東方不死死 第13章 「戻るべき処」
見事な夕焼けも次第に夜の帷につつまれ始めようとしている。
幻想郷を包むように連なる山々の稜線が日没と共に日中は分からなかった距離感を鮮明にさせる。
今見える山々には、実際に行ってたどり着ける山と、そうでない山が存在する。幻想郷の外にある山は目には見えていても辿り着く事はできない。
日の出と日没の一瞬に、虚と実を見分ける事が出来る。
幻想郷の山の端はこの時間鮮明に現れるが、外の山は絵に描いたように日中と変わらずぼやけたままだ。どこまでも続いている様に見える幻想郷も、この一時だけ狭く感じるのである。
博麗神社は幻想郷の東端に存在し、東に見える山々の間から陽が昇る。しかし、神社の建つ山の麓から先は幻想郷ではないのだ。
幻想郷入りして運良く人間の里に来れた人はとても不思議に思える感覚も、ここで生まれ住んでいる住人にとっては当たり前の光景であった。
「・・・妖気が収まったわね。」
「ええ。」
平行して飛ぶ藤原妹紅と博麗霊夢は警戒速度で神社に近付いていた。
「これ、ちょっと頼む。」
妹紅は足にからむ蔓を取って霊夢に渡すと、前には進まずその場で神社を眼下に出来る高度まで上昇した。
先程まで霊夢と妹紅のいた高度は神社の建つ小高い山の頂上より少し高い程度で、神社や母屋などの建物は周囲の木々が邪魔でよく見えない。妹紅が上昇して神社を一望したのは先程の凄まじい妖気を感じて尚、そのまま神社に飛び込むのは危険だと判断したからだろう。
霊夢も妹紅の判断は正しいと思うと同時に、その判断力と迅速な行動を見て味方なら頼もしいが敵に回すと厄介な人物だと思えた。
幽香を牽引するのは正直嫌だが緊急事態なのでしょうがないと諦め妹紅が動き出すまで待機する霊夢。
妹紅の後を追わないのは、この位置から自分の視力では何も見えないと分かっていたからでもあるし、人の真似をして行動するのがいやだからというのもある。
2人が停止し霊夢に蔓が渡されたのを見て霊夢に接近しその背中にもたれかかる幽香。
「どうしたの?急に止まって。」
「な!?きゃあああああああ!」
突然の幽香の接近に心底驚く霊夢。その悲鳴に反応して妹紅が下りてきて幽香と距離を置くため、さっきまで隣にいた霊夢から離れる。
「どうしたの?」
「ゆ、幽香が!ちょっと離れてよ!」
「つれないわね。私と霊夢の仲じゃない?」
「あんたなんか友達でもなんでもないわよ!いいからはやく離れなさい!」
幽香に背中をとられ、ものすごく嫌がる霊夢。妹紅から見ると霊夢の反応はちょっとばかり過剰な気がしないでもない。
「霊夢、ああ見えても重症患者なんだ。」
「そうよ、だから大事にしなさい。」
「どこが重症なのよ!それに私じゃなくて妹紅にくっつけばいいでしょ!」
「妹紅にくっついたらその場で殺されちゃうじゃない?」
「いいじゃない、いっそ殺されてしまえ!」
物騒な事を言う霊夢。
「なんだ、仲いいんじゃないか。」
「どこがあああああ!」
妹紅から見ると仲が良いように見えるが、それを必死に否定する霊夢。幽香、霊夢双方筋金入りの自己中心的でマイペースな性格なためか、所謂同族嫌悪というやつだろう。幽香はそれを知っていてわざと霊夢に嫌がらせをしている感じで、これは年の功というか幽香が一枚上手で霊夢よりも性格は悪い。
「それより、妹紅、神社の様子はどう?あれ、藍と萃香の妖気よね?」
幽香にまとわりつかれた霊夢が一人ぎゃーぎゃー騒いでいる中で、妹紅と幽香は真顔で話しだす。
「神社はここから見た感じ特に何も変わってないけど・・・連中の気がだいぶおかしくなってるな・・・。」
「何で二人が戦うの?」
背後から首に腕を巻かれてもがいていた霊夢も会話に参加する。
幽香は藍と萃香が戦ったとは言っていないが、状況から察すると何か衝突はあったと見て間違いない。
「それが分かるなら苦労はしないけど・・・。」
「ん、何か知ってるの?もったいぶらずに教えなさいよ!」
幽香の語尾が微妙に何かを含んでいたので霊夢は問い質す。
「紫の身に何かあったのよ。藍は紫の式神、主の身に危険が迫った・・・そういうことよ。」
「萃香が紫を害そうとしたのか?もしかして岩老刀で?あ、霊夢、あの剣は結局どうしたんだ?」
妹紅は岩老刀が、その後どうなったかを知らない。
「あれを持ってみんなに近づこうとしたら拒絶されたわ。で、離れた位置に置いてきたの。そしたら、あの剣、いつの間にか藍が手に取って紫に近付くから危ないと思って萃香は止めようとしたのよ。」
「考えられない話ね。藍が紫を襲うなんて・・・。」
式神である藍が紫を襲う事は絶対にないと断言する幽香。
「なんか藍がおかしくなったのよ。誰かに操られた様になって、紫の命令も無視するのよ。」
妹紅と幽香は顔を見合わせる。二人とも同じ事を考える。
「八雲・・・藍か・・・でも、なぜ・・・。」
妹紅は呻いた。あれほど姉の紫を慕っていた藍が九尾を乗っ取ってまで害そうなど・・・。
妹紅も幽香もこの時藍をおかしくしている原因は八雲紫の妹、八雲藍だと断定していた。
「妹紅、何であんなもの渡したのよ・・・。」
責任は自分には無いと霊夢は思う反面、あそこで剣を置かずにずっと自分が持っていればこんな事にはならなかったとも思い少し後悔する。
「・・・あの剣は剣として殺しも出来るけど、本来の目的は魂を吸い取って閉じ込めることよ。そして今、あの剣には紫の妹の魂が捕らえられたままになっている・・・。」
「捕らえられた魂が誰かを操るなんて、そんな事出来るの?」
「分からない・・・私はあの剣の全てを把握しているわけじゃないし、藍が私達の想像を超える力を持っていたか、身につけたか・・・。」
「ねぇ妹紅?」
幽香の顔が神妙になった。
「ん?」
「紫が新たな自分に覚醒したように、藍も死際に覚醒した・・・と私は思うの。」
「・・・何故そう思うの?」
突然、予想外の言葉を口にする幽香に妹紅も少し驚いて聞き返す。
「あの娘は、自分から何かを積極的に提案したり行動することは無かったわ。基本的に起こっている事に対してそれに対処するという感じかしらね。紫が動なら藍は静という感じ。」
「その覚醒の根拠は?後付で適当な事言ってるんじゃないの?」
幽香は結論の前に回りくどい説明をしはじめたので、霊夢はイライラして反論する。
「根拠なんて無いわ。強いて言うなら何百年も一緒にいて、あんなことを言う藍を初めて知った・・・ってことかしらね。紫も覚醒後に大きく性格と言動に変化があったし。」
「・・・。」
あの時の事は妹紅も今でも鮮明に覚えている。最後自分が紫に差し出したはずの藍の小指を握って現実に戻してしまったが、それは良い意味でも悪い意味でも印象に残っている。
「霊夢、今、紫はどうなっていると思う?」
「それは・・・紫が・・・何人もいるような・・・変な感じがここからはするけど・・・。」
「私の予想では、紫の心臓に今、その、何とかという剣が刺さっているわ。」
「・・・」
そのショッキングな言葉に霊夢と妹紅は驚きもせずただ口をつぐむ。それは予測出来ないことではなく、むしろそうとしか思えず、しかし口に出しては言ってはいけないもののように思えていた。
幽香もそれを分かっている上であえて言ったのである。
「恐らく藍や萃香はその対処方法が分からないのでしょうね。だから、静かに妹紅が来るのを待っている・・・。」
「向こうも私達が来るのを分かっているわよね?なら、速く行った方が・・・。」
霊夢はそう言って妹紅を見る。
「私は・・・どうすればいいか分からない・・・。」
「分からないって・・・あなたの剣でしょ?そんなの許さないわよ!」
妹紅としても現状どうなっているかこの目で確かめていないので何ともいえない。霊夢としては妹紅がいれば何とかなると思っていたので、紫の危機にもある程度余裕を持てた。しかし、悔しそうにうつむく妹紅を見て、改めて危機的状況だと分かると妹紅を責めずにはいられない。
思わず妹紅に掴みかかろうとする霊夢を幽香が抑える。
「妹紅、あなたの足を止めているのは、紫のことじゃなく狐の方ね?(それと 藍・・・。)」
幽香が妹紅の心情を見透かす。
「・・・あぁ、このまま神社に行ったら、もしかしたら・・・藍を殺すかもしれない・・・。」
「はぁ?何いってんの?さっきボッコボコにされたくせに!」
霊夢が昼間の2人の戦いを見て、その結果から妹紅の言い分に意義を唱える。
「霊夢、藍の気が極端に落ちてるのが分からないの?」
「気?妖気なんて抑えれば消せるでしょ?何とでもなるじゃない。」
「瀕死になるとそうもいかないのよ。妖力が傷を治すのよ?妖気を抑えたら傷が治らないでしょ?」
「・・・そうか、だから幽香もさっきからやけに妖気出して・・・。」
霊夢が幽香を嫌いな理由はスペルカード戦の対戦成績が極端に幽香に負けていることや傲慢な態度など諸々あるが、だからといって生理的に嫌いというわけでもなく、偶然会う程度なら特になんとも思わないし、話しも普通に出来る。
今日は先ほど会ってから終始幽香を見てイライラしている理由が自分にもよく分かっていなかったが、幽香の相手にケンカを売っているかのような抑えない妖気によって無意識に体が警戒してそれが霊夢を苛立たせていたのだ。
幽香に後ろから抱きつかれた時に、自分でも信じられないほど驚き、悲鳴を上げてしまったのは、頭ではそれほど危機感を抱いていなくても体がかなり敏感になっていたからだろう。
「藍は恐らく私を許さないだろう・・・出方によっては争いになるかもしれない。」
妹紅の口調が強くなり、眉が吊り上って見える。臨戦態勢に入ったのだろうと霊夢は捉える。
「そうなったら藍に勝ち目はないわね。」
「そうなることが分かっているなら手を出せれても我慢すればいいでしょ?」
「体が勝手に動く。そう訓練されてきた・・・。」
霊夢の意見は最もだと思うが、それが出来ない妹紅なのである。
「・・・それで、幽香もやられちゃったの?」
「・・・まぁね。」
「ふ~ん・・・。」
先程の藍と妹紅の戦闘を見るにつけ、あの藍が殺されるなど想像もつかないが、幽香や妹紅が嘘を言っているようにも見えない。
「やっぱり、さっきの凄い妖気の時に何かあったのね・・・。」
霊夢は落ちつきを取り戻し神社を見やる。
「霊夢、向こうに言ったらあなたが何とかなさい。」
「はぁ?何で私が?」
「2人を争わせて霊夢の家が無事に済むかしらね?」
「そ、それは・・・。」
確かに庭先で派手に暴れ回られたら母屋が無事である保証はない。
「さ、妹紅、行きましょう。ほら、霊夢も!さっさと行く!」
妹紅は覚悟を決めるように飛び立つ。
上手く言いくるめられ、複雑な顔をしながら幽香を背負うようにして妹紅の後を追う霊夢。
妹紅は紫の事も藍の事も重要だったが、それよりも八雲紫の妹藍の事が気になる。
「(藍・・・お前は何を望んでいるんだ・・・。)」
博麗神社の母屋の庭先に立つ八雲藍と伊吹萃香は、既に見慣れた夕暮れの幻想郷の中で空を見上げていた。
「来た!」
萃香は嬉しそうに藤原妹紅の到来を歓迎したが、藍はそうではなかった。
藍と妹紅の最初の接触の時と同じ場所に降りる妹紅。その後ろに霊夢と幽香が続く。
萃香が場の空気とは関係無しに霊夢との再会を喜び全身でその気持ちを表しているが、こちら側に駆け寄る事はしなかった。恐らく藤原妹紅を刺激しないための配慮だろう。普段の萃香なら霊夢に飛びついている筈である。
満面の笑みの萃香とは対照的に妹紅を睨む藍。それに負けじと睨み返す藤原妹紅は明らかに戦闘態勢であり、後ろにいる霊夢もその背中から醸し出す雰囲気でここから見えない妹紅の表情が容易に想像出来る。
「藤原妹紅。これはどういう事か説明してもらおうか。」
具体的に言わない藍だったが、言わずとも理解出来る。藍を惑わせた剣とその後の惨劇の事で、これらが妹紅の企みかどうかという問だ。
この件については妹紅にとっても予想外の事であり、悪気はなかったので謝罪の一つもすべき事だろうと思わなくもないが、既に戦闘態勢に入っている妹紅には下手に出る気など全くなかった。狩人の宿命である。
「八雲紫の命とお前の命は私が握っているという事だろ?」
ポケットに手を突っ込み少し前屈みになって下から見上げるように強気で答える妹紅。
藍の口元がギッと吊り上がり怒りの態度を見せる。しかし、後ろで見ている霊夢でもハッキリと分かるほどに昼間見せたような迫力が今の藍からは感じられない。先程妹紅が言っていた様にこのままだと藍が危ないと感じた霊夢は、考えるより先に体が動いた。
「ちょっと!今はそんなことしてる場合じゃないでしょ?早く紫を何とかしてよ妹紅!」
2人の間に出て、藍の出足を制しつつ妹紅の手を掴んで母屋側に強引に引っ張る霊夢。
場を納めた霊夢を見た幽香と萃香が同時に目が合ってクスっと笑う。普段はのんびりしており、何事もやる気のない霊夢であるが、何かあればご覧の通りである。博麗の血には逆らえないのだろう。幽香や萃香もそうした歴代の博麗の人間を見てきており、今の霊夢の行動には懐かしさを感じた。
人間とは不思議なもので、姿形は変わっても受け継いだ血は変わらず生き続けている。
霊夢に手を引かれた妹紅の後を追う様に、3人の妖怪も母屋へ上がろうと動き出す。
3人の大物妖怪に後ろを取られ、異様に警戒心を強める妹紅の様子を察知した霊夢は、縁側に上がった後振り向いて妖怪達の前に仁王立ちする。
「あんた達は外で待ってて。」
3人の妖怪は渋々そこで立ち止まるが、霊夢はもっと後ろに下がるように指示する。妹紅が神経質にならない安全な距離感はだいたい掴んだ霊夢。この位置だとまだ危険距離だと見たのだ。そして、その指示に渋々言うことを聞く3人の大物達。
妹紅は足を止め振り向いてその様子を唖然として見ていたが、霊夢に名を呼ばれて正気に戻る。
「何であいつら霊夢の言うこと聞くんだ?」
縁側に上がった妹紅は小さな声で霊夢に尋ねる。妹紅からするととても信じられない出来事に見える。
「・・・さぁ?何でだろ。」
アッケラカンと答える霊夢。特別な事をしているという意識は全くない様子である。
妹紅はもう一度振り向き、おとなしくし3人並んで立っている姿を見てからもう一度霊夢を見て首を振って呆れた仕草をした。
霊夢は縁側から座敷に入ると柱に札を1枚貼る。
妹紅はその札が音を遮り中の会話が外に漏れない様にするためのものだと分かったが、そこまで連中を邪険にする事もないだろうと半分同情したくなる。だが、それは紫を助けて欲しいという霊夢の気持ちが、妹紅に対する最大限の気遣いとなって現れているのだと感じ取れもする。
さっき言った、紫の命は自分が握っているというセリフは藍と同じように霊夢の心にも突き刺さっていたのかもしれない。
自分の浅はかな言動に反省と謝罪の念が生まれると同時に、妖怪を前にして好戦的になることで初めて冷静になれる自分に嫌悪感が生まれる。
霊夢は紫の前で立ち止まり動かなくなった。妹紅はそんな霊夢を尻目に横を過ぎて紫の前に跪き状況を確認する。
紫からは生気が溢れ健康状態は非常に良さそうに感じる。しかし、目の前に倒れている紫は左胸、心臓を剣が貫通している状態であり、見た目は重体どころか生きているのが不思議に思える程である。
妖怪が肉体的に人間とは比べ物にならないほど頑丈であることは知っているが、生命活動に直接影響を与えるような怪我は妖怪にとっても危険な事である。人間なら即死の怪我でも妖怪なら死ぬ事はないだろうが、それでも無事では済まない。紫にそれを当てはめて考えるなら、息も絶え絶えの瀕死の重体でなければならない。
しかし、まったく肉体的な損傷を受けている様子がない。
この事から判断して、八雲紫の妹藍は紫を殺そうとしたわけではないと思われる。
妹紅はある程度こうなった理由や意味を理解出来た。そして、紫を元に戻す事に関して幾つかの選択肢があることもわかった。
「霊夢、立ってないで座って。」
紫の姿を見てただじっとしていた霊夢は、妹紅の言葉に現実に引き戻されたように大きく呼吸をする。無意識に息を止めて呼吸をするのを忘れていたのだろうか。
妹紅の隣に座った霊夢は何かを訴えるように妹紅を見つめた。
縁側の外で立たされたまま微動だにしない3人の妖怪がいる。
霊夢側から見て左から風見幽香、八雲藍、伊吹萃香である。
「命拾いしたわね。」
顔は前を向いたまま隣の藍に話しかける幽香。
「お前の入れ知恵じゃないのか?」
同じく顔は正面のまま幽香に応える藍。
「しかし退屈だのー。」
萃香そういって嬉しそうに酒を飲むが、この中で一番退屈ではなさそうに見える。
幽香は正面を見ながら隣の藍に肘を2度当てて合図する。気付いた藍が幽香から何かを手渡される。
手を後ろに回し、それを指の感触で何かを確認し、渡された2つの物体が何であるか分かった藍は、もう一つを萃香に手渡す。そして3人は同時に手を耳にやってそのある物を耳の穴に詰め込んだ。
「感度良好だな。」
藍がニヤリと笑う。
「妹紅に仕掛けたのか?」
萃香が尋ねる。
「まさか。妹紅には無理よ。でも隙だらけのが一人いるでしょ。」
霊夢の事である。
幽香が渡したのは植物の種を利用した盗聴道具で、音を拾う側となる植物は先程霊夢に抱きついた時に服に仕込んでおいたのである。
「おい、妹紅が振り向いたぞ。」
藍が声のトーンを落として皆に知らせる。
幽香が術を発動する前はただの植物の種なので普通は気付かないが、効力を発揮させれば必然的に妖力が発生する。その妖力は発動の一瞬の場合もあれば、発動後常時妖力が出るものなどもあり、それらのタイプは利用する術の性質、媒体、術者の好みなどによってかわる。そして、幽香の用いた術は発動の際だけに妖気が生じるものであった。
幽香が術を発動させたことで妹紅は気付いたようであるが、霊夢は気付いている様子は無かった。霊夢の状態が平常であるなら或いは気付いたかもしれないが、今の霊夢は紫の事で精一杯のようだ。
「妹紅には気付かれたようね・・・でも、霊夢に知らせる気はなさそうね。」
幽香は妹紅にばれて一瞬ドキっとしたが、どうやら見逃してくれるようで安心した。
「気持ちはわからんでもないが、霊夢は少し妹紅に気を使いすぎだな。何も音を遮らんでも・・・。」
霊夢の態度が冷たかったので不満げな萃香。
「障子を閉めないだけいいのでは?それに、紫様を助けたいという気持ちが大きいのだろう。それ故に妹紅に気を遣う。」
霊夢がそこまで紫を思っていたのは意外だと藍は思う。
「どちらの言い分も組んでくれるって事でしょ?盗聴を見逃してくれたってことは。」
萃香は基本的に霊夢の態度を注視した発言だったが、幽香は妹紅の態度を評価する発言をする。
「そうだな・・・。」
幽香の言葉に思わず振り向いて応える藍と、振り向かれて振り向き返す幽香。
幽香の口調からすると妹紅自身はともかくとして、幽香は妹紅を信頼に足る人物として既に認めているようだ。藍は思わず幽香に対してある感情が湧いてくる。それは憧れのようなものでもあり、嫉妬のようなものでもある。曖昧な感情だが、一つ言えることは自分にないものを幽香は持っているということである。
新しいもの発見したり、新しい発想によって紫を刺激するのはいつも幽香だった。
紫が起こそうとしていた今回の異変に風見幽香の役割はなく協力を打診していなかった。藤原妹紅との接触とその後の関係強化に関しては、紫と藍だけで話を進めていた事である。
しかし、こちらの思惑とは裏腹に先に幽香と妹紅との間に関係が築かれてしまった。妹紅が進んで紫らに協力を申し出たのは、先に幽香と接触したことで、妹紅の持つ紫に対する印象が良い方向に向いたからだろう。
風見幽香が何故、花にまつわる名前ではなく風見なのかわかる気がする。
凝り固まった発想や状況に新しい風を送り流れを変える力が幽香にはあり、それを見抜いた当時の博麗の神主がその名を贈ったのだ。
月面戦争の時も、幻想郷計画直後の吸血鬼戦争の時もそうだった。そう計画したわけでもなく、その状況に立たされ無意識に取った行動が状況を変えた。
「どうしたの?」
自分の顔を見つめて一瞬止まった藍に心配そうに声をかける幽香。
「いや、なんでもない。」
賢い者ならその態度から心情の変化を深読みし、いらない気を遣ったりもするのだろうが、幽香はそんな深読みはせず、ただ藍の体調が思わしくなく、どこか痛いのだろうと思っていただけだった。
神社に向かう途中の霊夢とのやりとりもそうだが、ひどい言われ様をしても、基本的な関係性が成り立ってしまった後なら態度や口調の変化などあまり気にしない性格である。
藍は正面に向き直り、幽香もそれにならう。今考えるのは自分や幽香の事よりも紫の問題とそれを解決出来るであろう藤原妹紅である。藍はそう自分に言い聞かせ幽香に対する想いはひとまず置く事にした。
霊夢を座らせた妹紅は、彼女の訴えるような目を間近で見て声が詰まる。
吸い込まれそうな視線に霊夢の心情が痛い程理解出来る。心細さに気持ちが委縮し、強い喪失感が霊夢を脆くしているように見える。
八雲紫という存在が霊夢に大きな影響を与えているのだ。妖怪に魅せられるのは良い事ではないと思うが、もはや手遅れというべきだろう。
何か気の利いた言葉をかけてやるべきなのか迷った時、不意に霊夢から小さな妖気を感じ霊夢の瞳に釘付けとなっていた妹紅を現実に引き戻した。
妹紅は振り向き妖怪達の方を向く。
「(誰だ・・・幽香か・・・。)」
盗聴されていることに気付いた妹紅だったが、幽香の仕業と見てそれが悪意のないものだと分かったのでそのままにすることにした。どの道色々と説明しなければならないし、霊夢と妖怪達と2度同じ説明をするのは面倒である。むしろ好都合だ。
妹紅は霊夢に向き直り、少し微笑みながら肩をポンポンと軽く叩いて励ます。そして、紫の状況をもっと知るために剣と紫の肉体とがどのように繋がっているかを調べる。
不思議な事に切り裂かれていると思っていた衣服と剣がぴったりとくっついて隙間がない。完全にくっついてしまっているのかと思い服をつまんでそのまま体から衣服を離す様に動かしてみると何の抵抗も無く剣に沿って服が動く。どの方向に服を動かしても剣の位置は変わらないままで服だけ位置をずらすことが出来る。明らかに不自然で何かしらの力でそうなっていると分かる。そうさせている力は紫のものというより藍の方だろうか?
これは恐らく衣服だけではなく体も同じで、刺さっている様に見えて実際は剣と融合しているはずだ。
それを確かめる為に妹紅は紫の襟元から手を入れ剣と肉体が結合している辺りを直接手を触れて確かめる。
「うーむ・・・(やはりそうか)。」
紫の衣服の中に手を入れる妹紅を見て、霊夢も他の妖怪も一瞬体が前のめりになるが、何事もなく妹紅が手を抜いたことで元の姿勢に戻る。
「この剣は刺さっているんじゃなくて、紫の体と融合している。同化と言ったほうがいいのかな・・・。」
「融合?」
「内部がどうなっているかは分からないけど、服も体も剣も一つになってるみたいだ。」
「それは、具体的にどうなってしまうという事?」
「一つになっていると言っても固まっているわけじゃなく、脱がそうとすれば服は脱がせるし、抜こうと思えば剣も抜けるだろう。」
「じゃー普通にこの剣を抜けば紫は助かるのね?」
「いや、ただ抜けばいいってものじゃない。」
「何で?」
妹紅は霊夢の問いに口では何も言わず紫の背中の方に移動して、その美しい金髪の間から見えている背中から突き抜けた剣先を指さす。
霊夢はその剣先の見える位置に移動し、それを確認したのを見て妹紅が金髪をかき分ける。
見えているのは剣先15cm程で、霊夢はその痛々しい状態に思わず目をしかめる。一度妹紅に向き直り、次のセリフを待ったが、妹紅はその剣を見ろと顎で指す。
もう一度剣を見て、最初に見た時よりも良く観察してみる。
「・・・あ!」
何か重要な事に気づき思わず声を上げる霊夢。
「そう、霊夢が見た時の剣は模様が蒼かったはずだ。」
「赤くなってるわ・・・。」
岩老刀の特徴的な紋様は魂を捉えている時は蒼く、そうでない時は赤い。
「あ、あああ、蒼に戻った!」
そうこうしていると、今度は霊夢が知っている蒼に戻る。
「どういうこと?」
「この剣、岩老刀は魂を捉えている時は蒼く光る。そして何も無い時は赤く染まっている。」
「と、言うことは・・・魂が出たり入ったりしてるってこと?」
「出入りしているというより、血液の様に循環していると見るのが妥当だろう。私もこんなの見るの初めてだけど・・・ここは幻想郷だし、しかも相手は紫や藍だ。何が起こってもおかしくはない。」
「じゃー赤い時に抜けば紫は元に戻るってこと?」
「そうともいえないんじゃないか?」
「そうか、この剣には藍の魂が入っているのよね・・・だとしたら、赤い状態で抜いたら、紫の中に藍の魂が入ってしまう事に・・・。」
頷く妹紅。
「藍の行動からしてそうなることを望んでいたのだろう・・・だけど。」
「だけど?」
「私はそれでもいいけど、お前等はそれを望んでいるのか?」
霊夢に対して個人ではなくお前等と妹紅は言った。それは後ろの3人など紫に近しい存在を含めて言っているのだと理解できた。
霊夢は一度、後ろの3人に振り向き、そのまま妹紅を背にしたまま口を開く。振り向かれた3人はよそよそしく姿勢を正す。
「それしか紫を助ける方法はないの?」
「よく見ればわかるが、この蒼には違いがある。紫から感じる気を確認しながら模様を良く見直してみな。」
妹紅は霊夢の質問には答えず別の指示を出す。
外の3人が最初にいた位置よりも前に移動しているため、妹紅が警戒し口調に変化が生じているが、今の霊夢にはそれを感じ取れる状態ではなかった。妹紅に言われた通り、注意深く剣の色と感じる気配を調べ始める。
色の変化は、一見すると赤と蒼を交互に繰り返しているように見えるが、良く観察すると蒼の光りの濃度に差があることがわかった。その蒼の強さと感じる気配に違いがあることも確認出来る。
霊夢は5分程そうしていたが、やがて頭を上げて妹紅の顔を見る。
「剣が赤い時は、紫の体の中に紫と藍の魂がいる。剣に藍がいれば当然中には紫だけがいる。そしてその逆も然り。」
「そうね・・・。」
現状を完全に理解した霊夢にあえて口に出して説明する必要はなかったが、盗聴している外の3人にも聞かせる目的で妹紅は敢えて状況を口にした。
「数時間前の状態に戻すというなら、剣に藍がいる状態で抜けばいい。」
「・・・私、どうすればいいのか分からない。紫の妹が藍の体を操ってまで紫のところに行こうとしている。もし、今まで通り紫だけにしたら妹はどうなるの?」
「どうもならない。元通りになるだけだ。・・・でも、もしかしたら、またこんなことが起こる可能性はある。」
「その可能性を無くすにはその魂を消すしかないということでしょ?」
先程から霊夢の様子が弱気になっているような気がした妹紅だが、その理由が何となく分かってきた。紫を生かすために藍を殺す事を躊躇っているのだ。
「・・・霊夢、藍は既に死んでいるし、殺したのは私だ。霊夢は何も悪くない。責任を感じる必要はない。」
「!」
妹紅に心を見透かされたようで一瞬体が硬直する霊夢。そのまま数秒ほど固まってしまう。妹紅は何かを考えているのかと思ったが霊夢の目が泳ぎ焦点が定まらない様子をみて、何か錯乱に近い精神状態になっていることに気づき、何か変な行動を取らないかと心配になった。
「・・・私は、巫女として博麗神社に上がった直後、この神社を占領していた魅魔という幽霊の魔法使いを倒してしまったの・・・。」
突然霊夢が脈絡の無い事を語り出し、そこに思いがけなく大物の名前を聞いた妹紅。
「魅魔?」
慧音や幽香からその名前は聞いている。八雲一家の一人であり、幻想郷隔離当初に幽香と並んで幻想郷の北東部を中心に勢力を誇っていた存在である。
幻想郷が隔離され国内外から大量の妖怪が移民してきた当時、幻想郷の秩序維持の為に力を尽くした賢者で、風見幽香と並んで最強と誉れ高い。
幽香にとっては古い友人という以上に敬意の念を持っているように妹紅は感じたが、その最強の一角を霊夢が倒していたというのは初耳だった。
幽香と霊夢の関係が微妙なのはそういった背景があったからだろうか。
「魔理沙をそそのかして、神社を乗っ取り異変を起こしたの・・・。」
「それで?」
「私は巫女としてその異変を治めなければならない立場だったの。だから・・・。」
霊夢の様子からして、殺した事をリアルに感じているようだ。しかし、幽霊を殺すと言うのは、所謂成仏させたということだろうか・・・。妹紅も魑魅魍魎を退治してきた経験があるが、高位霊はそう簡単に退治することは出来ない。最終段階ではかなり大掛かりな儀式を行うなど手間がかかる。復活まで時間がかかるだけで恐らく魅魔は死んではいないのではないかと妹紅は思う。
それに、賢者と呼ばれる最強の一角が魔理沙をそそのかして神社を乗っ取る理由がわからない。なんらかの事情があったのだろうか?
ただ、魅魔が生きていようが死んでいようが、今の霊夢がこうなってしまっている事実は変わらない。
妹紅は心の傷の原因を突き止める事が出来るある術を知っている。しかし、その為には岩老刀を使わなければならない。そして、その岩老刀には今現在藍の魂がいる。そのまま岩老刀を使えば藍は完全に消える。いっそ消してしまって霊夢の問題を解決し楽にさせたほうがいいのかもしれない。
妹紅は霊夢の言葉の後数秒思考を巡らせていた。ここでその思考を披露してみせても霊夢を心を変える事は出来ないだろう。
魅魔は生きているなどともっともらしい理由をつけてここで語ったところで霊夢の気持ちが一瞬で変わるわけがない。むしろ逆効果だ。
今の霊夢の心はある程度時間をかけて調べてからでなければ分からないだろう。
妹紅はその件に関してはひとまず置き、霊夢が変な方向に行かないように、話を変えようと試みる。
「スペルカードの成立前の事ね?」
妹紅は、霊夢があまり魅魔について思いつめないように話を巧みに受け流す。
「・・・ええ。」
スペルカード戦による勝負が行われる前は普通の殺し合いである。殺し合いと言っても実際に死ぬケースは少なく、ひどくても大怪我で終わる程度である。それに妖怪なら人間より丈夫なので本気で殺そうとしてもそう簡単に死ぬものでもない。
ただ、ここで問題なのが、魅魔が悪霊という肩書きを持ち、実際怨念を持っていたかはともかくその存在が霊体であるため、霊夢の攻撃の基礎となる霊力・神力が良く効いてしまうということである。
幻想郷で魅魔を倒せる者などいない。しかしいるとすれば博麗の神主か巫女だけなのである。当時幼かったであろう霊夢といえども、魅魔にとっては天敵ともいえる相手になるのだ。
博麗霊夢が幻想郷の妖怪に恐れられ一目置かれている理由は、魅魔を殺したという事に尽きるといってもいいだろう。
「紫と藍が一緒になったら、今の紫はどうなるの?私は今の紫が好き。もしそれが変わってしまうというなら・・・。」
霊夢は声を振り絞るというより、引き絞る用に小さく妹紅にだけ聞こえる様に語っていた。遮音の呪符は、妹紅に気を遣ったのではなく、自分自身の事を妖怪達に聞かれたくないからかもしれない。
紫1人を生かせば藍は死ぬ。今殺さなくても、今後このようなことを起こさないために藍の魂を封じている剣を何らかの方法で封印しなければならないだろう。そうなれば例え紫が元通りになったとしても紫の元に戻ろうとする藍の意を殺してしまうことになる。
では、2人を生かせばいいのだろうか?紫の肉体に2つの魂を置くことになるが、そうなった場合、果たして紫は元の紫のままだろうか。それは妹紅にも分からなかった。
霊夢の事を考えると、藍の事は残念だが、紫一人を生かした方がいいのかもしれない。
「私は、もう誰も殺したくはない・・・。」
霊夢の一見呑気で奔放な性格は本来の性格ではないのだろう。博麗の巫女として生まれたのだからその血を受け継いでいておかしくはない。実際に異変とあればその血が前面に出る。
霊夢を無気力にさせている要因の一つは、魅魔を殺したという罪の意識を正当化するために生まれた無常観に似た世界観によるものだろうと妹紅は推測する。
命の儚さ、魅魔といえども死ぬ。自分がやらなくてもいずれそうなる。だから自分は悪くない。
ある程度大人であれば、この様な考え方は無責任とも捉えられるが、当時霊夢の年齢が10歳前後であると想定すると、その精神的な負担は大きいはずだ。しかも幼馴染みの魔理沙とも戦っているのだ。当時はスペルカードという遊びではなく、当たれば大怪我をする真剣勝負だ。
今現在の感覚で物を考える事は出来ない。妹紅もスペルカード制前は、永遠亭の連中とは普通に血を流し合うような戦闘を行っていた。
そうした事を考えると、霊夢に対して現実から逃げるなとか過去を忘れろとか頭を切り替えろと言うのは酷だ。
霊夢には巫女になる前までの記憶と巫女になってからの記憶に地続き感がない。無常を知り、幼い身でありながら悪い方向に達観してしまったことで世界観を自ら変えてしまった。そして本来の博麗の血と鬩ぎ合いを起こし、それが一種の記憶障害を生んでいるのだ。
更に言えば、魅魔の仲間である紫や幽香が霊夢自身を全く責めていないという事もかえって霊夢を傷つけ、混乱させているのかもしれない。記憶が混濁しているため、紫達の様子から自分はもしかして魅魔を殺していないのでは?殺していれば紫たちは自分を責めるはず。責めてこないのだから自分は無実なのだ。と・・・。
博麗の血としての公明正大な性質と罪を逃れようとする狡猾な性質が同居する精神状態。
心も体も成長した霊夢は当時より深く過去を見つめる事が出来る。そして、誰かの生死、事の成就の重大な選択を課せられた時、忘れていた罪の記憶が呼び覚まされる。だから、そこから逃れる為に無関心を装い、他の誰にも心を開かず、係わりを持たず、他人に責任を持ちたくないから人間に対しても巫女の仕事を放棄する。
妹紅は項垂れる霊夢の背中にそっと手を置き軽くさする。
妹紅にとって藍の事は重要な案件であるが、今ここで小さくなっている霊夢ほど深刻に感じてはいない。確かに会えるものならもう一度会ってみたいが、今ここで起こっている事はあくまで紫と藍の姉妹に関する事で自分とは直接関係ないものと思っている。
霊夢の様子が余りにも変わってしまったので、今はそっちの方が気になって藍の事をどうこう考える余裕が無いというのもあるが・・・。
「紫は霊夢にとって身内みたいなもんなんだな・・・。」
妹紅は霊夢の背中をさすりながら声をかける。家族と言えば否定したかもしれないが、身内というなら問題ないだろうと思い妹紅はその言葉を選んだ。
霊夢はうなずくことはなかったが否定する様子もなかった。
妹紅は後ろの3人に振り向き不機嫌そうな視線を送る。そんな視線を向けられれば向けられた側も不機嫌になるだろうが、妹紅の性質を分かっている3人にとっては、その顔つきが悪意ではなくむしろ好意に見えてくる。幽香は妹紅に微笑みを送り何か言いたそうにしている。そう、霊夢に限らず、連中も紫の身内だ。
「霊夢、紫の未来については紫の身内と相談すべきだろう。これは霊夢一人の問題じゃないよ。」
その優しい言葉に霊夢はハッとなって顔を上げ、後ろの3人に顔を向ける。
幽香と藍は霊夢の視線に頷き、萃香は両手を上げて元気に自分をアピールしている。
霊夢が何かに気づいた様子を見て自分の役目はひとまず終わったと思い、妹紅は立ち上がりそのまま縁側まで移動すると庭に降りてそのまま立ち去ろうとした。
「何処にいくの?」
すかさず幽香が呼び止める。
「紫の事は身内で決めてくれ。剣の抜き方はわかってるだろ?」
妹紅の言葉を受けて2秒程妹紅を見つめた幽香は顔を正面に向けて縁側に移動する。
「帰っちゃだめよ。」
そして幽香はそう言って縁側に上がる。
「帰るなよ。」
藍も一言そう言い、妹紅に何かを投げつけ、幽香の後に続く。萃香はすでに霊夢の隣に座っていた。
母屋へ入る幽香らを見送る様に首を巡らせていた妹紅は、連中が霊夢の回りに着席したのを見てから本殿の方へ移動した。
藍が投げつけたのは何かの種だったが、これが盗聴の受信機になるものだとすぐにわかった。
本殿前に移動した妹紅は、賽銭箱に種を投げ入れてパンパンと手を叩き何かを祈願する。妹紅としては結果がどうなるかは分かっていたのでそれにいたる会話を聞く必要はなかった。
妹紅は賽銭箱を背もたれにしながらとっぷりと陽が沈みすっかり夜となった東の空を眺めていた。
小一時間経っただろうか。隣に誰かが座る。
「盗聴してたの分かっていたなら言ってくれればいいのに。」
隣に座ってそうぼやく霊夢の横顔を見て少し安心する妹紅。そう繕っているのかどうか判断できなかったが、先程より元気そうに見えた。
「終わった?」
「どうするかは決まったけど、剣を抜くのは妹紅に頼みたいの。」
「何で?難しくはないでしょ?」
「みんな嫌がるのよ。あの剣触りたくないって。」
「じゃー霊夢がすればいいじゃん。」
「私だっていやよ・・・失敗したらどうするの?」
「私だって失敗するかもよ?」
「大丈夫よ妹紅なら。」
「あ、そうだ。もう一つの選択肢があったな・・・剣を抜かないで放置する・・・。」
「ちょっと、やめてよ!お願い、妹紅。この通りだから!」
妹紅の方に両手を合わせて懇願する霊夢。
どうやら、連中と話し合ってしっかり納得出来たらしい。表情や態度から迷いらしきものは感じられない。
妹紅は立ち上がって母屋に行く準備をする。
「で、結局どっちにするんだ?」
「家族水入らずということで。」
「いいの?」
「私の知ってる紫は、実は本当の紫じゃなかったの。」
「覚醒前も後も本当の紫さ。」
「ええ、だから、妹が入っても紫よね。」
「クス、そうね・・・。」
妹紅は思わず苦笑する。
「紫はこれからも変化し続けるんでしょうね・・・。」
この言葉は妹紅にではなく、独り言の様に聞こえた。
「・・・そうね。」
妹紅は相槌をして、心の中では「霊夢も変われるのよ」と励ましていた。