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コドモ+オトナ+ の無情

+情(プラス情)シリーズ第三弾はコドモ+オトナ+電車です。


まあ、自分でも関心するというか呆れるくらい、日々人間観察をしているなあと思います。


観察というより遭遇するから仕方ないのですが・・・


所は、東京は武蔵野の面影残る街中を走る私鉄内での出来事。


年の頃は小学高学年くらいの女子と40代と思われる母親が私の目の前に座っています。


座っているだけなら罪もないし、親子そっくりな容姿だと笑いもあるものです。


が、しかし、笑いとは程遠い存在な訳です。


その訳とは、この女子は車内で化粧をしてる。


おまけに母親はたまごサンドを食している。


親の顔を見てみたいという感情になることはあるが、


親子揃って目前に存在するとそれも無用な感情です。


車内はたまごサンドの匂いに満たされ、いやこうなると臭いが正しい。


まさしくこの生物たちには思いやりというものが心の隅にも存在しない。


無情というやつである。


まさに「人間」というには程遠い生物で、いわゆる心理的発達をしていない「ヒト」である。


ある認知神経科学者(脳科学者)は、このての「ヒト」を前頭連合野の障害とまで言い放っていました。


こういう時には、憤りや怒りは無駄である。


気の毒と思うのが賢明な人間の感情である。


コドモ+オトナ+電車+たまごサンド+化粧・・・


ああ、無情。


化粧惑星+たまごサンド≒猿の惑星




ともにお買い求めはお近くのコンビニでどうぞ。



酒気帯びの母親、9歳の娘に家まで運転させる
 [トロント 16日 ロイター] カナダ・オンタリオ州在住の女が飲酒後、9歳の娘に家まで車を運転させ..........≪続きを読む≫

オトナ + の激情

昨日のブログで朝日新聞東京本社の写真をアップして


昔々のオトナ + タクシーの激情を思い起こしました。



それは、昭和天皇が崩御されるかされないかの昭和末期かと記憶しております。


所は東京は中央区、夕方遅くに朝日新聞東京本社広告局広告整理部へ


広告原稿を送稿した帰りの出来事。


ちょっと疲れ気味の会社の先輩と私は会社までタクシーでワンメーターを利用した時のことでした。


行き先を運転手に告げるとどうやら不機嫌そうなご様子。


会社近くに到着すると運転手は、何と先輩が支払いで差し出した千円札を先輩に投げつけ


こう言ったのです。


「二度と乗るんじゃねーぞ!金はイラネー!」だそうです。


なんと乱暴な。


この運転手が元極道ならこの発言も有難く頂戴致しますが、恐らく素人さんでしょう。


こんな素人が多かったのが、いわゆるバブル経済の絶頂期です。


ちょっとアルコールが入っている私だったら、恐らくこの運転手の首を絞めていたはずです。


何度か絞めたことがあります、確か妄想で。


が、しかし、その必要はありません。


バブル経済崩壊後、この男は神によって首を絞められているはずですから・・・。


因果応報。


アーメン(その通りの意)







コドモ+ の同情 Episode2





コドモ プラス ○○でそう簡単に同情をしていけません。


以下は、私のコドモ+ Episode2です。


それは、中学校2年の初夏くらいからの出来事。


私は、東京は武蔵野の面影残る新興住宅地で新聞配達のアルバイトを始めました。


もちろん、お金が必要だったからです。


私は夕刊だけでしたが、私の友人は朝夕と配達をしている者もいました。



ある日、私が八百屋の店先に新聞を届けると


八百屋のおばちゃんがバナナを持って行きなさいと手渡してくれるのでした。


私は、少し躊躇するものの「あ、ありがとうございます」と素直に有難く戴きました。


おばちゃんの顔を見ると、何か私に対して気の毒そうな表情をしているように思えました。


いえ、気のせいかも知れません・・・。


コドモ+新聞配達+バナナ・・・


この組み合わせを一見すると同情の念は拭えません。


私の友人は、クリスマスシーズン、朝刊配達時にある配達先の方から毛糸の靴下を戴いたそうです。


コドモ+新聞配達+クリスマス+毛糸の靴下・・・


この組み合わせ、邦画のワンシーンに使って欲しい光景です。。


その頃、私の友人には4人ほど新聞少年がいました。


友人4人って、ちょっと比率として多いと思いませんか?


そう、私達の家庭は決して資産家ではありませんでしたが、


新聞配達をしなければならない経済環境にはありませんでした。


お金が必要と言ったのは、私達がお小遣いとしてお金が必要だったのです。


当時、私達の周りでは新聞配達がちょっとしたブームみたいなものでした。


さらに高給が稼げるのが、新聞の拡張でした。


私達中学生が一般家庭を訪問して「新聞を購読して戴けませんか?3ヶ月だけでも結構です」と


洗濯洗剤をちょっと多めに抱えていたら・・・・そう簡単には門前払いにも出来ません。


約30から時には50パーセントの割合で購読して頂けたように記憶しています。


営業成績で3割以上なんて優秀な中学生営業マンは、メジャーリーグのスラッガー並みです。


確か、当時、朝日新聞の専売所が一番稼げました。


もちろん、私は朝日でした。


友人に一人、毎日の者がいましたが、私達より薄給でした。


サンケイはさらに安いです。


この辺は、現在の新聞社の勢力図と変化はありません。



その頃、親から小遣いは貰っていなかったのではないかと記憶しています。


だって、生活費以外では、オヤジやオフクロよりも高額な小遣いを使えたはずですから。



そして、私達も中学三年生になるとちゃんと受験勉強をして殆どが公立高校へ進学しました。


なんて、親孝行なことでしょう。


これで、それ以後に繰り返される親不孝は帳消しにして下さい。