東方不死死 第11章 「少女のいる神社」


 幻想郷博麗の里。その里から少し南に進むと一軒の家が見える。藤原妹紅が最近住み始めた藤原邸である。
 藤原妹紅がこの家に住み着いた目的は、自分という存在を知らしめる為で、それが誰を対象にしているかといえばスキマ妖怪八雲紫である。
 妹紅は八雲紫と接触を図る為に、隠れ住んでいた迷いの竹林から出て、この家に滞在するようになったのである。
 しかし、普段里で見かけない妹紅が連日姿を見せるという、ある種の異変に敏感に反応した妖怪最強とうたわれる風見幽香との予期せぬ接触が発生した。
 偶然と必然が重なったとも言えるこの戦いに圧勝した妹紅は、傷を癒す間藤原邸に滞在することになった幽香を経由して様々な幻想郷秘話を知ることとなった。
 漠然とただそこに在り続けると思われた幻想郷は、しっかりとした管理の元、絶妙なバランスで成り立っていた事を知ったのである。


「落ちついた?」
 妹紅は昨夜から泣き続けていた幽香に声を掛ける。
 その妹紅は、昨夜の幽香の号泣状態にいたたまれず竹林の隠れ家に避難して、今朝方戻ったのである。
 朝になって戻ってみると幽香も落ちついたのか背筋を伸ばして静かに目を閉じ座っていた。
「みっともないところを見せてしまったわね・・・。」
 昨夜の号泣の事を言っているのだろう。八雲藍の死に際、妹紅とのやりとりを聞かされ幽香は、感情移入してしまいその気持ちを抑える事が出来ず、人目をはばからず号泣してしまったのである。
 余程藍を大切に思っていたのだろう、そう考えると自分の犯した罪の大きさを改めて思い知らされる。
 幽香と出会いここ数日の一連の彼女の様子から、風見幽香の笑顔は、喜怒哀楽の激しい彼女の本来の姿を隠す為の仮面に過ぎないのだと妹紅は理解した。彼女は笑い、怒り、そして泣く。どれも激しく。
「それはお互い様でしょ。」
 幽香が聞いた藍と妹紅のやりとりの中で、妹紅もまた人目をはばからず号泣しており、それは当然幽香の知るところとなった。恥ずかしいのはお互い様ということである。


「紫に会いに行くの?」
「3日後じゃなかった?つまり、あと2日?」
 先の紫と幽香の会話を盗み聞きした中にそんな事を聞いた気がする。
「妖怪の待ち合わせなんて適当でいいのよ。」
「紫はただの妖怪じゃないでしょ。」
「なら人間の言葉を借りるわ。善は急げ。」
「急がば回れとも言うさ。」
 上手いことを言ったと自分なりに自信のあったセリフを簡単に切り返す妹紅にムッとする幽香。
「怖いの?」
「そりゃー怖いさ。」
 くやしい幽香のけしかける言葉を妹紅は素直に認めた。それを聞いて幽香は意外な顔をする。
「あれだけ強いくせに、何を怖がるというの?」
「あなたは何も分かってないのね。」
「はぁ?」
 幽香は妹紅のセリフに思わず眉をつり上げて聞き返した。
 人間の魂にあたる妖怪の御霊(みたま)は、人間のそれが何度も輪廻を経て成長した姿である。つまり、肉体的、精神的な面以外でも、妖怪と人間は魂レベルでも格が違うということである。
 人間=魂、妖怪=御霊というわけではなく、徳の高い指導者、高い能力を持つ個体など人間にも御霊を持つ者がいる。博麗の血が色濃く現れた博麗霊夢がそれにあたる。
 妖怪でも一人一種の古の妖怪以外の弱い部類に入る下級妖怪は人間などと同じ魂である。
 魂と御霊の間には明確な境界があり、魂は常に輪廻の輪の中で循環するが、御霊は基本的に輪廻はしない。ただし、輪廻に戻るという選択を任意に行える。
 御霊になると、御霊が降りるのに相応しい人間や上位の妖怪、更に天人といった器を自由に選べる事が出来る特別な存在になり、魂と肉体が不規則に常に入れ替わる不完全な状態から、御霊と肉体がほぼ固定される完全な生命体となる。
 魂とは、御霊という高位の存在になるために輪廻という修業をしている状態と考えればいい。
 藤原妹紅は人間であり魂である。1300年という歳月は輪廻にあるなら、軽く5回以上人間として生まれる事が出来る時間であるが、藤原妹紅はその時間輪廻をしていないので魂レベルではまったく成長していないのである。
 風見幽香などの古の妖怪に比べると、妹紅の魂はかなりの格下で非常に大きな差がある。
 魂の格差は、社会生活における上下関係を作り出す要因でもあり、強力な指導者や徳の高い統治者に従う性質を持つ。つまり、妹紅が狩人として訓練されていなければ、里の住人と同じように、風見幽香を畏れ敬い無意識に頭を下げるそんな関係になってしまうのである。


「・・・だから、私に近付くとケンカ腰になるのね・・・。」
「体が勝手に戦闘モードになるのよ。そう訓練されたから・・・。」
 それを聞いた幽香は残念な顔をする。それはつまり、顔つきあわせて気軽に話が出来ないという意味だから・・・。
「霊夢・・・博麗神社の巫女はつまり御霊ってこと?」
「そういうことでしょ。」
「霊夢が私達に対してまったく動じないのはそういうことだったのね・・・。」
 では、霧雨魔理沙も御霊なのだろうか?と幽香を「ゆうかりん」と呼んで親しんでいる魔理沙の顔が浮かぶ。巫女はともかく魔理沙に霊格の高さなど微塵も感じないので不思議である。
「霊夢は紫のお気に入りだから博麗神社に行けばたぶん紫に会えるわよ。」
「・・・それじゃー行って来るかな・・・。」
 紫と交渉するために里近くに滞在し、そのせいで幽香と決闘するはめになり、しかし、それを乗り越えたお陰で紫と対面する足掛かりが出来た。本当なら待ちわびた対面なはずなのに、いざ、その時が来ると恐怖で足が竦む。


 藤原妹紅は幽香と別れたその足で、博麗神社に向かった。
 藤原邸から飛び立った妹紅はそのまま里の南側を東に向かって低く飛び、里に沿うように北東に進路を取り、里の東門から伸びる街道に合流しそのまま街道をなぞるように東進する。
 幽香と戦った場所を見下ろしつつ、一旦上昇して北側の視界を遮る魔法の森を眼下にして博麗神社の位置を確認する。
 そこで一旦停止した妹紅は、東に伸びる街道が魔法の森の南側に沿ってそのまま真っ直ぐ伸び、途中で南へ伸びる道とに別れているのが確認できた。この南へ向かう道はおそらく太陽の畑に続いているのだろう。
 視線を北に向け左右を見渡すと、魔法の森は東西に長い事がわかり、その東端は博麗神社のある小高い山の麓まで続いていた。
 北西は不自然に霧がかかっている一帯があり、そこに湖があると思われる。湖の存在は話には聞いているが、妹紅は竹林と里以外は行ったことがないのでほとんど土地勘がない。
 魔法の森とそれより北側はなんとなく日本の風景ではないと思う妹紅であるが、実際その辺りは外国から持ってきた土地を中心に構成されている。
 魔法の森からあまり良くない空気を感じ、妹紅は森の上空を飛ぶのを避け、道沿いに博麗神社に向かうことにした。
 高度を下げ道から2メートルほどの上空を飛ぶ妹紅。南に向かう道とのT字路の所に閉まっている屋台を発見し、それを不思議に思い見つつ博麗神社の建つ小高い山の麓に辿り着く。
 途中、南側から西洋の妖怪と思しきものが、妹紅に急接近しこちらを値踏みするようにしばらく平行して飛んだ後、舌打ちしてまた南に飛び去った。恐らく妹紅と戦っても到底勝てないと踏んだのだろう。
 街道が整備されているにもかかわらず、里の人間がこの道を一切使用しない理由がわかったような気がする。見通しがいい分、妖怪に発見されやすいのだ。だから、里の住人は魔法の森の獣道を使うのだ。しかし、今となってはその獣道すら使われなくなった。ようするに誰も博麗神社に行かなくなったのである。
 博麗神社の建つ小高い山の麓に到着した時、神社が里に背中を向けるように東向きに建っている事に気づくと同時に、神社にただならぬ気配を感じた。何やら複数の大きな存在を感じる。3人・・・いや、4人か?
 妹紅はそこからは徒歩で道沿いに神社を北に見ながら東に向かい、途中参道を大きく曲がって西に折り返し進むと、大きな鳥居の前に出た。鳥居の先に山の頂上に向かって伸びる石段が見える。
 鳥居の前で立ち止まった妹紅は、その鳥居に何となく見覚えがあるような気がしたが、これから起こる事に対する様々な思考が鳥居について考えることを止めさせた。その鳥居に見覚えがあったのは、幻想郷入りの際にこの鳥居を向こうの世界で見ていたからである。
 妹紅はポケットに手を突っ込んだまま少し前屈みにゆっくりと石段を登る。丁度中間あたりに踊り場があって足を休める事ができた。
 石段を登りきった所に大きな鳥居がある。下の小さな石鳥居に対してこちらは大木で作ったと思われる朱色の立派な大鳥居である。ちなみに、この鳥居は里の火の見櫓からも見える。
 踊り場で一旦足を止めていた妹紅がさらに上を目指して石段を登り出す。最初は鳥居を見ていたが、しばらくすると下を向く。疲れてそうなったのではなく、色々考えているうちにそうなったのである。
 その為、石段を登り鳥居をくぐり、境内を掃除していた博麗霊夢の挨拶にすら気づかずブツブツと何かを言いながら、神社本殿の賽銭箱の前に辿り着いてしまった。
 目の前に現れた賽銭箱に無意識に反応した妹紅はポケットの小銭を一掴み無造作に投げ込むと、パンパンと手を叩いて特に何も考えず拝み出す。
 そのままの格好で思考を巡らせている妹紅に、挨拶を無視され憤慨し肩を怒らせている霊夢が、半ば呆れながら近付いてくる。
「ちょっと、あなた!」
 その霊夢の怒気を含んだ呼びかけに反応し、びっくりする妹紅。
「挨拶してるの巫女を無視するなんて、罰があたるわよ!」
 ほうきを持ったまま腕組みして口をぷくっと膨らませている霊夢を振り向いたままの格好の妹紅は、どうしたものかと一瞬考えたが、ポケットの残りの小銭を掴んで霊夢を見ながら賽銭箱を見ずに投げ込み、これで勘弁してくれという意思表示をする。
 賽銭箱に投げ込まれたその乾いた金属と金属、金属と木のぶつかり合う心地の良い音に霊夢も怒りを収める。
「ま、まぁ、その・・・ありがと。」
 複雑な表情でお礼をいう霊夢。
 博麗霊夢とは永夜事件の後、恐らく輝夜にけしかけられてだと思うが、スペルカードで戦っている。
 八雲紫と狐もそこで一応の面識はあるが、その時の段階ではお互いに敵同士で正式に名乗ってもおらず、いずれにしても友好的な対面ではなかった。
 霊夢の表情は、お賽銭を入れたことで多少好意的になってはいると思われるが特に敵意も好意もない中立といった感じである。
「藤原妹紅・・・よね?」
「ええ。」
「母屋に紫がいるけど・・・もしかしてお客さんってあなたのことかしら?」
 霊夢の話しぶりからすると、紫の客が来ることは知っているが、それが誰かは聞かされていないといった感じである。
「たぶん・・・。」
 妹紅のあいまいな返事を受け、霊夢は少し口をとがらせ値踏みするように妹紅を見る。
 霊夢からすると、八雲紫と藤原妹紅との間に接点になるような要素がまったく見えてこない。永夜事件で確かに因縁はあるだろうが、あれから数年経っているし、その間紫の口から藤原妹紅についての話は一切出ていないので、その件から派生している問題ではないと考えられる。
 霊夢的には、藤原妹紅についてあまりいい印象はない。不死身というデタラメさは、ある意味で「ずるい」という負の印象を与える。普通に戦っても十分に強い妹紅であっても釈然としないものがある。
「・・・こっちよ。」
 霊夢は本殿から向かって左、方角では南回りに歩き出し、妹紅もそれについて行く。
 博麗神社の建つ小さな低い山は、南西方向が開けており、そこから幻想郷を一望出来る。妹紅は霊夢の後をついていきながら、突然目の前に広がったその風景に足を止めた。
 遠くに見えるようで、何故か手に届きそうなほど近くに見えるという不思議な景色。道中は遠いものは遠く、近いものは近く見えたが、ここだけ何故か空間がおかしく見える。
「いい眺めね・・・でも。」
 語尾の「でも」が全てを表していると思う。霊夢にとっては見慣れた景色だが、自分も初めてここでこの景色を見た時は妹紅と同じ様な感想を抱いた。
「妖怪の山がすごく近くに見えるでしょ?神社周辺は向こうの世界と中途半端に繋がっている分、空間がちょっとおかしいのよ。」
 母屋は本殿南側に細長く建ち、広い縁側が南を向いている。
 妹紅は家の形が自分が今住んでいる藤原邸に似ていると思った。
 縁側の正面に出ると、座敷でくつろいでいる数名の影が見えた。
 八雲紫、八雲藍、伊吹萃香の3人である。何れも最強の妖怪達である。
 妹紅はすぐに戦闘モードになった。目つきが変わり敵対心を露わにする。
「(すげー面子だな・・・クソ!)」
 妹紅はある種の絶望感を感じる。こんな化け物と同時に戦えば、いくら不死身でも勝てるわけがない。
 そして、この状況でシレッとしている博麗霊夢もやっぱりただものではないと思う妹紅。
「思ったより早くきたわね・・・。」
 八雲紫が楽しそうに妹紅の訪問を歓迎している。
「とりあえず上がったら?」
 霊夢が立ち話も何だからと、まるで里のおばさんが言うような軽いノリで、妹紅を座敷に招こうとする。
「私はここでいいよ。要件だけ言って帰るつもりだから・・・。」
 4人がのんびりしている中で妹紅だけ殺気立って場違いな様子を醸し出す。
「あら、そう?」
 霊夢も座敷に上がろうとしたが、妹紅の言葉に振り向いて足を止める。
「では、その要件とやらを聞こうかしら?」
 紫がどんな言葉が出てくるのか面白そうに妹紅に尋ねる。
「・・・あなたが具体的に何をしようとしているのかは分からないけど・・・でも、どんな事でもあなたに全面的に協力させてもらうわ。私はしばらくあの家にいるから用があるならここに来て。」
 妹紅はそれだけを言うと、じゃあと言って踵を返した。
 霊夢には何のことやらさっぱりだが、妹紅の言葉に反応した紫がすっと立ち上がる。いつも気怠そうな紫の緩慢な動作しか見ていない霊夢は、その素早く立ち上がる若々しい動作に驚かずにはいられない。
「ちょっと待ちなさい。」
 先程と打って変わって口調か厳しくなる紫。閉じた扇子を向けて妹紅を静止させる。
 その扇子に相手を静止させる力が宿っているというわけではない。その言葉に妹紅が動きを止めて振り向いたのは紫の言霊とそれに従わざる得ない妹紅の魂的格下の性である。
「あなたはそれで良いかもしれないけど、私は何をもってあなたの言葉を信じればいいの?」
 紫の言葉に霊夢ももっともだと頷く。信頼関係の構築されていない者同士がお互いに約束を守ると宣言したからといってそれに何の意味があるのだろうか?その約束の大元になる部分を知らない霊夢であっても妹紅の言葉は一方的で納得のいくものではないと紫に同調するしかない。
 しかし、その霊夢の考え方に対して意外な人物から反論が出た。
「紫、それはお前が言う台詞ではないだろう?本来ならお前が土下座して妹紅に頼まなければならない事なのに、お前の面目を守った妹紅に対してそれは失礼ではないか。」
 霊夢は萃香がこのようなセリフを言う事にまず驚き、次に、その内容にも驚いた。そして紫を見た。
「・・・。」
 紫の表情は、その萃香のセリフに顔をしかめたが反論の言葉はなかった。明らかに痛いところをつかれてぐうの音も出ないといった表情であった。
 藍はといえば、最初からずっと座ったまま目を閉じていたが、萃香の言葉に口元に笑みを浮かべたのが見えた。
 思わず紫側に同調した霊夢だったが、裏に何か自分の知らない大きな存在が隠れているのだと思わずにはいられなかった。


「私はバカだから、考えるのはあんたらに任せると言ってるだけよ。交渉したとしても、こっちを見下している相手に対等な話し合いも要求もクソもないでしょ?」
「どんな要求でも応じなければならないのが今の紫の立場だ。お前はその立場をしっかり紫に教えてやらねばならん。見下していると分かっているなら、見下すなと言えばいい。」
 紫の替わりに萃香が答える。
「そうはいっても・・・別に要求なんてないしね・・・。」
「・・・。」
「強いて言えばお礼のつもりさ。」
「お礼?」
 これは霊夢の言葉だった。
「本来、幻想郷に住める資格のない私を導いてくれた、あんたの妹に対してのね。」
 紫の表情が変わったのを霊夢は見逃さなかった。妹?紫にそんな存在がいたなど初耳である。
「私に妹なんていないわ・・・。」
 真っ直ぐ妹紅を見つめていた紫は悔しそうに視線を背け、振り絞るように妹の存在を否定した。
 その時、今まで何も言わずキツネ顔で他人事の様にそれぞれのやりとりを聞いていた藍が、ゆっくり立ち上がって外に出てきた。
 藍は妹紅まで最短距離を歩いてきたのではなく、縁側端、妹紅から一番遠い位置から下り、真っ直ぐ正面に出て、母屋南面と妹紅と藍の立ち位置が平行になるような位置で止まり、そこから妹紅に真っ直ぐゆっくりと近づく。
 ある地点に来た時妹紅の表情がきつくなり、ジリっと後ずさりする構えをする。
「(ここが限界点か・・・。)」
 藍は妹紅と冷静に会話が出来る距離を測り、妹紅が後ずさる位置で前に出した右足を引っ込めた。それに呼応するように妹紅も下がる姿勢を直す。
 目に見えない境界線が張られていると霊夢は感じた。そしてそこを越えた時、非常に危険な状態になると、その2人の様子から察知できた。
 主人の危機に見て見ぬふりが出来なくなったのだろうと、妹紅は紫から藍に視線を移した。
「藤原妹紅。お前と会うのは永夜事件以来だな・・・でも、当時はお前の事は何も知らなかった。今は待ちこがれた人にやっと会えたという心境だ。恐らく紫様も同じだろう。」
「・・・。」
「本心とは逆の行動を取ってしまう。女心とはそういうものだ。なぁ霊夢?」
「ちょ、何でそこで私に振るのよ!」
 突然話をふられ、自分でもあるのかないのか分からない女心とやらにドギマギする霊夢の様子を見て、カラカラとかん高い声で笑う藍。
「相手の思いを知りたい、聞きたいことがあっても、それを自分の口からは恥ずかしくて言えない。こういう気持ち霊夢にもわかるだろ?」
「だから、何で私に言うのよ!」
 からかわれっぱなしの霊夢。だが、妹紅は藍の真意がわかる。霊夢と名指しで指名しているが、それはすべて妹紅に対して言っているのであ。
「幽香をくどき落としたように、是非とも我々にも同じ事をしてもらえないだろうか?我々は幽香のように好きなら好き、嫌いなら嫌いと正直に言えない質でな。幽香とばかり仲良くして、幽香ばかりずるいと思うのさ。」
 紫らの視点だと、幽香は妹紅に降伏し懐柔された、ましくは、そこまでいかなくても友好的な間柄になれたと見ているのだろう。本当は我々も友好的になりたいのだが、素直にそうとは言えないという立場を分かって欲しいというメッセージを藍は言葉を換えて妹紅に伝えたのである。
「幽香をくどくって何それ?」
 何も知らない霊夢の疑問を完全に無視して妹紅を見つめる藍。
「まぁ、これが今の紫様の気持ちというわけだ。そしてそれは私も同じだ。」
 私もー!と縁側で寝ころんで酒を飲んでいる萃香が手を振る。
「ちょっと、何言ってるのよ藍!」
 無視される霊夢の苦情を無視して、最後のセリフで一旦真顔になってからまた最初の何を考えているかわからないキツネ顔にもどる藍。
 険悪になりかけている妹紅と紫の今の状況を立て直すために霊夢を織り交ぜからかいながら恥をかかせないようになるべく遠回しに紫の心情を伝えるという事をやってのけた藍の話術に妹紅は感心する。
「(このキツネ、紫より上手だな・・・。)」
 舌戦になったら勝てるかどうか分からないと思う妹紅は、今回の交渉に関しては始めから紫に従う方針を決めており、その為の最初の発言だったが、それはもっと落ち着いて会話を楽しみたかった紫の機嫌を著しく損なう結果となってしまった。しかも、予想外の鬼の茶々入れで紫は腹を立てただろう。それにしてもこの酔っぱらいの鬼もただ者ではないと思う妹紅。というより紫に関係する人材に雑魚はいないということだろう。


 妹紅は藍の要求を呑む事にした。
 妹紅はここへ来る前、幽香から受け取ったあのちぎられて小さくなった八雲藍の呪符をポケットから取り出し、藍にではなく霊夢に差し出した。
「何これ?」
 急に変な紙片を渡され、キョトンとする霊夢。すぐに何か力のこもった呪符だと気付いて興味を示してそれを受け取る。
「藍のセリフを借りるなら幽香を口説き落とした恋文さ。」
「・・・」
 藍のみならず、妹紅にもバカにされている気がしてムッとする霊夢だが、食い下がる気も起きず、気を取り直し受け取った呪符の説明を求める。
 用法を説明された霊夢は、妹紅に言われたとおりに呪符を少しちぎり、小さく縒って耳に入れ、指で蓋をして何かが聞こえているという分かりやすい仕草をする。
 妹紅は聞き耳を立てている霊夢に顎で他の連中にも配れという合図を送り、霊夢はそのちぎりとられて半分以下に減った呪符を藍の所まで歩いて渡す。
「あれ、聞こえなくなっちゃった・・・。」
 霊夢は渡す際に指を耳から離してしまったようだ。
「指で塞ぐのは外気と遮断するため、呪符の発動が外気との遮断ということ。一度聞こえなくなったら終了。」
「先に言ってよ!」
 藍に渡してしまった後で、妹紅に抗議する霊夢だが、その妹紅は踵を返し背中を向けると、首だけ霊夢に振り向いて顎でまた指図をする。着いてこいと捉えた霊夢は、続きが聞きたいという不満はあったものの自分と同じ様に呪符の類に精通している妹紅に興味を示し後を追った。


 妹紅はポケットに手を突っ込んだまま少し前屈みで見るからにガラの悪そうに歩く。その後ろ姿から醸し出す雰囲気はかなり殺気立っている様子で、声を掛けるにも掛けずらい。
 賽銭箱辺りまで来た時だった。妹紅の背中からフッと殺気が消えたかと思うと、ヘナヘナとその場で腰が砕けるようにしゃがみ込み、そのまま仰向けになって天を仰いだ。
 必死に何かを我慢して、ようやく開放されたという感じに見て取れた霊夢は、妹紅の顔を上から覗き込むように尋ねる。
「ど、どうしたの?」
「あなた・・・。」
「霊夢でいいわ。」
「霊夢、あの連中と一緒にいて怖くないの?」
「怖い?・・・そんなこと思ったこともないわね・・・。」
 霊夢は母屋の方に一旦振り向き、妹紅が怖いと言う妖怪達の方へ意識を向けまたこちらに向き直る。
「妹紅は怖いの?」
「うん。」
 霊夢は素直に頷く少女の様な妹紅を見て不思議な気分になる。
「(こんなに小さかったっけ・・・。)」
 妹紅が不死身で長生きしていることは知っている。見た目は少女であるが中身は全然違うのはわかる。しかし、それを抜きに考えても、先ほどまでの妹紅はとても大きく見えた。体が急にしぼんだように感じる。
「1300年という時間で、人はどのくらい輪廻出来ると思う?」
 寝ころんで空を見上げている妹紅の隣に腰を下ろした霊夢に、妹紅は突然脈絡もない事を言い出す。
「それは・・・六道の事?」
「いや、そっちじゃないほう。」
「人の一生を50年と考えても・・・早ければ100年で一回りかしらね・・・。」
「150年から200年が平均かしらね。早ければ100年。」
「で、それがどうしたの?」
「1300年あれば上手くいけば10回くらいはいけるかもしれない。つまりね、私は生物としての年齢は1300年を越えて、1300年分の経験をしていても、魂的には成長してないガキってこと。」
「あ、そうか・・・輪廻してないんですものね。でも、妖怪だってそうでしょ?」
「妖怪ってのは、輪廻しつくした先の存在よ。」
「なるほど・・・で、それが何なの?」
 妹紅のいう輪廻については霊夢もだいたいは理解できるが、その話をここで持ち出すのことの意味が見えてこない。
「それだけ連中と私には魂の格差が大きいってことよ。人間という個体レベルでは平気と思っていても魂レベルでは余りにも格上過ぎて強く心を保っていないと魂が押しつぶされてしまうのよ・・・。」
「そっか・・・だからさっきから喧嘩腰でいたのね・・・でも変ね。私も人間だけど紫とか平気だけど・・・。」
「それは霊夢の魂が連中と同格かそれより上ってことよ。」
「・・・。」
 そうは言われても、それを自覚することはできない霊夢。唯一分かることは、藤原妹紅の肉体と魂のバランスが大きく歪んでいるという事である。


 霊夢は妹紅にたくさん聞きたいことがあったので、色々な質問をしていた時だった。
「詳しい事は後で紫達に聞いたら?酒でも飲みながら連中の昔話でも・・・。」
 妹紅がそう言いかけた時、母屋の方から大きな悲鳴のような声が聞こえてきた。
「萃香の声だわ・・・。」
 妹紅は上半身を起こし、そちらに向かおうと立ち上がる霊夢の左手を掴む。
「昔を思い出して泣いてるだけよ、そっとしておきましょう・・・。それに妖怪のマジ泣き見ると取り憑かれるわよ。」
 立ち上がろうとして急に腕を捕まれた霊夢は、ムッとして妹紅を睨み返したが、その妹紅の言葉に体の力を抜いた。霊夢から力が抜けたので、妹紅は霊夢を掴んだ手を離す。
 取り憑かれるという表現は適切ではないが、妹紅が八雲紫の妹の八雲藍の涙を見たことで彼女に対する執着が生まれ、そして消えなくなった事で、その後の人生に大きな影響を及ぼしたが、霊夢もそうならないように警告したのである。
「取り憑かれるか・・・神社に居着かれて、なんかもう手遅れって感じね・・・。」
 どうやら妹紅が警告する以前に手遅れだったようだ。
 里では博麗神社は妖怪に占領されているという噂が立っており、否定出来ないと慧音が嘆いていた。
 妹紅としてはあくまで噂でしょ、と慧音を励ましていたが、どうやら噂は本当のようである。


「何で泣いてるの?」
「連中に共通の友達の死に際のメッセージが、あの呪符に込められているから・・・。」
「・・・紫の妹?」
「ええ・・・彼女は私が殺したのよ・・・。」
「!・・・幻想郷が隔離される前の話よね・・・その頃にそんな事があったのね・・・。」
 藤原妹紅に隠された歴史は、霊夢が考えられる範疇を遙かに越えていそうであった。
 自分も紫達と同様にここにいる藤原妹紅を見くびり、見下していたのではないかと反省する。


 それから10分ほど経った時である。
 妹紅と話をしていた霊夢は、その妹紅の表情の変化に気付き、彼女の視線の先に顔を向けた。
 妹紅の視線の先に居たのは八雲藍である。2人からだいぶ離れた場所に立ってこちらの様子を伺っているように見えるが、邪魔しないように遠慮しているようにも見える。いずれにしてもこちらから了承しない限り、それ以上近付く気配はなかった。
 妹紅と霊夢は示し合わせたわけでもなく、ほぼ同時に自らの意志で立ち上がる。
 それを合図にしたのか藍が少しずつこちらに歩いてくる。
 妹紅はその藍の態度から戦う意志無しと見て気を緩めた時だった。藍は突進し、一気に妹紅の警戒領域を破って左手で妹紅の胸ぐらを掴みそのまま押し倒した。
 あまりのスピードに霊夢も何も出来ず、妹紅が倒れたと時に反応して藍に対してサッと退いて身構える。
 妹紅はその藍の左手を両腕で掴み引き離そうとしたが、体が硬直して思い通りに動かない事に気づく。何かの術にはまったと妹紅は思い藍の顔を凝視する。
 妹紅を見下ろすギラギラと殺意に満ちたその顔は、妹紅を捉え術を施すと同時に元の心の内を表に見せないキツネ顔に戻る。
「霊夢、大丈夫何もしない。だから、その危ない呪符をしまえ。妹紅、無礼な振る舞いを許して欲しい。こうでもしないとお前に近付く事ができないからな。」
 今にも攻撃の呪符を投げそうな構えをする霊夢を制し、動けなくしておきながらその無礼を妹紅に詫びる藍。
「話は聞かせてもらった。私は藍にはさして関心がなくてな・・・だが、気になる事がある・・・そのリボンを少し貸してもらいたい。」
 藍はそのまま動けない妹紅の頭のリボンに手を伸ばす。
「や、やめろ・・・。」
 リボンに手をかけている藍に妹紅は必死で警告する。
「しゃべれるとは驚きだな・・・で、これを取るとどうなる?」
 藍としては完全に動きを止めるつもりだったが、妹紅の抵抗に驚きを隠せない。
「・・・。」
 妹紅は沈黙していたが、答えないというよりこの状況では答えたいけど答えられないと訴える表情だった。
「・・・取った瞬間何かが起こるのか?」
 そうした妹紅の状況を理解した藍は、苦しくて説明できない妹紅に是非だけで問える簡単な質問をした。
 妹紅は首をわずかに横に振る。
「悪いようにはしない。」
 取ってもすぐどうにかなるものではないと理解した藍は、妹紅のリボンをゆっくりとほどいた。
 思ったより長いリボンで、妹紅から全て離れるのに意外な手間がかかったが、やがてそれは完全に妹紅の頭から離れた。
 すると突然、妹紅の妖力が急上昇し、妹紅から吹き出る妖気で藍の服がバサバサと音を立てて激しくなびく。霊夢もその圧倒的な力に思わず防御の姿勢をとった。
 霊夢は両腕で顔を守るように妹紅の妖気に対抗する。腕の隙間から見える妹紅の白い髪の毛が白紙に墨をたらすかのように、頭皮側から黒く滲み出しているを見た。さらに、藍の尻尾が3本ほど長く伸びているのにも気づいた。霊夢は藍の尻尾の意味を正確に把握しているわけではなかったが、妹紅の妖力上昇に合わせて自らも妖力を上げ、それが尻尾の形状に現れているとすぐに理解できた。
「妹紅・・・お前、既に異形化してしまったのか・・・。」
 紫の妹八雲藍と藤原妹紅との最後のやりとりを聞いた九尾の藍は、その妹紅のリボンの意味を知り、現状がどうなっているのかを確かめるためにこのような手段にでたのである。
「愚かな・・・お前、何人人を殺しをした?千や二千ではあるまい・・・。」
「・・・。」
 妹紅の瞳に力がなくなっているのを藍は見てとった。
「もしかして、それは藍と関係があるのか?妖怪を狩った罪滅ぼしに、人間を狩ったとかいうのではないだろうな?」
 妹紅の凄まじい妖気にすら涼しい顔の藍に、妹紅の心は完全に折れてしまった。
「お願い・・・リボンを返してくれ・・・」
 妹紅が抵抗を止めた瞬間、急に体が楽になった。敵対心のようなものに反応して相手に苦痛を与える。そんな感じの術なのだろうと理解できたが、敵対心が消えた妹紅には、もはや魂の序列に従うしか術はない。
 藍に完全に降参した妹紅は、リボンを返すようか細い声で藍に懇願を始める。
「霊夢、悪いが妹紅に破邪の護符を貼ってくれ。」
 霊夢もまた藍の妹紅を支配する力に圧倒され、その藍の要求に素直に従う。
 護符を貼られた妹紅の妖気は半分程に減り、白い髪を病魔のように侵す黒い滲みの侵食速度も極端に落ちた。
「妹紅、リボンはちゃんと返す、だから私の質問に全て答えるんだ。お前は藍を殺した後、どのように人生を送った?」
「私は、藍を殺した後、全てに絶望して廃人になってしまった・・・。」
 虚ろな目で藍の質問に答える妹紅。自分の意志というより別の自分が勝手にしゃべっているようで、どこか他人事のように感じる。
「それで?」
「私は死ねないから体はそのままで心が死んで、精神だけがあの世に行きかけた・・・そして選択の間にずっといた・・・。」
「選択の間?」


 人の死にはいくつかのパターンがあり、病気や外傷で肉体が生命を維持できない状態になれば人は強制的に死ぬことになる。しかし、なんらかの理由で肉体は健康を維持していながら意識が離れる仮死状態になることがある。その状態はそのまま続けば死ぬ危険性があり、意図的にそうなったのでなければ大抵の場合戻れずに死ぬ。
 選択の間とは、一瞬の出来事で自分が死んだかどうかも理解できない精神が、自分が死んだということを理解するための一時的な安置所のようなもので、通常は自分の遺体を見下ろし、自分が死んだ事を悟って肉体の執着から抜け出し死を受け入れる。
 だが、そうした者には生き返るチャンスがあり、文字通り生死の境にいる事になる。
 生きる気力を失って精神的に死んだ者は大抵はそこで死を受け入れるが、事故などで不本意にそうなった者は
ご先祖様や縁者の霊によって生へ押し戻される。


 妹紅がかつて所属していた岩老郷には様々な妖術を使う一族がそれぞれの得意とする術を一子相伝で伝えていたが、その中に仮死状態となって幽体離脱をして精神に入り込み、精神疾患や記憶障害の治療のため、その原因を探ったり、一種の呪いで自ら口を閉ざした者の尋問などの情報収集を得意とする一族がいた。
 仮死状態とはつまり最も死に近い状態であり、幽体離脱を失敗した時にこの選択の間に来てしまう事がある。一族の先祖が事情を知っているため、彼らは直ぐにこちらの世界に押し戻され無事なのだが、妹紅もこの術を教わる際に、肉体、精神、霊、魂についての理を彼らに習い、そして自らもその選択の間に来たことがあった。
 不死身の妹紅には死を選択できる事は出来ないが、その分、居たければ好きなだけそこにいることも可能だった。


「私は選択の間で何十年もそこで死ぬことも出来ず生きることを否定していた。しかし、ある時私の前に不死鳥が現れた・・・。」
「!」
 八雲紫がずっと知りたがっていたのがこの不死鳥についての事であり、藍は真実にたどり着ける糸口を掴んだ。
「不死鳥は、滅びない私の体に興味を示したんだ。」
「なるほど・・・乗り移る媒体としては最高の逸品ではなるなお前の体は。」
「不死鳥は、ある事がやりたいが、ヤツには大雑把に世界を壊すことしか出来ず、ピンポイントで何かを破壊ができない。その為、抜け殻の私の体を乗っ取る形で操って、それを実行したんだ。」
「そのある事とは?」
「不要な人間を始末することだ・・・。」
「!」
 藍と霊夢はその妹紅の言葉に顔を見合わせた。
 不死鳥は、妹紅によって極端に減らされた御霊を増やすため、魂の成長を促すため、つまり輪廻を加速しようとしていたのである。
「不要な人間って・・・。」
 藍に危険はないと近付いていた霊夢は、妹紅の言葉に思わず不快を示す。
「宗教だな・・・。」
 当時の状況を知る藍としては、不要な人間の心あたりは、僧兵や一向宗しか思い浮かばなかった。
「そう、当時、寺院は武装していた。あの後、天文法華の乱という宗教戦争でとんでもない事が起きた。」
 あの後というのは、八雲藍の死後、そして彼ら妖怪がこの世界から去った後を示している。
「応仁の乱など人心、世界が乱れ、人々は現世より来世の幸福を望むようになり、教の題目だけを叫んで、自らは何もしなくなってしまったんだ。」
「確かにそんな人間の魂は成長はしないだろうな・・・で、お前は、というかお前の体を使った不死鳥は何人殺したんだ?」
「・・・一人でやったんじゃない・・・織田信長が宗教戦争根絶のために軍を動かしていたからそれに従軍した。比叡山焼き討ち、加賀、石山本願寺、いろいろ従軍した。大量虐殺は従軍中は目立つから、犯行はいつも夜だった・・・。」
「千の単位ではなさそうだな・・・万、十万単位か・・・幾らお前の意志ではないにしても、その体を使われたら全ての業はお前が背負うことになるではないか。」
「どうする事も出来なかった・・・でもある時、リボンが外れたんだ。その時ヤツにも制御できない異形の姿に変身してしまい、その時になってようやく私は元の体に戻ることができたんだ。」
「そうか、不死鳥は妹紅の業によって生まれた異形の存在に呑み込まれたことで、お前の制御下になったということか・・・。」
「・・・たぶん、そんなところだと思う。それ以後、私の体を駆り立てる不死鳥の声は消え、自分の身体は自分のものになった。でも、その副産物として不死鳥の力が完全に自分の物になってしまった。だからリボンを外してラストワードを唱えれば、世界を亡ぼす事も出来る・・・。」
「うむ・・・。」
 妹紅の凄まじい人生に藍も思わず言葉が詰まる。どれだけのものを妹紅は背負っているのだろうか。
「妹紅は、自分の意志でラストワードを唱えられるのだな?」
「紫が何を心配しているのか知らないけど、こんなことをしなくても何でも協力するつもりだった。」
「その点については素直に詫びよう。紫様も、私も、妹紅を完全に見くびっていた。」
「もういい・・・済んだこと・・・。」
 妹紅は藍に馬乗りにされ胸ぐらをつかまれたままだった。抵抗を止めた妹紅はそのまま手足を大きく広げたまま地面に身をあずけていた。
 完全に負けたと妹紅は思った。負けとは生か死かの問題ではなく、心を折ったかどうかの問題である。
 永遠亭と数百年にわたって戦いを続けていた妹紅であったが、蓬莱山輝夜はともかく、こんな完璧に心が折られたのは八意永淋以外では初めてだった。
 負けた要因は油断だった。油断していなければ負けてはいないというのは敗者の言い訳でしかない。油断したのではなく、油断を引き出された時点で相手が上手なのである。
「しかし・・・。」
 藍は妹紅を見下ろしながら考える。輪廻や魂に関することと不死鳥に共通点が見いだせない。本来それは火の鳥という似てはいるが別の存在が負う事ではないだろうか・・・。
「紫様が考えている以上に何か複雑な事になっている可能性があるな・・・。」
 藍はほとんど独り言の様に誰にも聞こえないほど小さな声で呟いていた。
「妹紅はそれに気づいているのだろうか・・・。」
 藍は妹紅以外にもう一人重要な人物の名を忘れていた。
 上白沢慧音。彼女はすでに、不死鳥と火の鳥の関係がこじれている事に気づいており、八雲紫らの起こす異変を最上の形で納めるのことになるが、この出来事は八雲紫などに痛烈な精神的ダメージとなってもう一つの異変を生むきっかけとなる。


 妹紅を押さえていた左手を外して立ち上がる藍は、霊夢の隣に立ち妹紅に見下ろした。
 上にいた藍がいなくなっても、妹紅はそのまま放心状態で空を見上げたままだった。
「紫達は?」
 紫が姿を見せないことが気になった霊夢は藍に尋ねた。
「紫様は萃香と抱き合ってオイオイと泣いている。」
「ええ!」
 シレっとウソをつく藍の言葉を一瞬真に受け大きな声を上げてしまった事を恥じる霊夢であったが、それはそれで見てみたいとも思える。
「で、あなた達は何を企んでるの?」
「何かを企む為には様々な情報と手駒が必要だ。今はその段階で、そして今正に最も欲しかった情報と駒が手に入ったところだ。」
「つまり、具体的な事は今から決めるってこと?」
 情報とは不死鳥のことで、手駒とは妹紅のことであることは分かるので口に出して聞くまでもない。
「そういう事だ。」
「妹紅はどうするの?」
「妹紅がいて成立する企みだ。彼女抜きに話はすすまない。そして彼女は我々に協力してくれる。」
「無理矢理ね~。」
「人聞きが悪いな。妹紅は始からこちらに協力するといっていたではないか。」
「ふ~ん。」
「・・・霊夢、ずいぶんと他人事だな。」
「え?私は関係ない・・・って、まさか、私もその面子に入ってるの?」
「何を今更・・・どのみち異変とあればしゃしゃり出てくるだろうに・・・。」
「やっぱり異変を起こす気なの?何かすごくいやーな予感がするんだけど・・・。」
「今回の異変の大筋というか、結果はこうなると決めて行う、いわば茶番だ。」
「・・・茶番ねぇ・・・それって結局いつも通りってことじゃない。」
 霊夢は藍から視線を外し妹紅に歩みよりながら独り言のようにそうつぶやいた。
 霊夢が離れたのを合図にするように藍は「妹紅を頼む」と霊夢に妹紅を託した後、紫達のいる母屋へ歩きだした。
 藍の様子を一度振り向いて確認してから、妹紅に向き直る霊夢。
 先ほどの藍との会話のどの辺りからかは分からないが、大の字に寝転がっていた妹紅は起きあがってあぐらをかいてぼーっとどこかに視線を向けていた。心ここにあらず、魂がどこかに行ってしまった・・・抜け殻、そんな様子である。
 霊夢は妹紅の横にしゃがむと妹紅の視線を遮るように手をかざして何度か振ってみるが、まったく反応がない。
 それを見た霊夢はやれやれと立ち上がり、多きく息を吸うと、次の瞬間大声で妹紅をどなりつけた。
「こらぁ!いつまでそうしてるの!」
 怒鳴られてビクッとなった妹紅は、腰に両手をあて見るからに怒ってるぞという態度で見下ろす霊夢を見る。そして、三秒程見つめ合う二人。
「あ、あれ?」
 正気を取り戻したのか、普通の顔に戻って周囲をキョロキョロする妹紅。
「どうやら大丈夫のようね。」
「・・・そうか、私、完全に・・・。」
「キツネにつままれたのよきっと。」
 正気を取り戻して目を見開いていた妹紅の目が半開きになって何やら不満そうな視線を霊夢に向ける。
「何よその目は。キツネにこてんぱんにされたくせに。」
「う・・・。」
 言い返せない妹紅を見下ろし勝ち誇った顔をする霊夢。その様子を見て気が楽になり、折れた心が元に戻っていく、そんな不思議な心地よい気分になる妹紅。
「まぁその・・・ありがと・・・。」
 急にかしこまってお礼をする妹紅に、その突然の言葉に戸惑う霊夢。
「わ、私なにかしたっけ?」
「・・・いや、なんでもない。」
 自分が何者であるかまったく無自覚な霊夢に半ば呆れ、クスっと苦笑して立ち上がる妹紅。
「何よ・・・。」
 その妹紅の態度が気に入らない霊夢。
「ところでさ、紫は結局何がしたいの?」
 気を取り直して霊夢は妹紅に尋ねる。
「不死鳥を転生させる。」
 妹紅は簡潔に返答した。
「転生?転生というと・・・いわゆる破壊と再生とかそんな感じかしら?」
「恐らく・・・。」
「何でそんなことを?誰も得しないような・・・。」
「何か得する事があるからやるんじゃないの?」
「紫のすることだから絶対何か裏があるわよね・・・。」
 紫がやることは霊夢にとってのいわば試練のようなものである。霊夢もその辺を理解しているようで、この不死鳥の転生が自分も必ず巻き込まれると容易に想像出来る。
「転生って具体的にどうなるの?」
「向こうの世界だと、自然現象、例えば地震、津波、火山の爆発、疫病、それから人災、戦争、その他諸々の沢山人や自然が失われる現象ね。」
「向こうってことは、幻想郷だと何か違うの?」
「幻想郷だと、イメージがそのまま現象になる可能性が高いから・・・つまり大爆発ね・・・。」
 妹紅も自分でそれを言って想像して不安になる。こんな事をして誰が得するのだろうかと先ほどの霊夢の意見に同意せざるを得ない。
 霊夢もそれを想像してか神妙な面持ちで唸っている。そして、妹紅と目が合う。
「妹紅は自爆するわけでしょ?じゃー私は何?それを防ぐってこと?」
「・・・そう・・・なるのかな・・・。」
「ちょっと待ってよ、不死鳥の自爆っていったらものすごい爆発にならないの?」
「・・・なるわね・・・幻想郷ごと吹き飛びそうな・・・。」
 慧音と話をしている時はまだそれが確実にそうだと言い切れなかったため、どちらかというと他人事のように聞いていたが、いざそれが現実の事となると具体的にそれを想像することになる。
「紫に聞いてくる!」
 見るからにプンプンと怒った様子の霊夢が母屋に向かって歩き出す。それを見て妹紅は霊夢を呼び止める。
「なによ!」
 人格が変わったようにガラが悪くなって鼻息を荒くして振り向く霊夢。
「紫のとこ行くなら、これ返しておいて・・・。」
 紫のところへ向かう事を阻止するための引き留めなら、断固拒否しようと思っていた霊夢だが、そうではないと知って立ち止まり力を抜く霊夢。
「なにそれ・・・。」
 霊夢が振り向くと、妹紅は5寸ほどの呪符を握りしめこちらに差し出していた。


 疑問に思う霊夢。
 この妹紅の「紫に返したいもの」が後にとんでもない事件を引き起こすに事になるが、預かった霊夢もそれを預けた妹紅にすら想像できないものだった。