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第133回 Living With MDS Forumのご案内です。
もうすぐですが、8月22日土曜日午後1時からです。
今回は私から「MDSの検査・診断について」お話します。
健康診断で血球減少を指摘されて精査のために受診される方、MDS疑いを示唆されての精査希望の方、MDSと診断されて確認のために受診される方まで、多くの方が緒方先生の診断を求めて受診やセカンドオピニオンにいらっしゃいます。
MDSの診断は難しいです。芽球が増えていたり、染色体異常がいくつもあったりしたらあまり間違いはないと思いますが、血球減少だけが主な症状の場合はかなり難しくなります。鑑別すべき疾患が多数あるので、相当な知識と経験が必要になります。(骨髄検査の技術という問題もありますし)
最近はやりの遺伝子検査は未だ暗中模索状態ですが、これから多くの検体を検査して様々なことが分かってくる可能性はあるでしょう。ただ、染色体レベルで異常が増えたり、治療が効いて状態が良くなると異常がなくなったり、また悪化すると異常が増えたり、染色体異常が変化したりするので、遺伝子レベルでは本当に多くの異常が増えたり減ったりするのではないでしょうか。
本当にMDSという病気は難しい病気なのです。
低リスクで安定している方
長い間安定していたのに急に悪化する方
様々な治療をしても効果がない方
急激に悪化(20%越え)して治療をしたあと何故かすっかり安定してしまう方
芽球増加(30%を越え)して治療をしたあと、なんと再生不良性貧血(AA)に移行、AAの治療をしてすっかり血球減少が改善(普通の人よりは少ないけど)完全に仕事に復帰できて活躍している方
これほど多くのMDSの患者さんと話して、緒方先生の検査や治療に身近に接して、検査、診断、治療と本当に大変な病気なんだなと感じてしまいます。
緒方先生は骨髄穿刺・生検の検査、顕微鏡での観察、フローサイトメトリーによるMDSの検査(OgataScore)などに卓越した技術と知見をお持ちですが、現在でもまだ進化中です。
実は、5年ほど前から企画し検討や実験を繰り返し、今年遂に実現した新しいMDSの検査を始めることにしました。
かなり期待できると思いますよ。
そんなことやあんなことをお話します。
7月25日は第132回目のLiving with MDS Forumです。
今回は私の話は短くまとめて、緒方先生にお話ししていただこうと思っています。
前回、機器の調子が悪くて、緒方先生のお話を略してしまったので、お詫びです。
1、「高リスクMDS‥治療ができないと言われたら」(by 緒方清行)
前回、機器の不調によりお話できなかった内容です。
2、「MDS、治癒を目指せる症例」(by 緒方清行)
MDSと診断された方の中にも薬物療法で治癒を目指せる
方が一定頻度いらっしゃいます。
ということで、是非お楽しみにして下さい。
続きます
2025年11月には、とうとう芽球が20%を越え、主治医から「今日から白血病になりました」と告げられました。私は先生に「どうするんですか?」と尋ねたら、先生は「少し様子を見ましょう」と言って、主人に対して何もしれくれませんでした。主人も白血病と言われてがっくり落ち込んでいました。私は先生のこの言葉を聞いて、この病院では主人の治療は無理だと思い、色々調べて余命の少ないMDS患者の人々を一杯救ってくださっている東京血液疾患診療所に行きつきました。
MDS専門の病院なので、同じ病気の人たちとなら主人も一緒に頑張れると思い、すぐお電話したところ、事務長の山元さんが親身になって話を聞いて下さり「すぐ治療した方が良い」と言って下さり、入院させてもらいました。
病院で緒方院長先生にお会いしたら「一緒に頑張りましょう」と言って下さり、主人がMDSになってから初めて先生から言われた言葉なので、涙が出るほど私は嬉しかったです。はじめは入院は3ケ月くらいといわれましたが、2025年11月24日に入院して2026年1月24日に無事退院できました。余命3ケ月で入院して緒方先生に治療してもらい2ケ月の入院でもう輸血もいらなくなり、好中球も増えました。本当に信じられないほど主人は元気になりました。やはり緒方先生はスーパードクターだと思いました。緒方先生、山元事務長、看護師、その他のスタッフの皆様のおかげで主人は車椅子から歩いて元気に退院することができました。
主人曰く、病室でもMDSの患者さんだけなので、みんなで一緒に励ましあったり、いろいろ教えてもらったりして入院生活も楽しかったみたいです。看護師さんたちも主人が高熱を出しても経験豊富なので、すぐに的確な処置をして下さったそうです、だから治療も辛くなかったようです。主人も私も本当に諦めなくてよかったです。
そして血液疾患診療所で緒方先生と山元さんに出逢えて本当に奇跡だと思っています。MDS患者の家族会で知り合いになった人たちとは、緒方先生とサポートしている山元さんのおかげで命を助けてもらったという話でいつも持ちきりです。
退院してから(循環器や呼吸器科は今までの病院で診てもらっているので)前の病院に行ったら、看護師さんたちがみんな口をそろえて「なんでそんなに元気になったの?なんで?なんで?」と聞いてきます。病院の廊下で出会ったリハビリ士さんも主人を見て「なんでそんなに元気になったの?」と不思議な顔をして主人を見つめてました。
私が拙い文章でこれを書いたのは病院で余命宣告されたり、高齢者だからといわれて先生に見放されても絶対にあきらめないで下さいと言いたいからです。東京血液疾患診療所にはゴッドハンドのような緒方先生がいらっしゃいます。私から言わせてもらえば卓越した技術をもった緒方先生は神の手を持ったゴッドハンドです。本当に素晴らしい先生です。奇跡を起こして下さる先生です。
そしていつも笑顔で接して下さる山元さんやスタッフの方々にも多くの患者さんたちが救われています。
本当にありがとうございます。
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イエイエ、こちらこそ嬉しいです!!!!
これからも色々とあるでしょうが、一緒に頑張って行きましょうね。
奥様が退院後、寄せて下さったお手紙です。
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緒方先生、山元さん、そしてスタッフの皆様、本当にありがとうございました。消えかかった夫の命の炎に再び火をともして下さり心より感謝申し上げます。本当にお世話になりました。
夫は2024年9月、MDSと診断され、余命1年半(HighRisk)と宣告されました。
夫と私はあまりの驚きに言葉を失いました。夫は先生に「俺、死ぬの?」と不安げな顔をして尋ねました。先生は「はい」と返事をしていました。私は思わず「先生は普通は余命を短く言いますよね」とフォローしましたがそれに対して先生は何も答えませんでした。
先生は「一般的にはビダーザという抗がん剤の治療を何回か繰り返し、最後は白血病に移行します」と続けました。「でも、あなたは心臓が悪く、ステントやペースメーカーも入っているし、間質性肺炎も患っているのでビダーザの治療をしたら今より容態が悪化するのでやりません」と言われました。
それからが夫と私の地獄の日々の始まりでした。毎週1~2回の輸血、そして血小板の減少により毛細血管拡張症になり、何度も胃から出血したり鼻血も止まらなくなり、入退院を繰り返し、その度に採血や輸血で夫の体や腕はあざだらけになりました。
2025年4月にはCRP値が10から下がらず、いろいろな抗生物質の点滴をしても一向に改善されず、主人の意識レベルも低下して私が病棟にいっても、目は空けますがしゃべることができませんでした。その後CT検査で間質性肺炎が原因でなる肺がんの疑いと診断されました。呼吸器内科の先生によると主人の様態が悪いから気管支鏡の検査ができないので、肺がんの確定診断や治療もできないと言われました。私は治療しなければCRPの値も10から下がらないのでは?と聞きましたがそれだけが原因ではないと言われました。息子たちも半ばあきらめで緩和病棟に入院させたらと言いました。
でも私は何も治療せずに諦めることはできませんでした。そしていろいろ調べて陽子線の治療なら主人も受けることができそうでした。郡山の病院で6月に2週間入院して治療してもらいCRPも1になりました。そしてまた輸血に明け暮れる日々に戻りました。
高リスクMDS‥「治療ができないと言われました」という相談が結構あります。
その中のお一人、
2022年 4月 肺炎像、気管支鏡で器質化肺炎診断、ステロイド治療、改善
2022年10月 器質化肺炎は軽快、右下葉に線維化あり。
2023年 1月 器質化肺炎肺炎再燃ステロイドで治療、7月末改善。
2023年 5月 CTで肺線維化あり。
2023年 8月 微熱、器質化肺炎再燃し、ステロイド再増量。24年3月改善
2024年 8月 貧血で精査、骨髄異形成症候群と診断
⇒IPSS-R HighRisk(生存中央値1.6年・18ケ月)、輸血開始
2025年 4月 CTで左舌区に腫瘤性病変、画像は肺癌疑い
⇒生検なし、他病院で陽子線治療。
既往歴:胃毛細血管拡張2024年1月~2025年4月(焼灼とクリッピング)
頚椎症、腰部脊柱管狭窄(保存的治療)
虚血性心疾患(ステント) 洞不全症候群(ペースメーカー)
酸素3.5L使用中(自宅では4L)
2025年8月CTで左S4~5あたりに浸潤影、右S2にも陰影。
⇒いずれも少し拡大もMDSのため治療不能。
2025年11月 末梢血で芽球30%以上に増加。
という状況で2025年11月22日(土)のForumに奥様がいらっしゃいました。「もうどの科の先生も治療してくれない」とおっしゃって。
確かに血液内科の先生はもとより、循環器の先生だって、呼吸器の先生だって手を出したがらないのを責められない状況です。よく陽子線の治療をしてくれる病院があったというべきでしょうね。
毎年、エイプリルフールに思い出すフレーズがありました。
「さうして芸術家は死んだ エイプリルフールの雪の夜に」
荻原守衛が亡くなったときに高村光太郎が寄せた詩という記憶だったのですが。
そう、ところがこれが大間違いだったのです。
1,荻原守衛が亡くなったとき(昭和11年3月22日)に高村光太郎が寄せた「荻原守衛」という詩の最後のフレーズが
「彫刻家はさうして死んだー日本の底で」
2,そしてその高村光太郎が亡くなったとき(昭和31年4月2日)に草野心平が寄せた「高村光太郎死す」という詩の最後のフレーズが
「しんしん冷たいAprilfoolの雪の夜に」
3,わたしはこの二つをごっちゃにして記憶していたらしい。
小学生か中学生の頃のことなので、恥ずかしくはない‥‥はず。
でも、今年のAprilfoolは桜が今を盛りと咲き誇っています。
Le vent se lève, il faut tenter de vivre( Paul Valéry)
The wind is rising, you should try to live
Les cerisiers sont en fleurs, il faut tenter de vivre..
The cherry blossoms are in full bloom; we must try to live.
これも合っているのかな?まあいいや。
We must try to live!
頑張りましょうね。
明けましておめでとうございます。
本当におめでとうございます。
病気になってみると1年1年、1日1日が大きいですよね。なのに過ぎ去ってみると本当に短いのです。一方で1年前が遠い昔のようにも思える。病気のせいではなくて、年のせいかしら?
31日も午前中は診療所にいたので、自宅は大掃除も中途半端、年賀状も遅れて寒中見舞いになってしまった私ですが、なんとか年越しそばを作り、お雑煮もつくり、お屠蘇を用意し(これは屠蘇散を漬けるだけ)、新年を迎えました。滑り込みセーフみたいな感じ。頑張りました。
お正月は例年通り、豪徳寺に参詣し、一番大きな招き猫を頂き、招福殿(招福観音菩薩(たまさんのこと)立像をお祀りするお堂)で骨髄異形成症候群の病気平癒を願いお経をあげていただきました。
境内で招き猫の最中(小倉とカスタード)を売っていたのでカスタードを2つ購入し、一人で食べちゃいました。
かなり可愛らしい招き猫ですが……食べちゃった。とても美味しかったです。
まあ、1日も豪徳寺に行く前に診療所に来て、2日からはまた通常でしたが。
緒方先生はまた新しい論文を執筆中です。
そんなお正月でした。
先日、投稿した論文のリンクです。
桿状核好中球 分葉核好中球 芽球
昨日掲載されたのですが、既に欧米の血液の専門家の先生方がかなり興味深くご覧になっているようです。
高リスクMDSーもう治療ができないと言われたら、というタイトルで緒方先生にお話ししていただくことにしました。
もう治療ができないと言われて、東京血液疾患診療所にいらっしゃる方は多いです。
昨日ブログに書いた方もそうですが、緩和ケアや在宅医療での看取りや、輸血などの支持療法のみを勧められて、ご家族やご本人が必死で検索してお電話いただく方は本当に多いです。
東京血液疾患診療所の患者さんのほとんどがそうやっていらした方です。
(MDSと診断されたから本当にMDSなのかどうか診断してほしいといらっしゃる方も多いですが。違うこともありますからね~。)
それで、VeryHighRiskの患者さんがMDアンダーソン(一応世界1の癌センターと言われています)よりも多いのです。さらにVeryHighRiskの中でもより予後の悪い複雑核型やモノソーマル核型、TP53-などのVeryVeryHighRisk(?)のような方々も多くいらっしゃいます。
でも、そこからが治療の始まりです。
ですから今回の12月20日のフォーラムではそこからの治療を緒方先生にお話ししていただきます。
皆さん、一緒に頑張りましょう。





