☆☆不妊症と不育症は親戚関係の疾患です | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

不妊症と不育症は全く異なると思われていますが、実は親戚関係(連続関係)にあります。

妊娠という現象は、「受精→着床→妊娠→出産」へとつながる一連の現象だからです。不妊症と不育症の境界は、どこに線を引くかだけの問題であり、どこでにでも線を引くことができます。たとえば、妊娠すると絨毛(胎盤)からhCGというホルモンが産生され、血液や尿を調べれば妊娠しているかどうかわかります。私が医師になった25年前には妊娠検査薬の感度は1000 mIU/mLでした。現在では、50あるいは25 mIU/mLで検出できますし、採血でしたらもっと低い値から判断できます。一方、私より20年くらい先輩産婦人科医の話では、ウサギに妊婦の尿を注射し卵巣をみて判断するという今では考えられない方法で妊娠判定をしていました(Friedmanテスト)。妊娠検査のために一匹のウサギが犠牲になっていたわけです。なお、現在の妊娠検査は、病院で使用しているものと市販のものは全く同じものとお考えください。

いずれにしても妊娠判定が可能な日は、医学の発展と共にどんどん前倒しされています。不育症は妊娠判明後の妊娠終結と言えますので、妊娠判明日が前倒しされればされるほど、不妊と不育の境界線が前倒しされていきます。妊娠の成立をどこから捉えるかといえば「着床」です。着床後は母体と胎児の血液の交換が行われるようになるからです。将来は着床した瞬間に妊娠が判定される時代がくると思います。そうなると、着床日=妊娠判定日となり、それ以降の妊娠終結は全て不育症の範疇になります。現在では、着床日の1週間後が妊娠判定日ですので、現在不妊症と言われている方の中に多くの不育症の方が含まれている可能性は否定できません(図の上段)。皆さんは、体外受精で妊娠反応がでないと「なぜ着床しなかったのでしょうか?」と言いますが、着床はしたけれども妊娠判定日までに妊娠終結してしまったのかもしれません。私は、真の着床障害(ピンポイントに着床だけの問題)は意外と少ないのではないかと考えています。

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この話を染色体異常の観点から見ると非常にわかりやすいと思います(図の中段)。胎児の染色体異常はご夫婦に染色体異常がなくとも卵子および精子の老化現象とともに増大します。ヒトの染色体は23対となっており、大きい方から小さい方に順番がついています(1番~22番、X or Y)。非常に多い染色体異常は、モノソミー(ペアーがなく1本だけ)とトリソミー(ペアーでなく3本)です。これは、染色体が分裂する際にうまく分かれなかったために起こり、染色体の異数性と呼ばれています。大きい染色体には遺伝情報が沢山載っているため異数性は致命的です。一方、小さな染色体には遺伝情報が少ししか載っていないため異数性は必ずしも致命的ではありません。したがって、大きな染色体異常の場合にはより早い段階で妊娠の終結が起こり、小さな染色体異常の場合にはより遅い段階で妊娠の終結が起こります。同様に、重要な遺伝情報が載っている染色体はより早期に、重要度が比較的低い遺伝情報が載っている染色体はより晩期に妊娠の終結が起こると考えられます。このように、染色体異常の観点からみると、不妊症と不育症は一連の現象となります。

それでは、不育症検査でしばしば問題となる項目ではどうでしょう(図の下段)。たとえば、この5つをみてみます。
aPE:抗フォスファチジルエタノールアミン抗体
aCL:抗カルジオリピン抗体
LA:ループスアンチコアグラント
FXII:血液凝固第12因子
Protein S:プロテインS
aPE、aCL、LAは抗リン脂質抗体であり、抗体が存在すると血液凝固しやすい状態になります。一方、FXIIとProtein Sは血液凝固関連蛋白で、活性が低いほど血液凝固しやすい状態になります。胎盤で血液凝固が起これば、胎児への血液の供給が減少しますので、酸素や栄養の供給が滞り、あるいは老廃物の排除が滞り、胎児の発育や生命に悪影響を与えます。最終的には同じようなことが生じますが、これら5つが関与する時期や頻度はそれぞれ異なっています(ある程度の傾向はあります)。この図はかなり簡略化したイメージ図ですが、どの異常でも妊娠から出産までの一連の段階のどこにでも関与する可能性があります。

現在、不妊症と不育症は別々に診療されていることがほとんどだと思いますが、不妊症と不育症を同時に診療する必要性を日頃から痛切に感じています。「私、不妊だけでなく不育もあったんですか。ショックです」と言われる方が多いのですが、不妊症と不育症は親戚関係の疾患ですので、どちらがどうという線引きをしない方がよいのではないかと考えています。