東方不死死 第14章 「月の秘密(1)」
母屋に移動した妹紅は、3人の妖怪がすでに縁側から降りて立っているのを見て足を止めた。
3人は縁側から降りてすぐのところから、座敷の奥の方で寝ている紫を見ており、妹紅が来たのを受けて一斉に振り向く。
大物達に一斉に見つめられ、一瞬ぎょっとする妹紅だが、努めて冷静を装い何事もなかったかのように妖怪達の横から座敷に上がる。妹紅は気づかなかったが妹紅の背に3人の妖怪は軽くお辞儀をしていた。
霊夢はそれを横目にして妹紅の後に続き、座敷に上がってから下げた頭を戻し目が合った妖怪達にもう少し下がるように合図を送る。それに呼応し妖怪達は迅速に行動するが、表情は面白くなさそうであった。それは人間に指図される事に対しての不満ではなく、剣を抜く状況を間近で見てみたいという知的好奇心を妨げられた事によるものでった。
出来ればもっと前でその様子を見たかったが、妹紅を刺激して失敗されでもしたら意味がない。霊夢の指示を拒否することは出来なかった。
「気遣わせて悪いわね。」
隣に座ろうとする霊夢に感謝の意を示す妹紅。
「どういたしまして。」
妹紅の言葉に少しおどけるように応える霊夢。
「さて・・・体を起こそう。」
妹紅は畳についている紫の左肩を抱えあげ、座らせるように上半身を真っ直ぐ立てる。霊夢は紫の右側から支えた。
妹紅は岩老刀の刀身の模様がよく見えるように、紫の左側面に片膝をついて構え左手で刀を軽く握る。右手は腕ごと紫の背中を支えるように回す。
霊夢は妹紅と反対の紫の右側に座り、体を支える為に両手で両肩掴む。
背中に流れる紫の髪の毛を束ねて右肩から前に送り、刀身が突き抜けた背中をよく見えるようする。
妹紅は、一度息を吐いてから刀身を見つめる。
「赤で抜けばいいのね?」
妹紅は確認の為に聞き、霊夢は無言で頷く。
妹紅はよし!と心の中で気合いを入れ、もう一度刀身を見つめる。
「(藍・・・これで良かったんだよね?)」
藍の復活にわずかの望みを抱いて、今までその魂を保存してきた妹紅。左手を少し動かせば藍は紫の元へ戻る。そうなればもはや藍という存在は消滅するだろう。
少し寂しくも思えたが、最後のけじめは自分がすべきだろう。そして、そのチャンスを自分にくれた事を霊夢と後ろの妖怪達に感謝した。
「(さようなら・・・藍。)」
妹紅は一気に引き抜いた。
その時異変が起こった。
眼前の全ての物が漂白されたかのように白く輝き出し、妹紅は反射的に目を閉じ顔を背ける。
突然のこの状況にも何故か妹紅は驚くことは無かった。むしろ何かを期待していたかもしれない。
咄嗟に顔を背けたものの光の出所がつかめず、どちらに顔を向ければいいか分からず、右腕で目を覆うがそれでも眩しさが取れない。
完全な無音状態になり大気と鼓膜との触れ合う感覚が雑音という形になって頭の中に直接響いて来るようである。
妹紅は剣を抜いた後になんらかの変化はあるだろうと想定していたが、この状況は全く予想していなかった。しかし、予想外な状況になっても心は驚く程落ち着いている。自分で不思議である。
妹紅はいつまでたっても眩しさが消えない事に違和感を感じ恐る恐る目を開けた。
そこは白く輝く眩しい世界だった。
強い光りは眩しく目には良くないという一般的な常識によって身体が勝手にこの状況を拒んでいたが、目を開けてみると光りが眼球を刺激している様子はなかった。
顔を背ける仕草自体が無為だったと気付き、紫を左腕に置いた体勢のままで右腕を下ろす。いつの間にか剣は消えていたが特に気にならなかった。
「こういうのに慣れすぎるのも考えものね・・・。」
普通不安になるような状況にもかかわらず妹紅は冷静だった。
自分と、左腕にいる紫以外の色が全て白く何も存在していない様に思えたこの世界も、目が慣れるに従って、そこが博麗神社の母屋であることが分かってきた。
すぐそばにいた博麗霊夢、家屋、縁側にいる妖怪達。それらが存在するのは確認できたが、それは明らかに実体ではなく、白い紙に墨一色で描いた絵の様に線として存在していた。
「下手くそな絵だな・・・。」
妹紅は思わず口にもらしてしまったが、全ての形が絵筆で書き殴った適当な線で、良い方に捉えれば、これから絵を描き上げようとする前の下絵といった感じだ。
時間が止まっているのだろうか?時間が止まるとこんな景色になるのだろうか?妹紅は冷静に周囲を見渡しながら紫を守るように周囲を警戒していた。
「そういえば・・・。」
妹紅は周囲の状況が余りにも想定外の事で気付かなかったが、今の状況は前の状況と左右が反転していた。
感覚ごと反転していれば気付かないだろうが、気付いたということは空間だけが反転しているのだろう。
しばらく状況に身を置いて何が起こるかを待っていたが、やがて腕の中にいる紫が呻き声を上げ目を覚ます。気付いた妹紅と紫の視線が重なった。
紫は微笑みそして口を開いた。
「久しぶりね、妹紅。」
久しぶり?妹紅は一瞬思考が止まった。そんな妹紅を楽しそうに見ながら紫は妹紅の腕から滑るように抜け出すと自力で立ち上がり、中腰の妹紅を見下ろすようにした。
妹紅は紫がいなくなった腕の中に、周囲と同じように輪郭線だけとなった紫がいるのに気付き、驚いて思わず手を離し、そのまま自分も後ろに体を引いた。そしてまた驚く。
自分の居た位置に、紫を抱いた格好のままの自分の輪郭線残って居たのである。世界が変わった一瞬をそこに焼き写したような状態になっており、そこに実体として2人だけが存在しているという状況だ。
「どうしたの?妹紅。久しぶりの再会なのに・・・。でも、驚くのも無理ないわね。こんな出来損ないの世界では・・・。」
そう言って紫は周囲を見渡す。
「お、お前・・・藍か?」
「あら、やだ。気付かなかったの?」
「いや、でも、その口調、なんだか紫みたいだぞ・・・。」
妹紅の知っている藍は、外見的に今の紫とかわらないが、醸し出す雰囲気、表情がどこか世間知らずのお嬢様的な無防備さを持っていた。今そこにいるのは、知性的な大人の女性の魅力を感じる。
「姉さんが覚醒した後の幽香達のリアクションも、きっと今の妹紅みたいな感じだったのでしょうね。」
そう言って藍はクスクスと笑う。藍も紫と同様、覚醒した事によって元の性格からだいぶ変わってしまったようである。
妹紅としては、久しぶりの再会はもっと感動的なものだと漠然と思っていたが、今目の前にいる藍が自分の知っている藍のイメージとだいぶかけ離れていたため、どうリアクションを取っていいのか分からずしかも向こうは向こうで完全にマイペースなので完全に肩すかし状態だった。
完全に性格が変わるといってもベースとなる元の性格が反映されているようで、紫はどちらかというと物事を悪い方から考える慎重な性格なのに対し、藍はすべて前向きに考える悪く言えば脳天気な性格になっているようだ。
中腰の妹紅に手を差し延べる笑顔の藍。妹紅はその笑顔に引き込まれるようにその手を取る。その瞬間藍は一気に妹紅を抱き寄せ、体の小さい妹紅は藍の胸に顔が埋まってしまうように強く抱きしめられる。
妹紅は息が出来ず思わず顔を離そうとしたが、息が止まっても死ぬ事もないと思い、そのまま妹紅も藍を抱きしめ返す。
どれくら時間が経ったか分からない。そもそもこの世界に時間の概念があるのかもわからないが、二人はしばらく抱き合った。
1日、いや数時間の戦闘とその結末。たったそれだけの時間の出会いなのに何故ここまで相手を想えるのだろう・・・妹紅自身それが不思議だった。時間を掛けて育てる友情も確かにあるだろうが、特別な相手には恐らく時間の長さは関係ないのだろう。
込み上げる思いもやがて収まり、二人は同じタイミングで自然に離れると藍は何も言わずにそのまま縁側の方へ歩き出す。
「もっとマシな世界に出来たらよかったのにね・・・。」
縁側から見える白と墨の線だけの世界に不満げな藍。妹紅は藍の隣には行かずそのまま藍の背中に話しかける。
「この世界は・・・。」
「妹紅があの剣を抜いた瞬間の世界の裏側に別の世界を構築してみたの。」
魂が融合する瞬間、藍は自由になれた。
「そんなことが出来るんだ・・・。」
「覚醒した姉妹同士で、姉さんに出来て私に出来ない道理はないでしょ?今の私は性格こそ違え、中身はほとんど同じよ。・・・でも、幻想郷を見よう見まねで作ったからこんなみっともない世界になってしまったわ。」
「なぜ、私と藍だけはリアルなんだ?」
「私にとって妹紅と姉さんだけが存在としてリアルに感じ取れるからよ。」
「・・・?」
妹紅は藍の言葉を理解出来なかった。後ろにいて見えない妹紅の表情に困惑の色が出ているのが感じ取れ、藍はクスっと笑い話を続けた。
「要するに覚醒前の私は自分以外の他人をなんとも思ってなかったのよ。能力によってまるで調停者のような存在に祭り上げられていただけなのね。」
藍は自分の意志が弱く、基本的な行動方針は鞍馬などの教育によって後から身についた知識を元にしてのものだった。
「だから、霊夢とか連中の顔がこんなに適当なのか・・・。」
明らかに手抜きのようなこの線は、時間がなくて適当に描いた正真正銘の手抜きだったようだ。3人の妖怪は面識があるだけ輪郭はある程度しっかりして、顔もそれなりに特徴を捉えているが、面識のない霊夢の顔はへのへのもへじである。なんだか可哀想になってくる。
「妹紅は何も考えなくてもイメージだけでこのとおりよ。」
「藍は?」
「これは姉さんの身体を借りただけ。勘違いしないでほしいのだけれど、私は既に死んでいるのよ。決して生き返ったわけじゃない。幻想郷でもこの世界でも、私は別の体を借りなければ何もする事ができないの。」
「でも、体になるような物があれば生きていられるってことだろ?」
妹紅は、藍の口にした死を否定するように必死に問う。
「私がこうして存在しているのは、死に際妹紅が私を現実に引き戻した時、一つのアイデアを思いついたから。」
「アイデア?」
「妹紅にあげたそのリボン。あれは私の半身みたいな存在だった。なら、それに覚醒した私の精神を結びつけておけないかと思ったの。」
外を眺めていた藍が妹紅に振り向き言葉を続ける。
「その試みは成功した。」
「それは命を繋いだってことじゃないのか?」
「その命を妹紅がさっき断ったのでしょう?」
言葉の意味とは裏腹に藍は楽しそうな表情で妹紅に優しく語りかける。
しかし、その言葉を受けた妹紅は愕然として膝が崩れ落ちる。
魂と肉体と精神。これら三位一体で命と言う。どれか一つが欠ければ廃人、二つ欠ければもはや人ではない。そして妹紅はたった今、紫から剣を抜き、藍の魂を紫に置いてきたのだ。つまり、肉体は既になく、存在する精神と魂のうち魂を消した事になる。藍に残されたのは精神は、何れ時間と共に無に還る。
妹紅は涙が溢れていた。
「全てが切り替わる一瞬を、時間の流れから切り出して生みだした世界だから、こうやって私は妹紅と対話が出来る。でも、この体は姉さんのものであり、魂もすでに姉のもの。残った心だけが時の狭間に根性悪く居座っているだけなのよ。何れ消えてなくなるわ。」
そう言って藍はウフフと笑う。
「私は二度までも藍を殺したのか・・・。」
「二度あることは三度ある・・・かもよ?」
妹紅の深刻な精神状態とは裏腹にこの時間を精一杯楽しむように藍は嬉しそうにしている。そして、妹紅はその藍の態度に腹を立てる。
「ふざけるな!なんで、お前は笑っていられるんだ?」
永遠の別れが目の前にある悲しみと、どうすることもできない罪の意識と、この状況になってもふざけている藍に対する怒りが錯綜し狂いそうになる妹紅。
「ふざけてなんかいないわ。2度目があるから3度目が成立するのよ。」
ただの言葉遊びだと妹紅は一蹴する。
藍は優しく妹紅を見下ろしニッコリと微笑むと外の方を振り向きまた縁側まで出る。
「私は姉さんと違ってなんでも前向きに考えしまう・・・きっと何とかなる・・・ってね・・・。」
「何か方法はないの?」
「ないことはないけれど・・・。」
「!」
藍は生存方法を知っているそぶりを見せたので妹紅は思わず希望がわく。
しかし、その希望の表情とは裏腹に藍は妹紅を冷静に見定めるような視線を送る。
「妹紅・・・あなたは蓬莱の薬で不死身になったのでしょ?」
「!・・・うん、そうだけど・・・何でそんなこと急に・・・。」
藍と戦った500年前、自分が不死身であることを藍は知らなかった。少なくとも覚醒する以前は知らない、というよりその存在すら知らない様子だった。
「蓬莱の薬がどんな薬で何の為に作られたかわかる?」
「・・・わからない・・・でも、藍はそれを知っているの?」
「ええ、知っているわ。」
「何故?藍は月の連中と何か繋がりがあるの?」
「その連中というのは誰か分からないけど、その中に八意永琳が含まれているのかしら?」
思いもよらない名前がでた。
「!・・・藍はあいつらを知っているの?」
「面識があるか?という事なら知らないということになるけど・・・彼女は有名人だから名前は知っているし、人間達だって彼女の別名は知っているはずよ。」
その別名は妹紅もよく知っている。
「何故・・・。」
妹紅は頭が混乱していた。藍と永遠亭の連中に繋がりがあるような発言であるが、どこに接点があるのか現時点の妹紅にはまったく分からない。
藍と永遠亭が繋がっているなら、紫とも繋がっているのだろうか?
竹取物語の時代が西暦700年として、紫の覚醒がそれ以前の500~600年と推定する。月面戦争が西暦1000年頃の出来事で幻想郷隔離が西暦1500年頃だ。月面戦争時には八意永琳は地上にいたことになり、接点がある可能性はないわけではない。しかし風見幽香などの話を聞いても八雲一家と永遠亭の面々との間に関係するような話は一つも聞かなかった。
「・・・。」
妹紅はそうした思考の中で重要な事が抜けているのに気づいた。藍がいつ頃から幽香達と知り合ったのか分からない。幽香と紫、狐の方の藍と紫の事は聞いたが幽香と紫との出会いの話の中に藍は出てこないし、それまでは紫は単独の存在で世界を彷徨いていたようだった。
藍は必死に思考を巡らせている妹紅の様子を楽しそうに見ながら、ある程度妹紅の思考状況を読みとり助け船を出すように絶妙のタイミングで口添えをする。
「私が地上に降りたというより無理矢理連れてこられたのが姉さんが覚醒して直後の事よ。」
「連れてこられた?藍は月にいたのか・・・。」
「ええ。八意永琳を知っているというなら、先にそう考えるのが普通ではない?」
さも当然の様に重要な情報を口にする藍。
「妹紅、私と姉さんが元々一つの存在であったということは分かってる?」
「・・・うん、漠然とだけど・・・。」
「なら、私が何処に住んでいたかを知るより先に聞くべき事があるのではなくて?」
そうだ。根本的な問題が分からないのに、その後に生じる事象を詮索しても意味がない。そしてその根本がわかれば何故藍が月に居たかを知ることが出来る。
「月の世界がどのような仕組みで構築されたかわかる?」
「仕組みの原理はわからないけど・・・たぶん幻想郷と同じような仕組みだと思う。」
その答えに満足するかのように一度目を閉じで口元に笑みを浮かべる藍。次に見開いた目がまるで妹紅を挑発するかのように怪しく光りを放つ。妹紅はそれを見て紫と重なって見えた。
「つまり?」
「藍と紫の前身は月の世界を作った存在・・・。」
「そう。言うなれば創造主。そして彼は創主と呼ばれていた。」
「創主?」
「月世界は住む土地を増やすために開拓した世界ではなく、創主自身の思想的なものを反映させた美しい世界を構築する目的で作られた世界なの。例えば、神様や妖怪などの古の血の保存という理想の為に幻想郷が創られたようにね・・・。」
「美しい世界か・・・。」
「それを実現させるために月に大いなる力を持たせようとしたの。」
「大いなる力?」
「幻想郷もそうなのだけれど、創る側にはある一定の法則をその世界に持たせる事が出来るの。」
「・・・考えただけで心が通じるとか?」
「それはテレパシーのようなものかしら?それなら既に地上にも幻想郷にもあるわ。そういうのも確かに大いなる力に入るのだけれど、もっと根本的かつダイナミックに変える事が出来るの。」
「腹が減らないとか?」
「そうそう、そういう感じに常識に反した世界を作り出せるのよ。でもね、そうした世界が世界として継続して成り立っていくかというのとはまた別な話になってくるの。」
「例えば?」
「地上においては食物連鎖という大いなる力が存在するわね。腹が減らない世界は消費しない世界ということ。
生き物は勝手に増え続けるのにまったく減らない。つまり循環しない世界になる。こんな世界が長続きする?」
「確かに・・・どこかで破綻するかも・・・。」
「お腹が減らない世界か・・・・・・私なら腹八分で満足する世界・・・という世界にしましょうかしらね?」
「でも・・・腹八分になればいいけど・・・。」
「ふふ、分かってきたわね。なら、腹八分で満足するけど、餓死はしない。とかどう?」
「条件付けが許されるなら何でもできそうだけど・・・条件が増えれば複雑化して、計算外のことも起きるか・・・。」
「世界を作るというのは、その世界が永久に続くという循環する仕組みが基本になって、それを円滑に妨げない付加的力はとても限られている。」
「魂の輪廻も循環の仕組みよね?それは大いなる力になるのかしら?」
「地上を誰かが作ったと仮定した場合、魂の循環ルールを考えた人はとても優れた存在ね。」
「地上って誰がつくったんだろ・・・創主?」
「創主は人類の文明の発生と同時期に地上に生まれた存在だから地上の創造主などではないわ。」
「人間なの?」
「定義が難しいわね。当時は人間も妖怪もその他諸々に明確な線引きはなかったわ。強い存在が妖怪とかあるいは英雄とかになる時代だから。」
「人間という定義も難しいのね。」
「敢えて定義を付けるとするなら、知能を発達させた代償に本能を失った時期以降の存在が人間というのかもしれない。」
「なるほど・・・。幻想郷にも特別なルールがあるのかな・・・。」
「私が思うに博麗神社の選ばれた存在だけがルールを決められる世界なんじゃないかしら?」
「・・・スペルカードか・・・確かにあんなルールは普通の世界じゃできないな・・・。」
「博麗神社に特別な能力があり、その力が暴走しないように姉さん達が抑止力になっていると思うのだけど・・・これはあくまでも想像だけどね・・・。」
「その創主ってのは具体的に月にどんな仕掛けをしたの?」
妹紅は藍の言っている事は理解出来るが、なんとなく現実味が無く気がはいらず適当に相づちをする。
「創主は月を「口に出した事が現実になる世界」としたの。」
「え?それはずいぶん無茶な仕掛けね。」
「こういう世界が実際に存在したら世界はどうなってしまうかしら?」
「混沌とするから・・・あーでも、その果てには完全な秩序が出来ているかも・・・。」
口に出した事が現実になるなど余りにもふざけた世界になると考えた妹紅だったが、混乱と混沌でめちゃくちゃになったその後にも人間が生き残っていられたら、その人達は言葉を大事にするようになるのではないか?
妹紅は一瞬思考の方向性が変わり目の色が変わる。
藍は妹紅に発想の転換が行われた事を確認し話を続けた。
「元々誰も住んでいない月の世界はこれから人を増やしていこうとするのだけれど、「口に出した事が現実になる世界」がどんな悲劇をもたらすかある程度想像出来て、その力を元にしてそれを防ぐための秩序を口に出して作れる、そんな優秀な人材を捜し、そうした人達の集団で月を管理させようとしたの。」
「なるほど・・・で、その連中はどんな秩序を?」
「簡単に言うと穢れの思想を取り入れたの。」
「穢れか・・・なるほど・・・血を流す行為をしたり、させたりすると罪になる・・・か。」
「ええ、そしてその罪は、その場で即死としたの。」
「え?それはまた思い切った・・・あーでも、ものすごい抑止効果にはなるわね。」
ある程度妹紅も納得したが、しかしその表情は明らかに不機嫌そうである。妹紅は穢れの塊のような存在でもあるし、そんな都合の良い世界に納得がいかない。羨ましいという気持ちも無いといったらウソになる。
「でもこれが結構うまくいってね、口に出した事が現実になるなら何でもやり放題だけど、反平和的行為をすると即死するんだから、言葉を選ぶわよね?」
「(言霊、穢れの思想か・・・日本の昔の政治システムと同じね・・・。)確かに・・・悪人が悪人として生きられない世界になるわね・・・。」
妹紅は穢れの思想や口に出した事が現実になるという言霊の概念が日本の政治の重要基盤となっている時代を知っていたので藍の月の話しに次第に興味が湧いてくる。
「地上に住む者は、生きる為、食べる為に他の命を奪わなければならない。それが穢れだとしてそれは地上人にしてみたら普通の事ね。そしてそれが普通である世界に住む人達の視点から見れば月の世界はあまり良い世界には見えないかもしれない。でも、血を流す穢れ事さえしなければ何でも出来るというメリットがあったからそれを望む人も大勢いたの。」
「そんなに大勢になるのかしら・・・。」
妹紅は否定的な意見を言ったが、それは話の内容に興味を示し、自分なりに考えてみた結果の意見で感情が先に出た否定意見ではなかった。
「言霊の力によって月は不老不死の世界になっていた。」
不老不死などと簡単に言っているが、妹紅としては蓬莱山輝夜や八意永琳などの月人の存在や、竹取物語にもあるが、当時の常識として月の人間は不老不死であるというのを先に刷り込まれているため、現代人ならお伽話にも思える不老不死というキーワードには抵抗はなかった。
「なるほど・・・悪人も大勢月に行きたがるけど、穢れの思想によって淘汰が出来る。上手い具合に選民されていき、善人は死なずに永遠に生き続ける。でも、口に出して言った事が現実になるというのならいくらでも悪人が都合良く秩序をかえられない?」
「簡単に変えられない為に先手を打って変えられない仕組みが言霊によって作られていたわ。」
「なるほど・・・だから、先に秩序を作る為の管理者集団を作ったのか・・・。」
先程藍と妹紅とで、お腹の減らない世界というものをふざけ半分で議論したが、それらの世界はいくらでもあら探しが可能だった。
何でも出来る世界は危険極まりない粗だけの世界に思えるが、流血沙汰が即死となれば行動は自ずと制限されていく。あれをしたらこれだけの罪になるなどと、細かく決めなくても自然に秩序が維持される。
そしてそれ以外では好き放題なら様々なアイデアが生まれ試されて行き、その結果が常に流血に繋がらないという事である。
妹紅は考え込んでしまった。
月に移住というのも簡単に言っているが、人を簡単に異世界に隔離したり、別の場所に移動させたり出来る紫の能力を見てしまうと藍の言う事もすんなり受け容れられる。
幻想郷という世界を作り、世界を自由に行き来出来る八雲紫という存在は、藍の言うその創主とやらのミニチュア版みたいなものだろうか?
藍の言葉に最初は半信半疑で、さらに疑心暗鬼にかられた表情をしていた妹紅の目にそれらを受け容れる理解の色が見て取れた藍は更に具体的な話を始める。
「月の世界が構築され、そこに住むべき者の人選が進められている時、創主の思惑には無かったことが起きたわ・・・神様が勝手に月に住み着きはじめたの。」
妹紅は先程まで藍の言葉に一々疑問を投げかけていたが、完全に聞く態勢に入っていた。
「月に移住する神様の多くは戦いに敗れたり、それから逃げてきたりなど、比較的おとなしく平和を好む繁栄の神様達ばかりで害意はないとして創主はその移住を認めたの。」
妹紅はこの選択が後の月世界に大きな影響を与えたのかもしれないとありきたりに先読みした。
「創主は優秀な地上人に月の行政を任せる一方で、月の繁栄の基盤を作るため人口の増加を計画するのだけれど・・・。」
「血を流す行為が穢れ事になるなら、性交も出産もダメよね?」
「ええ。それらの行為は穢れ事に繋がる為、人工的にそれを行うしかないのだけれど・・・不老不死の世界において成長という概念も消えてしまった月は、新しい命がそこで誕生するという事が出来なくなってしまったの。」
「そうか・・・仮に子供を授かっても永遠にお腹の中か・・・。」
「そうなると人口を増やす手段は・・・。」
「移民か。」
「ええ、当時高度な文明を誇っていた地上の幾つかの文明の内、平和的な文明を選んで月に移住させ、その後も優秀な人材を少しずつ移住させ、それらを事を繰り返して月の人口を増やしていったの。」
妹紅は、突然消えた文明や一夜にして大陸ごと消えた超古代文明があると慧音から教えられた事を思い出す。当時は眉唾と笑っていた妹紅だが、それらは藍の話にある月の移住と関係があるのかもしれない。
「創主に選ばれ行政を司る初期移民の少数一族は一人が皇帝のような価値があるとして「皇族」、その仕事の内容から「管理者」などと呼ばれ、政治中枢が確立してから移住した者達は地上人から見れば仙人の様な優れた存在ということで「仙族」と呼ばれたわ。勝手に土着してしまった神様とその一族は「神族」と呼ばれるようになり、それぞれ住む場所がわかれていたの。」
「それぞれが国みたいなものになったの?」
「行政は一ヶ所に集中していたから厳密には国が乱立したわけではないけど、民族ごと移住した文明にはそれぞれに下地になる文化があるでしょ?それらはある程度尊重されていたから自然に別れただけよ。」
「平和だったのね・・・。」
妹紅の言葉が過去形だったのを藍は見逃さなかった。今が平和ではなく創主が藍と紫とに分けた理由と繋がりがあるだろうと妹紅は勘付いたのだろう。
八意永琳とい名前を聞いて以降、どちらかというと否定的な表情で話を聞いていた妹紅であるが、すぐに話しを聞く姿勢になった妹紅に感心の視線を向け微笑む藍。
「永琳は・・・どの一族なの?」
月に3つに別れている事を知り、永琳がどの立場にいたのか知りたいと思う妹紅。
「彼女は神族よ。」
「神様か・・・やっぱり・・・。」
「あなたは八意永琳とはどんな関係なの?」
藍の質問を受けて、永琳と妹紅は個別に知っているものの、双方の間で面識があることについては知らないということが理解できた。
「敵・・・かな。」
「まさか、彼女と戦ったの?」
「うん・・・相手にもされてない感じだけど・・・。」
「かぐや姫とは?」
輝夜の名前も出てきたが、永琳が出てくるなら当然輝夜も出てくるだろうと予測できた。そして、この2人はやはりセットなのだと理解できた。
「あいつとは同レベルかな・・・。」
「随分と親しいのね。」
「親しい?あいつらは敵よ。」
永遠亭の連中の話をされて不機嫌になる妹紅。藍と妹紅の様に争いの中に真の理解があるのかもしれないが、レベルが違いすぎるせいか相手にされていないようだ。それ以上の進展は当分ないのかもしれないと思う藍。理解し合うにはある程度近いレベルにいないと無理なのだろう。
「神様というと何か恐れ多い存在に思えるけど、神崩しは稀に良くある事で信仰の薄い神様は人間から亡ぼされてきたわ。月に来る神様は敗者やそれを避ける者が大半だったから信仰が薄くはっきり言うと弱い存在だった。」
「永琳は強いけど・・・。」
「あの人は特殊なの。」
「特殊?」
「あの人は神様を導く神様で祖神なのよ。」
「そしん?」
妹紅にとって聞き慣れない言葉が出て来た。妹紅の頭の上に目には見えない疑問符が飛び出したのを藍は感じとり説明を始める。
「神様というのは、そのほとんどが文明が発生した後、自然現象などを元に偶像化されて、信仰によって誕生する俗神で、俗神というのは人間が作り出した神様で、主に国の政治や道徳を支える存在として大きく誇張され文明の隆盛と衰亡に大きく影響するの。祖神というのは文明が誕生する以前から存在する文字通りの神様で普遍的で人間の信仰にほとんど影響されない存在なの。」
「そんなすごいヤツだったのか・・・。」
「だからといってそれがすごいとうわけではないのよ。ただ八意永琳は知啓の神様だからあらゆる物事に対応出来る能力が予め備わっていたの。」
「・・・でも、そんな大物が何で幻想郷に・・・。」
「さぁ?」
「さぁ?って本当に知らないの?」
「私が地上に来た時、永琳達はまだ月にいたわ。彼女が地上に降りるにあたって当時の事と照らし合わせるといくつかの理由は勝手につけられると思うけど、正しい答えはわからないわ。」
「そういえば、地上に連れてこられたってさっき言ったわよね?それってどういうこと?」
「それは、話を続けていればおのずと分かるわ。」
妹紅は話しに興味が出て来ており、複線の様に出てくる様々なキーワードに一々反応していると話の腰を折ってしまうと考え、まずは藍の話を聞く事にした。
「神族は月に住むためにある条件を飲んでいて・・・。」
藍は語尾を曖昧にして妹紅の目を見る。これは続きを答えて見ろという藍の無言の合図である。
「月で信仰を集めないとか?」
「ええ、月ではあくまで人間と同じだということで、神族とは言ってもほとんど勢力としての影響力が月ではなかったの。」
「それがどう影響していくの?」
妹紅は今まで話の内容を受け身で聞いていたが、話の内容に興味が湧いたのか積極的に食いついてくる。
「天下りをはじめたのよ。」
東方不死死 第14章 「月の秘密(2)」へつづく