タイトルや歌詞に地名の出てくる楽曲、というお題目で先日、アンケートを募集しました。が、集まりがちと少ないので、自分でも考えてみました。


一番にパッと頭に浮かんだのは、ベタですが「カナダからの手紙」。

 

カナダからの手紙/平尾昌晃&畑中葉子

 こうして聴くと畑中葉子の歌がとても上手いのに驚きます。


 

洋楽なら?と考えて、真っ先に思い付いたのはビリー・ジョエル。


ニューヨークの想い/ビリー・ジョエル

 ビリー・ジョエルは地名の歌がいっぱいあります。「さよならハリウッド」「グッドナイト・サイゴン」「ウィーン」「レニグラード」等々。中でもこの歌はビリーのふるさとニューヨークへの愛情がいっぱいって感じ。あたかもニューヨークの埃っぽい雑踏の匂いまで漂ってきそうな歌です。



アメリカ/サイモン&ガーファンクル

 「アメリカ」はS&Gの楽曲の中で僕が一番好きな歌。若さの虚無感をやるせなく歌う歌詞が素晴らしいです。



日本で異国歌といえば、ゴダイゴを忘れちゃいけません。


(カミング・トゥゲザー・イン)カトマンズ/ゴダイゴ

「ガンダーラ」のインドも良かったけど、「カトマンズ」がどんな国か説明もなにもよくわかんないのに、この妖しい魅力が素敵です。


 

海外ばかりで日本の地名がないのはいけません。日本の地名の歌といえば演歌です。有名曲はたくさんありますが、一番贅沢なのが「港町ブルース」だと思う。


港町ブルース/森進一

 北から南まで国内隅々まで行っちゃってます。御前崎が出てくるのが静岡県人には嬉しいところ。


番外編として、一曲に日本をくまなく網羅した唯一の楽曲。森高さん。

 

ロックンロール県庁所在地/森高千里

 これは旅の情緒はあまりないけど、これをやろうと思った潔さが素晴らしい。思い付いても他の誰にもやれないでしょう。



他にもビートルズなら「ノルウェーの森」とか、ビーチボーイズ「カリフォルニアガール」、イーグルスやママス&パパスのアレとか、いっぱいあります。他にも素敵な歌がありましたら、ぜひ教えてくださいね。音楽でゴートゥートラベルです。ああ、狩人の「コスモス街道」を挙げ忘れてた。元春の「バルセロナの夜」も。



 今週末は奇数月の第三土曜日の夜。袋井市のライブ喫茶マムゼルにて、フリーダムフォーク集会の開催が予定されています。

第171回フリーダムフォーク集会

【日時】2020年9月19日(土)19時半開演

【場所】ライブカフェ mamselle

袋井市堀越1802-1 TEL 0538-42-6440

http://mamselle.sakura.ne.jp/

【料金】music charge 500円

【出演】

一次会(本編)演奏時間一組20分(転換時間抜き)

・きたよし

・砂風金

・ぷらっとほーむ

・NEW MOON

・大川忠人

・マシス


9月出演者の皆さん、よろしくお願いいたします。


当日会場には消毒薬やマスク、使い捨てマイクカバーを用意します。小まめな手洗いとマスク着用をみんなで心がけましょう。参加予定の皆さんは体調に気をつけて、不調の時は無理して来ちゃダメですよ。




マシス 

友部正人さんの新譜『あの橋を渡る』が今日、手元に来ました。お休みの土曜日に、早速エンドレスで聴いていました。
傑作です。いきなり購入初日からそんな決めつけて、何をフカシてやがる、と呆れられそうですが、傑作は傑作。素敵なものは素敵さと無邪気に笑える心で傑作と言いたい。

たどたどしく、よれよれの、ゴツゴツとしてざらついた、頑固で優しい、まぎれもなく等身大の友部正人の歌たち。黙って万人に聴いてもらいたい、しかし誰にも教えたくない至宝。
と、書きながら、一回目、歌詞カードを見ながら聴いた時は、途中で寝ました(スミマセン)。まぁまぁいいじゃない、ってくらいの印象で、友部さんっぽいし、悪くはないけど、と思いながら途中で居眠りしてしまい、目覚めてから、おおどこまで聴いたっけ、と、もう一回聴いた。そしたら、ん?ちょっと待て、さっきと違う。ひょっとして、すごくいい?って思い始めました。三回目を聴く頃には一言一言に発見発見で鳥肌が立った。

実は、二回目以降は歌詞カードを見ずに聴いてたのです。そしたら、耳に飛び込んで来る言葉から立ち上るイメージ、情景が、歌詞カードとにらめっこの時とぜんっぜん違う。


友部さんが東北に行った時に作った歌を、その土地で録音したい、という思いから制作が始まり、東北各地の友部さん縁のお店にて、どの歌もほぼ一発録りで録音されたというこのアルバム。床の軋み、歌い終えた時の小さな笑い声など、演奏の音も含めて、目をつむって聴けば、友部さんがそこで演奏してるかのごとく臨場感です。


01 あの声を聴いて振り返る
アルバムタイトルのフレーズを含むこの歌からアルバムはスタート。南三陸を訪れた時に友部さんが感じ取った心象風景の世界。聴くだけでなく、一度この歌詞を口に出して朗読して欲しい。こんなストレートな思いまで歌になるのか、と驚かされます。幽玄に鳴り響くバックのギターが《あの声》を演出しているかのようです。

02 一月一日午後一時(高橋さん)
なんの解説も必要ないほど、歌詞がすべてを語ってる。挽歌を歌う友部さんの筆は冴えてます。ひとつとして言葉を無駄にすることなく、すべての行が切ない。エスケリータ68で昨年初めて聴いた時も泣けました。

03 モスラ
モスラだなんて、友部さんらしくない歌だな、ふざけて作ったのかしら、とライブで聴いた時は思ったけど、これはアルバムの歌詞カードを読んでみて正解。東北がモスラのように繭に包まれ、いままさに生まれようとしてる、と歌ってるなんて、知ってビックリ改めて感動。

04 ただそれだけのこと
アルバムで一番キャッチーな曲で、最もヘビーなストーリーを持つこの歌。トランプが大統領になった頃に書かれた歌のようだけど、黒人が白人警官に撃たれる事件はいまだに起こっていて、歌の生々しさが風化してないのがやるせない。以前も書きましたが、ブルース・スプリングスティーンの「アメリカン・スキン(41shot)」に通じる重たいテーマです。

05 ニューヨークの憂鬱
チャーミングな一曲。靴を頭に乗っけたように人が生きてるだなんて、なんて比喩か。コミカルにシニカルにイメージがニューヨークから天国まで転がってゆく。歌い終えた後の笑い声が微笑ましい。

06 ブルース
元気が出ます。暗い歌は元気がないと歌えない、ってのは本当にその通りで。ライブで初めて聴いた時から好き。その時はタイトルが分からなかったから、書きとめたセットリストに「ブルースは元気がないと歌えない」とメモしたっけ。

07 バレンタインデー
少し長尺の美しいラブソング。友部節の名フレーズの嵐。これピアノも入ってたらもっと素敵だったかも。歳をとって、側にいる相手に向かってこんな風に歌うことができたら、どんなに素敵でしょう。

08 電車の中では何もしない
短めの佳曲ですが、飄々としてて実にいい。ライブで聴いた時に僕が《タイトルは何ですか?》って聴いたら、ああ、電車の中では何もしないって歌です、と答えてくださって、そのまんまじゃんと笑ったのを覚えてます。

09 船長坂
これは実在の地名でしょうか。と言うことはポンポン船って民宿も実在するのかな。小樽?旅をテーマにした友部さんの歌は多いけど、これもまたいい。出だしのメロディーは友部さんの某曲にちょっと似てます。

10 空の鰯
ここまでアルバムを聴いてきて、最後にこの歌が来る。モスラの次はイワシかよ、と侮るなかれ。この歌がラストにあることで、このアルバムの傑作度数は跳ね上がっています。命が青い空を泳いでいく、空の鰯、とは鰯雲を見てのことかもしれません。


いつも言ってることですが、友部正人の作品に触れると、自分の感性の刃があたかも磨がれるような気分になれます。変な例えですが、映画「仁義なき戦い」を観た観客の喋りが菅原文太になってしまうように、「燃えよドラゴン」を観たあとの客はみんなブルース・リーになるように、友部正人の創造に感化されてしまうのです。


興味を持たれたら、とりあえず、ピンと来なくても二回以上、アルバム最後の「空の鰯」まで通して聴いて欲しい。できれば二回目からは歌詞カードを見ずに、耳で言葉のイメージを頭に思い浮かべて欲しいです。ぜひお楽しみくださいませ。


余談::
Amazonには友部正人の近年の作品を片っ端からレビューで貶して回る懐古怪人のファンが住んでますが、そいつはどうせこのアルバムを、ハイ駄作またまた駄作こんなの絶対に聴かないでとっとと引退しろ、とノタマウのでしょう。それはハラワタの煮え繰り返ることですが、そいつの病的なヘイトレビューも、きっと一般の音楽ファンを振り向かせることにちょっとは役に立ってると信じます。聴く価値なんてないって言いたいためだけに音楽を聴くなよ。

ヘイトレビュー命な自称友部ファンの懐古怪人の書くことより、マシスを信じてください。友部さんのアルバムはとても素敵なんですよ。


注意:懐古怪人とは、ああ昔は良かったーそれに比べて今はーとボヤく自称ファンのことだそうです。

注意2
先ほど確認したら、一連のヘイトレビューはすべて削除されてました。Amazonが消してくれたのか。良かったというべきか。結局あれは何だったのか。


マシス



9月6日(日)掛川のフリーダムというお店(袋井市マムゼルでやっているフリーダムフォーク集会とは別)にて行われた、無観客配信ライブ《FREEDOM On-Line Live》にマシスも参加させて頂きました。お誘いありがとうございました。


この日の出演者は以下の通り

・杉田哲康

・Heart Warm Company 

・空

・しょーぞー

・内山翔太

・atk

・マシス

・むらしん



良く知った顔でも、一年、それ以上も会ってなかった人もいます。こういう機会に会えて嬉しいです。

内山翔太君としょーぞー君のコンビ。この日のPAと配信を担当してくれました。真剣に機材に向き合うこの背中がこの日の全てを表してる一枚。お疲れ様でした。

せっかく動画があるのですから、この日の様子、雰囲気は、僕がごちゃごちゃ書くより、百聞は一見で。お時間のある方は以下の動画をチェックしてみてくださいね。

この日、Wi-Fiの電波状況のトラブルか、最初の方の数組の動画が不安定だったみたい。配信は怖いコンテンツです。でも、YouTubeやFacebookにアーカイブとしてこうやって映像を残してくれると、出演者も後から観ることができる。リアルタイムで観れない人にとてもありがたいです。

(正直に書けば、アーカイブは演奏の失敗も問答無用で残るのでオッカナイ。記念にはなるけど)


【追記】以下の張り付けた動画はこの日記上では観れないみたいです。申し訳ないですが、そのままYouTubeへ飛んでご覧くださいませ(この動画はYouTubeで~をクリック)。

 アーカイブ1(杉田哲康)

 

 アーカイブ2(Heart Warm Company)

 

 

 アーカイブ3(空、しょーぞー、内山翔太、atk、マシス、むらしん)

↑マシスのステージはアーカイブ3、だいたい59:00過ぎくらいから始まります。


【マシス演目】

①白い歌

②雨の惑星

③若者のすべて(フジファブリック)


持ち時間が転換時間込みで一組20分、ということだったので、僕は喋らなきゃ四曲歌えるかなって当初は考えてましたが、他のみんなが三曲だったので、僕も三曲にしました。《今日は誰も時間を押さない!(持ち時間をオーバーしないの意)》とatkが感心してた。




完全に無観客の配信ライブってのは、僕は今回が初の体験でした。

ライブの生配信は以前、浜北の駅前イベントと、浜松の焙煎屋さんでのライブで体験したことがありましたが、その時はお客さんが目の前にいた。お客さんのいない空間で歌うってのは、思ってた以上に集中するのが大変です。ついついそこにいる、他の出演者に向かって歌ってしまいそうになる。

後に映像も残るということなので、出演者が内輪ノリでイチャイチャだらだらやってるように思われちゃいけない。カメラの向こう側で観てくださってる人だけ意識するようにして、歌ってみたけれど、上手く出来たかわかりません。どうだったでしょう。

僕個人としては、スゲー楽しかった。久しぶりにマイクに向かって大声で歌えて、途中から自分の演奏に客観的になれないほどに楽しんでしまった。アーカイブを見返すまで、おかしな演奏をしてないかと心配でしたが、観たら思ってたより変じゃなかったのでホッとしました。

皆さんお疲れ様でした。配信ライブは今後も続けていくそうです。機会があったらぜひまたお声かけくださいませ。ありがとうございました。

しょーぞー君のCDを後れ馳せながら購入。やはり本人より手渡しで買いたかったので、この日ようやく買えた。早速帰り道で聴かせてもらいました。音がいい、ギターが上手い、歌声がいい、楽曲がいい。王道です。良いぞ。


帰り間際、石神atkより和紅茶げっと。こちらもゆっくり飲ませてもらいます。楽しみです。



マシス

神様がひとつ願いを叶えてくれるなら、自分に能力を一つだけ与えてくれるとしたら、何を望むでしょう。確かに、自分の足らないところに関しては、もう少しアレがこうだったら良かったなー、と夢想することはあるもので。

(夢想してるんなら少しは努力して近づこうとしなよ、と言うのは正論。これは《たられば》の夢想の話で、お遊びです)

お金持ち、とか、永遠の若さ、とかは、あまりに俗過ぎるから神頼みは無しとする。顔が横浜流星だったら、ってのは、マァ望まない(そもそも横浜流星さんの顔を覚えてないし)。今さら自分の顔は、シワや白髪も含めて(増えたらイヤだけど)改めて神様にどうこうしてもらいたいとは特に思わない。こんな顔でも長い付き合いですし。朝起きて自分がいきなり横浜流星や佐藤健の顔になってても、困る。


音楽を作って、歌を歌ってると、やはり音楽の能力はもっと欲しいと思います。神頼みして叶うなら、声域をもっと広げたいし、楽器の演奏能力だって欲しい。けど、これもやはり俗っぽいですね。そりゃ、欲しいですよ。万人を唸らせる歌声と演奏力ってやつ。そんなの、あるに越したことないですもの。

でも、もし、マシスがもともと声がもっと出てたとして、ギターがメチャクチャ上手かったとしたら、絶対に今やってる音楽はやってないと思う。逆を言えば、僕は歌唱力も演奏力も足りない分、今のスタイルに特化しようと思った。そこは間違ってなかったと信じてるので、それを思うと、現状もまんざらじゃないのか、と思えてきます。ないなりに、有るものを駆使して頑張ってきたから。


強いて神様に望むなら、《作詞センス》が欲しいです。歌詞を書くのは大の苦手なので。まるで呼吸をするかのように自然にバンバン素敵な言い回しを思い付ける作詞能力。これはスゲー欲しい。

何でもない他愛のないことを詩的に美しく紡げる力。メロディと有機的に絡んであくまで自然に説得力を持つ言葉を紡げる能力。僕がずーっと欲しくて焦がれてるものです。僕は文才に乏しいので特に強く思います。

でも一応、そこは日々精進。センスってのは方程式はなくて、とにかく書いて書いて身体に覚えこませるしかない(と思う)。自転車に乗るのと同じで、身に付いてさえしまえば、きっとどんな言葉を使っても紡げるようになるはず(と思う)。

センスを身につけるって、その身に言葉の神様を降ろして住まわせるようなもの。持ってる人ってのは、ミモフタモナイ言い方をすれば、天才のことです。

このセンスに長けている人、《持ってる人》の筆頭といえば、やはり忌野清志郎と中島みゆきでしょう。どんなに憧れても真似すらできない。この二人は詞を書くとき完全に言葉の神様を降ろしてるなって思う。作品を聴くだに、次から次へと繰り出される言葉づかいの一つ一つがもう、ニクい。さりげなく自然なのに上手すぎますから。

持ってる人、他には誰がいるでしょう。谷山浩子は絶対で、山田稔明や平井正也も完全に神様を持ってます。

でも、そんなところでしょうか、パッと思い付くのは。職業作詞家では、松本隆、あと僕の大好きな山川啓介。そうはいないですよ、持ってるなーって人。BUMP OF CHICKENの藤くんや椎名林檎も神様に愛されてますけど、この二人は世間の価値観を自分たちに力業で寄せちゃった印象。それはそれで凄い才能です。


僕が愛してやまない佐野元春や友部正人は?そこは実はちょっと系統が違う気がします。乱暴に言えば、この二人が宿してる神様はボブ・ディランですので、文法は現代詩寄りの印象。二人の作る歌詞は死ぬほど好きですし、憧れてますけどね。


理想としたら、自分の作る歌が、自分の好きな歌に仕上がってほしい。それだけです。他はいらない。もし知らないところで聴いたら思わずその歌のファンになっちゃうような、そのくらいの歌を作れるようになりたいですし、作れる技術を身につけたい。神様どうかお願いします。


限られた時間ですが、掛川で歌ってきます。今年作った歌をいくつか歌おうと思ってます。


第171回フリーダムフォーク集会
【日時】2020年9月19日(土)19時半開演
【場所】ライブカフェ mamselle
袋井市堀越1802-1 TEL 0538-42-6440
http://mamselle.sakura.ne.jp/
【料金】music charge 500円
【出演】
一次会(本編)演奏時間一組20分(転換時間抜き)
・きたよし
・砂風金
・ぷらっとほーむ
・NEW MOON
・大川忠人
・マシス

皆さんよろしくお願いします。

二次会の飛び入りコーナーは当面なしとさせていただきます。7月の時の要領で、途中に室内換気のための休憩を挟みます。消毒薬やマスク、使い捨てマイクカバーも用意します。


マシス
9月です。奇数月の第三土曜日の夜には袋井市のライブ喫茶マムゼルにて、フリーダムフォーク集会の開催が予定されています。前回の7月の要領で9月もやってみたいと思います。

二次会の飛び入りコーナーはしばらくお休みです。出演希望の方は《○月に歌いたいよ》と連絡くださいね。


第171回フリーダムフォーク集会
【日時】2020年9月19日(土)19時半開演
【場所】ライブカフェ mamselle
袋井市堀越1802-1 TEL 0538-42-6440
http://mamselle.sakura.ne.jp/
【料金】music charge 500円
【出演】
一次会(本編)演奏時間一組20分(転換時間抜き)
・きたよし
・砂風金
・ぷらっとほーむ
・NEW MOON
・大川忠人
・マシス

9月フリーダムに出たいよー、と連絡くださった皆さん、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

当日会場には消毒薬やマスク、使い捨てマイクカバーを用意します。小まめな手洗いとマスク着用をみんなで心がけましょう。参加予定の皆さんは体調に気をつけて、不調の時は無理して来ちゃダメですよ。



先日、CD屋さんで近年僕がとても気にいってるレモン・ツイッグスの新譜を手に入れました。
音だけ聴けばまるで70年代で、こんな音楽がいま堂々とCD屋の新譜コーナーに置いてあるのが珍妙です。年寄りミュージシャンじゃなくて若者が今まさにこれを作ってんのか、と思うだに、面白い。

そういえば90年代にレニー・クラヴィッツが登場した時も、なんという懐かしい音楽やってんだい、って時代錯誤感に喜んだものでしたが、レモン・ツイッグスのブライアンとマイケルのダダリオ兄弟は、二人とも10代でデビューして、お兄さんのブライアンだってまだ24歳?そんなに若いのに、こんな音楽の遺伝子をどうやって取り込んだのだろう。

音楽誌のレビューでは、それこそクイーンやビーチボーイズ、Tレックスの影響を挙げてますが、僕がレモン・ツイッグスを聴いた時に頭に浮かんだのはスパークスです。スパークスも兄弟ユニットとして活動してるから余計似てます。あとトッド・ラングレン。それとやはりブライアン・ウィルソンですね。こういう転調に変拍子を盛り込んだ変態ポップスは大好物です。音もチープで良いです。

前作の2ndアルバムはコンセプトアルバムで、それこそキンクスの一連の作品のように楽しめたけど、今作は1stのようにただただ楽しい。「大衆のための歌」なんてアルバムタイトルも人をくった感じで微笑ましいです。ただ、ジャケットは三枚の中でもダントツでダサいですね。

レモン・ツイッグスは二人とも曲を書いて、これまでのアルバムもほとんど全ての楽器を自分たちで演奏している才人。オアシスのようにケンカ別れせずに末永く音楽を作っていって欲しいものです。


台風が来てます。空の雲もずいぶん高くなった気がします。今年の夏はこのまま終わってしまうようです。夏に何をした?何もしてない。いや、何もしてないことはない。僕んちはほぼほぼ例年通りの夏だけど、今年は、何かしたくても出来ない夏、で、なんとなく窮屈な感じでした。


実は今週末の日曜日、掛川で配信のイベントにお誘いをもらってます。
↑このお店も名前がフリーダムなので紛らわしいですが、掛川フリーダムでの配信が6日、袋井市マムゼルでのフリーダムフォーク集会が19日、両方でマシスは久しぶりに歌います。配信の方が先ですね。Facebookで見れるそうなので、もし良かったらチェックしてみてください。


配信といえば

以前、緊急事態で自粛ムード真っ只中のころ、フリーダムでも無観客の配信の形でやったら?という案をもらったことがありましたが、僕に三つ四つ五つ思うところがあって、うやむやにさせてもらいました。

ここに理由の全てを事細かには書きませんが、ひとつは、無観客の配信は安全ですよ、とは言えないこと。本っ当に神経質に安全性を問うなら、家から出て誰かに会う時点でもうアウトで、そうなると自宅での個人配信、あるいはリモート中継で集まるって形しかない訳です。

他にもいくつか理由はありますが、フリーダムフォーク集会の生配信については今のところ考えていません。
(いま配信による音楽活動の手段を模索してアクションを起こしてる方には敬意を表します)

それを踏んだ上で、今回の掛川での配信は、マシスへの出演要請をいただいて、検討した結果、出させてもらうこととしました。これはフリーダムを7月にやれて、9月も予定してることが大きいです。今回の人を集めて行う配信も、フリーダムフォーク集会も、環境と対策の傾向とよく似ていて、踏み切りやすかったのです。

僕んちでも、やはり家族が若干神経質になっていて、マシスが動くにもそこは気を遣わなければいけなくて、自分からフラッと無責任には行動し難い。必要としてもらって、お声かけ頂けたことに、何とか応えたいと思います。十分に気をつけて頑張ってきます。


前日記でも書きましたが、先週末に二曲、新しい歌を作りまして、今回は前に載せた「ゆりかご ほうき星」に続く新曲、「記念碑」の歌詞を紹介させてください。

この歌、忘れもしない2018年の暮れ、奥山会長より浜北プレ葉ウォークでのインストアライブにお声かけ頂きまして、連絡をもらった数分後にメロディがツルっと浮かんだのです。あのプレ葉のイベントステージに自分が立って、客席を見ながらどんなメロディを歌う?ってイメージしたら一瞬で浮かんだから、何がきっかけで歌ができるかわかりません。

結局、歌詞を作るのが間に合わず、プレ葉では歌えなかったのですが、ようやくです。「ゆりかごほうき星」ほどではないけど、時間をかけて作ることが叶いました。

「記念碑」の内容が《ふるさと賛歌》っぽくなったのは照れくさいですが、たまたまです。
「記念碑」

ただそこに人がいて
古い町が動き出す
炉に火をくべるように
朝陽は戻ってくる

彼女が思うこと
古い町で望むこと
植樹は緑と未来を創るのよ

簡単なこと 難しいよ
単純なこと 複雑だよ
高い壁 登るにも
長い旅 続けるにも
いろいろあるよ
いろいろあるよ
本当のこと 話そうよ
慣れるまで 大変だけど
今までも やってきたでしょ

木を植える人がいて
土を焼く人がいる
若い人は若い人で
いろいろと考えている

石に名を刻むような
偉い人を奉るより
記念碑は
町に生きる人にとって
町そのもの

簡単なこと 難しいよ
単純なこと 複雑だよ
新しい道ができて
新しい人が増えて
様々に 様変わり
浮かされて そのあとは
懐かしいだけじゃない
価値観を提示するんだ

にぎやかに 町中が
淋しさを 忘れたら
思い出は石になり
この町のどこかに
飾られるだろう

ただそこに人がいて
古い町が動き出す
炉に火をくべるように
朝陽は戻ってくる


2018/12
~2020/08/23/18:26
~2020/08/27/0:04



前の日記にて《出来た》と書いたのに、実は今日に至るまでに何度も手を入れてた。作った翌日に冷静に読み返すと、ついつい直したくなる不思議(既発の「ゆりかご ほうき星」も性懲りもなくちょこちょこ手が入ってます)。

人様の目に触れる前に徹底的に直して、ちゃんと納得してから出せばいいのに、と自分でも思うのですけど、

作った直後は嬉しくて、早く誰かに見てもらいたくなるのですね。


今作「記念碑」は、いつも作ってる歌詞より直接的な言いまわしを増やしてあるので、メッセージくさい歌に聞こえそうで、これが嫌味に聞こえないといいなと思います。


マシス
今日はわりと涼しかった。雷が近かったせいかもしれません。我が家の二階、テレビを置いた一室がエアコン不調とあって、暑い日中に寄り付きたくない部屋だったのですけど、今日はその部屋で一日寝転がっていられた。おかげで、というか歌が作れました。

ギターを胸に抱えたまま寝転がって、作った歌詞が歌ってみてピッタリくるか、違和感ないかどうか確認、ダメなら直すの繰り返し。声に出すのって大事です。夜中だとこれが出来ない。気がつけばその姿勢でウトウト昼寝もしてた。

思えば、夏休み。空いた時間に歌詞がいっぱい書けそうな予感がしてたのに、結果、休みの間にはひとつも完成せず、この週末になって二曲、なんとかゴールテープを切ったのです。そのうちの一曲が「ゆりかご ほうき星」。

本当のとこ、これは真っ先に作れそうだ、と思っていた別の歌(「物語を待っている」というタイトル)があるところでパタッと筆が止まり、夏休みはそこで終わっちゃって、「ゆりかご ほうき星」は一番ゴールから遠いと思ってたけど、結果として、これの方が早く完成。で、勢いでもう一曲、「記念碑」の歌詞も手をつけてたら、こちらもゴールしてくれた。勢い大事。もう一曲の「記念碑」の歌詞は次の日記に挙げます

「ゆりかご ほうき星」

ゆりかご ほうき星
蝶番の外れた
木枠の青空に
遠眼鏡をかけるよ

入り江は深緑
透過度をかくそうとして
日差しを閉じ込めた
パノラマの夏休み

一歩下がって
そろい踏みの足
もっとそばで
そろい踏みの足
そろい踏みの足
そろい踏みの足
そろい踏みの足で
ずっと

ささやかなる道
いつくしみあえたらいいのに
ささやかなる道
いつくしみあえたらいいのに

砂時計が傾くたび
私たちは個と個で
ぶつかりあう
したいことをして
消える

ささやかなる道
いつくしみあえたらいいのに

ささやかなる道
いつくしみあうべきなのに

ささやかなる道
いつくしみあえますように


ゆりかご ほうき星
遠眼鏡の青空


2009.11.28 11:59
~2020.03.17 2:09
~2020.08.23 14:22

この歌は、題材としては2009年より持っていたもので、完成まで11年かかったことになります。途中、何度も言葉を書き直して、メロディも原型と変わって、当初から残ってるのはタイトルの《ゆりかご ほうき星》と《そろい踏みの足》だけ。

なんでこんな歌を作ろうと思ったか、もう初期衝動すら思い出せない。たぶん、こんな言葉のチョイスは僕しかないだろうって歌を作りたかったかと思うけど、それをちゃんと聴いた人が口ずさめる愛嬌ある歌にするのに苦労しました。自分が30代の時に出た宿題が50歳になってようやく終わった気分。出来て良かった。長かったなぁ。




娘の短い夏休みもぼちぼち終わり。小国神社でかき氷を一緒に食べたくらいで、特にどこに出かけることも出来なかった夏休み。可哀想だなと思います。こんなのは今年限りがいいですね。
ティラミスのが娘の注文したやつ
値段高い。
僕のは金平糖が埋まってました。氷ふわふわで美味かったけど、すげー量があってベロが冷えた。


マシス

友部正人さんのニューアルバムが9月11日に出るそうな。嬉しくなって予約しました。本当なら店頭で手にしたいけど、こんなご時世なので今回は通販で注文。
1   あの声を聞いて振り返る     
2   一月一日午後一時(高橋さん)           
3   モスラ      
4   ただそれだけのこと             
5   ニューヨークの憂鬱                 
6   ブルース           
7   バレンタインデー                 
8   電車の中では何もしない              
9   船長坂  
10  空の鰯  

曲名を見てたら、半分くらいはライブですでに聴いたことがあるな、と記憶が蘇ってきました。友部さんは新曲をレコーディング前にライブでガンガンやってくれるので、カッコいい曲を聴くと、次のアルバムは良さそうだぞ、と楽しみになるのです。とっても良いプロモーションです。

時事ネタソング「ただそれだけのこと」はブルース・スプリングスティーンの「アメリカン・スキン(41shot)」を思わせるようなシリアスな歌だった。今、こういう歌を歌う人は日本では友部さんしかいません。以前「日本に地震があったのに」をライブで初めて聴いてぶっ飛んだように、「ただそれだけのこと」のタイトルを思わず噛み締めてしまう。

「一月一日午後一時(高橋さん)」も、ライブで聴いた時にじんわり泣かせてもらったので、アルバムで聴けるのは嬉しい。挽歌は悲しいものだけれど、大好きだった人を失う悲しみは、歌にすることでいくぶんか癒されるのでしょう。

アルバムを聴く前から感想を書いてたら、実際に聴いた時に書くことが無くなりそうなので、もうやめます。

友部さんにはレコ初ツアーでエスケリータ68に来て欲しい(内定はしてるらしい裏情報)。コロナで大変な昨今ですけど、友部さんに会えるまでに何とか、終息せずとも、ちょっとでも世の中の風通しがよくなっててくれたら、と切に願います。


エスケリータ68といえば、クラウドファインディングで買ったTシャツが無事に手元に来ました。後藤さんちゃんと届きましたよ。
すでに部屋着にガンガン使ってます。エスケリータ頑張れ。


ちなみに今日はアルパカセブンスのTシャツを着てました。
娘がこのTシャツの柄を見て、《(身体)超柔らかいじゃん》とケラケラ笑ってました。前屈運動と思ったか。


来月9月は奇数月、第三土曜日の夜には袋井市のライブ喫茶マムゼルにて、フリーダムフォーク集会の開催が予定されています。今のところ、やる方向で準備させてもらってます。もちろん、コロナの情勢次第では、いきなり中止、なんてことも(嫌だけど)あるかも知れません。その辺りは何卒ご理解くださいませ。
第171回フリーダムフォーク集会
【日時】2020年9月19日(土)19時半開演
【場所】ライブカフェ mamselle
袋井市堀越1802-1 TEL 0538-42-6440
http://mamselle.sakura.ne.jp/
【料金】music charge 500円
【出演】
一次会(本編)演奏時間一組20分(転換時間抜き)
・きたよし
・砂風金
・ぷらっとほーむ
・NEW MOON
・大川忠人
・マシス

9月フリーダムに出たいよー、と連絡をくださった皆さん、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

二次会の飛び入りコーナーは当面なしとさせていただきます。7月の時の要領で、途中に室内換気のための休憩を挟みます。消毒薬やマスクも用意します。


僕も今回、久しぶりにマムゼルで歌わせてもらう予定。

腰の調子がようやく回復してきて、やっと大きな声を出しても腰に響かなくなった。靴下を顔をしかめずに履けるって素晴らしい。健康の喜びを噛みしめております。歌える喜び万歳。


マシス

パスティーシュとは《模倣》の意の言葉のようですが、近年では二次創作の通称としても使われているようです。

調べると、一口にパスティーシュ、と言っても、パロディ(風刺、批判が込められている)、エピゴーネン(猿真似、パクり)、オマージュ(元作品に敬意、元ネタのエッセンスを血肉としている)と、内訳はいろいろあるようで。僕にはパロディ、エピゴーネン、オマージュの三つの方が、言葉としてはパスティーシュより馴染みがあります。

特にエピゴーネンって言葉は、悪い意味でよく聞きますね。あいつはしょせん誰それのエピゴーネンだ、みたいに。小説でもマンガでも《これ、○○じゃん》って思うのはありますし、誰とは言わないけど音楽でもあります。

他の優れた作品から影響を受ける、ってのはごく自然なことで、一概に似てることが悪というのではないだろう、とは思いたい。そこにはやはりオマージュ精神があるかないか、ということです。影響をちゃんと自分の血肉として作品に昇華し、作品から先人へのリスペクトと独自の新しさを感じさせる、そこまでのものを出せるか。パクりとの違いはそこしかないと思う。


パスティーシュの話を枕にさせてもらいましたが、日曜日に買ってきた本を読み終えた、という話をしたかったのです。大好きな作家、島田荘司の文庫新刊『新しい十五匹のネズミのフライ』(なんてすっとんきょうなタイトルでしょう!)。

パスティーシュ物といえばシャーロック・ホームズ。この本は日本の最高のミステリー作家、島田荘司が書いたホームズ物のパスティーシュ本で、もちろん面白くないわけがない。
表紙絵も最高ですね。僕はホームズのファンなので、余計に贔屓に思っちゃうところもありますが、これ、ホームズ・パロディとして本当によく出来ています。パスティーシュうんぬんを置いても、抜群に面白い読物で、聖典(コナン・ドイルのオリジナル作品をファンはこう呼ぶ)を読んだことのある人には一層楽しめる仕掛けが至るところに施されてます。

ありがちなホームズ物のパスティーシュって、聖典のキャラクターの格好よさをそのまま拝借して、要は、コナン・ドイル亡き今、読むことの永遠に叶わないホームズの新作!といった体裁の内容がマァほとんどで。それは確かにファンが読みたいと願ってやまないホームズ物ではあるのです。

が、シャーロック・ホームズ物の研究者としても名高い島田荘司はやることが一味違う。聖典の弱点(論理的に間違ってる部分)をしっかり指摘して、かつ本当はこうだったんでしょ、と仮説を挙げた形になってる。そこまで重箱の隅をつつかなくても、もうやめてあげてー、と言いたくなるほど、ホームズ物語の矛盾点を理詰めで消していってる。当然それは聖典への愛溢れるゆえの仕事で、決して聖典を馬鹿にしてるわけではないのです。そこは目くじら立ててはいけません(立てる人もいるかも)。

なので、本作のホームズはぶっちゃけあまり格好よくない。そこが難と言えば難。快刀乱麻で謎を解くシャーロック・ホームズの万能感、無敵感が薄れてしまって、ホームズが何かしでかすたびに読者が心配になる(そこは愛嬌ある)。その代わり、ワトソンの描写には聖典よりはるかに突っ込んで書かれていて、サブタイトルの《ワトソンの冒険》の通り、知ではホームズに及ばないまでも、その人間味たっぷりの言動行動で事件に向かうワトソンの姿に魅せられます。

(本書を読み終えて、ふと島田荘司の大作『龍牙亭事件』を思い出しました。あれも御手洗潔がほとんど出てこなくて、いつもワトソン役に徹していた石岡君がメインの物語でしたっけ)

超人なホームズを求めてるファンには本書は違和感あるかもしれませんが、文体は素晴らしくコナン・ドイルの世界を写していて浸れますし、何よりも、タイトルの《新しい十五匹のネズミのフライ》、という不思議な言葉の謎を追ってクライマックスに向かうストーリーには、読み手はドキドキさせらっぱなし。ページを捲る手が止まらないこと間違いなしです。


余談ですが、本書を書店で購入した際、レジで《カバーはお付けしますか?》と聞かれ、《お願いします》と答えると、店員さん3秒ほど間をおいて再び、《ドラえもんでも、いいですか?》と聞いてきました。

ドラえもん?と思って店員さんの手元を見たら、本当にドラえもん柄のカバーで↓思わず《ドラえもんで!》と答えてました


ちなみに、この本↓も連休中に読んだもの。皆川博子の『写楽』。これも文庫新刊です。帯の《幻の長編》に惹かれて衝動買い。
そういえば、島田荘司も謎の絵師《写楽》の正体を追った小説を書いてます。どちらも面白いですよ。


前日記に書いた通り、腰を痛めてまして、朝から晩まで家で音楽を聴きながら本を読んでいます。食料品とか生活品の買い出し以外はおとなしくしてて、腰の養生には良い休みです。だいぶよくなりました。でも、こんなペースで読んでたら本が足りなくなるばかり。また買い出しのついでに本屋に寄らねば。



マシス











蛇足余談追記。エピゴーネンの話。

誰とは言わないと書きましたが、さだまさしの某エッセイのエピソードの一つを、オリジナルソングとして、まるで自分のことのように歌詞にして歌ってる方がいます。全部ではなくて、終盤の泣かせるところの内容が丸パクりなのです。いや、歌にするのは別にいい。歌う前に一言《さだまさしのエッセイからインスパイアされました》とあれば、なかなか素敵な試みをするなと思えたでしょう。それを断らずに、僕のおばあちゃんのエピソードを歌にしました、って歌っちゃうのは、さだまさしファンとしては、すこーし覚めてしまいます。聞けばわかっちゃうのにね。

でも、その歌を聴いて客席で涙する方もいたりして、歌に罪はないのかなーとも思う。感動してる人に水をさすようなことを言うのは野暮なのでしょう。蛇足余談。

夏休みです。少し前に僕は軽くぎっくり腰をやりまして(またかと言われそう)、いいタイミングで休みに入ってくれてホッとしてます。椅子に長時間座ってるのがいま特に辛いのですけど、僕は立ち仕事が多いので、立って歩き回ってる方が腰に負担が少なく、なんとかこの一週間を乗り切りました。


今日、馴染みの鍼医さんに行って施術してもらい、腰をかばって無理してた筋肉をほぐしてもらいました。予約が取れて良かった。仕事に行かずにのんびりできるのは、なんとありがたいことか。

例年と変わりないインドアな夏休み予定の我が家ですが、コロナの影響で毎年恒例の娘とのカラオケはナシ。娘は《カラオケ行きたい》とつまらなさそうですが、カラオケボックスはさすがに今はダメだなー、と言ってなだめてます。

神経質が過ぎるかもしれないですけど、カラオケボックスは前にどこの誰が入ったか分からない密室なので、そこは慎重になろう、早くカラオケ行けるようになりたいねーと家族で話してます。

昨年の夏休みは確か、県外の本屋のイベントで遊んでました。今は県外にもちょっと遊びに行く気になれない。海の家すら開いてないし、実際、言い出せばキリなくどこに行くにもおっかないので、夏らしいイベントは例年に増してないです。今年はそういうものと思うしかない。休みは休み。楽しみます。

休み前に、職場より《県外に行く予定のあるもの、県外の人に会う予定のあるものは上長に申告しろ》と達しがあったくらいですから。なかなかピリピリと神経質ムードで。ピリピリしてるのはイヤですね。


ちなみに、今日レンタル屋でDVDの映画とコミックレンタルのマンガを借りてきた。で、帰り道に奮発してモスバーガーでシェイクを買いましょう、と提案したら、娘が《やったー》と飛び上がって喜んでくれた。こういう安上がりな幸せを心から満喫できるって良いことですよ。


音楽は部屋とカーステで楽しむ。ブルーイの新譜は口当たり爽やかなAORで、夏にピッタリだと思いました。
ブルーイの本作に関しては全く予備知識ゼロのジャケット買い。名前とジャケットから想像するだに、ビートの強い黒っぽい音楽なのかと思えば、これが真っ白な印象の爽やかなAORでビックリ。拍子抜けしたけど、こういう爽やかな音も嫌いじゃない。ブルーイは普段ギタリストということで、ボーカリストとしては特に目立つ個性があるわけでないけど、黒人がみんなソウルフルにねちっこく歌うわけじゃない。これくらい淡白な歌唱はかえって好感を持ちます。


高橋徹也の1stアルバムも夏にピッタリ。これは本当にご機嫌なアルバムなのです。1stからえげつないほどに才能がほとばしってます。
コード進行が変態で美メロディなJポップ。次作『夜に生きるもの』と性質が違う傑作。


休みになったら読もうと思っていた夢枕貘の小説を、この一週間で読んでしまって、休みの楽しみがひとつ減ってしまいました。
「沙門空海 唐の国にて鬼と宴す」は数年前に映画にもなった小説で、中古で一冊百円で買っておいたものです。全四巻、完成までに足掛け18年かかったという、トータルで二千頁を越える大長編なのですが、読み始めたらあっという間でした。あまりに面白くて止まんなくなって、正味三日で読了。さすが貘。映画の評判は賛否ありましたが、小説は面白かった。

遣唐使として唐に来ていた空海の冒険を描いた小説で、貘の「陰陽師」シリーズが好きな方にはおすすめです。と言うか、内容はほぼほぼ陰陽師です。空海を安倍晴明に、橘逸成を源博雅に置き代えたら陰陽師として成立しそうなくらい、口調やキャラクターの性格が似てます。

もう一冊、読みたい小説は残してあるので、空海を読み終えても慌てることはないのですが、一週間の休みにストック一冊は若干不安です。休み中に本屋へ補充に行く必要があるかもしれません。



とってつけたようですが、マシスは作りかけの歌をせっせと書いてます。書けないのは相変わらず歌詞で、同時進行で三~四曲くらい平行作業。相変わらずの状態ですが、今はちょうど書けそうな気分なので、せっせと夜昼なくやってる。その点でもこの休みはありがたい。連休中にどれか完成したらいいな。

歌うイベントは減っても、歌を作ることでワクワクしていられます。今作ってるのなんて、これはステージで演ったら聴いた人どんな顔するだろう、と思うと楽しくてたまらない。コロナ渦でも心の平穏をなんとか保てているのは、歌作りのルーティーンを奪われてないから。それは本当に幸運なことだと思います。ステージに出ないうちにやっておきたいことはいっぱいあって、もて余す暇なんて全くないのです