半年前ナカラに来た頃、自家用車が到着するまで数か月かかるだろうと
思っていたので、市内の移動手段として自転車を購入した。

1
7,500円ぐらいしたので、2台で15,000円ほど。決して安い買い物ではない。
だが、その自転車には一度乗ったきり、今の家のベランダに
モップと雑巾かけとして置かれ、本来の役割を果たせずにいた。

なぜなら、まずサドルをどんなに下げても両足が地面に付かないので、危険。
次に道は舗装されておらず砂なので、車輪を砂にとられまくって、危険。
さらに、外を自転車で走行していると猿が自転車に乗っているかの如く、
指をさされ大声で笑われるので目立ち過ぎて、危険。
という
3Kゆえに自転車での外出は控えていた。というか二度としたくない。

休日にお弁当持って綺麗な海までサイクリング~♪などという
当初の目論見はあっさりと断たれた。

そして遅ればせながら自家用車が到着した今、もはや
ベランダに自転車があるということすら意識せずにいた。

だが先日、大家さんのお手伝いさんがそんな哀れな
自転車たちを見かねて、これらの自転車が欲しいと言ってきた。
現金はないので、代わりに掃除などをするという条件で。

結局、車の入出庫時の門の開閉をお願いすることになったのだが、
自転車たちが本来の役目を全うできることになって嬉しい限りである。



どこにでもある何の変哲もないスーパーマーケット。

そう思うでしょうが、いや、違うんです。
ここナカラにおいては革新的に文字通りスーパーなマーケットなんです。

今まで薄暗く砂埃にまみれて倉庫で営業していた
recheioという
店が新装開店して、ご覧のとおり明るく綺麗になりました。
もちろん開店日だった金曜日からその週末は店の前に
車が溢れかえり、店内も人で溢れかえっていました。

土曜日にちらっと覗き、この町では手に入らないものが
たくさん売ってあってので、二人で大興奮しながら
意気揚々と店にくり出した日曜日。

旦那さんのお目当てはブルーチーズ。
こちらナカラでは売ってある店がありませんでした。

ブルーチーズをはじめとする食品をカートに入れてご機嫌でレジに並ぶこと
10分。
一向に列は進まず、嫌な予感がよぎったが、みんな揃って
並んでいるので私もそのまま並んでいました。
20分…30分…1時間…と時間は過ぎていきます。
その間進むこと
3歩か5歩程度。

しかしせっかくのブルーチーズのためにもまさかここで
帰るわけにもいかず、私はレジに
1時間半も並びました。
まさしくもう足が棒のようです。

しかも旦那さんは早々に車を取りに行ったので、
一人で並んでいたのです、
1時間半。
初めてスーパーのレジに
1時間半も並びました。
ディズニーランド並みの待ち時間。
しかもファストパスは取れませんでしたから、延々並んでいましたよ。
(妊婦さんなどは並ばずにレジを通れる)

そしていよいよレジが迫ってきて、待ちに待った私の番!
まさにアトラクションに乗らんとする時同様の高揚感!YES!!

ピッ、ピッ、ピッと順調に商品バーコードがスキャンされてゆくなか、
はじかれる商品がたまにあり、その商品をレジの人は持って、
全体を管理しているコンピューターのあるところまで行くこと数回。

レジのお姉さん:「システムが整っていないから、これらの商品は
         今日は売ることができませんので、明日また来てください」
などと、言いやがる。

結構な数の商品がシステムに反映されてないらしい。
あァ、これでレジが全然進まなかったのかと納得。
だが、その商品の中にはブルーチーズ…
黙ってはいられません、旦那さん。

旦那さん:「セニョーラーーー!!」
勘弁してくれよ~とかなり大きなジェスチャーと声。
そうですよね、気持ち分かります。

が、新装開店で新たに入荷した商品が多すぎて、
店員さんも価格が分からないので売ることができない。
というわけで、ブルーチーズは買えずじまいで意気消沈、帰宅しました。
ほとぼりが冷めるまでは様子を見ようと思います。

嗚呼、ブルーチーズ・・・


ブルーチーズのことを忘れようと帰宅後は
戦利品のビリヤードをやりました。
なぜか球が⑩までしかありませんでした。


生まれて初めて検問というものを体験しました。

朝、車で旦那さんを送りに行く道中、道路に警察官が
34名いて、
道の真ん中に仁王立ちして掌をこちらに向け、「止まりなさい」と合図。

おかげさまですくすくと真っ直ぐに育った私は、素直に車を脇に寄せ、止まる。
なかには止まるふりをして、そのまま通り過ぎてしまう車両や
止まるふりさえしない車両もある。そういう手もあるのか。
40代ぐらいのふとっちょ女性警察官が運転席に近づいてくる。

女性警察官:「免許証を見せてください」

すでに数台が脇に止まっていたので、免許証を見せて終わりだろうと
思いながらおもむろに免許証と身分証明書を女性警察官に渡す。
この日は早く職場に行きたかった旦那さん。

旦那さん:「仕事があるんです、早くしてください!」
と、イラついた様子。

なにぃッ!急いでいるなら穏便に終わらせるか、ポルトガル語が
分からない態度でやり過ごすのが一番だったと私は思う。
その言動は完全に女性警察官の反感を買った。

女性警察官:「あなたには仕事があるかもしれないけれど、
       私もこれが仕事ですから!」

これは彼女が正しい。

女性警察官:「この免許証は見たことがないわねぇ、
       他に
NUIT(納税証明書)も見せてください」

旦那さん:「セニョーラ~、勘弁してくださいよ!」
とは言えども、免許証と身分証明書を取り上げられたままでは
この場を立ち去ることもできず、他の警官らと旦那さんは外で何やら押し問答。

他の車が解放される中、待つこと数分。
ここでは埒が明かないということで、
そこから数分のところにある警察署にご同行願われた。

私の免許証と身分証明書は女性警察官が持ったままでいるので、
しばし免許不携帯での運転となったが、逆らうこともできず署に到着。
旦那さんは署内へ連行された。

さらに待つこと数分後、解放され署から出てきた旦那さんの手には
私の免許証と身分証明書が握られていた。あァ、よかった。

旦那さん:「あの婦人警官が知らなかっただけで、
      上の人に見せたら、あァこの免許証はこれこれこうで…とすんなり解放されたよ。
      みんなこぞって『私は
8件検問しました』だの
      『そのうち
4人はヘルメット不使用でした』だの
      意気揚々と報告していたよ」

わたし:「こんな国で権力に歯向かうなんて、
     余計に事がこじれるんだから今後は止めてくださいね!
     短気は損気!!(←自分のことは棚上げ)」

旦那さん:「そうやって権力に迎合しているから賄賂が横行する
      政府ができて、余計につけあがるんだ!!」

・・・言ってることは全然間違ってはいませんが、
急いでたのアンタじゃん。

わたし:「兎に角、今度からは穏便な対応をしてください!」

旦那さん:「そうだね、今度は穏便に対応してみて、
      あちら反応を見るのもいいかもね」

・・・なんて負けず嫌いなんだ、この人。(←自分のことは棚上げ)
そんなこんなでいつもより30分以上も遅れてだけれど無事職場に到着。

旦那さん:「じゃ、帰り道気をつけて。安全第一!一事が万事!!」

・・・そっくりそのままアンタに返したいよ。
安全運転で家に帰った私を待ち受けていたのは、
机の上にぽつんと置かれていた旦那さんの仕事用携帯。
もうひと往復しましたとさ。


先日、ポルトガル語の家庭教師Lurdes先生にホットケーキの作り方を
教えたのだけれど、それを自宅で作って周りの人におすそ分けしたところ、
非常に大好評だったと嬉しそうに話してくれた。

そしてそのホットケーキを授業に持ってきてくれたので、いただいた。
甘さ控えめだったが、美味しくできていた。周りの人からも
「えっ、美味しい!どうやって作るのか教えて教えて!!」
という具合に好評だったという。

そして
3歳になる先生の息子にももちろん大好評で、
「ママ~!美味しい~!!これ何ていうの!?」と聞くらしい。

ホットケーキは英語同様ポルトガル語でも同じように
Panquecaなので、
そう伝えたのだが、ここまでみんなが知らないのであれば、
いっそのこと
mdkという名のお菓子ということにして、
ゆくゆくはナカラではホットケーキのことは通称
mdkなんてことも
夢ではなかったのか…とも考えたのだが、時すでに遅し。

サブレやマドレーヌ、タルトタタンには一歩及ばずでした。

ちなみにサブレは
17世紀にフランスでサロンを開いていた
サブレ侯爵夫人が、バターをたっぷり使ったガトーセックを
作ったことから由来している説があり、
マドレーヌは
18世紀に召使をしていたマドレーヌがロレーヌ公
スタニスラスのためにホタテの貝殻を型として祖母から教わった
菓子を作ったという説がある。

また、私が大好きなタルトタタンは、フランスでホテル・タタンを
経営していたタタン姉妹のステファニーによってアップルパイの
失敗から作られたお菓子である。

嗚呼、せっかくの機会を逃してしまったなァ。


先生作のホットケーキ


カプラナ(民族衣装の腰巻布)は買ったばかりの状態では端っこが切りっぱなしなので、
解れてこないように端っこを縫わないといけないのだけれど、
うちにはミシンがないので、市場や個人宅先に置いてあるミシンが
目印のお針子さんにカプラナの両端を縫ってもらわないといけない。

お針子さんと言えば呉服屋などで縫製を担当する娘のことだが、
ここでは男性(おじさんが多い)しか見たことがない。
そして男性のお針子さんのことは何と呼べばよいのか分からない。

さて、もちろんお金を払ってやってもらうのだが、市場の脇に出ている
やたらガタイのいいお針子さん(もはやお針子さんというイメージは
皆無)のところにカプラナを
3枚(縫うところは6か所)
持って行ったところ、「
50MT(約150円)です」と言われた。

「あぁ?
50だってぇ!?じゃがいも2キロも買えるじゃねぇか!
ふっかけてきやがって、てやんでぃ!」
と、江戸っ子並にあくまでも心の中で憤慨したが、
以前別の場所で確か
110MTだった気がしたので、ここは毅然と

「いいえ、
30MTでやってください」
と、言い渡したところ、渋々
30MTでやってくれた。

後日このことを
Lurdes先生に話したところ、
50MTなんてヒドいわね!でも30MTでと言えたところはよかったわ」
と言いながらも、

「でも通常
15MTでやってくれるわよ。
私の知っているところで
13MTというところもあるわ」
と言う。

なんだってえぇぇ~!!

適正価格を知っていると知らないとでは、こうも違うものかと
またしても思い知らされた出来事であった。


Fomos ao banco.
銀行に行きました。

Esperámos de uma hora lá.
そこで1時間待ちました。

日本にいたときも銀行で1時間待つことはあったけれども、
それは大手銀行の大きい支店のそれも給料日とかの話であって、
モザンビークの片田舎の客が数人しかいない何でもない水曜日の話ではない。

ナカラにもたくさんの銀行が支店を持っている。
イギリスのBarclays bank、南アフリカのFNB、Standard bank、
国産のBCI、Millennium BIM、Moza bancoなどなどなど。

そして多くの人がクレジットカードやデビットカードを利用している。
衛生テレビの支払いも銀行のATMから簡単にできるし、
町の所々にあるATMには電気局並の長蛇の列ができている。

支店も目抜き通りには数件おきにある。
男性行員はシャツにネクタイ(てろてろの黒いYシャツに
テカテカの紫のネクタイとか)でビシッとキメており、
女性も綺麗な格好に15cmはあるだろうヒールの高い靴を履き、
バッチリとお化粧をしている。凍えるほどに冷やされた室内では、
汗でお化粧がでろでろと流れ出す心配もない。
お給料も高そうだ。

充分なお給料をもらっているのであれば、もう少しきちんと働いても
罰は当たらない気もするのだが、3月20日頃にした国内振込みが、
なんと本日まで決済がされていなかった。ざっと20日は経っている。
こちらから何も言わなければ、きっと今でも未決済だっただろう。

銀行で手続きが完了したら、その先は安心だと思っていたのが間違いだった。
銀行ですら、疑うことを忘れてはいけない。また一つ賢くなりました。
Mercado(市場)に生鮮食品を買いに行く。

売り子が市場よろしく威勢の良い声をじゃんじゃんかけてくれる。

売り子のお兄さん
A:「そこのお姉さん!かぼちゃはいかがだい!?」

わたし:「いいえ、今日はいいです~」

売り子のお兄さん
B:「やぁ、お姉さん!トマトあるよ!」

わたし:「それもう買っちゃいました~」

売り子のお兄さん
B:「ピーマンは!?ピーマン!」

わたし:「あー、ごめんなさい。また今度~」

欲しいものが見当たらずにうろうろしていた私にお兄さんが質問してくれた。

売り子のお兄さん
B:「何を探しているんだい?」

わたし:「じゃがいもです」

売り子のお兄さん
AB:「あっちだよ!1キロ50MT:約150円)!!」

わたし:「あ~、ありがとうございまーす」
そして指のさされる方へ。

わたし:(じゃがいも屋の前で)「
1キロください」

じゃがいも売りの店番娘:「
1キロ25MT(約75円)です」
と言い終わるか終らないかで横から他のお兄さんが出てきて、

お兄さん:「
50MTね!」

わたし:「・・・ん?」
25MTだと言われたり50MTと言われたりしたが、
バタバタしてしまって結局
25MTを払ってその場は退散してしまった。

後日、
Lurdes先生に聞いたところ、じゃがいもはだいたい
1キロ2530MTぐらいで売られているらしい。
きっとお金を持ってそうに見えた(ぼろっこちい格好だったが、
日本人というだけでそう見える)ので、倍の金額をふっかけられていた。
が、慌てて
25MTしか払ってこなかったので、結果オーライというところだろう。

基本的に値札なぞはついていないので、いちいち値段を聞いてから
買うしかないのだが、適正価格を知らないと気付かないうちに
大めに払ってしまう羽目になる。

そこで
Lurdes先生からのアドバイスは、例えば次回またじゃがいも
1キロ50MTだと言われたら、「今、25MT持っています」って言ってごらんなさいと。

そうすれば、こいつ知ってるなと思われ、その値段で売ってもらえるとのこと。
売り手は少しでも商品をはかせたいと思っているので、
それで適正価格で買えるわよ!ということであった。

たかがじゃがいもを買うのにもひと苦労というか、
コミュニケーションが必要で、より人間らしいというか勉強になります。

一番の問題はそれぞれの野菜の適正価格を覚えておかなければならないというところです。


岬で購入した魚


ステーキにしました!


エビも買ってよ!と言われたエビは
手が出ませんでした
1,200MT(約3,600円)


自家用車が到着してから、旦那さんの通勤(家から車で
5分ほど)はタクシーではなく、私が送り迎えをしている。
朝昼晩と一日に4往復、自宅と旦那さんの職場を車で行き来している。


港町よろしくコンテナを積んだトラックがたくさん走っている


まだまだ発展途上のナカラ、自宅の前は舗装されていないうえに
排水システムが整備されていないので、雨が降ると道路の土が流出し、即座に川と化す。そして
その後、雨水によってえぐられた
道路は灼熱の太陽により、
カラッカラに乾き固まる。

雨季はその繰り返しなので、自宅前の道路はデッコボコ
だ。
まさにオフロード、毎日がクロスカントリーの気分である。


もはや道路の真ん中は走れない


しかし自宅から一本先の上町商店街は現在ブロック敷きの舗装工事が
進んでおり、どうにか自宅前の道路も舗装してほしいと願うばかり。

さてそのように着実に港町としての発展が進んでいるナカラだが、
かつての先住民たちにはライオンやヒョウなどの猛獣や毒蛇、蚊などの
存在による無数の困難が、少しの寛容さもなく襲いかかっていた土地である。

歴史家たちによると、先住民たちはそれらの多様性の前で互いに
n’ nakala?」と尋ね合っていたそうだ。「n’ nakala」とは、
モザンビーク北部で使用されているバントゥー諸語のマクワ語の表現で、
「我々は生き延びることができるだろうか?」という意味。

さらに時を経て
1914年頃にはポルトガル植民者のナカラへ入植により、
先住民たちは侵入者の存在による恐怖ですっかり怯えきってしまったそうだ。
先住民たちは攻撃的に絶え間なく、そして再度互いに
n’ nakala?(我々は生き延びることができるだろうか?)」
と尋ね合ったと言われている。

こうしてポルトガル人たちは、現在のこの土地を
「ナカラ」と名づけることになったのである。

そして現在、ブラジルをはじめポルトガルや中国、日本など
外国からの開発や投資が活発に行われ、町は急速に発展して
いるように見えるのだが、ナカラの人たちが本当の意味で
再度生き残る歴史が繰り返されることを願ってやまない。

それよりも、自宅前が早々に舗装されることをより強く願わずにはいられない。


足りない小麦粉の代わりにシマの粉を使った
「はじめてのうどん作り」に失敗した私たちは、
週末にそのリベンジで再度うどん作りに挑戦した。

今度は慎重に慎重に材料(小麦粉と食塩水のみ)を量り、
レシピに従順にひとつひとつの工程を丁寧に熟していった。

材料を混ぜて捏ねる

踏む

寝かせる

合間にスイカ食らう

熨す

切る

茹でる

食べる!ウマい!!

生地を熨す作業が力がいったので背筋が攣りそうになった
けれども、美味しいうどんができました!やればできるんです。


先週、市場で見つけた日本の援助米。

市場のお姉さん情報をもとに探してみたら、その情報通りの場所に売ってあった。

仕入れ数は分からないが、私たちが見つけたときには
30kg麻袋が
67袋あり、他のお米と比べても大差ない価格なので、それなりに売れていた。

私たちもその
30kg麻袋を750MT(約2,250円)で購入した。


麻袋には日本の国旗と共に「
From the People of Japan」と大きく書かれ、
さらに「援助用政府所有米穀の委託とう精精米
Japanese Government Rice
For Food Aid
」と書かれたODAロゴマーク付きの紙が縫い込まれていた。


日本からの援助米がどのようにして、ナカラで売られることに
なっているのかは分からないが、そして本来の意味からしたら
日本人である私たちが享受するべきではないのかもしれないが、
とても助かっています。

モザンビーク人にも美味しいと認められ人気です。


そして店ではなぜか「
Arroz da China(中国米)」として売られています。