スイソテル・ザ・スタンフォード・シンガポールの2階でビュッフェ形式の朝食を食べた。ホテル代には含まれていなくて、別払いだった。ざっと計算したら3000円くらいかかったので、美味しかったけれど、もう明日は来るのをやめようと思った。
マウント・フェーバーまでタクシーに乗り、そこからケーブルカーでセントーサ島に行くことにした。ケーブルカーと言っているけれど、日本のスキー場ではゴンドラと呼んでいるものだ。
かなりの高度を渡っていく。
以前セントーサ島に行ったときには、もっとオンボロのゴンドラだった。各国の言葉でセントーサ島の説明があり、ボタンを押して聞けるようになっている。そのときオーストラリアから来た日本人の友達がいたので「これは何語かわかるか?」と聞きながら英語のボタンを押した。彼はしばらく聞いてから「ドイツ語かな?」なんて言ったので、すごくバカにしたことを思い出した。今回のゴンドラには、そんなボタンはない。
以前よりセントーサ島には建物がいっぱい建っていた。もともと観光用の島を作ることを目標としていたらしいが、今ではユニバーサル・スタジオ・シンガポールやカジノまである。それでも、まだまだ開発中らしく、あちらこちらで工事をしていた。
セントーサ島にはゴンドラ以外でもモノレールやバスでも渡れるようになっているらしい。ピンクのきれいな車体のモノレールがセントーサ島に向けて走っていくのがゴンドラから見えた。この国は発展しているんだ、ということがよくわかった。
シンガポールの海べりには高さ8mほどのマーライオンが立っているが、セントーサ島には巨大なマーライオンが立っていて、観光客はそのなかに入ることができる。
以前セントーサ島に来たときには、このマーライオン程度しか見るものがなかった。それよりも野生のクジャクがいっぱいいて、バッサバッサと飛んでいるのに驚いたものだ。
今回、再びこのマーライオンに行くことにした。
そこにたどり着くまで、前回は長い距離を歩いたものだったが、今はエスカレーターなどが設置されていて、それほど時間もかからない。クジャクにも出会わなかった。
マーライオンの内部での演出もずいぶんと洗練されていた。ハード的にも以前はマーライオンの頭部にたどり着くまで長い階段を歩かされたものだが、今はエレベーターで一気に登れてしまう。マーライオンの頭部から、景色を眺めた。
マーライオンから出た後、ケーブルカー乗り場まで戻り、それから4Dエクストリーム・ログ・ライドというのを体験してから帰ることにした。
全く期待していなかったけれど、これが意外と面白かった。
15分間があっという間だった。丸太に乗って川を下り、高いところから落とされ、激突する。
セントーサ島のものは、3Dメガネをかけ、さらに激しく上下する乗り物に乗るため、スリルが相当ある。ただ、これを4Dというのは、かなり抵抗がある。あくまで3次元の話しなので、4次元の世界が覗けるっていうわけではない。
http://www.youtube.com/watch?v=6NqGJECeQxY
その後、再びゴンドラに乗って、マウントフェーバーに戻り、タクシーでマリーナ・ベイ・サンズの屋上、スカイパークへ行った。泊まっているスイソテル・ザ・スタンフォード・シンガポールを眺め、まだまだ工事を続けている様々な施設を眺めた。
【矢印の先がスカイ・パーク】
雷が遠くで鳴っていた。雷の直撃なんか受けたら大変なことになるだろうなあ、なんて思った。
それからまたタクシーでラッフルズ・ホテルに行った。
【相変わらずの下手な写真ですまん】
以前はあこがれのホテルだったが、71階建てのホテルに泊まったり、巨大なマリーナ・ベイ・サンズを見たりした後だったので、なんだか小さく見えた。
ショップも覗いたが、結局おみやげも買わずに出てしまった。
それからホテルに戻ってシャワーを浴びて少し休んだ。
午後4時40分に待ち合わせをしていた、シンガポールに住んでいるAくんと会った。もう8年ぶりくらいだろうか?
43階の部屋に招待し、それから彼が働いているオフィスまで歩いていった。
彼の働いているオフィスは超高層ビルでもなく、1階に巨大な噴水もなく、とても親しみの持てるオフィスだった。受付のインド人は厳しそうな人で、なかなか簡単にはオフィスに入れなかった。
それからタクシーに乗って、リトル・インディアにあるペーパー・チキンのお店に行った。
ペーパー・チキンは、透明な紙に包まれた唐揚げで、紙を破って食べる。Aくんに言わせると「日本人が好きな味」で、確かにお客さんは日本人が多かった。
ここでAくんにはいろいろなシンガポールの状況を教えてもらった。シンガポールが好景気なこと。でも外貨を獲得する施策があり、理由がある好景気なのでバブルとは違うこと。超学歴社会なので、子供たちはものすごく勉強していること。そして、一度学歴社会から落ちこぼれると、逆転ができないこと、などを聞いた。
好景気と音楽は相関関係があるのだろうか?僕がシンガポールにいる間、ラジオからは主に1980年代の音楽が流れていた。ニルヴァーナ以降の暗いロックというのはまずかからず、むしろ60年代の音楽の方が多いほどだった。最近の音楽はレディ・ガガくらいだった。こんな世界もあるんだなって思った。
リトル・インディアを出てから、地下鉄に乗ってリバークルーズに行った。地下鉄は日本よりも近代的で、落下防止の柵が天井まである。地下鉄を作ったのは日本の企業だということだった。今回、あまり使っていなかったけれど、地下鉄も使い方を知るとなかなか便利そうだった。
ただ残念だったのは、「ドリアン持ち込み禁止」の文字がどこにも見あたらなくなっていたことで、シンガポールらしさがまた一つなくなってしまったと、悲しかった。
リバークルーズは以前も体験したけれど、そのときは昼だった。Aくんに言わせると「川の汚さが目立たないから」夜の方がいいらしい。夜になると、若干、涼しさを感じるようになる。
マーライオンも船のうえから見た。
リバークルーズの後、タクシーに乗ってラッフルズ・ホテルのロングバーに行った。
「なんでメイン・エントランスに止めるんだよ。反対側の方が近いだろ?」
「それは、その通りなんですけれど。それだとすぐに着いてしまうので。」
Aくんのこだわりで、ロングバーにはメイン・エントランス側から歩いていった。
ロングバーの2階に行き、そこで生演奏を聴きながらシンガポール・スリングを飲んだ。
生演奏はビートルズやエルビスの曲が中心だった。
「こういう音楽をしている人はフィリピン人が多いんです。才能なんですかね。」とAくんが教えてくれた。
ロング・バーでは、バーに置いてある落花生を自由に食べて、その殻を床に捨てることになっている。
シンガポールに来て、ロング・バーに行かなかったことは一度もない。
以前の記憶では、もっと落花生の殻が散らかっていたような気がするのだが、床はずいぶんときれいだった。
それから、もう1軒、ラッフルズ・ホテル近くの店に行き、ギネス・ビールを1パイント飲んで、Aくんとは別れた。
Aくんは明日からスリランカに行くのだそうだ。
忙しいなか、観光旅行につきあってもらえてありがたかった。


































