いままで聴かなかった音楽が恋しくなる
そんなときにふと気づく
残らなくても、傍にあり続けたものたちのこと

流れていたのかもしれない
熱くてもてあましていた感情の上で
流れていたのかもしれないと思った
君と笑っていたときに
ケンカしたときに
泣いて、傍にはいられないと決別したあのときに
そこでずっと、流れていたのだろう。


ふと感じる。
音にぬくもりを。
ぬくもりに色を見る。
キラキラと輝いていた。
輝いていたのは空気だった。


それを失ったのかもしれない現在(いま)は
鮮やかではないのかもしれないけれど
とても軽やかで、肌触りがいい。
手に入れたのがこれならば
それはとても幸せだ。
特別ではなくて
重要でもなくて
激しくもない。
そんな日々が続いていくなら
今日は安心して眠れるだろう。
明日も、目が覚めたら嬉しくなるだろう。



きっと、それでいい。



流れている。
聴こえるように流れているその曲は、
10年後も、僕の傍で流れている。
光


「なあ、賭けをしないか?」

――花を一輪、持っていた。黄色い花。君がその花をどうするのか興味があった僕は、ただ静かに次の言葉を待っていた。
君は多分、なにも考えちゃいなかった。そこにあるもの。そこにあるべきもの。そのすべてについて。

「7日後にこの花が枯れてなかったら、おれはここに戻る意味があると思うんだよ」

笑える。素直に、素直に言えばいいのに。
戻りたい場所がここにあるんだと。言えばいいのに。

「おれは、ばかだから、そういう言い方しかできないんだよ」

と、考えを読んだみたいに君は言って、その花を花瓶にさした。
その瞬間がすべてだった。

赤と、青と、黒の世界で生きていく術は君にはなくて
僕も同じ ここにはいられなかった
どこかで賢いひとが言うだろう
「想いも 記憶も ただ一握りもってあとは呑み込んでしまえば
後悔なんてものはなく すべてを許せる時がくるんだよ」


それでも僕らはばかだからさ、すべての出来事を子供みたいに呑み込んで 消化して
自分の中で大きく膨らんだそいつに対して納得のいく言葉を与えることも出来ずに
ただただ 泣くことしか出来ないんだ 罪深いから。罪深いから僕らは。
本当はここにいたくても赤と青と黒の世界を愛したくても愛せないから
静かに言うしかないんだ ごめん と。



・・・・・・・・

ごめん

・・・・・・・・



「もしもこの花が生きていたら、おれたちも生きているだろうし。
 世界も少し黄色が増えているだろうから。
 もう少しだけ、笑えるだろう」


答えなんてものはどこにもない。
僕らが感じるものがすべて。
ただそこにあるものに背を向けて 自分の中に手を伸ばす。
心臓を掴んで叫ぶ。言葉になんてなりはしないけど。

後悔もなにも終わってない。終わってないことを僕らは静かに続けているんだよ。
0から100までひとつの線の上。
続く先は見えないけれど
10歩先の未来にこの花は咲いている。
僕らの過去はそこにある。



多くのものから逃げなきゃいけない。
君は、多くのものから逃げなければいけないんだ。


たとえば痛みから。
たとえば愛から。
たとえば怒りや、胸に宿る切なさや、生きることそのもの。
向かい合わなくていい。おそらくは、向かい合わなくてもいいんだ。


ここにいることの意味とか。
昨日話した夢の内容とか。
明日向かう場所。
続いていく道や、10年後の自分への想像。
すべてが糧だと思っていた、すべてが期待であった、心そのものを裏切ってもいい。



なにもなくていい。
なにも、ひとつもなくていい。
ひとつも、すべてなくていい。
すべてなくなってしまえばいい。



苦しくも悲しくも、痛みも怒りも喜びもなくていい。
思っていたよりもずっと人を縛るものだったから、
君が少しずつ命を削っているのを見るようだったから、
知らないうちに僕は涙を流していたよ。






多分、忘れていく。

アルツハイマーじゃなくても、
嫌なことなんてなくても、
きっと忘れていく。

いろんな感情が煙のようになって、
あったという「事実」だけが置いていかれて
あの場所にあった大切な気持ちは感じなくなってしまう。
今、それを確かに感じた。
確かに感じたよ。


戻れたらいいのに。
会えたらいいのに。
感じられたらいいのに。

あれだけ叫んだ痛みがやっと愛おしくなった。
2011.5.8

心を打つ愛がある
夢を求める愛がある
時には震え、時には怒り、時には眠り
僕は何度でも呼び戻す
1. あなたを起こす声
2. あなたを泣かす痛み
3. あなたを生かすすべて

そこに 今 愛がある
戦う愛も 奪う愛も 抱きしめる愛も
そこにある。

心を打つ波の音。
「その細胞のひとかけらでも、手に入ればな」

 そう君が言ってから、8年と半年経ったようだ。
 いつの間にか俺は酷く阿呆になってさ、
 誰の声も届かないような そんな人形になっちまってさ、
 でも熱くなるよ。この言葉を思い出すと。
 不思議だよな?どうしてだか分からないんだ俺にも。
 ただ言えるのは言葉の意味なんかどうでもいいってことで、
 俺に熱を与える君の言葉の力って言うのは そう

 音。かな?

 ・・・・・・。

 馬鹿やろうって、声が聞こえるようだ。
 
 響きだよ、つまりは。
 言葉の音と、君のかすれた声の音が心地よくて
 不思議と俺は心を任せてしまうんだ。

 意味なんかない。
 意味なんかあっちゃいけない。
 君は俺に背を向けているから期待なんかしてないけれど

 この音だけは俺のもの。

 だからさ俺は今でも待ってるのかな、あの日のような寒い日に雨上がりの湿気た空気を貫いて
 強く 強く 真っ直ぐ向かってくる君の音をさ。

 また熱くさせてくれよ 何度でも
 柔らかい音。 
 俺の音。

 君の声をさ。

写真詩:煙の咲く夜にもう一度逢おうか。-緑



いくらストレートに想いを伝えたところで声に出さなければ返されないんだよ。

そう伝えればよかったのかな。
写真詩:煙の咲く夜にもう一度逢おうか。-空/赤



なぜあなたとわたしは向き合っているのか。
なぜあなたとわたしは考えているのか。

それは表情で会話しているから。

メールや電話でいくら大切な言葉を言われたって返す気にはならない。
ただ「ありがとう」。
言葉は言葉だ。重みだって同じだ。
だけど感じたい重みは違うんだよ。
だから今、ちゃんと考えようとしている。


そもそもなぜ向き合おうとしているのか?
関わらなくてもいい人じゃない。
そうじゃない。

考えずに言葉にすることはできなくて
でも思うことも伝えられず
ポツリポツリと出す単語だけが浮かんでいるんだけど
それもなんだか上手くはまらなくて、消える。

なにを感じていたんだろう?
と自分のことなのに分からなくて
そんなことも分からないの?と自分を叩く。


叩く。叩く。叩き続ける。
写真詩:煙の咲く夜にもう一度逢おうか。-氷



「触れないようにしていた」
「どうして」
「どうして、って・・・・・・さぁなァ」

 そこで初めて考える。
 どうしておれはあいつと距離を置こうとしていたのか?
 人に言えるようなたいした理由は思いつかなかったが、それなりに真面目に考えた末に口から出たのは

「溶けそうな気がした」

 だった。馬鹿らしい。
 分かりきっていた反応だが、ショウは吹き出した。

「おまえがそんな台詞を吐くとはな!」

 うるせェ。
 ・・・でもな、本当にそうなんだよ。

「分からないだろうな、おまえには」
「分からんね」
「分かってほしくもねえが」

 意識がどこまでも溶けて、混ざって、ぐちゃぐちゃになって、あいつが違うものになるとき。
 そのきっかけは、きっとおれなのだろうと、感じていた。

「ずっとおれたちは、違う世界にいて、繋がらない方向を向いていたんだよ。
 それを理解して、その上で一緒にいた。
 お互いの芯には触れなかった。深くは知ろうとしなかったんだ」




 溶けかけの氷のように、おれたちは脆くて
 溶けかけの氷のように、おれたちの世界の境界線は崩れやすかった


 でもまだなんとか生きてるだろ?


 おれとおまえも、おれとおまえの境界線も。






写真詩:煙の咲く夜にもう一度逢おうか。-白花束



ふわふわした栗色の髪が揺れていた。
僕はそっと触れようと手を伸ばした。
・・・手を引っ込める。

いつもそう。ダメなんだよなあ、聖域っていうの?こんなに近くにいるのにさ・・・触っちゃいけない。
可愛いえくぼ。細められた眼。キラキラ輝く笑顔。こんなに親しみやすい君。
不思議だ。隣にいてもテレビの中のトップアイドル。

「ありがとう、お墓参りついてきてくれて」

大晦日は彼女の母親の命日だった。
朝起きたら冷たくなっていた母親。僕らが大学生の頃だった。
彼女は年越しどころではなくて、僕の心の中も年越しどころではなくて、ただただ嵐が収まるのを待った日々。

ようやく気持ちの整理がついた彼女は、長かった髪をばっさりと切った。

「いいんだ。暇だったから」

なんてね。
短い髪も可愛かったよ。似合ってた。
今も、とても可愛いよ。
口には出せないかわりに、心の中で何度も唱える。「可愛いね、可愛いね」。

「大丈夫?」

ふと出てきた言葉は、本当に考え無しだった。
なにが「大丈夫」なんだか・・・

「うん、多分、大丈夫だよ」

「そう・・・」

会話が途切れてしまった。
僕は空を見上げて、会話を探す。寒いね、とか、お正月はどこか行くの?とか。

「お正月ーー」

と言いかけて、頭が真っ白になった。
手をそっと握られたまま、僕はなにもできなくて、握り返すこともできなくて、固まってしまった。

「ずっと傍にいてくれたから、もう大丈夫だよ」

柔らかい声で彼女が囁いた。
凍っていた僕の身体も、その声で溶かされた。

自然に笑いあっていた。

「お正月も、君に会いたい」

そんなこと、そんなこと――言うはずじゃなかった。

だけど、彼女は変わらず笑っていた。




新しい年には、新しい喜びが待っているんだろう。
だけどどうかこのときめき、ずっとずっと消えないで。