☆着床前診断について | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

最近、着床前診断に関する質問が多くなっています(外来、ブログ)。
日本産科婦人科学会は2014年12月13日の理事会で、受精卵(胚)の染色体を調べ、異常のないものを子宮に戻す「着床前スクリーニング」の臨床研究の実施計画案を承認しました。これを受けてのメディア報道がそのきっかけなのですが、メディアではその真の必要性についてではなく「命の選別」の方向にどうしても話が向かってしまいます。

現在の体外受精や顕微授精では、正常か異常かの判断ができない胚を移植しています。したがって、日本産科婦人科学会の全国調査による妊娠率は28.8%にとどまっています。異常な胚を移植しても妊娠しないのは当たり前で、受精卵を調べてみると、驚く程染色体異常の確率が高いことがわかります。

20~34歳:59%
35~39歳:63%
40~47歳:74%

分割胚(2~3日目胚):71.4%
胚盤胞(グレード1&2):62.5%
胚盤胞(グレード5&6):50.0%


異常な胚を移植すると、その異常の程度によって、着床しない、化学流産、流産のいずれかになります。いわゆる自然淘汰です。流産胎児を調べてみると、実に70~90%に染色体異常がみつかります。流産胎児の染色体を調べて異常が見つけられるのであれば、移植する前に見つけて欲しいと思うのは自然な考え方です。

ヒトは、当事者にならないとその痛みや辛さがわからない生き物です。病気になって初めて健康であることの有り難みがわかる訳ですが、不妊症はその最たるものではないかと思います。簡単に妊娠する方にとって、なぜその技術が必要なのか見当がつかなくても不思議ではありません。しかし、何らかの問題があってなかなか妊娠しない、治療にはお金も時間もかかる、やっと妊娠したかと思うと化学流産や流産になる、このような方がおられるのも事実です。そのような方は、毎回の治療終了後に少なからず心のダメージを受けています。流産は妊娠の喜びから奈落の底へ転落するような感覚だと思います。そのダメージを極力少なくしたいと考えるのは当然で、着床前診断を切望している不妊症や不育症の方は少なくないと思います。

医療者も成功率の高い治療を提供したいと願っていますので、着床前診断の普及を望んでいる医師は多いと思います。また、着床障害や不育症の研究が進まないことにジレンマを感じている医師も大勢います。現在の着床障害や不育症の研究は、沢山の染色体異常の胚を含んだ結果で議論しているからで、真の着床障害と真の不育症の方を抽出することができていない訳です。胚の着床前診断が行われると、正常な胚なのに着床しない、正常な胚なのに流産する方だけをピックアップできますので、着床障害と不育症の研究が飛躍的に進むことになるでしょう。

日本産科婦人科学会の発表では、体外受精を3回以上失敗、あるいは流産を2回以上経験した女性600人を対象に、着床前診断の実施群と非実施群に分け、妊娠率や流産率の違いを調べることとしています。この結果、医学的有用性が認められた場合に、着床前診断の社会的、倫理的諸問題について本格的な国民的議論をすることにしています。

一方で、「命の選別」問題は、出生できる染色体異常が一部にあることと、性別がわかることによります。NIPT(新型出生前診断)にしても羊水検査にしても、常にこの問題が出てきます。本当は「命の選別」の議論は上述の医学的な議論とは区別して論じなければならないと考えます。着床前診断に関する質問が多いのは、患者さんの切実な願いを現していると思いますし、世界の流れを見ると、着床前診断は避けて通れない必須の技術になる時代が近づいてきています。日本産科婦人科学会の臨床研究をできる限り迅速に行って欲しいと思います。

下記の記事を参照してください。
2014.9.3「☆胚盤胞のグレードと染色体異常」
2014.4.20「☆女性の年齢別染色体異常頻度」
2013.10.27「☆☆不妊症と不育症は親戚関係の疾患です」
2013.9.4「☆胚盤胞の染色体異常」
2013.3.26「☆母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査について」