先々週末は終日停電、先週末は終日インターネットが不通。
週末はのんびり過ごすことが多いこの頃。

週末ごとに「寿司スイッチ」が入る旦那さんの希望で、
家の近くのマーケットにマグロを探しに行くことに。

朝一の方がその朝に獲れた新鮮な魚がたくさんあるのだけれど、
なかなかその時間には行くことが叶わないので、昼前に出向く。

そうするとだいたい魚はあまりないのだけれど、昨日はキハダマグロが
まだ残っていたので、
4分の130cmほどのキハダマグロを購入。
背骨の間からはプルンプルンの骨髄が出てきて、
断面もまだ新鮮そうな赤色ということで、刺身でいただきました。


旦那さんは握りとネギトロ軍艦


わたくしは鉄火丼

やっぱりマグロは生が、んめー。

急速な発展を遂げているここナカラでは
スーパーなマーケットの陳列にも目が離せない。



ついに登場したホットケーキミックス!
でも300円は高い・・・



ついに、ついに出ました味の素!!と、味しお。

生活も日に日に便利になります。

この11月から、首都マプトにある旦那さんの所属している
組織の事務所の入口にて、私たちがつくるカプラナ商品が置かれている。


数か月前、ナカラに出張にいらした事務所スタッフの
「ぜひ事務所でも販売しましょう!」
という勇気ある温かい一言から始まり、今回形になったマプト販売所。

縫製やデザインの専門家でもない私がナカラで暮らす身近な女性たちの
収入向上に少しでも役に立てばと細々と始めたカプラナ商品の制作と販売だが、
周りの人々にたくさんのお力添えをいただき、
このように首都マプトでの販売に至り、本当に嬉しい限りである。

ナカラでは販売所は設けておらず、主な販売手段は口コミと
売り込みによる販売のみであり、このように常設の販売所を
設置させていただけたことはとても大きな一歩であった。

それは私だけでなく、一緒に制作にあたっている女性たちにとっても
非常に大きなモチベーションとなっている。
自分の作ったものが首都マプトに渡り、その対価として現金が
還ってくるのである。これ以上の喜びはない。


ナカラの市章をあしらった43周年のカプラナで制作した巾着


もっぱらの課題はこれを私が帰国した後、どのように継続していくか、である。
これはかなり難しい問題であるが、いる間にできる限りのことをしていきたいと思う。


商品を入れる袋を新聞で作ったところ評判だったので、
バッグも作ってみた

私がナカラを留守にしているひと月の間に、とうとう中華料理屋が開店していた。

待望の中華料理屋である。
ナカラで生活して
2年、ようやく世界の中華料理がここでも
食べられるようになったかと思うと喜びもひとしおである。

ここに来た当初は冷蔵ケースのある肉屋やスーパーなぞ存在せず、
日本食材はおろか賞味期限内の中華食材ですら入手が難しかったのである。

そんな土地に
2年後には冷蔵ケースにずらりと並ぶ各種肉が買え、
埃の被っていない賞味期限内の様々な食料品が手に入るようになったのである。
レストランやカフェの数も片手から、両手で数えられるほどに増えた。
これだけでも急速な発展をしていることが見てとれる。

さて待望の中華料理屋だが、店名を「中国福天酒店」といい、
なんとも縁起の良さそうな名前である。


ちなみに漢字の下の英語表記は明らかに誤字である。

店主のご夫婦は、にこやかでよく喋る、気のよさそうなオヤジとオバチャンである。
彼らは一言もポルトガル語を話さない。たぶん、話せない。
そして私たちは中国語がほぼ話せない。よって、彼らとの意思疎通は
ジェスチャーとカタコトの中国語で行わなければならない。


店内の様子
これから徐々に作り上げていくんだろうなという感じ


料理を注文するぐらいはそれで事足りるのだけれど、
それ以上の会話をしようとするとやはり限界がくる。
そこで我々は「筆談」という手段に出る。
これは思ったよりも意思の疎通がはかれる。

 
メニューの一部

オヤジの作り出す中華料理はまさに中華料理であり、とても美味しかった。
あまりに感激し過ぎて写真は取り忘れた。

我々は帰りの道中「もう中国に足を向けては寝られない」と思った。


店の前に貼りだされた単純明快な料理の説明写真

ナカラに戻ってきて、大家さん一家にもお土産を渡した。

日本の例えば
100円均一で売られているちょっとしたものでさえ、
こちらで手に入れることは困難だし品質もかなり良いものになる。
例えばラメのマニキュアなどはナカラでは手に入れることが大変困難である。
普通のマニキュアも店頭にある時点ですでに固まったりしている始末。

大家さんの娘は高校生でディズニーとピンク色が大好きな可愛い少女である。
彼女へのお土産の一つとして、キャラ物のクリアファイルをいくつかあげた。

大家さんの奥さん:「あのこれ、娘へのお土産のこれだけど、
          これ何に使うの?海で使うのかしら??」

・・・はて?海???

わたし:「あァ!それはね、書類とか入れるのに使うんですよ!」

クリアファイル一つをとっても、それを知らない人にとっては
新しい使用法が発見されるのである。
きっと大家さんの奥さんとしては、プラスチックのもので
防水であろうから、海で何かに使うと思ったのであろう。
これを敷いてその上に座るととか?いやはや。


もちろん我がポルトガル語の家庭教師
Lurdes先生にもお土産をあげた。
洋服とか、
4歳と2歳になる息子にちょっとしたおもちゃとか。

Lurdes
先生:「あのさ、お土産の中に寿司が入ってたんだけど、
       あれって食べれるの?それともおもちゃ?」

わたし:「へ?おもちゃだよ。だって、え!?おもちゃです」

Lurdes
先生:「あァ、おもちゃかァ~どうも米が硬いなーと
       思ったんだよね。あれプラスチックなんだね。
       米がさ、硬かったから、もし食べ物なら
       どうやって食べるのかな~って思っちゃったわ」

寿司を模したマグネットのことである。
寿司を間近で見たこともなければ、食したこともない先生は
本物かどうか見まがったのである。いやはや、いやはや。

ドバイでは18時間の待ち時間を空港内ホテルに滞在することで、かなり快適に過ごせた。

部屋にはお祈り用の小さい絨毯とその方向を示すサインがベッドの脇に設置されていた。

 
メッカの方向を示す


田舎に帰る前の食べおさめはキッシュ。
ちなみに昼はあと4か月はおあずけのバーガーキングでした。

無事にナカラに帰りましたとさ。

約ひと月前に日本に着いたと思ったら、それはもう本当に幻の如くあっという間に
ひと月が過ぎ、今はまたドバイで今度はヨハネスブルグ行きの飛行機を待っています。(
18時間待ち)

お忍び一時帰国であったのに、まんまと前の職場に日本滞在がばれ、
なぜか数日間働く羽目になった。滞在期間はひと月あったし、
仕事も、前職の人たちも最大の愛を込めて大好きなので、
文句言うことではないのだけれど、びっくり面白かったです。

ただ久しぶりお仕事は思いのほか楽しくて、あっという間に時間は過ぎ去った。
専業主婦も嫌いではないが、チームで働くっていいよね。

日本では、


妹が結婚したり、


二次会の写真撮影する羽目になったり、


子どもとドラえもん(声が全員違う!)観たり、



お茶したり、



男子のわんぱくさに圧倒されたり、


山登ったり、


お茶したり、


(実家に押し付けた)ガジュマルが元気だったり、



犬に遊んでもらったり、


お茶し(餅が美味すぎ)たり、


ねこさんらに癒されたり、

念願の釣りデビューを果たしたり、した。

明日の昼にはモザンビークはナンプラに到着し、夕方にはナカラの自宅に帰る予定。
20129月からのナカラでの生活も過ぎてしまえば、
あっという間にも感じることもあり、残すところあと
4か月となった。

このひと月で緩んだ気をしっかり締め直して、残りの
4か月も
ダイビングざんま・・・いや、安全と健康に気をつけて、過ごそう。


待ってろ、ナカラの海~

というわけで、ナンプラから一路日本へ向け、旅立った。

ナンプラで人に会っていたら、なんだかんだで乗り遅れるかと
思うほどに空港に到着するのが遅れてしまった。
私がカウンターでチェックインするや否やカウンターは閉鎖された。
ふー、あっぶね。

今回はナンプラから
2時間半、南アフリカ航空利用でヨハネスブルグ
5時間半待ち)を経由して、ドバイで18時間待つことの、
そこからはエミレーツで日本まで直通という便を購入した。

なんと驚異の
1,600USDを下回ったのである。
そのためなれば、
2日がかりでも仕方がないというものである。

ちなみに一番乗り継ぎが良い経路は、ヨハネスブルグから
南アフリカ航空を利用した香港経由の東京着であると思われる。
しかしこれだと
25万円はどうしてもかかってしまうのである。
この差額約
8万円ほどあれば、沖縄旅行なぞ目ではなかろう。

というわけで、節約したためにドバイでの
18時間を
どう過ごすかが問題である。とりあえず、体(精神?)の
欲望に忠実に脇目も振らずマクドナルドに向かった。


繰り返しになるが、モザンビークにはマクドナルドがない。
バーガーキングもない。ケンタッキーは(首都マプトにのみ)ある。
という状況であるから、これは致し方ない。
だが一度マクドナルドに入ってしまえば、
30分いるのが限界であろう。(一人だし)

次に、ターミナルがデカすぎて
AB/C以下の2つがモノレールで
繋がれている双方の免税店街を何度か行き来してみた。


広いし、物が押し寄せてくる~


こちらはどちらを利用してもほぼ同様の満足感が得られるように
ほぼ同様の店舗が同じずつ入っているのだけれど、若干
Aの方がこじんまりとしている。
スターバックスや電気屋、本屋ほか免税店はほとんどが両方に
入っているのだけれど、なぜかハーゲンダッツは
B/C以下にしか
ないなど、微妙なさじ加減になっている。


上部が5スターホテルになっている


モザンビークにはこれといった土産物もカシューナッツぐらいしか
ないので、ちょこちょこと買い物をしていたら、ドバイ旅行に
行った人のような土産物のラインナップになってしまった。
(空港から出たことないのに)

そしてドバイ空港は何度か利用しているものの、
いつもアジア系職員の多さに驚く。
免税店街の店員も、案内係も、清掃員も、なぜかフィリピン、
インドネシア、マレーシア、タイなどのアジア系がしめる。
そしてアジア系の皆が同胞の笑みを私に投げかけてくれ、
やたらに親切にしてくれる。
そしてレジではやはり毎度の会話が繰り返される。

レジのお姉さん:「(パスポートを見て)あら、日本人なの?」

わたし:「うん」

レジのお姉さん:「でもピュアじゃないでしょ?」

わたし:「いやいや、アイアムピュア日本人です」

レジのお姉さん:「え、そうなの?お母さんは?お父さんは?」

わたし:「いや、ですから、日本人ですってば。アイアムピュア」

レジのお姉さん:「そうなの~?なんか顔がさ~」

わたし:「うん、なんでかいつも言われるよ。
     お姉さんはフィリピン人でしょ?」

レジのお姉さん:「そうよ~」

このようになぜか、アジアから少し離れた中東の地で、
お互い頑張ろうね的なアジアの絆を確かめ合うことになる。

というわけで、ドバイ滞在あと
9時間となりました。

ナカラから州都ナンプラへ国道8号線をひた走ると、
ちょうど
100kmほどいったところでナンプラに入る。

そうすると、モザンビークの特産品の一つである
カシューナッツの路上販売が数十メートルおきに行われている。

そこらへんに無造作に生い茂っているカシューナッツの木を
家庭ごとに収穫し、殻を割り、薄皮を剥ぎ、火で煎ったものを
洗面器
1つを1単位として150mt(約450円)200mt(約600円)ほどで売っている。

これが組合単位(あるのか知らんが)などできちんと工場で
処理されたものと違って(そういうものも店に真空パック等で
流通している)、カシューナッツなのにしっかりとした甘みが強く、
適度な水分が残っているので噛むほどに旨みが染み出てき、
加えてとても香ばしいのである。

事実、それらのカシューナッツを洗面器1つ分購入し、
かばんに入れているとかばんを開けた瞬間の
カシューナッツの香りに酔いしれるほどである。


国道を走っていると・・・


その場で処理してる女性と娘たちと、
車に売り込みをかける少年


通り過ぎて走り続けていると・・・


またまた人が・・・ん?人・・・


・・・じゃない!案山子ッツ!!!

もう炎天下のもと車に売り込みをかけ続けることに
辟易した誰かが売り子案山子バージョンを始めたのである。

しかも数か所のうち
2か所にしか、この案山子はおらず、
まだ進化を遂げた知恵が伝達されていないことを物語っていた。
このようにして、誰かが発明したものというのは徐々に
広がりを見せてゆくのだと、進化の過程を垣間見た気がした。


脂質が多く含まれるため食べ過ぎには注意

9月に入り、夏がやってきた。

それと同時にナカラ湾にはクジラがやってきている。
ビーチから湾内を眺めていると
5分もしないうちにクジラが潮を吹き、
ひれを水面にバシャバシャ打ち付けたり、たまーにジャンプするのが
見える。だいたい
11月まではこの光景が身近で見られる。


ビーチではあがったばかりの新鮮な魚介類がいつでも買える
子どものカツオとイカ


ボンゴレビアンコ~


久しぶりに潜ると海の中も子育て真っ最中




この日はギンガメアジの大群が我々を避けながら通り過ぎた
(イメージですがこんな感じだった)

ちょっとした洞窟には巨大な五色エビファミリーも!
(イメージですがこんな感じの美味しいヤツ)


ナカラには7種類のクマノミの中で私の一番のお気に入りの
セジロクマノミがいる(イメージですがこんな感じ)


やっぱり海はいいな~