ニュージーランドにいるフィンクルの趣味はアロマテラピーとリフレクソロジーだ。
頼まれていた和精油をいくつか送ることにした。
どんな効果があるのか知らないが、シソの和精油を嗅いでみたら、かなり鮮烈で、ミントのような効果がありそうな気がした。


パッキングをして、郵便局に行き「航空便だといくら?」と聞くと、3200円だという。
「じゃあ、SAL便(航空便と一部船便)は?」と聞くと、2600円だというので、少し悩んだ。
その後半分冗談で「じゃあEMS(航空便だが、国際郵便のなかで最優先の取扱いになる)は?」と聞いたら2400円なのだという。
「本当に?なんで?」
重さや相手国の関係で、たまにこういう逆転現象が起きるらしい。
当然、EMSにしてもらった。


水曜日に、「月光の夏」という朗読劇を観に行った。
「朗読劇って何?」
いろんな人に聞いたけれどよくわからなかった。
「台本持ったまま演じるの?それってまだ練習中ってことじゃないの?」


月光の夏1

会場は若里の市民ホールだった。
駅前からタクシーに乗ったら、県民ホールに連れて行かれた。
途中、何度も「こっちの方向でいいのか?」って聞いていたのに、やっぱり勘違いしているみたいだった。
「俺はビックハットの隣の市民ホールって言ったんだよ。」
「ここでいいんです。ホール入り口って書いてありますよ。」
「絶対に違うから。だいたいここ、ビックハットの隣じゃないじゃん。」


話しているうちに、ようやく運転手も目指すところが理解できたらしい。
メーターを止めてもらって市民ホールまで連れて行ってもらった。
会場に着いたのは、そんなわけでギリギリだった。


朗読劇って、初めて観たけれど、ちょっと感動した。
隣の席のおばさんは、すっかり泣いていた。


4人がそれぞれの役を持って、朗読をしていく。
ピアノが一台あり、ピアニストもいて、劇の途中でときどき弾く。


月光の夏2
ストーリーは、こんな感じで始まる。

『ある小学校で、1台のピアノが粗大ゴミとして処分されることになった。
1人の女性がそのピアノを捨てないで欲しいという。


戦争中、彼女は音楽の教師をしていて、このピアノを守っていたのだという。
焼夷弾が落ちてきても消せるように、バケツをいっぱい並べて、守っていたそうだ。


そうやってピアノを守っていたら、ある日、特攻隊の青年が2名、基地から10キロの距離を走ってきて「ピアノを弾かせて欲しい。死ぬ前にもう一度、ピアノを弾きたい」と言ったのだという。
彼らが弾いたのは、ベートーベンの月光だった…。』


この劇が、朗読劇だったのは、たぶん実話を再現しようとしているので、固有名詞とかに間違いがないようにするためなのだろう、と僕は勝手に思った。


それから友達と、この劇が成功したのは、特攻隊員がピアニストを目指す学生だったからだよなあ、ということを話した。
「俺達なんかさあ、明日、特攻隊員として選ばれても、何にも人を感動できることできないもんなあ。「死ぬ前にもう一度、エクセルでピボットテーブルを作らせてください」なんて、全然、感動できないもんなあ。」
「いいよなあ。ピアニスト」


そういうわけで、家に帰ってから、早速amazonで「かっこよく弾く簡単ピアノレッスン」というDVDを注文して、職場に届くようにした。


かっこよく弾くピアノ
金曜日に職場に到着した。
なぜか、タイトル部分が隠れていて、サブタイトルの「秘密のテクニック教えます」というところだけが見えるようになっている。
「これ、本当にピアノのDVDなんですか?」
同僚に聞かれるので「当たり前。俺みたいな紳士にそんなことを聞くな」と答えておいた。


金曜日には大きな会議があり、僕は司会を担当し、その後いろいろと説明もした。
会議では自分よりも年配の人が多く、いろいろと気を遣った。


そんな気持ちの反動だったのかもしれない。
ちょうど友達が長野に別の会議で来ていたので、仕事のあとで一緒に飲みにいき、ついつい6時から1時30分まで(4次会まで)飲んでしまった。


飲んだ後は例外なく、満腹中枢がいかれているので、家に帰ってきてからラーメンを2人分も作って1人で食べる。
そのせいか翌日はそれほど2日酔いに苦しまずにすんだ。


週末には実家に帰り、メダカの水槽の掃除のほかは、ほとんど寝て過ごした。
おかげで、本格的に太りだしたような気がしてきた。

そして、たぶん気のせいだけじゃない。


実家からの帰りに、リフティング練習用のボールを買って帰ってきた。
明日から、少し練習しようと思う。


そんな感じで日々を過ごしているので、未だに、「秘密のテクニック」を観ることができていない。
中世のヨーロッパでは、足を露出することをいやらしいと考えてたので、ピアノの足にも布を巻いていたという話をふと思い出す。
「秘密ってどんなテクニックなのだろう?」
とても気になる。

英検の準1級に受かった。面接試験は38点満点で34点だった(合格点は22点)。

でも、ペーパー試験のできが悪すぎたので、未だに受かったというより、当たったという感覚の方が強い。


高校の頃、何でも正しいことをいうマコトくんという友達がいた。
僕たちはよく授業をサボって喫茶店でコーヒーを飲んで時間をつぶしていた。
そのときに彼が僕に「試験で重要なのは、運がよければ受かるってレベルに達することだよ」と言っていたのを覚えている。

そんな大昔のことを思い出しては、まあ、そういうことなら、俺も合格でいいのかあ、などと自分勝手に思ったりもする。


社会保険労務士の試験は受けるのをやめることにした。
絶対に受からないのか?って聞かれると、まだ間に合うような気もするけれど、試験に傾ける情熱が欠けてきてしまった。


金曜日は仕事帰りに飲みにでも行こうかなあ、と思ったけれど、飲みには行かず「ダイ・ハード4.0」を観に行った。
昔のブルース・ウィリスは、どこか影があって、ヒーローなのに孤独な悪役の個性が光っていたのだが、今の彼にそれが見えない(セリフにはあるけど)のが少し寂しかった。


ダイ・ハード4.0

ニュージーランドにいるフィンクルが結婚することになった。
プロポーズされたのは、パーティーのために彼氏がゾロの格好をして、フィンクルがキャサリン・ゼタ・ジョーンズの格好をしていたときだったそうだ。

ゾロ
そのときに、彼が「結婚してくれ」って頼んできて、でも、彼はいつも冗談ばかり言ってるから、最初は冗談だと思ってたんだって。
でも、彼の顔が笑っていなかった。
それで、彼が真剣なんだってわかって、笑うのをやめて、そして、それから泣き出して…。
すごく、感動した瞬間だった…。
ってメールに書いてあった。

「ゾロと結婚するなんて、驚いたよ。
君のハートまで盗むなんて、なんて悪い奴だ。」
と返事を書いた。


彼女とは、数年前の夏に成田空港で出会った。
本当はもっと前から顔は知っていたはずなんだけど、話したのはそのときが初めてだった。
僕はそのとき数100人の外国人を国内に受け入れる仕事をしていて、成田空港の第1ターミナルを任されていた。
空港の出迎えで一番疲れるのは、荷物を運ぶ係ではなくてゲート近くの出迎え担当者だということを僕は経験から知っていたので、朝からずっと張り付いていた彼女に声をかけようと思っていた。


「今度から一緒に仕事するようになるんだ。よろしくね。」
僕が声をかけると、彼女が微笑んだ。
色が白くて、優しそうな女の子だった。

僕の担当していた部署は、精神的にもきつい部署だったので、これから同僚になる子がこんな線の細そうな子で大丈夫なのかな?と少し不安に思った。


一緒に仕事をしてみたら、彼女は辛抱強かった。
僕のように怒りまくるということはなく、いつも静かに、それでも力強く出るときには、彼女なりにしっかりと主張をしていて好感が持てた。


僕が、ヨーロッパに仕事で行くとき、彼女に「お土産はなにがいい?」と聞いたら、彼女は「何もいりません。健康で戻ってきてくれれば」と言った。
本当にいい子だった。


メールでは、先週の初めに起きた地震のことにも触れていた。
ニュージーランドでも報道されたらしい。
麻布に住んでいた頃地震にあって、そのとき部屋が道路に落ちるんじゃないかと思ったと、メールには書いてあった。
今回の地震では「傷ついて、死んだ人までいるなんて」と彼女は驚いていた。


ジェニファーからもメールが来た。
マグニチュードではなくて、the Richter Scaleという言葉を使っていたので、ふと疑問に思って調べてみたら、マグニチュードは星の等級にも使われる単位なので、地震の場合は欧米ではこのリヒ(ク?)ター・スケールという言葉を使うのが普通らしい。
そしてマグニチュードも星の等級と同じく指数関数(log関数)なので、マグニチュードが1違うと、エネルギーは32倍違うことになるのだが、2違うと32*32で、約1000倍も違ってしまう。
ジェニファーはリヒター・スケール6.7なんてクレイジーだってメールに書いていて、そういう理系的な発想ができる女の子がいるってことが、僕は少し嬉しかった。


地震のとき、僕はベッドに寝転がってDVDを観ていた。
逃げようかと思ったけれど、周りを見回して、ベッドの上が一番安全そうだったので、そのまま寝ていた。
揺れが長くて、地震が収まった後もいつまでも揺れているかのようだった。


午後にも大きな余震があり、そのときはシャワーを浴びていた。
ユニットバスごと、下の階に落ちるような気がするほどよく揺れた。
裸で逃げるわけにもいかないので、「どうでもいいや」と思いながらそのままシャワーを浴びていた。


土曜日の夜には、長野グランドシネマズに行って、今話題になっている「舞妓Haaaan!!!」を観た。

舞妓はーん
阿部サダヲの演技は素晴らしかったが、映画としては僕はそれほど面白みを感じなかった。
「舞妓なんて俺には一生、関係がない世界だもんなあ。大好きだけど。」という思いがそう思わせたのかもしれない。
爆笑できるのかなって思っていたけど、結局、笑うこともなく終わった。


勉強の時間がなくなると、暇な時間ができる。今は仕事もシーズン・オフだ。

星新一の「ふしぎな夢」(新潮文庫)を読む。彼の本を読むなんて中学生の頃以来だ。

ふしぎな旅
中学生の頃は、彼の本ばかり何10冊も読んでいたのだが、ある日「こんなショート・ショートなんて単なる言葉遊びじゃないか」と思うようになって、それからは読むのをやめてしまった。
筒井康隆や小松左京のような他のSFを読み始めたせいもあった。


俗物図鑑

月よ、さらば

大人になって読むと、確かにストーリーは全然物足りないし、思いつきで話が進むので,ついていけないなあって思うところもあるけれど、それなりに面白みもある。
中学1年生が読むなら最適なんだろうなと思った。


久しぶりにPS2に電源を入れてみたら本格的に壊れていたので、買い換えに行ったんだけど、Wii、PS3もあるし何を買ったらいいのか悩む。
そんなにゲームがしたいと思うソフトがあるわけでもないのだ。


どれを買うか悩んだけれど、結局、任天堂DSを買い、「TOEIC TEST DSトレーニング」と「200万人の漢検とことん漢字脳」のソフトを買った。


TOEICTEST

とことん漢字脳

帰り道、「俺って本当に勉強好きなんだな」と思い、それから「まあな」と思った。
それから「俺にはキャサリン・ゼタ・ジョーンズはいないんだったっけ?」とちょっと聞いてみた。


少し苦い思いがこみ上げてきた。でも、飲み込んだ。
ため息ばかりの人生だ。

台本を書き直すことに決まってから2週間が経った。
オタク役が3人いたのだが、それをそっくり別のキャラに代えるのだ。
店員もいらない、ということになったので、ストーリーに店員が絡んでいたシーンも全部直すことになる。


そして全部手直ししたものを今度の水曜日には必ず持って行かなくてはいけない。

それなのに先週は月曜日から水曜日までずっと飲み会続きで、木曜日と金曜日も何もせずに寝てばかりいた。


水曜日の昼には仕事を1時間休んで名古屋から来ていた昔の同僚とホテルにランチを食べに行った。
行ったのは長野市でも有名なホテルだったのだがろくなメニューがなく、肉料理はテール・シチューと鶏料理しかできないのだという。


仕方がなくお薦めだという親子丼と、本日の採れたて野菜を注文した。
「本日の採れたて野菜って何?」
「本日はポトフになります。」


ポトフ?ポトフ(牛肉や鶏肉などの肉類と、大きく切ったニンジン、タマネギ、カブ、セロリなどの野菜類を、長時間かけてじっくり煮込んだ料理)にしちゃうんなら、なんで採れたて野菜の必要があるんだよ。
でも、他にまともなサラダメニューもなかったのであきらめて注文した。


食後に出てきたコーヒーは、ここ数年で飲んだ一番まずいコーヒーだった。
変に濃くて、かといってエスプレッソのようでもない。
「たぶん、アイスコーヒー用のコーヒーを温めて出しているんだよ。」
「なるほど。」


サービスも最悪で、料理を出したらお客のことは知らんぷり。
よっぽどチェックせずに帰っちゃおうかと思ったよ。
これでサービス料金10%もとるなんて、詐欺みたいなもんだ、と思った。


まあ、そんなことがあったり、飲み会ではちょっと暴走気味だったこともあったりしたけれど、そんな1週間だった。


問題は台本で、土曜日の朝は全然、終わりそうになくて、うんざりとした気分で寝ていた。


一応、オタクに代わるキャラとして、元ヤン社長とその妻、その部下、という設定はこの前の飲み会のときに提案されたので、そのラインで考えていたんだけど、元ヤンの世界もあんまり詳しくないのでよくわからない。


それでも前の旦那が元ヤンだったという人に、いろんな意見を聞いているうちに少しわかってきた。
もう一人、男を増やせば、うまく回るかもしれない、と思い直して、そのラインで話をまとめていく。


話をまとめながら、この前に見た「カジノ・ロワイヤル」「ディパーテッド」「ラッキーナンバー7」をもう一度観直す。
こういう映画を観ていると、だんだんとまともなものが書きたくなってくる。


カジノロワイヤル

ディパーテッド

ラッキーナンバー7

そうしたら、


先輩「私ね、結婚式のときにいつも思うんだけど、妙に頑張っている新郎とかいるじゃん。「おまえのことは一生守り続ける」みたいな。「2人で力を合わせて、幸せいっぱいの家庭を作ろうね」「うん」なんてこと言ったりして。でもさあ、私、ああいうのってちょっと引くんだよね。」
後輩「ええ?本当ですか?幸せいっぱいの家庭とか憧れますよ。毎朝、起きたら旦那様がチュッてキスして、家を出る前にチュッてキスして、帰ってきてチュッてキスして、寝る前にもチュッってキスして、それからあとはよく知らないですけど。どうなるんですか?あ、ダメ、そんなとこまでキスしちゃ。あ、ダメ、感じちゃう、なんて。キャー。先輩のエッチ!。」


なんて会話で今まで進んできたのに、


社長「昔、俺が族に入っていたときに、族を抜けたいって言った奴がいたんだ。リーダーはカンカンに怒って、そいつを鉄パイプで殴りつけた。俺は、そいつのあばらの折れる音を聞いたよ。それから、そのときのリーダーの目の色も見た。リーダーの目の色は、憎しみの色じゃなかった。あれは、恐怖の色だったよ。もともと社会から白い目で見られていることはわかっている。今ここで、仲間も消えていく。俺は孤独になるんじゃないか。そんな恐怖心が憎しみの衣をまとって、奴にあんなことをさせたんだ。俺は、そのときから、自分でも憎しみを感じたとき、それは実は憎しみじゃなくて恐怖心じゃないかって考えるようにしているんだ。」

なんて話し始めることになっちゃったんだよなあ。


おかしい?僕もそう思う。すごい変。


でも、一応、できあがったので印刷をする。
また、みんなが手を入れて、きっとまともなものにしてくれるはず。
それが日曜日の夜7時。


それからmoonお薦めの「300」を観に、長野グランドシネマズに行く。


300

面白かったけど、俺は、moonと逆に、民主主義を守るためといいながら、議会を無視して軍を出兵させる姿がブッシュとダブっちゃってさあ。
これは、ブッシュ礼賛映画なのでは、と思った途端にちょっと引いちゃったな。
あと「ベン・ハー」や「スパルタカス」に通じるってところは俺もその通りだと思った。


ベンハー
スパルタカス


moonは中学時代から「ベン・ハー」好きだったもんねえ。

金曜日は、劇団の飲み会だった。
カラオケボックスだったけれど、僕は1曲も歌わずに、みんなの歌を聴いていた。


劇団なんだけど、フットサルとかゴスペルやダンスもしているので、初めて会う人も多い。
フットサルをしているチームには21歳の人もいた。


「この飲み会っていつまで続くの?」
「朝5時まで。」
それはちょっと無理だと思ったので、2時頃に帰った。


土曜日は7月7日だった。
10数年前につき合っていた女の子と別れるときに、2007年の7月7日に池田町の町立美術館で会う約束をしていた。


当時、僕は名古屋で仕事をしていて、彼女は松本で仕事をしていた。
週末に会いに行くことが多かったが、平日に行ったこともあった。
明け方に、松本から名古屋まで車を運転していると、運転しながらときどき夢を見た。


高速道路になぜか赤いポールがずらっと並んでいるとか、そんな夢だった。
急ブレーキをかけて、目覚めて、なんとか次のサービスエリアまでたどり着いて、5分くらい仮眠をとって、それからまた運転して帰った。


彼女はもう結婚間近で、僕のほかに本命の彼氏がいた。
公認会計士だという彼氏に、僕は何も勝てるものがないような気がしていた。
それでも結婚する2週間前まで、彼女は僕ともつき合っていた。
僕が女って怖いな、って思うのはそんなことがあったからでもある。


「本当に別れてもいいの?」
「いいよ。」
「私はあなたの方が好きなんだけど。」
「どうして?」
「教育しがいがありそうだから。」
「…。」


非常に不満が残るコメントだったけれど、そのようにして僕たちは別れた。
そしてそのときに、「2007年の…」っていう話が出たのだ。
当時は、そんな年は遙か未来のように感じていた。


この美術館にしたのは、つきあい始めたときに、夜景がきれいだと聞いて2人で行ったからだ。
実際には、夜景なんていうほど光がなくて、ぽつん、ぽつんと田んぼの脇に建てられた街路灯が、ぼんやりと道路を照らしているような光景しか見られなかった。


美術館には3時頃に着いた。
「どうして、時間まで約束しなかったんだろう?」と僕は何度も後悔したけれど、そんなことは仕方がないことだ。


美術館で、山下大五郎の絵を見る。
油絵なのに、少し離れてみると、写真のようにも見える。
霞がかかったアルプスと集落の風景が描かれている。
美しい絵で、僕はこの人の絵をずっと見ていた。


特別展の「ガリバー旅行記」原画展も素晴らしかった。
原画を見ながら久しぶりに、ガリバー旅行記を最後まで読んだ。
ガリバーが小人の国に行ったとき、ガリバーがワイン1杯飲むのに、小人1728杯分のワインが必要だった、というくだりを読んでにんまりとした。


ガリバー旅行記
これはこういう計算になっている。
ガリバーは小人の12倍の身長がある。
つまり直線(1次元)で12倍ということだ。
ガリバーが寝るときのベッドは平面(2次元)なので、12×12で、小人144人分の大きさのベッドが必要になる。
さらに、食べ物・飲み物は立体(3次元)なので、12×12×12の1728杯分が必要になる、ということなのだ。
中学生の頃、ペレリマンという物理学者の書いた本が好きで、その本でこのことを知って、いつかまたガリバー旅行記を読んだら確認しようとずっと思っていたのだ。


美術館は1時間20分ほどで展示品すべてを見た。
外に出ると、霞の向こうに見えるアルプスと、安曇野の田園風景が美しかった。


美術館の隣にある岳樺(だけかんば)という喫茶店でイタリアのオレンジジュースを飲みながら、日曜日にある英検の面接試験の勉強をする。
それも30分くらいでやめて、もう帰ることにした。


帰り道、よくテレビ番組で別れた相手のことを思っているのは女より男の方が多い、と聞いてずっと「そんなことないだろ」って思っていたけど、本当だなって思った。
意外と自分のショックが大きくて、驚いた。


職場で結婚発表があったときに、社長が「彼女の相手の方は、翌日、仕事があるのに名古屋から夜中に会いに来るほど情熱的な方で…」と言いだし、事情を知っている同僚たちが「それは違う人です!」って言ったという話を、彼女から聞いて笑った。
運転しているとそんなことを思い出す。


結局、会えなくて残念だったけれど、彼女だって今さら会いに来るわけないよな、とどこか冷めた思いもした。


日曜日は英検の準1級の面接試験だった。
9時からの試験のために、英語に耳を慣らそうと思って朝5時30分に起きて、007の「カジノ・ロワイヤル」を観た。
予想以上に面白く、アクションを堪能した。


カジノロワイヤル
この007は当初、「主役が007を名乗れるほどハンサムでない」と相当な抗議があったと聞いていたが、実際の映画は彼の方がピアース・ブロスナンの007よりもずっとリアリティがあって、映画の質も高かった。


英検の試験は落ち着いて受けることができた。
生きるか死ぬかのスパイに比べたら、英検の面接試験なんて小さな問題だから緊張する必要なんてない。
ずっとそんな気持ちでいた。
でも、文法的にはかなり間違ったことを言ったので、落ちているかもしれない。


DVDは他にも「ディパーテッド」や「ラッキーナンバー7」も観た。
どちらもいい映画だった。


ディパーテッド

ラッキーナンバー7

「ディパーテッド」みたいな映画が僕は大好きだ。
「フォーン・ブース」のような優れた脚本ではないけれど、俳優のそれぞれの個性を生かしたムダがないストーリー展開で飽きさせない。


フォーンブース
「ラッキーナンバー7」は、本来ならタイトルは「カンザスシティ・シャッフル」とすべきだと思う。
確かに「ラッキーナンバー7」の方が観たくなる気がするけれど(だから商業的にはそれで正解なんだけど)、特にナンバー7だからどうというわけではない。
こちらは脚本家がとても優秀だ。
これだけの話をムダがなく、素直な流れで、驚きの結末まで持って行く力は素晴らしい。


僕は、いつかこういう話を作るチームに入りたい。
もし入れたら、僕は今の仕事なんか喜んでやめてやる。

英検の準1級の一次試験に受かっていた。
合格点は71点だったんだけど、僕は72点。
その差わずか1点。
1問2点以上の問題を、あと1問でも間違えれば僕は落ちていた。


結果通知を見ながら、複雑な思いだった。
文法や語彙などは合格者どころか全受験者の平均よりも下回っていた。
あんな直前に押し込んだ勉強じゃ、こんなもんだろうな、と思う。
それが、さっぱりわからずに解答肢だけを見て直観でマークしたリスニングは正答率が9割を超えていた。


こういうのは受かったといわずに、当たったっていうんだろうな、と冷めた思いで結果通知を見ていた。


それでも、せっかく受かっていたんだからと面接試験用の問題集を買ってきた。
でもいつものことだけど、なかなかやる気が出ない。


ネットでいろいろと見ていたら、マヤ文明後期の時代の青年を描いた「アポカリプト」という映画を観たら、なんだかやる気が出そうな気がしてきたので、仕事の後、長野のシネコンまで観に行った。


アポカリプト
主人公はどこかロナウジーニョに似た精悍な男で、ジャングルで幸せに生活していたのが、ある日突然、マヤ帝国に襲われて都市部に連れて行かれる。
そして、そこから逃げるという映画なのだが、全編ドキュメント・タッチで描かれていて、恐ろしいのなんのって。


オープニングのバグ狩りあたりでもうちょっとびびっていたのだけれど、主人公の父親に映画のなかで「恐怖は病だ、恐怖心を持つな」と諭されたのと、自分の両側に観客がいて逃げようにも逃げられなかったので、我慢して最後まで観た。


あの時代あの場所では、生きるってこんなに厳しいことだったのか、と思う。
体を傷つけられ、心も何度も折れそうになりながら、主人公は逃げる。
幸運を味方につけ、家族のために走る。


見終わった後、久しぶりに感じた恐怖感と映画を集中してみた疲労感とでエンドロールが終わるまでイスから立ち上がれなかった。


映画の後、ラーメン屋に行って夕食をとった。


隣に座った席の奴が「当店では替え玉はありません」と店員が何度も言っているのに、あれこれ文句を言っていて見苦しい。
「キャン・ユー・スピーク・ジャパニーズ!」と怒鳴ったりしている。
やだなあ。と思いながら僕はそっちを見ずに黙って食べていた。


「替え玉」の代わりに注文した「つけ麺」が来るのが遅いと、水の入ったコップを机に叩き付けて文句を言い、ブタのように音を立てて食っている音を聞いていたら、思わず殺意を感じた。


僕はもともと反論できない立場のサービス業の人に威張る奴と、音を立てて物を食う奴が大嫌いだ。


逃げるようにカバンを持って席を立って、会計をすまして後も見ずに家に帰ったら、ラーメン屋に忘れ物をしたことに気づいた。
ラーメン屋に電話をしたら、忘れ物が「ありました」というので、「明日取りに行きます」と言った。


最近、僕の知らないところで、劇団内に仲違いが生じたらしく1人が辞めてしまった。
オタクの世界を唯一、わかっている人だったので、僕としては台本のリアリティを保つ上でかなりショックだった。
なんでこんな小さな劇団で、ケンカなんかするんだ、と腹も立った。


オタクから見ると台本にはおかしな所がたくさんある、と彼女は僕に言っていた。
もともと彼女が僕を劇団に入れたので、僕とは未だに友達だ。
「ガンダムオタクは自分たちではガンオタって言うはず。ネコミミもオタクが全員、ネコミミつけているなんてあり得ない。そもそもこの台本に出てくるオタクは物知り博士みたいだけど、それはオタクとは違う。」
彼女の言うことはもっともなように聞こえていた。
「私、おかしな所、全部台本にメモしたんだけど、もう劇はしないから頭に来て捨てた。」
「なんで捨てるんだよ。ゴミ箱に入れるなら、俺にくれよ。」
「そんなの悔しいじゃん。」
そりゃそうだろうけど、これでオタクを劇に出すのは無理になったという気がしていた。


「正直、オタクって俺、よくわからないんだよ。オタク同士の会話が一般人に面白いのかどうかもよくわからないし。」
他の劇団の人に言うと、オタクは劇のなかで不可欠ではないから、他の設定にすればいい、という。


そうせざるを得ないとは思ったけれど今まで作り上げた世界を捨てて、またキャラ作りから始めなければならないのかと思ったら少し暗くなった。
「仲直りできないの?」
「関係修復はもうできない。」
何があったのか、僕にいろいろと説明をしてくれようとしたけれど、聞いたところで何も解決しないので、ほとんど聞いていなかった。


「君の紹介で劇団に入ったのに、俺だけ残るのはおかしくない?」
「大丈夫、あなたのことは、彼女たちは手放さないと思うから。」
そう言って去っていった彼女のことを思う。
俺は利用されているのかな?とも思ったけれど、よく考えて、自分の意思でいるんだ、と思い直した。


いろんなことがあるんだなあ、と思う。
英検の試験まで、1週間だから頑張らないといけないし、台本も自分なりに設定をやり直そう、とも思う。
社会保険労務士の試験もある。


自分がいま何をすべきで、何をすべきでないのか。
問題なのは僕が未だによくわかっていないことだ。

夜、なかなか寝付かれないときに、ネット麻雀をすることが多い。
僕がしているのはSIGNAL TALKという会社が提供しているMaru-Janで、牌がきれいでリアルだ。


ダブロンなし、が僕的には不満なのと、理牌を手動でやっている奴がさっさと牌を切らないときに腹が立つことがあるけれど、基本的には満足している。


麻雀の世界はゼロサムの小さな世界だ。
誰かが勝てば、誰かが負ける。
皆が勝つことはなく、全員が負けることもない。


浅田哲也の小説「麻雀放浪記」、西原理恵子の漫画「まあじゃんほうろうき」を始めとして、麻雀小説、麻雀漫画は今までかなり読んできた。

麻雀放浪記1

麻雀放浪記2

麻雀放浪記3

麻雀放浪記4

まあじゃんほうろうき1

まあじゃんほうろうき2

まあじゃんほうろうき3

まあじゃんほうろうき4
大学時代から相当打ってきてもいる。

それでも必勝法とか戦術というのはなかなか見えてこない。
ある程度うまくなったら、あとは運次第、という気もする。


以前お見合いをした相手から、お断りのメールが来た。
僕としては、別に好きでもないけれど、結局、俺はこの子と結婚するのかなあ、あんまり嬉しくないなあ、と思っていたんだけど。
彼女は、何度もメールを書いたのに、僕の返事に誠意がないと思ったらしい。
「もう会いません」「あなたは人の気持ちを正面から受け止めるということをしない人だ」「私は悲しかった」ということがぎっしりと書いてあって、うんざりとした。


指一本触れたわけでもなく、どこに行っても全部、僕がお金払っていたし、わがままもいろいろと聞いたのになあ、と思う。
そんなに一方的に俺が悪いんだっけか?


でもいいや。これできれいに別れられるなら。
俺、もうどんな悪者でもいいや。


もうつき合う気はさらさらないので、返事は書かないことにしたけれど、気持ちがぐらぐらと泡立つのを感じた。


それから麻雀をしたら負け続け、10連敗もした。
どんなに真剣にやっても負けてしまう。

結局、麻雀ってのは気持ちの問題なんだな、ということがわかった。
必勝法はわからないが、必敗法は、女に理不尽に文句を言われたあと麻雀をすることだ。


週末はそんなわけで(いいわけだけど)、勉強はほとんどできず、スーパーで食料品を大量に買い込んできて、美味しい料理を山ほど作って片っ端から食べて過ごした。


それからたっぷりと寝たら傷も癒えて、麻雀も勝てるようになった。

岸本佐知子の「ねにもつタイプ」(筑摩書房)を途中まで読んだ。

ねにもつタイプ
この程度の駄ボラにつき合わされるのもいい迷惑だ。
飲み屋で酔っ払ったときに聞くぶんにはいいけれど、素面で読むのは切れ味が鈍すぎて苦痛だ。
こんなことなら「のだめ」の続きでも買ってくればよかったよ、と思った。
それで、途中で読むのをやめてしまった。


DVDで「ザ・センチネル」を観た。

ザセンチネル
マイケル・ダグラスとキーファー・サザーランドの演技は素晴らしかった。

でもカナダの要人警護だって、あんなにお粗末じゃないだろう。
ストーリー的にはイマイチだったけど、まあまあ面白かった。

剣道を習っていた小学生の頃、稽古の最後に先生からいろいろなお話を聞かされた。
礼儀作法とか呼吸法とか黙想だとかいった話が主だったが、そうでないときもあった。
そのときに聞いた話で心に残っているものがある。
それはこんな話だ。


昔、剣道を習っている少年がいた。
夜、稽古の帰りの山道を一人で歩いていると、いつも一羽の大きな鳥が頭上すれすれのところをかすめて飛ぶのだという。
少年はその鳥が恐ろしく、手に持っていた木刀で打ち落とそうとするのだが、どうやっても当たらない。
毎日、少年は家まで恐怖を感じながら逃げ帰るのだ。


その話を聞いた師匠が「ならば、この木刀をつかえ」と、帰りに違う木刀を渡してくれた。
その日の夜も、鳥がいつものように少年に襲いかかってきた。
少年が師匠から借りた木刀で鳥に斬りつけると、鳥に見事に当たり、殺すことができた。


先生はそこでみんなに聞いた。
「それまで当たらなかったのに、なぜ、師匠から借りた木刀では当たったのかわかるか?」
僕はさっぱり分からなかった。
師匠の木刀には何か特殊な力が備わっていたのではないか、というようなことを思っていた。


そのとき僕が尊敬していた先輩が手を挙げた。
先生が彼を当てると「それは、師匠の木刀が少年の木刀よりも長かったからです」と答えた。
そして、それが正解だった。
そうか、長かったから当たったのか。
すごく感心したし、当てられなくてよかった、とも思った。


こういった複雑な出来事を単純な方法で解決する話は多い。
昔はそんな話が好きでよく読んでいた。
いろいろと読んだ結論は「だから数学という学問があるのだ」ということだった。
それから数学をもっとまじめにやらなかった自分を悔いるのだ。


そして、その逆。
単純な出来事を複雑な話にまで発展させる話も昔からある。
妄想のなせるわざとでも言えばいいのだろうか。
ぎりぎりのレトリックや表現の限界を使って話をつなげていく。
最近、僕の読む話はそんなものが多い。


ずっと読みたかったジュディ・バドニッツの「空中スキップ」(マガジンハウス)を読む。

空中スキップ
この妄想力は次元を超えている。
たとえば短編「アートのレッスン」はこんな話だ。


美術館の一室で人物画のレッスンを受ける。
モデルは醜いまでに太った女で、壇にのぼって全裸でポーズをとっている。
彼女を描くことは重力を描くことなのだと、私たちは思う。
一休みをして、今度は栄養失調なみに細い若い男が壇にのぼり、全裸になってポーズをとる。
私たちは、彼を何枚も描く。
彼からは垢っぽい不潔な匂いがする。
いつの間にか教室からは教師がいなくなっている。
若い男は壇から降り、「今度は俺たちが君たちを描く番だ」という。


アートを志すものはチャレンジ精神がなくてはいけない、と私たちは思う。
私たちは裸になり、互いに裸を見ないように気をつけながら壇にのぼる。
勇気をふりしぼって目を上げると、モデルの男と女はみんなの脱いだ服とバッグを持って逃げだしてしまう。
あとには壇にのぼった裸の一団が残されている。
もしかしたら、教師もぐるだったのだろうか、と思う。
私たちは、ひざを抱えてじっと待っている。
でも、何を待っているのだろうか?


こんな話が、たっぷりとある。
悪趣味な話が多いけど、こういう跳んだ話を女性が書いていることに僕は驚いた。
世の中には(見たことないけど)こんな女性もいるんだと思って少しほっとした。
僕的にはとてもいい本だった。


水曜日には久しぶりに劇団に出席した。
できあがった台本に、役者の人たちが手を入れてくれる。
台本には、ネコ耳をつけて学ランを着た女性が氣志團の「ワン・ナイト・カーニバル」を歌うシーンがあるのだけれど、初めてそのシーンを読んだのにもかかわらず、多くの役者の人たちが「ワン・ナイト・カーニバル」を振り付きで歌えるのを見て驚かされた。


氣志團ベスト
最近、太り気味なので、時間があったら劇団の人達が別の日にしているフット・サルのチームにも入れてもらおうかと思っている。
以前、山形で外国人とフット・サルの試合をして体力の限界以上に走ってしまい、酸素不足になってトイレで七転八倒したことを思い出して、少し腰が引けるんだけど、自分の限界を見極めながら参加したいと思う。


そしてもう少し休んだら、いよいよ社会保険労務士の試験勉強を始める。
「2か月くらいの勉強で受かると思う?」
知り合いの司法書士に聞いてみた。
「私は受けたことないから分からないけれど、それって普通に勉強している人には失礼じゃない?」と言われた。
そうなのかもしれない。


「落ちるかもしれないな」とは思う。
そうしたらそのときにまたいろいろと考えようと思う。
また、試験勉強が始まる。
つらいだろうけど実はかなり楽しみでもある。

英検の準1級の試験が終わった。
筆記はまあまあだったが、リスニングは悲惨で「俺、こんなに聞けなかったんだっけ?」とがっかりした。
わかっていないのにマークシートを塗りつぶす作業は虚しい。
「あれだけ勉強しても、結局、意味もわからないまま塗り絵してるのか俺は…。ロト6やってんじゃねえんだぞ。」
情けなくなってくる。


先週末は結局、思ったように勉強が進まなかった。
精神的に追い詰められてくると出る左肩の激痛が久しぶりに出た。
これが出ると、もう何もする気がなくなる。
精神力を刈り取られるような痛みなのだ。


貴重な週末をほぼムダに過ごし、月曜日からまた仕事に行った。
左肩の痛みは一晩寝たら完治していた。


部屋には「暇になったら読もう」と思って、読んでないまま積んである本が何冊もある。
月曜日の夜、英語の勉強の間に、講談社漫画賞をとった、ひぐちアサの「おおきく振りかぶって」(講談社)を読み始めたらはまってしまった。
3巻まで買ってあったのだが、面白くてあっという間に読んだ。
読み終わってから「俺もなんとかしなくては」と思った。
ようやく心に火がついて、その日は深夜過ぎまでずっと勉強をした。


おおきく振りかぶって1

おおきく振りかぶって2

おおきく振りかぶって3

「おおきく振りかぶって」は簡単に言ってしまうと高校野球漫画なんだけど、女性の客観的な目で取材をしているせいか、手を抜いていなくてすごくリアリティを感じる。
そしてこの漫画はピッチャーが主人公なんだけど、脇役(天才肌の田島、キャッチャーの阿部、そして女監督…)の方にはるかに魅力がある。
主人公も努力家なんだけど、あまりに暗くて気弱なので「しっかりしろよ、てめえは」と殴りつけたくなる。


僕はこの漫画を読んで、はじめて野球におけるキャッチャーのすごさを感じた。
野球中継を見ているとキャッチャーがよくバッターをチラ見しているのが映るが、僕は今まで彼が何をしているのか理解ができなかった。
でも実はキャッチャーはバッターを見ながら、これだけのことを考えていたのか…と漫画を読んで理解ができた。


俳優の仲村トオルも昔、キャッチャーをしていたらしい。
以前、NHKの野球番組で「よく三振を取ったときにピッチャーのことばかり言うけれど、本当はあの三振はキャッチャーが取ったんだっていうこと、あるんですよね」と話しているのを聞いて、そんなことあるのかな?って思っていたのだけど、この漫画を読んで本当なんだとわかった。


それから今日の試験まで、テレビを見るのも禁止して、娯楽は「おおきく振りかぶって」の3巻までを読むことだけにした。


アマゾンに注文していた音楽CDが何枚も届いたけれど(シーナ&ザ・ロケッツの「#1」、「#9」、「Rock 'n' Roll Heart 2」、戸川純率いるヤプーズの「ヤプーズ計画」、スネークマン・ショーの「死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!」、うーむ。超、偏ってる。俺、相当、病んでたんだな。)、聴かないで勉強をする。



シーナ#1
シーナ#9
ロックンロールハート2

ヤプーズ計画
スネークマンショー


部屋に積んである「妄想力にも、ほどがある」という魅力的な帯のついたジュディ・バドニッツの「空中スキップ」(マガジンハウス)という本も読みたくて仕方がないが、我慢して勉強する。


空中スキップ

それでもどうしても問題集が終わらない。間に合わない。
木曜日はとうとう午前中、仕事を休んで勉強をした。


試験前日の土曜日の夜、なんとか旺文社の「英検準1級DAYLY30日間集中ゼミ」、ECCの「10日間完成英検準1級」と高橋書店の「絶対合格英検準1級」の3冊の問題集を終わらせることができた。


英検準1級DAILY

10日間完成英検準1級

絶対合格英検準1級

心配だったのは英作文だった。問題集を読むことしかしなかったし。
でも、実際には簡単だった。
英文の手紙くらい、落ち着いて書けば誰だって書けるのだ。


問題はリスニング。
確かにリスニングは問題集でも1回聞いたくらいだと、何を言っているのかわからない。
シチュエーションすら不明なこともある。
2回目くらいからだんだんと意味がわかってくるって感じだった。
何を話していたか、CDを止めて考えている時間も持てた。
でも本番は1回しか聞けない。止めることもできない。
それで、…悲惨だった。
試験のあとは情けなくて、家に帰る気力もなかった。


長野駅前の平安堂(本屋)に行って、「おおきく振りかぶって」を4巻から8巻まで買って、併設してあるがら空きの喫茶店で全部読んだ。

おおきく振りかぶって4

おおきく振りかぶって5

おおきく振りかぶって6

おおきく振りかぶって7
おおきく振りかぶって8

8巻目を読み終わったときは、いつの間にか喫茶店がいっぱいになっていた。
気づかなくて申し訳ないなあって思った。
でも久しぶりに漫画の世界に没頭できて、感動した。


読み終わったら少し元気が出てきた。
外は雨が降っていたけれど、雨に濡れながら車まで走った。


家に帰る途中でそば屋に寄って天ザルを食べた。
食べながら「まあ、受かってないと思うけどさ、よく頑張ったよ。弱点がはっきりわかったんだからよかったんじゃねえの?でも次は落ちるんじゃねえぞ」って自分に言った。
やっぱりでも悔しくて泣けてきた。

6月になった。
6月から8月の間は職場でネクタイをしなくていいことになっているので、僕もネクタイをしていかないことにした。


別の課にいつも、偉そうにしている奴がいる。
6月になってもネクタイをしたままだ。


「今日はいつもに増して偉そうだな。」
「偉いから仕方がない。」
後輩のくせに口が減らない奴なのだ。
「また渋いネクタイして。センスがじじいなんだよ。もっと明るい色にしろよ。」
「うるさいな。ネクタイをしているのは働き者だから。」
「ネクタイがか?」
「違う、僕。僕が働き者。」


今はすごく太っているけれど、一度はダイエットして45キロ(痩せすぎ!)まで痩せたのだという。
「何も食べないダイエット」だったらしいけど、その後に絵に描いたようなリバウンドで、今は一番痩せていた頃の倍くらいありそうだ。
「どう。お腹の子、元気?また、大きくなったんじゃない?」腹をさすってやる。
「うん。2人入っているから。」
どこまでも口が減らない奴で、頭に来る。


仕事をしていたら、外線から電話が入った。
名古屋の弁護士の先生からで「今度、独立する」のだという。


5月3日の憲法記念日に、名古屋の弁護士は中日新聞に名刺広告を出すことが多いが、今年、彼の名前がそこに載っていなかったので、少し心配していた。
「とうとう弁護士会から除名されたのか…。でも、今まで我慢してよく頑張ってきたよ(司法界も)。」
新聞を見ながらそうつぶやいていたんだけど。


そうか。独立するのかあ。
とりあえず、おめでとうございます。


「それがさあ、来月から独立する(7月かと思ったんだけど、6月からって意味なのかなあ?)のに、おたふく風邪にかかっちゃってさあ。」
「おたふく風邪?」
「従業員も休ませているんだよ。」
「それは…。大変だなあ。ははは。」
つい笑ってしまう。おたふく風邪の弁護士ってのもなあ。


電話を切った後、でも「お多福」って名前は縁起がいいし、この際、新しい事務所の名前も「おたふく法律事務所」にしちゃえばいいのにって思った。


英検準1級の勉強が全然進まない。やる気がでない。
だって、難しいんだもん。
知らない単語が多すぎて、覚えきれない。
飲み会も遊びもイベントも断って、週末をわざわざこの勉強のためにあけたのに、と思う。


朝からDVDで「ワイルド・シングス3」を観る。

ワイルドシングス3

シリーズ3作目だが、僕にはやはり最初のケビン・ベーコンとマット・ディロンの組み合わせが最高によかった。
女優の好みだけからいうと、今回の女優(生き残る方)の方が僕は好きだけど。


DVDを観た後、掃除をするか勉強をするか、どちらかならいいことにしたら、掃除ばかりしている。


エアダスターを使ってほこりを飛ばしていたら、昔、カナダ人の友達になぜ、エアダスターを使うと缶が冷えるのか聞かれたことを思い出した。


そのときは、缶の中の圧力が減るから、温度が下がるんだ(ボイル・シャルルの法則)、って説明したんだけれど、もしかしたら、それに加えて気化熱(液体から気体に変わるとき、周囲の熱を奪う)ってのもあるのかなあ、って思った。
本当のところはどうなんだかわからない。


でもそんなことは本当にどうでもいいことなのだ。


ああもう、7時になってしまう。
これから勉強してくれなかったら、僕の試験は受ける前に結果が出てしまう。
なんとか頑張って勉強してくれますように。
俺…。

台本ができあがった。
といっても、とりあえず最後まで通しただけで、これから役者の人が肉付けをしたり、細かなストーリーに手を入れたりすることになる。
それでも、ラストが見えるのと見えないのでは全然、世界が違う。
ラストが分からなければ、何をめざして肉付けしたらいいのかも分からないからだ。
でも自分自身、正直、こんな結末になるとは思わなかった。


最近、2月に1本のペースで芝居を見に行っているが(直近で観たのは青年劇場の「菜の花ラプソディ」)、作る立場になってから芝居を観ると、テンポとか会話が気になって仕方がない。


菜の花らぷそでぃ

休憩時間に「今までの流れ、テンポ遅すぎだろ?」とか「あんな退屈で進歩がない会話で飽きないのか?」と周りにいる人に聞いたりする。
みんな面白いし、気にならないという。どうも自分が思っているよりも、芝居には「無駄な場面」が多くてもいいような気もしてくる。


芝居の本も読むようになった。
最近は日本語を話せる外国人が増えたせいか、外国人の俳優を使うことが多いような感じがする。
「菜の花ラプソディ」もそうだった。
田舎の観客だと「おお。外国人がいる。日本語も上手に話している」と驚くのだろう。


昔ディーンというイギリス人の同僚がいた。
今から考えると彼の日本語能力は卓越していて、仕事上のかなり難しい話を日本語でやり合っていた。
そのディーンとカナダに行ったときに、「ディーンの一番好きな日本語って何?」と聞いたら、彼は「うんこ」だと答えた。


「おまえなあ、今まで日本語ほんとにいっぱい覚えただろ?そのなかで一番好きな日本語が「うんこ」でいいのか?」
「いいじゃん。「うんこ」って言葉。僕、大好きだよ。」
それからも、ディーンは僕にメールを打つときに、うんこ、うんことやたらと書いてきて、腹が立った。


そういう経験をしていると、日本語で芝居ができる外国人俳優がいても「そういうこともあるよな」くらいにしか思わない。
むしろ外国人を特別扱いにする芝居の感覚の方がおかしいような気がしてくる。


週末は実家に帰った。
実家に姉も来たので話をしていたら、家にグラシェラ・スサーナが来て、2曲歌って話をして帰った、と当たり前のような顔をして言った。

グラシェラスサーナ

「グラシェラ・スサーナって、あのアルゼンチンのグラシェラ・スサーナ?アドロとかの。」
「そう。日本語で歌ってくれたけどすごく声量があってよかった。マイクを通さない歌っていいね。」
「あのなあ。」


中学生の頃、グラシェラ・スサーナのライブアルバムを持っていた。
当時、ライブアルバムというのはどれもバカバカしいような録音で、レコードを聴くたびにうんざりしていたものだが、彼女のものは素晴らしかった。
「昔、ステレオのところにあった俺の買ったLPって、今どこにあるの?」
「私が持ってるよ。押し入れの棚にしまってある。でも少なかったよ。」
「そのなかに、絶対、グラシェラ・スサーナのアルバムあるよ。ロックのアルバムは友達に貸したまま返ってこないのがいっぱいあるけど、彼女のアルバムは人に貸すはずがないから。」


姉が自分の家に帰ったあと探してみたら、見つかったという連絡が来た。
「また彼女に会う機会あるの?」
「たぶん、あると思う。」
「じゃあ、そのアルバムにサインをしてもらって。」
「わかった。昔のアルバムだから、彼女も驚くと思うよ。」


ライブアルバムのジャケットの写真を思い出す。
ギター一本のライブ。彼女が語りかけるように歌っている写真だ。
サン・ディエゴで、当時いろんなところにいたアルゼンチンのバンドを見るたびに、僕はいつも彼女のアルバムを思い出していた。


あのアルバムを聴いていた頃の自分を少しだけ思い出す。
歌っている内容のほとんどは、本当のところ理解できていなかっただろう、と思う。
それでも聴いていた自分に、「なかなかやるなあ」と声をかけてやりたい気分になる。


「パッセンジャー57」というウェズリー・スナイプスのアクション映画をDVDで観た。

パッセンジャー57
テロリストの演技がかなりよく、日本にはこういう強大な悪役ができる俳優って少ないよなあ、と思う。
ストーリーは、「エア・フォース・ワン」や「エグゼクティブ・デシジョン」のカントリー版といったところ。

エアフォースワン

エグゼクティブディシジョン
善し悪しをいう映画ではなく、アクション映画なので、まあ好きな人にはいいんじゃない?って感じだった。


ようやく、英検の勉強を始めた。すでに遅すぎの感は否めないけれど。
でもこれから頑張りたいと思う。