月曜日はもめた案件があって忙しかった。ぎりぎりまで仕事をしていたが、定時に仕事を切り上げて、羽田空港に向かった。ずっと「あの案件は大丈夫なのだろうか?」と心配をしていたが、旅行の行程を正確に辿ることに神経がだんだんと集中していった。現実感は、いつだって、自分の置かれている場の方にある。
品川までの山手線内では、2人の酔っぱらいが「奥さんの難産について」大声で話していた。酔うと聴覚が真っ先に衰えるから、人は大声になるらしい。
妊娠してからは運動しろという人や運動するなという人がいて、どちらもそれなりに根拠がある、と2人は話していた。それで、大事なのは妊娠する前に身体を鍛えることなのだそうだ。「ふーん」とは思ったけれど、こんな話を聞かされてめんどくさいなあ、とも思った。俺には今のところ、関係ない話だし。正直、とても疲れていた。
飛行機は午前1時からのフライトだった。
34番搭乗口が1階だったので、バスで行き、タラップを上るのだろうと予想はしていた。
▲こんなどうでもいい写真を撮ろうとしていたら、警備の人に怒られてしまった。
隣にきれいなお姉さんが座っていることを期待していたが、そんなことは全くなく、おっさんだった。向こうもがっかりしている空気があった。
飛行機に乗っている間、日本人の男性高齢者が多いことに気がついていた。24億円の使途不明金を生み出し、逃亡した男も、潜伏先はタイだった。タイは古き良き昭和の日本を感じるのだろうか?なんてことを考えていた。
日本が寒かったので、僕はセーターを着ていた。羽田空港で半袖のシャツに着替えようかとも思っていたが、めんどくさくなってやめてしまった。飛行機のなかが思ったよりも寒かったので、セーターを着ていて正解だった。
タイの空港には8時頃に着いた。タクシーよりも電車の方が便利だとガイドブックに書いてあったので、電車で行くことにした。
電車乗り場に行き、自動販売機で切符を買おうとしたのだが、タイ語が全く読めない。字を字として認識する能力をゲシュタルトと言うそうだが、タイ語に関しては、僕は全くゲシュタルトが崩壊している。
近くにいた駅員に駅の名前を言うと、自販機のボタンを押してくれて、切符を買うことができた。切符はプラスチックのコインで、最初出てきたとき、お釣りかと思い「タイの硬貨はプラスチックなのか」なんて思った。大間違いだった。タイの硬貨も金属でできている。
改札口から入るときは、日本のSuicaのように、そのプラスチックのコインを磁気感知部分にタッチするようになっていた。そして駅を出るときには、貯金箱のようなスロットが改札口についていて、そこに入れるようになっている。
その後、もう1本電車を乗り継ぐ必要があった。荷物を持っているし、セーターも着ているので、汗だくになりながら、英語表示の自販機に並んで切符を買った。今度はカード式の切符だった。切符に路線名や駅が書いてあってわかりやすかった。
電車自体は山手線のような内装で、テレビがついている。手すりは山手線のように1本の棒がポールダンスの棒のように設置してあるものではなく、外国によくある支柱が途中で3本に分かれているものだった。すぐに電車が来るせいなのか、あまり混んでいると乗らず、次の電車を待つ人が多くいた。
見ていて思ったのが、タイは美人が多いなあ、ということ。でも、基本的にみんな下を向いて携帯電話をいじっている。このあたり、昨晩、日本の山手線のなかで見た光景と変わらない。
ホテルについたのはまだ10時前だった。宿泊の手続きはできたが、部屋には入れなかった。荷物を預け、チェックインタイムの2時にまた来ると話をして、大きな荷物だけ預けた。
道路は交通渋滞がひどく、その隙間を250ccのバイクが勢いよく走っている。250ccのバイクの後部座席に乗っている人はヘルメットを被っていない。よく見てみたら、それはお客で、運転手はお客からお金をもらっているようだった。そういった単車がセンターラインや測道、場合によっては歩道も走っている。見ていると「危ないなあ」と思うが、それが当たり前の光景になっている。
信号機が機能していない交差点もあった。日本だと警察に「信号の変わるタイミングが悪い」などという苦情が来るそうだが、そういう人はあまりタイにはいないようだった。
▲日本ではあり得ない道路補修。穴が開いたところにベニア板を張り、上からアスファルトの合材をかけてある。この歩道をバイクが走ることもあり、すぐに壊れることは誰でもわかる。でもまあ、あまりにひどくてなんだか笑える。
最初はホテルの周りを散歩することにしたが、信号も壊れているし、4車線もあるので渡る勇気がでない。若い女の人が、車やバイクが来るのも平気な顔で渡っているのを見たときに、僕にはとても無理だと思った。酔っぱらいが4車線の道路を渡るクロス・ハイウェイというゲームウォッチのことを思い出していた。
▲リアルなクロス・ハイウェイ
http://youtu.be/CJKfKec8Vpw
▲これがクロス・ハイウェイというゲームウォッチ。酔っぱらいが道路を横切る。電車が来ているときにちょうど渡れると高得点が出る。素朴なゲームだった。
それで、またホテルの近くまで戻ってきたときに、ピンク色をしたカローラのタクシーの運転手に呼び止められた。英語が通じそうだったので話してみる。
▲タクシーはピンク、黄色、緑等の原色でよく目立つ。近くなら、どこでも大体200円くらいあれば連れて行ってもらえる。
2時までチェックインできないので、どこか観光に連れて行ってくれ、と頼んだ。そうしたら、タイの文化を知ることができるからと「ダムヌンサドアク水上マーケット」を勧められた。僕は巨大な寝釈迦像があるワット・ポーも行きたいと言ったら、「両方連れて行く。たぶん2時か3時くらいまでかかる。タクシー代は4000円くらいだ」と言う。そのときはタクシーを5時間も拘束して4000円は安いと思っていたけれど、タイの相場ではどうやら高かったらしい。
いずれにしても、そんなわけで、この運転手に連れられて、「ダムヌンサドアク水上マーケット」に行った。途中で、運転手がいろいろと説明をしてくれるのだが、今ひとつよくわからない。僕のしゃべる英語も、彼にはなかなか通じない。
それでも、片道1時間以上はかかる道なので、いろいろと話をした。彼は娘が1人いて、毎日携帯電話が彼女から来て「早く帰ってきて」と言うのだ、と嬉しそうに話していた。
彼の運転するピンク色のカローラは、スピードメーターが時速240kmまである。でも、ハイウェイを走るときも、せいぜい時速120km程度しか出さない。まあ、そうだろうなとは思った。その後、いろんなタクシーに乗ったが、どのタクシーにも時速240kmまでのメーターがついている。これがタイのトレンドなのかと思った。ちなみに僕の日本の車は180kmまでしかメーターがない。でも十分だ。150kmまででもいいくらいだ。
日本では、今は運転席までスモークを貼ることは禁止されているが、タイはそのような規制がないらしく、未だに運転席までスモークを貼っている車が多く走っていた。
首輪のない犬がフラフラと歩いているのも、日本にはない光景だ。日本ではすぐに保健所に通報されてしまう。
▲こんな犬があちこちにいる。犬嫌いの人は大変だと思う。
ココナッツ畑だと彼が指を指した。ココナッツの実がどのようになっているのか、今まで知らなかった。ココナッツは椰子の実のように、高い枝の中心部にまとまって実がなっていた。「ダムヌンサドアク水上マーケット」はココナッツ畑のなかにあった。
▲これがココナッツ畑。どうやってあんな高いところからココナッツを取ってくるのかは不明。高所作業車は入り込めそうにない。
僕1人のために船を一艘と操舵手がついて、コースを回る。
自然のなかをかなりのスピードで走るのは爽快だったが、水上マーケット自体は基本的にお土産物を売っているばかりで、買いたくなるようなものはなかった。そのお土産の質も今ひとつだった。
▲飲み物や食べ物も売っていたけれど、そんなに欲しいとは思わなかった。
▲ココナッツ工場の見学、と書いてあったが、とても工場という感じではなかった。ココナッツミルクを煮詰めて砂糖を作っています、という感じだった。
それから、またバンコクまで戻って、寝釈迦像のあるワット・ポーへ行った。寝釈迦像は金色に光る巨大な仏像だった。足の裏に、いろんな模様が彫ってあった。何が彫ってあるのかは、僕には全くわからなかった。まるで足つぼの図を見ているようで、押したい衝動に駆られるが、当然のことながら禁止されている。
それからホテルに戻ってチェックインをした。
今回のホテルはそんなに高くもなく、一流のホテルではなかったが、それでも部屋は広く、ゴージャスだった。
なんのためにそうなっているか知らないが、大きなダブルベッドで、その隣についている木製のブラインドを開けると、ガラス張りのシャワールームやトイレが丸見えになる。このホテルは、もう一人連れてきてもOK!ということになっていた。つまりはそういう目的のものなのかあ。でも、バスタオルやほかのタオル類はそれぞれ1枚しかなくて、本当に呼んだら不便だよなあ、って思っていた。
ホテルのテレビをつける。ニュースキャスターが、冒頭で必ず手を合わせて頭を下げる。この国では、何かというと両手を合わせて頭を下げる。アイアコッカ(元クライスラー社長)が、「わが闘魂の経営」という本のなかで、手を合わせるだけでも、人は落ち着くものだというようなことを書いていたような気がした(うろ覚えだが)。それを国を挙げて実践しているのが、タイだ。
▲みんな手を合わせて頭を下げる。
夜、アロママッサージに行った。多くの若い女の子が「こっちに来て、お兄さん。」と呼んでくれる。大喜びで近くまで行ったら、すごい年配の女性につかまってしまい、彼女が担当することにされてしまった。
でもタイ式マッサージが混ざった、ちょっと本格的なマッサージで、それで2000円もしないくらいだったので、とてもよかった。「ちんちんマッサージ」(そう彼女は日本語で言った。)は無料でしてくれると言ったが、それは頑なに断った。「よく眠れるのに。」と彼女は不満そうだった。
そして、その日の夜は、テキーラやらビールやらを飲んで楽しかった。そして、食事はホテルに戻ってから、ホテル併設の日本料理店で食べた。
▲このソイ・カウボーイで飲んでいた。昼間見ると、こんな感じだが、夜は女の子やおかまもいてものすごい。店に入ると、もっと凄いことになっている。凄すぎて写真を撮るのを忘れた。
▲駅前にはクリスマス・ツリーがあった。
翌朝は起きてから、このブログを書いたり、日記を書いたりした。ちょっと2日酔い気味だったが、トイレットペーパーがなくなってしまったので、外に出ることにした。外出している間に、部屋を掃除してもらい、トイレットペーパーも補充をしてもらうのだ。外を歩くのもだんだんと慣れてきた。
心の底から面倒くさいと思っているが、職場にお土産を買って帰らなければならない。問題は、ドライマンゴーといったお土産は普通に日本のスーパーに売っているし、ほかに有名なお菓子がタイにはないということだ。北海道の「白い恋人」や善光寺にある「八幡屋磯五郎の七味唐辛子」といったものがない。30人分は買わないといけないので、スナック類も不可能だ。結局、選択肢は飴やチョコレートといったものに絞られる。
結局、ハーブの飴とチョコレートを買った。ほかにタイのものがなかったから仕方がない。日本やヨーロッパのお菓子は山のようにある。それから、特に職場で同じ係の人にはトムヤンクン味のプリッツを買った。グリコのタイの工場で製造しているみたいだった(タイ語が読めないのでよくわからないけれど。)。プリッツは、日本に帰るまでに粉々になっているとは思ったけれど、でも仕方がない。トムヤンクンのスープを買ってきてくれと頼まれた人だけには、インスタントのものを買った。
ホテルに戻ったら、すっかりきれいになっていた。スーパーで食事用に買ったものを食べて少し横になったら2時間ほど眠ってしまった。思ったより疲れているんだなあ、と思った。
それから、雑用をしてまた眠った。
夕方に起きて、少し遠くにあるマッサージ店まで歩いた。歩いているうちに汗だくになった。指を首の後ろで組んで行うマッサージでは、脇の下がちぎれるかと思うほど痛かった。それでも、日々のマッサージで、肩こりが解消されてきているように思う。
マッサージ店までの行きの道のりはまだ明るかったが、帰る頃には暗くなっていた。店の女の子が、道に酔っぱらいが出る時間になると危険だからタクシーで帰った方がいいという。それでタクシーで帰ってきた。
大渋滞だったので、20分近くかかったが、それでもタクシー代は200円もかからなかった。
夜はホテルに併設してある日本料理屋で軽く飲んで、刺身などを食べた。マグロの刺身とアボガド、ミントの葉、タルタルソース、これら全てを楊枝で刺して一品にした料理はとても美味しかった。
3日目の朝は、8時にホテルを出た。涼しくて動きやすいが、ほとんどの店が閉まっている。朝食をとるために辺りをウロウロと歩いた。近くにスターバックスがあったので、なかに入って、カフェラテを飲む。そして久しぶりに気象予報士の勉強をする。きっとタイにいる間にも勉強をするだろうと大量の本を持って来たが、1冊終わるかどうかも怪しい状態だ。たぶん、タイにいる間はその1冊も無理のような気がしてきた(気がしただけでなく、無理だった。)。
それから、ホテルに戻ってシャワーを浴びて、ひとつ先の駅の方まで散歩することにした。
多くの人に声をかけられる。とてもきれいなロシア人と思われる女性に、突然、「マッサージ?セックス?」なんてお誘いを受けたりする。「若い女、たくさん。見るだけ無料。セックス。どう?」なんておじいさんに声をかけられる。いろんな人がいるなあ、と思う。
道ばたの屋台では、定番の靴下などの屋台、果物の屋台、ちょっとした料理の屋台などのほか、おちんちんの形をした模型や、ヌードトランプ、ローターなどを売っている屋台もある。
そうかと思うと、ずっと路上でミシンを操っているおじさんやおばさんがいる。裾上げなどを頼まれてしているのだろうか?
▲足踏み式のミシンで何かを縫っている。
▲おじさんもいた。
果物は美味しそうで食べたかったが、量が多そうだったのでやめておいた。
それにしても不思議なのは、正直なところ不衛生なのにも関わらず、ハエや蚊があまりいないことだ。どういう仕組みになっているのだろう?
歩き続けて汗だくになったので、近くのマッサージ店に行って、またマッサージをしてもらった。このマッサージ店は少し高級店だったらしく、値段も高いし、若い女の子がいなかった。
年配の少し怖い顔をした女性が、マッサージをしてくれる。「ちんちんマッサージ」なんて言わないし、全裸ではなく、使い捨てのパンツも履かせてくれる。
ただ、最後の方になって、僕の肩がどうしても硬いのに頭に来たらしく、肩のツボを力一杯押すのにはまいった。呻き声を上げ、何度もベッドをタップしたいという誘惑に駆られた。でも我慢した。
それから、ホテルに戻ってまた寝た。
そして、夕方になって、またマッサージ店に行った。今度の店は若い女の子だらけで、最初に女の子が6人くらい並んで、誰か選べなんて言われる。すごくきれいな子が来てくれて、それはそれでよかったけれど、でもマッサージ自体はへなちょこだった。マッサージの間、何度も「次にタイに来るのはいつなのか?」と聞かれ、「わからない」と言うと、拗ねたりして(たぶん演技)、マッサージが中断してしまう。「あのなあ。」って思った。
夕食はいつものようにホテルで食べた。3日連続で食べている。美味しいが、いつも食べ過ぎてお腹がはち切れそうになって反省をする。
行き交う車をホテルの窓から見ながら、「もうタイもおしまいかあ。」と思った。もう2度と来ないかもしれなかった。
食事を終えて、ホテルの外に出ると、タクシーの運転手の一団がいた。そのなかに初日にタクシーで水上マーケットに連れて行ってくれた運転手がいた。名前はロンだ。
ロンはタクシーのなかで、「この辺りのマッサージは全然ダメだ。俺たちドライバーはもっといいマッサージ店に行く。」なんてことを言っていた。
明日は夜10時のフライトだったので、夜8時までに空港に行かなければならない。羽田空港だと、30分もあれば搭乗手続きが終わるが、初めての国はそれが読めない。フィリピンでは本当に2時間近くかかった。
チェックアウトは正午の12時だ。8時に空港に行くとして、8時間拘束しても、また4000円くらい払えば許されるだろう。
そう思ったので、ロンに「明日の12時にホテルに迎えに来てくれ。そして、タイのいいマッサージ店に連れて行ってくれ。フライトは8時だから、もっといい場所があればそこにも連れて行ってくれ」と頼んだ。ロンが頷いたので握手をした。ロンはすごく嬉しそうに、照れたように笑っていた。
翌朝は、7時過ぎに起きてシャワーを浴びたあと、部屋でパッキングをした。チェックアウトは12時だったので、時間がまだたっぷりあった。それで、チェックアウトの時間まで勉強することにした。でも、あまり進まなかった。
12時にチェックアウトをしたが、ロンは待っていなかった。何度もいろんなタクシーが来て「空港までなら連れて行ってやる」と言ったが、8時間もフリータイムがあるのに、空港に連れて行かれても困ってしまう。
何台ものドライバーに状況を英語で説明した。ようやく、何とか理解できるドライバーが現れた。本格的なタイ式マッサージの店と、王宮、それから伝統的なタイ料理の店に連れて行ってほしい。出発は10時だから、8時までに空港に行きたい。
値段は1時間250円くらい、ということで話がついた。ただ、この値段を記載しておかなかったので、後々、後悔することになる。値段交渉が終わったら、メモ書きでもいいのでその記録を残し、双方認識できるようにするべきだった。
本格的なタイ式マッサージの店は1時間500円くらいだった。今まで払ってきた額の5分の1の値段だった。
着替えるようにと上下の服も貸してくれる。今までは基本的にマッサージは全裸若しくはパンツ1枚だった。
ここのマッサージがとてもよかった。万年床のような薄い布団の上で、マッサージをしてくれるのだが、精神的にもすごく落ち着いたし、苦痛も少なかった。それでいて、ものすごく肩が軽くなった気がした。
できることであれば、ここでずっとマッサージを受けていたかったが、ドライバーが王宮が閉まってしまうからと、1時間しか許してくれなかった。
それから王宮と、エメラルド仏陀が安置されているワット・プラケオへ行った。
近くに駐車場がなく、タクシーの運転手が車を駐めたのは、王宮から10分くらい歩く必要のある所だった。
途中、何カ所か走ってくるトゥクトゥクやバイクタクシー、タクシー、バス、トラックを避けながら横切らなければならない道がある。こういう危険な道も、だんだんと慣れてきた。
王宮に入るとすぐに、数多くの兵士が出迎えてくれるが、こんなに兵士が余っているなら、路上に出して交通整理をさせればいいのに、と思う。信号機をつけたっていい。
▲王宮の入り口。後ろの暗いところにも兵士がたくさんいる。
▲いろんな場所に衛兵が立っている。勝手に記念写真を撮る人も。
そういった感覚はこの国にはないらしい。ただ、そういった適当なところが魅力で、タイは多くの観光客を呼び込んでいるのだという意見には、頷かざるを得ないけれど。
最初にワット・プラケオへ行った。細かな細工に満ちていて、タイで最も神聖な場所というのもわかる気がする。基本的に寺院のなかはすべて土足禁止、帽子禁止、撮影禁止になっている。
▲これがエメラルド仏陀。もちろん、なかに入っての撮影は禁止だが、外から窓を経由して見ることができる。
続いて、王宮も見た。武器庫にも行った。この国も多くの戦争を経験してきたのだと武器庫を見ながら思った。そして、監視役のおばさん達が携帯電話をいじっていたり、寝ていたりするのを見て、日本では考えられない話しだよな、と思った。
王宮のなかで、もちろん写真禁止なので見せられないが、女王の着ていた衣装を飾ってある場所にも行った。衣装といっても、外交では国力を見せつける舞台でもあるので、帯に細かな宝石が縫いつけてあったり、とても高価なものだ。すごいなあ、と思いながら見た。
そこでショートフィルムの映像を流していたので、見た。涼しくて暗いせいか、見終わったあとで振り返ってみたら、たくさんの観光客が椅子に座らず、通路に横になって寝ていたので少し笑ってしまった。
遠いタクシーが駐まっている駐車場まで歩いてくると、すっかり疲れて汗だくになった。
それで、タクシーの運転手にシャワーが浴びられる別のマッサージ店に連れて行ってもらった。
ここはよくある、若い女の子が選べる店で、マッサージはタイ式マッサージほど効果がない。でも汗が流せたのはよかった。
僕がマッサージを終えて出てくると、ドタクシーの運転手はビールを飲んでいた。僕が「危険じゃないのか?」と言っても「大丈夫、大丈夫」と言う。僕にも1本頼んで、それで乾杯した。しょうがないなあ、と思った。この費用も僕持ちだ。
辺りが暗くなってきた。タクシーの運転手にあまり高くない、タイの伝統料理の店に連れて行ってもらった。
本場のトム・ヤンクンは辛かったが、味わい深く、また他の料理も美味しかった。でもだんだんと辛さが募ってきて、それで、ビールもかなり飲んでしまった。途中から、運転手もやってきて、勝手にビールを飲み始める。
「明らかに酔った顔をしているけれど、大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。」
8時が近づいてきていた。
再びタクシーに乗り、高速を走る。しばらく走っているうちに、さっき飲んだビールのせいで、トイレに行きたくなる。ところが、高速にはサービスエリアやパーキングエリア、トイレらしきものが全くない。当たり前だが、チェーン着脱場みたいに車を待避させておく場所もない。
運転手に、トイレに行きたいから車を駐めてくれ、と言った。運転手は「俺も」と言う。そういえばさっきから激しく膝を動かしている。
高速道路は渋滞にはまりこんだり、また待避所がなく、なかなか路肩の空いたスペースにも近づけない。それでも、路肩に駐車している車の一群があったので、そこのなかに駐めることができた。
外に出て、立ちションをする。あまりに我慢していたせいで、腹が少し痛かった。
そこから空港までは幸せな気分だった。10分程度で空港に着いた。時刻は8時を少し回っていた。
空港に着いたとき、タクシーの運転手が荷物を下ろしてくれた。チップやお礼を込めて3000円近くを渡そうとしたら怒り出した。最初の約束では7000円だったと言うのだ。僕も頭に来たが、肝心なところになると相手は英語がわからないフリをする。
そのまま空港のなかに行ってしまってもよかった。でも、支払った。この辺りが俺は性格がへなちょこなのだ。こういう行動が、後々の日本人観光客に悪影響が出るのだろうと、頭ではわかっていても、支払ってしまう。
でもまあ、考えようによっては8時間拘束して7000円くらいというのは、そんなに暴利でもない(タイでは暴利だと思うけれど)。無事に観光もできたし、タイ式マッサージもよかったし、ガイド料だと思えばいいのか、と思った。でもなあ。
タイ空港の搭乗手続きはとてもスムーズだった。1時間もかからなかった。
それで飛行機が出るまで、搭乗口で1時間以上待っていた。
帰りの席も、隣はおっさんだった。お互いにがっかりしながら席に座った。
朝、羽田の空港を出て、電車に乗り込んだ。空気がひんやりとしていて、街がタイに比べればどこもきれいだった。
また日本の厳しい生活が始まるのかと思った。日本は気候が甘えを許さないっていう面が確かにあるようにも思った。この寒さでは、開放的になりたい女の子にも歯止めがかかるし、いい加減な仕事では、冬の寒さを乗り切れない。
ガンズ・アンド・ローゼズの「パラダイス・シティ」はこんな風に始まる。
俺をパラダイス・シティに連れて行ってくれ。
パラダイス・シティは芝生が緑で、女の子達がかわいい。
俺は、そこに連れて行ってほしい。
http://youtu.be/Rbm6GXllBiw
タイは「パラダイス・シティ」だった。高齢者達だけでもなく、俺にも十分にパラダイスだった。
長野行きの混み合った電車のなかで、いろんな仕事上のやっかいな案件が頭に浮かび、それから諦めにも似た気持ちで、そう思った。