Midnight Express

No Alcohol, No Life!!

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Back to Japan

気がつけば、日本に帰ってきてからもう9ヶ月が過ぎました。FacebookやTwitterが使いやすくなって、ブログを書く機会もすっかり減少。
今日は家族も居ないので、リビングで音楽を聴きながらこの記事を書いてます。

帰ってきてからは慣れない仕事にバタバタしながら、また求められるものの違いに驚きながら、漸く最近になって気持ちも落ち着いてきたかな、という感じ。
自分がチームのリーダーとしてどうすればよいのかを考えていたのが香港での仕事だとすれば、多くの人が居る中の1つのコマでしかない自分がいかにリーダーシップを発揮するか、というのが日本での仕事というべきでしょうか。

香港での7年半を振り返ってみると、このブログの記事を見るだけでも本当にたくさんの人と巡りあって、たくさんの出来事に怒ったり喜んだりして、充実した時間を過ごせたなと思います。とある方が、「香港駐在は人生のご褒美」ということを挨拶で言っていたのですが、本当にそう思う。
あれだけエネルギッシュなマーケットで、前を向いて仕事できたのは幸せだったし、数えきれないくらい飲み交わした友人たちとの時間も、今となっては宝石のように心のなかで輝いています。毎日がワクワクドキドキの連続で、夢のなかで遊園地の中にいるような気分だったと言えばいいでしょうか。

とはいえそんな7年半の間にいつしか人生のステージも大きく変わり、責任も重くなり、考えなければならないことも増えました。昔の向こう見ずな記事を見ると苦笑してしまうことも多いですが、自分の成長?の一つの軌跡であるこのブログは、可能な限り続けて行きたいなとは思っています。

引き続き、宜しくお願いします。

異文化マネジメント

大変ご無沙汰です。よく見たら、1年くらい更新してなかった・・・。

FacebookやTwitter等、溢れてくる情報が多いとなかなか長い文章を書こうという気にならなくなる。これはSNSのよくない点でもあると思っていて、思考が短絡的になりがち。たまには、ブログ等でゆっくり考える時間も必要ですね。

さて、仕事が営業に変わってから1年以上が過ぎました。新しいチームだったため、ショートスタッフの中ずっと悪戦苦闘。なかなか光が見えない状況の中、業務が集中したチームスタッフが辞めてしまったり、自分に余裕がなくなって家族に負担を掛けたり、本当に色々ありました。

結果として、今、自分のチームのスタッフは全て入社1年未満。まだまだ日々勉強で危ういところは沢山あるけど、敢えて大変な案件をこなしてもらうことで、皆抜群の吸収力を発揮、少しずつ自身も出てきて、漸く組織らしくなってきました。ここまでが長かったけど、やっぱり組織は足腰が大事。これから少しずつ、前に進めそうで期待しています。

僕らの年次になってくると、自分でやること、部下にやってもらうこと、それをどううまくシンクロさせて最大限の成果を出すか、というのが大きな課題。その点、海外拠点で国籍も背景も全く違うスタッフとチームアップするのは非常にタフですが、本当にいい経験になっていると思います。日本で、同じような「コモンセンス」を共通言語とできるわけではなく、しっかりと向き合わないとスタッフに不満が溜まってしまう、ということもよくある話。以心伝心、は通用しない。

これまでは、まず目の前の案件をどう処理するか、で皆手一杯でしたが、今後はそれぞれの希望やキャリアパスを考えながら、しっかりコミュニケーションを取り、最大限の効果が出るようにうまく役割分担したいところ。それこそが、マネージャーの役目。

入社10年以上経ち、もう中堅という年次に差し掛かって来たと考えると驚愕ですが、一歩一歩着実にステップアップできているという自信はあります。とはいえ、理想との差はまだまだ大きい。焦らず、休まず、ポジティブに、これからもやっていこうと思います。

Work hard! Play harder!

香港警察体験記

香港警察。

数年前にAnnual Dinnerで酔いつぶれた際もお世話になりました(タクシーから担ぎだされた)が、今回は仕事中にタクシーに香港IDの入った定期入れを置き忘れてしまい、届出に赴く羽目に。

さすがに24時間開いているが、金曜の夜ともなると雰囲気は閑散。入ると、二人の職員が黙々とPCに向かっているだけ。銀行のように番号札を取って応対してもらう形になっている。
席に座ると紙を渡され、何を無くしたかとか、そういったことを書く。でも、この紙なんかの紙の裏(つまり使い古し)じゃないか・・・と思いつつも書く。その後、その紙の内容をひたすらPCにインプットしていく職員。

大丈夫か・・・?

が、ここからが速かった。

たまたま貰っていたタクシーの領収書に載っていたナンバーを見て、直ぐにキーボードを叩く彼。やおら電話を手に取ると、速攻でタクシーの運ちゃん(携帯)にTEL。繋がらないと車のオーナーにTEL。しばらくまつと、「ここの警察署に届いているから、取りに行ってきてね」と紙を渡される。その間、わずか数分。

すげー。

タクシーの運ちゃんの携帯番号がきちんと管理されていることと、警察がその場で何も聞かずに電話したことに少々感動してしまった。
日本なら、ここまではしてくれないだろうし、そもそももっと時間が掛かるだろう。
帰り際には「今度は気をつけなよ!」と笑顔で送り出してくれた。CSも素晴らしい。そして気がつけば、この間全て英語でスムーズなコミュニケーションが出来ていた。

同行してくれたスタッフに聞いたら、香港の警察は倍率が高く入るのが大変らしい。実際、公務員の汚職を防ぐために、民間よりも高い給料が支払われているようだ。小さな政府だからできることなんだろうけど、実際にそのサービスを受けてみると、日本との違いが際立つ。
(英語は勿論、ホームページすら充実していない警察署のなんと多いことか)


日本ではマスコミも国民もそうだけど、単純な官僚・公務員批判ではなくて、より良い行政サービスを受けるためには、それなりのコストを払うべきだということをもっと考えたほうが良い。無論、無駄を省くためのチェック機能が確りしていれば、の話だが。
日本の公務員って、働いている人とそうでない人の差が激しすぎて、ひとまとめには議論出来ない状態。そんな中、国家公務員の給与一律減少って、なんか違和感あるな。それより先にやることあるんじゃないか?

VOICE

先週送別会で飲んでいるときに聞いたのが、小林明子「恋におちて」。
あまりに懐かしくて思わず聞き入ってしまった。
それ以来、昔よく聴いていた曲をiPhoneにダウンロードしては聴いています。

みんな、最初に買ったCDとか持っているんでしょうか?
子供の頃、家では親が借りてきたCDやテープばかり聴いていたのですが、中学生の頃に最初に買ったCDがこれ。

http://www.youtube.com/watch?v=UuNi_hvPmts

当時、楽しみに見ていた人形劇の平家物語。その、エンディング・テーマでした。
われながら渋い・・・。
ついついiTunesで探してみたけど、オリジナルは有りません。
どこのアルバムにも入ってないらしい。
俺の部屋には今でもこのCDが残っています。懐かしき、8cmのCDで。
それ以外にも、高橋真梨子の「遥かな空へ」(リレハンメル五輪のNHKテーマソング)とか、「僕は風 君は空」(陣内大蔵)とか、かなりマイナーなセレクションがずらり。

その頃に考えていたこととか、そういったことは大半忘れてしまったけど、少しだけセンチメンタルな気分になれます。たまには、オススメかも。

震災

震災のニュースは当地香港でもリアルタイムで入ってきています。
スターバックスが一定時間の売上を全て寄付したり、いろんな人がチャリティコンサートやったり、など寄付もすごく沢山集まっている模様。ありがたい話です。

もっとも、放射能漏れのインパクトは大きく、塩がスーパーから消えてなくなったりとか、日本食が売れなくなったりとか、一時はやたらと行列ができていた回転寿司屋も開店休業状態になっていたりするなど、別の意味でも敏感になっているのは確か。
(香港人というのはSARSや返還の時でもそうだったけど、本当にクイックアクションな人たちなので、取る対応が本当にスピーディ)
まあ、これは日本が逆の立場に置かれれば(例:毒入りギョーザ事件)、似たようなものかも知れないですね。

外から見ているだけなので大して発言をする資格もないけど、それにしてもこの国難の時に、一つになれない状況というのが何とももどかしい。
民主党政権に担う資格があるかどうかはとにかく、今は小異を捨てて、本気で一緒になって考える時ではないのかな?(自民党ほか)
東電を攻め立てるのは結構だけど、現場に居ない人間があれこれ好き放題を言う資格は無いのではないか?(マスコミ・大学教授・評論家等)
危機の時に素晴らしい演説をして国家をまとめる・・・という映画のようなことはできないとしても、もう少し求心力出せないかな?(菅政権)
地震に対する備えが世界一整っていて、災害時でも大きな略奪や犯罪が起きていない日本という国は本当に素晴らしいだけに、こういった点は本当に残念。

あと、個人的には原子力に対して「今後絶対反対」という風潮が出てくるのは残念。
もちろん、危険と隣り合わせなわけだけど、他に代替エネルギーも無いし、また100%事故を防ぐのは難しいよね。
冷静な目で、今後のエネルギー政策は考えるべきだと思います。

大事なもの

かなりお久しぶりです。
更新はできてませんが、何とか元気です。
家族が増えて、明らかに自分の時間が激減。
予想はしていたけど、子供の世話は慣れないし大変。
世の母親を尊敬することも増えました(笑)。とにかく両親には感謝あるのみ。

これまでと違った発見も、いくつも。
自分は子供が嫌いだと思っていたのに、自分の子ができると可愛くて仕方ないところとか、無愛想だと思っていた自分の親父も意外と子供が好きで、可愛がってくれてたんだなあと改めて気付いたりとか。
自分が子供だった時のことを思い出しながら、両親と語らい合うことも増えた。

大変なことも多いけど、とびきりの笑顔を見せてくれると疲れも吹き飛ぶもの。

自分のマインドという意味では、これまでまずは自分のキャリア、
自分のやりたいことが最優先でしたが、それも少し変わって来たかな。
いくら金を稼いでも、いくら有名になっても、いくらやりたいことがやれても、
今自分の力を必要としている目の前の家族を幸せに出来ないようでは意味がないし、
それでは自分も幸せになれない、という当たり前だけど大切なことを心から実感してます。
それだけでも家庭を持つ意味はありました。

まだまだ父親としては一年生、これから学ばなきゃいけないことはたくさんあるけど、前向きに頑張ります。まずは土日の朝、ゆっくり寝たいなあ(笑)

風邪・・・

最近やたらと寒い香港。
油断していたわけではないが、妻が風邪を引き、それが一家三人に瞬く間に伝播。。。
昨日の朝に息子が発熱したので、会社を半休。こちらも風邪でフラフラする中、会社に行ってそのまま接待。帰って来たら、妻と息子がこれまたフラフラの状態。

昨夜から今朝にかけて、本当に大変でした。しんどかった・・・。
幸いにして、インフルエンザでなくて良かった。

今回、海外ではなかなか両親も頼れない、という辛さを味わったけど、近所の人が子供の面倒をみてくれたり、差入れ届けてくれたりして、そのありがたさを痛感。
やはり、海外では人の繋がりが大切、ということですね。

健康第一!!

2011年

皆様、明けましておめでとうございます。
全然更新できていませんが、今年もよろしくお願いします。

ここ香港では、年末年始とも、気温は10度を超えており、いつものとおり正月の雰囲気は無し。ただ、IFCでのカウントダウンは大きく盛り上がったようで、Twitterを見ていても楽しそうなコメントが沢山。
我が家からも、少しだけ花火が顔を出してくれた。

$Midnight Express

さて、今年はどんな一年になるんでしょうか?

香港という、世界でも類を見ないスピードで変化していく地域にいて感じることは、今年は去年までとは比較にならない大きな地殻変動が起きそうだ、ということ。
近視眼的には、お隣りの中国では間違いなく引き締めモードに入ってくる中で、香港という「中国なのに中国じゃない」特殊な地域がよりクローズアップされてくる局面が多くなるのではないか。そんな風に思う。
日系企業という視点では、日本に漂う閉塞感、そして我も我もと新興国へと向かう日本企業、一方で組織や人がついてこない現実・・・。もはや東京から中国・アジアをはじめとする新興国を見ていては流れに取り残されるという判断は、これまで以上に多くなりそう。そのなかで、日本の会社にとっても、中国という巨大な新興国に隣接する「先進国」であるこの地域の社内的な位置づけは変わってくるはず。

かなり、エキサイティングな1年になりそうな予感。

そんなことを感じていたためか、なんと残り少ないと思われていた駐在期間が延長され、仕事も少し変わりました。香港・華南をクロスボーダーで動きまわることになりそう。久々の営業職ということで、上からのプレッシャーも厳しく、行動範囲も広くなり、体力的には相当きつくなりそうですが、もう少し香港ライフをエンジョイしようと思います。

そして、何より自分にとっての大きな変化は、家族の来港。
あんなに小さかった息子がどんどんと大きく成長し、あまりの重さにヒイヒイ言いながらも、精神的な後ろざさえが随分と強固になりました。有り難い限り。
今はまだ、仕事でもプライベートでもバタバタの毎日ですが、バックアップ体制を整えたところで、前を向いてまっすぐ進みたいものです。

ということで、年頭の挨拶がわりの更新でした。


リーダー像

インターネットは好きだけれど、技術的には全く詳しくないので、最近の光の道を巡る論争の中身はよく分からない。でも、実際にインターネットを使っていると、いわゆる専門家と称する方々よりも、孫氏のほうが目立っているし、なんとなく支持されている気がする。

結局のところ、大衆の支持というのは、そんなもんなのだろう。難しいことを難しく語るのではなく、単純化した自分の言葉で語る。そして人任せにせず、自分が先頭にたってポジションを張る(あるいは少なくとも張っていると見せる)。軸がブレないこと(少なくともブレていないと見せること)も大事だし、最後までやり抜く力も重要。なんとなく、こないだ書いたようなビジネスマンのキモと通ずるものがある。

リーダーとしての実績はともあれ、小泉純一郎やスティーブ・ジョブズにも通ずる何かを、孫氏は持っているのは事実だろう。
・・・ただ、その孫氏に「大衆」として握手を求めているのが政治家、というところに悲しさを感じるのだが・・・。本来、政治家は日本を率いるリーダーではないのか?

幸福論

実家に帰ると、ホッとする。あれをやらねば・これをやらねばといったものもなく、気遣いも必要ない。特に何を話すわけでもないのだが、心が落ち着く何かがある。

これまではなんとなく、田舎(奈良)だから時間がゆっくり流れているのかなぁと思ったりしていたけど、周りの話を聞いていると、どうやらそれだけではなさそうだ。結局は、何があってもそこに帰れば家族が味方してくれる、ということが妙に安心感につながっている、ということかと思う。

話は変わるが、自分の父は、京都の大学を出た後、関西のとあるエネルギー会社に就職した。ちょうど学生紛争の後で、大学受験でも色々大変な時期だったようだ。それが影響したのかどうかは知らないが、東京に行けばという勧めを断り、敢えて転勤の少ない関西の会社を選んだとか。

その頃の父の考えがどうだったのかは知らない。ただ、少なくとも就職前後の俺からすると、「なぜ能力をフルに生かさないのか?」「なぜもっと広いフィールドで試さないのか?」といった疑問があったのは事実で、結果として俺は銀行の国際部門という、「何処に行くか分からない」という意味では父と逆に無闇矢鱈と広いフィールドに出ることになり、それはそれなりに充実した生活を送ってきた。

もちろん、そこに一切後悔は無い。

ただ、今回実家に帰って、生まれたばかりの息子の写真と、同じ頃合いの昔の自分の写真を見ながら、両親とあーでもないこーでもないと談義している時間が、余りにも幸せで贅沢な時間で、自分でも驚いた。
「このころは泣いてばかりで・・・」とか、「他所の子と比べて大きくて・・・」とか、そんななんども聞いたような他愛もない話。でも不思議と、心から楽しかったし、こんな時間が沢山欲しいと思った。これまでろくに見なかったアルバムをもう一度見てみたら、本当に自分の成長がきちんと記録されていて、驚いたりもした。

結局、幸せそうな両親の顔を見ながら、
「人生の幸せは自分一人では味わえない。自分にとって大切な家族が幸せになってこそ、自分も幸せになれる」
という当たり前の事実に改めて気付かされた、ということなのかもしれない。

自分自身の選択を振り返ってみれば、東京に出たいといったのも自分のため、銀行に入りたいといったのも自分のため、海外に行きたいと言ったのも自分のため。全て、「自分にとって一番」の選択ばかりをしてきた。それはそれで、とても充実していたので良かったわけだけれど、やっぱりこれからは、それだけではダメだ、と今更ながら思う。

もちろん、父の時代と、俺の時代と、そして自分の息子の時代と、それぞれ価値観は変わっていく。どうすれば幸せになれるかは、その時々に考えぬいて選択するほかはないのだろうし、家族の反対を押し切っても頑張り通さなければならないタイミングは沢山あると思う。

ただ、「本当の幸せは自分一人では手に入らない」ということは、常に頭に置いておきたい。
そして、今から30年後に、息子が同じことを感じて欲しい。

心の落ち着く実家で、いい気づきをもらった。
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