ビーチに行く途中に「→ Praia (20)」という、この先にビーチありと
示す看板があるのは以前から気づいていたのだが、いつもそこを
右折せずに通り過ぎ、
10分ほど進んだところのコンドミニアムが
何軒か建ち、漁船がつくビーチに行っていた。
一軒だけレストランもあるので。

ところが昨日は思いつきで、その看板のところを右折してみた。
舗装はされていない一本道。
道はまっすぐなのだけれども、高低差があるので、その先のビーチまでは
見通せないのだが、見える限りの一本道を進んでみた。


さらに進んでみた。


途中、いくつかの集落や畑を通り過ぎ、あまりにたどり着かないので、
ひと気もないので引き返そうかとしたその時、急に海が見えた。


白い砂に青い海、誰もいない。

ナカラはかなり入り組んだ湾を持つ地形なのだが、
その海の向こうに対岸は見えない。となると、これは外洋だ。


しばらく誰もいないエメラルドグリーンの海を眺めていた。


引き潮だったので、カニや小さな魚がちょろちょろしていた


「セニョーラ、お腹がすいたよ~(だから金をくれ)」
「セニョーラ、パンを買いたいんだよ~(だから金をくれ)」

これらは買い物に行った店先などで物乞いの子ども
または大人に言われる言葉である。

「セニョーラ、これ買わないかい?」
「うーん、今はいらないです」
「お腹がすいたからパンを買いたいんだよ~」

これは物売りの場合で、
まず商品を売る→売れないなら金だけくれという風にワンクッション入る。

だいたいを断るか、物(工芸品や貝殻)を買うのだけれど、
目の見えないお父さんと子どもの場合や、ここでは働くのが
難しいと思われる車いすの人たちには小銭を渡す時もある。

先日、車のアンテナの調子が悪く、外に出て調整していたところ、
両手に大きなシャコガイを持ったおじいさんが近づいてきた。

「セニョーラ、お腹がすいたからパンを買うので
10MT(約30円)くれないかい?」と言ってきた。

物売りなのに物を売る前に現金を乞うとは、
まったく商売をする気がない物売りである。
しかもかなり具体性のある論理的な依頼だ。

ただ現金を渡すのはあまり好きではないので(しかも物売りに)、
その手に持っているシャコガイはいくらか聞いてみた。
すると、50MT(約150円)だと言う。
ビーチで同じような貝を買おうとすれば
200MT(約600円)はするものだ。
これはお得と思い、それを買うことにした。
おじさんにしても
10MTを乞うたのに50MT手に入るのだから、
その方が良かろう。

しかし私の財布には、その時
200MT紙幣しか入っていなかった。

10MT
乞うぐらいなのだから、150MTもお釣りを持っているはずがないだろう。
少々面倒なことになったと思ったが、一応聞いてみた。

わたし:「ごめんなさい、今
200MTしかないのだけれど、お釣りないよね?」

おじいさんは少々困惑した様子で私に背を向けた。
どうやら有り金を確認しているらしい。
そして片手に
100MTと、もう一方の手のひらに小銭を
じゃらっと乗せて少し気まずそうな顔を見せた。

そりゃそうだ。
明らかにそこにはお釣り
150MTがあり、
パン(
12MT:約6円)を買う現金を充分に持っていたが、
現金を乞うたことが私にバレたのだから。

わたし:「お釣り、ありますね!じゃあ
200MT払うから、150MTお釣りね」

するとおじいさんは私に
100MT紙幣を渡した。

おじいさん:「外で買ったらもっと高いから、
100MTでいいだろう?」

わたし:「なんで!?あなたが
50MTって言ったんだから、あとお釣り50MTくださいね!」

おじいさん:「じゃあ、この貝
2つでどうだい?」

わたし:「
1つでいいです、はいッお釣りあと50MT!」

おじいさんは非常に名残惜しいようで、
10MTコインを一枚ずつ
私の手のひらに乗せながら私の顔色を窺っていた。

わたし:「
50MTでしょ!」

なぜだか私がおじいさんをいじめているみたいになった。
あまりにおじいさんが唾を飛び散らしながら一生懸命
喋るものだから、最後の
10MTはおまけしてあげた。
それでもシャコガイが60MT(約180円)は破格だったので、
私は満足だった。

おじいさんはすぐ先で他の人にも売ろうとしていたが、
うまく売ることができず、数分で私のところに戻って来た。

おじいさん:「セニョーラ、これ
40MTでいいから買ってくれよ~」

わたし:「いや、もういいです」

おじいさん:「じゃあ
30MTにするから!」

わたし:「いや、本当に
1つでいいんです、ごめんなさいね」
と、最後は
30MT(約90円)にまで値下げしたのだった。


モザンビークにも世界遺産がひとつある。

モザンビーク島という、ここナカラからほど近い(車で
2時間)ところにある
その島は、長さ
2.5km、幅500mという何ともコンパクトな細長い島で、
本土とは長さ
3kmの橋で結ばれている。

その橋の幅は車
1台分。そう、車がすれ違えない。

最初は一方通行かと思ったが、そうではなく、
個人の責任において橋を渡ることになっている。
なんて緊張感なんだ!と思いきや、ちゃんと橋の途中に
3か所ぐらい路肩?が作ってあり、そこですれ違うことができる。
対向車との呼吸が合わなければ、どちらかがバックで
路肩まで戻らなければいけないけれど。
その難関を突破しての入島は感動もひとしおだ。

無事に島に入ると、もう向こう側の海が見える。
車であれば島を
1周するのに10分もかからない。


そんな小さな島だけれど、ここはもともとアラブ人たちが住み、
インド洋貿易の中継地として栄えていた港だった。
16世紀からほんの100年前まで、ポルトガル領東アフリカの
首都として繁栄していた。その名残が島全体に見られ、
ここはアフリカではなくどこかヨーロッパの廃れた
片田舎の島のような佇まいである。


南半球に現存する最古のヨーロッパ建築の礼拝堂は
現在博物館として公開されている。
他に人がいなかったので、貸し切り状態で付きっきりで
案内・説明をしてもらった。


ナカラは商人の町なので、町には絶えずコンテナトラックが行き交い、
レストランの店員もわりとチャキチャキしているのだが、
ここは全体的にのんびりとしていた。

レストランの店員もサービスをしようなどという思いはかけらも見せず、
注文の際の発言はその場ですら訂正させてもらえなかった。
始終面倒くさそうな態度を徹底していた。
食べ物は美味しかったけれど。


レストランの壁から突き出た船


そしてこの島、こんなにも小さいのだが、この島が一つの
District(州に次ぐ行政単位、郡?)なので、
この全長
2.5kmにすべての行政機関があり、郵便局もある。

この島から少し離れたさらに小さな島ではウミガメの産卵も見れるらしい。
のんびりしたい時には絶好の場所だ。

 


モザンビークには10の州とそれと同格の1つの市がある。


1.
カボ・デルガード州(Cabo Delgado
2. ガザ州(Gaza
3. イニャンバネ州(Inhanbane
4. マニカ州(Manica
5. マプト市(Cidade de Maputo
6. マプト州(Província de Maputo
7. ナンプラ州(Nampula
8. ニアサ州(Niassa
9. ソファラ州(Sofala
10. テテ州(Tete
11. ザンベジア州(Zambezia

私が住んでいるナカラは、北部の都市ナンプラ州に属している。

朝、通勤路をいつものように急停車するシャッパ(バンの公共交通バス)や
飛び出してくる子どもに気をつけながら運転していると、
道路の中央分離帯に設置してある街灯に緑、赤、白、黒の
各色の布が市の職員の手によって付けられていた。


ちょっと見づらいが街灯に布が張られている


これはいつも祝日になると取り付けられ、週明けには撤去されるものだ。
道路の端から端には何やら横断幕も張っているではないか。


Desejamos boas vindas a sua
excia governadora da provincia e sua comitiva.

(州知事ご一行さま歓迎)
綺麗なプリントがされていた。

ところが帰りに裏から見てみると、


Desejamos boas vindas a sua
excia governador provincia e sua comitiva.

となっており、本来であれば
Governadora(女性知事)となるところが、
Governador(男性知事)となっていたのと、その後のdaが抜けていたことを
プリント後に気付き、訂正した後がはっきりと見られた
何とも茶目っ気たっぷりの横断幕であった。

大家さんに「知事が来るんですね」と聞いたところ、
大家さん曰く「今日来てるんだよ!」とのこと。

え、今日来てるのに、今朝横断幕張ってたの?遅くない??

あァ、だから今朝は市の作業員が道路脇の草むしりを
一生懸命やっていたのか。でも背丈ほどもある草を、
伸び伸びと生えていたその草を、今からやっても遅くない??

はっ、でもそう考えるのは私が日本人だからで、まさか、
あなたが来るのにこんなに人員を動員して、横断幕も付けているし、
草刈りもしてるんですよ!あなたのために、ですよ!!
というアピールか!?そうなのか!!?


みんな、路駐。みんな、トラック。


港周辺はいつもコンテナカオス。


「きび~きび~さとうきびぃ~」

と言ってはいないが、そう言っていても違和感のない感じで
自転車の荷台に
1mぐらいに切られたサトウキビをこんもり積んで、
売り子が道を通る。

マーケットに行っても色々買うことができるが、
こうして売り子が売り歩いているのも日常的に見かける。
わざわざ買いに出る必要がないので、便利である。
サトウキビの他にはトマトや玉ねぎ、バナナなどの野菜や果物に
大きめのタライに入った各種の魚、まだ生きている鶏などが多い。

お手伝いさん:「サトウキビ買って?」

わたし:「・・・(なんでやねん)私が払うの?」

お手伝いさん:「そう、買ってくれる?」

わたし:「・・・(だからなんでやねん)」

笑顔で、まるで挨拶かのように言うお手伝いさんには
悪びれた様子など、かけらもない。
私にはまだ、その感覚が理解できずにいる。

わたし:「いくら?」

売り子:「
15MT(約15円)だよ」

いつも車で出かける時に門の開け閉めとかしてくれているし、
先日はお願いしていないところの掃除もなぜか一生懸命
綺麗にしてくれたので、たまにはいいかと思い、
お手伝いさんに
5MTを渡した。

お手伝いさん:「(驚いた顔で)
1本だけ?」

わたし:「えぇっ!もっと!?(こっちが驚くわ)」

仕方がないので、もう
5MT手渡した。

お手伝いさん:「ありがとう!サトウキビ好きなのよ!」

わたし:「好きなんだ、よかったね(知らんわ!そんなこと)」

彼女は自分でさらに
5MT追加し合計で3本のサトウキビを買い、
満足げにニコニコしながら仕事に戻っていった。

「投石は(彼らにとって)スポーツです」

と以前、東ティモールで仕事をしていた人が言っていたが、
ここモザンビークでも投石が日常的に見られる。

よく見かけるのは、犬に対しての投石。

これは野良犬に吼えられたり噛みつかれそうになった人たちが行う。
または我が家の可愛い番犬たちが、たまに近所の悪ガ…子どもたちから受ける。

次に私が目にするのは、我が家に対しての裏の家からの投石。

我が家はまず私たちの家が塀を隔てて通りに面していて、勝手口から
中庭(水汲み場と洗濯物干し場)を挟んで大家さんの母屋がある。

投石はその大家さんの家の裏側から行われる。

手のひらで包める程度の
35cmの石がなんの予告もなく
母屋のトタン屋根を打ち、跳ねて中庭に落ちることもあれば、
石が直接中庭まで飛んでくることもある。
そして数分間にわたり投石が続く。こちらから何を言っても、
あちらはうんともすんとも言わず、気が済むと止む。

人なのかカラスなのか、何の理由があってそんなことをするのか
皆目見当もつかないが、頭にでも当たったら一大事なので、
投石が始まると一目散に家に入らなければならない。

困ったものです。

ナカラには車線も信号も、ない。

中央分離帯は、ある。

そんなこの町では交差点の走行やすれ違い時、バス(シャッパと
呼ばれるバンの公共交通手段)などの追い越しにおいて、
ウインカーやクラクションを頻繁に使用する。

日本以外の国で初めて生活する中で、車を運転してみると、
日本で運転していた時のルールがあまり通じないことに気付かされる。

そこで私は特に運転中はできるだけモザンビーク人になりきるように心がけている。

まず、譲り合いという概念はここには存在しない。
皆、我先に。である。

なので、私も家の前の無舗装道路から舗装されている通りに出る時は、
安全確認を十分にしたうえで、我先にという気持ちを忘れずに
思い切ってアクセルを踏むことにしている。

日本であれば、あっちが優先だからとか、その場の全体的な流れを考えて、
あの車がこう行けば今度はこの車がこう進むから、
こっちは何番目に動けばいいなとかを考えて、
スムースにその場がおさまるものだけれども、
ここではそんなことは誰一人として考えていないので、
もたもたしているといつまでたっても右左折すらできずに、
後続車から大きなクラクションを鳴らされ、
さらにそれが交差点であれどこであれ、後ろから追い抜かれる。
ので、その車が私の進路を邪魔してさらに立ち往生する
という悪循環に陥るのである。

バイクも車も関係ない。
皆、我先に。だ。
そこで私も、我先に。という概念を忘れずに運転してみると
これがまた不思議とスムースに場が流れるのである。

もちろん一般的な交通ルールには従ったうえでの、安全第一の、我先に。
咄嗟の判断・決断力が試され、鍛えられている気がします。

たまに若い運転手とかで無理なことをしてくる輩がいるので、
そういう時は即座に遠慮なくクラクションを全力で鳴らし、
手のひらを返したまま片腕を手前から前方に大きく振り上げる。

これで完璧だ。

ただ普段は目立たないように、逆恨みされないように、地味に運転しています。


車体のあらゆる部品は防犯対策として鋲打ちされている


週末はBBQをしました。

鶏肉と玉ねぎとじゃがいもだけだけれど。
この鶏肉、ブラジルからの輸入の冷凍(冷蔵というものは
存在しない)で
2kg500MT(約1,500円)もする。
100gにすると75円ぐらい。

この冷凍を買うか、生きている鶏を
1130MT(約390円)で購入し、
自分で捌くかなのだけれど、まだ自分で捌いたことはない。
その方が美味しいのは分かっているのだけれど、まだ手を出せずにいる。

さてこの
BBQは旦那さんが言いだしっぺで、旦那さんが
色んなスパイスを調合し、オリジナルブレンドで肉に味付け。
てっきり焼かれた肉が出てくるまで待っててよいものかと
思っていたのだが、そうは問屋がおろさず、
火を熾せと命じられた。働かざるもの食うべからず、である。

さてさて重い腰を上げ、コンロを持ってキッチンの勝手口から
中庭に出て、てろてろと炭をコンロに入れ、新聞紙を丸め、
火を熾そうとした。

お手伝いさん:「あら、火を熾すの?」

わたし:「はい、そうなんです」

お手伝いさん:「ちょっと貸してごらんなさい」

わたしはされるがまま、コンロを渡すとお手伝いさんが
ちょうど料理中だったアツアツの炭を分けてくれた。
わーいと思い、私は意気揚々と中庭からキッチンに声をかけた。

わたし:「火、できましたァー!」

旦那さん:「えぇっ、もうできちゃったの?」

わたし:「はい、できましたァー!もうアツアツでーす!」

という具合で準備は完了した。お手伝いさん、ありがとう。
そしてお犬さまの熱い熱い視線を受けながら、火の番をした。


ひたすら待つ


玉ねぎとじゃがいも

食い意地張りすぎてキッチン侵入


美味しくできた


焼けた肉はもらえないと分かり、スネる


ふて寝


ひょんなことから、ポルトガル語の家庭教師Lurdes先生と
一緒にマニキュアを買いにいくことになった。

待ち合わせは授業がない金曜日の午後
3時。
その時間に私が車で先生の自宅近辺まで迎えに行き、
町にくり出すということになっていた。

3
時に着くように家を出ることもできたのだが、
ここはアフリカ時間を適用し、
3時ごろに
「今から行くよ~」とメールをしてみた。
先生は何やらミーティング中でもう少し待ってほしいとのこと。

もうすでに家を出てしまっていたので、初めて一人で
レストランでお茶(コーラだったけれど)をしながら待った。
そして
3時半、4時と時は過ぎ、レストラン近辺で
洗車の仕事を探して日銭を稼いでいる子どもたちとも
一通り打ち解けた
4時半ごろ、やっと連絡が来たので先生を迎えに行った。

全然悪びれた様子もなく、さぁ行こうと先生。
この時間感覚、まさに江戸時代の人のようだ。
朝方といったら昼まで、午後といったら昼過ぎから
日が暮れるまで。ここは江戸なのか。
そう思うとなんだかこれっぽっちも怒りが湧いてこない。

ということで、無事にマニキュアを購入(行ったら
いつも行くイタリア人経営のシャンプー屋だった)し、
先生とまた同じレストランでお茶(今度は珈琲)をして、
さよなら。

ナカラに来て半年、初めて旦那さん以外の人とお茶をした日でした。
もっとポルトガル語が上達してお友だちが増えるといいなァ。


1本100MT(約300円)のインド製


綺麗にでけた


ここのところ、蚊が大量発生して、家の中でも
食事中でもまとわりついてきて鬱陶しいです。

なんであんなにまとわりついてくるのか。
わたしが酒飲みだからか。
いや、飲んでいなくても寄ってくるのです。

まず、耳のあたりにプゥ~ンと来る。
続いて、顔の前にちらちらと現れる。
最終的に、コップの中で自滅。

頭が悪いのか、何にしても迷惑である。
うちでは中国系商店で購入したラケット型の
電気で蚊を退治するものを使用しているのだけれど、
まあ毎晩バチンバチンとするものだから、
床には感電した蚊がわりとたくさん落ちている。

そしてその蚊、一晩すると綺麗サッパリいなくなる。

はて、ヤモリに食べられたか他の虫に食べられているのかは
分からないが、掃除の手間は省けて便利である。
そういうところは家が隙間だらけでよかったなと思うところです。

そんなナカラにも今週ついにブティック(!)がオープンしました。

最近新しく建ったホテルの隣にそのブティックはあり、
まさにブティック然としているのです。
近くにはコンビニエンスストアの
10倍ぐらい
しょぼいミニストアもでき、いやはや今後が楽しみです。


虫をよせつけないという優れもので
いい香りのキャンドル。は、頂きもの。
たれた蝋がかわいい形。
(これを炊いても、なお!)


大家さんの自家用車ノア。
もはやノイとなっています。