう・・・きっと何とかなる・・・ってね・・・。」
「何か方法はないの?」
「ないことはないけれど・・・。」
「!」
 藍は生存方法を知っているそぶりを見せたので妹紅は思わず希望がわく。
 しかし、その希望の表情とは裏腹に藍は妹紅を冷静に見定めるような視線を送る。
「妹紅・・・あなたは蓬莱の薬で不死身になったのでしょ?」
「!・・・うん、そうだけど・・・何でそんなこと急に・・・。」
 藍と戦った500年前、自分が不死身であることを藍は知らなかった。少なくとも覚醒する以前は知らない、というよりその存在すら知らない様子だった。
「蓬莱の薬がどんな薬で何の為に作られたかわかる?」
「・・・わからない・・・でも、藍はそれを知っているの?」
「ええ、知っているわ。」
「何故?藍は月の連中と何か繋がりがあるの?」
「その連中というのは誰か分からないけど、その中に八意永琳が含まれているのかしら?」
 思いもよらない名前がでた。
「!・・・藍はあいつらを知っているの?」
「面識があるか?という事なら知らないということになるけど・・・彼女は有名人だから名前は知っているし、人間達だって彼女の別名は知っているはずよ。」
 その別名は妹紅もよく知っている。
「何故・・・。」
 妹紅は頭が混乱していた。藍と永遠亭の連中に繋がりがあるような発言であるが、どこに接点があるのか現時点の妹紅にはまったく分からない。
 藍と永遠亭が繋がっているなら、紫とも繋がっているのだろうか?
 竹取物語の時代が西暦700年として、紫の覚醒がそれ以前の500~600年と推定する。月面戦争が西暦1000年頃の出来事で幻想郷隔離が西暦1500年頃だ。月面戦争時には八意永琳は地上にいたことになり、接点がある可能性はないわけではない。しかし風見幽香などの話を聞いても八雲一家と永遠亭の面々との間に関係するような話は一つも聞かなかった。
「・・・。」
 妹紅はそうした思考の中で重要な事が抜けているのに気づいた。藍がいつ頃から幽香達と知り合ったのか分からない。幽香と紫、狐の方の藍と紫の事は聞いたが幽香と紫との出会いの話の中に藍は出てこないし、それまでは紫は単独の存在で世界を彷徨いていたようだった。
 藍は必死に思考を巡らせている妹紅の様子を楽しそうに見ながら、ある程度妹紅の思考状況を読みとり助け船を出すように絶妙のタイミングで口添えをする。
「私が地上に降りたというより無理矢理連れてこられたのが姉さんが覚醒して直後の事よ。」
「連れてこられた?藍は月にいたのか・・・。」
「ええ。八意永琳を知っているというなら、先にそう考えるのが普通ではない?」
 さも当然の様に重要な情報を口にする藍。
「妹紅、私と姉さんが元々一つの存在であったということは分かってる?」
「・・・うん、漠然とだけど・・・。」
「なら、私が何処に住んでいたかを知るより先に聞くべき事があるのではなくて?」
 そうだ。根本的な問題が分からないのに、その後に生じる事象を詮索しても意味がない。そしてその根本がわかれば何故藍が月に居たかを知ることが出来る。
「月の世界がどのような仕組みで構築されたかわかる?」
「仕組みの原理はわからないけど・・・たぶん幻想郷と同じような仕組みだと思う。」
 その答えに満足するかのように一度目を閉じで口元に笑みを浮かべる藍。次に見開いた目がまるで妹紅を挑発するかのように怪しく光りを放つ。妹紅はそれを見て紫と重なって見えた。
「つまり?」
「藍と紫の前身は月の世界を作った存在・・・。」
「そう。言うなれば創造主。そして彼は創主と呼ばれていた。」
「創主?」
「月世界は住む土地を増やすために開拓した世界ではなく、創主自身の思想的なものを反映させた美しい世界を構築する目的で作られた世界なの。例えば、神様や妖怪などの古の血の保存という理想の為に幻想郷が創られたようにね・・・。」
「美しい世界か・・・。」
「それを実現させるために月に大いなる力を持たせようとしたの。」
「大いなる力?」
「幻想郷もそうなのだけれど、創る側にはある一定の法則をその世界に持たせる事が出来るの。」
「・・・考えただけで心が通じるとか?」
「それはテレパシーのようなものかしら?それなら既に地上にも幻想郷にもあるわ。そういうのも確かに大いなる力に入るのだけれど、もっと根本的かつダイナミックに変える事が出来るの。」
「腹が減らないとか?」
「そうそう、そういう感じに常識に反した世界を作り出せるのよ。でもね、そうした世界が世界として継続して成り立っていくかというのとはまた別な話になってくるの。」
「例えば?」
「地上においては食物連鎖という大いなる力が存在するわね。腹が減らない世界は消費しない世界ということ。
生き物は勝手に増え続けるのにまったく減らない。つまり循環しない世界になる。こんな世界が長続きする?」
「確かに・・・どこかで破綻するかも・・・。」
「お腹が減らない世界か・・・・・・私なら腹八分で満足する世界・・・という世界にしましょうかしらね?」
「でも・・・腹八分になればいいけど・・・。」
「ふふ、分かってきたわね。なら、腹八分で満足するけど、餓死はしない。とかどう?」
「条件付けが許されるなら何でもできそうだけど・・・条件が増えれば複雑化して、計算外のことも起きるか・・・。」
「世界を作るというのは、その世界が永久に続くという循環する仕組みが基本になって、それを円滑に妨げない付加的力はとても限られている。」
「魂の輪廻も循環の仕組みよね?それは大いなる力になるのかしら?」
「地上を誰かが作ったと仮定した場合、魂の循環ルールを考えた人はとても優れた存在ね。」
「地上って誰がつくったんだろ・・・創主?」
「創主は人類の文明の発生と同時期に地上に生まれた存在だから地上の創造主などではないわ。」
「人間なの?」
「定義が難しいわね。当時は人間も妖怪もその他諸々に明確な線引きはなかったわ。強い存在が妖怪とかあるいは英雄とかになる時代だから。」
「人間という定義も難しいのね。」
「敢えて定義を付けるとするなら、知能を発達させた代償に本能を失った時期以降の存在が人間というのかもしれない。」
「なるほど・・・。幻想郷にも特別なルールがあるのかな・・・。」
「私が思うに博麗神社の選ばれた存在だけがルールを決められる世界なんじゃないかしら?」
「・・・スペルカードか・・・確かにあんなルールは普通の世界じゃできないな・・・。」
「博麗神社に特別な能力があり、その力が暴走しないように姉さん達が抑止力になっていると思うのだけど・・・これはあくまでも想像だけどね・・・。」
「その創主ってのは具体的に月にどんな仕掛けをしたの?」
 妹紅は藍の言っている事は理解出来るが、なんとなく現実味が無く気がはいらず適当に相づちをする。
「創主は月を「口に出した事が現実になる世界」としたの。」
「え?それはずいぶん無茶な仕掛けね。」
「こういう世界が実際に存在したら世界はどうなってしまうかしら?」
「混沌とするから・・・あーでも、その果てには完全な秩序が出来ているかも・・・。」
 口に出した事が現実になるなど余りにもふざけた世界になると考えた妹紅だったが、混乱と混沌でめちゃくちゃになったその後にも人間が生き残っていられたら、その人達は言葉を大事にするようになるのではないか?
 妹紅は一瞬思考の方向性が変わり目の色が変わる。
 藍は妹紅に発想の転換が行われた事を確認し話を続けた。
「元々誰も住んでいない月の世界はこれから人を増やしていこうとするのだけれど、「口に出した事が現実になる世界」がどんな悲劇をもたらすかある程度想像出来て、その力を元にしてそれを防ぐための秩序を口に出して作れる、そんな優秀な人材を捜し、そうした人達の集団で月を管理させようとしたの。」
「なるほど・・・で、その連中はどんな秩序を?」
「簡単に言うと穢れの思想を取り入れたの。」
「穢れか・・・なるほど・・・血を流す行為をしたり、させたりすると罪になる・・・か。」
「ええ、そしてその罪は、その場で即死としたの。」
「え?それはまた思い切った・・・あーでも、ものすごい抑止効果にはなるわね。」
 ある程度妹紅も納得したが、しかしその表情は明らかに不機嫌そうである。妹紅は穢れの塊のような存在でもあるし、そんな都合の良い世界に納得がいかない。羨ましいという気持ちも無いといったらウソになる。
「でもこれが結構うまくいってね、口に出した事が現実になるなら何でもやり放題だけど、反平和的行為をすると即死するんだから、言葉を選ぶわよね?」
「(言霊、穢れの思想か・・・日本の昔の政治システムと同じね・・・。)確かに・・・悪人が悪人として生きられない世界になるわね・・・。」
 妹紅は穢れの思想や口に出した事が現実になるという言霊の概念が日本の政治の重要基盤となっている時代を知っていたので藍の月の話しに次第に興味が湧いてくる。
「地上に住む者は、生きる為、食べる為に他の命を奪わなければならない。それが穢れだとしてそれは地上人にしてみたら普通の事ね。そしてそれが普通である世界に住む人達の視点から見れば月の世界はあまり良い世界には見えないかもしれない。でも、血を流す穢れ事さえしなければ何でも出来るというメリットがあったからそれを望む人も大勢いたの。」
「そんなに大勢になるのかしら・・・。」
 妹紅は否定的な意見を言ったが、それは話の内容に興味を示し、自分なりに考えてみた結果の意見で感情が先に出た否定意見ではなかった。
「言霊の力によって月は不老不死の世界になっていた。」
 不老不死などと簡単に言っているが、妹紅としては蓬莱山輝夜や八意永琳などの月人の存在や、竹取物語にもあるが、当時の常識として月の人間は不老不死であるというのを先に刷り込まれているため、現代人ならお伽話にも思える不老不死というキーワードには抵抗はなかった。
「なるほど・・・悪人も大勢月に行きたがるけど、穢れの思想によって淘汰が出来る。上手い具合に選民されていき、善人は死なずに永遠に生き続ける。でも、口に出して言った事が現実になるというのならいくらでも悪人が都合良く秩序をかえられない?」
「簡単に変えられない為に先手を打って変えられない仕組みが言霊によって作られていたわ。」
「なるほど・・・だから、先に秩序を作る為の管理者集団を作ったのか・・・。」
 先程藍と妹紅とで、お腹の減らない世界というものをふざけ半分で議論したが、それらの世界はいくらでもあら探しが可能だった。
 何でも出来る世界は危険極まりない粗だけの世界に思えるが、流血沙汰が即死となれば行動は自ずと制限されていく。あれをしたらこれだけの罪になるなどと、細かく決めなくても自然に秩序が維持される。
 そしてそれ以外では好き放題なら様々なアイデアが生まれ試されて行き、その結果が常に流血に繋がらないという事である。
 妹紅は考え込んでしまった。
 月に移住というのも簡単に言っているが、人を簡単に異世界に隔離したり、別の場所に移動させたり出来る紫の能力を見てしまうと藍の言う事もすんなり受け容れられる。
 幻想郷という世界を作り、世界を自由に行き来出来る八雲紫という存在は、藍の言うその創主とやらのミニチュア版みたいなものだろうか?
 藍の言葉に最初は半信半疑で、さらに疑心暗鬼にかられた表情をしていた妹紅の目にそれらを受け容れる理解の色が見て取れた藍は更に具体的な話を始める。
「月の世界が構築され、そこに住むべき者の人選が進められている時、創主の思惑には無かったことが起きたわ・・・神様が勝手に月に住み着きはじめたの。」
 妹紅は先程まで藍の言葉に一々疑問を投げかけていたが、完全に聞く態勢に入っていた。
「月に移住する神様の多くは戦いに敗れたり、それから逃げてきたりなど、比較的おとなしく平和を好む繁栄の神様達ばかりで害意はないとして創主はその移住を認めたの。」
 妹紅はこの選択が後の月世界に大きな影響を与えたのかもしれないとありきたりに先読みした。
「創主は優秀な地上人に月の行政を任せる一方で、月の繁栄の基盤を作るため人口の増加を計画するのだけれど・・・。」
「血を流す行為が穢れ事になるなら、性交も出産もダメよね?」
「ええ。それらの行為は穢れ事に繋がる為、人工的にそれを行うしかないのだけれど・・・不老不死の世界において成長という概念も消えてしまった月は、新しい命がそこで誕生するという事が出来なくなってしまったの。」
「そうか・・・仮に子供を授かっても永遠にお腹の中か・・・。」
「そうなると人口を増やす手段は・・・。」
「移民か。」
「ええ、当時高度な文明を誇っていた地上の幾つかの文明の内、平和的な文明を選んで月に移住させ、その後も優秀な人材を少しずつ移住させ、それらを事を繰り返して月の人口を増やしていったの。」
 妹紅は、突然消えた文明や一夜にして大陸ごと消えた超古代文明があると慧音から教えられた事を思い出す。当時は眉唾と笑っていた妹紅だが、それらは藍の話にある月の移住と関係があるのかもしれない。
「創主に選ばれ行政を司る初期移民の少数一族は一人が皇帝のような価値があるとして「皇族」、その仕事の内容から「管理者」などと呼ばれ、政治中枢が確立してから移住した者達は地上人から見れば仙人の様な優れた存在ということで「仙族」と呼ばれたわ。勝手に土着してしまった神様とその一族は「神族」と呼ばれるようになり、それぞれ住む場所がわかれていたの。」
「それぞれが国みたいなものになったの?」
「行政は一ヶ所に集中していたから厳密には国が乱立したわけではないけど、民族ごと移住した文明にはそれぞれに下地になる文化があるでしょ?それらはある程度尊重されていたから自然に別れただけよ。」
「平和だったのね・・・。」
 妹紅の言葉が過去形だったのを藍は見逃さなかった。今が平和ではなく創主が藍と紫とに分けた理由と繋がりがあるだろうと妹紅は勘付いたのだろう。
 八意永琳とい名前を聞いて以降、どちらかというと否定的な表情で話を聞いていた妹紅であるが、すぐに話しを聞く姿勢になった妹紅に感心の視線を向け微笑む藍。
「永琳は・・・どの一族なの?」
 月に3つに別れている事を知り、永琳がどの立場にいたのか知りたいと思う妹紅。
「彼女は神族よ。」
「神様か・・・やっぱり・・・。」
「あなたは八意永琳とはどんな関係なの?」
 藍の質問を受けて、永琳と妹紅は個別に知っているものの、双方の間で面識があることについては知らないということが理解できた。
「敵・・・かな。」
「まさか、彼女と戦ったの?」
「うん・・・相手にもされてない感じだけど・・・。」
「かぐや姫とは?」
 輝夜の名前も出てきたが、永琳が出てくるなら当然輝夜も出てくるだろうと予測できた。そして、この2人はやはりセットなのだと理解できた。
「あいつとは同レベルかな・・・。」
「随分と親しいのね。」
「親しい?あいつらは敵よ。」
 永遠亭の連中の話をされて不機嫌になる妹紅。藍と妹紅の様に争いの中に真の理解があるのかもしれないが、レベルが違いすぎるせいか相手にされていないようだ。それ以上の進展は当分ないのかもしれないと思う藍。理解し合うにはある程度近いレベルにいないと無理なのだろう。
「神様というと何か恐れ多い存在に思えるけど、神崩しは稀に良くある事で信仰の薄い神様は人間から亡ぼされてきたわ。月に来る神様は敗者やそれを避ける者が大半だったから信仰が薄くはっきり言うと弱い存在だった。」
「永琳は強いけど・・・。」
「あの人は特殊なの。」
「特殊?」
「あの人は神様を導く神様で祖神なのよ。」
「そしん?」
 妹紅にとって聞き慣れない言葉が出て来た。妹紅の頭の上に目には見えない疑問符が飛び出したのを藍は感じとり説明を始める。
「神様というのは、そのほとんどが文明が発生した後、自然現象などを元に偶像化されて、信仰によって誕生する俗神で、俗神というのは人間が作り出した神様で、主に国の政治や道徳を支える存在として大きく誇張され文明の隆盛と衰亡に大きく影響するの。祖神というのは文明が誕生する以前から存在する文字通りの神様で普遍的で人間の信仰にほとんど影響されない存在なの。」
「そんなすごいヤツだったのか・・・。」
「だからといってそれがすごいとうわけではないのよ。ただ八意永琳は知啓の神様だからあらゆる物事に対応出来る能力が予め備わっていたの。」
「・・・でも、そんな大物が何で幻想郷に・・・。」
「さぁ?」
「さぁ?って本当に知らないの?」
「私が地上に来た時、永琳達はまだ月にいたわ。彼女が地上に降りるにあたって当時の事と照らし合わせるといくつかの理由は勝手につけられると思うけど、正しい答えはわからないわ。」
「そういえば、地上に連れてこられたってさっき言ったわよね?それってどういうこと?」
「それは、話を続けていればおのずと分かるわ。」
 妹紅は話しに興味が出て来ており、複線の様に出てくる様々なキーワードに一々反応していると話の腰を折ってしまうと考え、まずは藍の話を聞く事にした。
「神族は月に住むためにある条件を飲んでいて・・・。」
 藍は語尾を曖昧にして妹紅の目を見る。これは続きを答えて見ろという藍の無言の合図である。
「月で信仰を集めないとか?」
「ええ、月ではあくまで人間と同じだということで、神族とは言ってもほとんど勢力としての影響力が月ではなかったの。」
「それがどう影響していくの?」
 妹紅は今まで話の内容を受け身で聞いていたが、話の内容に興味が湧いたのか積極的に食いついてくる。
「天下りをはじめたのよ。」


東方不死死 第14章 「月の秘密(2)」へつづく

東方不死死 第13章 「戻るべき処」


 見事な夕焼けも次第に夜の帷につつまれ始めようとしている。
 幻想郷を包むように連なる山々の稜線が日没と共に日中は分からなかった距離感を鮮明にさせる。
 今見える山々には、実際に行ってたどり着ける山と、そうでない山が存在する。幻想郷の外にある山は目には見えていても辿り着く事はできない。
 日の出と日没の一瞬に、虚と実を見分ける事が出来る。
 幻想郷の山の端はこの時間鮮明に現れるが、外の山は絵に描いたように日中と変わらずぼやけたままだ。どこまでも続いている様に見える幻想郷も、この一時だけ狭く感じるのである。
 博麗神社は幻想郷の東端に存在し、東に見える山々の間から陽が昇る。しかし、神社の建つ山の麓から先は幻想郷ではないのだ。
 幻想郷入りして運良く人間の里に来れた人はとても不思議に思える感覚も、ここで生まれ住んでいる住人にとっては当たり前の光景であった。


「・・・妖気が収まったわね。」
「ええ。」
 平行して飛ぶ藤原妹紅と博麗霊夢は警戒速度で神社に近付いていた。
「これ、ちょっと頼む。」
 妹紅は足にからむ蔓を取って霊夢に渡すと、前には進まずその場で神社を眼下に出来る高度まで上昇した。
 先程まで霊夢と妹紅のいた高度は神社の建つ小高い山の頂上より少し高い程度で、神社や母屋などの建物は周囲の木々が邪魔でよく見えない。妹紅が上昇して神社を一望したのは先程の凄まじい妖気を感じて尚、そのまま神社に飛び込むのは危険だと判断したからだろう。
 霊夢も妹紅の判断は正しいと思うと同時に、その判断力と迅速な行動を見て味方なら頼もしいが敵に回すと厄介な人物だと思えた。
 幽香を牽引するのは正直嫌だが緊急事態なのでしょうがないと諦め妹紅が動き出すまで待機する霊夢。
 妹紅の後を追わないのは、この位置から自分の視力では何も見えないと分かっていたからでもあるし、人の真似をして行動するのがいやだからというのもある。
 2人が停止し霊夢に蔓が渡されたのを見て霊夢に接近しその背中にもたれかかる幽香。
「どうしたの?急に止まって。」
「な!?きゃあああああああ!」
 突然の幽香の接近に心底驚く霊夢。その悲鳴に反応して妹紅が下りてきて幽香と距離を置くため、さっきまで隣にいた霊夢から離れる。
「どうしたの?」
「ゆ、幽香が!ちょっと離れてよ!」
「つれないわね。私と霊夢の仲じゃない?」
「あんたなんか友達でもなんでもないわよ!いいからはやく離れなさい!」
 幽香に背中をとられ、ものすごく嫌がる霊夢。妹紅から見ると霊夢の反応はちょっとばかり過剰な気がしないでもない。
「霊夢、ああ見えても重症患者なんだ。」
「そうよ、だから大事にしなさい。」
「どこが重症なのよ!それに私じゃなくて妹紅にくっつけばいいでしょ!」
「妹紅にくっついたらその場で殺されちゃうじゃない?」
「いいじゃない、いっそ殺されてしまえ!」
 物騒な事を言う霊夢。
「なんだ、仲いいんじゃないか。」
「どこがあああああ!」
 妹紅から見ると仲が良いように見えるが、それを必死に否定する霊夢。幽香、霊夢双方筋金入りの自己中心的でマイペースな性格なためか、所謂同族嫌悪というやつだろう。幽香はそれを知っていてわざと霊夢に嫌がらせをしている感じで、これは年の功というか幽香が一枚上手で霊夢よりも性格は悪い。
「それより、妹紅、神社の様子はどう?あれ、藍と萃香の妖気よね?」
 幽香にまとわりつかれた霊夢が一人ぎゃーぎゃー騒いでいる中で、妹紅と幽香は真顔で話しだす。
「神社はここから見た感じ特に何も変わってないけど・・・連中の気がだいぶおかしくなってるな・・・。」
「何で二人が戦うの?」
 背後から首に腕を巻かれてもがいていた霊夢も会話に参加する。
 幽香は藍と萃香が戦ったとは言っていないが、状況から察すると何か衝突はあったと見て間違いない。
「それが分かるなら苦労はしないけど・・・。」
「ん、何か知ってるの?もったいぶらずに教えなさいよ!」
 幽香の語尾が微妙に何かを含んでいたので霊夢は問い質す。
「紫の身に何かあったのよ。藍は紫の式神、主の身に危険が迫った・・・そういうことよ。」
「萃香が紫を害そうとしたのか?もしかして岩老刀で?あ、霊夢、あの剣は結局どうしたんだ?」
 妹紅は岩老刀が、その後どうなったかを知らない。
「あれを持ってみんなに近づこうとしたら拒絶されたわ。で、離れた位置に置いてきたの。そしたら、あの剣、いつの間にか藍が手に取って紫に近付くから危ないと思って萃香は止めようとしたのよ。」
「考えられない話ね。藍が紫を襲うなんて・・・。」
 式神である藍が紫を襲う事は絶対にないと断言する幽香。
「なんか藍がおかしくなったのよ。誰かに操られた様になって、紫の命令も無視するのよ。」
 妹紅と幽香は顔を見合わせる。二人とも同じ事を考える。
「八雲・・・藍か・・・でも、なぜ・・・。」
 妹紅は呻いた。あれほど姉の紫を慕っていた藍が九尾を乗っ取ってまで害そうなど・・・。
 妹紅も幽香もこの時藍をおかしくしている原因は八雲紫の妹、八雲藍だと断定していた。
「妹紅、何であんなもの渡したのよ・・・。」
 責任は自分には無いと霊夢は思う反面、あそこで剣を置かずにずっと自分が持っていればこんな事にはならなかったとも思い少し後悔する。
「・・・あの剣は剣として殺しも出来るけど、本来の目的は魂を吸い取って閉じ込めることよ。そして今、あの剣には紫の妹の魂が捕らえられたままになっている・・・。」
「捕らえられた魂が誰かを操るなんて、そんな事出来るの?」
「分からない・・・私はあの剣の全てを把握しているわけじゃないし、藍が私達の想像を超える力を持っていたか、身につけたか・・・。」
「ねぇ妹紅?」
 幽香の顔が神妙になった。
「ん?」
「紫が新たな自分に覚醒したように、藍も死際に覚醒した・・・と私は思うの。」
「・・・何故そう思うの?」
 突然、予想外の言葉を口にする幽香に妹紅も少し驚いて聞き返す。
「あの娘は、自分から何かを積極的に提案したり行動することは無かったわ。基本的に起こっている事に対してそれに対処するという感じかしらね。紫が動なら藍は静という感じ。」
「その覚醒の根拠は?後付で適当な事言ってるんじゃないの?」
 幽香は結論の前に回りくどい説明をしはじめたので、霊夢はイライラして反論する。
「根拠なんて無いわ。強いて言うなら何百年も一緒にいて、あんなことを言う藍を初めて知った・・・ってことかしらね。紫も覚醒後に大きく性格と言動に変化があったし。」
「・・・。」
 あの時の事は妹紅も今でも鮮明に覚えている。最後自分が紫に差し出したはずの藍の小指を握って現実に戻してしまったが、それは良い意味でも悪い意味でも印象に残っている。
「霊夢、今、紫はどうなっていると思う?」
「それは・・・紫が・・・何人もいるような・・・変な感じがここからはするけど・・・。」
「私の予想では、紫の心臓に今、その、何とかという剣が刺さっているわ。」
「・・・」
 そのショッキングな言葉に霊夢と妹紅は驚きもせずただ口をつぐむ。それは予測出来ないことではなく、むしろそうとしか思えず、しかし口に出しては言ってはいけないもののように思えていた。
 幽香もそれを分かっている上であえて言ったのである。
「恐らく藍や萃香はその対処方法が分からないのでしょうね。だから、静かに妹紅が来るのを待っている・・・。」
「向こうも私達が来るのを分かっているわよね?なら、速く行った方が・・・。」
 霊夢はそう言って妹紅を見る。
「私は・・・どうすればいいか分からない・・・。」
「分からないって・・・あなたの剣でしょ?そんなの許さないわよ!」
 妹紅としても現状どうなっているかこの目で確かめていないので何ともいえない。霊夢としては妹紅がいれば何とかなると思っていたので、紫の危機にもある程度余裕を持てた。しかし、悔しそうにうつむく妹紅を見て、改めて危機的状況だと分かると妹紅を責めずにはいられない。
 思わず妹紅に掴みかかろうとする霊夢を幽香が抑える。
「妹紅、あなたの足を止めているのは、紫のことじゃなく狐の方ね?(それと 藍・・・。)」
 幽香が妹紅の心情を見透かす。
「・・・あぁ、このまま神社に行ったら、もしかしたら・・・藍を殺すかもしれない・・・。」
「はぁ?何いってんの?さっきボッコボコにされたくせに!」
 霊夢が昼間の2人の戦いを見て、その結果から妹紅の言い分に意義を唱える。
「霊夢、藍の気が極端に落ちてるのが分からないの?」
「気?妖気なんて抑えれば消せるでしょ?何とでもなるじゃない。」
「瀕死になるとそうもいかないのよ。妖力が傷を治すのよ?妖気を抑えたら傷が治らないでしょ?」
「・・・そうか、だから幽香もさっきからやけに妖気出して・・・。」
 霊夢が幽香を嫌いな理由はスペルカード戦の対戦成績が極端に幽香に負けていることや傲慢な態度など諸々あるが、だからといって生理的に嫌いというわけでもなく、偶然会う程度なら特になんとも思わないし、話しも普通に出来る。
 今日は先ほど会ってから終始幽香を見てイライラしている理由が自分にもよく分かっていなかったが、幽香の相手にケンカを売っているかのような抑えない妖気によって無意識に体が警戒してそれが霊夢を苛立たせていたのだ。
 幽香に後ろから抱きつかれた時に、自分でも信じられないほど驚き、悲鳴を上げてしまったのは、頭ではそれほど危機感を抱いていなくても体がかなり敏感になっていたからだろう。
「藍は恐らく私を許さないだろう・・・出方によっては争いになるかもしれない。」
 妹紅の口調が強くなり、眉が吊り上って見える。臨戦態勢に入ったのだろうと霊夢は捉える。
「そうなったら藍に勝ち目はないわね。」
「そうなることが分かっているなら手を出せれても我慢すればいいでしょ?」
「体が勝手に動く。そう訓練されてきた・・・。」
 霊夢の意見は最もだと思うが、それが出来ない妹紅なのである。
「・・・それで、幽香もやられちゃったの?」
「・・・まぁね。」
「ふ~ん・・・。」
 先程の藍と妹紅の戦闘を見るにつけ、あの藍が殺されるなど想像もつかないが、幽香や妹紅が嘘を言っているようにも見えない。
「やっぱり、さっきの凄い妖気の時に何かあったのね・・・。」
 霊夢は落ちつきを取り戻し神社を見やる。
「霊夢、向こうに言ったらあなたが何とかなさい。」
「はぁ?何で私が?」
「2人を争わせて霊夢の家が無事に済むかしらね?」
「そ、それは・・・。」
 確かに庭先で派手に暴れ回られたら母屋が無事である保証はない。
「さ、妹紅、行きましょう。ほら、霊夢も!さっさと行く!」
 妹紅は覚悟を決めるように飛び立つ。
 上手く言いくるめられ、複雑な顔をしながら幽香を背負うようにして妹紅の後を追う霊夢。
 妹紅は紫の事も藍の事も重要だったが、それよりも八雲紫の妹藍の事が気になる。
「(藍・・・お前は何を望んでいるんだ・・・。)」


 博麗神社の母屋の庭先に立つ八雲藍と伊吹萃香は、既に見慣れた夕暮れの幻想郷の中で空を見上げていた。
「来た!」
 萃香は嬉しそうに藤原妹紅の到来を歓迎したが、藍はそうではなかった。
 藍と妹紅の最初の接触の時と同じ場所に降りる妹紅。その後ろに霊夢と幽香が続く。
 萃香が場の空気とは関係無しに霊夢との再会を喜び全身でその気持ちを表しているが、こちら側に駆け寄る事はしなかった。恐らく藤原妹紅を刺激しないための配慮だろう。普段の萃香なら霊夢に飛びついている筈である。
 満面の笑みの萃香とは対照的に妹紅を睨む藍。それに負けじと睨み返す藤原妹紅は明らかに戦闘態勢であり、後ろにいる霊夢もその背中から醸し出す雰囲気でここから見えない妹紅の表情が容易に想像出来る。
「藤原妹紅。これはどういう事か説明してもらおうか。」
 具体的に言わない藍だったが、言わずとも理解出来る。藍を惑わせた剣とその後の惨劇の事で、これらが妹紅の企みかどうかという問だ。
 この件については妹紅にとっても予想外の事であり、悪気はなかったので謝罪の一つもすべき事だろうと思わなくもないが、既に戦闘態勢に入っている妹紅には下手に出る気など全くなかった。狩人の宿命である。
「八雲紫の命とお前の命は私が握っているという事だろ?」
 ポケットに手を突っ込み少し前屈みになって下から見上げるように強気で答える妹紅。
 藍の口元がギッと吊り上がり怒りの態度を見せる。しかし、後ろで見ている霊夢でもハッキリと分かるほどに昼間見せたような迫力が今の藍からは感じられない。先程妹紅が言っていた様にこのままだと藍が危ないと感じた霊夢は、考えるより先に体が動いた。
「ちょっと!今はそんなことしてる場合じゃないでしょ?早く紫を何とかしてよ妹紅!」
 2人の間に出て、藍の出足を制しつつ妹紅の手を掴んで母屋側に強引に引っ張る霊夢。
 場を納めた霊夢を見た幽香と萃香が同時に目が合ってクスっと笑う。普段はのんびりしており、何事もやる気のない霊夢であるが、何かあればご覧の通りである。博麗の血には逆らえないのだろう。幽香や萃香もそうした歴代の博麗の人間を見てきており、今の霊夢の行動には懐かしさを感じた。
 人間とは不思議なもので、姿形は変わっても受け継いだ血は変わらず生き続けている。
 霊夢に手を引かれた妹紅の後を追う様に、3人の妖怪も母屋へ上がろうと動き出す。
 3人の大物妖怪に後ろを取られ、異様に警戒心を強める妹紅の様子を察知した霊夢は、縁側に上がった後振り向いて妖怪達の前に仁王立ちする。
「あんた達は外で待ってて。」
 3人の妖怪は渋々そこで立ち止まるが、霊夢はもっと後ろに下がるように指示する。妹紅が神経質にならない安全な距離感はだいたい掴んだ霊夢。この位置だとまだ危険距離だと見たのだ。そして、その指示に渋々言うことを聞く3人の大物達。
 妹紅は足を止め振り向いてその様子を唖然として見ていたが、霊夢に名を呼ばれて正気に戻る。
「何であいつら霊夢の言うこと聞くんだ?」
 縁側に上がった妹紅は小さな声で霊夢に尋ねる。妹紅からするととても信じられない出来事に見える。
「・・・さぁ?何でだろ。」
 アッケラカンと答える霊夢。特別な事をしているという意識は全くない様子である。
 妹紅はもう一度振り向き、おとなしくし3人並んで立っている姿を見てからもう一度霊夢を見て首を振って呆れた仕草をした。
 霊夢は縁側から座敷に入ると柱に札を1枚貼る。
 妹紅はその札が音を遮り中の会話が外に漏れない様にするためのものだと分かったが、そこまで連中を邪険にする事もないだろうと半分同情したくなる。だが、それは紫を助けて欲しいという霊夢の気持ちが、妹紅に対する最大限の気遣いとなって現れているのだと感じ取れもする。
 さっき言った、紫の命は自分が握っているというセリフは藍と同じように霊夢の心にも突き刺さっていたのかもしれない。
 自分の浅はかな言動に反省と謝罪の念が生まれると同時に、妖怪を前にして好戦的になることで初めて冷静になれる自分に嫌悪感が生まれる。
 霊夢は紫の前で立ち止まり動かなくなった。妹紅はそんな霊夢を尻目に横を過ぎて紫の前に跪き状況を確認する。
 紫からは生気が溢れ健康状態は非常に良さそうに感じる。しかし、目の前に倒れている紫は左胸、心臓を剣が貫通している状態であり、見た目は重体どころか生きているのが不思議に思える程である。
 妖怪が肉体的に人間とは比べ物にならないほど頑丈であることは知っているが、生命活動に直接影響を与えるような怪我は妖怪にとっても危険な事である。人間なら即死の怪我でも妖怪なら死ぬ事はないだろうが、それでも無事では済まない。紫にそれを当てはめて考えるなら、息も絶え絶えの瀕死の重体でなければならない。
 しかし、まったく肉体的な損傷を受けている様子がない。
 この事から判断して、八雲紫の妹藍は紫を殺そうとしたわけではないと思われる。
 妹紅はある程度こうなった理由や意味を理解出来た。そして、紫を元に戻す事に関して幾つかの選択肢があることもわかった。
「霊夢、立ってないで座って。」
 紫の姿を見てただじっとしていた霊夢は、妹紅の言葉に現実に引き戻されたように大きく呼吸をする。無意識に息を止めて呼吸をするのを忘れていたのだろうか。
 妹紅の隣に座った霊夢は何かを訴えるように妹紅を見つめた。


 縁側の外で立たされたまま微動だにしない3人の妖怪がいる。
 霊夢側から見て左から風見幽香、八雲藍、伊吹萃香である。
「命拾いしたわね。」
 顔は前を向いたまま隣の藍に話しかける幽香。
「お前の入れ知恵じゃないのか?」
 同じく顔は正面のまま幽香に応える藍。
「しかし退屈だのー。」
 萃香そういって嬉しそうに酒を飲むが、この中で一番退屈ではなさそうに見える。
 幽香は正面を見ながら隣の藍に肘を2度当てて合図する。気付いた藍が幽香から何かを手渡される。
 手を後ろに回し、それを指の感触で何かを確認し、渡された2つの物体が何であるか分かった藍は、もう一つを萃香に手渡す。そして3人は同時に手を耳にやってそのある物を耳の穴に詰め込んだ。
「感度良好だな。」
 藍がニヤリと笑う。
「妹紅に仕掛けたのか?」
 萃香が尋ねる。
「まさか。妹紅には無理よ。でも隙だらけのが一人いるでしょ。」
 霊夢の事である。
 幽香が渡したのは植物の種を利用した盗聴道具で、音を拾う側となる植物は先程霊夢に抱きついた時に服に仕込んでおいたのである。
「おい、妹紅が振り向いたぞ。」
 藍が声のトーンを落として皆に知らせる。
 幽香が術を発動する前はただの植物の種なので普通は気付かないが、効力を発揮させれば必然的に妖力が発生する。その妖力は発動の一瞬の場合もあれば、発動後常時妖力が出るものなどもあり、それらのタイプは利用する術の性質、媒体、術者の好みなどによってかわる。そして、幽香の用いた術は発動の際だけに妖気が生じるものであった。
 幽香が術を発動させたことで妹紅は気付いたようであるが、霊夢は気付いている様子は無かった。霊夢の状態が平常であるなら或いは気付いたかもしれないが、今の霊夢は紫の事で精一杯のようだ。
「妹紅には気付かれたようね・・・でも、霊夢に知らせる気はなさそうね。」
 幽香は妹紅にばれて一瞬ドキっとしたが、どうやら見逃してくれるようで安心した。
「気持ちはわからんでもないが、霊夢は少し妹紅に気を使いすぎだな。何も音を遮らんでも・・・。」
 霊夢の態度が冷たかったので不満げな萃香。
「障子を閉めないだけいいのでは?それに、紫様を助けたいという気持ちが大きいのだろう。それ故に妹紅に気を遣う。」
 霊夢がそこまで紫を思っていたのは意外だと藍は思う。
「どちらの言い分も組んでくれるって事でしょ?盗聴を見逃してくれたってことは。」
 萃香は基本的に霊夢の態度を注視した発言だったが、幽香は妹紅の態度を評価する発言をする。
「そうだな・・・。」
 幽香の言葉に思わず振り向いて応える藍と、振り向かれて振り向き返す幽香。
 幽香の口調からすると妹紅自身はともかくとして、幽香は妹紅を信頼に足る人物として既に認めているようだ。藍は思わず幽香に対してある感情が湧いてくる。それは憧れのようなものでもあり、嫉妬のようなものでもある。曖昧な感情だが、一つ言えることは自分にないものを幽香は持っているということである。
 新しいもの発見したり、新しい発想によって紫を刺激するのはいつも幽香だった。
 紫が起こそうとしていた今回の異変に風見幽香の役割はなく協力を打診していなかった。藤原妹紅との接触とその後の関係強化に関しては、紫と藍だけで話を進めていた事である。
 しかし、こちらの思惑とは裏腹に先に幽香と妹紅との間に関係が築かれてしまった。妹紅が進んで紫らに協力を申し出たのは、先に幽香と接触したことで、妹紅の持つ紫に対する印象が良い方向に向いたからだろう。
 風見幽香が何故、花にまつわる名前ではなく風見なのかわかる気がする。
 凝り固まった発想や状況に新しい風を送り流れを変える力が幽香にはあり、それを見抜いた当時の博麗の神主がその名を贈ったのだ。
 月面戦争の時も、幻想郷計画直後の吸血鬼戦争の時もそうだった。そう計画したわけでもなく、その状況に立たされ無意識に取った行動が状況を変えた。


「どうしたの?」
 自分の顔を見つめて一瞬止まった藍に心配そうに声をかける幽香。
「いや、なんでもない。」
 賢い者ならその態度から心情の変化を深読みし、いらない気を遣ったりもするのだろうが、幽香はそんな深読みはせず、ただ藍の体調が思わしくなく、どこか痛いのだろうと思っていただけだった。
 神社に向かう途中の霊夢とのやりとりもそうだが、ひどい言われ様をしても、基本的な関係性が成り立ってしまった後なら態度や口調の変化などあまり気にしない性格である。
 藍は正面に向き直り、幽香もそれにならう。今考えるのは自分や幽香の事よりも紫の問題とそれを解決出来るであろう藤原妹紅である。藍はそう自分に言い聞かせ幽香に対する想いはひとまず置く事にした。


 霊夢を座らせた妹紅は、彼女の訴えるような目を間近で見て声が詰まる。
 吸い込まれそうな視線に霊夢の心情が痛い程理解出来る。心細さに気持ちが委縮し、強い喪失感が霊夢を脆くしているように見える。
 八雲紫という存在が霊夢に大きな影響を与えているのだ。妖怪に魅せられるのは良い事ではないと思うが、もはや手遅れというべきだろう。
 何か気の利いた言葉をかけてやるべきなのか迷った時、不意に霊夢から小さな妖気を感じ霊夢の瞳に釘付けとなっていた妹紅を現実に引き戻した。
 妹紅は振り向き妖怪達の方を向く。
「(誰だ・・・幽香か・・・。)」
 盗聴されていることに気付いた妹紅だったが、幽香の仕業と見てそれが悪意のないものだと分かったのでそのままにすることにした。どの道色々と説明しなければならないし、霊夢と妖怪達と2度同じ説明をするのは面倒である。むしろ好都合だ。
 妹紅は霊夢に向き直り、少し微笑みながら肩をポンポンと軽く叩いて励ます。そして、紫の状況をもっと知るために剣と紫の肉体とがどのように繋がっているかを調べる。
 不思議な事に切り裂かれていると思っていた衣服と剣がぴったりとくっついて隙間がない。完全にくっついてしまっているのかと思い服をつまんでそのまま体から衣服を離す様に動かしてみると何の抵抗も無く剣に沿って服が動く。どの方向に服を動かしても剣の位置は変わらないままで服だけ位置をずらすことが出来る。明らかに不自然で何かしらの力でそうなっていると分かる。そうさせている力は紫のものというより藍の方だろうか?
 これは恐らく衣服だけではなく体も同じで、刺さっている様に見えて実際は剣と融合しているはずだ。
 それを確かめる為に妹紅は紫の襟元から手を入れ剣と肉体が結合している辺りを直接手を触れて確かめる。
「うーむ・・・(やはりそうか)。」
 紫の衣服の中に手を入れる妹紅を見て、霊夢も他の妖怪も一瞬体が前のめりになるが、何事もなく妹紅が手を抜いたことで元の姿勢に戻る。
「この剣は刺さっているんじゃなくて、紫の体と融合している。同化と言ったほうがいいのかな・・・。」
「融合?」
「内部がどうなっているかは分からないけど、服も体も剣も一つになってるみたいだ。」
「それは、具体的にどうなってしまうという事?」
「一つになっていると言っても固まっているわけじゃなく、脱がそうとすれば服は脱がせるし、抜こうと思えば剣も抜けるだろう。」
「じゃー普通にこの剣を抜けば紫は助かるのね?」
「いや、ただ抜けばいいってものじゃない。」
「何で?」
 妹紅は霊夢の問いに口では何も言わず紫の背中の方に移動して、その美しい金髪の間から見えている背中から突き抜けた剣先を指さす。
 霊夢はその剣先の見える位置に移動し、それを確認したのを見て妹紅が金髪をかき分ける。
 見えているのは剣先15cm程で、霊夢はその痛々しい状態に思わず目をしかめる。一度妹紅に向き直り、次のセリフを待ったが、妹紅はその剣を見ろと顎で指す。
 もう一度剣を見て、最初に見た時よりも良く観察してみる。
「・・・あ!」
 何か重要な事に気づき思わず声を上げる霊夢。
「そう、霊夢が見た時の剣は模様が蒼かったはずだ。」
「赤くなってるわ・・・。」
 岩老刀の特徴的な紋様は魂を捉えている時は蒼く、そうでない時は赤い。
「あ、あああ、蒼に戻った!」
 そうこうしていると、今度は霊夢が知っている蒼に戻る。
「どういうこと?」
「この剣、岩老刀は魂を捉えている時は蒼く光る。そして何も無い時は赤く染まっている。」
「と、言うことは・・・魂が出たり入ったりしてるってこと?」
「出入りしているというより、血液の様に循環していると見るのが妥当だろう。私もこんなの見るの初めてだけど・・・ここは幻想郷だし、しかも相手は紫や藍だ。何が起こってもおかしくはない。」
「じゃー赤い時に抜けば紫は元に戻るってこと?」
「そうともいえないんじゃないか?」
「そうか、この剣には藍の魂が入っているのよね・・・だとしたら、赤い状態で抜いたら、紫の中に藍の魂が入ってしまう事に・・・。」
 頷く妹紅。
「藍の行動からしてそうなることを望んでいたのだろう・・・だけど。」
「だけど?」
「私はそれでもいいけど、お前等はそれを望んでいるのか?」
 霊夢に対して個人ではなくお前等と妹紅は言った。それは後ろの3人など紫に近しい存在を含めて言っているのだと理解できた。
 霊夢は一度、後ろの3人に振り向き、そのまま妹紅を背にしたまま口を開く。振り向かれた3人はよそよそしく姿勢を正す。
「それしか紫を助ける方法はないの?」
「よく見ればわかるが、この蒼には違いがある。紫から感じる気を確認しながら模様を良く見直してみな。」
 妹紅は霊夢の質問には答えず別の指示を出す。
 外の3人が最初にいた位置よりも前に移動しているため、妹紅が警戒し口調に変化が生じているが、今の霊夢にはそれを感じ取れる状態ではなかった。妹紅に言われた通り、注意深く剣の色と感じる気配を調べ始める。
 色の変化は、一見すると赤と蒼を交互に繰り返しているように見えるが、良く観察すると蒼の光りの濃度に差があることがわかった。その蒼の強さと感じる気配に違いがあることも確認出来る。
 霊夢は5分程そうしていたが、やがて頭を上げて妹紅の顔を見る。
「剣が赤い時は、紫の体の中に紫と藍の魂がいる。剣に藍がいれば当然中には紫だけがいる。そしてその逆も然り。」
「そうね・・・。」
 現状を完全に理解した霊夢にあえて口に出して説明する必要はなかったが、盗聴している外の3人にも聞かせる目的で妹紅は敢えて状況を口にした。
「数時間前の状態に戻すというなら、剣に藍がいる状態で抜けばいい。」
「・・・私、どうすればいいのか分からない。紫の妹が藍の体を操ってまで紫のところに行こうとしている。もし、今まで通り紫だけにしたら妹はどうなるの?」
「どうもならない。元通りになるだけだ。・・・でも、もしかしたら、またこんなことが起こる可能性はある。」
「その可能性を無くすにはその魂を消すしかないということでしょ?」
 先程から霊夢の様子が弱気になっているような気がした妹紅だが、その理由が何となく分かってきた。紫を生かすために藍を殺す事を躊躇っているのだ。
「・・・霊夢、藍は既に死んでいるし、殺したのは私だ。霊夢は何も悪くない。責任を感じる必要はない。」
「!」
 妹紅に心を見透かされたようで一瞬体が硬直する霊夢。そのまま数秒ほど固まってしまう。妹紅は何かを考えているのかと思ったが霊夢の目が泳ぎ焦点が定まらない様子をみて、何か錯乱に近い精神状態になっていることに気づき、何か変な行動を取らないかと心配になった。
「・・・私は、巫女として博麗神社に上がった直後、この神社を占領していた魅魔という幽霊の魔法使いを倒してしまったの・・・。」
 突然霊夢が脈絡の無い事を語り出し、そこに思いがけなく大物の名前を聞いた妹紅。
「魅魔?」
 慧音や幽香からその名前は聞いている。八雲一家の一人であり、幻想郷隔離当初に幽香と並んで幻想郷の北東部を中心に勢力を誇っていた存在である。
 幻想郷が隔離され国内外から大量の妖怪が移民してきた当時、幻想郷の秩序維持の為に力を尽くした賢者で、風見幽香と並んで最強と誉れ高い。
 幽香にとっては古い友人という以上に敬意の念を持っているように妹紅は感じたが、その最強の一角を霊夢が倒していたというのは初耳だった。
 幽香と霊夢の関係が微妙なのはそういった背景があったからだろうか。
「魔理沙をそそのかして、神社を乗っ取り異変を起こしたの・・・。」
「それで?」
「私は巫女としてその異変を治めなければならない立場だったの。だから・・・。」
 霊夢の様子からして、殺した事をリアルに感じているようだ。しかし、幽霊を殺すと言うのは、所謂成仏させたということだろうか・・・。妹紅も魑魅魍魎を退治してきた経験があるが、高位霊はそう簡単に退治することは出来ない。最終段階ではかなり大掛かりな儀式を行うなど手間がかかる。復活まで時間がかかるだけで恐らく魅魔は死んではいないのではないかと妹紅は思う。
 それに、賢者と呼ばれる最強の一角が魔理沙をそそのかして神社を乗っ取る理由がわからない。なんらかの事情があったのだろうか?
 ただ、魅魔が生きていようが死んでいようが、今の霊夢がこうなってしまっている事実は変わらない。
 妹紅は心の傷の原因を突き止める事が出来るある術を知っている。しかし、その為には岩老刀を使わなければならない。そして、その岩老刀には今現在藍の魂がいる。そのまま岩老刀を使えば藍は完全に消える。いっそ消してしまって霊夢の問題を解決し楽にさせたほうがいいのかもしれない。
 妹紅は霊夢の言葉の後数秒思考を巡らせていた。ここでその思考を披露してみせても霊夢を心を変える事は出来ないだろう。
 魅魔は生きているなどともっともらしい理由をつけてここで語ったところで霊夢の気持ちが一瞬で変わるわけがない。むしろ逆効果だ。
 今の霊夢の心はある程度時間をかけて調べてからでなければ分からないだろう。
 妹紅はその件に関してはひとまず置き、霊夢が変な方向に行かないように、話を変えようと試みる。
「スペルカードの成立前の事ね?」
 妹紅は、霊夢があまり魅魔について思いつめないように話を巧みに受け流す。
「・・・ええ。」
 スペルカード戦による勝負が行われる前は普通の殺し合いである。殺し合いと言っても実際に死ぬケースは少なく、ひどくても大怪我で終わる程度である。それに妖怪なら人間より丈夫なので本気で殺そうとしてもそう簡単に死ぬものでもない。
 ただ、ここで問題なのが、魅魔が悪霊という肩書きを持ち、実際怨念を持っていたかはともかくその存在が霊体であるため、霊夢の攻撃の基礎となる霊力・神力が良く効いてしまうということである。
 幻想郷で魅魔を倒せる者などいない。しかしいるとすれば博麗の神主か巫女だけなのである。当時幼かったであろう霊夢といえども、魅魔にとっては天敵ともいえる相手になるのだ。
 博麗霊夢が幻想郷の妖怪に恐れられ一目置かれている理由は、魅魔を殺したという事に尽きるといってもいいだろう。
「紫と藍が一緒になったら、今の紫はどうなるの?私は今の紫が好き。もしそれが変わってしまうというなら・・・。」
 霊夢は声を振り絞るというより、引き絞る用に小さく妹紅にだけ聞こえる様に語っていた。遮音の呪符は、妹紅に気を遣ったのではなく、自分自身の事を妖怪達に聞かれたくないからかもしれない。
 紫1人を生かせば藍は死ぬ。今殺さなくても、今後このようなことを起こさないために藍の魂を封じている剣を何らかの方法で封印しなければならないだろう。そうなれば例え紫が元通りになったとしても紫の元に戻ろうとする藍の意を殺してしまうことになる。
 では、2人を生かせばいいのだろうか?紫の肉体に2つの魂を置くことになるが、そうなった場合、果たして紫は元の紫のままだろうか。それは妹紅にも分からなかった。
 霊夢の事を考えると、藍の事は残念だが、紫一人を生かした方がいいのかもしれない。
「私は、もう誰も殺したくはない・・・。」
 霊夢の一見呑気で奔放な性格は本来の性格ではないのだろう。博麗の巫女として生まれたのだからその血を受け継いでいておかしくはない。実際に異変とあればその血が前面に出る。
 霊夢を無気力にさせている要因の一つは、魅魔を殺したという罪の意識を正当化するために生まれた無常観に似た世界観によるものだろうと妹紅は推測する。
 命の儚さ、魅魔といえども死ぬ。自分がやらなくてもいずれそうなる。だから自分は悪くない。
 ある程度大人であれば、この様な考え方は無責任とも捉えられるが、当時霊夢の年齢が10歳前後であると想定すると、その精神的な負担は大きいはずだ。しかも幼馴染みの魔理沙とも戦っているのだ。当時はスペルカードという遊びではなく、当たれば大怪我をする真剣勝負だ。
 今現在の感覚で物を考える事は出来ない。妹紅もスペルカード制前は、永遠亭の連中とは普通に血を流し合うような戦闘を行っていた。
 そうした事を考えると、霊夢に対して現実から逃げるなとか過去を忘れろとか頭を切り替えろと言うのは酷だ。


 霊夢には巫女になる前までの記憶と巫女になってからの記憶に地続き感がない。無常を知り、幼い身でありながら悪い方向に達観してしまったことで世界観を自ら変えてしまった。そして本来の博麗の血と鬩ぎ合いを起こし、それが一種の記憶障害を生んでいるのだ。
 更に言えば、魅魔の仲間である紫や幽香が霊夢自身を全く責めていないという事もかえって霊夢を傷つけ、混乱させているのかもしれない。記憶が混濁しているため、紫達の様子から自分はもしかして魅魔を殺していないのでは?殺していれば紫たちは自分を責めるはず。責めてこないのだから自分は無実なのだ。と・・・。
 博麗の血としての公明正大な性質と罪を逃れようとする狡猾な性質が同居する精神状態。
 心も体も成長した霊夢は当時より深く過去を見つめる事が出来る。そして、誰かの生死、事の成就の重大な選択を課せられた時、忘れていた罪の記憶が呼び覚まされる。だから、そこから逃れる為に無関心を装い、他の誰にも心を開かず、係わりを持たず、他人に責任を持ちたくないから人間に対しても巫女の仕事を放棄する。


 妹紅は項垂れる霊夢の背中にそっと手を置き軽くさする。
 妹紅にとって藍の事は重要な案件であるが、今ここで小さくなっている霊夢ほど深刻に感じてはいない。確かに会えるものならもう一度会ってみたいが、今ここで起こっている事はあくまで紫と藍の姉妹に関する事で自分とは直接関係ないものと思っている。
 霊夢の様子が余りにも変わってしまったので、今はそっちの方が気になって藍の事をどうこう考える余裕が無いというのもあるが・・・。
「紫は霊夢にとって身内みたいなもんなんだな・・・。」
 妹紅は霊夢の背中をさすりながら声をかける。家族と言えば否定したかもしれないが、身内というなら問題ないだろうと思い妹紅はその言葉を選んだ。
 霊夢はうなずくことはなかったが否定する様子もなかった。
 妹紅は後ろの3人に振り向き不機嫌そうな視線を送る。そんな視線を向けられれば向けられた側も不機嫌になるだろうが、妹紅の性質を分かっている3人にとっては、その顔つきが悪意ではなくむしろ好意に見えてくる。幽香は妹紅に微笑みを送り何か言いたそうにしている。そう、霊夢に限らず、連中も紫の身内だ。
「霊夢、紫の未来については紫の身内と相談すべきだろう。これは霊夢一人の問題じゃないよ。」
 その優しい言葉に霊夢はハッとなって顔を上げ、後ろの3人に顔を向ける。
 幽香と藍は霊夢の視線に頷き、萃香は両手を上げて元気に自分をアピールしている。
 霊夢が何かに気づいた様子を見て自分の役目はひとまず終わったと思い、妹紅は立ち上がりそのまま縁側まで移動すると庭に降りてそのまま立ち去ろうとした。
「何処にいくの?」
 すかさず幽香が呼び止める。
「紫の事は身内で決めてくれ。剣の抜き方はわかってるだろ?」
 妹紅の言葉を受けて2秒程妹紅を見つめた幽香は顔を正面に向けて縁側に移動する。
「帰っちゃだめよ。」
 そして幽香はそう言って縁側に上がる。
「帰るなよ。」
 藍も一言そう言い、妹紅に何かを投げつけ、幽香の後に続く。萃香はすでに霊夢の隣に座っていた。
 母屋へ入る幽香らを見送る様に首を巡らせていた妹紅は、連中が霊夢の回りに着席したのを見てから本殿の方へ移動した。
 藍が投げつけたのは何かの種だったが、これが盗聴の受信機になるものだとすぐにわかった。
 本殿前に移動した妹紅は、賽銭箱に種を投げ入れてパンパンと手を叩き何かを祈願する。妹紅としては結果がどうなるかは分かっていたのでそれにいたる会話を聞く必要はなかった。


 妹紅は賽銭箱を背もたれにしながらとっぷりと陽が沈みすっかり夜となった東の空を眺めていた。
 小一時間経っただろうか。隣に誰かが座る。
「盗聴してたの分かっていたなら言ってくれればいいのに。」
 隣に座ってそうぼやく霊夢の横顔を見て少し安心する妹紅。そう繕っているのかどうか判断できなかったが、先程より元気そうに見えた。 
「終わった?」
「どうするかは決まったけど、剣を抜くのは妹紅に頼みたいの。」
「何で?難しくはないでしょ?」
「みんな嫌がるのよ。あの剣触りたくないって。」
「じゃー霊夢がすればいいじゃん。」
「私だっていやよ・・・失敗したらどうするの?」
「私だって失敗するかもよ?」
「大丈夫よ妹紅なら。」
「あ、そうだ。もう一つの選択肢があったな・・・剣を抜かないで放置する・・・。」
「ちょっと、やめてよ!お願い、妹紅。この通りだから!」
 妹紅の方に両手を合わせて懇願する霊夢。
 どうやら、連中と話し合ってしっかり納得出来たらしい。表情や態度から迷いらしきものは感じられない。
 妹紅は立ち上がって母屋に行く準備をする。
「で、結局どっちにするんだ?」
「家族水入らずということで。」
「いいの?」
「私の知ってる紫は、実は本当の紫じゃなかったの。」
「覚醒前も後も本当の紫さ。」
「ええ、だから、妹が入っても紫よね。」
「クス、そうね・・・。」
 妹紅は思わず苦笑する。
「紫はこれからも変化し続けるんでしょうね・・・。」
 この言葉は妹紅にではなく、独り言の様に聞こえた。
「・・・そうね。」
 妹紅は相槌をして、心の中では「霊夢も変われるのよ」と励ましていた。

東方不死死 第12章 「鬼の力」


 今すべき事はすべてやったと藤原妹紅は考えていた。
 不死鳥の件は伝えたというより言わされたわけではあるが、こちらからどうやって説明するかを具体的に考えていなかった妹紅としては、結果として向こうの知りたい所だけを引き出して貰えたので、余計な事までしゃべらずに済み都合が良かったといえる。
 紫達の思惑としては、妹紅の不死鳥の力を使いたいという大前提があったものの、自分達からそれを頼むために頭を下げたくはないので、交渉の席を設け談判の中で自分達の有利な方向へ導こうとしていたと思われる。
 妖怪というのはプライドの塊のようなものなので、認めた相手以外に頭を下げることはしない。交渉の中でこちらの器量を計り、その上で妹紅を認めるに値する人材と見るなら紫達も頭を下げる事に吝かではなかっただろうが、そうしたやりとりを完全に飛び越して妹紅の方から下手に入ってきたので、紫は面喰らったわけである。
 天才である紫の思考の斜め上を行った妹紅の行動は、考えた末に考える事を放棄した妹紅なりの答えである。


 紫が企むある事について博麗霊夢との議論の末、とても危険な状態になると言うことが導き出された。
 妹紅はそれも紫の計算の内だと思うのだが不安もある。
 しかし、霊夢の立場としては、危険な状態を作る妹紅と違い、その危険な状態を防ぐ側に恐らくなる。自爆してお終いな妹紅とは対照的にその後始末をしなければならないのが霊夢の役割と考えられた。
 妹紅としては、たとえ世界が滅んでもそれで自分が死ねるというのなら、それはそれで良いとすら思っている。その為、妹紅は気楽であるが、霊夢としてはそうもいかない。特に将来何になるという目標があるわけでもなく日々のんびり過ごす霊夢であっても、目の前の異変、危機には本能的にそれを解決しようとする博麗一族の性質がある。
 そして、その性質が今正に表面化して、霊夢を苛立たせている。


 妹紅はそんな霊夢の様子を面白そうに見ながら、そろそろ帰ろうかと動き始めた時、何か重要な事を忘れているような気がして、ふと立ち止まった。
 その重要な何かについては、すぐに思い出せた。
「(藍の御霊・・・やっぱり返したほうがいいかな・・・。)」
 慧音からは交渉の材料にすべしと助言をもらったが、どうも連中は藍を忘れたいらしい。狐に八雲藍という名を付けている時点で、少なくとも紫としては過去は不要という意志表示であるといえる。
 妹紅は一人腹を立てている霊夢を見ながら少し考えたが、そうこうしているうちに霊夢が紫に直接問いつめようといきり立って母屋の方へ歩き出した。
 そこで名案が浮かんだ。自分で返すのが嫌なら誰かに頼めばいい。そして適任者が丁度目の前にいた。


「なによ!」
 妹紅の呼び止めの声に、人格が変わったようにガラが悪くなって鼻息を荒くして振り向く霊夢。
「紫のとこ行くなら、これ返して・・・というか渡しておいて・・・。」
 紫のところへ向かう事を阻止するための引き留めなら断固拒否しようと思っていた霊夢だが、そうではないと知って立ち止まり力を抜く霊夢。
「何それ・・・。」
 霊夢が振り向くと、妹紅は5寸ほどの呪符を握りしめこちらに差し出していた。
 普通呪符などを渡す時は、端を持って相手に空いている方の端を掴ませる渡し方をすべきだと霊夢は思うのだが、まるで小銭でも手渡すような感じで呪符の真ん中を手の甲を上にして鷲掴みするように握っていた。
 渡し方や受け取り方に独自のルールを設けているのかと思った霊夢は、受け取るために妹紅に近付き差し出した呪符を受け取るため掌を上に向けて差し出す。
 妹紅の手が開き、握っていた呪符が自由落下して霊夢の手の平にぽとりと落ちる。
「おわっ!」
 落ちた呪符を掴んだ霊夢は思わず声を上げた。呪符にしては恐ろしく重かったからである。
 予想外の重さを持つ呪符を落とさないよう慌てて力を入れ、その呪符を強く握ってしまう。そして、また霊夢は驚いた。
 強く握って形の崩れた呪符が一瞬パッと光ると先ほどまで紙だった呪符が一本の剣に変わって、霊夢はその剣の柄を握っていたのである。
「ちょっと、何よこれ・・・。」
 包丁はいつも握っている霊夢だが、武器としての刃物を握ったのは初めてでオロオロする。その姿は巫女の衣装と剣という不釣り合いもあって滑稽に見えた。
「見てわからないの?」
「いや剣なのはわかるけど・・・これを紫に渡せばいいの?」
「渡せばわかると思う・・・たぶん。」
「たぶんって・・・自分で渡しなさいよ。」
 妹紅の無責任な言いように腹を立てる霊夢。
「私はお腹が空いたからもう帰るわ。」
 そう言うと妹紅はじゃぁと言って霊夢に背を向けた。
「お腹って・・・ちょ・・・もぅ!」
 呼び止めようとした時はすでに妹紅の姿は上空だった。
「直接渡すのが嫌ならそう言えばいいのに・・・ウソつくにしてももっと・・・ねぇ。」
 飛び去る妹紅を遠くに見ながら腰に手を当ててやれやれと首を振る霊夢。そして半ば無理矢理掴まされた剣を色々な角度から眺めて見る。
 その剣は鍛冶屋が打つような加工品と違って、鉱物の塊から直接削りだしたような荒々しい形をしており、刀身の幅の一番広い所は鉈の様だが、先端に近づくにつれて細く鋭利になる。長さはそれほどでもないが反りがあって振り回しやすそうである。そしてこの剣の最も特徴的な部分が刀身の紋様である。文字のようにも見える複雑な紋様が蒼白く浮き出ており、しっとりと濡れているように見え、まるでこの剣に命が宿っている様に思える。
 実用というより調度品としての価値がありそうだと霊夢は値踏みし、紫がいらないというなら譲ってもらい、香霖堂に高く売りつけようなどと良からぬ事を企み出しニヒヒと邪悪な笑みを浮かべる。
 先程まで怒っていた霊夢だったが、何故怒っていたかも忘れ今は上機嫌である。


 霊夢は上機嫌のまま、母屋へ歩き出す。
 階段から本殿までは石畳の通路が東西に一直線に伸びているが、途中南に直角に細く石畳の道が伸びている。この先に水飲み場のような何らかの施設があったのだろうが今はそこに何もなく、その代わりその伸びた石畳の先端が、踏み固められて出来た自然道に続きそのまま母屋まで伸びている。
 階段から神社へ来る場合、母屋まではその道を通れば良いが、母屋から本殿に行くには遠回りになる。そのため母屋から本殿までは最短で行ける住人用の別の道がある。妹紅と霊夢が母屋へ行くために通ったのもこの道で、本殿側から母屋側へこの道を通ると素晴らしい景色が見える。
 ちなみに本殿の後ろに宝物殿があり、そこまでは渡り廊下で繋がっており、その渡り廊下の中央から母屋側に繋がる別の渡り廊下と交わっている。
 本殿と宝物殿は高床式になっているので渡り廊下といっても地面から2メートルくらいの高さの橋のようなものである。
 本殿と宝物殿、母屋が交わるところは狭い中庭になっている。そこには大きな池があり、千年以上生きているとわれる大きな亀が住んでいる。


 霊夢は妹紅から渡された剣を軽く振り回しながら母屋へ向かう。
 幻想郷を一望出来る場所に差しかかり、恐らく妹紅と思われる里の方へ飛ぶ赤い光体を横目に、母屋の縁側の見える位置に着く。
 そこで異様な気を感じ霊夢は立ち止まった。いや、動きを抑制されたと言った方が適切だろう。
 先ほど妹紅と藍が向かい合って立っていた場所があるが、その時と全く同じ場所に藍が立ってこちらを睨んでいた。妹紅の立ち位置よりだいぶ後ろにいた霊夢の位置からは、辛うじて縁側に萃香と紫の姿を確認できた。
「どうしたの?」
 一瞬、妹紅と間違われたと思っていた霊夢であったが、藍も紫も萃香も同じ目つきでこちらを睨んでいる状態を変えようとしないことに、霊夢はそれが自分に向けられた警戒心だと認識した。
 霊夢は妖怪達の態度を敵対心と受け止め身構えようとした時、偶然が意図的かはわからないが、絶妙のタイミングで藍が声を掛けた。
「霊夢、その手に持っているものは何だ?」
 何だ?と言われても見ての通りとしか返せないが、その時、彼女達の警戒心が自分ではなく持っているこの剣に向けられてのものだと理解し戦おうとしていた態度を改めた。
「さっき、妹紅から渡されたの・・・紫に渡してくれって・・・。」
 霊夢が紫の方を向くと、同時に藍と萃香も紫を見る。
 紫は3人から注目された後、しばらく何かを考えるように目を閉じ、口元を扇子で隠す仕草をする。
 その様子を見た霊夢は縁側に近付こうとして足を上げたが、藍がすかさずそれを制す。
「霊夢、それ以上は近付くな。近付くなら剣をそこに置け。」
 霊夢はすぐに立ち止まった。紫にしろ藍にしろ、霊夢に何かをさせようとする時に決して命令口調にはならない。遠回しにお願いの形でものを頼むのだが、今の藍はせっぱ詰まったように余裕無く霊夢に命令していた。それは、普通ではない状況だということの現れであることは霊夢も理解できたから、普通ならカチンとくるような藍の命令口調にもおとなしく従った。
 霊夢は出した足を引っ込めたが、剣は置かずにそのまま様子を窺った。
 藍の命令口調に驚いて目を開いて見やる紫は、次に霊夢に向き直り藍の代わりに口を開いた。
「霊夢、それが何だかわかる?」
 剣という当たり前の答えを要求している質問ではないことは霊夢にも分かるが、では剣以外の何かという事については全く思いつくものが見当たらない。
 紫の質問に対するベストな答えは「分からない」しかないだろう。
 霊夢はしばらく剣を回し色々な角度から眺めた後、全然分からないときっぱり答えた。
「分からなくて当然ね。でも、その剣自体は知らなくても、その剣から発せられる気配を私たちは知っている・・・。」
 その紫の言葉を聞いた勘の良い霊夢はすぐに気づいた。
「もしかして・・・紫の妹の・・・。」
 先ほどの話から霊夢の知らない紫達の過去が明るみになったが、今の紫達の態度や先ほどの妹紅の態度からそれ以外考えられなかった。
「その剣でトドメを刺したのね・・・そして、魂を奪った・・・。」
 先ほど聞いた八雲紫の妹藍の最後。それと合わせて当時の状況が朧気ながら見えてくる。
 今まで訝しげにその剣に顔を近づけていた霊夢だったが、紫の言葉を聞いて重要な剣であることを認識して顔から遠ざける。
「恐らく奪った後になんらかの方法で消すのでしょう。」
 紫の言葉の後を藍が続けた。
 多くの妖怪の魂が消えたのは、全てこの剣の力によるものだろうと3人の妖怪達は理解できた。
「藍と交わってしまった妹紅には消すことが出来なかったのね・・・。」
「何とも哀れな・・・藤原妹紅・・・。」
 500年の間、ずっと忘れず後悔し続けていたのかと思うとかつての仇にも哀れみをおぼえる萃香である。
 霊夢は紫の妹の魂が取り込まれた剣を見つめる。
「もしかしたら復活できるんじゃないの?」
 ここに魂があるのなら開放して復活させることは出来ないだろうかと霊夢は提案してみた。しかし、紫はすぐに首を振り、それに同意するように萃香が口を開いた。
「それが出来るならとっくやってるだろう・・・出来ないからずっとそのままにしているんだ。」
 妹紅は藍を殺したことを後悔していたのだから、復活が可能なら当然そうするだろう。
「・・・確かに・・・そうね。」
「恐らくそれは奪い消すためだけの道具なのだろう。だから、消すか、でなければそのままにしておくしかないのだろう。」
 藍はそう言ってうつむいた。
「まさか、こんな事になるなんてね・・・。」
 紫のやろうとしている異変に不死鳥という存在が使えると判断し、それを内包している存在がちょうど幻想郷に居てた。それが藤原妹紅であり、その為に彼女に接触した。ただ、それだけの事だったのだ。
 紫がぽつりと呟いた後、場が静まった。
 紫の来訪で妹紅の日常は極端に乱されたが、その一方で、八雲紫達も少なからず動揺している。
 藍が死んだ事は確認は出来なかったが、戻らなかったことでその死は間違いないと理解できた。しかし、他の妖怪がことごとく魂を消されていたのに対し藍の魂は消えていなかった。博麗の神主が何度も何度も神託や占術を試みても同じ結果だった。
 八雲藍の消息が途絶えたと同時に妖の狩人の消息も途絶えた。これらの事実から導き出される答えは、八雲藍は妖の狩人と相討ちとなったか、若しくは何らかの手段で妖の狩人を拘束・封印し、その守護で身動きが取れない状態になっているかである。
 当時はそう考えられていたが、紫の妹八雲藍は妖の狩人である藤原妹紅に殺害され、しかし、魂までは消されていなかった。これが真実である。
 なぜ魂を消さなかったかは既に知っている。そしてその物的証拠ともいえる物が目の前にある。
 八雲紫の妹の名前は、九尾が引き継いだ。紫、藍、萃香、ここにいないが幽香を合わせた4人にとっては、八雲紫の妹の存在は過去のものといえた。
 その剣に封じ込められた魂はもう藤原妹紅の物であると紫は思う。しかし、剣から感じる懐かしい気が紫の心を揺さぶる。
 九尾御乱に八雲藍の名前を与え式とした手前もある。その剣を受け入れる事は、藍に対する裏切りにならないだろうか・・・。
 それを藍に問えば無用の心配と笑われるだろうが、それはあくまで藍の問題であり紫にとっては簡単ではない。
 紫は数百年振りに真剣に悩んでいた。


 3人の妖怪がそれぞれの思考に埋没して沈黙してしまい、霊夢としてはこのまま突っ立っているの事に絶えられなくなっていた。
 名残惜しいが、藍の警告に従い高く売れそうだった剣を足元に置くと縁側に向かって歩き出し紫の隣に座る。
 霊夢が隣に座ると紫は少し微笑む。穏やかなその笑顔は一見すると寂しそうにも見えたが、楽しそうに何かの余韻に浸っている様にも見えた。
 一つ言えるのは、今はただ静かに見守るしかないということである。


 異変に気づいたのは萃香だった。


 萃香もまた、紫と同じように藤原妹紅について考えていた。
 藍を失ったショックから癒え、幻想郷という新しい世界へ希望を見い出した八雲紫達。萃香自身の幻想郷入りはもっと後の事だが、そうやって過去を乗り越えた八雲一家とは裏腹に、あの時あの場所に自らを置き去りにしたまま500年もの間忘れずに藍を想っていた妹紅。藍の最後の会話を記録したあの呪符の、長い年月を掛け小さく削られ原型を留めていないあの姿を見た時、萃香は藍の事よりも妹紅の事が哀れでならなかった。
 萃香は妹紅から渡された藍の記録呪符を畳にそっと置き顔を上げた。そして、妹紅の為にと瓢箪を一度、縁側の外、妹紅がいるであろう里の方に向かって掲げ、そして酒を飲もうと瓢箪に口をつけた。
「!・・・あれれ?」
 先程まで溢れていた瓢箪から一滴の酒も出てこなかった。
 萃香は変だなと思い、瓢箪の口に何か詰まっているのではないかと覗き込む。
 そこでハッとなった。以前にも同じ様な事があった。
 嫌な予感に全身総毛立った萃香は咄嗟に飛び起きて紫と霊夢を見る。その二人は突然の萃香の挙動にキョトンとしている。
 瓢箪から酒が枯れる凶事の前兆現象は主に紫に関する事がほとんどである。その為、萃香はまず紫を確認した。しかし、紫も霊夢も特に変わった様子もない。
 次に藍を捜す。捜すという表現になったのは、先程まで藍が居た場所に姿がなかったからだ。
 藍はすぐに見つけることが出来た。そこは霊夢が妹紅から渡された剣を置いた場所に近く、そして藍はその場所に向かって歩いているように見えた。
 自らが危険と警告したその剣に歩み寄ろうとしている藍を見た萃香は立ち上がって大声で警告する。
「藍、止まれ!それ以上剣に近付くな!」
 その声に、紫と霊夢も反応して萃香の視線に体を向ける。それを見て紫もハッとなった。
 式神である藍の行動を主である紫が気付かないわけがない。藍がそこまで動いている事にまったく気が付かなかったのは異常な事態といえる。
 萃香にはそうした紫たちの主従関係に関する繋がりは分からなかったが、藍の行動に不振さを感じとれた。
 気配を消して剣に忍び寄ろうとする行動を見て警戒しないわけにもいかない。
 萃香が妹紅のために酒を飲もうとしなければ、酒が出なくなる凶事の前兆現象も見ることはなかっただろう。それはつまり、藍の異常行動に最後まで誰も気が付かないということである。そして、その藍の行動は凶事に繋がると予測できた。
「藍!止まりなさい!」
 紫は叫んだ。しかし、藍は止まらなかった。
 藍は紫の命令を無視して霊夢の置いた剣の前に移動すると、ためらいもなく剣を拾い上げる。そして、剣をじっと見つる。
 式が主の命令を無視する事はまずあり得ない。別の何らかの力によって藍が操られている可能性はあるが、九尾を操れる者が幻想郷にどれだけいるだろうか?
 藍が一声かけた上でその剣を手にとって調べるというのなら誰も警戒はしない。だが、そうではない。明らかに藍はおかしい。
 萃香は縁側に飛び出し、紫と藍の対角線上に立ち塞がる様に立つ。
「藍!言うことを聞きなさい!」
 飛び出した萃香と藍が争いになる気配が見えた紫は、声に力を込めて藍を制そうとする。
 剣を見つめていた藍が紫の方へ顔と体を向け正対した。その行動は紫の言葉に反応したというより、藍、もしくは藍を操る何者かの意志によって動いているようだった。
 振り向いた藍の顔に感情を示すような表情はなく瞳孔も完全に開いていた。明らかに何者かに操られている様子である。
 一体誰が・・・その答えは明白といえる。
「藍?藍なのか?」
 萃香は九尾の藍に問いかける。藍は何も答えずゆっくりと歩き出した。
 右手に剣を持ち無表情のままゆっくり歩み寄る藍に流石の萃香もたじろいだ。
 九尾の藍を操っているいるのが、かつて紫の妹であった藍であることは明白であるが、なぜこの様な行動に出るのか?藍からは殺気は感じ取れないが、それは藍が操られているだけで、彼女自身には殺すつもりなどないからだろう。しかし、操っている存在には明確な目的があるに違いない。話をしたいだけならその剣は不要の筈である。いや、その剣に藍の魂があるなら剣は必要だろう。しかし、それならそれで、対話はそこでできるだろうし、わざわざ紫に近付く必要はない。
 その剣をわざわざ拾い上げて来るという意味は、その剣を何らかの目的で使うからであり、剣の使い道など考えなくてもすぐにわかる。


 無表情で瞳孔が完全に開いている藍だったが、誰を見て誰を目指して歩いているかは明白だった。
「とりあえず、この場は逃げろ!」
 藍とそれを操る者の心意が読めない萃香は、一度振り向いてひとまず紫に逃げるように助言をし、萃香自身はそのまま近付いてくる藍を押さえ込もうと向き直って両手を広げた。
 藍の視界には萃香を捉えている様子はまったくなかった。それは真正面にいる萃香がよく分かっていた。
「ん?」
 萃香は近付いてくる藍の周囲にとてつもなく高密度な結界が張られている事に気づく。空間を断層化したりねじ曲げるなど歪曲結界を用いる紫に対し、空間を高密度に圧縮して作る反射結界を用いる独特な結界を見た萃香は、九尾を操っているのが紫の妹であることと確信する。
 衝撃を受け流したり別空間に逃がす歪曲結界と違い、反射結界は触れただけで強烈に反発するので、抑え込むには相当のパワーを必要とする。
 萃香は両手で頬をパンパンと2回叩いて気合いを込めると近付いてくる藍が纏う結界に触れる。バシィっという衝撃音が鳴り、その後断続的に同じ音が連続する。
 霊夢は思わず耳を塞ぐ。一見すると何もなかった空間だが、萃香が腕を伸ばしたその先に凄まじい力のぶつかり合いが生じるのが見えた。
 藍は萃香の力で一度立ち止まったが、すぐにまた足を進める。
 停止した藍と力の均衡が保たれていた萃香だが、再び藍が動いた事で萃香は弾けるように藍の進む方向に真っ直ぐ跳ね飛ばされた。
 その飛ばされた先には霊夢がいた。
「しまった!」
 そのまま直撃すればケガだけではすまない勢いではじき飛ばされた萃香だが、体を小さくする事で霊夢との直撃を避けた。
 風圧に髪が巻き上げられ衝撃波が耳を突く。霊夢は一瞬何が起こったのか分からなかった。目の前の萃香が突然消えた様に見え、その後右の頬付近を何かがものすごい勢いで通過したのが分かっただけだった。
 後ろでバシっと何かがぶつかる音がして咄嗟に振り向く霊夢が見たものは掌サイズに小さくなった萃香を掴んでいる紫の姿だった。
「すまん、紫。」
 紫はすぐに萃香を畳に放り投げる。放物線を描いて飛ぶ萃香の体はどんどん元の大きさに戻っていき、着地すると同時に完全に元通りになった。
「紫、霊夢!はやく逃げろ!」
 霊夢はどうしていいかわからず紫を見る。萃香のせっぱ詰まった様子とは裏腹に紫は冷静だった。
 藍の結界は紫の結界で無効化出来る。自分の様にはじき飛ばされる事はないだろう。しかし問題は霊夢だ。この状況で下手に攻撃も防御も出来ないし、巻き添えを喰らうかもしれない。
 紫は鋭く萃香に視線を送る。
 それに呼応し、萃香は頷くと、霊夢の手をとって引き寄せた。
「ちょっと、萃香!何するの!」
 思わず怒り出す霊夢。この状況で自分も何か出来ないだろうかと模索し、紫を守ろうとしていた霊夢は、萃香に邪魔をされて憤る。
「霊夢!頼みがある。藤原妹紅をすぐに呼んできてくれ。あの剣が藍をおかしくしているのは明白だ。」
 萃香を睨み付けていた霊夢だが、萃香の提案に興味を示す。
 確かにあの剣によって何かが引き起こされている。萃香は危険と警戒しているが、紫はそうでもなさそうな顔をしている。霊夢自身も不思議と危機感を感じなかったが、結末がどうなるのかまったく見えない。そうなるとこの手の専門家、つまり剣の持ち主である妹紅の助言は必要になるだろう。
 霊夢はすぐに決断した。
「わかった。呼んでくる。」
「霊夢、妹紅はおばけ屋敷にいるわ。」
 霊夢が飛び出そうとすると、紫は呼び止め妹紅の居場所を教える。藤原邸は里ではおばけ屋敷と呼ばれており、霊夢と魔理沙は小さい時にそこで肝試しをしたことがあり、霊夢はそれ以来おばけ嫌いになった。今はその限りではないが・・・。
 藍は縁側から母屋へと足を踏み入れていた。結界は張られたままだが、その結界によって家が損傷する様子はない。立ちはだかろうとしなければ無害な結界なのだろう。
 縁側に飛び出しそのまま飛び去った霊夢の決断の早さに感心した萃香は、もう一度、紫の前に立って紫を守ろうとする。
 紫はそんな萃香に感謝の気持ちを抱きつつ、肩に手を載せ振り向く萃香に首を振る。
「紫・・・お前・・・。」
「萃香、霊夢を逃がしてくれてありがとう・・・。」
「霊夢はがんばりすぎてしまうからな・・・で、どうするつもりだ?」
 藍から目を離す事無く紫に背を向けながら会話する萃香。
「なるようにしかならないわ。」
 紫は冷静というより、完全に諦めているという状態だった。ただ、その諦めは絶望を意味するのではなく、単に自分のペースで物事を進める事を諦めただけで、その先に死を予感している様子ではなかった。
 確かに邪悪な何かは感じない。しかし、酒が切れる時に良い事が起こった試しがない萃香としては不安でならない。思い過ごしならそれはそれで良い。ただ最悪の事態も考えなければならない。
 萃香は道を譲るように紫の横に移動し結界に触れないよう距離を置いた。
 ゆっくりと歩み寄る藍とその場で待つ紫の双方の結界が触れ合った。紫と藍の結界は混ざり合わない水と油というより、お互いに打ち消し合う陰と陽である。先程強くはじき飛ばされた萃香の時とは違い、ぶつかり合った球形の結界はまるで泡同士がくっついて1つの大きな泡に膨らむ様に、同化してその性質を変化させていた。
 気付くと紫も瞳孔が開いた無表情な藍と同じ顔をしていた。結界が同化したことで、藍の支配が紫に及んだのだろう。
 それにしても紫や九尾を支配する藍の力は恐るべきものだ。恐らく妹紅との最後の戦闘で藍は何かを掴んだのだろう。結果は死というものであったが、その時藍は紫同様に覚醒していたのかもしれない。
 紫と藍の距離が手を伸ばせばお互いに触れられる位置に来た時、藍はそこで足を止めた。そして、そのまま数分間、何もせずただ見つめ合う。
 この行動の裏で、500年の時を超えた姉妹同士の対話が行われているのだろうと、萃香は想像していた。


 霊夢は紫に教えられたおばけ屋敷へ真っ直ぐに飛んでいた。
 今は藤原邸となっているが、元々あの家は妖の類を封印しておく場所で、その為様々な怪奇現象が起こるお化け屋敷として里からは避けられていた。
 幼少の頃にここに魔理沙と2人で肝試しをして、それ以後おばけ嫌いになった霊夢。いつ頃からかわからないが、今はお化けなどちっとも怖くなくなっていた。妖怪や神様と渡り合う巫女がお化けなどを怖がる理由がない。
 記憶を辿ろうとするといつもイライラしてくる。自分が赤ん坊から幼児になり子供となっていく成長の記憶が曖昧で、魔理沙とはかなり小さい時から一緒だった所謂幼馴染みにもかかわらず、何故か数年前に初めて友達になったようなそんな感じがするのである。
 魔理沙の方は幼馴染みとして霊夢を見ているようで「友達だろ?」とよく言うのだが、そう言われる度に霊夢は違和感を感じていた。
「何故だろう・・・。」
 魔理沙も紫もその他の妖怪も仲は悪くないのだが、ある一線を越えてそれ以上に親しくなることを避けている自分がいることに気付く。
 空は飛べるものの、魔理沙や他の妖怪ほど速くとべるわけでもない霊夢。不意に妖精やら妖怪にスペルカード戦を挑まれる事が多々あり非常に面倒くさいが、どうやら今日はそれはなさそうである。
「そういえば・・・。」
 そこで気付いたのが何か今日は何時もと違う気がした。遠くに何かが飛んでいるのが見えたり、スペルカード戦が行われているなど、どこかで必ず何かあるのだが今日はやけに静かだ。
 人間とは違い、妖怪や妖精達は何か今日は日が良くないと本能的に察知して隠れているのかもしれない。
 神社からまず里を目指して飛んだ霊夢は、しばらくはそのまま里を目指して飛び、里の位置とお化け屋敷と呼んでいる藤原邸の位置関係を計算して途中から方向を少し南に進路を変える。
「なっ!?」
 右下に里を見下ろした時である。突然、後方つまり神社の方角から異様な妖気を感じ、思わずその場で停止し振り向いた。
「何よこれ・・・。」
 今まで感じた事もないとてつもなく邪悪で凶暴な妖気だった。
 霊夢は目をつむりその妖気を感じとりながら頭の中でそれをイメージとして形づくる。
 魔獣と鬼・・・。
「藍?萃香?紫は・・・。」
 霊夢は紫が心配で当初の目的を忘れ神社に引き替えそうとして、慌てて首を振る。
 すぐそこに藤原邸があるのに、ここで神社に戻ったら飛んで来た意味がない。それに、紫の気は消えていない。恐らく藍を必死に萃香が止めているのだろう。
 霊夢は後ろ髪引かれる思いで振り向き藤原邸を目指したが、そこでこちらに向かってくる2つの影を確認する。
 陽が傾き、見事な夕焼けになって幻想郷をオレンジ色に染めていたが、そのせいもあって接近する2つの影も同色に照らされ、髪の毛の色や服の色の特徴で誰かを判断するのは困難だった。
 霊夢はその場で動かず近付いてくる存在を待った。
「おーい、霊夢!」
 近付いてきたのは藤原妹紅と風見幽香だった。恐らく先程の妖気に反応して神社に向かおうとしていたのだろう。
「ちょうどよかったわ、今、妹紅を迎えに来たところだったの。」
「え、私を?」
「それより、今の妖気は何?」
「ここにいる私にわかるわけないでしょ!すぐに神社にいくわよ!妹紅。」
 幽香の問いに怒鳴り返す霊夢。霊夢は幽香が嫌いである。しかもかなり。
「あ?ああ。」
「私も行くわ。」
「勝手にすれば?」
 霊夢は速く戻りたくて幽香に素っ気なく答えるが、その態度に幽香は特に怒った様子もなく後に続く。幽香のほうも霊夢など眼中にないようである。
 紫とは相性がいいのに幽香とは相性最悪の霊夢を興味深く見ていた妹紅。その妹紅としては好きか嫌いかどちらかというなら紫よりも幽香の方が好きである。
 霊夢が幽香を嫌いな理由はわからなくもない。紫が霊夢に付きっきりなのに対して、幽香は常に霊夢の敵として立ちはだかっていたのだから。
 妹紅は先程の大きな妖気の存在が気になったが、自分を迎えに来たという霊夢の言葉も気になった。時間的に考えると、妖気の発生後から霊夢が飛んできたわけではなく、発生より前にすでに霊夢がこちらに向かっていたのだろう。ということは霊夢の用事はこの妖気とは直接関係ないのかもしれない。
「霊夢、迎えに来たって、誰か呼んでるの?」
 自分なりに目一杯のスピードで飛んでいる霊夢であったが、妹紅はすぐに追いついた。
「あの剣でなんかまずい事になりそうなのよ・・・。」
「まずいこと?」
「急に藍がおかしくなったの・・・ん?」
 妹紅の質問に幽香の時とは裏腹に簡潔だが友好的に答えた霊夢だったが、妹紅に向いたその視線の端に変な物を見つけた。
 妹紅の足に何か紐のようなものが後ろに伸びており、その紐のようなものを辿るとその先には幽香がいた。
 妖怪の中ではダントツに飛ぶスピードの遅い幽香が妹紅に牽引されていたのである。
「ぷっ!」
 霊夢は思わず吹き出すが、幽香は完全に無視していた。
 普段の幽香なら牽引されるなど屈辱的と考えるだろうが、今は首に大けがをしており、実は飛ぶことすらまともに行えないのである。先程の妖気に反応した時も妹紅は幽香は家に残るように言ったのだが、連れて行けの一点張りでどうしようもなかったので、仕方なく牽引してきたのである。ちなみに、紐の様な物とは植物の蔓である。
「ああ、あれは気にしないで。それより何が起こっているのかしら・・・。」
 最後の言葉は誰に言うわけでもなく独り言のように呟く妹紅。
 先程の妖気といいあまり良い事は起こってないのは確かである。


 八雲紫と八雲藍はお互いに手の届く位置で向き合っていた。どちらも無表情で瞳孔が完全に開いている。
 表面的には静かだが、互いの融合した結界の中では、精神的なやりとりが激しく行われているのかもしれない。
 藍の目的が何であるのか現時点では分からないが、おのずと見えてくるだろう。
 気掛かりなのは藍の持っている剣である。藍の魂を封じ込めている剣は、あくまで魂の保存装置としての役割だけであってほしい。本来の剣の役割として使われて欲しくない。萃香は祈るような思いで2人を注視していた。
 5分程動きが無かったが、突然藍が動き出す。
 右手に持っている剣の柄の部分を目の高さまで垂直に持ち上げると、次に手首を折り曲げ剣先を紫に水平に向ける。
「!」
 萃香は最悪の事態になると思い、無理を承知で結界の中に飛び込もうとする。
 先程の反射結界と違いはじき飛ばされる事は無かったが、結界が軟らかいゴムの様に弾力があり、突き破る事も切り裂く事も噛み破ることも出来ない。紫の歪曲結界の様に実体がつかめないものとも違い、しっかりとした手応えがあるにも拘わらず、力ではどうすることも出来なかった。
「藍!やめてくれ!」
 萃香の叫び声などまったく耳に届いている様子もない藍は、紫に向けた剣先を正確に心臓の位置に合わせていく。そして驚いた事に紫は両手を広げ受け容れようとしているのだ。
 無表情だった双方の表情は笑みを浮かべていた。
「これは・・・。」
 萃香は結界を破ろうと必死だった力を緩めた。紫が言った様になるようにしかならないと悟ったのだ。
 剣先は紫の左の胸に吸い込まれていく。萃香の心から何故か不安が消えていた。この状況を見て何故不安が消えるのか自分でも理解できなかった。
 吸い込まれる剣の動きは実に自然だった。いや、この場合不自然といったほうがよいのだろうか。
 普通、刃物が何かに刺さる際は抵抗感があり、特に胸板を貫くにはそれなりの力が必要である。しかし、今萃香が見ている状況はまるで何もない空間に剣を動かしている様にしか見えないのだ。
 剣と藍の位置関係は同じで、藍の体ごと紫に接近し、剣が紫に吸い込まれている。やがて剣の柄が紫の体に触れるといつのまにか紫は両腕で藍を優しく抱きしめていた。
 心臓を貫通した刀身が紫の背中から突き抜け、金色の髪をかき分けるように剣先が姿を見せていた。
 その状態から数秒後、突然結界が消え、浮遊するように軽かった2人の体に重力がかかり、がくっと畳に崩れ落ちそうになる。
 萃香は紫の肩を掴んで倒れるのを阻止する。
「紫・・・。」
 紫の表情は穏やかで剣が心臓を貫いている状況には見えなかった。もしかしたら既に事切れてしまったのかと思った萃香だが、生命の息吹が以前に増して強く紫から発せられていることに気付く。
「う、うう・・・」
 紫にばかり注意を向けていた萃香だが、すぐ横で倒れている藍のうめき声を聞いて別の不安を感じ始める。
 この状況を藍が見て、彼女が冷静でいられるだろうか?
「こ、これは!」
 目を覚ました藍は、萃香の腕の中にいる穏やかな表情の紫を見て、一瞬安堵の表情を浮かべるものの、左胸に剣が刺さっている事に気付き愕然とする。
「こ、これは、まさか、私がやったのか・・・。」
 ナワナワと打ち震える藍の表情が凶暴な獣と化していくのを萃香は見て別の不安が的中したと認識する。
「藍、早まるな!」
「萃香、貴様がいながら何故防げなかった!」
 気がふれた様に怒り狂う藍のその姿は、もはや人型にはなっていなかった。
 この状況を引き起こした自分を棚上げし、萃香を罵る藍の言い様は明らかに筋違いの責任転嫁だが、それは藍が錯乱状態で冷静な判断が出来なくなっている事を示していた。
 主人を守れなかった式神の正しい姿といえばそうなのだが紫はまだ死んではいない。それを教えれば冷静さを取り戻すことが出来るだろうが、こうなってしまうともはや手の付けようがない。
 萃香は言葉で説得するのは無理だと判断し、力でねじ伏せる事にした。
「やれやれ・・・」
 藍の暴言にも萃香は冷静だった。紫の状況は予想外だが紫の今の状況を見れば藍がこうなることは予測の範疇だった。
 普段博麗神社の母屋で飲んだくれているか居眠りしているかの萃香を見て、彼女が優れた賢者であることなど誰も考えられないだろう。しかし、強力で個性的でアクの強い妖怪達の集団である八雲一家におけるパワーバランスを常に保っていたのが萃香という存在である。怒りに身を任せれば世界、星そのものを破壊しかねないその圧倒的なパワーの前に、流石の八雲一家の妖怪達も一目を置く。
 かつて八雲紫が引き起こした月面戦争において、その敗戦のショックで正気を失い復讐の鬼となりかけた紫を懲らしめ立ち直らせたのも萃香である。
 萃香は、強い妖怪達の暴走を未然に防ぐ抑止力なのである。つまり、今この藍の暴走を止めるのは萃香にとっては仕事のようなものなのである。
「ふんっ!」
 萃香は気合いの掛け声と共にハエでもはらうような軽い手首の返しで藍の頬に手の甲を当てると、パンっという乾いた音と共に縁側の外へはじき飛ばす。
 飛ばされる藍の体が母屋を傷つけないように手加減してもこの威力である。
「紫、もうすぐ妹紅が来る。少しの辛抱だ。」
 萃香は腕の中にいる紫に優しく声を掛け、胴体を貫通している剣が他に触れないように体を横にして寝かせる。
 立ち上がった萃香は、そのまま縁側に出るとそこで仁王立ちしてうずくまる藍を見下ろす。
 不意打ちを喰らい、更に怒りが高まる藍はその姿が既に半分獣化しており4本の手足を地面に着いて萃香に対しいつでも飛びかかれるように身構えていた。
 見境のない藍の様子からこの場所だと母屋に被害が出ると感じた萃香は、縁側の外に下りて先程藍と妹紅が対峙していた場所に移動し、妹紅の居た場所に藍、藍の居た場所に萃香という位置関係になった。
 隙あらばいつでも飛びかかろうとしていた藍だが、移動しつつも萃香の視線が藍を制していた。
 立ち止まった萃香が腕を組んでニヤリと笑った瞬間、藍は完全に九尾化した。
 藍の体から赤黒い霧状のものが吹き出ると、それは藍を中心に肉付けされるように重なり合い、九本の尻尾を持つ狐の姿をした魔獣を形作る。
 大きく膨れあがったその体は、萃香を簡単に丸飲みできるほどである。しかし、萃香は動じた様子もなく涼しい顔をしていた。
 凶悪な妖気が爆発し雄叫びと共に萃香に飛びかかる藍。真っ直ぐ頭に向かって噛みつきに来たが、萃香は避けようともせずに組んだ腕をほどき首だけ右に傾けた。結果、左の肩口から胴にかけ藍に噛まれる。
 藍の左目が萃香の顔近くにあり、血走った瞳がギロリと萃香を睨む。
 萃香は横を向き、藍の目を見る。そこで、藍が危険を感じたのか噛んだ口を開き、萃香から飛び退こうとした。
「!」
 しかし、藍の口は開かなかった。いつの間にか萃香の体は一回り、二回り大きくなっており、萃香の肉体に食い込んだ藍の鋭い犬歯を高密度の筋肉でがっちりと固定していたのである。
 藍は逃れようと必死に前足で萃香の胸板を突っ張り、後ろ足で見境無く蹴りまくる。さらに九本の尻尾を使って萃香の背中や足も叩きのめす。しかし、鋼と化した萃香の肉体はびくともせず、むしろ力一杯叩いている藍の方に痛みが蓄積する。
 そうしているうちに藍は戦意を喪失。萃香は既に体の大きさが初期の数倍になっており、元の数倍に大きくなっているはずの藍が小さく見えるほどだった。
 萃香は左腕を背中に回して藍の鼻先を含めた上あごを鷲づかみし、右手は左胸にある藍の下あごを掴む。そのまま両顎を掴んだ状態で目の前に藍の顔を持ってくる。
「頭を冷やせ、藍!」
 そう言うと萃香は一気に両腕を左右に開いた。藍の口は上と下の顎の付け根を中心に真っ二つに裂けると、九尾に変身した時のような赤黒い霧状に体が四散する。
 砕け散った霧状の塊ほとんどは空気中に溶けるように消えていったが、それら拡がって消えるものとは逆に一点に集まってくる塊もあった。
 集まった霧状の小さな塊は大きな塊にかわり、それは次第に人型に変わってゆく。
 それが元の藍の姿であることはすぐにわかったが、かなり消耗しているようで膝と手を地面に付け肩で息をしている状態だった。
 妖力のほとんどを出し切ったのだから無理もないが、その全力の九尾ですら子犬のようにあしらう萃香の本当の実力は計り知れない。恐らく本人も自分の限界を知らないのかもしれない。
「落ち着いたか?藍。」
「・・・すまなかった・・・許してくれ。」
「気にするな。これが私の役目みたいなものだ。」
「萃香が居てくれて助かる。」
 差し出された萃香の手を取って立ち上がる藍。姿勢を正しいつもの様に何事も無かったかのようにシレっと振る舞い、二人は揃って母屋に上がり紫のそばに寄る。
「紫は無事だ・・・いや無事ではないが・・・まるで別人の気だな・・・。」
 左胸を剣が貫通しているのに無事というのは適切ではないが、妖力、生命力など紫から溢れる力は以前に増して強くなっている。
「だが、気が一定していない・・・。」
 その理由は八雲姉妹の魂が完全に融合していないためだろうと容易に想像出来き、その胸の剣が問題を完全に解決させていない要因であることも分かる。この剣を何とかしたいが取り扱いに関してはまったくお手上げである。
 魂を奪う剣だけに戻す事は出来ないはず。しかし、紫と藍の断つ力と結ぶ力を持ってすればなんとか出来るかもしれない。とにかく持ち主に尋ねるしかないだろう。
 藍は妹紅の事を考え、そこで霊夢がいないことにも気付き周囲を見渡す。まさか正気を失っている間に何かしてしまったのだろうかと不安になる。
「霊夢に妹紅を呼んできてもらうように頼んだ。もうすぐ戻ってくる。」
 萃香は藍の心内を読んで安心させる。そしてタイミング良く神社に近付く複数の気を感じる事ができた。
 藍は立ち上がり紫に一瞥し縁側に下りた。萃香も後に続いた。
「(藤原妹紅・・・紫様にもしもの事があれば、絶対に許さんぞ・・・。)」
 妹紅らが来るであろう西の空を睨む八雲藍であった。

東方不死死 第11章 「少女のいる神社」


 幻想郷博麗の里。その里から少し南に進むと一軒の家が見える。藤原妹紅が最近住み始めた藤原邸である。
 藤原妹紅がこの家に住み着いた目的は、自分という存在を知らしめる為で、それが誰を対象にしているかといえばスキマ妖怪八雲紫である。
 妹紅は八雲紫と接触を図る為に、隠れ住んでいた迷いの竹林から出て、この家に滞在するようになったのである。
 しかし、普段里で見かけない妹紅が連日姿を見せるという、ある種の異変に敏感に反応した妖怪最強とうたわれる風見幽香との予期せぬ接触が発生した。
 偶然と必然が重なったとも言えるこの戦いに圧勝した妹紅は、傷を癒す間藤原邸に滞在することになった幽香を経由して様々な幻想郷秘話を知ることとなった。
 漠然とただそこに在り続けると思われた幻想郷は、しっかりとした管理の元、絶妙なバランスで成り立っていた事を知ったのである。


「落ちついた?」
 妹紅は昨夜から泣き続けていた幽香に声を掛ける。
 その妹紅は、昨夜の幽香の号泣状態にいたたまれず竹林の隠れ家に避難して、今朝方戻ったのである。
 朝になって戻ってみると幽香も落ちついたのか背筋を伸ばして静かに目を閉じ座っていた。
「みっともないところを見せてしまったわね・・・。」
 昨夜の号泣の事を言っているのだろう。八雲藍の死に際、妹紅とのやりとりを聞かされ幽香は、感情移入してしまいその気持ちを抑える事が出来ず、人目をはばからず号泣してしまったのである。
 余程藍を大切に思っていたのだろう、そう考えると自分の犯した罪の大きさを改めて思い知らされる。
 幽香と出会いここ数日の一連の彼女の様子から、風見幽香の笑顔は、喜怒哀楽の激しい彼女の本来の姿を隠す為の仮面に過ぎないのだと妹紅は理解した。彼女は笑い、怒り、そして泣く。どれも激しく。
「それはお互い様でしょ。」
 幽香が聞いた藍と妹紅のやりとりの中で、妹紅もまた人目をはばからず号泣しており、それは当然幽香の知るところとなった。恥ずかしいのはお互い様ということである。


「紫に会いに行くの?」
「3日後じゃなかった?つまり、あと2日?」
 先の紫と幽香の会話を盗み聞きした中にそんな事を聞いた気がする。
「妖怪の待ち合わせなんて適当でいいのよ。」
「紫はただの妖怪じゃないでしょ。」
「なら人間の言葉を借りるわ。善は急げ。」
「急がば回れとも言うさ。」
 上手いことを言ったと自分なりに自信のあったセリフを簡単に切り返す妹紅にムッとする幽香。
「怖いの?」
「そりゃー怖いさ。」
 くやしい幽香のけしかける言葉を妹紅は素直に認めた。それを聞いて幽香は意外な顔をする。
「あれだけ強いくせに、何を怖がるというの?」
「あなたは何も分かってないのね。」
「はぁ?」
 幽香は妹紅のセリフに思わず眉をつり上げて聞き返した。
 人間の魂にあたる妖怪の御霊(みたま)は、人間のそれが何度も輪廻を経て成長した姿である。つまり、肉体的、精神的な面以外でも、妖怪と人間は魂レベルでも格が違うということである。
 人間=魂、妖怪=御霊というわけではなく、徳の高い指導者、高い能力を持つ個体など人間にも御霊を持つ者がいる。博麗の血が色濃く現れた博麗霊夢がそれにあたる。
 妖怪でも一人一種の古の妖怪以外の弱い部類に入る下級妖怪は人間などと同じ魂である。
 魂と御霊の間には明確な境界があり、魂は常に輪廻の輪の中で循環するが、御霊は基本的に輪廻はしない。ただし、輪廻に戻るという選択を任意に行える。
 御霊になると、御霊が降りるのに相応しい人間や上位の妖怪、更に天人といった器を自由に選べる事が出来る特別な存在になり、魂と肉体が不規則に常に入れ替わる不完全な状態から、御霊と肉体がほぼ固定される完全な生命体となる。
 魂とは、御霊という高位の存在になるために輪廻という修業をしている状態と考えればいい。
 藤原妹紅は人間であり魂である。1300年という歳月は輪廻にあるなら、軽く5回以上人間として生まれる事が出来る時間であるが、藤原妹紅はその時間輪廻をしていないので魂レベルではまったく成長していないのである。
 風見幽香などの古の妖怪に比べると、妹紅の魂はかなりの格下で非常に大きな差がある。
 魂の格差は、社会生活における上下関係を作り出す要因でもあり、強力な指導者や徳の高い統治者に従う性質を持つ。つまり、妹紅が狩人として訓練されていなければ、里の住人と同じように、風見幽香を畏れ敬い無意識に頭を下げるそんな関係になってしまうのである。


「・・・だから、私に近付くとケンカ腰になるのね・・・。」
「体が勝手に戦闘モードになるのよ。そう訓練されたから・・・。」
 それを聞いた幽香は残念な顔をする。それはつまり、顔つきあわせて気軽に話が出来ないという意味だから・・・。
「霊夢・・・博麗神社の巫女はつまり御霊ってこと?」
「そういうことでしょ。」
「霊夢が私達に対してまったく動じないのはそういうことだったのね・・・。」
 では、霧雨魔理沙も御霊なのだろうか?と幽香を「ゆうかりん」と呼んで親しんでいる魔理沙の顔が浮かぶ。巫女はともかく魔理沙に霊格の高さなど微塵も感じないので不思議である。
「霊夢は紫のお気に入りだから博麗神社に行けばたぶん紫に会えるわよ。」
「・・・それじゃー行って来るかな・・・。」
 紫と交渉するために里近くに滞在し、そのせいで幽香と決闘するはめになり、しかし、それを乗り越えたお陰で紫と対面する足掛かりが出来た。本当なら待ちわびた対面なはずなのに、いざ、その時が来ると恐怖で足が竦む。


 藤原妹紅は幽香と別れたその足で、博麗神社に向かった。
 藤原邸から飛び立った妹紅はそのまま里の南側を東に向かって低く飛び、里に沿うように北東に進路を取り、里の東門から伸びる街道に合流しそのまま街道をなぞるように東進する。
 幽香と戦った場所を見下ろしつつ、一旦上昇して北側の視界を遮る魔法の森を眼下にして博麗神社の位置を確認する。
 そこで一旦停止した妹紅は、東に伸びる街道が魔法の森の南側に沿ってそのまま真っ直ぐ伸び、途中で南へ伸びる道とに別れているのが確認できた。この南へ向かう道はおそらく太陽の畑に続いているのだろう。
 視線を北に向け左右を見渡すと、魔法の森は東西に長い事がわかり、その東端は博麗神社のある小高い山の麓まで続いていた。
 北西は不自然に霧がかかっている一帯があり、そこに湖があると思われる。湖の存在は話には聞いているが、妹紅は竹林と里以外は行ったことがないのでほとんど土地勘がない。
 魔法の森とそれより北側はなんとなく日本の風景ではないと思う妹紅であるが、実際その辺りは外国から持ってきた土地を中心に構成されている。
 魔法の森からあまり良くない空気を感じ、妹紅は森の上空を飛ぶのを避け、道沿いに博麗神社に向かうことにした。
 高度を下げ道から2メートルほどの上空を飛ぶ妹紅。南に向かう道とのT字路の所に閉まっている屋台を発見し、それを不思議に思い見つつ博麗神社の建つ小高い山の麓に辿り着く。
 途中、南側から西洋の妖怪と思しきものが、妹紅に急接近しこちらを値踏みするようにしばらく平行して飛んだ後、舌打ちしてまた南に飛び去った。恐らく妹紅と戦っても到底勝てないと踏んだのだろう。
 街道が整備されているにもかかわらず、里の人間がこの道を一切使用しない理由がわかったような気がする。見通しがいい分、妖怪に発見されやすいのだ。だから、里の住人は魔法の森の獣道を使うのだ。しかし、今となってはその獣道すら使われなくなった。ようするに誰も博麗神社に行かなくなったのである。
 博麗神社の建つ小高い山の麓に到着した時、神社が里に背中を向けるように東向きに建っている事に気づくと同時に、神社にただならぬ気配を感じた。何やら複数の大きな存在を感じる。3人・・・いや、4人か?
 妹紅はそこからは徒歩で道沿いに神社を北に見ながら東に向かい、途中参道を大きく曲がって西に折り返し進むと、大きな鳥居の前に出た。鳥居の先に山の頂上に向かって伸びる石段が見える。
 鳥居の前で立ち止まった妹紅は、その鳥居に何となく見覚えがあるような気がしたが、これから起こる事に対する様々な思考が鳥居について考えることを止めさせた。その鳥居に見覚えがあったのは、幻想郷入りの際にこの鳥居を向こうの世界で見ていたからである。
 妹紅はポケットに手を突っ込んだまま少し前屈みにゆっくりと石段を登る。丁度中間あたりに踊り場があって足を休める事ができた。
 石段を登りきった所に大きな鳥居がある。下の小さな石鳥居に対してこちらは大木で作ったと思われる朱色の立派な大鳥居である。ちなみに、この鳥居は里の火の見櫓からも見える。
 踊り場で一旦足を止めていた妹紅がさらに上を目指して石段を登り出す。最初は鳥居を見ていたが、しばらくすると下を向く。疲れてそうなったのではなく、色々考えているうちにそうなったのである。
 その為、石段を登り鳥居をくぐり、境内を掃除していた博麗霊夢の挨拶にすら気づかずブツブツと何かを言いながら、神社本殿の賽銭箱の前に辿り着いてしまった。
 目の前に現れた賽銭箱に無意識に反応した妹紅はポケットの小銭を一掴み無造作に投げ込むと、パンパンと手を叩いて特に何も考えず拝み出す。
 そのままの格好で思考を巡らせている妹紅に、挨拶を無視され憤慨し肩を怒らせている霊夢が、半ば呆れながら近付いてくる。
「ちょっと、あなた!」
 その霊夢の怒気を含んだ呼びかけに反応し、びっくりする妹紅。
「挨拶してるの巫女を無視するなんて、罰があたるわよ!」
 ほうきを持ったまま腕組みして口をぷくっと膨らませている霊夢を振り向いたままの格好の妹紅は、どうしたものかと一瞬考えたが、ポケットの残りの小銭を掴んで霊夢を見ながら賽銭箱を見ずに投げ込み、これで勘弁してくれという意思表示をする。
 賽銭箱に投げ込まれたその乾いた金属と金属、金属と木のぶつかり合う心地の良い音に霊夢も怒りを収める。
「ま、まぁ、その・・・ありがと。」
 複雑な表情でお礼をいう霊夢。
 博麗霊夢とは永夜事件の後、恐らく輝夜にけしかけられてだと思うが、スペルカードで戦っている。
 八雲紫と狐もそこで一応の面識はあるが、その時の段階ではお互いに敵同士で正式に名乗ってもおらず、いずれにしても友好的な対面ではなかった。
 霊夢の表情は、お賽銭を入れたことで多少好意的になってはいると思われるが特に敵意も好意もない中立といった感じである。
「藤原妹紅・・・よね?」
「ええ。」
「母屋に紫がいるけど・・・もしかしてお客さんってあなたのことかしら?」
 霊夢の話しぶりからすると、紫の客が来ることは知っているが、それが誰かは聞かされていないといった感じである。
「たぶん・・・。」
 妹紅のあいまいな返事を受け、霊夢は少し口をとがらせ値踏みするように妹紅を見る。
 霊夢からすると、八雲紫と藤原妹紅との間に接点になるような要素がまったく見えてこない。永夜事件で確かに因縁はあるだろうが、あれから数年経っているし、その間紫の口から藤原妹紅についての話は一切出ていないので、その件から派生している問題ではないと考えられる。
 霊夢的には、藤原妹紅についてあまりいい印象はない。不死身というデタラメさは、ある意味で「ずるい」という負の印象を与える。普通に戦っても十分に強い妹紅であっても釈然としないものがある。
「・・・こっちよ。」
 霊夢は本殿から向かって左、方角では南回りに歩き出し、妹紅もそれについて行く。
 博麗神社の建つ小さな低い山は、南西方向が開けており、そこから幻想郷を一望出来る。妹紅は霊夢の後をついていきながら、突然目の前に広がったその風景に足を止めた。
 遠くに見えるようで、何故か手に届きそうなほど近くに見えるという不思議な景色。道中は遠いものは遠く、近いものは近く見えたが、ここだけ何故か空間がおかしく見える。
「いい眺めね・・・でも。」
 語尾の「でも」が全てを表していると思う。霊夢にとっては見慣れた景色だが、自分も初めてここでこの景色を見た時は妹紅と同じ様な感想を抱いた。
「妖怪の山がすごく近くに見えるでしょ?神社周辺は向こうの世界と中途半端に繋がっている分、空間がちょっとおかしいのよ。」
 母屋は本殿南側に細長く建ち、広い縁側が南を向いている。
 妹紅は家の形が自分が今住んでいる藤原邸に似ていると思った。
 縁側の正面に出ると、座敷でくつろいでいる数名の影が見えた。
 八雲紫、八雲藍、伊吹萃香の3人である。何れも最強の妖怪達である。
 妹紅はすぐに戦闘モードになった。目つきが変わり敵対心を露わにする。
「(すげー面子だな・・・クソ!)」
 妹紅はある種の絶望感を感じる。こんな化け物と同時に戦えば、いくら不死身でも勝てるわけがない。
 そして、この状況でシレッとしている博麗霊夢もやっぱりただものではないと思う妹紅。
「思ったより早くきたわね・・・。」
 八雲紫が楽しそうに妹紅の訪問を歓迎している。
「とりあえず上がったら?」
 霊夢が立ち話も何だからと、まるで里のおばさんが言うような軽いノリで、妹紅を座敷に招こうとする。
「私はここでいいよ。要件だけ言って帰るつもりだから・・・。」
 4人がのんびりしている中で妹紅だけ殺気立って場違いな様子を醸し出す。
「あら、そう?」
 霊夢も座敷に上がろうとしたが、妹紅の言葉に振り向いて足を止める。
「では、その要件とやらを聞こうかしら?」
 紫がどんな言葉が出てくるのか面白そうに妹紅に尋ねる。
「・・・あなたが具体的に何をしようとしているのかは分からないけど・・・でも、どんな事でもあなたに全面的に協力させてもらうわ。私はしばらくあの家にいるから用があるならここに来て。」
 妹紅はそれだけを言うと、じゃあと言って踵を返した。
 霊夢には何のことやらさっぱりだが、妹紅の言葉に反応した紫がすっと立ち上がる。いつも気怠そうな紫の緩慢な動作しか見ていない霊夢は、その素早く立ち上がる若々しい動作に驚かずにはいられない。
「ちょっと待ちなさい。」
 先程と打って変わって口調か厳しくなる紫。閉じた扇子を向けて妹紅を静止させる。
 その扇子に相手を静止させる力が宿っているというわけではない。その言葉に妹紅が動きを止めて振り向いたのは紫の言霊とそれに従わざる得ない妹紅の魂的格下の性である。
「あなたはそれで良いかもしれないけど、私は何をもってあなたの言葉を信じればいいの?」
 紫の言葉に霊夢ももっともだと頷く。信頼関係の構築されていない者同士がお互いに約束を守ると宣言したからといってそれに何の意味があるのだろうか?その約束の大元になる部分を知らない霊夢であっても妹紅の言葉は一方的で納得のいくものではないと紫に同調するしかない。
 しかし、その霊夢の考え方に対して意外な人物から反論が出た。
「紫、それはお前が言う台詞ではないだろう?本来ならお前が土下座して妹紅に頼まなければならない事なのに、お前の面目を守った妹紅に対してそれは失礼ではないか。」
 霊夢は萃香がこのようなセリフを言う事にまず驚き、次に、その内容にも驚いた。そして紫を見た。
「・・・。」
 紫の表情は、その萃香のセリフに顔をしかめたが反論の言葉はなかった。明らかに痛いところをつかれてぐうの音も出ないといった表情であった。
 藍はといえば、最初からずっと座ったまま目を閉じていたが、萃香の言葉に口元に笑みを浮かべたのが見えた。
 思わず紫側に同調した霊夢だったが、裏に何か自分の知らない大きな存在が隠れているのだと思わずにはいられなかった。


「私はバカだから、考えるのはあんたらに任せると言ってるだけよ。交渉したとしても、こっちを見下している相手に対等な話し合いも要求もクソもないでしょ?」
「どんな要求でも応じなければならないのが今の紫の立場だ。お前はその立場をしっかり紫に教えてやらねばならん。見下していると分かっているなら、見下すなと言えばいい。」
 紫の替わりに萃香が答える。
「そうはいっても・・・別に要求なんてないしね・・・。」
「・・・。」
「強いて言えばお礼のつもりさ。」
「お礼?」
 これは霊夢の言葉だった。
「本来、幻想郷に住める資格のない私を導いてくれた、あんたの妹に対してのね。」
 紫の表情が変わったのを霊夢は見逃さなかった。妹?紫にそんな存在がいたなど初耳である。
「私に妹なんていないわ・・・。」
 真っ直ぐ妹紅を見つめていた紫は悔しそうに視線を背け、振り絞るように妹の存在を否定した。
 その時、今まで何も言わずキツネ顔で他人事の様にそれぞれのやりとりを聞いていた藍が、ゆっくり立ち上がって外に出てきた。
 藍は妹紅まで最短距離を歩いてきたのではなく、縁側端、妹紅から一番遠い位置から下り、真っ直ぐ正面に出て、母屋南面と妹紅と藍の立ち位置が平行になるような位置で止まり、そこから妹紅に真っ直ぐゆっくりと近づく。
 ある地点に来た時妹紅の表情がきつくなり、ジリっと後ずさりする構えをする。
「(ここが限界点か・・・。)」
 藍は妹紅と冷静に会話が出来る距離を測り、妹紅が後ずさる位置で前に出した右足を引っ込めた。それに呼応するように妹紅も下がる姿勢を直す。
 目に見えない境界線が張られていると霊夢は感じた。そしてそこを越えた時、非常に危険な状態になると、その2人の様子から察知できた。
 主人の危機に見て見ぬふりが出来なくなったのだろうと、妹紅は紫から藍に視線を移した。
「藤原妹紅。お前と会うのは永夜事件以来だな・・・でも、当時はお前の事は何も知らなかった。今は待ちこがれた人にやっと会えたという心境だ。恐らく紫様も同じだろう。」
「・・・。」
「本心とは逆の行動を取ってしまう。女心とはそういうものだ。なぁ霊夢?」
「ちょ、何でそこで私に振るのよ!」
 突然話をふられ、自分でもあるのかないのか分からない女心とやらにドギマギする霊夢の様子を見て、カラカラとかん高い声で笑う藍。
「相手の思いを知りたい、聞きたいことがあっても、それを自分の口からは恥ずかしくて言えない。こういう気持ち霊夢にもわかるだろ?」
「だから、何で私に言うのよ!」
 からかわれっぱなしの霊夢。だが、妹紅は藍の真意がわかる。霊夢と名指しで指名しているが、それはすべて妹紅に対して言っているのであ。
「幽香をくどき落としたように、是非とも我々にも同じ事をしてもらえないだろうか?我々は幽香のように好きなら好き、嫌いなら嫌いと正直に言えない質でな。幽香とばかり仲良くして、幽香ばかりずるいと思うのさ。」
 紫らの視点だと、幽香は妹紅に降伏し懐柔された、ましくは、そこまでいかなくても友好的な間柄になれたと見ているのだろう。本当は我々も友好的になりたいのだが、素直にそうとは言えないという立場を分かって欲しいというメッセージを藍は言葉を換えて妹紅に伝えたのである。
「幽香をくどくって何それ?」
 何も知らない霊夢の疑問を完全に無視して妹紅を見つめる藍。
「まぁ、これが今の紫様の気持ちというわけだ。そしてそれは私も同じだ。」
 私もー!と縁側で寝ころんで酒を飲んでいる萃香が手を振る。
「ちょっと、何言ってるのよ藍!」
 無視される霊夢の苦情を無視して、最後のセリフで一旦真顔になってからまた最初の何を考えているかわからないキツネ顔にもどる藍。
 険悪になりかけている妹紅と紫の今の状況を立て直すために霊夢を織り交ぜからかいながら恥をかかせないようになるべく遠回しに紫の心情を伝えるという事をやってのけた藍の話術に妹紅は感心する。
「(このキツネ、紫より上手だな・・・。)」
 舌戦になったら勝てるかどうか分からないと思う妹紅は、今回の交渉に関しては始めから紫に従う方針を決めており、その為の最初の発言だったが、それはもっと落ち着いて会話を楽しみたかった紫の機嫌を著しく損なう結果となってしまった。しかも、予想外の鬼の茶々入れで紫は腹を立てただろう。それにしてもこの酔っぱらいの鬼もただ者ではないと思う妹紅。というより紫に関係する人材に雑魚はいないということだろう。


 妹紅は藍の要求を呑む事にした。
 妹紅はここへ来る前、幽香から受け取ったあのちぎられて小さくなった八雲藍の呪符をポケットから取り出し、藍にではなく霊夢に差し出した。
「何これ?」
 急に変な紙片を渡され、キョトンとする霊夢。すぐに何か力のこもった呪符だと気付いて興味を示してそれを受け取る。
「藍のセリフを借りるなら幽香を口説き落とした恋文さ。」
「・・・」
 藍のみならず、妹紅にもバカにされている気がしてムッとする霊夢だが、食い下がる気も起きず、気を取り直し受け取った呪符の説明を求める。
 用法を説明された霊夢は、妹紅に言われたとおりに呪符を少しちぎり、小さく縒って耳に入れ、指で蓋をして何かが聞こえているという分かりやすい仕草をする。
 妹紅は聞き耳を立てている霊夢に顎で他の連中にも配れという合図を送り、霊夢はそのちぎりとられて半分以下に減った呪符を藍の所まで歩いて渡す。
「あれ、聞こえなくなっちゃった・・・。」
 霊夢は渡す際に指を耳から離してしまったようだ。
「指で塞ぐのは外気と遮断するため、呪符の発動が外気との遮断ということ。一度聞こえなくなったら終了。」
「先に言ってよ!」
 藍に渡してしまった後で、妹紅に抗議する霊夢だが、その妹紅は踵を返し背中を向けると、首だけ霊夢に振り向いて顎でまた指図をする。着いてこいと捉えた霊夢は、続きが聞きたいという不満はあったものの自分と同じ様に呪符の類に精通している妹紅に興味を示し後を追った。


 妹紅はポケットに手を突っ込んだまま少し前屈みで見るからにガラの悪そうに歩く。その後ろ姿から醸し出す雰囲気はかなり殺気立っている様子で、声を掛けるにも掛けずらい。
 賽銭箱辺りまで来た時だった。妹紅の背中からフッと殺気が消えたかと思うと、ヘナヘナとその場で腰が砕けるようにしゃがみ込み、そのまま仰向けになって天を仰いだ。
 必死に何かを我慢して、ようやく開放されたという感じに見て取れた霊夢は、妹紅の顔を上から覗き込むように尋ねる。
「ど、どうしたの?」
「あなた・・・。」
「霊夢でいいわ。」
「霊夢、あの連中と一緒にいて怖くないの?」
「怖い?・・・そんなこと思ったこともないわね・・・。」
 霊夢は母屋の方に一旦振り向き、妹紅が怖いと言う妖怪達の方へ意識を向けまたこちらに向き直る。
「妹紅は怖いの?」
「うん。」
 霊夢は素直に頷く少女の様な妹紅を見て不思議な気分になる。
「(こんなに小さかったっけ・・・。)」
 妹紅が不死身で長生きしていることは知っている。見た目は少女であるが中身は全然違うのはわかる。しかし、それを抜きに考えても、先ほどまでの妹紅はとても大きく見えた。体が急にしぼんだように感じる。
「1300年という時間で、人はどのくらい輪廻出来ると思う?」
 寝ころんで空を見上げている妹紅の隣に腰を下ろした霊夢に、妹紅は突然脈絡もない事を言い出す。
「それは・・・六道の事?」
「いや、そっちじゃないほう。」
「人の一生を50年と考えても・・・早ければ100年で一回りかしらね・・・。」
「150年から200年が平均かしらね。早ければ100年。」
「で、それがどうしたの?」
「1300年あれば上手くいけば10回くらいはいけるかもしれない。つまりね、私は生物としての年齢は1300年を越えて、1300年分の経験をしていても、魂的には成長してないガキってこと。」
「あ、そうか・・・輪廻してないんですものね。でも、妖怪だってそうでしょ?」
「妖怪ってのは、輪廻しつくした先の存在よ。」
「なるほど・・・で、それが何なの?」
 妹紅のいう輪廻については霊夢もだいたいは理解できるが、その話をここで持ち出すのことの意味が見えてこない。
「それだけ連中と私には魂の格差が大きいってことよ。人間という個体レベルでは平気と思っていても魂レベルでは余りにも格上過ぎて強く心を保っていないと魂が押しつぶされてしまうのよ・・・。」
「そっか・・・だからさっきから喧嘩腰でいたのね・・・でも変ね。私も人間だけど紫とか平気だけど・・・。」
「それは霊夢の魂が連中と同格かそれより上ってことよ。」
「・・・。」
 そうは言われても、それを自覚することはできない霊夢。唯一分かることは、藤原妹紅の肉体と魂のバランスが大きく歪んでいるという事である。


 霊夢は妹紅にたくさん聞きたいことがあったので、色々な質問をしていた時だった。
「詳しい事は後で紫達に聞いたら?酒でも飲みながら連中の昔話でも・・・。」
 妹紅がそう言いかけた時、母屋の方から大きな悲鳴のような声が聞こえてきた。
「萃香の声だわ・・・。」
 妹紅は上半身を起こし、そちらに向かおうと立ち上がる霊夢の左手を掴む。
「昔を思い出して泣いてるだけよ、そっとしておきましょう・・・。それに妖怪のマジ泣き見ると取り憑かれるわよ。」
 立ち上がろうとして急に腕を捕まれた霊夢は、ムッとして妹紅を睨み返したが、その妹紅の言葉に体の力を抜いた。霊夢から力が抜けたので、妹紅は霊夢を掴んだ手を離す。
 取り憑かれるという表現は適切ではないが、妹紅が八雲紫の妹の八雲藍の涙を見たことで彼女に対する執着が生まれ、そして消えなくなった事で、その後の人生に大きな影響を及ぼしたが、霊夢もそうならないように警告したのである。
「取り憑かれるか・・・神社に居着かれて、なんかもう手遅れって感じね・・・。」
 どうやら妹紅が警告する以前に手遅れだったようだ。
 里では博麗神社は妖怪に占領されているという噂が立っており、否定出来ないと慧音が嘆いていた。
 妹紅としてはあくまで噂でしょ、と慧音を励ましていたが、どうやら噂は本当のようである。


「何で泣いてるの?」
「連中に共通の友達の死に際のメッセージが、あの呪符に込められているから・・・。」
「・・・紫の妹?」
「ええ・・・彼女は私が殺したのよ・・・。」
「!・・・幻想郷が隔離される前の話よね・・・その頃にそんな事があったのね・・・。」
 藤原妹紅に隠された歴史は、霊夢が考えられる範疇を遙かに越えていそうであった。
 自分も紫達と同様にここにいる藤原妹紅を見くびり、見下していたのではないかと反省する。


 それから10分ほど経った時である。
 妹紅と話をしていた霊夢は、その妹紅の表情の変化に気付き、彼女の視線の先に顔を向けた。
 妹紅の視線の先に居たのは八雲藍である。2人からだいぶ離れた場所に立ってこちらの様子を伺っているように見えるが、邪魔しないように遠慮しているようにも見える。いずれにしてもこちらから了承しない限り、それ以上近付く気配はなかった。
 妹紅と霊夢は示し合わせたわけでもなく、ほぼ同時に自らの意志で立ち上がる。
 それを合図にしたのか藍が少しずつこちらに歩いてくる。
 妹紅はその藍の態度から戦う意志無しと見て気を緩めた時だった。藍は突進し、一気に妹紅の警戒領域を破って左手で妹紅の胸ぐらを掴みそのまま押し倒した。
 あまりのスピードに霊夢も何も出来ず、妹紅が倒れたと時に反応して藍に対してサッと退いて身構える。
 妹紅はその藍の左手を両腕で掴み引き離そうとしたが、体が硬直して思い通りに動かない事に気づく。何かの術にはまったと妹紅は思い藍の顔を凝視する。
 妹紅を見下ろすギラギラと殺意に満ちたその顔は、妹紅を捉え術を施すと同時に元の心の内を表に見せないキツネ顔に戻る。
「霊夢、大丈夫何もしない。だから、その危ない呪符をしまえ。妹紅、無礼な振る舞いを許して欲しい。こうでもしないとお前に近付く事ができないからな。」
 今にも攻撃の呪符を投げそうな構えをする霊夢を制し、動けなくしておきながらその無礼を妹紅に詫びる藍。
「話は聞かせてもらった。私は藍にはさして関心がなくてな・・・だが、気になる事がある・・・そのリボンを少し貸してもらいたい。」
 藍はそのまま動けない妹紅の頭のリボンに手を伸ばす。
「や、やめろ・・・。」
 リボンに手をかけている藍に妹紅は必死で警告する。
「しゃべれるとは驚きだな・・・で、これを取るとどうなる?」
 藍としては完全に動きを止めるつもりだったが、妹紅の抵抗に驚きを隠せない。
「・・・。」
 妹紅は沈黙していたが、答えないというよりこの状況では答えたいけど答えられないと訴える表情だった。
「・・・取った瞬間何かが起こるのか?」
 そうした妹紅の状況を理解した藍は、苦しくて説明できない妹紅に是非だけで問える簡単な質問をした。
 妹紅は首をわずかに横に振る。
「悪いようにはしない。」
 取ってもすぐどうにかなるものではないと理解した藍は、妹紅のリボンをゆっくりとほどいた。
 思ったより長いリボンで、妹紅から全て離れるのに意外な手間がかかったが、やがてそれは完全に妹紅の頭から離れた。
 すると突然、妹紅の妖力が急上昇し、妹紅から吹き出る妖気で藍の服がバサバサと音を立てて激しくなびく。霊夢もその圧倒的な力に思わず防御の姿勢をとった。
 霊夢は両腕で顔を守るように妹紅の妖気に対抗する。腕の隙間から見える妹紅の白い髪の毛が白紙に墨をたらすかのように、頭皮側から黒く滲み出しているを見た。さらに、藍の尻尾が3本ほど長く伸びているのにも気づいた。霊夢は藍の尻尾の意味を正確に把握しているわけではなかったが、妹紅の妖力上昇に合わせて自らも妖力を上げ、それが尻尾の形状に現れているとすぐに理解できた。
「妹紅・・・お前、既に異形化してしまったのか・・・。」
 紫の妹八雲藍と藤原妹紅との最後のやりとりを聞いた九尾の藍は、その妹紅のリボンの意味を知り、現状がどうなっているのかを確かめるためにこのような手段にでたのである。
「愚かな・・・お前、何人人を殺しをした?千や二千ではあるまい・・・。」
「・・・。」
 妹紅の瞳に力がなくなっているのを藍は見てとった。
「もしかして、それは藍と関係があるのか?妖怪を狩った罪滅ぼしに、人間を狩ったとかいうのではないだろうな?」
 妹紅の凄まじい妖気にすら涼しい顔の藍に、妹紅の心は完全に折れてしまった。
「お願い・・・リボンを返してくれ・・・」
 妹紅が抵抗を止めた瞬間、急に体が楽になった。敵対心のようなものに反応して相手に苦痛を与える。そんな感じの術なのだろうと理解できたが、敵対心が消えた妹紅には、もはや魂の序列に従うしか術はない。
 藍に完全に降参した妹紅は、リボンを返すようか細い声で藍に懇願を始める。
「霊夢、悪いが妹紅に破邪の護符を貼ってくれ。」
 霊夢もまた藍の妹紅を支配する力に圧倒され、その藍の要求に素直に従う。
 護符を貼られた妹紅の妖気は半分程に減り、白い髪を病魔のように侵す黒い滲みの侵食速度も極端に落ちた。
「妹紅、リボンはちゃんと返す、だから私の質問に全て答えるんだ。お前は藍を殺した後、どのように人生を送った?」
「私は、藍を殺した後、全てに絶望して廃人になってしまった・・・。」
 虚ろな目で藍の質問に答える妹紅。自分の意志というより別の自分が勝手にしゃべっているようで、どこか他人事のように感じる。
「それで?」
「私は死ねないから体はそのままで心が死んで、精神だけがあの世に行きかけた・・・そして選択の間にずっといた・・・。」
「選択の間?」


 人の死にはいくつかのパターンがあり、病気や外傷で肉体が生命を維持できない状態になれば人は強制的に死ぬことになる。しかし、なんらかの理由で肉体は健康を維持していながら意識が離れる仮死状態になることがある。その状態はそのまま続けば死ぬ危険性があり、意図的にそうなったのでなければ大抵の場合戻れずに死ぬ。
 選択の間とは、一瞬の出来事で自分が死んだかどうかも理解できない精神が、自分が死んだということを理解するための一時的な安置所のようなもので、通常は自分の遺体を見下ろし、自分が死んだ事を悟って肉体の執着から抜け出し死を受け入れる。
 だが、そうした者には生き返るチャンスがあり、文字通り生死の境にいる事になる。
 生きる気力を失って精神的に死んだ者は大抵はそこで死を受け入れるが、事故などで不本意にそうなった者は
ご先祖様や縁者の霊によって生へ押し戻される。


 妹紅がかつて所属していた岩老郷には様々な妖術を使う一族がそれぞれの得意とする術を一子相伝で伝えていたが、その中に仮死状態となって幽体離脱をして精神に入り込み、精神疾患や記憶障害の治療のため、その原因を探ったり、一種の呪いで自ら口を閉ざした者の尋問などの情報収集を得意とする一族がいた。
 仮死状態とはつまり最も死に近い状態であり、幽体離脱を失敗した時にこの選択の間に来てしまう事がある。一族の先祖が事情を知っているため、彼らは直ぐにこちらの世界に押し戻され無事なのだが、妹紅もこの術を教わる際に、肉体、精神、霊、魂についての理を彼らに習い、そして自らもその選択の間に来たことがあった。
 不死身の妹紅には死を選択できる事は出来ないが、その分、居たければ好きなだけそこにいることも可能だった。


「私は選択の間で何十年もそこで死ぬことも出来ず生きることを否定していた。しかし、ある時私の前に不死鳥が現れた・・・。」
「!」
 八雲紫がずっと知りたがっていたのがこの不死鳥についての事であり、藍は真実にたどり着ける糸口を掴んだ。
「不死鳥は、滅びない私の体に興味を示したんだ。」
「なるほど・・・乗り移る媒体としては最高の逸品ではなるなお前の体は。」
「不死鳥は、ある事がやりたいが、ヤツには大雑把に世界を壊すことしか出来ず、ピンポイントで何かを破壊ができない。その為、抜け殻の私の体を乗っ取る形で操って、それを実行したんだ。」
「そのある事とは?」
「不要な人間を始末することだ・・・。」
「!」
 藍と霊夢はその妹紅の言葉に顔を見合わせた。
 不死鳥は、妹紅によって極端に減らされた御霊を増やすため、魂の成長を促すため、つまり輪廻を加速しようとしていたのである。
「不要な人間って・・・。」
 藍に危険はないと近付いていた霊夢は、妹紅の言葉に思わず不快を示す。
「宗教だな・・・。」
 当時の状況を知る藍としては、不要な人間の心あたりは、僧兵や一向宗しか思い浮かばなかった。
「そう、当時、寺院は武装していた。あの後、天文法華の乱という宗教戦争でとんでもない事が起きた。」
 あの後というのは、八雲藍の死後、そして彼ら妖怪がこの世界から去った後を示している。
「応仁の乱など人心、世界が乱れ、人々は現世より来世の幸福を望むようになり、教の題目だけを叫んで、自らは何もしなくなってしまったんだ。」
「確かにそんな人間の魂は成長はしないだろうな・・・で、お前は、というかお前の体を使った不死鳥は何人殺したんだ?」
「・・・一人でやったんじゃない・・・織田信長が宗教戦争根絶のために軍を動かしていたからそれに従軍した。比叡山焼き討ち、加賀、石山本願寺、いろいろ従軍した。大量虐殺は従軍中は目立つから、犯行はいつも夜だった・・・。」
「千の単位ではなさそうだな・・・万、十万単位か・・・幾らお前の意志ではないにしても、その体を使われたら全ての業はお前が背負うことになるではないか。」
「どうする事も出来なかった・・・でもある時、リボンが外れたんだ。その時ヤツにも制御できない異形の姿に変身してしまい、その時になってようやく私は元の体に戻ることができたんだ。」
「そうか、不死鳥は妹紅の業によって生まれた異形の存在に呑み込まれたことで、お前の制御下になったということか・・・。」
「・・・たぶん、そんなところだと思う。それ以後、私の体を駆り立てる不死鳥の声は消え、自分の身体は自分のものになった。でも、その副産物として不死鳥の力が完全に自分の物になってしまった。だからリボンを外してラストワードを唱えれば、世界を亡ぼす事も出来る・・・。」
「うむ・・・。」
 妹紅の凄まじい人生に藍も思わず言葉が詰まる。どれだけのものを妹紅は背負っているのだろうか。
「妹紅は、自分の意志でラストワードを唱えられるのだな?」
「紫が何を心配しているのか知らないけど、こんなことをしなくても何でも協力するつもりだった。」
「その点については素直に詫びよう。紫様も、私も、妹紅を完全に見くびっていた。」
「もういい・・・済んだこと・・・。」
 妹紅は藍に馬乗りにされ胸ぐらをつかまれたままだった。抵抗を止めた妹紅はそのまま手足を大きく広げたまま地面に身をあずけていた。
 完全に負けたと妹紅は思った。負けとは生か死かの問題ではなく、心を折ったかどうかの問題である。
 永遠亭と数百年にわたって戦いを続けていた妹紅であったが、蓬莱山輝夜はともかく、こんな完璧に心が折られたのは八意永淋以外では初めてだった。
 負けた要因は油断だった。油断していなければ負けてはいないというのは敗者の言い訳でしかない。油断したのではなく、油断を引き出された時点で相手が上手なのである。
「しかし・・・。」
 藍は妹紅を見下ろしながら考える。輪廻や魂に関することと不死鳥に共通点が見いだせない。本来それは火の鳥という似てはいるが別の存在が負う事ではないだろうか・・・。
「紫様が考えている以上に何か複雑な事になっている可能性があるな・・・。」
 藍はほとんど独り言の様に誰にも聞こえないほど小さな声で呟いていた。
「妹紅はそれに気づいているのだろうか・・・。」
 藍は妹紅以外にもう一人重要な人物の名を忘れていた。
 上白沢慧音。彼女はすでに、不死鳥と火の鳥の関係がこじれている事に気づいており、八雲紫らの起こす異変を最上の形で納めるのことになるが、この出来事は八雲紫などに痛烈な精神的ダメージとなってもう一つの異変を生むきっかけとなる。


 妹紅を押さえていた左手を外して立ち上がる藍は、霊夢の隣に立ち妹紅に見下ろした。
 上にいた藍がいなくなっても、妹紅はそのまま放心状態で空を見上げたままだった。
「紫達は?」
 紫が姿を見せないことが気になった霊夢は藍に尋ねた。
「紫様は萃香と抱き合ってオイオイと泣いている。」
「ええ!」
 シレっとウソをつく藍の言葉を一瞬真に受け大きな声を上げてしまった事を恥じる霊夢であったが、それはそれで見てみたいとも思える。
「で、あなた達は何を企んでるの?」
「何かを企む為には様々な情報と手駒が必要だ。今はその段階で、そして今正に最も欲しかった情報と駒が手に入ったところだ。」
「つまり、具体的な事は今から決めるってこと?」
 情報とは不死鳥のことで、手駒とは妹紅のことであることは分かるので口に出して聞くまでもない。
「そういう事だ。」
「妹紅はどうするの?」
「妹紅がいて成立する企みだ。彼女抜きに話はすすまない。そして彼女は我々に協力してくれる。」
「無理矢理ね~。」
「人聞きが悪いな。妹紅は始からこちらに協力するといっていたではないか。」
「ふ~ん。」
「・・・霊夢、ずいぶんと他人事だな。」
「え?私は関係ない・・・って、まさか、私もその面子に入ってるの?」
「何を今更・・・どのみち異変とあればしゃしゃり出てくるだろうに・・・。」
「やっぱり異変を起こす気なの?何かすごくいやーな予感がするんだけど・・・。」
「今回の異変の大筋というか、結果はこうなると決めて行う、いわば茶番だ。」
「・・・茶番ねぇ・・・それって結局いつも通りってことじゃない。」
 霊夢は藍から視線を外し妹紅に歩みよりながら独り言のようにそうつぶやいた。
 霊夢が離れたのを合図にするように藍は「妹紅を頼む」と霊夢に妹紅を託した後、紫達のいる母屋へ歩きだした。
 藍の様子を一度振り向いて確認してから、妹紅に向き直る霊夢。
 先ほどの藍との会話のどの辺りからかは分からないが、大の字に寝転がっていた妹紅は起きあがってあぐらをかいてぼーっとどこかに視線を向けていた。心ここにあらず、魂がどこかに行ってしまった・・・抜け殻、そんな様子である。
 霊夢は妹紅の横にしゃがむと妹紅の視線を遮るように手をかざして何度か振ってみるが、まったく反応がない。
 それを見た霊夢はやれやれと立ち上がり、多きく息を吸うと、次の瞬間大声で妹紅をどなりつけた。
「こらぁ!いつまでそうしてるの!」
 怒鳴られてビクッとなった妹紅は、腰に両手をあて見るからに怒ってるぞという態度で見下ろす霊夢を見る。そして、三秒程見つめ合う二人。
「あ、あれ?」
 正気を取り戻したのか、普通の顔に戻って周囲をキョロキョロする妹紅。
「どうやら大丈夫のようね。」
「・・・そうか、私、完全に・・・。」
「キツネにつままれたのよきっと。」
 正気を取り戻して目を見開いていた妹紅の目が半開きになって何やら不満そうな視線を霊夢に向ける。
「何よその目は。キツネにこてんぱんにされたくせに。」
「う・・・。」
 言い返せない妹紅を見下ろし勝ち誇った顔をする霊夢。その様子を見て気が楽になり、折れた心が元に戻っていく、そんな不思議な心地よい気分になる妹紅。
「まぁその・・・ありがと・・・。」
 急にかしこまってお礼をする妹紅に、その突然の言葉に戸惑う霊夢。
「わ、私なにかしたっけ?」
「・・・いや、なんでもない。」
 自分が何者であるかまったく無自覚な霊夢に半ば呆れ、クスっと苦笑して立ち上がる妹紅。
「何よ・・・。」
 その妹紅の態度が気に入らない霊夢。
「ところでさ、紫は結局何がしたいの?」
 気を取り直して霊夢は妹紅に尋ねる。
「不死鳥を転生させる。」
 妹紅は簡潔に返答した。
「転生?転生というと・・・いわゆる破壊と再生とかそんな感じかしら?」
「恐らく・・・。」
「何でそんなことを?誰も得しないような・・・。」
「何か得する事があるからやるんじゃないの?」
「紫のすることだから絶対何か裏があるわよね・・・。」
 紫がやることは霊夢にとってのいわば試練のようなものである。霊夢もその辺を理解しているようで、この不死鳥の転生が自分も必ず巻き込まれると容易に想像出来る。
「転生って具体的にどうなるの?」
「向こうの世界だと、自然現象、例えば地震、津波、火山の爆発、疫病、それから人災、戦争、その他諸々の沢山人や自然が失われる現象ね。」
「向こうってことは、幻想郷だと何か違うの?」
「幻想郷だと、イメージがそのまま現象になる可能性が高いから・・・つまり大爆発ね・・・。」
 妹紅も自分でそれを言って想像して不安になる。こんな事をして誰が得するのだろうかと先ほどの霊夢の意見に同意せざるを得ない。
 霊夢もそれを想像してか神妙な面持ちで唸っている。そして、妹紅と目が合う。
「妹紅は自爆するわけでしょ?じゃー私は何?それを防ぐってこと?」
「・・・そう・・・なるのかな・・・。」
「ちょっと待ってよ、不死鳥の自爆っていったらものすごい爆発にならないの?」
「・・・なるわね・・・幻想郷ごと吹き飛びそうな・・・。」
 慧音と話をしている時はまだそれが確実にそうだと言い切れなかったため、どちらかというと他人事のように聞いていたが、いざそれが現実の事となると具体的にそれを想像することになる。
「紫に聞いてくる!」
 見るからにプンプンと怒った様子の霊夢が母屋に向かって歩き出す。それを見て妹紅は霊夢を呼び止める。
「なによ!」
 人格が変わったようにガラが悪くなって鼻息を荒くして振り向く霊夢。
「紫のとこ行くなら、これ返しておいて・・・。」
 紫のところへ向かう事を阻止するための引き留めなら、断固拒否しようと思っていた霊夢だが、そうではないと知って立ち止まり力を抜く霊夢。
「なにそれ・・・。」
 霊夢が振り向くと、妹紅は5寸ほどの呪符を握りしめこちらに差し出していた。


 疑問に思う霊夢。
 この妹紅の「紫に返したいもの」が後にとんでもない事件を引き起こすに事になるが、預かった霊夢もそれを預けた妹紅にすら想像できないものだった。