「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う」

とはアインシュタインの言葉ですが、
それを久しぶりに覆されたものに出会いました。



もとあるナカラのレストランで、ガーリックトーストと注文した。
そうしたら、これが出てきた。一瞬そこにいた全員が
「これ頼んでないよね」と店員さんに返そうとしたところ、
店員さんが「ガーリックトーストです」と言う。んなにぃ?!
これ、パンの中にギッシリと大蒜のみじん切りとバターが塗られており、なぜかワッフルマシーンのようなものでギュウギュウに挟まれていた。

・・・ガーリックトーストって・・・
いやいや、常識にとらわれてはいけないのである。

 
他のものは美味しかったです

ここナカラで生活するようになって特に貧乏根性の強くなった私は、
エアコンの室外機から出る水をプラスチック製のタライに溜め、
外掃除に利用している。


たいてい外掃除は、大家さんが雇っている警備員が夜か早朝にやってくれる。
ただその日は、警備員が病欠だったこともあり、早朝から大家さんたち
ファミリー(遊びに来ていた姪っ子やその子どもたちなど)が
5時ぐらいからわさわさと掃除をしてくれていた。

いつも通り旦那さんを職場に送り届けて戻ってきた私は、
そのエアコンの室外機から出ているホースの先にあるはずの
タライがなくなっているのを見つけ、同時に家の前のごみ捨て場に
バッキバキに壊れはてたうちのタライにそっくりのものを見た。

・・・ん?あれは・・・うちの・・・か?

とりあえず、何が起こったのか知りたかった私は大家さんを探した。

わたし:「大家さん、うちのタライがなくなっちゃってるんだけど」

大家さん:「あァタライね、掃除に使ってて、水を入れて
      持ち上げようとしたら、落ちたの」

わたし:「・・・落ちたの?」

大家さん:「そうなのよ、タライが落ちたの」

・・・タライは結果的には落ちたのであろうと私も思う。
ただ、そのタライが落ちる前に先に落としてしまった
誰かがいたのではないかとも思ってしまうのである。
しかし大家さんにしてみれば、あくまでもタライが落ちたのである。

物は言いようである。

雨期が終わり、冬も終わりに近づいた今日この頃、
じりじりとした暑さがまた戻ってきた。

それと共にあちらこちらで雨によって削り取られて
穴ぼこだらけになっていた未舗装道路に新たな土を盛り、
ならしていた。

そのおかげで道路は平らになったのだけれど、
そのせいで車がスピードを落とさずに走行するので危ない。
しかももう雨が降らないので、車が走る度に舞い上がる
赤土は風に乗ってうちの中にも入りこむ。


うちの前


ベランダは赤土で埃っぽくなる


うちの前にて殴り合いの喧嘩
に、嬉々として集まる人


なんちゃってドラえもん歯ブラシ


さつまいもが意外と素敵な一輪挿しに


ネギの成長速度恐るべし。もうすぐ食べられます

916日のナカラの日まで1週間となった今週、各所で
今年のナカラのカプラナ(腰巻布)が続々と発売となった。

ここ3年で一番ポップな柄

今年は43周年

うちの植物もぐんぐん大きくなってきている

幾何学模様のような柄に一目惚れしたカプラナ

こちらは新作のしおり

お昼寝の定位置は車の下
手は揃えてお行儀よく

 

先週末は、久しぶりにモザンビーク島まで足を伸ばした。

ナカラから車で
1時間半ほど離れているモザンビーク島は、
大陸と
3kmの橋(一車線しかない)で結ばれている。
この国唯一の世界遺産であり、以前は首都として栄え、
そのもっと前はアラブ人交易の東アフリカの拠点になっていた場所である。

そのため、モザンビーク島は近隣の町とはひと味もふた味も
違った独特の雰囲気を持つ。
島自体は車があれば
10分で周れてしまう小さな島であるが、
とてもモザンビークとは思えない洗練されたレストランや
ホテルの数も多く、外国人もたくさんいるのである。


プールの向こうはインド洋


まさに楽園


素敵で、清潔で、美味しい


ナカラでは決して見られない素敵なクロス


伊勢海老、大中小で600円


刺身で喰らーう


でもナカラの海も捨てたもんじゃない

モザンビークのここナカラでは9月は祝日が多く、一般市民にとってはお祭り気分なひと月である。

まず
97日は勝利の日(ルサカ協定記念日/8日月曜は振替休日)、
16日はナカラ市の日、25日は国民解放軍記念日である。

ルサカ協定記念日とは、今からちょうど
40年前のザンビアのルサカにて
ポルトガルとの和平協定が結ばれたことを記念する日である。
その翌年の
1975年にモザンビークはポルトガルから正式に独立した。

この植民地支配に対してモザンビーク独立戦争を戦った武装抵抗組織が、
今のこの国の与党となるモザンビーク解放戦線(
FRELOMO)である。
今から
20年前の1994年に初めての大統領・国民議会選挙が行われた時は
この
FRELOMOが約45%、もう一つの政党Renamo-UE(モザンビーク民族抵抗運動)が
38%であったが、前回の2009年大統領・国民議会選挙では総議席数250のうち
76%191議席をFRELOMOがしめる結果となった。
次いで
Renamo-UE51議席、MDM(モザンビーク民主運動)が8議席となっている。

次回の大統領・国民議会選挙を来月
1014日に控えたこの国では、今月から選挙運動が解禁となった。

毎日あちらこちらで行われる集会やパレードなどの活動に皆、仕事そっちのけで大忙しである。
特に公務員の要職などにつく人々はそれらの活動への積極的な参加が
ほぼ義務となっているし、力の入れ具合に個人差はあるにせよ、
他の平公務員も連れだって参加することになる。

町中には至るところに政党のポスターやステッカーが貼られ、
投票を求める大きな看板が立ち、
12mほどの政党の旗をなびかせた
一般の支持者の車やバイクが暴走族の如く走り回っている。


この状態で普通に買い物に行くし出勤する


チラシやステッカーは車内に常備


パレードに備えトラックに旗をくくりつける
(荷台にわんさか人を乗せ町を賑やかに走る)


その議席数からも見てわかるようにそのほとんどが与党
FRELIMOのものであるし、
聞いたところによると公務員は
FRELIMOに投票することが義務であるという風潮があるらしい。

選挙の公平性が保たれているのか疑問であるし、そもそも選挙をする意味が薄い気がしてならない。
ただ、一応表向きは民主的であるということをアピールするだけのことなのかもしれない。


港の前にも大きな看板


『モンドラーネ、サモラ、シサノとゲブーザの理想的な擁護者』
と書かれている看板。隣の石像は初代大統領サモラ・マシェル氏


しかしまァ娯楽がないこの町では、騒ぐ理由ができて皆イキイキとしている。

ちょうど2年前の今日、私はモザンビークどころか
アフリカ大陸に初めて足を踏み入れた。

本来であれば今頃日本に帰っているはずであったが、
何を血迷ったのかあと約半年を懲りずにナカラで過ごすこととなった。

2
年前の私は、まさか2年後に自分がモザンビーク人顔負けの
図々しさを備え、モザンビーク人にも劣らぬ適当さに磨きがかかり、
鉢植えのパパイヤとさつま芋とネギに愛情と水をたっぷり
注いでいるなどとは思いもしなかった。


ぐんぐん大きくなる


パパイヤの下で勢いの止まらないさつま芋


もちろん食用


長くて短く、短くて長い
2年間であったが、あと半年、
まだまだやりたいこともたくさんあるので、
安全と健康には充分に気をつけて、まだまだ愉しもうっと。


餃子、餃子、餃子!(皮から)

「バッテリーの高性能化に伴い、劣化に気づかず、
 ある日突然エンジンがかからなくなるケースが増えています」

・・・これが進化しているのか退化しているのか謎なのだが、
その「ある日」は本当になんも前触れもなくやってきた。

平日は朝昼晩の旦那さんの送り迎えに港と自宅を
4往復(だいたい片道10分ほど)、
その前後に町中で買い物を済ませることが多く、土日は出たり出なかったり。
ガソリンが半分ぐらい減ったところで給油するのが、たいてい土曜日あたり。

昨日も午前中に少し買い物をする途中で港の目の前にある
行きつけのガソリンスタンドで給油した。
ここまでは何の不具合もなく、車は走っていた。
給油後、残りの買い物に出ようと発進を試みるが、エンジンがかからない。
何度試してもエンジンは「キュルキュルキュル」と
音を立てるだけで一向にかからないので若干焦る。

幸いそこはガソリンスタンド。
目の前には整備スペースもあり、日本のような
信用できるレベルではないが整備士と呼ばれる者も一応いる。

スタンドのお兄さん:「どうしたんだい?」

旦那さん:「エンジンがかからなくて」

お兄さん:「バッテリーだね、そこの整備士に見てもらった方がいいね」

いつもと様子が違う車にそこらへんにいた
カー用品の物売りなどがわらわらと寄ってくる。

旦那さん:(それらの人たちに)「車が動かなくなっちゃったから、
     ちょっとそこまで車を押すのを手伝ってもらえない?」

売り子たち:「いくら払う?」

そう、ここはモザンビーク、タダのものなどないのである。
無事に移動させ、整備士がボンネットを開けてエンジンルームを見る。

整備士:「バッテリーだね。新しいの買いに行こう」

旦那さん:「え、今?ちょっと待って、いくらぐらいするの?」

整備士:「
4,000MTから5,000MTぐらい(約12,000円から15,000円)だね」

そう、こちらでは整備してもらうには交換用部品やオイルなどは
すべて持参しなければならない。(その場で販売などしていない)
例えば美容院で髪を染めたかったら、染料は別の店で購入し
持参する必要があるし、水道が壊れたら蛇口は店で購入し、
別途修理工を呼ぶ必要がある。
ほぼすべてにおいて、そのような感覚で物事が成り立っている。

旦那さん:「え、お金
3,500MTしかないよ。足りない・・・」

整備士:「店が閉まっちゃうから早くいかないと!」

この時点ですでに土曜日の午後
12時半。
町の店はスーパーなマーケットとハイパーなマーケットを除き、
1
3
時で閉店となり、月曜日の朝まで開かない。

わたし:「とりあえず、有り金全部持っていって、残りは
     絶対後で持ってくるからって言ってバッテリーもらっといで!!」

ここでは様々なことがフレキシブルなので、普段は
その適当さに苛立つこともあるが、こういう時は便利である。
数分後、旦那さんが戻って来た。

旦那さん:「ちょっと先の店にあったんだけど、
4,500MTだっていうから、お金が足りないよ。
      やっぱり大家さんに来てもらうように電話してくれない?」

わたし:「はァ!?」

ここで言い合ってもしょうがない。

大家さん:「もしもし」

わたし:「もしもし、かくかくしかじかで、港の前の
     ガソリンスタンドまで来てもらえませんか?
     ちなみにお金も少し貸してもらえませんか?
     帰ったらすぐ返しますんで。すんません」

大家さん:「んー…分かった、今行くわね、着いたら連絡するから」

そして数分後に大家さんが来てくれた。

わたし:「本当にごめんなさい!」

大家さん:「いいわよ、でも料理してたから、あたし煙臭くない?」
(大家さんちは外キッチンで炭で調理している)

オーマイガッ!!

わたし:「いや、全然煙臭くないし、料理の途中で本当に申し訳ない!」

そして大家さんと
2人でガソリンスタンドより少し先の店に到着した。

わたし:「あの、
75アンペアのバッテリー欲しいんですけど」

店員:「車用?バイク用?」

わたし:「あ、車用です」

店員:「あるよ、これ」

確かに「
75」という数字がバッテリーの箱に印字されていた。
整備士には
70ではなく75でなきゃダメだと言われて来たので、ひと安心。

わたし:「これ、ください。いくら?」

店員:「
4,000MTだよ」

わたし:「は?
4,000MT??」

店員:「そう
4,000MTだよ」

旦那さんに
3,500MT4,500MTの物があるが、4,500MT
75アンペアのものを買うように指示されてきた私は困惑した。
数分前に私より遥かに流暢にポルトガル語を操る旦那さんが、
実際にこの店でこのバッテリーを確認してきたはずなのに。

わたし:「他に
75アンペアで4,500MTのものはないの?」

店員:「えーっと・・・店長!ちょっと来てください」

わたし:「あの、
75アンペアのバッテリーが欲しいんですけど」

店長:「車用?バイク用?」

わたし:「車用です」

店長:「車種は?」

わたし:「チャレンジャーです」

店長:「これだよ(店員が
4,000MTだと行った物)」

わたし:「これいくら?」

店長:「
4,500MTだよ」

わたし:「はァ?だってさっきこの店員が
4,000MTって言ってましたけど?」

店長:「ん、
4,500MTだよ」

わたし:「あ、そう、
4,500MTなのね。じゃあこれください」

もうこの時点で
1255分をまわっており、
ガソリンスタンドの整備場は
13時で閉まるために焦る。

店長:「じゃあ
2時間待ってもらえますか?」

わたし:「ハァァぁ!?」

店員:「この
75アンペアのものは中が空なので、充電しないと使えないんです」

わたし:「ハァァぁ!?あのねぇ、今、車が止まっちゃって、
     今、必要なの、いーまァー!!」

店長:「今必要なんですね、分かりました。(その店員に)
    おい、あっちの店に電話して在庫確認しろ」

店員:「(在庫確認後、店長に)一つあるって言ってます」

店長:「分かった。ちょっと取ってくるから!
1分待ってて!!」

店長が息を切らしてバッテリー片手に戻って来た。

店長:「これ、これなら今すぐ使えますから!」

そのバッテリーには
75ではなく「70」と印字されていた。

わたし:「だーかーらぁー、
70じゃダメなの!」

店長:「
7570は同じですから!」

わたし:「はァ?整備士が
70じゃなくて75じゃないとダメだって言ってんだけど!
     今すぐ持って帰れないと整備場も閉まっちゃうんだけど!」

店長:「いや、でも
7570は同じですから!」

わたし:「そんなこと言って、もし動かなかったらどうしてくれんの、あんた!」

店長:「大丈夫です!動きます!神に誓って言い切れます。
    私、店長なんですから!なんなら整備場まで一緒に行きますよ!」

ということで、お金はこの時点では払わずに店長を従えてガソリンスタンドに戻った。
整備士に何度も何度も確認し、この
70のバッテリーでも
大丈夫だということなので、仕方なくそれと交換することにした。

整備士:「あ、じゃあキー回してください」

ブルルルルンという音と共に無事にエンジンがかかった。

店長:「ほら、かかったでしょ!だから言ったんですよ、私店長なんですからッ」

このあと無事に家に帰りついたら、どっと疲れが出た。
しかしガソリンスタンドで車が止まったことが不幸中の幸いであったとつくづく思った。
これがもし、
190km離れたナンプラなどに行く途中の電気も通っていない
村落の真ん中で起こっていたらと考えると身の毛がよだつ。


あと半年、頑張れチャレンジャー!

ポルトガル語の授業中、先生が急に声をあげて笑い始めた。

私はそのとき、いよいよ難しくなってきたテキストの問題
(接続法不完全過去とか接続法未来単純形とか…)と格闘していた。

わたし:「なに!?」

先生:「洗濯バサミが!」

わたし:「はい?洗濯バサミが何!?」

先生:「見てこれ」

肩にかけていたポシェットのポッケの部分を
広げて私に見せてくれると、そこにはぎっしりと
カラフルな洗濯バサミが入っていた。なぜ・・・

わたし:「何それ!?」

先生:「いやだから、洗濯バサミッ」

わたし:「いや、そうじゃなくて。なんでそこに入ってんの?何したいの??」

先生:「あはははは、昨日の夜ね、家に帰ったときに
    外の洗濯物を取りこんだんだけど、
    このかばんだったから、とりあえずここに
    入れといて出すの忘れちゃったの、あはははー」

先生は
27歳だが、まだまだ箸が転がっても笑うお年頃らしい。
そのポケットに手を突っ込みながら、洗濯バサミの奥を覗く先生。

先生:「あッ!見て、クッキー!」

先生はそのポケットから、手作りと思しき
裸のクッキーを一つ取り出して見せてくれた。

わたし:「はァ?」

先生:「あはははは、そういえば昨日妹からもらったの忘れてたー」

そう言いながら、先生はそのクッキーを何事もなかったかのように食べ始めた。

先生:「あら、美味しいわ♪」

このように、私の日々はとても愉快なのである。

先日の新作に引き続き、アクセサリーにも手を出してみた。


じゃん


ピアス


じゃんじゃん


輪っかのピアス


パン屋に展示されていたお人形ケーキ