☆X精子とY精子の新たな選別法TLR7/8:男女生み分け | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

広島大学家畜生殖学の島田昌之教授のグループは、X精子とY精子の「違い」を発見し、マウス、ウシ、ブタで雌雄の生み分けに成功したという論文を発表し、2019年8月14日にメディアで紹介されましたので、その元論文をご紹介します。

 

PLoS Biol 2019; 17: e3000398(日本)doi: 10.1371/journal.pbio.3000398

要約:Y染色体は700個未満の遺伝子を、X染色体は3000個以上の遺伝子をコードしていますが、実際に働いている遺伝子はごく少数であり、発現は円形精子細胞で最大になります。Y染色体を持つ精子とX染色体を持つ精子の遺伝子発現パターンに違いがあるのではないかという推察のもとに網羅的に解析を行ったところ、X染色体にあるTLR7/8遺伝子が候補に上がりました。円形精子細胞においても精巣上体精子においてもTLR7/8遺伝子は丁度50%に発現しており(X精子:Y精子の分離の可能性を示唆)、TLR7は精子尾部に、TLR8は精子中間部(頸部)に発現していました。TLR7/8受容体に結合する薬剤(R848/R837)を投与すると、1時間後にはX精子の動きが鈍くなりますが、Y精子の動きに変化はありませんでした。この現象を利用して、マウスの精子をスイムアップ法を用いて分離したところ、スイムアップした精子(動きが早い)からの受精卵は90%がXY染色体を持ち、スイムダウンした精子(動きが遅い)からの受精卵は70%がXX染色体を持ちました。これらの精子を用いて体外受精を行ったところ、スイムアップした精子から83%オスが誕生し、スイムダウンした精子から81%メスが誕生しました。なお、R848/R837を洗浄するとX精子は再び動き出し、これらの薬剤を作用させた精子の生存率や先体反応に変化はありませんでした。また、TLR7/8遺伝子抑制により、TCA回路やHexokinase経路を介してATP産生が低下することが明らかになりました。

 

解説:畜産業では、家畜の種類や用途により雌雄で市場価値が大きく異なるため、生み分け技術が切望されています。しかし、X精子とY精子に機能的な違いはほとんどなく、選別は困難であるとされていました(非可逆的な分離は可能でしたが、分離すると使えない精子になってしまいます)。従って、ヒトでの精子の選別も事実上不可能と考えられていました。本論文の研究は、TLR7/8受容体に着目し、X精子とY精子が可逆的に分離できることを示した、極めて画期的な報告です。本論文のチームは、大分県農林水産研究指導センターでブタとウシの同様な検討を行い、ウシやブタでもR848/R837を作用させたスイムアップ精子から70〜90%のオスが誕生することを確認しています。応用範囲が広く、しかも実践的な素晴らしい研究だと思います。島田さんによると、世界で50以上のメディアで本論文が取り上げられたということであり、極めて注目度が高い研究です。なお、本法はあくまでも動物での検討であり、ヒトへも応用できるかについては現段階では明らかではありません。

 

下記の記事を参照してください。

2017.10.12「リン酸カルシウムで男の子の産み分けは?」​​​​​​​

2016.5.7「☆精液所見による体外受精妊娠の男女比の違い」
2016.1.4「女の子が欲しい時、夫に痩せてもらう?」

2015.4.19「Q&A667 精子無力症で生み分けは?」
2015.3.4「タイムラプスを使って女の子の胚を選別できる?」

2014.12.29「☆着床前診断(PGS)したらどうなる?」
2014.12.14「地球温暖化により女児が増加!?」

2014.9.19「Q&A452 精子の重さ」
2014.6.14「☆体外受精、顕微授精による赤ちゃんの男女比」

2014.5.18「☆抗菌剤による避妊から学ぶ、膣内感染防御の巧妙な仕組み」
2013.6.27「☆性別の選択(男女生み分け)その2」
2013.6.20「☆性別の選択(男女生み分け)その1」
2013.3.10「発育が速い胚盤胞は男の子になる?」
2012.11.27「女性のストレスが強いと女の子が生まれる?」