先週末からずっと具合が悪かった。
週末は実家に帰っていたのだが、したことと言えばメダカの水槽の掃除くらい。
あとは寝てばかりいた。


月曜日には咳も激しくなり、咳のし過ぎなのかみぞおちの辺りも痛くなってきた。
熱を測ったら37度1分ほどある。

職場内の診療所に行って、抗生物質と解熱剤をもらって、2時間ほど仕事を休んで帰った。


まだ明るい平日に家に帰るのは本当に久しぶりだ。


長野駅の周辺には若い女の子がいっぱいいて「ああ、こういう世界もあるんだ」と思った。
早朝か夜しか駅の周辺を歩くことなんかないし、職場にはおっさんしかいない。
行き帰りの交通手段とお店の女の子以外にも世の中に女の子がいることを、もうほとんど忘れていた。
「若いって素晴らしいことだよな。」
駅までの道を歩きながら思った。


家に帰って、食事をしようと思ったのだけど、あまり食欲がないのでヨーグルトだけ食べて、薬を飲んで寝た。


2時頃、突然苦しくなって起きた。

咳が止まらない。


していたマスクをはずしたら、鼻水だらけで「おまえはガキンチョか」と思った。
顔を洗ってうがいをして、熱を測ったら37度6分になっている。


体中が痛い。


インターネットで近所の内科医を検索する。
朝になったら電話しようと電話番号を控えて、地図で場所も確認する。


それから寝ようと思ったのだけどなかなか咳も止まらず、眠りにつけなかった。


朝8時になるまで、眠れないまま我慢をして、それから電話をした。
職場にも電話して休むことを伝えた。
診療は8時30分からだと言われたけれど、もう限界に近かったので、着替えて家を出た。
コートを着ていたけれど寒くて震えていた。


病院までたどり着いたのは8時20分頃だった。
保険証を出して、受付で待っていたのだけれど、寒い。
体温計を渡されたので測ったら38度7分もあった。


それから初診だというのでいろいろと看護師に問診を受けて、それからなぜか身長や体重を測って、インフルエンザの検査をしてもらった。

鼻の奥に細くて長い綿棒を突っ込まれる。
思ったより痛いなあ、と思っていたら、片方の穴だけではなくて両方をやられて思わず痛みで涙ぐんでしまった。


検査結果はインフルエンザA型。
きれいにA型の窓にラインが浮き出ている。
C型の窓にもうっすらとラインが出ているが、これは無視していいのだろう。
B型の窓には何もラインが出ていなかった。


その後、医師の診断を受けた。
「タミフルですが、どうしますか?」
「処方してください。快復するなら何でもいいです。」
タミフルとうがい薬を処方してもらった。


タミフルがインフルエンザに劇的に効くことはよく知られている。
これを使うとラムズフェルドが儲かるという図式が非常に気に入らないが、それを除けばいい薬だと僕は思っている。
異常行動っていうけどアルコールほどじゃないだろう、という思いもある。
24時間以内に50%の患者の熱が下がるなんて、本当に素晴らしい。


家に帰って、ヨーグルトとアイスクリームを食べて、タミフルを飲んで寝る。
昨日よりも苦しくなく、寝付くことができた。


タミフルのせいなのか熱のせいなのかわからないが「俺の風邪の具合が、予算の算出に反映してしまう」という妄想に駆られて、ずっとあせっていた。


何度も起きて熱を測る。
あっという間に38度を超えるので、バカバカしくなって測るのをやめる。
汗で濡れた服を乾いた服に着替える。

そんな風にふつうに行動できるのに、妄想だけは止まらない。


咳をする。


「この咳のたびにコンピュータを1台買うことになるんだから、ああ、でも咳とか炎症とかどうやって数値化すればいいんだ?不確定要素が多すぎるんだよ。」
咳の苦しみと、予算の計算の苦しみで僕はずっと悩んでいた。


タミフルは1日2回。通常10錠が処方され、途中で熱が下がってもすべて飲みきった方がいいらしい。
でも、初日は勝手に1日に3回飲んだ。


その日の夕方、まだ熱は38度はあったけれど「どうして俺の風邪とコンピュータの購入が関係するの?」って自分に聞いたとたん、悩みが消えた。
「本当に関係ないんだ。」
何度も自分に確認する。

妄想と決別した瞬間だった。


それからは、随分と安らかに眠った。
翌朝起きたら、熱も37度代だった。


午後から職場に行った。
仕事が溜まって積み上がっていた。


「俺の仕事、減っているかと思ったけど、そうでもないなあ。」と言うと、同僚に「足りない?」と聞かれた。
笑うとまだみぞおちの辺りが痛む。
インフルエンザに感染させてやろうかと思った。

水泳の世界選手権(世界水泳)が始まっている。


小学生に入学したとき泳げなかった僕は、小学校の先生にいきなり足の着かないプールに放り込まれることで泳ぎをマスターした。
書くと簡単だけど、実際にはかなり悲惨で、僕はプールの水をがぶがぶ飲んで、泣き疲れて何度も溺れそうになった。


だから雨が降って水泳が中止になると嬉しかった。
今でも小学校のポプラの木が雨に打たれて濡れている姿を思い出すことができる。
僕にとっては幸せな記憶だ。


教え方は無茶苦茶だったけど、おかげで1年の夏休みには25メートルは泳げるようになっていた。
初めて25メートルを泳ぎ切る前に、25メートルのプールがいつもより短く感じた記憶がある。

泳ぎ切ったときは嬉しかった。
夏休みが終わってみんなの前で泳ぐのが楽しみだった。
2年のときには1000メートルを泳ぐことができた。


僕は小学生の間にクロールしか習わなかったので、中学校に入って平泳ぎができなくて困った。
足はバタ足の方が進むような気がしてならなかった。

今でも潜水するときは、手は平泳ぎだが、足はバタ足だ。
僕はこっちの方が進むと思う。


以前、成田空港の前のホテルで、カナダ人のシン、ともう一人のカナダ人、オーストラリア人、アメリカ人と僕の5人で食事をしたことがある。

そのときに、シドニーオリンピックの自由形で金メダルを取ったオーストラリアのイアン・ソープの足のサイズが16インチだと聞いて驚いた。
センチになおしたら40センチにもなる。

「そんなのズルイよ。1人だけフィン(足ひれ)をつけて泳いでいるようなもんじゃん。」
僕が文句を言うと「ルールなんだから仕方がない」とオーストラリア人が言った。
「でかいのを利用して勝ったっていいんだよ。」
「おかしいよ、そんなの。」


「カナダ人のシンは顔がでかいから、顔を利用して泳いだっていいんだよ。」
「顔を水面にバシバシと叩き付けて足の方向に進んでいったっていいんだよ。自由形だから。」
「じゃあ、飛び込み台にはどうやって立っていればいいんだ?」
「逆立ちだよ。逆立ちして足から飛び込めばいいんだ。」
僕たちは、飛び込み台で一人だけ逆立ちしているシンの姿を想像して笑った。


「足から、シューって飛び込んで、そこから、イカのように手と顔を動かして足の方に進むんだ。」
「シンの顔のでかさを利用すれば、水泳でカナダに金メダルが取れる。」
「すごいスピードで進むんだ。足先で水を切って進んでいく。」
「そしたら、カナダの英雄になる。カナダは滅多にオリンピックで金メダル取らないからなあ。ベン・ジョンソンくらいだろ。」
それから僕たちはずっとその話をして笑っていた。
シンはその間、ずっと苦笑いをしながらカニを食べていた。


いつも「Kick Ass CANADA!(カナダ最高!)」と文字が入ったTシャツを着ているほどカナダ好きなので、カナダの英雄になるというのは気に入ったのかもしれない。
もっともそのTシャツも別のカナダ人に「Kiss Ass CANADA!(ケツにキスしろ、カナダ)って書いてあるのかと思った」って言われて凹んでいたけど。


いつの日にか、顔と手を水面に叩き付けて足の方向に進むシン人形を作って、おもちゃ会社に売り込もう、とそのとき思ったのだった。
でも、それからあとも、僕はなにもしていない。


世界水泳をテレビで見ているうちに、ふとそんなことを思い出したのだった。

火曜日に、わらび座の「銀河鉄道の夜」というミュージカルを観に行った。

わらび座 銀河鉄道

週末に残業をしているときに、宮沢賢治の小説の朗読をi-podで聴くことがあるが、「銀河鉄道の夜」についてはまだ聴いていない。
どういう話なのか知らなかった。


宮沢賢治の小説の悪口をいう人を僕はあまり知らないけれど、僕自身はあまり気に入っていない。
当たり前だけど、価値観が古いからだ。


「今読んでも新しい」とか言っている人を見ると「そうかあ?」と思う。
「『注文の多い料理店』を読んだんだけど、あんなに恐ろしい小説は読んだことがなかった。本当にドキドキする」などという人を見ると「ただ単に、読書量が少ないだけだろ?」という気がしてしまう。
「筒井康隆でも読んでみろ!」


注文の多い料理店

笑うな

それでもわらび座の「銀河鉄道の夜」はなかなかよかった。


ただ僕は根本的にミュージカルというのがよくわかっていなくて「なんでセリフを歌うんだよ」とつい、思ってしまう。
ほんの少しだけ退屈で寝てしまったけれど、最後はまあまあ感動した。


わらび座の「銀河鉄道の夜」では主人公の少年ジョバンニと友人のカンパネルラはどちらも女性が演じている。
芝居を見ながら思ったんだけど、大人の女性の演じる少年って本当の少年よりも少年っぽい。
本当の少年はどこか少し影があって、あんなにバカみたいに明るくないし、活発でもない。
それなのに、大人の女性の演じる少年こそ本当に少年のように見えるのが不思議だ。

大人の男性が少女を演じたら、こういう訳にはいかないだろうしなあ。ってゆーか、見たくないし。


芝居のあとは、ロビーで役者の人との交流会があった。
感動して涙がこぼれた、と言っている人もいた。
宮沢賢治ファンが多いようで、「銀河鉄道の夜」の原作との対比の視点がなかなか興味深かった。


芝居といえば、今度映画で「ロッキー・ザ・ファイナル」が始まる。

ロッキーザファイナル

「ダイ・ハード」も続編が決定し、「インディ・ジョーンズ」も制作に入るらしい。
ロッキーは試合には勝つかもしれないが、ドーピング検査をしたら禁止薬物がごまんと見つかってタイトルを剥奪されるのではないか、というのが気になるところだ。

それにしてもスタローンに、ブルース・ウィリスにハリソン・フォードかあ。
もう見たくないような気もするけれど、でも必ず観に行ってしまうんだろうなあ、とも思う。
あとは「バック・トゥ・ザ・フューチャー4」に期待をしたい。


バックトゥザフューチャー

金曜日に人事異動の発表があった。
僕の転勤希望は今年も受け付けられず、残留が決定した。


決定してすぐに歯医者を予約した。
今まで異動で引っ越しがあるかもしれないからと先に延ばしていた虫歯の治療に行くことにしたのだ。
「2週間くらい前からずっと痛かったんです。」

その日のうちに治療をしてくれることになったので、大喜びで診療所に行った。

結局虫歯ではなく、知覚過敏だった。
薬を塗られて、それで治療はおしまいだった。


夜にはやけになっていたこともあって飲み過ぎてしまい、暴走した。
土曜日は2日酔いと自己嫌悪でうんざりとした気分になりながら、ゴルフの打ちっ放しに行き、300球ほど打った。


それから中尾山温泉に行き、家に帰って眠った。
でも花粉症で苦しくて、すぐに起きてしまった。
花粉症になってから、夜もなかなかゆっくりと寝ていられない。


今日の日曜日もこれから仕事に行かなければならない。
窓の外には雪が舞っている。

春ってなかなか来ないもんだなあ、と思う。
僕に来たのは花粉症だけだ。

先週の日曜日は新宿にいた。


新宿通りを歩きながら、新宿通りってこんなに狭かったんだっけ?と思った。
記憶ではもっと広い道路のように感じていた。


紀伊国屋書店の一階にはファストフードのファーストキッチンが入っている。

「まだ、あるんだ」懐かしく、苦い思いがする。


17歳の頃、この店で食事をした後、ヨリオという友達と店の砂糖を撒き散らして出てきたことがある。

店を出ようとしたら、女性の店員が後ろから追いかけてきて「お客さん」と声をかけられた。
「なんだよ。」

振り返ってにらみつけた。

「これ、忘れ物です。」
笑顔の店員が差し出した忘れ物を受け取って、僕はとても気まずい思いをした。
ヨリオも苦笑いをしていた。

そのとき僕は「もう誰も得をしないバカなことはやめよう」と思ったのだった。


伊勢丹の前には救急車が止まっていた。
路上に鮮やかな赤い血溜まりができていた。
怪我人は救急車のなかにいるのかどこにも見えず、何があったのかもわからない。
考えてみたら、外で血溜まりを見るなんて初めての経験だった。
何人かの人が伊勢丹の上の方を見上げていた。
「落ちたのかな?」とも思ったけれど、どういうことかはわからなかった。


友達と会って、新宿バルト9という映画館に行った。
聞いたことのない映画館だったが、それも当たり前で今年の2月9日にオープンしたばかりだという。


そこで「幸せのちから」という映画を観た。


幸せのちから

映画のなかでウィル・スミスが上司に仕えている姿を見ると、サラリーマンという職業が人から輝きを奪うのを実感できる。

MIBやアイ、ロボットでの彼は輝いていた。

MIB

アイ、ロボット

今回の映画でも、彼が走っている姿は美しいが、上司の無理な注文を我慢して聞いている彼の姿には、哀しさを感じる。
彼のような俳優には、反抗心のある自由な役を演じてもらいたいと思う。
映画としてはまあまあだった。


夕食はケンズ・ダイニングに行って、コース料理を食べた。
ガーリックの利いたサザエの料理はとても美味しかったが、肉料理は鶏だったので大したことはなかった。


その日のうちに長野にまた戻ってきた。


畑村洋太郎の「直感でわかる数学」「続 直観でわかる数学」(どちらも岩波書店)を読み終わった。


直感でわかる数学

続直感でわかる数学
今まで、一般向けの数学の本としては、矢野健太郎のエッセイなどが面白かったが、畑村さんの本はより数学に挫折した人向きになっているのが特徴だ。


上の桁からする筆算など、画期的だと思った計算方法には目を奪われたが、実際に仕事で使ってみたら、繰り上がりのたびに式が続いてしまい、使えないことがわかった。
円の面積を出すのがπ×r×r(rは半径)でなく、0.785×D×D(Dは直径)の方が簡単だという説も、本当にそうかなあ?と疑問に感じた。


僕にとってよかった話は6÷0が無限大になってしまう理由だとか、マイナスとマイナスをかけるとなぜプラスになるのかとか、数学も法律と同様に、最初に直観で結論を出して、あとから理屈立てをするのだ、ということを知ったことだ。


「ハナから」の「ハナ」は韓国語の1の意味だとか、タイのバンコクというのは外国人の付けた名前で本当は「クルンテープ・マハーナコーン・・・(あと5行くらい続く)」という名前なのだという蛇足もまあまあ面白かった。


マイナスとマイナスをかけるとなぜプラスになるのかは、僕が今まで聞いた説明の中でもっともわかりやすく、「そうなんじゃないかなあ」と以前から漠然と思っていた答えがはっきりしてとてもよかった。
この部分だけでも読んでみる価値はあると思う。


英検2級に合格した。
面接試験は35点満点で34点だった。


次は準一級。
今、英文法の本「総合英語Forest」(桐原書店)を読んでいるけれど、退屈で退屈で。
でも、3月中にはすべて読んでしまいたいと思う。


フォレスト

残業をしていて8時30分頃になると、無性に帰りたくなる。

実際には帰れないが、帰りたくなるのは本当だ。


小学校1年から中学校3年まで、僕は剣道を習っていた。
今では道場そのものがなくなってしまったが、月曜日と水曜日の夜の7時から8時30分までが稽古だった。


親の言いつけにしたがって素直に通っていたのだが、正直、剣道が楽しいと思ったことは一度もなかった。
いつも8時20分頃になると、「まだ終わらないかなあ」と思いながら道場にある時計を見上げていた。


今の仕事も楽しいと思ったことは一度もない。
今、夜になるとやっているのは発想自体が壮大な計算で(もちろん、自分で考えたわけではない。やらされているのだ)、本当に最終的な答えが出るのだろうかと、毎日が不安である。
給料なんかわずかなのに、計算で扱うのは億単位だ。


今、畑村洋太郎の「続 直観でわかる数学」(岩波書店)を読んでいるが、そこに上の桁から行う筆算が出てくる。

続直感でわかる数学
筆者は東京大学の名誉教授なのだが、根っからの技術屋で、数千万の足し算なんか有効数字である上の数桁の数字だけがわかればいいんで、下の方の数字なんかどうでもいいと考えているらしい。
そこで、計算途中にどこで茶々を入れられて中断してもいいように、上から筆算する方法を小学生の頃から教えた方がいい、ということでこの方法を考えたらしい。


僕の仕事も似たようなものだ。
全体の傾向が分析できれば十分なので、千円以下の数字なんか基本的に無視をしている。


もっとも、最近SFによく登場する「複雑系カオス理論」では、今まで無視していた些末な数字にこそその答えがある、と考える。
ほんのわずかな差が、結果に大きな影響を与えるのだと。
キーワードは「中国で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が起きる」だ。
別名「バタフライ効果」とも呼ばれている。
グラフに書くと曲線の形が蝶に似ているからだ。


8時20分頃になると時計を見上げる。
「まだ終わらないのかなあ」と思う。
「こういう気持って小学生の頃と変わらないんだなあ」と思う。


職場では残業に入ると6時くらいからテレビでNHKのニュースが流れる。
ときどきつけっぱなしになって、「クローズアップ現代」まで流れていることがある。


先日の「クローズアップ現代」は「マニュアル敬語」の番組だった。
国語審査会だかなんだかが、研究しているらしい。


「こんなくだらない研究で給料もらえるなんて楽でいいよな」と隣の席の同僚と話す。
彼は今、扁桃腺が腫れて38度も熱があるのに仕事をしているのだ。
「俺は若い女の子の話す言葉だったら、なんでも許しちゃうけどなあ。」
「敬語より、内容だよ。係長に「私の起案、ご理解おできにならなかったでしょうか」って聞いたらたぶん、殴られるよ。」


僕は小学校5年の頃が一番礼儀正しく、敬語も使えていた。
その後、敬語を使わなければならないほど立派な人はそうはいないことに気づいて、今はもうほとんど使っていない。
そのせいだろうか。
職場に幼稚園時代からの先輩がいるが彼からはしょっちゅう「おまえは俺に対するリスペクトが足りない」と言われている。
つい「世界一、リスペクトしてるのに…」と反論しちゃうんだけど。


今日はゴルフの打ちっ放しに行き、360球くらい打った。
無心になってボールを打っていると「なんだか剣道の素振りをしているみたいだな」と思う。


最近になってようやく球をきれいに打てるようになってきた。
今まで球をまともに打てなかったのに、よく打ちっ放しに来ていたものだと、自分で自分をほめてやりたい気分だ。


最近はゴルフの打ちっ放しに行って帰ってくると、翌日腰が痛いことが多い。
昔のように手のひらや指のような枝葉末節が痛むんじゃなくて、躯体自体が痛むのだ。


なので、それから体をほぐすために中尾山温泉に行って、露天風呂でゆっくりと空を眺めていた。
ゆっくりと雲が流れていく。
もう春の陽気だった。

今日は英検2級の面接試験があった。


2級の筆記試験に合格してから、ぼんやりと日々を送っていたのだが、先週末に本屋で面接試験用の問題集を売っていることに気がついて、それを購入して勉強していた。


主な勉強場所は職場までのバスの中だった。
10日分ほどの問題集だったので、3日分ほどを30分ほどのバスの中で読み切っていた。


水曜日に「そろそろ終わりだな、あとは見直しだ」と思って、ふと問題集をしまおうとしたときに、僕は自分の買った問題集が「英検2級用」の問題集じゃなくて、「英検準2級用」の問題集だったことに気がついた。

「やれやれ」


英検準2級二次試験

英検2級二次試験

仕方がなく水曜日の夜に本屋に行き、今度はちゃんと「英検2級用」の問題集を買った。

そして同じようにバスの中で解いていった。
金曜日の夜には一通り読み終わった。
試験の流れは大体わかった。


でも、勉強しなくても受かるような気がしていて、勉強に身が入らなかった。
2級の筆記試験の結果が合格点より22点も上回っていて、合格者の平均点からも14点も上回っていたのが原因だと思う。
思ったより試験のレベルは低いと、心のどこかで判断してしまっていたのだろう。


本格的に勉強を始めるのではないかと期待していた土曜日は適当にCDを聴いただけで、日曜日も朝、問題集についているCDを始めから最後まで一通り聴いただけで、それで勉強をした、ということにしてしまった。


姪から推薦してもらった「総合英語Forest」(桐原書店)も少しだけ読んだ。
SVOCの文型の参考例に「Mick painted it black.(ミックはそれを黒く塗った。)」というのがあって笑った。(蛇足だけど、ローリングストーンズの名曲に「Paint it black(黒く塗れ!)」というのがあって、ミックはそのボーカル。)


試験は2時30分からだった。
勉強を終えた後、まだ時間があったので昼寝をした。


夢の中でマットディロンと風呂に入っていた。
バスタブが3つあり、僕たちも3人だったのだが、マットディロンが「温かいのとぬるいのと俺は交互に入るから2つバスタブを使う。順番を待ってろ」というので、僕は外で待っていた。
そのうちに彼がボランティアに目覚めたから、風呂用の煙突を修理すると言い出した。
「手伝え」というので一緒に手伝い、立派な煙突ができたが、バスタブを材料にしていたのでどれも大きな穴が開いてバスタブは使い物にならなくなっていた。
マットはその高い煙突に登って、僕に「受け取れ」と黄色のボールを放り投げてきた。
僕はそれをしっかりと受け取った。


そこで、目覚まし時計が鳴って目が覚めた。
妙にリアリティのある夢だった。
僕は枕を握りしめていた。


シャワーを浴びて、ジーンズを履いてラガーシャツを着た。
出がけにまた受験票を忘れていたことに気づいて、受験票に書いてある上履きも用意していなかったことに気づいて、そう言えば筆記用具も持っていないことに気づいて、なかなか出発できなかった。


試験に遅れそうだったので、車を飛ばした。
「どうして毎回、こういつもギリギリになるのかなあ?」
赤信号で車が止まったときに、僕は抜け道を行こうと列から離れた。
僕の後ろの車も僕の後を追って、抜け道に突っ込んできた。


ぎしぎしという音が聞こえるので、ふとバックミラーを覗いてみたら、後ろの車は速度表示の標識に正面から突っ込んでいた。
ボンネットに斜めになった標識の支柱が食い込んでいる。
「高そうな車なのに。」
気の毒に思ったが、時間的な余裕がなかったので、無視をして試験場まで急いだ。


試験場となる桜ヶ岡中学校に着いたのは集合時間の3分ほど前だった。
入り口の受付には中学生の女の子が3人ほど座っている。
もたもたしていて要領が悪い。
怒りたかったけれど、紳士のフリをして微笑んで立っていた。


結局、きゃあきゃあと隣の女の子同士で話しているばかりで何を言っているのかよく聞き取れなかったけれど、会場に行けばわかるだろうと思って、もらった校内の地図を見ながら会場に急いだ。

こういうときに、昔、山登りをしていて、地図読みが得意なのが本当に助けになる。


受験生控え室に着いたのが集合時間の1分前だった。
「14番と15番の方。」中学生の女の子に呼ばれる。
「俺、15番だけど。」
「会場に行きます。」
「もう?」
「まだ集合時間前なのに…」不満に思ったが荷物を持って女の子について会場に行く。


会場の前の廊下にはまだ3人ほど順番待ちをしている。
その後ろに座る。
廊下は寒い。
まるで、僕の出身中学のように汚い建物だ。


そこで面接カードに受験番号などを記入していく。
周りは若い女の子ばかりで、場違いな感じがする。

だんだんと順番待ちの列が短くなる。


不思議なことに全く緊張感がなく、マクレガーのコートにくるまって眠ってしまいそうだった。


面接試験は、まあまあのできだった。
良くも悪くもなかった。まあ、こんなもんだろう、と思った。


ただ始めの挨拶のときに、「音楽は好きですか?どんな音楽が好きですか?」などと聴かれ、つい「ロックです。オルタナティブ・タイプの…。コールドプレイとか…」とつい話してしまい、「ビートルズくらいしか知らなそうなおっさんに何を語っているんだ?しかも最初の挨拶で…」といきなり猛反省をした。


コールドプレイ

試験が終わって、部屋のベッドに寝ころんで、今まで封印していた(でもたまに読んでいた)畑村洋太郎の「直観でわかる数学」(岩波書店)を本格的に読み始めた。


直感でわかる数学

まだ半分ほどしか読んでいないけれど、読んでいると高校数学を解きたくなってくる。
英検もいいけれど、数式を解くタイプの試験もいいなあ、と思う。


日程次第だけど、次に受ける試験は英検の準1級か、たいした計算は出てこないけれど乙4危険物取扱者(持っているとガソリンスタンドで働くことができる)にしよう、と思った。

週末、実家に帰った。
自分の部屋で寝ていると、勉強ができなかった高校時代を思い出す。
あの頃もこうして天井を見上げていたんだよなあ。


高校の英語の教科書だけは、まだ当時のものを持っている。
落書きのようなバカそうな字で訳がところどころ書き殴ってある。

ユニコーンという教科書だったが、話がどれもこれも暗くてうんざりする。

あの頃は、勉強もできなくて意欲もなくて、本当にどうしようもなかった。

僕は自分の最悪の状態を覚えておくために、今もこの本だけは持っているのだ。


大学に入ってからも語学は苦手で逃げ回っていたけれど、社会人になってからいつまでも苦手意識を持っているのが悔しくて、中学1年の問題集から、それこそアルファベットの書き方から全部やり直した。


中学3年の問題集を終えて、どんなことがあっても8割は取れるようになったとき、中学3年のとき英語ができる友達を羨望のまなざしで見ていたけれど、所詮、このレベルだったのか、と思った。
高校時代はそこまでする勇気もなかった。
仕方がないことだけど、少しだけ悔やんでいる。


高校生の姪と会う。
英検2級の筆記試験に落ちてしまった、という。
勉強する時間がなかったから仕方がない、とサバサバした表情だ。
彼女は若いからまだ時間がたっぷりある。


僕は筆記が受かっていたので、来週は面接試験がある。
試験のときによくわからなかったwhichの非制限的用法のことを聞いたら、「それって今は継続用法って言うんだよ」と言いながら教えてくれた。


お薦めの英文法の本も聞いた。
いろいろあるけれど桐原書店の「総合英語Forest」というのがいい、というので実家からの帰り道にその本を買ってきた。
2級に受かったら、次は準1級も受けようと思っているからだ。


フォレスト

久坂部羊の「破裂」(幻冬社)を読み終わった。

破裂
大阪大学医学部を出た医師が書いた本なので当たり前なのだが、医師をしている僕の義理の兄もこの本を読んで、基礎となる知識が正確だと言っていた。


例えば、風邪なんか寝てれば治る、という記述があるが、これも本当らしい。
風邪のときに解熱剤と抗生物質を与える医師が多いらしいが、熱なんか下げるとかえって治りにくくなるし(たぶん白血球の動きが鈍くなるから)、抗生物質も耐性ができるから与えない方がいいのだという。
義理の兄も風邪には基本的に「バファリンとうがい薬」程度のものしか与えないそうだ。


本では、心臓病を食い止める夢の治療法を開発したが、重大な副作用を認識してその克服を図ろうとする医師や彼の前に立ちはだかる大学病院の教授選が生々しく描かれている。
この医師も傲慢で実に嫌な奴なのだが、大学病院の医師というのがこんなに激務だとは知らなかった。
ほとんど徹夜の状態で次々と手術をしていくのだ。


そしてそこに医療ミスが発生する。
それを追求するジャーナリスト、弁護士、告発する医師、少子高齢化を食い止めるために、高齢者を不必要に救わず昔のように死なせてしまえばいいと考える厚生労働省の官僚、官僚の放つ諜報機関などが複雑に絡み合っていく。


久坂部さんの本では「無痛」もよかったけれど、この「破裂」もとてもよかった。
義理の兄は久坂部さんのデビュー作「廃用身」もよかったと言っていたので、それもぜひ読んでみたい。


無痛

廃用身

手品師スティーブ・コーエンの「カリスマ手品師に学ぶ超一流の心理術」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も読んだ。


超一流の心理術

主に人前でのプレゼンテーションの精神的及び技術的なノウハウが載っている。
それからどのように生きるべきかといったようなことも。


著名人の言葉も多く引用されている。
エイブラハム・リンカーンの「常にすべての人間を感心させることはできない」という言葉や、コメディアンの「成功の秘訣なんてわからないが、失敗の秘訣は、すべての人に気に入られようとすることだ」という言葉、それから、作者の友人の「どうしても避けることができないものなら、リラックスして取り組むのが一番だ」という言葉は気に入った。


1 両手の指は何本?
2 腕が10本あったら、指は何本?
という問題や、簡単な手品も楽しかった。


簡単な手品はすぐにタネがばれるし、姪には「うざい」と言われたけれど、最初はみんなびっくりする。

(先の問題の答えは10本と、50本。100本じゃないよ。1本の腕には5本しか指がついていないから。)


普通の人にはあまり薦めないけれど、もし、人前でプレゼンテーションをする必要があって何か助言を必要としている人にはお薦めしたい。

誤解がないようにいっておくと、手品師の書いた本だけど、手品はメインじゃないし簡単な手品は2つしか載ってないから、手品について学びたい人はもっと別な本を読んだ方がいいと思う。

24歳と25歳の看護師(女性)を連れて、富士急ハイランドに行くことになった。
もちろん、行き帰りの運転と費用は僕持ちである。
揚ちゃんは怒るかもしれないが、世の中はそういうものなので仕方がないのだ。


職場の同僚にこの話をしたら「12日、雨が降ればいいのに」と吐き捨てるように言われた。
多くの友人も誘ったが、仕事や「遊園地の乗り物は怖くて楽しめないから」という理由で断られ、結局、僕が2人を相手にすることになった。


朝6時30分に待ち合わせ、富士急ハイランドに向かう。
カーナビに電話番号を打ち込めば、目的地まで連れて行ってくれる。
富士急ハイランドにいくのは僕は初めてで、それが河口湖インターを降りたすぐのところにあることも知らなかった。


9時30分頃に着いた。
富士急ハイランドからは雪を被った富士山が青空に映えてとても美しく見えた。


入ってすぐに「キング・オブ・コースター・フジヤマ」に並ぶ。
1時間30分待ちだった。


昔、イギリス人のディーンとカナダ人のノーマンが富士急ハイランドに来たとき、大男のノーマンもフジヤマの迫力には驚いたらしい。
ディーンはそんなノーマンを見てバカにしていたそうだ。
「俺はジェットコースターなんか全然怖くない」と。
ところがフジヤマに乗って、フジヤマがどんどんと高く登っていくうちにディーンも耐えられなくなったのか「ちょっと、高すぎるよね」とノーマンに言ったらしい。
そのくらいフジヤマは怖いと、ノーマンから僕は聞いていた。


待っている間、僕はジェフリー・アーチャーの本を読もうとしていたのだが、「このジェットコースターはとてもハードな乗り物です。乗り気じゃない方はよく検討してからお乗りください」というアナウンスを聞いているうちに、だんだんと怖くなり、読むのをやめてしまった。


待ち時間は長かったが、いざ乗り込むとなると「もうちょっと俺、待っていてもいいや」という気分になる。
でもそんなわけにも行かないので、覚悟をきめて乗り込んだ。


走り出すときに従業員にハイタッチをしながら出発する。
10m、20m。高度がどんどんと上がっていく。
「高いー。怖いー。」
まだ走り出す前からあちこちから悲鳴が上がる。


フジヤマの走り出す地点は高さ79mだ。
雪を被った富士山が左手前方に見える。
そして、下を見ると「ああ、しまった。見なければよかった」という高さだ。


いきなりの急降下。
あまりに急すぎて体が前のめりになって、体が浮く。
ほとんど立っているような状態になる。
「怖いー。落ちるー。」
あちこちから絶叫が上がる。


もうすっかりオジサンになって叫び声のあげ方も忘れてしまった僕はひたすら歯を食いしばって耐えるだけだ。
目の前にはまだまだレールが続いている。
右に急カーブした後、左に急カーブし、上がって落ちて、もう自分がどこをどう走っているのかもわからない。


最高時速は130km。
「もう勘弁してくれ。」
ノーマンの気持ちがわかったような気がした。
ちなみにフジヤマの所要時間は3分36秒。
…長すぎる。


次に乗ったのは「ええじゃないか」。
http://www.eejanaika.jp/special2/index.html
最高部76m。最高時速は126km。


恐ろしいことに、このジェットコースターは走りながら、座席がぐるぐると縦回転をするのだ。
待ち時間は2時間30分もあったが、見るからに恐ろしく、待ち時間も短く感じた。


このジェットコースターは最高部まで、後ろ向きで上昇して行く。
そこから真っ逆さまに落ちていくのだが、その間も体は座席ごとぐるぐると回転している。
思わず目をつぶる。


頑張って目を開くと、自分が宙づりになったまま滑走しているのがわかって死ぬほど後悔する。
目をつぶっていてもときどき太陽の光を感じる。
叫び声を上げようと思ったけれど(きっと叫び声をあげるとストレスが飛ぶのだ)、出てきた言葉は「高っ!」という短い一言だけだった。


仕事のときでもそうだが、僕はなぜかピンチになればなるほど笑ってしまう。
出口で「ええじゃないか」が走っている最中に僕を写した写真を見ると、僕はやはりなぜか笑っているのだった。


乗り終わって、遠くから客観的に他の人が乗っているのを見る。
あまりに恐ろしく、自分もあれを乗ったのかと思うと、足が震えた。


続けて「ワールド・ブッチギリ・コースター・ドドンパ」に乗る。
レイアウト図を見て、「こんなの単に早いだけだろ」と鼻で笑ってしまう。
「ええじゃないか」に乗ったので、僕ももう強気だ。


待ち時間は1時間ほどだったが、ずっと本を読んでいる余裕があった。
待っている間に、ドドンパの乗車映像が流れる。
「やっぱり単純じゃん。怖くないよ。」


大間違いだった。


1.8秒で時速172kmの加速力というのを、見るのと体験するのでは大違い。
強烈なバンクを経て、垂直上昇、そして垂直落下。
垂直落下のときには、車体はどこにも見えず、ただ下に向かって自分が落ちていくのだけがわかる。
シートベルトはしていても、放り出されるのではないかと思った。
超、怖かった。


それから富士急のまずい昼食を食べた後、再び「フジヤマ」に乗った。


もちろん、2度目でも十分に怖い。
つーか、怖いことを知っていたので、いっそう怖かった。


そこで、明日も仕事なので帰ることにした。
運転をしていると、スピード感覚が狂ったのか、ふと気づくと時速120キロくらい出ていたりした。


7時頃には彼女たちと別れた。
遊園地でデートというより、遊園地まで無事に引率してきました、という感じだった。


今回、僕は自分の根性のなさを痛感して「しばらく偉そうにものを言わないようにしよう」と反省をした。
威張るなら「ええじゃないか」に笑って乗れるくらい根性つけてからにしろ、と自分に言い聞かせた。


家に帰ると揚ちゃんから送られてきた「ごっくん馬路村」が届いていた。


馬路村は高知県にある村で、かつては「よく台風が直撃する村だ」くらいにしか知られていなかったところだ。


ところがあるとき、農協の職員が「名産のゆずを使って村を活性化しよう」と考えた。
でも農協の規格に当てはまるゆずはなかなか揃わない。
そこで、ゆずの加工品なら大丈夫だろうと考えて作ったのが、この馬路村公認飲料「ごっくん馬路村」なのだ。


原材料はゆずとハチミツ。

口当たりがさわやかでとても美味しい。


「ごっくん馬路村」は大当たり。


全国から市町村や農協の担当者が視察に来るので、観光業も一気に盛り返し、それをまた全国の市町村が視察にいく。

いい循環になっているのだ。

一度馬路村に行って、馬路村に惚れ込む公務員も多いそうだ。


馬路村ではニュージーランドにいるフィンクルも昔働いていた。

皆に愛されたフィンクルは、別れるとき村の人達が手に手におみやげを持ってくるので、大きな袋がいっぱいになって持ちきれないほどだったという。


今、フィンクルから「ゆずオイル」を送ってくれと頼まれているが、ゆずオイルは摂氏4度以上になると変質し、またプラスチックを通過して蒸発してしまうというので(粒子が細かいのだろうか?)、まだ送っていない。


「ごっくん馬路村」を飲みながら、「馬路村にいたときに台風が来るから避難しろって言われたけど、本当は避難しなくてもいいと思ったから避難しなくて怒られた」と笑っていたフィンクルの優しい笑顔を思い出した。


揚ちゃん、本当にありがとう。

土曜日に久しぶりにゴルフの打ちっ放しに行った。
太陽の光が暖かい。
隣に来たオジサンが「今日は暖かいなあ」とやたらと話しかけてくるので「本当だね。暑いくらいだよ」と答えていた。


ゴルフ漫画では、例えばちばてつやの「あした天気になあれ」では主人公が「チャーシューメーン」と言いながらボールを打つ。

あした天気になあれ

黄金のラフ

なかいま強の「黄金のラフ」の主人公、藤森草太は「キリタンポー」だったような気がする(違ってたら、すまん)。
そういう何かリズムみたいなものが欲しいなあ、と以前から思っていたんだけど。


「悲しい気分なんか、ぶっ飛ばしちまえよ!Baby!」
心のなかでRCの「ドカドカうるさいR&Rバンド」の音楽に合わせて打っていたら、いつもは急カーブを描いて右のネットに突き刺さる球が、気分よくまっすぐ飛んでいく。

RCサクセション

「俺はこれでいいや」と思った。
200球くらい打った。


いつもそのくらい打つと両手にマメができるのだが(飛ばないとわかっているけど、地球も打つから)、「もしかしたらマメができるところってグリップが緩いのでは?」と思い直し、マメができる指のグリップを意識して打っていたら、いつもより軽傷ですんだ。


帰りに本屋に寄る。


何気なく、文庫のコーナーを見ていたら、ジェフリー・アーチャーの新作が出ている。
「嘘だろ?」目を疑う。
僕がイギリスに行ったとき、彼は刑務所に入っていた。


もう5年ほど前になるのだろうか?

イギリスのバーミンガム大学に行ったとき、夕食会があった。


僕の隣に座ったイギリス人に「イギリスの作家で知っている人はいますか?」と聞かれたので、「ええ、ジェフリー・アーチャーとか、アラン・シリトーの本が好きです」と答えたら笑われた。
彼は妻を呼んで、「彼はジェフリー・アーチャーの本を読んでいるらしい」と言った。
僕は続けて「彼とサッチャーが日本に来たときに、僕は東京都庁で会いました。講演会があったので」と話した。「サッチャーの伝記も読みました。ジェフリー・アーチャーの作品はほとんどすべて読んでいます。」


2人はますます笑い、「今、イギリスで一番嫌われているのがその2人だ。サッチャーは税でみんなから憎まれている。そしてジェフリー・アーチャーは嘘をついて今は刑務所にいるよ」と言った。
アーチャーが刑務所にいることは知っていたけれど、イギリスでそれほどまでに嫌われているとは知らなかった。
それから後も、イギリス人に彼のことを聞くと、皆顔をしかめた。


それでも、僕は彼の作品が好きだ。

「百万ドルを取り返せ!」「ケインとアベル」「大統領に知らせますか?」「十二本の毒矢」「ロスノフスキ家の娘」「めざせダウニング街10番地」「ロシア皇帝の密約」「十二の意外な結末」「チェルシー・テラスへの道」「十二枚のだまし絵」「十四の嘘と真実」は、どれを読んでも面白く読めるはずだ。

百万ドルをとり返せ

ケインとアベル上

ケインとアベル下

大統領に知らせますか?

十二本の毒矢

ロスノフスキ家の娘上

ロスノフスキ家の娘下

めざせダウニング街10番地

ロシア皇帝の密約

十二の意外な結末

チェルシーテラスへの道上

チェルシーテラスへの道下

十二枚のだまし絵

十四の嘘と真実
高校時代落ちこぼれだった僕が勉強することに目覚めたのも、「ケインとアベル」からだったし、「ある愛の記録」という短編は未だに僕にとっての理想の恋愛だ(どの短編集に入っているのかは忘れた)。
今でも、仕事がきつくても勉強しようという意欲だけは失わないのも、彼の本からの影響がとても大きい。


もちろん、その本屋で見かけたジェフリー・アーチャーの新作「ゴッホは欺く」(上・下巻、新潮文庫)は買った。


ゴッホは欺く上

ゴッホは欺く下

それから桜場コハルの漫画「みなみけ」(1~3巻)と私屋カヲルの漫画「こどもの時間」1巻も買った。
さっき、これらの漫画はすべて読んでしまった。


みなみけ1

みなみけ2

みなみけ3

こどものじかん1

僕は世の中で一番面白い会話は17歳くらいのセンスある女子高校生が3人で話している会話を隣で聞いているときだという持論があって(岡崎京子の「くちびるから散弾銃」が本当にそんな感じでできていた)「みなみけ」もなんとなくそんな感じでいいなあ、と思う。


くちびるから散弾銃

でも、俺はもういいや。
顔ばっかの漫画で疲れるし、未だに次女と三女の区別もつかない。


「こどもの時間」はエッチな小学3年生が童貞の男の担任を手玉に取る話なんだけど、子供が大人を手玉に取るっていうコンセプトは既に「くれよんしんちゃん」があるからなあ。
えっち漫画として読んでも、もうすっかりオジサンなので、血圧がぴくりとも上昇しなかった。もちろん、人には勧めない。


家に帰ると速達が届いている。


(社)落語協会からで3月に池袋演芸場で新作台本作品集(第一回落語協会噺の息吹)を開催する。ついては、あなたが以前書いた台本を使わせていただきたいのでお断りとお願いをしたい、ということだった。


以前、落語の台本を書いたことがあったのだ。


でも実際に自分が書いた台本が演じられているのを見て「このオチじゃ、オチねえよ。もっとラストは練らないとなあ」と恥ずかしく思ったのを覚えている。
今回も演じてくれるのは林家彦いちさん。
素晴らしいオチをつけてくれるように祈るばかりだ。


揚ちゃんからメールが届いている。
「ブログを見て痛々しく思っています。仕事で疲れはて、女の子に振り回され…。いろいろと焼酎飲みながら話したい気分です。」

そんな気の毒な僕に揚ちゃんは高知の栄養ドリンクを送ってくれるというのだ。
「優しいなあ。揚ちゃん」
僕に優しいのは男だけだ。


そして、今日の日曜日。
起きたら、全身が痛くて起き上がれない。
ゴルフの打ちっ放しのせいだ。


いつか結婚したら、相手に「針、あんま、灸師」の資格を取らせて、体調管理してもらおう、と自分勝手なことを思う。
肩が痛くて本も読んでいられない。


高知の栄養ドリンク早く届かないかなあ、と思った。

仕事をしていたらクリスマス・イブの日に靴下をくれた女の子から電話があった。
「久しぶりじゃん。クリスマス以来かなあ?。」
「まだ、クリスマスプレゼントのお返しをもらってないんだけど。」
「そうだね。」
「東急に靴を取り置きしてあるの。お金払って持って帰ってきてくれない?」
「いくら?」
「2万円。」


東急でお金を払いながら、なんで俺がこんなことをしなければいけないのだろう?と思う。
別につき合っているわけでもなんでもないのに。
1万円だけ払って片方だけもらってこようかと、くだらない発想が頭をよぎった。


10時頃、家まで取りにやって来た。
「どうもありがとう。明日、研究発表があってどうしても履きたかったんだ。さすがだね。」
彼女はそう言い残して部屋を出て行った。
「何やっているんだろ?俺。」
彼女が手を振って出て行ったドアをしばらく見ていた。
「さあねえ。」
心の中の声が、そう返事をするのが聞こえたような気がした。


英検2級の自己採点をしてみた。
文章題が45問中5問間違えていて、リスニングでは30問中4問間違えていた。
文章題はもう少し丁寧に解けば、もう3問くらいは上積みできたと思う。


リスニングは奇跡としかいいようがない。
完全に理解できた会話はほとんどなかったのに。
どうしてこんなにできているんだろ?俺。


そういえば2級の問題集を解いているときに、気づいたことがあった。
それは2級のリスニングの問題では、会話が必ずポジティブな方向に進むということだった。


英検2級二次試験

例えば、会話の問題で男が「映画を見に行かない?」と言ったとする。
すると答えは必ず「YES」なのだ。
「私の大好きな監督です。とっても行きたい。」「その日は仕事があるけど、その後に行きましょう。」「私も行きたかったの。」
答え方はいろいろあるけれど、必ず「YES」。


「もっと前に言って。」「その日は予定があるからダメ。」「その監督嫌い。」「映画は観ないの。」といった僕がよく聞くネガティブな答えは少なくとも2級の試験にはありえない。

それがレストランだろうが旅行だろうが男からの誘いには必ず「YES」と答える女性に、「実際にはありえないよな」と問題集を解いているときには違和感を感じたものだ。


そういうわけで、試験のとき一部しか理解できなくても、僕はポジティブな方向に進む会話を見つけてはマークしていたのだ。
まさかこんなにはまるとは思わなかった。


週末は久しぶりに本を読んでいた。


ローリー・リン・ドラモンドの「あなたに不利な証拠として」(早川書房)は昨年宝島社の「このミステリーがすごい!」の海外部門第1位になった作品だ。

あなたに不利な証拠として
読んでみたけど、半分ほど読んだところで挫折した。
何が面白いのかさっぱりわからない。
リアリティもあるし、ディティールも書き込まれている。
でも、ストーリーが全然走っていなくて退屈なのだ。


ジェフリー・ディーヴァーの「12番目のカード」(文藝春秋)も出だしはわくわくしながら読んだが、だんだんと失速し、途中で苦痛になって、これも読むのをやめてしまった。


12番目のカード

乙一の「銃とチョコレート」(講談社)は最後まで読み切ることができた。

銃とチョコレート
少年向けの小説なので当たり前だけど。
ストーリーは走っているし、すべてのつじつまが合うし、さすがだなとは思う。
ただ、登場人物の名前とか会話とかもう少し何とかならなかったのか?と思う。
彼の「ZOO」があまりに素晴らしかったので、いつもあのレベルの作品を期待してしまう。


ちょっと前になるけれどDVDで「BOYS DOn'T CRY」を観た。

ボーイズドントクライ
前半が退屈でうんざりしたけれど、後半になって展開がスリリングになってからは画面に見入っていた。


主人公は性同一障害で、男の格好をしている女の子。
彼女ができるが、なかなか自分が女であることを打ち明けられない。
彼女の元彼に女であることがばれてしまい、そして…って感じの映画なんだけど。


監督は、この映画を通じて「男」を描きたかったのだと、以前何かの雑誌で読んだことがある。
女に彼女を寝取られた男にとっては、屈辱が何倍にもなるのだろうか。
見ていてつらい映画だった。