昔、新米ママだった頃の私は
「ちゃんとさせなきゃ」
「いい子に育てなきゃ」
と、すごく力が入っていました。
私は、教育のプロだもの…
子育ても、うまくできるはず。
子どもを理解できるママになる。
子どもを傷つけないママになる。
そう思いながら、
実際の子育ては
子どもをコントロールして
自分が正しいと思う方へ
動かそうとしていました。
ダラダラしているとイラっとして
何度も注意したり、
できないことがあると
必死になって練習させたり…
宿題しない
習い事の練習しない
人の話を聞かない
時間に遅れる
偏食がひどい
ダメなところばかりが目につき、
「なんとかしなきゃ」と焦り、
毎日のように怒っていました。
今でもあの頃の辛さを思い出すと
胸がキュッとなります。
でも、その時はその時で
一生懸命育児しようと頑張ってたんだな…
と、今ならそう思えます。
それも、母の愛ゆえだと思うから。
でも、私も、子どもも
どちらも息苦しくて、
頑張ってるのに幸せじゃない。
昔の私は、そんな風に
頑張りすぎて
空回りばかりしていた気がします。
でも、今は違います。
全然「ちゃんと」できてないけど、
そんな子どもや自分を
ダメだなぁ、と否定しなくなりました。
ちゃんとしてなくても、
不完全でも、
周りと違ってても、
この子の人生、なんとかなる。
そんな風に、子どもの人生の
流れを信じて見守れるようになりました。
そして、私が先回りしなくても、
自分で乗り越えていく力があると
分かったのです。
「『この子はできる』と信じる」
というよりも、
「できてもできなくても
この子は大丈夫」
と信じること。
できないことがあっても、
それを乗り越える過程でしか
学べないことがある。
不本意なことが起きても、
それを乗り越える力を
この子はすでに持っている。
今までは、
「私がなんとかしてあげなくちゃ
この子は大変なことになる!」
と思う気持ちが強かったけれど、
子どもの人生に起こる出来事は
子どものものなんだと
感じるようになりました。
きっとそれぞれに、
その子なりの流れがあって、
その中で経験しながら
進んでいくものなんだな、と。
だからこそ、
その道のりを無理に変えようとするのではなく、
そっと見守ることも大切なんだなと
今は思っています。
そんな風に、
今は、「どうなっても大丈夫」
という前提で子どもを見ています。
うまくいくときも、いかないときも
それも含めて、その子の人生の流れの一部。
親がなんとかしなくても、
ちゃんと、その子なりに
変化していきます。
「信じて見守ること」
ずっと、私が大事にしてきた
子育ての理想の形であり
親としてのあり方です。
あの頃の私には、そのことが
頭では分かっていても
あまり腑に落ちていなかったけど、
今はこの視点で
子どもと関わる日々を過ごしています。
最近は、こういう視点で
誰かの話をゆっくり聞く時間もいいなと感じています。
必要なことはちゃんと
その人の中にあって、
それが少し見えやすくなるような時間。
またタイミングを見て、
形にしていけたらと思っています。
子育てや日常の中で、「自分に戻ること」を大切にしています
本音に戻るメルマガ
ご提供中の講座案内
個人セッション(リピーター限定)
講演・研修について
お客様の声
note「障害児ママの宇宙的子育て論」
プロフィール
お問い合わせ・ご依頼はこちら⇒お問合せフォーム



























