世界初の鍼灸専門書《鍼灸甲乙経》
皇甫謐 と《鍼灸甲乙経》 公元256年、晋代の医学者・皇甫謐は、身に纏わりつく度重なる困難を克服し、晋代以前の各時代の鍼灸学の経験を系統的にまとめて、わが国最初の鍼灸専門書である《鍼灸甲乙経》を著しました。皇甫謐は裕福な役人の家の出身ですが、彼の代にはすでに落ちぶれて、赤貧洗うが如しでした。小さい時に父母が早世したので、叔母の家に身を寄せていましたが、彼は相変わらず裕福な家庭出身の落ちぶれた子弟の態度を改めませんでした。食いしん坊の怠け者で、苦労が嫌いで、一日ぶらぶら過ごし、20歳になるまでまるで学問がなく、ご飯を与えれば口を開け、服を与えれば手を伸ばすといった生活でした。後に叔母の導きと先生の教育を経て、ようやく発奮して勉強を始めました。 彼がちょうど安逸の誘惑に打ち勝ち、生活に意義を感じるようになったころ、突然風痺病を患ってしまいました。半身は針を刺されるように辛く、時には痛くて体を起こせず、治療を請われた数人の医者はみなこの病は難治だと診断しました。彼は《黄帝内経》、《鍼経》、《明堂孔穴鍼灸治要》などの医学書を読んでから、自分の体に鍼を刺し、いくつかの自分で刺せないツボは息子に命じて刺鍼させました。こうして、鍼を刺し、抜き、按摩して自身の風痺病を治しました。それから、彼は更に努力研鑽して、古人に習って鍼灸の文献を整理し、有用な医術を継承しようと決心しました。数年の苦労の後、ついに彼が42歳の時、世界の歴史上初の鍼灸専門書《鍼灸甲乙経》を著しました。◇ここでは「鍼灸甲乙経」は皇甫謐42歳の時に書き表したことになっていますが、風痺に罹ったのは34歳で、42歳には中風になり、更に五石散の服用によって症状を悪化させたとも言われています。42歳の中風を機に本格的に医書を読み始めたともいわれています。◇私も体の半身の痛みで長く苦しんだので親近感を感じました。また、鍼灸を学び始めたのが中年以降という点でも、これから勉強をやり直しても間に合うかな?と思わせてくれます(笑)。◇個人的な思い入れはともかく、鍼灸甲乙経から勉強すべきではないのか?と思いました。でも、日本にはこの訳本は今のところ無いようです。中国語の現代語訳の本でも参考にしてボチボチ訳してみようかなと思っています。鍼灸甲乙経 浅野周先生訳http://homepage2.nifty.com/pekingdo/kouotukyou1.htm 完訳 鍼灸甲乙経 未刊?http://blogs.yahoo.co.jp/kouotukyou_yt92 皇甫謐http://www.wellba.com/wellness/doctor/contents/99601/doc19.html 世界最早的针灸专书-《针灸甲乙经》http://www.qx818.com/jkys/ppys/epjd/12519.html 八王子・日野はり灸マッサージ倶楽部よりhttps://www.facebook.com/groups/193348844150462/