帝国主義が登場した背景には、社会ダーウィニズムという優生思想が大きく関わっているのである。
次の問題は、どうして「ナチス」と「ヒトラー」がドイツで生まれたのか、となる。
第1次世界大戦の敗戦が原因といってしまえばそれまでだが、ここで重要なのは、敗戦でドイツ帝国からワイマール共和国となったドイツが「アドルフ・ヒトラー」と「ナチスドイツ」を生み出すべく制度設計されたとしか思えない国家だったという点にあろう。生まれるべくして生まれた側面が強いのである。
第1次大戦を軍略面で語るとすれば、ヨーロッパ内部の覇権争いとなる。ヨーロッパを長らく支配してきたハプスブルク家の神聖ローマ帝国であるハンガリー・オーストリア帝国とプロイセンを軸としたドイツ帝国、これにヨーロッパを圧迫してきた中近東の覇権国家であるオスマン帝国(現トルコ)という大陸勢力と、18世紀以降、海外の植民地を獲得して大頭してきた新興勢力である大英帝国、フランス、イタリアら海洋勢力が激突、新興勢力が勝利したという分析になろう。
その結果、ハンガリー・オーストリア帝国とオスマン帝国は解体、領土を分割された。一方のドイツは、ワイマール共和国という「経済植民地」になった。これがパリ講和会議(1919年)におけるヴェルサイユ条約の本質なのである。
この当時のドイツは、たとえば毎月100万円分の仕事をさせられて、90万円を賠償金という借金で棒引き、10万円分の給料でかつかつの暮らしをしている「ブラック企業の社員」のようだと思えばいい。逆を言えば、ブラック企業の経営者たち(戦勝国)はものすごく儲かる。アジアやアフリカをどんなに植民地にしようと、インフラ整備やら教育やら管理費やらで経費がかかってしまい、思ったほど儲からなかった。
その点、ドイツは当時、世界トップクラスの技術大国、国民の教育水準も高い。それを経済植民地という「奴隷」にできたのだ。
2013年、ドイツ政府が「ヴェルサイユ条約の賠償金を全額完済した」と発表したようにヨーロッパ文明国家は「契約」を遵守するくとで文明の一員である証明をしなければならない。敗戦したドイツ国民はヨーロッパ文明国家であり続けるためには黙って働き、戦勝国に貢ぎ続けるしかなかったわけだ。
一方でヨーロッパ文明は「優生学」思想に毒されている。この時代、欧米社会では「優生政策」が相次いで施行されて劣等遺伝子を持つ個体は隔離、断種が当たり前のように行われていた(これは日本も同様で、1905年、「民族衛生学」として欧米の先端思想として優生学が紹介され、1910年には海野幸徳が「日本人種改造論」を発表、第1次世界大戦時には、ハンセン病患者の隔離、断種をするくらい病予防法が施行されるなど欧米同様に優生思想が広まっていった)。
この優生政策をドイツでも当たり前のように受け入れてきた以上、「国家」を一つの人格と考えた場合、第1次大戦で脆くも敗れたドイツ人はヨーロッパ人という人種のなかで、極端に言えば断種されるべき「劣等遺伝子を持つ個体」となってしまう。それがゆえにドイツ国民は、我々は優秀であり、隔離されたり、断種されたりするような「個体」ではないと証明するために、食事も満足にできない給料で必死になって働いてきたとも言えよう。
いずれにせよ、社会ダーウィズムの「毒」は、敗戦国ドイツ国民に進化できない劣等国家の民族、「断種」という恐怖を与え続けた。第1次大戦後のドイツ人の鬱屈感情の正体はこの断種への恐怖なのである。自らが作り出した優生思想にドイツ国民は自家中毒に陥っていったのだ。
そこに登場したのが、もはや説明するまでもなかろう。
アドルフ・ヒトラーである。ヒトラーは高らかに説いた。彼らドイツ国民が聞きたい言葉を。
「ドイツの敗戦は、ドイツ国民が劣っていたからではない。敗戦のすべての原因はユダヤ人にある。彼らが元凶なのだ」
ヒトラーは続ける。ドイツ国民がどうすればいいのか、を。
「我々ドイツ人は、劣っているどころか、世界で最も優れた民族のアーリア人の末裔であり、戦争に勝てなかったのは、アーリア人の血が混血で濁ってしまったからだ」
優秀な民族に立ち戻るには、ユダヤ人を排除してアーリア人の血を濃くする、それだけでいい、とー。
◆優生思想の自家中毒
いま、21世紀に暮らす私たちが聞けば、何をバカなことを言っているんだと一笑に付す内容だ。しかし、あの当時、目の前で優生政策が施行され、劣等遺伝子を持つとされてしまったハンセン病患者などは(現在では否定されている)、当たり前のように隔離と断種をされていた。また、精神病の患者や運動能力の劣る者、障害者に対しても強い偏見が生じていた。
それを排除するのが「善」という価値観が国民全体で共有されていた時代なのだ。しかも優生思想は、一個人ではなく、すでに民族や国家、文明にまで適応するのが常識となっていた。敗戦でうちのめされたドイツ人の「断種」への恐怖は、私たちの想像をはるかに超えるほど強かった。
だからこそ。ヒトラーの言葉は「福音」となる。恐怖から救い出す光となる。すがりつきたくなったのである。
こうしてヒトラー率いる少数政党だった「国家社会主義ドイツ労働者党/NSDAP」が、1933年、ついに国民の支持を得て政権奪取に成功する。ナチスへの高い支持率は、当時のドイツ国民がいかに優生思想による自家中毒に陥っていたかの証左とすら言いたくなろう。政権の座に就いたヒトラーは、どれほどアーリアの末裔であるドイツ人が優秀なのか、証明することに邁進した。…
『ナチスの亡霊 21世紀の地球を襲う【悪魔の思想】』
著.ベンジャミン・フルフォード
から抜粋。