ふわふわした栗色の髪が揺れていた。
僕はそっと触れようと手を伸ばした。
・・・手を引っ込める。
いつもそう。ダメなんだよなあ、聖域っていうの?こんなに近くにいるのにさ・・・触っちゃいけない。
可愛いえくぼ。細められた眼。キラキラ輝く笑顔。こんなに親しみやすい君。
不思議だ。隣にいてもテレビの中のトップアイドル。
「ありがとう、お墓参りついてきてくれて」
大晦日は彼女の母親の命日だった。
朝起きたら冷たくなっていた母親。僕らが大学生の頃だった。
彼女は年越しどころではなくて、僕の心の中も年越しどころではなくて、ただただ嵐が収まるのを待った日々。
ようやく気持ちの整理がついた彼女は、長かった髪をばっさりと切った。
「いいんだ。暇だったから」
なんてね。
短い髪も可愛かったよ。似合ってた。
今も、とても可愛いよ。
口には出せないかわりに、心の中で何度も唱える。「可愛いね、可愛いね」。
「大丈夫?」
ふと出てきた言葉は、本当に考え無しだった。
なにが「大丈夫」なんだか・・・
「うん、多分、大丈夫だよ」
「そう・・・」
会話が途切れてしまった。
僕は空を見上げて、会話を探す。寒いね、とか、お正月はどこか行くの?とか。
「お正月ーー」
と言いかけて、頭が真っ白になった。
手をそっと握られたまま、僕はなにもできなくて、握り返すこともできなくて、固まってしまった。
「ずっと傍にいてくれたから、もう大丈夫だよ」
柔らかい声で彼女が囁いた。
凍っていた僕の身体も、その声で溶かされた。
自然に笑いあっていた。
「お正月も、君に会いたい」
そんなこと、そんなこと――言うはずじゃなかった。
だけど、彼女は変わらず笑っていた。
新しい年には、新しい喜びが待っているんだろう。
だけどどうかこのときめき、ずっとずっと消えないで。