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※この現実はフィクションです。

                                                    物語の核心に触れる記述を含むことがありますので、閲覧は自己責任でお願いします。

空をサカナが泳ぐ頃 (メディアワークス文庫)/浅葉 なつ
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 第17回電撃小説大賞で、メディアワークス文学賞を受賞。出版できるレベルに達していない。今作は近年の受賞作の中でも特に理解できなかったので取り上げた。

 メディアワークス文庫といえば、ライトノベルを読んで育った世代に提供する小説。つまり、ライトから脱却を試みるものの、一般小説ではないという、両者の中間に位置する存在だ。

 今作の主人公の背景・設定は基本的に一般小説(非記号的)だが、キャラクタの性質はライトノベル的(記号的)だ。このミスマッチ感が酷い。無目標の社会人という、現代日本の象徴のような主人公が、漫画のような叫び声を上げたり、吹き飛ばされたりするのは現実味がなく、かといって、空想ものだと割り切って笑うこともできない。

 また、全体的にコメディタッチなのだが、ギャグが力押しでつまらなく、文章の稚拙さ故にテンポは最悪で痛々しい。

 さらには、主人公の心情を追わず、次々と事件を起こして単発のネタで勝負、といった所も受けつけない。小説を描く上で、事件でなく人物の心情を追うということは、基本中の基本。

 心情描写は、くだらないコメディと超展開の中に所々浮上してくる程度で、説得力がない。葛藤を乗り越えているシーンも完全においてきぼりをくらった気分。

 個人的には、メディアワークス文庫は、もう見限る寸前だ。


真夜中の五分前―five minutes to tomorrow〈side‐A〉 (新潮文庫)/本多 孝好
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真夜中の五分前―five minutes to tomorrow〈side‐B〉 (新潮文庫)/本多 孝好
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 つまらない日常に囲まれた主人公は、愛というものに対して懐疑的になっている。「自分の運命なんてこんなもんだろう」と見切りをつけて、それを考えないように生きている。

 このコンプレックス、或いは傷を抱えている主人公というのは、この著者のひとつの特徴であると思う。そして、テーマに対する答の出し方が、詩的で、静か。だが綺麗なだけの言葉で結論を濁したりはせず、運命とは何か、人間の本質はどこか、という現実の問題にきちんと回帰してくる。

 一卵双生児のかすみとゆかり。かすみに恋をしたのが主人公。途中、かすみかゆかりか、どちらかが死んでしまう。しかし、生き残ったのがどちらなのか、誰も分からなくなる。そんな「彼女」を主人公は愛していると言えるのか。

 「彼女」を区別する方法は提示されている。しかし、主人公は実行しない。意味のないことだと、登場人物、ひいては著者も考えているからだ。

 運命の相手は生まれる前に決まっているのではなく、自分が巡り会って、愛していると言えたなら、それが運命の人なのだと、著者は言いたいのではないか。

 生き残ったのはどちらなのか、最後まで判明しない。謎を残し、大いに考える余地を残してくれる。しかも、その謎はテーマに関わる重大なものだ。読者は考え込まざるを得ない。(もしくは投げ出すか)

 本当に価値のある小説は、読了後、何度も思い返させてくれるものだ。読んでいる時間など、一瞬だ。大事なのはその後。その人に何を残すか。

 私が自分で納得し、たどり着いた答は、この作品と共に、私の中に残っている。

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)/谷川 流
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 社会現象までに発展した、大人気ライトノベルシリーズ。

 今作の魅力とヒットの要因は、ライトノベルらしいお約束をうまく取り入れたことがひとつ。それ以外にも、主人公の性格とうまくリンクした皮肉めいた言い回しの文章、時空という知的路線に走った科学的でありロマンのあるモチーフがあげられる。他にも、モチーフの時空移動とうまくマッチして相乗的に効果を高めている伏線とその回収、ライトノベル層には新鮮な時系列シャッフルを用いたこと、そして質の高いアニメーション化作品が知名度を飛躍的に高めたことなど、すべてがうまくはまった印象を受ける。

 今作の中に以下のような名言がある。

「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」

 この作品は、ヒロインにこの台詞を言わせた時点で勝ちなのではないかと私は思う。これは著者が読者に「これから何でもありの展開になりますよ」と言っているようなものだ。超展開、超理論がまかり通る。

 隅から隅まで計算され尽くした、著者の思慮深さには素直に尊敬したい。

作品紹介
未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告― (岩波新書)/菅谷 明子
作者紹介
菅谷明子


 紙上だけのことであるから、実際には、アメリカにおいての図書館が、どれほど国民の生活に根ざしているのかはわからない。本書には、アメリカにおいての図書館に対し、ほとんど肯定的な意見しか書かれおらず、それが事実無根であるとは思わないが、信用性に欠ける。というのも、本書にはよく、実際の利用者の生声なども記載されているが、これらは図書館に対して肯定的な意見を述べた利用者のものだけを抽出しているのでは、という懸念がある。図書館に対しての意見を求めた利用者は、当然、ここに記載されているだけではないだろう。嘘ではないが、アメリカの図書館の長所だけを記載し、さらにそれを裏付けるのに適した意見を取捨選択して、記載している。そういう印象を受けた。

 しかし、私は必ずしも本書から受ける印象が、アメリカにおける図書館の実態そのものだとは思っていないが、日本のそれとは比べものにならないほど、国民の生活に根ざし、機能していることは疑いようがない。この本からは、私が、ひいては日本人の多くがもっているであろう「図書館」のイメージとはまったく異質のものであるという印象を受けた。実質的には、もはや別の機関としての働きをしている。日本の図書館がいかに脆弱で、日本人がいかに情報というものに対しての意識レベルが低いのか、ということがよくわかった。日本の図書館を、アメリカのように、地域民の生活と密接な関係を持たせるためには、まず日本人の情報(まずは特に図書)に対しての関心を高める必要がある。図書館を必要としてもらわなければならない。しかし、需要を高めるには、当然供給も充実させなければならず、いまの日本の図書館にそれが十分あるかといえば、ない。すべては机上の空論であり、それが実際に行われるには、何か大きなきっかけが必要なのだと思う。

 しかし、この現状は、アメリカと日本の文化レベルの差の、ある程度の要因になっているのだと推測できる。質の高いデータベースが広く無料で利用できたり、公共図書館を通じ、国がビジネスの奨励を行ったり、芸術の面においても、歴代の偉大な芸術家の草書を保存していることなどは、そのまま文化レベルに直結するものだと考えられる。”ビジュアルイメージ”の蓄積まで行われているという事実には、驚いた。芸術家の端末を摘ませてもらっている私にも、創作活動において、これがどれほど有益なことかはよくわかる。また、図書館は大衆文化にも寛容な態度をとっているのだというから驚きだ。こうした国単位での理解の違いが文化レベルの違いに繋がることがよくわかる事例だ。アーティストたちも、図書館に自身の資料がおかれることに意義を感じるようになってきた、というのは、非常にいい傾向だ。アーティストたちにとっては、それがステータスであり、売名行為であり、利用者にとっては貴重な資料であり、娯楽である。

 いまの日本には、そのような風潮はまったくないどころか、近頃は積極的に文化レベルを衰退させようとしているのではないかと思えるほどだ。極論になるが、まずこの日本自体の現状をどうになしなければならない。

 世には紙媒体の資料の衰退を案じている人が大勢いるがが、日本国民もアメリカ国民のように、インターネットと紙媒体での資料では、性質に差があることに気づき、きちんと理解して欲しい。もっとも、本書でもふれられているように、電子ブックの代頭や、もしくはさらなるインターネット技術の向上によっては、それはありえる。しかし、いくら技術が向上しても、それ以前に書かれた本は紙媒体であり、それらを電子ネットワークにのせるには相当な時間が必要とされるはずだ。だから私たちがいましなけばならないことは、アメリカの図書館を見本に体制を整え、国民に理解を求め、地域地域の生活に深く根ざした図書館体制をつくることだろう。

 最後に。1990年代半ばに急速に普及したインターネットを受けて、ニューヨーク図書館は、はじめから、インターネットの存在が図書館に取って代わるものだと考える態勢をとらなかった。むしろそれをどのように図書館の普及に役立てるかということを素早く考えた。ニューヨーク公共図書館がとったこの姿勢が、アメリカと日本の図書館体制の現状を象徴しているように思える。
作品紹介
神様のメモ帳 (電撃文庫)/杉井 光

作者紹介
杉井光

電撃文庫の作品。友人の薦めがあり、私自身興味があり、後輩が持っているということだったので、奪……借りて読みました。電撃でミステリでしかもファンタジー要素が皆無だということで、非常に興味を持ちました。ラノベのミステリっていうと、以前レビューした「under」のように、ストーリーにプラスアルファの要素として、つまり変格として出てくる場合がほとんどだからです。エンタメありきのミステリですから、そこに魔法とか第五の力だとか、ファンタジー要素が入ってくるわけです。しかしこれにはそれがないとおっしゃる。あの、電撃でですよ? 整合性だとか、テーマ性だとかから一番遠くにいる存在のところです。(しかしながら、整合性もテーマ性もある作品にはきちんとあります。傾向として、ということです)そして実際に読んでみた感想は、期待以上の出来、といった感じでした。

以下、若干のネタバレ。

ミステリとしての完成度、おもしろさは、やはりそれでもエンタメが第一ですから、それほどでもなかったのですが、テーマ性がとても高いように感じました。そしてかなりのシリアス。(偏見かもしてませんが)電撃文庫作品に対して、シリアス、という言葉を使うと、人が死んで鬱展開になったり、エログロ的なことを指すことが多いように思いますが、この作品はそうではありませんでした。人が死んで、というか植物物状態になる、ということが起こり、そういう意味では鬱展開でしたが、それに対しての主人公の葛藤が、全編を通して描かれており、テーマ性が高く、この作品に対しての、シリアス、は、葛藤する主人公の様がシリアス、ということです。ですから、ラノベでなくとも、この作品は普通に通用するようだろうと思います。キャラクタも、最近のラノベっぽい一般小説よりはラノベっぽくなかったです。かわいい女の子が不自然にいっぱい、なんてことがなくて、一人は途中で事実上戦線離脱するので、女の子のヒロインは二人だけでした。私個人としては、不自然に女の子いっぱいってのはあざとくて冷めるので、こっちのほうがよっぽどヒロインに萌え萌えできます。

私の崇拝する作家の
一人である本多孝好 の作品に正義のミカタ という作品があります。語り口もテーマも設定までもこの作品とそっくりでした。完結した人たちの輪(神様のメモ帳では、アリス率いるニートたち)の中に主人公が飛び込んでいくところや、麻薬犯を捕まえるために奔走するという話の筋など、そっくりでした。しかしながら、正義のミカタは、主人公の行動理念にヒロインを使っていなかったり、麻薬犯を味方として登場させ、犯人側の心情までも描いていたり、キャラクタ一人一人の背景がより細かく描かれていたりなど、この神様のメモ帳よりもより深く人間のドラマを掘り下げてられています。行動理念にヒロインを使わない、というのは、良い悪いの問題ではなく、(神様のメモ帳はラノベですから、むしろそうであるべきだと思います)易いか難いかの問題で、より難いということですが。では、難しいことをしていると作品として優れているのか、という話になると、それはエンタメという側面、芸術としての側面を併せ持つ小説の性質上、結論が出ることではない、というかぶっちゃけ人によりけりだと思いますので、置いときます。

話がそれました。神様のメモ帳の話に戻します。

話のテンポは大分早かったです。特に前半。それがいい意味か悪い意味かというと、一長一短という感じ。150ページぐらいまでにキャラや背景の紹介と、主人公をニートたちになじませたりと、これから話の本筋へと向かう準備を終わらせています。急に話が展開するので、一気に読んでしまえるという意味ではいいかもしれません。ですが反面、いろいろ詰め込みすぎ感があって、読んでいて疲れる、という欠点もあり、そしてなにより、キャラクタがストーリーに動かされています。ご都合主義、予定調和、作者の意図が透けて見える。私が最も嫌いなパターンの一つです。こういうことをされてしまうと、どうしても白けてしまいます。私は、普通の人よりこのとに関して過剰に反応してしまうところがあるので、たいていの人は私ほどは不満に思わないかもしれません。しかしこのことは、ひいては、話についていくことに必死、もしくはだいたいの雰囲気だけを読み取るという態度になってしまい、つまり感情移入がし難くなってしまいます。そして、この展開の直後に控えているのは、ずっとこの作品のヒロインの一人だと思っていたキャラの、自殺。急展開過ぎて何が何やらです。読者にヒロインの死を残念に思ってもらってなんぼのこの後の展開なのですが、これでは作者の独りよがりになってしまいます。というか第一巻の序盤でヒロインを死なせて、それを主人公の行動理由にするということ自体いかがなものかと思います。これが二巻三巻と、巻数を積み重ねた上でのことなら効果は絶大だと思いますが。もっと別の方法で問題提起するべきだったと思います。