東方不死死 第14章 「月の秘密(2)」


「天下り・・・なるほど・・・。」
 納得する妹紅であるが、藍としては何を納得しているのか見当もつかない。妹紅としては輪廻の終焉に上り詰め天人などになった後、快楽の世界から飽きて抜け出す者達が天下りするという事を知っていた。
 月の生活に飽きた神様が再び地上に戻るという話は自然に納得ができた。
 しかし、藍のいう天下りは単に飽きたからではなく、重要な生きる行為に関係していた。
「月のシステムには従っているものの、縛られていない神族は、月に来れたのと同じように自分達の意志で地上に戻る事も出来たの。だから彼らは月では穢れ事として事実上禁止されている自然繁殖をするために地上に降りる様になったの。」
「日本の神様はお盛んだから・・・ん?」
 妹紅はそこで重要な事に気が付いた。
「この話って日本の神様の事?」
「日本限定ではないわ。大陸を含めたその周辺一帯よ。創主というのは大陸の人。」
「その天下りってのは、日本の神話に関係するの?」
「大いに関係するわ。大陸の宗教基盤は道教という集権制度を基礎としているいわゆる一神教のようなものなの。そしてその一番偉い天を治める存在が天帝であり人間の世界を治めるのが皇帝なの。そこにいる神様というのは神とは名付けられていてもそれ自体に信仰が集まるようなシステムではなかった。ぶっちゃけて言うと大陸には日本でいうところの神様が一人もいないのよ。」
「そうなのか・・・。」
 妹紅は意外に思った。日本の文化は大陸の影響を受けているのをその時代に生きて実感している。しかし、それ以前の神話レベルの昔となると流石にわからない。藍の話は仏教などが伝来するよりもずっとずっと前の話しなのだろう。
「民間宗教はいわゆる俗神であり、信仰すれば何にでも神様が生まれるけど、全ての力が天帝に集約される世界だから元から存在する神様にとっては大陸はとても住める場所ではなかったのよ。」
 慧音が言っていたが大陸は国の隆盛と衰退が激しく平和的な文化が繁栄するような安定して人々が暮らせる時代が極端に短く、国が変わればすべての歴史がリセットされるのだそうだ。
 天帝に国を任される皇帝はただ一人の存在であるという教えの為、複数の国や文化の共存が許されない世界である。数千年にわたって一つの価値観だけで他者を排除する仕組みであるため、複数の神様を継続して信仰するような状態が全くなかったのだそうだ。
 ハクタクはその大陸の有様に絶望し、慧音という特別な能力を持って生まれた少女の魂に相乗りする形で日本に転生、つまり国替えをしたのである。
「それで大陸の神様は月に避難を?」
 こくりと頷く藍。
「その後大陸の東岸に島々を見つけ、そこに天下りをして繁殖し元々いた日本の俗神を抑えて国替えをしたの。この当時、月の政治システムの根幹でもある穢れの思想が、天下りした神様達によって日本に輸入され、血なまぐさい武力侵略を避ける行動をとったの。その為、いわば侵略であるにもかかわらず土着の神様が亡ぼされる事なくそのまま共存する摩訶不思議な世界が出来上がったのよ。」
「それ、完全に日本の神話ね・・・。」
「大陸に生まれた創主にとって、その世界はとても悲しく絶望的だった。その反動が月の世界を生む動機となり月世界という理想郷は作られたの。」
「・・・。」
「道教が成立するよりも以前の話しだけど、こうした宗教的何かが成立するというのは、古代文明やそれ以前の文明の基礎的なコミュニティの中にそういう概念が生まれていたということ。創主の誕生は具体的にいつかはわからないけど、すでに道教の基盤が出来ている時代に生まれたのでしょう。そのシステム以外のものがこの世に存在しないと思い込んでいた。しかし、絶望していた地上の世界の片隅に創主の価値観にはない新しい理想郷が生まれようとしていた。創主はこれをどんな思いで見ていたのか・・・。」
 藍は創主の片割れである。他人事ではないないだろうし、その最後の言葉は複雑な感情が籠もっていた。
「創主は日本の古き良きものを保存する目的で半身を地上に送り出したの?」
 この事が、藍と紫の発生の原因ではないかと妹紅は考えた。
「それは違うわね。この時期はあくまで神話レベルの大昔の事よ。神話の時代を仮に1万年前と仮定して、私や姉さんが地上に降りたのはたかだか西暦にして1000年より前のつい最近の話よ。」
 1000年は人間にとって長い年月であるが、神話レベルでみたら確かに1000年などつい最近と言える。
「直接的な原因が発生したのはだいぶ後の事。でも、創主の心に変化をもたらしたのは事実。その時期を境に、創主は月の運営を管理者に全て移譲し事の成り行きを見守る傍観者に徹する様になったの。」
「何故傍観することにしたのかしら・・・。」
 日本の政治中枢に非常に近い場所で生まれた藤原妹紅にとって藍の言う摩訶不思議な当時の日本の政治システムは普通の事である。その為、創主がその日本という国の成り立ちにどれほどのショックを覚えたのか、その感覚が理解しずらいのである。
「日本という国の成り立ちは、創主にとって予想という範疇の外にあるまったく新しいものだったの。その発祥も月に住み着いた神様という創主の思惑から外れたイレギュラーからの発端。手を下して予想の中で物事を進めていくより、手を出さずに成り行きで起こる意外性というものに興味をもったのではないかしら?」
「意外性か・・・。」
 この創主という存在にとって予測の範囲で全て事が進んでいたのだろう。そこに意外性というものを初めて見出しそれに興味を持ったという事なのだろう。
「創主の政治介入が無くなった後、制限の無くなった管理者が暴走とかそんなことが起こる?」
 トップの力が無くなるもしくはその力が弱まると政治は乱れる。これは妹紅の経験上自然にそう考えてしまう。
「ちょっと違うわ。妹紅も予想している通り月は平和ではなくなるけれど、でも要因となったのはこの時期の事ではなくもっと後にあるの。月に奇跡の子が誕生したその時から・・・。」
「奇跡の子?」
「あなたの良く知っている人だと思うけど・・・。」
「・・・輝夜ね。」
 面白くなさそうな顔で呟く妹紅。
 永琳とくれば次は輝夜だろうと容易に予測は出来たが、奇跡の子とはまた大それた異名だ。いったいどういう意味だろうか興味がある。
 八意永琳が月の重要人物である事はわかったし、その実力も妹紅が一番よく知っている。が、輝夜もそうなのだろうか?しかし、戦った様子や当人のかなり未熟な精神構造からして、輝夜が永琳並の重要人物には思えない。
「神族が地上で繁殖するのを受けて、仙族らも人口を増やす為に人口的繁殖が行われるのだけど、前にも言ったように成長の概念がない月では受精卵がほとんど育たないの。」
「ほとんどということは少しは育つってこと?」
「ええ、不老不死といっても永遠にそのままというのではなく、ほんの少しずつ成長はしているの。地上の人で換算するなら1歳になるのに1000年とかそんなレベルでね。」
「それはもう、成長しないと言い切ってもいいレベルね。」
 同時に苦笑する2人。
「でも、そこで急激に成長する個体がいたの。」
「それが輝夜か。」
「妖怪や神様などは生まれつきなんらかの特殊な力を持っていたりするのだけど、月に住む人々は基本が人間だから、不老不死と言霊以外に特別な力はなかった。言霊も制約があるから完全に自由とはいかない。でもかぐや姫は時間を操る能力が備わっていたの。」
「あの力は私もよくわからないんだけど・・・。」
「私にもわからない。でも時間の流れを加速させ、自分だけ1万5千年以上分の歳をとってしまったの。」
「15歳くらいか・・・。」
「この時、この人口繁殖計画には月のトップ科学者が携わっていて、当然八意永琳も参加していたわ。これが2人の出会いでもあるのだけど・・・。」
「永琳は神族で、輝夜は仙族になるんじゃないの?」
「永琳は特殊な存在なのよ。科学や医学などあらゆるものに携わって全てにおいてトップだったの。その為、彼女だけ一族の垣根を持たない特権的な位置にいたのよ。」
「なんだかずるいわね。」
「しょうがないでしょ。彼女によって知識がもたらされるのだから。どこの分野でも引っ張りだこだったのよ。」
 納得のいかない顔をする妹紅にいいわけするように説得する藍。
「かぐや姫、当時はまだそんな呼ばれ方をしていなかったけど、永琳によって英才教育を受けたかぐや姫はその力を使って永琳の研究に協力したの。彼女の力を使えば、結果が出るのに時間がかかる研究実験などが速く進むから・・・。」
「・・・何か問題が起こるの?」
 藍の語尾が暗く沈んだので、その後に何かがあると予測出来る妹紅。藍は紫と違って感情が表に出る。
「姫の誕生によって月の世界は激動の時代に入るの。」
「時間が速く進むから技術とか文明が高度に発展しすぎる?」
「それもあるのだけれど、人口繁殖の為に成長待ちをしている未来の子供達を輝夜は瞬時に成長させ教育させていくのだけれど、月で生まれた新しい人類は、何かしらの特殊な力を持っていて・・・。」
「勢力バランスが崩れるきっかけになったのか・・・。」
「ええ、少数だけど強力な力を持った新人類達、月族が誕生して輝夜を中心にして王国化してしまったの。」
「それで姫になったのか・・・。」
 輝夜の性格からして喜々としてその地位に上がったに違いないと思う妹紅だが、実際は祭り上げられた後そうした性格に変化したというのが正解である。
「政治の中心が2つになったことで、月には2つの国で成り立つようになったの。」
「戦争か・・・。」
 妹紅が先読みして確信をついたが、この戦争の形態が妹紅の思っているのとは全く違うものなのである。
「国が二つといっても、月族である輝夜達新人類は元々は仙族の出。仙族から生まれた優れた人類に仙族が従うのは自然な流れで、仙族のほとんどの部族が月族に従属してしまったの。」
「二国といっても人口バランスがだいぶ違うわよね・・・そうなると管理者はおもしろくない・・。」
「管理者は言ってみれば仙族を取り仕切る為にいるようなものなのに、その仙族が月族に従ったらその存在意義がなくなってしまう。」
「禁断の何かをやってしまうの?」
 容易に想像出来る話ではある。
「いいえ、片方に力が片寄ると必ずバランスを取ろうとする力が働くわ。天才である八意永琳がその状況を黙って見ているわけにはいかなかった。彼女は当時研究中だった新しい生物を使ったある計画の実用化を管理者に薦めたの。」
「なんてやつだ・・・。」
 双方に肩入れして混乱を助長している存在と見なす妹紅だったが、それには藍が異議を唱える。
「永琳は悪くはないわ。全ての元凶は輝夜という存在が生まれてしまった事よ。そして生まれた責任で輝夜を責めるのも筋違い・・・。」
「・・・どうしようもなかったのね・・・。」
 感情的に永琳に腹を立てた自分自身に幻滅する妹紅。
「永琳は数的劣勢な管理者に固有の民を持たせパワーバランスを調整しようとしたわ。この時の彼女のアイデアが凄まじかった。」
「凄まじい?」
「穢れというのは、血を流す事だけれど、その対象は人間や獣といったほ乳類が中心で、魚類・鳥類はその中には含まれていなかったの。永琳はまず、獣の中で兎を穢れの対象から外すために各一族と管理者に根回しし、兎を鳥類という分類にすることに成功したの。」
「どっかで聞いたはなしだけど、それのどこが凄まじいの?」
「話は最後まで聞くものよ。永琳はその後、穢れの対象からはずれた兎を使い、人型進化計画を始めたの。」
「あ!まさか・・・。」
 妹紅が突然大きな声を上げた。
「どうしたの?急に・・・。」
「地上に一匹月の兎がいる。」
 異様に長い名前を持つ永遠亭の妖怪兎の顔を思い出す妹紅。
「そうなの・・・あなたはその兎を見てどんな印象を受けた?」
「明らかに取って付けたような変な耳つけてるけど・・・まー普通の人間にも見えなくもないし・・・。」
「外見から怖いという印象は?」
「ない・・・かな?」
 妹紅が妖怪慣れしているという点を省いても外見だけなら怖さは感じない。むしろ可愛い。
「そう、奴隷として労働力にも使え、外見的に恐怖感を与えない究極の民を作ったのよ。」
「普通に人間みたいに話したり考えたりするし感情もあるし・・・単純に新しい兎族みたいなのを人工的に作って管理者の人口を増加させ、事態が急変したら軍隊として転用する・・・か。何て事考えるんだ・・・。」
 最後のセリフは非難ではなく驚嘆の意味である。軍事利用についても藍は何もいってなかったが、地上にいる月の兎の戦闘能力の高さからいって妹紅には容易に想像できた。
「八意永琳は、数年で一つの民族を作りあげてしまったのよ。」
 環境プラントを建設し、そこで兎に様々なパターンの環境変化を与えていき、分岐する進化経路から人間に近い体型になるルートを見つけだすまでそれを何度も繰り返し行う。1億年規模の時間の経過を輝夜の力によって瞬時の行えるため、これだけの作業にもかかわらず短時間で済む。その後、人類に対して従順な性格になるようにある種の恐怖感を刷り込み洗脳する。そこから数世代経過させ人類の奴隷であり友人であり隣人である兎が完成したのである。
「でも、これは問題の解決にはならないばかりか、寧ろ状況を悪化させたわ。」
「策士策に溺れる・・・というやつ?」
「鳥類として扱われた兎は殺しても何の問題にならない。納品された兎をベースに管理者達は真っ先に軍隊として実用化を目指し、様々な兵器や薬物などの人体実験、いえ、兎体実験を行った・・・。」
「ひどいな・・・。」
「平和によって抑圧された人間の持つ攻撃性が出たのと同時に、従順過ぎる兎の性格がその強者の征服欲のようなものを引き出してしまったのよ。今まで理性によって治めていた仕組みに原始的な本能が割り込み、兎が鳥として扱われたため合法的に殺しが出来るお墨付きまであった。そしてそれを改変できないように言霊を使って完全無期限の法制化にしてしまったの。」
「やりたいほうだいじゃないか!」
「ええ、文字通りそうね。管理者に裏切られた八意永琳の心は深く傷つきその後自分の研究室に引き籠もり以後表舞台から消え、それと時期を同じくしてかぐや姫も奥へ引き籠もった。」
「元が兎とはいえ・・・。」
「元が猿の人間がすることではないわよね・・・。」
 月の兎がどんなものかを知らなければ妹紅は藍の言葉も他人事の様に思えたかも知れない。しかし、妹紅は幻想郷で月の兎と戦った事がある。性格が健気すぎるところがあり、戦う方としては出し抜きやすいが、あれは紛れもなく心を持った命である。輝夜が引き籠もったのも、永琳の計画に荷担した事で多くの兎の死に責任を感じての事だろう。
「その後、月では兎を使った戦争ゲームが始まり、兵器の進歩とともにエスカレートしていくわ。天才的な戦術指揮官の登場や、強力な大量破壊兵器、そして兎の中にも凄まじい能力を持つ個体も出たりなど、永琳達の思いとは裏腹にこの戦争ゲームは高度に洗練されていく。政治的な取り決めの際の裁決の変わりに戦争の勝者に決定権が与えられるなど、もはや月は当初の理想とかけ離れた場所になってしまった。」
 話を聞くにつれ妹紅もだんだん落ち込んでいく。
「・・・ねぇ。創主は何をしていたの?」
 計画が発動され実際に兎が納品され、そこから狂気が始まるまではほんの数年の事である。傍観する創主に責任はないが、この惨状に創主がどう行動をとったのか興味がある妹紅。
「傍観者に徹していた創主は、永琳の新しくやろうとしている事に共鳴し、ようやく重い腰を上げたわ。」
「共鳴?何を・・・。」
「八意永琳は何かを守ろうとしていたの。それが何だかわかる?」
「・・・兎?・・・じゃないわよね・・・。」
「いいえ、違うわ。八意永琳が手を掛けて育んだ別の物・・・。」
「もしかして・・・地上?」
 藍は大きく深く頷いた。
「八意永琳は月の欲望がいずれ地上にも襲いかかると予測し、その予防策を考えていたの。究極の防衛要塞兵器をね。しかし、創主はそれを止めた。」
「なぜ?」
 日本の神様の国替えに深く携わった永琳である。それが月に蹂躙されるようなことはあってはならないと考えるはずで、妹紅はそれに関しては共感する。しかし、それを創主が止めた。何故だろうか?
「創主は月の力が地上に及ぶことを避けるという点において永琳に賛成だったのだけれど、それを復讐の理由にすべきではないと考えたのよ。」
「復讐・・・。」
 永琳に共感して創主の判断に怒りを覚えた妹紅だが、その言い分は正しいと思い、握った拳から力を抜く。憎しみの連鎖は止まらない・・・。
「創主は月の未来にも地上の未来にも希望を持ち、なおかつ双方が独立して干渉しあわない様にするために、力の源である自分自身を分割しようと考えたの。」
「なるほど・・・それが藍と紫の始まりか・・・。」
「でも、そんなことは簡単に出来るわけではないわ。その方法を八意永琳に研究してもらうと依頼したの。」
 永琳はそれに従い、設計まで終えていた防御要塞の建設を中断し、創主のための研究に切り替える。
 藍は一旦話を止め、縁側に座り足を外に出してパタパタと軽く交互に振って、その後両手で体を支えるように仰け反って伸びをした。自分で話していて気が滅入ってきたのだろう。気分転換である。
 妹紅は藍の隣にあぐらを崩す様に座り無言で話の続きを要求した。
「妹紅、話がかなり脱線したのだけれど・・・最初に何を言ったか覚えてる?」
 脱線と言われてキョトンとする妹紅。本線じゃなかったのか?
「え?・・・何だっけ・・・月の話の前に・・・永琳とか輝夜の話しになって・・・。」
 妹紅は少し頭を捻って思い出す。
「蓬莱の薬からだったかしら?この話しになったのって・・・。」
「ええ、蓬莱の薬。この蓬莱の薬の不死身にする力って具体的にどんな事だと思う?」
 話の流れとしてはこれからクライマックスになろうというところで、そちらの続きが聞きたい妹紅である。その不機嫌な眉毛の形を見た藍は、それを察して苦笑しながら応える。
「蓬莱の薬は話の続きにちゃんと関係してくるわ。」
 それを聞いて眉の形が変わる妹紅。
「・・・えーと、月の力の奇跡・・・としか・・・。」
「まー奇跡的な力というのは間違いないのだけれど、どうして死ぬと体が元に戻るのか、その仕組みに関係するものは何か?答えて欲しいのはそういう事よ。」
「肉体が滅びると・・・魂と精神が分離するけど・・・つまり、不死身というのは分離しないってことかな。」
「そうね。分離させないようにするという点について奇跡の力が生じるわけだけど、仕組みとしては今妹紅が言ったものに間違いないわ。肉体が消失した時に魂が肉体に戻ろうとしてそれが存在しなければ、だったら新しく作ってしまえ!ということ。」
「なんかその話を聞くとすごく適当で簡単そうに見えるけど・・・。」
「肉体を構成する物質は決まっているは、作ろうと思えば人体は形だけは完全に作れるのよ。肉体はあくまで入れ物だから。姿形などの情報を蓬莱の薬が記憶しているから、それを元に分子レベルから再構築できるのよ。」
 妹紅にはちんぷんかんぷんな用語が出てくるが、それはまるで慧音と難しい話をしている時のようである。
 言っている意味はよく分からないが言わんとしている事は分かる。そんな顔をしている妹紅を見て苦笑する藍。
「蓬莱の薬は服用して体に不死身成分という栄養を吸収させ体質を変えるという薬ではないの。体の中で蓬莱の薬として永久に残る存在なの。」
「それって・・・つまり、病気みたいなものかな?」
「ええ、病気という捉え方で間違いないわ。つまり、妹紅は不死身病という不治の病にかかった病人ということなのよ。」
「そういわれると分かりやすいわね。」
 病気呼ばわりされているが、妹紅としてはそっちのほうが救いがあっていいと思っている。病気なら直せるかもしれないから・・・。
「月の世界は、特別な力を与えるけど、穢れたら終わりですよ。と、いう何かを得る場合必ずリスクを負うというシステムで力が発動する様に創主が作ったわけだけど・・・。」
「つまり、蓬莱の薬の持つ肉体と魂の強い結束には、別の場所にリスクが発生しているってことか・・・ああ、そうか!」
 妹紅は藍の言った月の力の仕組みに蓬莱の薬の力を当てはめて考えた時、藍が何故、話の順序を前に戻し蓬莱の薬の話しに変えたのか理解できた。
「ね、蓬莱の薬の話しに戻した理由が分かったでしょ?魂と肉体の強い結束の裏に肉体と魂の強制的な隔絶の力が存在するのよ。」
「それって・・・創主を分割する力に使ったってことだよね・・・創主はその薬を作って欲しいと永琳に依頼したってこと?」
「そうよ。だから蓬莱の薬はその薬を作るリスクのほうなの。単なる副産物ということよ。だってそうでしょ?月にいたら死ぬ心配なんていらないのに不死身の薬なんて作る必要ないじゃない。」
 そう言って藍はケラケラと笑う。
 そんな藍を尻目に妹紅が愕然としていた。悲しいとか苦しいとかそういう感情によってではなく、永琳との差が自分で思っている以上にあることを思い知らせれたからだ。
 隣で暗いオーラを醸し出して落ち込んでいる妹紅を見て笑うのを止める藍。
「永琳がまず行ったのは創主のクローンを作ったということ。」
「クローン?」
 藍が唐突に話し始めたので落ち込むのを止める妹紅。
「クローンというのがなんだか分かる?」
「物理的に分身するみたいな?」
「うーん、それで合ってるのかしら?要するに元と同じ物を人工的に作るということよ。」
「そんなことほんとうに出来るの?」
「さっきも言ったけど肉体は完璧に同じものは作れるわ。でも個人としての命は魂、心といったものが必要でそれらをコピーする事は出来ないわ。仮にそれをやろうとするとオリジナルが劣化して、繰り返すと植物状態になる。完璧な魂の複製はどんな科学力をもってしてもできなかった。」
「でも、それをやったんでしょ?」
「月の科学者達はオリジナルが劣化しないクローンを作ろうとしたけど、永琳は意図的に劣化さる方向でクローンを作ろうとしたの。」
「わざと?」
「ええ、同じ人間を2人作る必要はなかったから。だから完全に100を2で割った50づつのクローンを作ったのよ。」
「・・・。」
 妹紅は話しについていけなくなり、どう質問したり突っ込んでいいのかわからなくなった。
「蓬莱の薬と逆の力を持つ薬、黄泉の薬とでもしましょうか。その薬をそれぞれに服用させ、肉体と中身を分離させた。その意味は分かる?」
 藍の質問に妹紅は何も答えられなかったが、怪しく微笑む藍のその表情が紫に見えた時唐突に閃いた。外見は同じでも中身が違う!
「中身を入れ替えるためか・・・。」
「黄泉の薬で分離された肉体と中身は互いに結びくのを拒むけど、別の体となら結びつく事が出来る。」
 2体のクローンは全く同じ情報を持つ肉体であるが、個体と中身はそれぞれ紐付けされており、それらは決して肉体と中身が結合出来ない。しかし、紐付けされていない完璧に同じ情報を持つ肉体なら中身はその肉体を本物とみなしてそこに定着する。
「でも、それって結局紐付けがされているかされていないかの違いだよね?」
「これは次の段階への仕込みのようなものね。2つのクローンは分離して再結合する前に、それぞれ別の情報を与えていたの。」
「別の情報?」
「大きく分けると、私の方へは月の記憶と結ぶ能力。姉さんの方へは月の知力と裂く能力ね。」
 永琳が天才なのは、クローンを作ったということではなく、各クローンにどんな情報を移すかを決められたことである。
「なるほど・・・薬を飲む前に個性付けをしていたのか・・・でも・・・。」
 個性を付けることは理解できたが、では何のためにそうしたのか分からない妹紅。
「藍と紫というそれぞれに両極端の能力を持った、オリジナルでもなくコピーでもない全く新しい双子という命が誕生したわけね。」
 何か懐かしい思い出に浸るように話していた藍は、黙ってこちらを見ている妹紅に気付き微笑みを返し話をつづけた。
「妹紅、何か釈然としない顔ね。」
「・・・。」
 頭が混乱している妹紅。
「話にはまだ続きがあって、2つになった私達から更にクローンが作られたの。」
「え?」
 漠然と何か続きがあるのだろうと思っていた妹紅だが、その予測の範疇を超えた藍の言葉に思わず声をあげる。
「私側、藍の記憶は一時的に外部に保存され、記憶を持たない私とそのままの姉さんに薬を飲ませ、更に互いの中身を入れ替えたの。半分に劣化した能力はさらに入れ替えられるけど・・・。」
「紫の方には藍の、つまり創主の記憶は行ってないわけね?」
「ええ、意図的に姉さんには記憶を継承させなかったの。何故そうしたかわかるかしら?」
 この質問には妹紅は即答できた。創主のあこがれた意外性を持たせるために余計な知恵をつけなかったのだ。
「記憶という知識が邪魔をして、自由な未来の選択ができなくなるから?」
 妹紅の答えに満足そうに頷く藍。
「分割された私達のクローンは、肉体を放棄し中身だけを交換した。肉体の情報は全て同じだから分離した肉体と中身、つまり2回目の肉体との間だけで交換する必要はなく、私達は1回目の肉体に2回目の中身の半分づつが交換されたの。」
「記憶の無い藍から紫には能力だけが伝わったのか。」
「ええ、その変わり私は姉さんから知力を貰ったわ。肉体が破棄された2回目の私達は紐付けが切れて中身は仮死状態になった。これは潜在能力として内に秘める隠された力となったの。」
「・・・それってまさか・・・。」
 妹紅は同じセリフを何回も言っている様でみっともないと感じながらも、その答えを藍から意図的に引き出して貰っていると気付く。
「覚醒によって呼び覚まされる能力よ。姉さんはある時期に覚醒して隠されていた私の持つ結束の力を自力で手に入れた。この事によって姉さんは創主の半分の力を持った事になったわけね。」
 妹紅が予測した通り、幻想郷を創った紫は創主のミニチュア版なのだ。
「それは藍も同じよね?」
「ええ、私の場合は少し手遅れだったけど、でも、妹紅が私の魂を保存してくれたおかげで姉さんに戻してあげることができたわ。」
 にっこりと微笑む藍に申し訳ない気持ちの妹紅だったが、また唐突に閃く。
「はっ!じゃ、じゃー今の紫は!」
「ええ、姉さんは性格は八雲紫のままで、創主とまったく同じ力を手に入れてしまったというわけよ。」
 妹紅が思わず立ち上がり雷に打たれたかのように固まって天を仰いだ。
「なんか、全部計算通りなのか・・・。」
 妹紅は、生まれ、輝夜らと出会い、その後様々な成り行きで今に至るまで全て誰かに仕組まれた人生を送らされたような、そんな錯覚を覚えてしまう。
「そんな事はないわ。全て創主が期待した意外性の中の偶然の積み重ね。誰にも想像も計算できない偶然の産物よ。」
「八意永琳はそれにすべて噛んでいるのか・・・。」
「月の力が地上に及ばないようにするという同じ目的を永琳と創主は持っていた。永琳は実力でそれを止めようとして、創主は力の源である自分を変えることで月の成長を止めようとした。永琳は創主の案を採りそして今となった。彼女が全てに絡むとしたらその出発点を築いたというだけで、その後の事には干渉することはできないと思うわ。」
「・・・藍と紫が別れた時点で創主が消えたから、月と地上の繋がりが途絶えたのか・・・。」
「永琳はあくまで月の民として地上に責任を負ったのよ。地上の成り行きには立場的にも手段的にも介入はできなくなってしまった。彼女が地上に降りたのは歴史的な時間の長さでいうなら、つい最近の事だし妹紅の誕生と同時期になるから妹紅がそう誤解してしまうのもしょうがないわね。」
「1000年生きてるけど・・・彼らにしたらほんの最近になってしまうのね・・・。」
 また落ち込む妹紅。
「そう落ち込まないで、姉さんが創主として幻想郷をもっと楽しい世界にし終えた時、あなたの存在の意味がどれほどのものかが分かるのだから・・・。」
 藍の隣でうずくまって項垂れている妹紅の肩にそっと手を置く。
 妹紅はその手に自分の手を重ねる。
「藍・・・藍は本当にたすからないの?さっき、助かるような事いってたわよね?」
「そうね、その話をするために蓬莱の薬の話をしたらつい話が長くなってしまったわね。」
「蓬莱の薬をどうにかすればいいの?そうか、それを飲めば・・・。」
「どうやって飲むの?それに、物理的に飲める蓬莱の薬はもうないわ。」
「え?なぜ?」
「八意永琳・蓬莱山輝夜・藤原妹紅・竹取の翁、蓬莱の薬を飲んだのはこの4人。翁に関しては飲んだかどうかはわからないけど、それらはもう失われて久しい。地面にでも捨てられていたら、不死身のバクテリアが存在していることでしょう。」
「何が言いたいんだ?」
「私と姉さんとそのクローン合わせて4個の黄泉の薬が使われたわ。わかるでしょ?」
「そうか、数がちょうど・・・不要な薬は作らない・・・か・・・。」
「ええ、もう物理的に飲める薬はもうこの世に存在しないってこと。」
 藍が言葉のある部分を意図的に強調しているように感じて妹紅は気付いた。
「物理的に無理だとしても、他に飲める方法があるってこと?」
「蓬莱の薬は体に定着している病原菌の様な物。つまり今も生き続けて妹紅の中で活動している。」
「・・・つまり・・・生き物である薬という存在に潜り込もうと・・・。」
「潜り込むなんて泥棒みたいなこと言わないで。ただ、仲良く共存できないかと考えているだけよ。」
「・・・出来るの?そんなこと・・・。」
「さぁ?どうでしょう・・・。ただ、これは私の問題というより妹紅の問題になるわね。」
「私の?私に出来る事なら何でもするよ!」
 藍は思わず苦笑した。妹紅は必ずそう言うだろうと思っていたし、そして予想通りにそうなった。
「そう言ってくれると思ったわ・・・でも、成功する確率はほぼゼロよ。」
「!・・・でも、わずかに望みがあるなら・・・。」
 限りなくゼロに近いという成功確率を聞いて絶望しかける妹紅であるが、不死身の身体なら永遠に挑戦する事が出来る。
「妹紅・・・あなたはお酒を飲んで酔える?毒を飲んだら苦しい?」
「・・・いや、酔えないし、苦しくもない・・・。」
「それは、蓬莱の薬が妹紅の身体を維持する為に、状態変化を強制的に排除している免疫活動のようなものよ。私という外部要素は絶対に受け容れないわ。とてつもない拒絶反応が出るのはあきらか。」
「そんなもの私は何ともない!」
 豪語する妹紅。
「落ち着きなさい妹紅。私がもしそれを実行した瞬間この世界は止まるわ。そして成功するまで繰り返される。成功しなければ永遠に妹紅はこの空間で苦しむ事になるのよ。」
「!」
 流石にこの話を聞いて妹紅は絶句した。
「頭が冷えた?軽はずみで挑戦できるようなものではないのよ、これは。」
 妹紅は座り込んだまま顔を下げて肩を震わせている。
「それに、この世界が存在するということは、妹紅は私を諦めたということではなくて?」
 妹紅の肩がピクっと動き震えが止まる。岩老刀に大切に保管していた藍の魂を紫に返す行為によって生まれたのがこの世界である。つまり藍を殺したから今この状況になっているのである。
 静寂が周囲を支配する。
「それでも・・・私は嬉しかった・・・妹紅と再会出来て・・・。」
 下を向いたまま動かない妹紅に、やんわりと声をかける藍。
「覚醒した姉さんは、自分の半分が欠けている事を本能的に察知して、半身つまり私を探した。あらゆる場所に移動出来る姉さんは月にいた私の存在を突き止め、私を地上へと連れ去った。私は月の中で誰にも認知されない場所に隠されていた。でも姉さんは見つけてくれた。」
「・・・。」
「覚醒の前の私は言ってみれば記憶を留めておくための装置、人形みたいな物だった。けれど私の能力は無意識に発揮され次第に周囲に影響していく。そしていつの間にか妖怪の中でも屈指の存在に祭り上げられていた。私は鞍馬によって訓練され偽りの人格で妖怪達の長の立場を演じているに過ぎなかった・・・。」
「・・・。」
「そこに妹紅が現れた。」
 しばしの沈黙。
「私の止まっていた時間がやっと動き始めた。ありがとう妹紅。これで・・・」
「・・・話は終わった?」
 藍が最後に何かを言おうとした時、妹紅はそれを遮った。
「え?」
「話が終わったのなら・・・さっそく始めましょう。」
 妹紅は立ち上がり隣に座ったままの藍に右手を差し出した。
「な、何を言ってるの?」
「何って、藍と蓬莱の薬との一勝負に体を貸してやろうって話だろ?」
 妹紅の口調が変わった。
「ダメよそんなの!何考えてるの!」
「考えるのはやめにした。どうせこうなるんだ。」
「妹紅・・・。」
「方法がないこともないなんて口を滑らせたお前が悪いんだ。私は悪くない。」
 涙でぐちゃぐちゃになった藍が妹紅を見上げる。
「藍から沢山の情報を貰った。永琳との差も痛感した。ヤツには埋められない差がある。1万年の苦しみで追いつけるとは思わないけど、ヤツの背中くらいは見えるかもしれない。どんな長い道のりでも修業だと思えば絶えられる。きっと・・・。」
 差し延べる手を一向にとろうとしない藍に業を煮やした妹紅は、強引に手をとり持ち上げて立たせる。
「私の持っている情報はあんなものではないわ。1万年あっても語り尽くせないわ・・・。」
「それなら平気さ。慧音に喰わしてやれば知識はちゃんと保管される。」
「え?・・・まさか、妹紅・・・ハクタクに選ばれたの?」
「選ばれたかどうかはしらないけど、慧音は私の友達だよ。」
「そう、そうだったの・・・。」
 藍は驚きの表情を妹紅に向けた後、納得したように俯いた。
「さようなら、妹紅。」
「ああ、さよなら藍。」
「また、会いましょう。」
「また、会おう。」
 2人の声が重なると同時に藍が妹紅に抱きつくように体に腕を絡め唇を重ねる。
 その一瞬で世界が変わる。