山本 真弓です。

 

 

3か月ぶりにこのシリーズの続きを書きます!www

 

 

いつもブログの記事別アクセス数というのが出るのだけど

最近、この話が意外と読まれてまして!(なんでだ!w)

 

 

あれ?続き書いてないかも!

と今さら気づき、もしやこれは

宇宙からの「この話の続きを書きなさい」

というおぼしめしかもしれぬ!

 

と思ったので、急ですが書きますね!(意味わからんw)

 

 

 

 

ということで私の臨任講師時代シリーズの続きです!

 

 

 

そうそう、私、正式な教師になるまでに

7回採用試験受けてるんです!

 

 

当時は超就職氷河期で教師も超狭き門で

倍率10倍とかだったのよーー!!!

(受かった時は8人/128人ぐらいでした)

 

 

 

でね、今日はその採用試験ラスト2年の話を。

 

 

 

講師として最後に赴任した高校には

2年間、在籍していたのですが

 

最初の1年がまじでやばかった!!

 

 

 

というのも、私、ものすごく

事務的な仕事が苦手で

気を付けていても

どうしても何か失敗してしまうんですよね…


 

 

授業や学級担任とは別に、

「校務分掌」といって

教務課、進路指導課、教育相談課、情報課など

各教員にいろんな業務が

割り当てられているのだけど

 

 

初年度に配属された部署が

とにかく事務仕事が多い部署で

 

 

その課の作業が煩雑すぎて

若かった私はけっこう

やらかしてしまうことが多くて。

 

 

 

そのたびに、同じ部署の先生に

怒られまくってたの。

嫌味もいーっぱい言われてね。

もうストレスがハンパなかった泣き笑い

 

 

 

もうね、思い出すと胃が痛くなるくらいなので

あまり詳細は書きたくないんだけど

毎日、その先生に何か言われるのが嫌すぎて

憂鬱すぎて、ビクビクしながら

仕事をしていたんです。

 

 

 

で、その頃、そんな私にも

唯一味方になってくれる方がいて

 

同じ部活の顧問の先生が

私の話を親身になって聞いてくれていました。

 

 

 

その先輩は

私より10才くらい年上の女性の先生で

同じ国語科で同じ部活の顧問で

関わりが多い先生だったのだけど、

 

も~めちゃくちゃ優しくて

私にとっては女神のような先生でした。

 

 

 

私が撃沈してシューンとなっていたら

「大丈夫?話聞くよ」

と言って下さって、

 

 

 

部活が終わった後

校内にある暗い小部屋で(笑)

よく話を聞いてくれました。

 

 

 

いろんな業務がたくさん残ってるにも関わらず

すごく忙しいにも関わらず

私のために時間を割いてくださって。

 

 

 

その年に受けた6回目の採用試験がまた不合格で、

 

「もうダメかも…」

「もう教師なんて向いてない…」

 

 

 

そんな風に落ち込む私のことも

「先生なら大丈夫!!」

「先生のおかげでいつもすごく助かってるよ!!」

 

と、温かく励ましてくれました。

 

 

 

 

丁寧なお手紙もたくさん下さって。

もうね、その先輩がいなかったら私、

絶対教師になってなかったと思う。

 

 

 

その高校では

念願の吹奏楽部の副顧問として

その先輩や生徒たちと一緒に

いろんなイベントで演奏したり

 

 

演奏会の舞台にも立たせてもらったりして

部活は本当に楽しかったし、

生徒たちもすごく慕ってくれて充実していた。

 

もう20年前!!!

 

 

なので、辛い中でも

なんとかやってこられたんだと思う。

 

 

 

 

 

そして、翌年も延長で

その高校で講師ができることになり

部活も継続できることに。

 

 

 

2年目は配属替えがあって

あの嫌味な先生とも離れ

今度はめっちゃ平和な部署に!!

 

 

 

ここも、業務としては

めちゃくちゃ忙しかったんだけど、

心理的なストレスがないので(笑)

すごくやりやすかった!

先生たちもみんないい人でおねがい

 

 

 

なので、わりと気分もよく、

学校帰りに図書館に寄って

9時頃まで教員採用試験の勉強をして帰るのが

日課になっていました。

 

 

 

もう、高校時代より勉強したかも!w

ってぐらいガリ勉で

毎日頑張りました。

 

 

 

そして迎えた7回目の採用試験で

ようやく合格!!!!

 

 

 

家で合格通知を受け取ったとき、

封筒を開けて、

「教諭」という文字を見た瞬間、

それまでの苦労を思い出して

涙が止まりませんでした泣き笑い泣き笑い泣き笑い

 

 

 

 

でね、合格を一番最初に伝えたのが

あの、勇気づけてくれた大好きな先輩なんです!!

 

 

 

先生に電話をかけたら、

私の声ですぐ「合格したんだろうな」

と分かってくれたみたいで(笑)

 

 

 

先生も電話越しで泣きながら

「良かったね…本当に良かったねぇ…」

と、まるで家族のように

一緒に喜んでくれました。

 

 

 

っていうか家族より先に

報告したくなるほど

いつも応援してくださってたので

もう、真っ先に顔が浮かんだんですよね。

 

 

 

6年間落ち続けて

もう、私は夢が叶わないんじゃないか?

もう、教師なんて無理なのかも…

と何度も諦めかけていた私。

 

 

 

望んでも望んでも

なかなか夢に届かなくて、

そんな風にやさぐれたこともしょっちゅうでした。

 

 

 

でも、落ち込んだり、

自信がなくなったりするたびに

先輩が勇気づけてくれたおかげで

7年越しの夢を叶えることができたんです。

 

 

 

中学・高校の国語枠で採用されたので

まさか特別支援学校に配属されるとは

その時は夢にも思ってなかったのですが

(またここで自信が打ち砕かれるのだけどw)

 

 

 

あのとき先輩との出会いがなければ

教師になることを

とっくにあきらめていたかもしれません。

 

 

 

私にとってすごく憧れの先輩で

私も後輩ができたら

こんな風に話を聞いてあげられる人になりたい。

 

 

そんな風に思わせてくれました。

 

 

 

でね、実はその先輩とは

教師になってからは

たまに連絡を取るぐらいだったのだけど

 

 

教師を辞めて

私が勇気づけ講座を初めて

1年ほど経ったころ

 

 

なんと!!突然、

私の講座を受けに来てくださって!!

 

 

 

あの頃私が勇気づけてもらってたのに

今度は私が先生を勇気づけて

勇気づけを伝授してるなんて

あの頃誰が想像したことか…(´艸`*)

 

image

当時(2019年)

 

 

「真弓先生の過去を知っている分、

思考が人を変えるということを

身をもって体感しました!」

 

って言ってくださって

私も変化をお見せできて本当にうれしかった。

 

 

 

放課後、暗い小部屋で

グチグチメソメソしていた私が

「人には無限の可能性があるんですキラキラ

とか言うようになってて

 

 

そりゃ、びっくりですよね!

 

 

 

その先輩とはその後またお会いするようになり

今も仲良くさせてもらっています。

 

 

たくさん助けてもらった分、

今度は私が恩返ししていきたいと思ってます。

 

 

そう思うと

大切な人とのご縁ってすごいですよね。

 

 

 

そんなわけで

私が教師になるまでのお話でした。

 

 

 

特別支援学校時代のお話も

またいつか書きますね!

 

 

 

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