不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~ -31ページ目

不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~

子どもの中には、人生の道しるべとなる内なる教師がいます。
本来持っている生命力を取り戻し、子どもが内なる教師の声を聞き、力を発揮できるようサポートしていきましょう。
不登校や病気などの試練は、とても素晴らしい贈り物になり得ます。

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

突然ですが自由ってなんでしょう?

 

 

 

制限がないことかな?

 

自分で選べることかな?

 

自分で決められることかな?

 

 

 

 

不登校の子どもと「自由」って

 

とても密接に関わっていると思います。

 

 

 

不登校の子どもは、確かに自由です。

 

 

 

決められた時間に学校に行って

 

決められた授業を受けることがないのですから。

 

 

1日を自分の好きなように使えます。

 

確かに自由です。

 

 

 

 

我が家は、

 

息子が自分の生活のことを

 

自分で考えて、自分で決めて、

 

そこから体験を通して学んでほしいと思っています。

 

 

 

ですから、息子の生活は基本

 

自由です。

 

 

 

家族が気持ちよく生活できるように

 

お願いしていることはいくつかありますが、

 

基本は自由です。

 

 

 

 

昼夜逆転しようが

 

食事が1日2食であろうが

 

勉強しなくても

 

学校にいかなくても。。。

 

 

 

自分で考えて進んでいけばいいのだと思っています。

 

 

ですが、放任ではないのです。

 

 

 

息子が困っていたり、話したいことがあれば

 

一生懸命聴こうとしています。

 

 

息子が気持ちや考えを

 

沢山話せるといいな~って思っています。

 

 

 

 

何かをお願いされたり、相談されれば

 

一緒に解決しようとしたり

 

手伝えることがあれば、金銭面含めて

 

出来る範囲ではありますが、

 

力になろうと思っています。

 

 

 

 

 

ところで…

 

 

自由とはなんでしょう?

 

 

 

先日モンテッソーリの著書を読んでいると

 

次のような文章が目に入ってきました。

 

 

 

精神発達過程の中で特別重要なのが自由選択です。

自分の必要性と精神面を発達させる必要性をよく承知している子供だけが本当の意味で自由に選択すると言えます。

あらゆる外的刺激が同時に子供をひきつけて、意志力が無いために、休みなくあれこれと手を出しては又、次の物に移っていくのでは自由選択とは言えません。

 

                モンテッソーリ著『創造する子供』

 

 

 

幼児期の子どもにとって、

 

ただ楽しそうだから、刺激的だからと

 

反応することは、自由選択ではないと言っています。

 

 

 

自分が本当に求めているものを選べることが自由。

 

 

 

自分が本当に求めているものとは、

 

自分にとって必要なもので、

 

自分自身を成長させてくれるものです。

 

 

 

ただただ、楽しそうだからって

 

その刺激に流されてやることとは違うのだそうです。

 

 

 

そして、自分が本当に求めているものを選び

 

身体を使って体験していくと

 

子どもの精神面がのびのびと発達していきます。

 

 

 

逸脱していた色々な状態、

 

例えば、暴力性、無気力、依存心、現実逃避…

 

 

こういった状態は消えてしまい、

 

本来のまっすぐで純粋で

 

優しくて、勤勉な子どもの姿が現れてくるそうです。

 

 

 

 

モンテッソーリはここでは幼児のことを書いていますが、

 

これ、小学生でも中学生でも…大人でも…

 

当てはまりませんか?

 

 

 

 

本当に自分が好きでやりたいことを見つけたら

 

そしてそれに熱中できたら

 

そしてそして、実績を積んだり、世界が広がったりして

 

自信がついたら。。。

 

 

 

 

劣等感だとか、依存心、自信のなさ…

 

そういった自分を否定していたことが

 

うそのように消えて、生き生きし始めませんか?

 

 

 

 

不登校の子どもが本当の意味で

 

自由になれるといいな~と思います。

 

 

 

自己否定する気持ちから解放されて

 

生き生きと自分の道を歩んでほしい。

 

 

 

恐怖心や、不安から解放されて

 

のびのびと幸せに生きてほしい。

 

 

 

そのためには、

 

モンテッソーリが言うような

 

自由選択できることが必要になると思うのです。

 

 

 

 

幼児期だったら、子どもの様子を観察しながら

 

子どもが何を求めているのかを見つけて

 

環境を用意し、根気よく紹介していけばいいこと。

 

 

 

 

ですが、

 

不登校初期に信頼関係が崩れてしまっていたり、

 

パワーが放電状態の子どもに

 

そして思春期に差し掛かる子どもに

 

親の提案は響きません。

 

 

 

 

 

むしろ、

 

「また、私を動かそうとしてる!」

 

「親の言うことなんて信頼できない!」

 

「うるさーーーい!!」

 

と、さらなる関係悪化の道へまっしぐら。。。

 

 

 

 

 

ですので、親子の関係を改善しつつ、

 

子どもが自分で本当にやりたいことを

 

見つけられるように

 

関わることが、早道だと思います。

 

 

 

 

親が子どもに新しい体験を提案しなくても、

 

子どもが親に思いや考えを話せるようになることで、

 

自分で見つけることもできると思います。

 

 

 

 

子どもが自分でも見つけられるように

 

色々と制限しない方がいいですよね。

 

 

とくにネットや電子機器ですよね。

 

 

 

不登校の子どもにとって

 

YouTubeがどれだけ情報源になっているか。。。

 

 


 

それと同時に

 

子どもの話を聴ける親

 

になっておくといいですね。

 

 

 

 

子どもが自分の考えや気持ち、思いなどを

 

話したいと思える親です。

 

 

 

それはどんな親でしょうか?

 

 

 

反対の立場になってみればわかります。

 

 

 

 

自分の話を否定しないで聴いてくれる。

 

自分のことをジャッジしないで聴いてくれる。

 

柔軟に、冷静に聴いてくれる。(感情的に怒らない!)

 

自分の話に一喜一憂しない。

 

変な期待をしない。

 

反対にがっかりもしない。

 

優しそうな雰囲気。

 

受け入れてくれる。

 

 

・・・

 

 

たとえ関係が一度悪くなったとしても

 

親が自分自身を変えて

 

こんな親になっていったら

 

話を聴いてほしいって思うだろうな~。

 

 

 

 

そのためには、

 

親自身も自由でいることって大切ではないでしょうか?

 

 

 

なぜならば、親が自由であれば、

 

子どものことを

 

別の人格をもった人間であり

 

子ども自身が自由であることを

 

受け入れることができると思うから。。。

 

 

 

 

 

親自身が自己否定する気持ちから解放されて

 

恐怖心や、不安や、依存や、世間体などから離れて

 

本当の自分を大切にしていく。

 

 

 

そして、自分が本当に求めていることを見つけて

 

挑戦しながら、成長を止めないで生きていく。

 

 

 

 

自由な親と、自由な子ども。

 

 

 

 

お互いを認め合いながら

 

信頼しあいながら、

 

尊重しあいながら、

 

生きていけたらいいですよね。

 

 

 

 

不登校の子どもが

 

これからの人生を歩んでいく中で

 

心強い基地となるのではないかな。

 

 

 

そんな家庭にしていきたいですね。

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教育のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

不登校とゲームってなんだかセットで語れそうなほど

 

密接に関わっているような印象を受けます。

 

 

 

もちろん、不登校だとしても

 

ゲームをしない子どももいると思います。

 

 

 

私は、ゲームが苦手で

 

ゲームをすると心臓がどきどきしたりします。

 

 

ときどきやるときも、エイヤーって気合を入れるほど。

 

 

 

あっっ、

 

ですが、パズル系のスマホゲームは好きですね。

 

テトリスのように

 

形をピッタリと当てはめれば、

 

ブロックが消えるようなゲームです。

 

 

 

A型だからなのでしょうか?

 

ピッタリ感や、すっきり感が満たされて

 

癒されます(笑)

 

 

 

話がズレていきました。。。(´-ω-`;)ゞ

 

 

 

 

不登校の子どもが

 

 

1日中ゲームをしている話をよく聞きますし、

 

 

それを不安に思ったり、心配している親が多いことも

 

 

よく聞きます。

 

 

 

 

 

ゲームだったら何時間でもできるっていう

 

お子さんも多いのかもしれませんね。

 

 

 

そのゲーム、自律学習の入り口になるかもしれません。

 

 

 

 

 

自律学習とは、

 

主体的に学習することですが、

 

教科の学習にとどまらず

 

いろんなものから学ぶこと、

 

それを他のことにも生かしていくことだと

 

私は思っています。

 

 

 

つまり、生活の色々なところから

 

興味をもったことについて

 

学んでいくことだし、

 

学んだことを生かしていくこと

 

なのではないかな~と思っています。

 

 

 

 

ゲームは不登校の子どもにとっての

 

 

自律学習の入り口になるということです。

 

 

 

 

 

不登校になった子どもは

 

もうすでに疲れ切っている場合が多いと思います。

 

 

悲しいことですが。。。

 

 

 

 

不登校になる前にはすでに

 

心のストレスの糸がピンと張りつめた状態。

 

 

 

何かの拍子でその糸が切れてしまい

 

不登校になった。。。

 

 

 

そういうケースが多いのではないかと思います。

 

 

 

もちろん、そうではないケースもあります。

 

 

既に家庭が子どもにとっての安全基地になっている場合、

 

子どもが

 

「学校は合いそうもないから行かない」

 

ことを決めたときに、

 

子どもに判断を任せることが自然とできたとしたら、

 

きっと子どもの糸は張りつめて切れたりはしていないと思います。

 

 

 

他の場合もあるかもしれません。。。

 

 

 

 

ですが、張りつめて切れてしまった場合。。。

 

お子さんのパワーは電池切れです。

 

 

 

 

何もする気力がわかない状態かもしれません。

 

 

 

学校はおろか、

 

勉強も、外出も、親と話すこともしないかもしれません。

 

 

 

 

 

テレビ、ゲーム、YouTube以外は何もしたくない。。。。

 

 

 

であるがゆえに、

 

 

1日中、テレビか、ゲームか、YouTube

 

 

をすることになる。

 

 

 

こう見てみると、ごく自然な流れですね。

 

 

 

 

テレビは電源を入れて、チャンネルを切り替えるだけ。

 

もしくは、番組を調べて録画して観るだけ。

 

 

 

YouTubeは、興味のある番組を選んで観るだけ。

 

テレビよりも、

自分の感性に近いものが見つかりやすいかもしれません。

 

 

 

 

テレビもYouTubeも、

 

どちらかというと受動的です。

 

 

 

していることは、観るだけといえば、それだけですよね。

 

 

 

 

いや、テレビもYouTubeも能動的に使うこともできます。

 

 

 

それは、何かを調べるために検索して、

 

ちょうどいいチャンネルを見つけて

 

そこから学び、生かすとということ。

 

 

 

あれ?

 

これって自律学習ではないかしら???

 

 

 

そうなんですよ。自律学習なんですよ。

 

 

 

そして、YouTubeで何を調べて、学んで

 

自分に役立てているかというと、

 

ゲームなんですよね。

 

 

 

私はゲームが苦手ですので、

 

私自身はゲームの知識なんてほとんどありません。

 

 

 

でも周りにはゲーム好きが結構いますし、

 

ゲーム好きの子どもたちを見ていて思うんです。

 

 

 

ゲームの腕を上げるために、

 

知識も技術も精神力も

 

どれもこれも必要なんだなって。

 

 

 

 

我が家の息子はフォートナイトという

 

シューティングゲームをよくしています。

 

 

殺し合いの結果、生き残ることを目指したゲームです( ´∀`)

 

 

 

やるに当たって、

 

武器の知識などが必要になります。

 

 

息子は、各武器の特徴を事細かに記憶しています。

 

私にはよくわかりませんが、

相手のどこの場所に弾が当たったかで

ダメージの値が変わるそうですが、

そういう数値も覚えているようです。

 

調べることに使っているのは、もっぱらYouTubeです。

 

 

戦い方なども、研究に余念がありません。

 

 

好きなプロの選手のYouTubeで研究したり、

 

それを習得するために、

 

フォートナイトのクリエイティブモードで練習場を作って

 

練習していました。

 

 

 

立ち回り方も、研究しており、

 

4人チームのとき、

 

2人チームのとき、

 

ソロのときなど

 

それぞれ自分なりの理論があるようです。

 

 

 

学習内容は、教科の勉強ではありません。

 

 

役に立つ範囲も、今は小さいかもしれません。

 

 

 

ですが、自律学習であることには変わりありませんね。

 

 

 

これが一体何を意味するか。。。。???

 

 

 

 

教えてもらったり、テキストからの学びではなくて

 

自分が興味を持ったことについて

 

主体的に学ぶことを覚えます。

 

 

 

学習の仕方を学ぶんです。

 

 

 

 

大人にとっては基本的なことかもしれません。

 

 

 

 

私は以前ソフト開発をしていたのですが、

 

プログラミングするときに分からないことがあれば

 

まずはネット検索していました。

 

 

 

それで、もっと体系的に学びたければ

 

本を読んだり、セミナーを受けたりしていました。

 

 

 

でも、一番よく使ったのはネットです。

 

 

 

今は、YouTubeもありますから、

 

先生となってくれるものの、

 

選択肢が増えているということです。

 

 

 

 

 

 

入社して、初めての部長面接で言われたことは

 

 

 

「大切なのは、何を学んできたのかではない。

 

どうやって学んできたか、だ。」

 

 

 

なんだか、名言っぽいですね!

 

 

 

 

 

 

人生100年時代。

 

 

世界が急速に変化している現代は、

 

大人になってからも学び続ける時代です。

 

 

 

それに、これからはAIが活躍するような時代になるかもしれません。

 

 

 

知識を詰め込んだとしても

 

それは、AIに聞けばすぐに

 

答えてくれるようになるのかもしれません。

 

 

 

 

 

もちろん、知識があるという前提で

 

新しいことを考えたり、発展させていくことが

 

必要になることはあると思います。

 

 

 

ですが、それにも

 

調べる力や、考える力、そして生かす力が必要です。

 

 

(コミュニケーション能力とかも…かな?)

 

 

 

 

それがなければ、

 

急速に変化していく世界で

 

新しいものを生み出したり、

 

それを即座に生かしながら発展させていくことが

 

難しくなるのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

ですから、知りたいと思ったことを

 

調べて、考えて、生かす、

 

そしてそれを繰り返して洗練させていく、

 

そういう学び方を身につけていくことって

 

結構、いや、かなり大事なのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

 

そういう大事なことを学べるのが

 

 

ゲーム×YouTube 

 

 

なんです。

 

 

 

 

 

 

そして…

 

子どもがゲームとYouTubeから学ぶために必要なことは

 

 

親が

 

ゲームもYouTubeも制限を掛けない、

 

ということです。

 

 

 

 

 

時間などの制限をかけていると、

 

じっくり調べたり、学んでいくことはしなくなると思います。

 

 

 

とにかくゲームやらなくちゃ!

 

とにかく好きなユーチューバーの動画をみなくちゃ!

 

 

 

少ない時間で、

 

最大限に楽しまないといけないですからね。

 

 

 

そして、ゲームやYouTubeをしていない時間も

 

頭の中でゲームの世界に浸ってる。。。

 

 

頭も心もゲームのことでいっぱいです。

 

 

きっと。

 

 

 

 

 

 

だから、ゲームやYouTubeの時間制限などは

 

止めた方がいいとは、私は思いますね。

 

 

もったいないですからね。

 

 

 

 

 

ですが、制限をなくすとどうなるか。。。。

 

 

1日中ゲームやYouTubeをすることになりますね。

 

 

 

我が家の息子もゲーム1日10時間している時期、ありました。

 

 

 

そんな時期が半年くらい。

 

 

パワーが底をつきそうな不登校初期は

 

ゲームをひたすらして、

 

ゲームをすることで自律学習をし、

 

PCの自作や、動画編集へとつなげていきました。

 

 

 

いつの間にか、ゲームの時間がほとんどなくなり

 

 

本を読んだり、勉強したり、身体を動かしたりするようになりました。

 

 

 

 

 

 

パワーってどうやってたまっていくと思いますか?

 

 

 

好きなことをやることでたまるんです。

 

 

もちろん、親からの無償の愛や

 

安全な場所にいる安心感も必要だと思います。

 

 

 

ですが、好きなことを楽しんでできないと

 

パワーってたまっていかないんですよね。

 

 

私はそう思います。

 

 

 

 

ですから、ゲームってすごいんです。

 

 

ゲームをすることで自律学習&パワー充電ができるんですよ。

 

 

 

 

ある程度パワーがたまったら、

 

興味は別のところへ移っていくのじゃないかと思います。

 

 

 

ゲームと別の新しいことを

 

行ったり来たりしながら、

 

世界を広げていく。

 

 

 

そして、そうやって世界を広げていけば

 

大好きでドはまりするようなものに

 

出会える確率も高くなっていくと思います。

 

 

 

 

大好きでドはまりするものは、

 

その子の才能である場合もあります。

 

 

 

 

その才能を伸ばして、

 

自信をつけていけば

 

社会にだって飛び出していきますよ、きっと。

 

 

 

 

 

 

もちろん、不安に感じたり、心配になったりもします。

 

 

ですが、その感情に向き合って

 

その度に昇華していけばいいだけです。

 

 

 

そうすれば、今の子どものことを

 

そのままで十分素晴らしいのだって

 

思いながら、子どもと接することができますね。

 

 

 

その思いは、必ず子どもには伝わります。

 

 

 

認めてもらえている子どもは

 

ゲームにのめり込むようなことはないではないかな。。。

 

 

一時的にのめり込んでいるように思えるかもしれませんが

 

それは一時的です。

 

 

 

次第に、自分にとって丁度いい

 

ゲームとのつきあい方も学んでいくと思いまs。

 

 

 

 

ゲームもYouTubeも使いよう。

 

 

自律学習や、

 

子どもの元気の素になる可能性に

 

あふれています。

 

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

子どもが不登校で家にいると

 

それを心配する親戚一同(笑)

 

 

 

色々とアドバイスされたり

 

ときには傷つくような言葉を言われ

 

悲しくなったり、悔しくなったり

 

したことありませんか?

 

 

 

 

我が家もそんなときがあります。

 

 

 

それは先ほどのこと。

 

 

 

 

同居の義母が

 

市の教育委員会からの通知書をもって

 

私たちの居住スペースにやってきました。

 

 

 

「教育委員会から手紙が届いたわよ。」

 

 

「〇〇ちゃん(息子の名前)が学校に行ってないから

 

督促状が来たんだわ」 (←督促状ってwww) 

 

 

と焦っている様子。

 

 

 

受け取って中身をみると

 

中学校の入学通知書です。

 

 

 

それを伝えると、

 

「中学はどこか別のところに通うんじゃなかったっけ?」

 

と心配していたので

 

 

「N中だけど、家で受けるからどこにも通わないよ。」

 

「中学校の校長先生にもOKもらったよ。」

 

と伝えました。

 

 

 

 

そうすると、いつも通りのやりとりが始まりました。

 

 

 

「〇〇ちゃんは、一人っ子だし、お友達とのやりとりがないと

 

社会性が育たないじゃない?」

 

 

「なんで子どものことちゃんと考えてあげないの?」

 

 

 

通常運転ですね(・´ω`・)

 

 

 

 

 

こういうことを言っちゃうんです、我が義母は。。。

 

 

 

 

 

ここで、反論したり、自分の意見を伝えても

 

徒労に終わります。

 

 

 

耳が遠いですし、

 

意見が違う人の考えを受け止めることが

 

できないようなのです。

 

 

 

 

まあ、普通はそうなりますかね。

 

 

 

孫の将来への心配も相まって、

 

なんとか相手に伝えないとって

 

言葉を選ぶ余裕も、気遣いもなくなっちゃうのかも。。。。

 

 

 

 

そんなときどうするかって、

 

私は何にもしません(笑)

 

 

 

何しても届かないし、意味ないですもん。

 

 

明日も、明後日も同じこと言ってきますよ、きっと。

 

 

 

 

確かに、一瞬イラっとしました。

 

 

 

「子どものことを考えていないってどういうこと?」

 

って思いましたが。。。。

 

 

 

 

息子のことをちゃんと考えていることは

 

自分でちゃんとわかっています。

 

 

 

十分か?って聞かれると

 

十分ではないかもしれませんが、

 

今の私では、精いっぱい考えています。

 

 

 

それは自分でもわかっているので

 

だれにどう思われても、

 

自分で認められるので大丈夫です。

 

 

 

 

 

社会性は確かに育ちにくいかもしれませんね。

 

 

でも、N中で先生とのやり取りはしますし、

 

友達もできるかもしれません。

 

 

 

通っている間に、外の世界に興味をもって

 

誰かと関わりをもちたいと思う日が来るかもしれない。

 

 

何か趣味のことから、どこかに通うことになるかもしれない。

 

 

 

 

本人がそういう気持ちになったときに

 

柔軟にサポートできるように

 

私は自分を成長させたり、

 

子どもとの関係を良くしていこうって考えています。

 

 

 

 

異年齢の大人や子どもたちと

 

交流できる機会ができたらいいな~とは思っていますが…

 

 

 

リアルでも、ネットでも、いろんな関係を築けるっていいですよね。

 

 

 

 

焦らず、本人のペースに合わせながらでいいと思います。

 

 

 

 

だってね。

 

 

私自身が、息子が不登校になってからの1年半で

 

ものすごく変わっているんです。

 

 

 

だから、息子が例えば5年後の17歳のときに

 

アルバイトなどを始めて

 

初めて社会の中に復帰したとしても

 

そこから自分を成長させていけばいいのですよ。

 

 

 

人生100年時代ですよ、子どもの世代は。。。

 

長いんです。

 

子どものときだけが、成長できるのではなくて

 

ずっと成長できるんですよ。

 

 

 

 

そのために今できることをしていけばいい。

 

 

 

例えば

 

自分の気持ちや考えを言葉にして伝える習慣。

 

そして、ちゃんと受け止めてもらえる習慣。

 

 

他の家族の話をしっかり聞く習慣。

 

 

家族で議論する習慣。

 

 

失敗など経験から自分で学び、変えていく習慣。

 

 

好きなことを思いっきりやっていくことで

実績をつくったり、認められたりして

自信をつけていくこと。

 

 

 

 

こういうことをしていったら

 

いざ社会に戻ったときに

 

なんとかなるんじゃない???

 

 

 

 

話がだいぶ逸れましたが。。。。

 

 

 

 

 

 

 

外野からの心ない言葉をもらったときにどうするか???

 

 

 

 

傷ついてもいいのです。

 

自分の気持ちをまずは受け止めてあげるといいと思います。

 

 

 

あ~、そんなこと言われて悲しいな~。

 

自信失っちゃうな~。

 

そんな風にみられていたんだ、悔しいな。

 

 

それだけで、少し気持ちが落ち着きますよね。

 

 

 

どこに感情が反応したのか、

 

細かいところに気づくと自分のことが見えてきます。

 

 

 

自分のことに気が付くと、

 

次回からはそこまで反応しないかもしれません。

(するかもしれません笑)

 

 

 

変えた方がいいところがあれば、

 

自分のどこを変えていけばいいのかも

 

わかってくるかもしれません。

 

 

気が付かないことには変えられませんしね。

 

 

 

 

私は義母の言葉の中で

 

 

「孫の将来が心配」

 

 

「息子のことをちゃんと考えてあげていない」

 

 

こういう言葉に感情が反応しました。

 

 

 

 

将来が心配なのはわかるけど、

 

出来ないことだってあるよ。

 

出来ないことをしろって言われることほど

 

キツイものはないよな~って思いました。

 

 

だって、どうしようもないじゃない?

 

 

 

あとは、

 

息子のことをめっちゃ考えているのに

 

どんだけ色々と学んで実践してきたと思ってるの?

 

 

全くわかってもらえていないんだって

 

悲しい気持ちがわいて来ました。

 

 

 

 

 

義母は、

 

「私がさせないから、息子はしない」って思っているかもしれないし、

 

 

そもそも色々話してもわかってもらえないからって

 

話していないので、私の努力を分かっていなくて当然かも。

 

 

 

 

義母も心配だから、

 

言葉づかいに気を付けるのも忘れっちゃったんだろうな。

 

 

言葉づかいって、日ごろから気を付けていないと

 

感情的になったときに、気を使っていられないですよね。

 

 

 

 

ここまで、考えると、まあ仕方がないか。

 

 

義母にどう思われていようが、

 

私も息子も今で十分素晴らしいですしね。

 

 

 

 

もちろん、

 

そうやって心配してくれることは

 

ありがたいです。

 

 

 

心配よりも世間体を気にして、

 

不登校だと恥ずかしいとか、

 

血が汚れるとか(泣)、

 

そんな風に思われていないですからね。

 

 

 

大切だから、心配って気持ちが伝わってくるのでね。

 

 

 

 

なので、言われたからって

 

聞き流しておきます(笑)

 

 

 

5分以内で解決する案件になったかな???

 

 

以前は、大変に思っていましたが。。。

 

 

義母との関係について、

もしよかったらこちらのブログをどうぞ♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

義母との関係で、一番効果があったのは

 

自己受容

 

だったかなと思います。

 

 

 

 

義母が求める母親像ではなくて

 

そのままの私で、自分がOKを出せたことが

 

とてもよかったと思います。

 

 

 

 

自己受容って

 

どうやってするの?って難しく感じていましたが

 

実はとても簡単なことです。

 

 

 

1つ1つ、

 

自分のことを「なんてダメなやつ」って思ったときに

 

 

「本当にダメ?」

 

「なんでダメだって思うんだろう?」

 

「別にダメじゃないんじゃない?」

 

「私は本当はどうしたいんだろう?」

 

「これが私じゃない?」

 

 

って自分を受け止めていけばいいだけだと思うんです。

 

 

感情を変えていく。それだけです。

 

 

 

多分。

 

 

 

 

周りのことは気にせずに

 

思いっきり自分を生きましょう!

 

 

 

そして子どもも

 

自分自身を思いっきり生きてもらいましょう!

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問いただきありがとうございます。




ブログにも書いたのですが、

昨日、公立中の入学説明会に

夫婦で参加してきました。
 

 

ブログはこちらです。よかったらどうぞ♡

すべてのものごとから学ぶ姿勢




余談ですが、説明会に夫婦で参加している家庭は

多分いませんでした、うちを除いては(笑)



子どもの面談や説明会は、

基本、夫婦で参加するようにしています。


1人で抱え込まないため。

場を共有しておきたいため。

夫がいると、いざというとき心強いため。。。



意識していないと、

 

どんどん1人で抱え込んでしまう私なのです。

 

 

幸い、夫も嫌がることなく

 

積極的に会社を休んでくれます(笑)

 


以上、余談でした‘`ィ(´∀`∩





公立中の校長先生をつかまえて


「3年間学校に行かないと思います。

籍だけ、置いていただきたいです。」


ということを、お伝えしました。




内心ドキドキ。

 

 

 

本当は電話でアポ取って

 

面談の日を設定してもらって。。。

 

そこで初めて切り出そうと思っていたのです。

 

 

 

こんな、ついでみたいに立ち話で

 

伝える話じゃないと思っていたので。。。

 

 

 

 

 

 

この場では、アポを取るだけでもいいかな

 

と思っていたのです。

 

 

 

ですが…

 


校長先生は

「わかりました。大丈夫ですよ〜。」

と言ってくださいました。



 

正直びっくりしましたね。

 

 

 

 

インターナショナルスクールや

一条校でないスクールに通うために

公立校に籍だけおくようにする場合

校長先生の判断にかかっています。

 

※一条校とは、法律で定められている学校のことです。

 

 

運動会は来てください、とか

1か月に1回は出席してください、とか

そういった条件が付くこともあるのです。

 

(実は、息子も一条校ではないので

小学校に籍だけ置いてもらっています)

 

 

菓子折りでももって

お願いしに行くほどのものだと思っていた

「籍だけ」依頼。

 

 

すんなりOKもらえるとは、びっくりです。

 

 

 

入学説明会で聞いたこの中学校の印象は、

 

勉強にとても力を入れている学校のようですし、

 

校則も生活態度もしっかりしているように感じました。

(制限が多いともいう笑)

 

 

不登校にはさぞ風当りが厳しいのだろうと

 

勝手に思っていました。

 

 

 

ですが、違ったようです。

 

 

中学生は、小学生よりも倍以上不登校の生徒が多いですし

 

校長先生も慣れているのかもしれませんね。

 

 

 

また、

 

一条校でないスクールに通うことと

 

不登校であることは

 

別にとらえられているのだとも思います。

 

 

 

 

でも、私は確実に時代は変わりつつあるのだと思いました。

 

 

 

 

不登校で家にいたとしても

 

本人にやる気さえあれば

 

インターネットを介して

 

学習ができる仕組みや

 

先生や他の生徒とつながる仕組みが、

 

今ではあるのです。

 

 

 

 

さらには、そこで学んだ際には

 

公立校と連動して出席扱いにしてもらえるような

 

仕組みも一部ではあるそうです。

 

 

 

不登校は、ホームスクーリングとなんら変わりない。

 

 

 

 

だから、不登校って言葉

 

なくていいですよね~( ๑ ╹ ◡ ╹ ๑ )

 

 

 

 

学校に行っていない子どもでも

 

自分の人生を好きなように楽しんで

 

生きることができる。

 

 

 

 

そういう環境が整いつつあるのかもしれない

 

と思いました。

 

 

 

多様性を認める合うような社会がいいと思います。

 

 

お互いがお互いを尊重しあい、

 

より発展していける社会。

 

 

 

 

そんな社会では、

 

学校に行って育った人も

 

学校に行かないで育った人も

 

お互いのいいところで貢献しあいながら

 

助け合いながら生きている。

 

 

 


 

子どもたち一人ひとりが

 

その大切な命を

 

最大限に発揮して

 

今と、それに続く未来を生きていってほしい。

 

 

 

 

未来は今の子どもたちが創っていくのですからね。

 




 

 

今、時代は急速に変わっていると思うので

 

大人が常識だと思っていることも

 

刻一刻と変わっていきます。

 

 

 

 

だから大人の常識に子どもを当てはめようとすると

 

時代から遠ざかっていくと思うのです。

 

 

 

そういった意味で、難しい時代ですよね。

 

 

 

現状維持をしていると、どんどん後退していくのですから。。。

 

 

 

 

そのことも忘れないように

 

 

親もどんどん楽しく幸せに

 

 

力を発揮しながら、貢献しあいながら

 

 

生きていきたいですね。

 

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 


 

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問いただきありがとうございます。





ビジネスと不登校対応の共通点。



ノウハウよりも


まずはマインドが大切だ、ということ。






すべてのものごとは


自分が引き起こしていることの結果に過ぎない。





そのような考え方をするようになると


色々なことが変わってくるかもしれません。



前回書いた記事はこちらです。
もしよかったら♡
不登校は起業家脳が育ちやすい?






何かがすでに起きてしまったときに


確かにそれを引き起こしたのは


自分かもしれません。





ですが、そこでこういう思考になったら


その先がうまくいかないかもしれません。




こういう思考です。↓↓↓



…だから、私って駄目なのね。

 



自分責めマインドです!!


いじけマインドです!!




このマインドにとどまると、どうなるか…


中々自分を変えるのは難しいかもしれませんね。





頭の中は思考のループに陥ってしまうかも。




そして、私がそのあとに陥るのは


「だから〇〇は苦手。嫌い。もういい!」





これがどんなマインドかというと


「〇〇が苦手で嫌い」だから出来なかった。


「だからもういい!」






結果を何かのせいにしている。。。





あれっ?おかしいな。



結果を自分で引き受けたはずなのに。。。







いつの間にか


「すべての結果を自分が引き起こしたことだと考える」


からずれている!





こんな矛盾が生じてくる可能性もありますね。





ですので、別の考え方もプラスすると


いいんじゃないかと思いました。
 




それは…


「すべてのものごとから学ぶ姿勢」


です。





何かが起きたときに


それは自分が引き起こしたことだと


結果を引き受けるとともに、



そこから何を学ぶことができるのか


考えてみるといいと思うのです。





例えば…



仲良くしていると思っていた人から


実は嫌われていたんじゃないかと気が付いたとき。。。




これはショックですよね。


何がいけなかったんだろうと


モヤモヤします。




だって、


明確に何か嫌なことをしたということではなく

(自分では全く気が付かずに、
 していたのかもしれません)


ありのままの自分で生きていて


仲良くしていたつもりだったのに


嫌われてしまったということは。。。




自分のどこかに、


他人を不快にする何かがあるのかもしれない。




きっと、あれもこれもダメだったに違いない。



自信を失ったり、


自分を責めたりしてしまうかもしれませんね。







ですが、この出来事から何かを学ぼうとしたら


無駄に自信を失ったり


無駄に自分を責めたりして


悩むこともなくなります。







悩まない上に


新しいことを学びながら


自分を成長させていくことができます。








例えば、

自分の言動に傲慢なところがあったのかもしれない。


自分を正しいと思いすぎていたり

だれかを批判するようなマインドだったのかもしれない。




だったら、自分のそういった言動に注意を払って

もう少しでも、他人の気持ちを想像して

寄り添えるように工夫しよう。


できるだけ、誠実であるようにしよう。


と、自分の言動を変えてみます。






また、こう考えてみるのもいいかもしれません。


自分の評価を他人に委ねていないか?と。


ありのままの自分でいれば

それを好きだと言ってくれる人もいれば

嫌いだという人もいる。



それは人間、多様性があるということに

他なりません。



自分が誰でも好きになるわけではないことと同様

相手も誰でも好きになるわけではない、という事実。





むしろ喜ばしいことなのでは???


だって、自分を出せているということだから、きっと。


自分らしく生きているってこと!


目指すは、突き抜ける力。



だったら、目標の1つ目をクリア!!





さらに、

自分を振り返るきっかけにしてみます。



自分も誰かを嫌いになるかもしれませんが

そんな人からも、すばらしいところを見つけて

好きになってみたいな。



いや、好きになるまでは難しいかもしれないけれど

ある一部分は尊敬するとか

その部分から学ばせてもらおう、とか

その程度でも十分ですよね。



そうやって生きている人って

なんだかいいな~って私は思います。



まずは、その嫌われているかもしれない人の

素晴らしいところを沢山みつけて

学ばせてもらおう。







そして、このすべてのものごとから学ぶ姿勢は


日常で起きる色々なことに応用していけますね。






批判マインドではなくて、


学ぶ姿勢。







めっちゃ余談ですが、

今日息子が入学予定の中学校の説明会に行ってきました。
(登校予定ではない笑)


正直、刑務所か!っと思ってしまいました…ごめんなさい。




制服指定、ツーブロック禁止、染髪禁止。


スマホ、ゲーム機、漫画、お菓子など…

学校に必要なもの以外持ち込み禁止。



8時間から9時間は睡眠するようにし、

PCやゲーム、スマホの時間を減らすこと。


朝食は必ず食べること。





でも、これって「普通」なことなんですよね、きっと。



息子が不登校になる前だったら

大して疑問を持たなかったかもしれません。




私にとっては、とても窮屈な学校生活に見えますが

その中で楽しんだり、一生懸命生きている中学生たちに

尊敬の念を持ちました。




そして、びっくりしたのですが


説明会のあとに校長先生をつかまえて


「不登校なので、3年間登校しない予定です。

 N中で学ぶ予定です。

 籍だけ置かせてください。」


このようなことを伝えると


「あー、N中ですね。角川ドワンゴの。。。

 大丈夫です。4月にまた連絡してください。」


と、すんなり認めてもらえた。。。



年に何回か生存確認はしたいっておっしゃっておりましたが…笑




校長先生、すごい。。。



中学校の枠から外れる生徒でも

その生き方を受け入れてくれる。


ありがたいことです。



私の方も、刑務所だなんて批判するばかりでなく

その姿勢から学ばせていただきます!



自分は認めてもらったのに

相手を批判するなんて、何か違う気がしますもの。






そして、この日常の色々なことから学ぶ姿勢。



これこそ不登校の子どもが身につけたら


いいな~って思う姿勢ですね。





目の前で起きている出来事に


疑問を持ったり、


質問したり、


考えたり、


調べたりする力。




失敗から学び


工夫する力。




そういう力は、自分で身につけていく必要がありますね。



親自身がそういう力を磨きながら、


家庭を子どもにとっての


安全基地にしていけたら


そんな力も少しずつ身についていくかしら?





ここまでお付き合いくださり

ありがとうございました。