男は思い立った。どこかにあると言われる国境を目指してみよう。
男の街に、国境を見たものは誰もいなかった。
国境を見てみたい。男は早速荷物をまとめ出発した。
すすめや、すすめ。国境へ。
最初の街に着いた。男は髪の長い女に聞いた。
「ここに国境はありますか。」
「いいえ、国境はもっと先です。私たちはあなたを音楽で歓迎します。」
ムジカという小さな街だという。
広場では老若男女が集まり、見たことのない楽器で、聞いたことのない音楽を奏でていた。
知らない音楽だが、楽しい音楽だった。
音楽は夜遅くまで続いた。焚き火の炎は夜空を赤く染めていた。
「しかし国境はどこだ。」
男は出発した。
すすめや、すすめ。国境へ。
次の街に着いた。男は杖をついた老爺に聞いた。
「ここに国境はありますか。」
「いいえ、国境はもっと先です。私たちはあなたを食事で歓迎します。」
メラという川沿いの街だという。
夕方、通りには方々の家からいい香りが漂っていた。
知らない香りだが、愛情のこもった料理であることはわかった。
「星のかけら」というスープは、食べたことのない、優しい味がした。
「しかし国境はどこだ。」
男は出発した。
すすめや、すすめ。国境へ。
次の街に着いた。男は、長靴を履いた猫に聞いた。
「ここに国境はありますか。」
「いいえ、国境はもっと先です。私たちはあなたを言葉で歓迎します。」
ロゴスという港町だという。
猿の言葉や、羽虫の言葉、海の生き物言葉、さまざまな言葉が行き交っていた。
猫は人間の言葉を勉強したという。
猫が朗読してくれた詩は、ところどころ意味が取れなくとも、勇敢な詩であることはわかった。
「言葉なんて、形式的なものですけど。」と猫は言った。
「しかし国境はどこだ。」
男は出発した。
すすめや、すすめ。国境へ。
次の街に着いた。それはそれは大きく、高く広がる壁の前に、集落があった。
男は、片目のない少年に聞いた。
「ここに国境はありますか。」
「今、目の前に見えている壁が、国境ですよ。」
ボルデルという、国境を越える人の宿場町だという。
広い道の両脇に、ボロ屋が点々とたっている。
街は寂しい空気で、壁は重々しく、思っていた国境と違った。
国境について何も知らなかった男は、勝手な想像をしていた。
「国境を越えて戻ってきた人は誰もいません。」
「国境の向こうには何があるのか。」
「とてつもない幸福か、あるいは戻れない仕組みがあると言われています。」
男は怖くなった。
国境は見た。しかし越える勇気はなかった。
男は音楽が恋しくなった。
温かい食事と、不思議な言葉にもう一度触れたくなった。
男はボルデルを、出発した。
「そういえば、俺の街には名前がないのか。戻って、街に名前をつけよう。」