☆着床前診断(PGS)したらどうなる? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

2014.12.18「☆着床前診断について」の記事で取り上げたように、PGSの質問が非常に多くなっています。日本ではこれからやっとといった感じですが、世界ではどんどん行われており、最近PGS関連の論文も増えています。本論文は、「不妊症の方」と「不妊症でない方」でPGSを行った興味深い結果を示しています。

Fertil Steril 2014; 102: 1318(英国、米国)
要約:2010~2014年に、hMG+hCGを使用した刺激周期により採卵し、胚盤胞の着床前診断(CGH法)を実施した93名(不妊症62名、不妊症でない方31名)後方視的に検討しました。「不妊症でない方(妊娠できる方)」でPGSを実施する方とは、ドナー卵子提供者、男女生み分け希望の方、単一遺伝子異常の方を指します。胚盤胞の染色体が正常である確率は、35歳未満の場合も(不妊症の方56.8%、不妊症でない方57.6%)、35歳以上の場合も(不妊症の方47.1%、不妊症でない方48.8%)全く同じでした。しかし、染色体が正常である胚を移植したところ、不妊症の方は不妊症でない方と比べ、妊娠反応陽性率(61.7% vs. 84.8%)も着床率(66.7% vs. 85.7%)も有意差な低下を認めました。また、流産率は、不妊症の方(4.0%)と不妊症でない方(8.3%)で有意差を認めませんでした。

解説:本論文は極めて重要な3つの事実を示しています。
1 不妊症の方と不妊症でない方の染色体異常の頻度は全く同じである(年齢により異常が増加する程度も全く同じ)
2 染色体が正常である胚を移植した場合に、不妊症の方は不妊症でない方より妊娠率(着床率)が約20ポイント低下する
3 染色体が正常である胚を移植した場合に、不妊症の方も不妊症でない方も流産にはほとんどならない

つまり、不妊症の方は子宮の受容能が低下しているか、全く未知の要因が関与しているかが考えられます。着床前診断を全例に行った場合に、流産率は飛躍的に低下しますが、妊娠率はそれほど劇的に改善しないのかもしれません(これまでの報告によると、着床前診断を行った場合の不妊症の方の妊娠率は65~70%であり、本論文と一致しています)。しかし、着床前診断を行っても妊娠しない方をつきつめていくと、着床機構の解明やその他の未知の要因の解明(免疫など)につながり、不妊症の方と不妊症でない方の妊娠率が同じになるはずです。これには、PGSというツールが必要不可欠です。

また、刺激周期や自然周期を含めこれまでに報告されている染色体異常頻度と、本論文の染色体異常頻度が一致しています。したがって、「刺激周期は異常卵が増えるから自然周期がよい」「hMGは異常卵が増える」「hCGは百害あって一理無し」とする一部の考えは誤りであることを示しています。

本研究の秀逸な部分は、「不妊症でない方」での検討がなされている点です。日本で同様の研究を行うとしても、ドナー卵子提供者と男女生み分け希望者は除外されますから、単一遺伝子異常の方のみになります。そうすると、ほとんど症例が集まらず、比較検討するまでに至らないことになります。