水泳の世界選手権(世界水泳)が始まっている。


小学生に入学したとき泳げなかった僕は、小学校の先生にいきなり足の着かないプールに放り込まれることで泳ぎをマスターした。
書くと簡単だけど、実際にはかなり悲惨で、僕はプールの水をがぶがぶ飲んで、泣き疲れて何度も溺れそうになった。


だから雨が降って水泳が中止になると嬉しかった。
今でも小学校のポプラの木が雨に打たれて濡れている姿を思い出すことができる。
僕にとっては幸せな記憶だ。


教え方は無茶苦茶だったけど、おかげで1年の夏休みには25メートルは泳げるようになっていた。
初めて25メートルを泳ぎ切る前に、25メートルのプールがいつもより短く感じた記憶がある。

泳ぎ切ったときは嬉しかった。
夏休みが終わってみんなの前で泳ぐのが楽しみだった。
2年のときには1000メートルを泳ぐことができた。


僕は小学生の間にクロールしか習わなかったので、中学校に入って平泳ぎができなくて困った。
足はバタ足の方が進むような気がしてならなかった。

今でも潜水するときは、手は平泳ぎだが、足はバタ足だ。
僕はこっちの方が進むと思う。


以前、成田空港の前のホテルで、カナダ人のシン、ともう一人のカナダ人、オーストラリア人、アメリカ人と僕の5人で食事をしたことがある。

そのときに、シドニーオリンピックの自由形で金メダルを取ったオーストラリアのイアン・ソープの足のサイズが16インチだと聞いて驚いた。
センチになおしたら40センチにもなる。

「そんなのズルイよ。1人だけフィン(足ひれ)をつけて泳いでいるようなもんじゃん。」
僕が文句を言うと「ルールなんだから仕方がない」とオーストラリア人が言った。
「でかいのを利用して勝ったっていいんだよ。」
「おかしいよ、そんなの。」


「カナダ人のシンは顔がでかいから、顔を利用して泳いだっていいんだよ。」
「顔を水面にバシバシと叩き付けて足の方向に進んでいったっていいんだよ。自由形だから。」
「じゃあ、飛び込み台にはどうやって立っていればいいんだ?」
「逆立ちだよ。逆立ちして足から飛び込めばいいんだ。」
僕たちは、飛び込み台で一人だけ逆立ちしているシンの姿を想像して笑った。


「足から、シューって飛び込んで、そこから、イカのように手と顔を動かして足の方に進むんだ。」
「シンの顔のでかさを利用すれば、水泳でカナダに金メダルが取れる。」
「すごいスピードで進むんだ。足先で水を切って進んでいく。」
「そしたら、カナダの英雄になる。カナダは滅多にオリンピックで金メダル取らないからなあ。ベン・ジョンソンくらいだろ。」
それから僕たちはずっとその話をして笑っていた。
シンはその間、ずっと苦笑いをしながらカニを食べていた。


いつも「Kick Ass CANADA!(カナダ最高!)」と文字が入ったTシャツを着ているほどカナダ好きなので、カナダの英雄になるというのは気に入ったのかもしれない。
もっともそのTシャツも別のカナダ人に「Kiss Ass CANADA!(ケツにキスしろ、カナダ)って書いてあるのかと思った」って言われて凹んでいたけど。


いつの日にか、顔と手を水面に叩き付けて足の方向に進むシン人形を作って、おもちゃ会社に売り込もう、とそのとき思ったのだった。
でも、それからあとも、僕はなにもしていない。


世界水泳をテレビで見ているうちに、ふとそんなことを思い出したのだった。