日々是(ひびこれ)デス・ロード

日々是(ひびこれ)デス・ロード

自分の好きなものについて垂れ流していくブログです。基本ネタバレ全開なんでそこんところ注意。


〜ボンボン、荒くれ野郎共の巣窟に立つ!!〜

エンドアの戦いからおよそ30年後。
新共和国元老院のハマト・ジオノ議員を父に持つ新共和国軍のパイロットであるカズーダ・ジオノ(通称∶カズ)は、エースパイロットのポー・ダメロンにレジスタンスへとスカウトされる。
カズは、ポーの知人ジャレク・イェーガーの協力のもとでポーの相棒BB-8と共に辺境の惑星キャスティロンにある補給基地“コロッサス”にスパイとして潜入することとなった。
自分がレジスタンスの為に活躍できると心躍らせるカズだったが、イェーガーの整備班のチームメンバーであるニークの言動が原因でレーシング・スターファイターのパイロットとしてデビューすることになってしまった。
欠陥機“ファイアボール”を愛機にしたカズは、パイロットとスパイという二重生活を余儀なくされる中で、帝国の残党“ファースト・オーダー”の脅威を次第に目の当たりにしていく――。



今更ながら完走しました『スター・ウォーズ レジスタンス』。

で、いや〜沼ったよ!!
超面白かったっす!!

以下、感想をば。


あんまし知名度なさげだよね、このアニメ…。
なんというか、まぁ…、その…、理由はなんとなくわかる気がする…。
はっきり言って、賛否両論のシークエルの時代を舞台にしていることがかなり食わず嫌いな人を増やしている原因なのではないかと思うこともない。
あとは、ジェダイもいなけりゃフォースとも無縁であるし、肝心の主人公が「フォースも強くなけりゃジェダイでもないし、スターファイターを普通に操縦できることとリアクション芸以外は何の取り柄もない只の一般人(※ただしボンボン)」という時点で、スター・ウォーズはジェダイが出てナンボじゃ!という主義思想の人や、マンダロリアンみたいな強い人に期待しているような人はまず食いつかないだろうな、と…。

…でもね、しかし、しかしですよ!
だが、それがいい!!

観りゃあ分かるんだよ、観りゃあ!!(´Д`#)
文句言う奴ぁいいから黙って観ろよゴルァ!!\(゚Д゚#)/ホガァッ
ですよぶっちゃけ。

まずはこの作品、肝心の主人公のカズことカズーダ・ジオノがとにかくすばらしいんですよ!
フォースも強くなけりゃジェダイでもねー只の一般人…って俺らじゃん!!
そんな「それなりにスターファイターの操縦の経験がある」っつー只の小僧が身体を張りまくってとにかく頑張りまくるのが『スター・ウォーズ レジスタンス』。
そんでもって、この善人を絵に描いたようなカズがね、あの無能議員ことハマト・ジオノの息子っつーのが奇跡としかいいようがない。
ほんとにフォースの導きとしか言いようがねーよ。

確かにね、カズは甘々のボンボンなんですよ。
最初期は本当にクソみたいな甘ったれのボンボンです。
それがコロッサスで働いていくうちに、善人としての心はそのままに人として成長していくのよ。
本作は、そんなカズの『スター・ウォーズ日誌〜新入社員カズーダ・ジオノ〜』みたいな職業訓練アニメです。
てか、最初期のカズは親父に反抗してイキってる割には文字通り親のスネかじり状態で一人でまともに生きてくスキルが皆無という感じだったので、コロッサスの連中から「で、なんでお前来たん?(゚Д゚)ハァ?」って顔されるのは仕方ないとはいえ、周りから舐められまくり&(善人ではあるんだけど)ニークという明らかにコミュニケーション難がある奴(なんでこいつが社会の中で普通に生きていけるのかが一番不思議)が居る職場環境の中で嫌味一つ言わずに地道に整備士スキルを培い、なお且つ身体張ってスパイ活動を頑張ってる時点でカズはボンボンのくせに結構偉い。
周りの反応とか非常にリアルなんだけどもね。
やっぱ慌てたりまくし立てる奴は軽く見られるよな…。俺も反省…(´Д`)
そんな中、なんだかんだでちゃんと面倒見てくれて要所要所で助け舟を出してくれるツンデレ気味のおっさんことイェーガーが大好きなのと(イェーガーの過去が重すぎる件)、ぶっちゃけ言ってなんか怪しい宗教の勧誘みたいなマニュアル的な文句ではありましたが、カズにかなりのフォローと励まし&助言をくれたレイアはやっぱここでも安心安定のレイアでした。
ついでに、ポーは微妙でしたよ。
この人は基本的にフォローも何もしないし使う人間に対する扱いも非常に雑。
更に、なんか勝手に来て事態を引っ掻き回していったりするので、それが原因で肝心のスパイであるカズが周りから怪しまれたりするという本末転倒っぷりが総じて微妙でした。
偵察任務なんて正直ポーが一人でできそうなのばっかでしたよ。
仕事中にカズが無断で職場抜けたら、さすがにいくらなんでもイェーガーでもフォローできねーって…。
…うん、やっぱ7のポーは俺の気のせいだったんでしょうね。

あと、物語的には個人的に非常に気になる部分が幾つかあったりしまして、本作ではファースト・オーダーが世に本格的に認知されたのは7(フォースの覚醒)の一ヶ月前くらいという圧倒的矛盾。
あとは、カイロ・レンがあのダサいマスクをしてなかったこと。
いや、ダメだろ!?と。
カイロ・レンはあのダサい仮面を被ってツダケンボイスで厨二病を拗らせてないとダメなんすよぜったい!!
素顔出したら意味ねーだろ!!と。
あと、フォースチョークするならちゃんと手をかざさないとダメでしょ!と俺はベンくんに説教したくなりました。

ストーリー面では、7の直前からシークエルに並行して物語が進み、シーズン1終盤でファースト・オーダーがコロッサスが占領、コロッサスは船でしたというオチだったので皆丸ごとキャスティロンを脱出し、舞台は宇宙へ――という展開。
猥雑としたコロッサスの良い雰囲気を段々ぶち壊していくファシズムの怖さというものが切に実感できましたね。
イェーガーチームの若手のタムがファースト・オーダーに「だってファースト・オーダーが秩序を守ってくれてるじゃん!( ゚д゚ )」と一人だけやけに肩入れしていて、ファースト・オーダーのおばはんにいとも簡単に懐柔されて闇落ちしちゃう展開とかは過程が非常に描写不足で微妙でした。
普通の人間であるタムがあんなに浅はかだとは正直とてもじゃないが思えないんですよ。
まぁそこがリアル気味で怖いところであるってのは当然分かります。
けど、描写不足でほんと煮え切らないんだよなぁ…。

あと、BB-8が個人的に嫌いな部類のドロイドだったことはさておき、ぶっちゃけなんで最初からCB-23をカズの傍に付かせなかったのかがはっきり言って意味不明でした。
これはポーの考えが明らかに浅すぎるというかさ…。

シーズン2はスペースアドベンチャーに様変わりしたんですが、シークエル観てても無能な新共和国や肝心のレジスタンスが反乱同盟軍よりも無計画すぎるしファースト・オーダーも脅威性が全く感じられないのでファースト・オーダー、それも戦艦一隻の部隊ごときにコロッサスが苦戦する事実がよく分からんのです。
海賊の方がまだ強敵っぽいっていうか。
だって、たかがあんなザマのファースト・オーダーの戦艦一隻落とすだけっすよ?
本隊の方はどうせレイが根性とご都合主義の恩恵で倒してくれるんだしさ。

そして、本作のメインであろうスターファイターの描写が本当に良すぎました。
こんなワクワク感はエピソード4のクライマックス戦を初めて観て以来かな…。

そんな本作最大の魅力は、やはり彩り豊かなレーシングスターファイターの数々!
その中でも、個人的にカズの愛機こと本作の主役機ファイアボールと元帝国軍兵士のグリフ・ハロランが駆るブラックエースが特にお気に入り!

ファイアボールは第二次世界大戦のプロペラ機とスターファイターの意匠を併せ持ちつつもちゃんとスターファイターであるというスマートなフォルムがとにかくかっちょいいですな!
スラスターが胴体ではなく羽根のど真ん中についてるというのが面白いと思います。

一方のブラックエースに関しては、いや、まさかTIEインターセプターがここまでヒロイックにかっちょよくなるとは…(´Д`;)
てか、あの鋭利で攻撃的なフォルムは例えろくに良い活躍がなくてもとにかくすばらしい!
TIEインターセプターもといTIEファイターも行き着くところはやはりジェダイ・インターセプターだったのね。
つか、帝国が潰れて職にあぶれた帝国兵士とかいっぱいいそう…。


とまぁ、大体こんな感じの『スター・ウォーズ レジスタンス』。
色々言いましたが、好き故の「もっとこうして欲しかった」とかいった不満ですからね?
俺もスター・ウォーズの世界に転生するならきっとこーゆー感じなんだろうなとか、もし生きるならおっさんになった今はこーゆー世界でちまちま生きたかったわ〜てな感じで見てて凄く楽しめましたよ。

更に、カズの小市民感が最高すぎたり性格がシンパシー感じすぎてガチで感情移入せざるを得なかった!
ボンボンだけどエリートじゃない、そんなまさに小市民的な若者が頑張ってる姿が良かったんですよ!

いや、ガチで食わず嫌いの人はほんとマジで一度でもいいから観てみ?
名作だから!!
ガチでさ!!



〜硬派理系刑事、世紀末を駆ける!!〜

19世紀末。
カナダはトロントのトロント市警察第4分署には一風変わった男が居た。
その彼、ウィリアム・マードックは優れた知性と豊富な科学知識によって非常に先進的な捜査を得意とする腕利きの刑事である。
そんなマードックは、恋い焦がれる美麗な検視官ジュリア・オグデンや、昔気質で直情的だが面倒見が良い上司のブラッケンリード、職務に忠実な部下のジョージといった心強い仲間たちと共に今日も難事件に挑んでいく――。



いや〜、懐いっすよ。
もう十云年ぶりじゃね?
ついこの間、『マードック・ミステリー』を再見し始めました。
ちゅーのも、シャーロック・ホームズをはじめとする推理ものが大好きなうちの母が絶対に好きそうだったので概要話して薦めたらガチで好きだったんですよね。
というわけで、配信中のシーズン5まで完走したんでとりあえずそこまでの感想をば。

シーズン2までは大分昔に吹き替えで観たんです。
ハマりましたね〜。
で、今回は字幕。だから最初は違和感がバリバリでした。
まず、マードックは森田順平ボイスの吹き替え版のとにかくお堅い男という印象とは違って、ハスキーボイスな結構大人な男といった印象でした。
けど、マードックはバリバリのカトリック教徒なので思想の根底はバリバリの硬派。
だから、今見ると当然ガチで視野が狭すぎて滑稽としか言いようがない。
そんなマードックは恋愛には超絶ヘタレMAXな上、自身の信仰に葛藤しつつ愛しのオグデン先生との恋愛を模索していく姿はやっぱ字幕でも一切変わらず、即ケツを引っ叩きたいレベルで非常〜にもどかしい!!
はっきり言って「ここまで引っ張んの…(´Д`;)」っていうレベル。
てか、マードックは女に弱すぎるし見る目も無さすぎっていうか…。
そんなマードックが最も特出しているものは、自分の思考を具現化する能力。
ほぼ毎回繰り出される奇妙奇天烈な発明品は、回を追う毎にグレードアップ!
ブラックライトに暗視ゴーグル、そんでもって果てはソナーまで作り上げるという先進さ!笑
けど、このソナーとかは正直やり過ぎだと思いましたよ…。
無理矢理すぎんだろ!?と。

そんなマードックが恋い焦がれる本作のヒロインである検視官のジュリア・オグデン先生。
こっちはマードックとは対照的に、生まれる時代を軽く一世紀は間違えてるくらい先進的な女性。
吹き替えの時は好きな一番キャラでした。
けど字幕版を改めて観ていったら段々とあんま魅力的じゃなくなってきたというか…。
オグデン先生はシーズンを経る度に自分本位な面が目立ってきて、正直言って段々イライラしていきましたよ。
昔はこんな印象じゃなかったし、吹き替えの世戸さおりボイスのオグデン先生が大人で知的な女性な感じだったせいもあるかもしれん。
精神的にガキなマードックも大概だけど、オグデン先生ってこんなにKYで精神的にガキな人だったんか…、と。
そういや、全裸で泳いだ経験のあるオグデン先生は大学時代に中絶をした過去がありますが、それ関連の話がシーズン2の山場です。
でも、「な、なんて言っていいか…(´Д`;)」なんて超絶ヘタレ度を発揮するマードックもマードックなんですけど、人に意見を求めておきながら途中で話を切って「それがあなたの答えよ(´・ω・`)ヤーン」とかバシッと抜かすオグデン先生の方が俺的に正直イラッとしまくり。
この人って普段の会話はウィットに富んでいて面白いけど、踏み込んだ会話は基本的にいつもこんな感じで意固地&尊大なんですよね。
一体何様だと。
特にシーズン4と5は印象最悪でしたね。
シーズン3にてマードックを振ったオグデン先生はバファローの小児病院の医師として転職しますが、やむを得ない事情とはいえ、全く無関係なマードックを殺人事件に巻き込んだ上、あろうことかそのマードックに今彼のダーシー先生を紹介し、更にそこに追い打ちをかけるようにトロントに今彼と共に移住し、市警の検視官に嬉々として復帰し、ダーシー先生とマードックの目の前で結婚、更にマードックと働いたらやっぱ気まずかったから仕事辞めまーす、と…。
俺はマジで思わず「は…?( ゚д゚ ;)ナニコイツ」とね…。
オグデン先生がマードックのもとを去る展開が理由と共にかなり強引だったので、裏で何らかの制作上の都合をなんとな〜く感じざるを得なかったんですが、そうは言ってもあのド畜生っぷりは完全にガチでねーわ。
マードックの役者さんもオグデン先生の役者さんも1ミリも得ねーじゃん。
しかも、オグデン先生に合わせてわざわざトロントの職場に転職してくれたダーシー先生すげー不憫じゃん…。
更に更に、夫との仲も冷えまくりなのは予定調和としても、シーズン5の最後にやっぱマードックがいいわい!とトロント警察の皆の中で結構ディープなキッスをマードック相手にしちまうというこの最悪さよ!
被害者のダーシー先生が一番可哀想すぎるのは当たり前なんですけど、悪乗りするマードックもマードックですよ!
こんな感じで、昔好きだったオグデン先生は回を追う毎に自分の中でガチでどんどん株が下がっていくキャラになってしまった…(´;ω;`)
因みに、オグデン先生の妹は正真正銘の真正のKY糞屑野郎です。本当になんとかならんかったのか。

さて、そんなマードックをはじめ一癖も二癖もある個性爆発しすぎな第4分署の連中を纏めるブラッケンリード警部。
昔から好きなキャラです!
いや〜、良いよ。良いよブラッケンリード警部!
今の時代なら、短気・粗暴・ヤニカス・呑兵衛(一応禁酒中)という面倒臭い上司の典型例みたいな人なんすけど、でもあの時代だからこそ昭和よりも余計にああいう昔気質の粗暴な刑事が光るというか。
で、ブラッケンリード警部は思いやりがあって面倒見が良いんですよ。
人情派でノリが良く、イカつい外面に似合わずジョークを連発する家族を愛する楽しいオヤジなんす。
欲もありゃあおだてにも乗っちまう、けど警官魂はきっちりとある。
そんな人間臭いブラッケンリード警部は魅力溢れるキャラです。
容疑者の尋問はぶん殴って吐かせるタイプ。
黒のグローブをはめた時は警部がガチでキレた時です。

そして、マードックのパシリ忠実な部下のジョージ・クラブツリー巡査。
再見したら(ヒギンズ(後述)と同率で)一番好きなキャラになりました。
昔の記憶だとマードックのイエスマンというイメージしかなかったんですが、改めて観たらジョージお前最高じゃねーか!!
ちゃんと自分の意見を持ちつつもマードックを尊敬している、つまり、マードックに敬意を払っているからこそ彼の役に立つ=警察官としての職務を忠実に果たすべく尽力する、という本当に最高の奴でした。
まさに警官の鑑!!
回を追う毎に軽く半世紀は進んだ奇天烈な発明品を生み出していくマードックがその実それだけなのに対して、ジョージは先見の明がパなく基本的な未来予知が結構的を射ているという面白さ!笑
そこのところも本作の魅力なんですが、小説家を目指すジョージは想像力が豊か!

あと、そんなジョージと漫才コンビのようにつるむのがセミレギュラーからレギュラーに昇格した巡査のヒギンズ。
皇太子の身辺警護の回で、出向したジョージに代わりマードックの指揮下に就いたヒギンズはジョージを超えるアホ枠として鮮烈な本格デビューを飾るわけですが、アホキャラは早々に鳴りを潜め、回を追う毎にジョージと凸凹コンビとしての才能を発揮してすげー良いキャラになっていきましたよ!
中学生男子のようなノリの彼らは、終始一貫してこのドラマにおける俺の癒しでもありました。
故にシーズン5の爆弾テロ事件は本当に心が痛んだ。
無事に職場復帰して本当に良かった!
あと、爆弾テロで満身創痍となったヒギンズの仇を討つべく頑張るジョージのガチっぷりは本当に感動したよ俺は。

そして、シーズン5で結婚&マードックを避ける事情でオグデン先生の弟子のエミリー・グレース医師が初登場&オグデン先生の退職(個人開業医を開設)で検視官に昇格。
いやね、サッパリしてて若さ故の振り向かなさMAXエミリーは個人的に良かった。
生意気で無遠慮で無配慮な面はあるにはあるけど、ジョージとのやりとりが枯れたようなマードックとオグデン先生のグダグダさとは対照的にヤング!&フレッシュ!で非常に微笑ましかったっす。

そしてそして、ヒロインもとい女性キャラで一番好きなのはシーズン3第1話で初登場したイギリスの下町の姉ちゃん・エマ。
とにかく無鉄砲を絵に描いたような冒険好きで無謀な彼女。
ヴィクトリア女王からのマードック宛の恩赦で夢にまで見たニューヨークへと繰り出したエマは、現実に直面し、ブラック・ハンドにいいように使われ、挙句の果てにブラック・ハンドの腹いせに付け狙われて結局は名前も経歴も新しくする他なかったというね…。
しかし、なんだかんだでうまくやってのけるのが彼女の魅力。
マードックにとってエマはオグデン先生よりも超お似合いだったのに…。
マードック記憶喪失回というシーズン3第1話はめっちゃ面白かったです。
逆転裁判といい主人公の記憶喪失とか結構好きなネタなんですよ。
で、俺は結構サブヒロインが好きになるタイプなんでなおさらエマ派。

本作は大体シーズン3前半あたりまでかな〜。
少なくとも世界史を少しでも学んでいたり知っていたりすると本作はツボを突きまくってきてめっちゃ面白いと思います。
事件の際のマードックとジョージのやりとりや、検死解剖でのマードックとオグデン先生のやりとりが特に魅力ですね。
そういや、警部の奥さんが賭博にハマって金を荒稼ぎした回で、ジョージが警部の奥さんの金の出資先の一つにコカ・コーラをリストアップしたとこが先見の明が光りまくりで吹きましたよ(笑)

そんな『マードック・ミステリー』。
19世紀末という科学文明が花開いたばかりの時代を舞台にした歴史情緒溢れる作風や歴史上の偉人がゲスト出演したり、そして時代が時代故に捜査がうまくいかずに歯がゆい要素だったりと、歴史(世界史)好きは勿論、ミステリーに馴染みがない人や或いは現代ミステリードラマに飽きた人にもきっとおすすめできるんじゃないかと思いますよ!


〜クソ重力の中を進め!!〜

宇宙世紀0079年、地球。
後に“一年戦争”と呼ばれる地球連邦とジオン公国による戦争は、地球連邦軍がジオン公国軍を次第に圧していた。
連邦軍によるオデッサ作戦発動のまさにその時期、ジオン公国軍のイリヤ・ソラリ大尉率いるMS部隊“レッド・ウルフ隊”はルーマニアに降下し、ヨーロッパ戦線に参戦した。
そして、連邦軍相手に善戦するレッド・ウルフ隊の前に立ちはだかったのは、彼らが見たこともない一機の白いMSだった。
連邦軍が繰り出すそのMSはザクⅡをはじめとするジオン軍のMSを遥かに凌ぐ桁外れの機動力と兵器を以てレッド・ウルフ隊のメンバーを次々と撃破、瞬く間に辺りを焦土へと変えていく。
死屍累々の地獄絵図の中でなんとか生き残ったソラリと、レッド・ウルフ・チャーリーことルショーン(中尉)は、敗走する途中で出会った装甲科歩兵中隊所属のアーフン少尉や機甲大隊所属のヒートン少尉らと共に、最終的に地球から脱出する為に一路オデッサ宇宙港を目指すことになった。
そして、レッド・ウルフ隊を完膚なきまでに叩き潰した例の悪魔の如きMSこそ、仲間たちの間でまことしやかに噂される“ガンダム”であることをソラリが知るのは、それからすぐのことであった――。


やっと観ました、『復レク』!(無理矢理)

いや、ガチでむっちゃ面白かったです!
ガンダムなんか、ファースト、ターンエー、種関連、00、Gレコ、ついでにXと鉄血がほどほどと、そいで遥か昔に08小隊、ってぐらいしか知らん俺ですよ。

そんな中で、今回の『復讐のレクイエム』は一年戦争のオデッサ作戦発動期のヨーロッパ戦線が舞台っつーこって、つまりは一年戦争の中でも世界中でひっちゃかめっちゃかしてた時期じゃん!
この時期にジオンの敗走が決定的になったと思うんですが、ジオンにとってガチで洒落にならんくらいヤバすぎる時期のドラマを描いた作品である、と。

つまり、この時期はどう転んでもジオンにとっては地獄っちゅーこって、極めつけには、そこにガンダムタイプのMSがしれっと投入っと。
ジオンの皆、もう地獄しかないじゃん…(´・ω・`)

で、いざ蓋を開けてみれば、やっぱ案の定阿鼻叫喚の地獄絵図ですよ!!
そして、そんな死屍累々の中で血反吐を吐きながらザクⅡF型を駆るレッド・ウルフ隊の皆さん。
地球でザクⅡF型ですよ奥さん…。

もうね、本作は本当によく出来てるっていうか。
俺みたいなガンダムど素人でも分かりまくりな要素は幾つもありますが、代表的なものを挙げますと、いや、ほんとアレ。
地球の大気圏内でザクⅡF型っていう時点でアレ。

本作はジオンの主義思想の甘々さがもうガチでほんと細かいとこまで随所で滲み出てるんですよ(笑)

以前にファーストを観た時も思ったんですが、スペースノイドであるジオン公国の人たちは、どうやらコロニーと地球を同一視してるっぽいんですよね。
そりゃ仕方ねーっちゃ仕方ないかもですけど、ぶっちゃけ、事前に徹底的に調査しとけよ!と。
大体この主義思想が全く抜けてなかったっていう時点で既にジオンの敗北は目に見えてたっていうかね。
この主義思想はMSや他の兵器にも見事に反映されちゃっていて、現に、MSを発進させる際にはなんか減速してる(加えてMSの誘導は人力…)ガウ攻撃空母なんか大気圏内ではデカい的にしかならんという感じだし、ドップは小回りは効くっぽいんだけども、連邦の戦闘機とは違って見るからに航空工学を一切無視してるようなキテレツな見た目だから、なんかやたらとエンジン吹かしてとにかくぶっ飛ばすパワー重視みたいな感じだったですよ。
だから、それ、地球じゃ燃費悪すぎじゃね?みたいな。地球だと絶対にすぐに力尽きるよね。
なんかね、ジオンじゃまともな戦闘機なのはお前ぐれーしかいねーんだぜおい!ってなりましたよ…。
肝心のMSに至っては「コロニーでも問題なかったから地球でも余裕でいけるっしょ!( ゚∀゚)bヨユウ」という浅すぎる考えがもうバレバレっすよ!(苦笑)
もうね、アホかと(´・ω・`)

これに対して連邦は、(まぁガンタンクからは兵士を人間と思ってないアムロの父ちゃんの主義思想がもう丸わかりですけども)V作戦で宇宙運用をきっちりやっていて、なおかつ地球においては対空砲バンバン投入とかほんとちゃっかりしまくってるという。
そこに、V作戦を踏まえ、アメリカの如くめっさ凄え物量と大量の人的資源を駆使してMSを量産運用という隙の無さですわ。
こりゃあジオン負けるっすよ。

ミノフスキー粒子というレーダーを無効化するワケワカラン花粉みたいなもんを辺りに撒き散らしつつ、目視の戦闘に限られる中でMSという誰も見たことがなかったキテレツ兵器を投入した戦法は、それが出たばっかの時はむっさ目新しかったってだけで、いざ連邦にそれをパクられるとたちまちジオンの牙城が瞬く間に瓦解してしまうということは本作を観てると嫌というほど理解できます。
更には、そこに便乗してシャアが内側からジオンにカチコミをかていったら、実はそうしなくてももうとっくにジオンは内ゲバで自滅する運命だったんよ〜みたいな…。
いや〜ん…(;´Д`)ナニコレ…

てか、一年戦争の勝ち負けに拘らずお前ら(スペースノイド)は結局は共同体の運営の仕方すらできないじゃんか!
ってのが、宇宙戦国時代っていうスペースノイド同士の抗争からどの道丸わかりなわけなんすけど、まあ、繰り返しますが、これからの戦場の新しい主役となるであろうMSの設計思想と運用をとにかく甘く見積もりすぎていた時点でジオンは既に詰んでいたと思いますよ。

とまぁ散々に言いましたが、かく言う俺は連邦よりもジオンのMSやMAが好きなんでね。
だから、ガンダムシリーズは大体ジオンっぽいMS派
種や種死でいうところのザフトのMSが全体的に好きっつえば、俺みたいにガンダムあんま分かんない人も分かりやすいでしょうか。
連合vsザフト(PSP版)ではもれなくザフトのMSが愛機でしたから。
因みに、空中だとディンかゲイツ、地上はバクゥです。

で、こんな過酷すぎる状況下で宇宙用のザクⅡF型でひたすら頑張りまくるのが我らがジオンの姉御・ソラリ大尉!
そして、ソラリ大尉以外の仲間がガンダムにやられたトラウマからPTSD的なのを発症してなんか終始叫びまくっていたレッド・ウルフ隊の生き残りの若手のホープ・ルショーン。
てか、「ルウムで軍艦三隻を撃沈させたエース」とか言われてますが、でも四人ででしょ?(´・ω・`)
このことに対してソラリ大尉も一瞬苦々しい顔してましたが、そうなんですよ、レッド・ウルフ隊ってジオンにとってはまさに消耗品でしかないみたいな。
上からは無理難題を体よく押し付けられ(大尉もケラーネに懐柔された感じで妥協しちゃったりしますが)、戦場で結果を出せば体よくプロパガンダという神輿に担がれ、結果が出せなければ「お前らなんでいんの?(´Д`)」みたく上官のストレスの捌け口になるという…。

この消耗品軍団みたいなくたびれた感じはどうだ!!ガチで大好きだよ!!

そんなレッド・ウルフの生き残りの二人を軸にして、パンク!な歩兵のアーフン少尉や戦車乗りっぽいヒートン少尉、更には国境なき医師団的な爽やかイケメンのカスガ先生といった愉快な仲間たちがなし崩し的に加わり、皆で頑張ってルーマニアからオデッサ宇宙港を目指すぜ!(カスガ先生は地球に残留)的な感じです。

途中、「誰もいねぇや!(*´艸`*)」って寄った施設がバリバリにジオン軍の隠れ家だったりして、更にはそこのリーダーのロネ少佐は「怪我人以外は入れねーからマジで( ゚д゚)ホカニイケヨドアホ!」と言うから、必然的に対立ですよという厄介さ。
そんな中で、ソラリ大尉は旧知のザイドス技術大尉と再会!
そっからがもう倍増しで最高ですわ!
てか、本作は本当に右肩上がりでしかなかった!

で、あたす、アーフン少尉がとにかく好きでさぁ!
肩に(多分)シャアザクの顔の入れ墨を入れてる他、鼻ピアス、髪はハマーン様みたいなシャアザク色、上はタンクトップと防弾ベストでキメまくった全身入れ墨だらけの気合い入りまくりなネーチャンですよ。
明らかにシャア信者だろ彼女。

前半はそんな彼女とカスガ先生の主義思想の対立も描いています。
「撃たれたから撃ち返す、でないと死ぬ。仲間も死んでいく。この他に一体何がある。これこそが現実だクソ野郎!」という感じのアーフン少尉。
対するカスガ先生はというと、「だからこそ怒りと憎しみの連鎖を終わらせるために戦争が終わった時に我々は銃ではなく平和を掲げるべきだ」と言うんですね。

第4話でロネ少佐率いる隠れ家がガンダムとジムにボロボロにされ、更に民間人も犠牲になるという凄惨きわまりない戦いの後、両者が本格的にぶつかり合った際にカスガ先生が聞き分けのない頑固なアーフン少尉に本気でブチギレるんすが、アーフン少尉だってほんとは心底わかってるんですよ。でもね、やっぱ割り切れないしプライドから認めたくないよな。だから、この時のアーフン少尉の涙がめっさ萌え大変ぐっときます。

そんな本作は、ソラリ大尉の発案で技術班の人達が頑張ってザクⅡを組み立て上げる最高すぎる第3話が一番好きなエピソードで、そして、その次の第4話の戦いの後のアーフン少尉とカスガ先生のどつき合いが一番好きなシーンです。
因みに、次点は「少佐、“出来損ない”への搭乗許可を!」っていう蘇ったザクの出撃シーンです。
ガチで魂がなんか燃え上がる。

ついでに08小隊からユーリ・ケラーネがゲスト参戦!
すまん、よく知らんわ!(ガンダムど素人)
08小隊はむか〜しに一度だけ通しで見たはずなんすけどね…。

ケラーネに体よく使い捨てにされ、且つジムをパクるのにも失敗して、気付けばオデッサ宇宙港は連邦に包囲されまくり!
もうね、ジオンにとってほぼほぼ四面楚歌状態!!
そんな詰みまくりの状況の中で、地球に降りてから余計にニュータイプとして覚醒しまくった感じのソラリ大尉は、ガンダムのパイロットと通じ合うことができたが……って結局これかよーー!!(´;ω;`)

まぁさ、分かってたけどね。
だってさ、無情すぎるじゃん!!(´;ω;`)

てか、「私たちは救いに来た」と言うソラリ大尉。
いや、だったら何でコロニーに毒ガス入れたり、コロニー落とししたんすかアンタら…、みたいな(´・ω・`)

そして、面構えでなんとなく行く末が分かるヨーロピアンガンダム。
ガチで怖えよ…(゚д゚;)
ただ、俺は陸戦型ガンダムの方が好きなんでね…。
そう、上で連邦よりもジオンのMSが好きだす!なんつっちゃったけど、陸戦型ガンダムだけは例外なんすよ。

小坊の時に陸戦型ガンダムと陸戦型ザクの2体セットのプラモ買って夢中で組み立てました。
勿論ザクは愛嬌あるしカッコ良かったんだけど、陸戦型ガンダム大好きになっちゃって、その後にMGの陸戦型ガンダムを店で即決したのでした。
因みに、初MGはジョニー・ライデンのザク。動力パイプは小坊の身にはマジで組みにくかったわ(苦笑)

で、そんなこんなで地球に缶詰状態になっちゃったソラリ大尉は“出来損ない”のザクと共にアフリカへというラスト。
うん、俺でも分かるよ。アフリカ戦線がガチでヤバすぎるってことくらいはよ。

つまり、もうどっからどう見たってもうどうしよーもねーのよあの世界は。
そんな手遅れすぎる世界情勢が、様々なリアル志向な描写、重厚な人間ドラマ、あとは“クソ重力(ファッ◯ン・グラビティ)”“フェッズ(“Feds”)”というこれまでのガンダムに足りてないと思われる、洋画とかでよくあるあるな蔑称を加えて、本作の魅力を一段と引き上げている。

そんな本作は、本当に、(ガンダムど素人の)俺が見たかったガンダム。
こういうのが観たかったんだよこういうのが…(´∀`)

俺的には、本作はファーストガンダムの雰囲気を保ったまんまうま〜く現代風に落とし込めることに成功してるガンダム作品だと思います。

加えてザクが頼もしすぎる作品で最高!
ザクⅡF型のコクピットの光景や描写、各パネルの点灯シーンも良い!
中でも、レッド・ウルフ・デルタことケイルのザクと、何より、技術班の皆が組み立てた“出来損ない”のザクが大好き過ぎて最高です。
そして、ザクタンクですよ!!
クソ重力下でキャタピラ走行が光りまくるザクタンク!
てか、半壊のザクタンクでガンダムとサシで戦うっちゅーね。
でも、半壊しててもキャタピラ走行のザクタンク速かったです。
あと、グフカスタムも良き哉。
でも、俺はグフカスタムよりもグフの方が好きなんだ!

で、まぁ、アーフン少尉とかはファースト当時の宇宙世紀の世界観には合わないかもしれんけども、アーフン少尉の可愛いさとザクの活躍で全て良し!!(´∀`)


〜己の運命を受け入れ、愛をとりもどせ!!〜

戦争の後、“毒の雨”が降る荒廃した世界で、かつて人々に讃えられた南斗聖拳は恐怖へと変わった。
南斗聖拳の師範であるシンは、「北斗神拳と南斗聖拳は決して戦ってはならない」という掟を破り、南斗聖拳と対となる北斗神拳の師範を抹殺。
そして、シンは南斗聖拳の象徴たるサザンクロスの旗の下で要塞都市を建設し、北斗神拳という人々の希望が無き今、恐怖政治を敷いて人々を支配しようとしていたのだ。
そんな絶望が世界を支配する中、サザンクロスに蹂躙され、暴虐の限りを尽されようとしている小さな町パラダイス・バレーに住む少年バットと盲目の少女リンは、ある日、ケンシロウという一人の男と出会った。
ケンシロウはリンの目を“父の技”を以て治し、“毒の雨”が降る中へと去っていった。
ケンシロウに強い運命を感じたリンは、啓示を受ける。
そう、かつてシンによって恋人のユリアを奪われたことで絶望し放浪者となったケンシロウこそが、北斗神拳拳士の最後の生き残りにして、シンを倒し人々を救う唯一の希望だったのだ――!!





……

……(´・ω・`)

(´・ω・`)

……
………

勢い余って実写版『北斗の拳』を観てみました。

…うん、間違いないわ。
これは、まごうことなき駄作(´・ω・`)

「我が背に乗る者」の時以上にユリア関連で腑抜けになってるわ、シャキッとしないわ、挙句の果てに銃にビビるケンシロウ。
そして、魅せることを全くしないショボすぎる北斗神拳。
電波キャラになった痛すぎるリン。
めちゃくちゃなレベルの宗教臭さ。
見た目が全然振り切れてないし婦女子にやたらと優しいザコ共。
下痢便みたいな色した衣装でイキり散らすシン。

と、もうね、とにかく酷すぎるわ。

でも、マッドマックス風のポストアポカリプス的アクション映画としては良かった点もありました。
まず、ザコ共のハッチャケぶりが部分的に『マッドマックス2』を超えていたこと。
それと、秘孔を突かれたザコ共の頭がボコボコいって破裂するシーンの特殊メイクが、多分予算が限られまくりの中で結構気合いが入っているように感じたこと。
でも、ショボすぎる北斗百裂拳的な何かは超至近距離から詠春拳のチェーンパンチみたいに基本的に胸に放たれるだけ。で、頭だけが破裂。
あとは、最初の方のシンの放つ南斗聖拳が(この映画のアクションは詠春拳的テイストが部分的にあったりしますが)この映画の秘孔アクションの中では比較的マシだったこと。
ケンシロウ、バット、リン、シンの日本語吹き替えキャストが旧テレビアニメシリーズと同じということ。
そして、バットがケンシロウよりも意外と活躍して単身で勝ち星をあげたこと(その後すぐに死んだけど)。
いや、バットがマジで死にますからね…。
バット死んじゃ駄目だろ…。

更に、下痢便みたいな色の衣装(最終決戦時は下痢便色のタンクトップ)以外は意外とシンが良かった。
個人的にシンは原作でも好きなキャラの一人だから補正がかかってるかもしれないけど、本作のシンは原作とは違って完全に悪一辺倒故に回想シーンではナチの軍人みたいな格好してたり、背負うものは皆無なので悲壮感はオールナッシング!
ついでに、ユリアからは原作通りにガン無視&超塩対応され、そんな彼女に本作のシンは原作とは全く違ってパワハラ・セクハラ・モラハラといったDVも辞さない只の糞野郎だったり、とにかくケンシロウの強敵(当然、“とも”と読む)だった原作のシンとは正反対のコッテコテの冷酷非道な悪役に振り切ったのが逆に潔くてこの映画では悪役として意外と良かったと思います。
アクションシーンも意外と良くて、ひたすらシュールでシリアスなケレン味皆無の面白みが全く無い『北斗の拳』を作るとしたら秘孔アクションとか拳法アクションとかはこうなるだろうなっていうのを本作ではシンだけがやってました。
いや、ガチで。
で、何気に本作のシンは闘気が出せるみたいですな。
!?(゚д゚)
って感じでしたよ。
あと、最終決戦でシンの闘気を食らったケンシロウが何故か両腕から大量に出血しはじめますが、タンクトップ姿のシンやケンシロウの特殊メイクのショボさと相まってもうなんか笑っちゃったよ…(苦笑)
でも、物語も全く盛り上がらない上に、救世主のはずのケンシロウもショボすぎるし人物像も全く冴えないから、冷酷非道なシンが倒された時のカタルシスが皆無なのが非常に残念ではありました。
でも、この映画のキャラの中ではバットとシンの二人くらいしかマシなのがいないというね。
ガチで。

以上です。

『北斗の拳』の実写版としては勿論マイナスぶっち。
そして、それ以前にアクション映画としても徹底的に駄目だろ…、みたいな。
もう素直に、肉弾アクション描写に潔く振り切っていれば良かったと思うんですが(だって原作からしてそうじゃん。肉弾アクションに見せて闘気を使ったり秘孔を突いたりしてるんだからさ)、でも、そこまでのアクションは役者ができるのかが観ていてひたすら疑問でしかなかった…。
『北斗の拳』は絶対リアル調に作っちゃいけないことなんか俺ですら百も承知なのに、あろうことかそうしちゃって、しかもストーリーもどうしようもなくグダグダ…。
おまけにケンシロウも魅力全くなしだしアクションもダメダメ。

まあ、あれだ。
皆も経験あんじゃない?
子供の時にやったじゃん。
自分の好きなキャラになりきったごっこ遊び。
要は、『北斗の拳』ごっこをいい歳こいた大人たちがコスプレして目の前で繰り広げる様を延々と見させられる感じよ。
なんかさ、悲しくなってこない?

そんな、久々に貴重な時間を映画で無駄にしましたよ…(´Д`)




〜大切な友だちのためには命を張れ!!〜

スーパーヒーロー達が活躍する裏では人を襲うモンスターが存在し、そして、それを狩るハンター達の苛烈な戦いがあった。
ある夜、由緒あるハンターの一族であるブラッドストーン家の当主ユリシーズの告別式が開かれ、ブラッドストーン家の財産である神秘の魔石“ブラッドストーン”の継承権を巡り、とある強大な力を持つモンスターを倒すべく世界各地から凄腕のハンター達が集結した。
ブラッドストーン家の一子エルサもまたブラッドストーンを手に入れるため、母親との不和から20年もの間疎遠となっていた一族の敷居を跨いだ。
本来ブラッドストーンを継承するはずだったエルサは出奔していた関係上、ブラッドストーンの継承権を剥奪されてしまったのである。
そして、いざ告別式が始まってみればモンスターを狩るのではなくブラッドストーンを巡って互いに殺し合いを始めるハンター達。
そんな中、エルサは成り行きからジャックというハンターと手を組むことになるが、彼には別の目的があった。
更に、エルサはブラッドストーンに拒絶されたジャックの真の正体を知るのだった――。



今更ながら観ました『ウェアウルフ・バイ・ナイト』。
事前知識としては、原作が往年の古典ホラーもののマーベルコミックで、人を灰燼と化すマーベル最強枠のマン・シングがMCUに参戦すること(因みに一度実写化済みのこと以外は知識無し!映画は確か昔に観た気がする。多分!)と今回はウェアウルフ・バイ・ナイトは初代が主人公というくらい。
狼男系キャラは結構好きなんですよ。デジモンではワーガルルモンがめっちゃ大好きだし、『北斗の拳』ではマダラが好きなんす。それにプレイしたことはないけど漫画は読んだことある『ブラッディロア』とかね。
ぶっちゃけ、本作は先入観ないのが逆に良かったパターンでした。
だから、ほんとに面白かった!!

これよ!これ!!
今の時代に圧倒的に足りてないのはコレ!!
時代は、やっぱ、王政復古やーーー!!

戦前〜戦後あたりに乱発された白黒のホラー映画にオマージュを捧げられた感ビンビンのこの映画、もう大好きよ!!
正直言うと現時点のMCU映画の中では一番好きかも…(一部未視聴ではあるけど…)。

そこかしこから漂う(一切妥協無き)チープさ、アメリカエンタメ界の伝統芸を地で行く狼男、とにかく胡散臭すぎる儀式や空気感、ワケワカラン魑魅魍魎の剥製(しかも圧倒的作り物感満載!)――。

こ、こんな完璧にど真ん中に突き刺さる映画には儂ぁ久々に出会ったわーい!!ワイワイ!!ヘ(゚∀゚ヘ)ワイワイ!!
という感じ。

それでいて、「迫害されるモンスター側の悲しき性」というモンスター映画では鉄板のネタは勿論のことですが、何より家族の呪縛からの自立という現代的な要素がプラスされていたのが単なる古典回帰ではない、と…(´Д`)ホーン

とある夜ふけ、魔石“ブラッドストーン”の所持者であったハンター・ユリシーズ・ブラッドストーンの告別式に世界各地から集結するハンター達。
(↑こいつが諸悪の根源っぽいユリシーズ)

で、ネタバレするとハンターの一人で主人公・ジャックの正体は狼男。

(↑やたら毛深いだけのおっさんみたいなこの風体と面構えがもう最高!)

もう一人の自分を嫌う彼は、満月の夜には自らを部屋に閉じ込めて過ごしている。
そんな理知的で優しいおっさんなジャックは非常に草食系な狼男であった。

で、ジャックの目的というのは、「もう何度目だよ!?」ってくらい捕まった親友のテッドの救出。
このマン・シングことテッドは、今回はブラッドストーンを肩甲骨辺りに埋めちゃってブラッドストーン家の庭に囚われてしまっているのだ!

「テッドを見つけ次第とりあえず持ってきた爆弾で庭の壁を爆破して一緒に逃げるぜ!」という非常にアバウトな救出計画を引っさげてブラッドストーン家にカチコミに来たジャック。
ハンター達に正体が知られれば即命はないが、友だちのために既視感満載の死地へと参戦した次第なのであった。
案の定、バイキングとドワーフを足して2で割ったような田舎臭いおっちゃんがブラッドストーンを手に入れようと大いにハッスルするなど、参加者による血で血を洗うブラッドストーン争奪戦が幕を開けてしまう。

てか、そもそもその発端は本作のヒロインであるエルサにあったのかもしれない。
(↑このケバい姉ちゃんの吹き替えが小林ゆうさんというのがなんか好きよ…(*´ω`*))

母親に反骨精神剥き出しのエルサは家出してからなんと20年間も実家と音信不通。
出奔している間に実家からは勘当されたので、当然ブラッドストーンの正統継承権は剥奪されてしまったのだからエルサにとっては踏んだり蹴ったりな話。

そんなエルサは成り行きでジャックと共にバイキング+ドワーフなおっちゃんに襲われた末にこれを惨殺し、ジャックと共同戦線を張ることに。
「石なんざ興味ねーよ」と言うジャックに「じゃあお前なんで来たん?」という至極真っ当なリアクションで返すエルサに対して、ジャックは「友だちを救いに来た」と答えた。
いつも手のかかる奴だがそれでも見捨てられない、そうジャックはエルサに言うのだった。

自分の作戦を話した時に爆弾をうっかり起動させてしまうジャック。
そっからの爆弾の騒動がめっちゃ笑った(爆)
壁に向かって投げる→跳ね返る
今度はくっつける→剥がれ落ちる
で、結局壁の割れ目に無理やり押し込んで時間ギリギリで爆破とか(笑)

で、ブラッドストーンに拒否られたのかな?なジャックはエルサと共に捕らえられ、エルサのお袋さん(ババア)はブラッドストーンの力を使ってジャックを無理やり狼男に変身させてしまう…!


この時のババアの胡散臭さとジャックが変身していくシーンとブラッドストーン光線をビシバシ発射しまくるババアの顔芸がマジ最高ですわ(笑)
(↑本作のMVPは間違いなくババア)

で、ジャックは無事に狼男になりました。
そっからがジャック無双ですよ!!

もうね、片っ端から人間をちぎっては投げちぎっては投げ。
迫りくる者をもれなく次々と血祭りにあげていくという狼男モードのジャック。

そして、ババアも死んで無事に当主の座に就いたエルサ。
そんな彼女がひと息つくと辺りが一気に色づいていく。
そのカラーもレトロチックなのが良いね!
そんでもって迎えるほっこりラストに文字通りほっこり(*´ω`*)
(↑散々人間の血肉を撒き散らかした癖に寿司はノーカンな狼男の図)

という『ウェアウルフ・バイ・ナイト』、めっさ良かったです。
MCUはここんところとんとご無沙汰でしたが、ほんと観て良かったっす。
マーベルも連作じゃなくてまた昔みたいに単発に力入れて欲しいなぁ…(´・ω・`)


〜出汁巻き玉子は涙の味!入れ墨重てぇ堅気の世界!!〜

大正初期。
東京深川の老舗料亭・喜楽の嫡男・花田秀次郎は、荒んだ生活を送る中で芸者の幾江に救われた。
そんな秀次郎は、賭場で因縁と偶然から人を刺して刑務所へと入った。
その間に父は急死し、その上、関東大震災によって喜楽は暗い影を落とすこととなってしまう。
妹は死に、義母は失明、喜楽を立て直そうとして妹の婿は卑劣な駒井組と泥沼の関係を持ってしまっていた。
出所して堅気となった秀次郎は、唯一の頼りである喜楽の板長・重吉の助力で菊次と名を変え素性を隠してひっそりと喜楽に戻り店と家族のために働き始める。
だが、店の権利書を駒井組に奪われた挙げ句、背中の入れ墨が容赦なく秀次郎の身にのしかかるのだった――。



大分前に観て以来、好き。

この映画は、やりづらさから家を出てヤクザになった放蕩息子が堅気になってみたらヤクザな渡世のしがらみからは逃れられなかったというお話。

けど、継母がとっても良い人なんで、「健さん、なんで家出したん!?」と問い詰めたくなりますよ。
そんな本作の健さんこと親不孝者の花田秀次郎が、関東大震災で被災した実家と家族に尽くすべく素性を隠して健気に頑張るのがこの映画。

そんな骨身に染みる秀次郎の哀愁が漂う中、秀次郎が作った出汁巻き玉子を継母に食べて貰ってお墨付きを貰うシーンが泣けます。
自分の幼い甥に喜楽の出汁巻き玉子の味を覚えさせる秀次郎の姿にも泣けます。

そして、そんな秀次郎の素性は継母に既に全てバレていて、しかも継母は全てを察しつつもそれを胸に秘めて秀次郎には一切黙っていたというのがもうね…(´;ω;`)
加えて、こんだけ凄い愛をくれているにも拘わらず、なおも「自分の血の繋がらない息子に、自分は母親としてろくに何もしてあげられなかった」と自分の肩を揉む秀次郎に対してそう嘆くんですよ…(´;ω;`)
もうね…、継母さんマジ聖母!!
そんな継母さんは秀次郎の出汁巻き玉子を食べて一体何を思っていたんだろうか…。

そして、店の権利書を下劣な駒井組に奪われた末に恩義がある寺田の親分さんが殺され、遂にブチギレた池部良と健さんがドスを片手に駒井組にカチコミに行くという定番のクライマックス。

マキノ雅弘監督は素朴で擦り切れたような世界観を撮るのが巧いと思います。
マキノ監督の映画の健さんは節々が凄く荒っぽいっていうかホコリ臭くて等身大の人間が持つ臭さがありますね。
そして、丁度それらがダントツで大好きな『昭和残侠伝 唐獅子牡丹』(佐伯清監督作品)の日本と日本人が古来から持つ様式美の権化みたいな作風と絶対的な理想のヒーローとして描かれている(言うなれば、観客含めた人々の怒りを受けて天の下に悪を断罪する大天使ミカエル的な感じか)健さんとは全く対照的になっていて、監督が違うだけでも役者も何もかもこれだけ違うのかと本当に興味深いです。

そして、人を傷つけた分だけ報いは必ず受けるということが如実に理解できる展開とラスト。
で、自分を拾って育ててくれた喜楽と花田家のポカを花田家にだけは背負わせるわけにゃあいかねえ(劇中では寺田の親分の死は自分のミスだというようなことを言っている)と一身に背負って戦う池部良こと風間重吉が自分がこれまで観た池部良の中では一番超かっこいいし超大好き。
池部良は堅気だしその上ガチでなんも悪いことしてないのに(堅気故に戦闘力もあんま高くないし)、やっぱり本作でも池部良の例に漏れず斬られて刺されまくる運命なんですが、そんな池部良の亡骸を静かに抱き寄せる健さんという画が絵画のようで哀しいシーンなのに美しくて素晴らしいんですよ。

因みに、今回の健さんはお縄ENDです。

そんな本作は秀次郎と幾江(富司純子)の恋模様も魅力。
幾江は身売りされてまだ芸者見習いだった時に、雨降る晩、賭場帰りの末にイチョウの木の下でやさぐれる秀次郎に傘と酒をあげたことで縁ができた。
幾江の温かな心とその優しさに恩義を感じた秀次郎、そして、その秀次郎を想い慕う幾江のドラマが素晴らしい。
途中、冒頭で秀次郎にイカサマを暴かれて片手を潰されたイカサマ師・権藤熊次郎(観音熊)が因縁をつけに喜楽に来る。
この観音熊も中々いいキャラしていて、秀次郎に御礼参りをしに来たのではなくて、完璧だと思っていた自分のイカサマを暴いた秀次郎に感服した彼は命を賭けた勝負に秀次郎を誘おうとしていたのだった。
勝負に秀次郎が負けたら利き手を潰すという条件を出す観音熊に対し、堅気なんで無理っすと至極真っ当な正論を返す秀次郎。
それでも一切食い下がらず秀次郎にすがるように迫る観音熊に、秀次郎の代わりに自分の手を潰せと懇願する幾江の姿が非常に胸を打つのもまた名シーンの一つです。


この様に、今の日本と日本人が失ってしまった非常に美しい様々な“何か”が本作には沢山溢れているように思います。
カチコミの〆が雨の夜というのも泣けます。
そんな情緒溢れる傑作が、この『昭和残侠伝 死んで貰います』です。


〜食は芸術!舌と顎は神からの授かりもの!!〜

19世紀後半のフランス郊外のとある村に、ドダンとウージェニーという男女が一つ屋根の下に暮らしていた。
ドダンは“料理界のナポレオン”と謳われる著名な美食家で、ドダンの相棒であるウージェニーは彼の構想を忠実に形にすることができる腕を持つ折り紙付きの料理人である。
自他ともに認める熟年夫婦のような関係の二人ではあったが、ウージェニーはドダンの熱心なプロポーズをのらりくらりとかわし続けていた。
そんな煮え切らない彼らが暮らす家には、ドダン曰く「湯を沸かすくらいのことしかできない」若き女中のヴィオレットが同居しているが、ある日、そのヴィオレットは姪のポーリーヌをドダンとウージェニーに紹介する。
繊細な味覚を持ったこの年端も行かぬ少女に驚愕するドダンとウージェニー。
特にドダンは、農家の娘であるポーリーヌの類稀なる才能を潰すことを良しとせず、彼女をレールに敷かれた農家の嫁としてではなく美食家として鍛えることを決意する。
こうした移り変わる時の中で、ドダンとウージェニーにも変化が訪れようとしていた――。



大分前に観ました。
ガチのマジで良すぎ…(´;ω;`)

都会の喧騒とは無縁の静かで穏やかで落ち着いた家、そこに住むドダンとその相棒のウージェニー、そしてその二人を離れて温かく見守るかのようにひっそりと佇むヴィオレット――。
情熱的でロマンチストな男気溢れるドダンと美しく知的なウージェニーの素敵なカップルは良き哉…(*´ω`*)

この映画は、そんなもはや呼吸まで同じなんじゃないかとさえ思わせてくる熟年夫婦の域に達した熟年カップルのドダンとウージェニーの恋愛劇。
ウージェニーの原因不明の病気を乗り越えつつドダンの熱心なプロポーズにウージェニーが折れる形で夫婦となった二人。
そして突然訪れたウージェニーの死に打ちひしがれたドダンは、料理も、生きることすらも拒むのだった。

そんなドダンには二つの希望が。
それは神の舌と感性を持つ少女ポーリーヌ。
加えて最後に示唆されたウージェニーの代役。
個人的には絶品を作り上げてきた顔の見えぬこのウージェニーの代役は、ラスト付近に登場したウージェニーの後釜候補の中の最後のマダムだと思わざるを得ない。

そして、劇中で出てくる料理がもう最高に美味そう!!
調理シーンも最高!!
それもそのはず。本作の料理監修はなんとあのピエール・ガニェール!!

……
………すまん、全く知らんわ。

いやね、ほんとすんません…(;´∀`)

で、そんな本作は、凄く美しく、凄く繊細で、おまけに凄く重厚かつ心地良いという、まさに大人の為の大人の恋愛映画でした。
良き哉(*´ω`*)

以上、簡単な感想でした☆


〜世紀末では人にゴマをすって生きるよりはっちゃけて生きろ!!〜

核戦争から幾年月、主に水・ガソリン・母乳を巡って人類が争っている時代。
放射能に汚染され荒廃したオーストラリア――“ウェイストランド”には、豊かな緑が残る秘境・“緑の地”があった。
そこに住む少女・フュリオサは、ある日、果実を収穫している最中にバイカー集団に拉致されてしまう。
バイカー集団を支配し率いているのはディメンタスという男。
母メリーの必死の追跡と母子の決死の逃亡も虚しく、メリーはディメンタスによって捕まり、張り付けにされた挙げ句、フュリオサの目の前で無残に殺されてしまう。
そして、母の復讐に燃えるフュリオサはディメンタスの娘として彼の管理下に置かれることになってしまう……。



今更観ました。
マッドマックスはサンダードーム以外は非常に時間と体力を使うんでこれまで暇ないし具合悪いしで無理だったんです。
まぁ、シャリ姐ことシャーリーズ・セロンのフュリオサのカリスマの前には勝てねーだろと思っていたらやっぱそんな感じでありましたが、アニャ・テイラー=ジョイの若フュリオサも発展途上の未熟さがよく出ていて良かったと思います。

が、同時に俺にとっては非常に不完全燃焼でもあった。
ちゅーのも、皆意外と正気で、且つ政治ドラマ色が強すぎで、世紀末の奇人ディメンタスの前に前作とは対照的にフュリオサがサブキャラ風情に落ちてしまったことがめっちゃもやもやしたし、めっちゃ残念だった。

俺は若き日のフュリオサの生き様を見たかったのに、なんでディメンタスの政治ドラマをメインに持ってくのよ!?と。
途中からやっとフュリオサがメインキャラとして動き始めますが、はっきり言ってそこまでが長すぎ。
フュリオサが主人公的ポジションを手に入れてからの展開が非常にあっさりしていて拍子抜け。

そんな非常に残念な中でも、光り輝くウォー・タンク(ウォー・リグ)とトム・バーク演じるシタデルの警護隊長ジャックがめちゃくちゃかっこよかった!!
しかも吹き替えがツダケンというね!もう渋かっこよすぎよ!
(決してマックスもどきとか言ってはいけない。ガチで)

でも、フュリオサと心通わせてからのフラグを次々とおっ立てつつもめっちゃ頑張ろうぜ!とやけにイケメン顔で宣言した割りには、非常にあっさりと無力化されて非常にあっさりとディメンタスに捕まって非常にあっさりと殺されたのがなんか非常にもやっとした(´・ω・`)
いや、お前フュリオサに偉そーなこと言っといて、しかもそこそこ強キャラオーラだしてる癖にめっちゃ弱くね…?みたいな(´・ω・`)

案の定、ジャックに飽きたディメンタスが彼を殺し、フュリオサは遂に復讐心がデッドゾーンへバーニング!
気合で拘束を脱出したフュリオサはそのままシタデルに帰り、シタデル整備班とっておきの痛車を駆ってディメンタスにお礼参りをしに行くのでした。

でも、この映画は全体的に戦闘シーンが迫力なかったなぁ…(´・ω・`)
ただ、出来たてほやほやのウォーリグ(ウォータンク)だけはすげー良かった。
特にショベルカーの腕が最高ですな。

うん、やっぱ『サンダードーム』から思ってたんだけどインターセプターが活躍しないマッドマックスは微妙。
加えてマックスがほぼ不在のマッドマックスは微妙でした。
それはひとえに終始フュリオサが脇に追いやられている感ビンビンだったから。
前作でトム・ハーディのスタントダブルしてた人がマックス役としてカメオ出演してるんですが、こんな体でわざわざマックス出す意味あんのかなぁ…、と(´・ω・`)

政治ドラマは俺は観たくはなかった。
フュリオサの生き様をメインで観たかったのに、いざ蓋を開けたら権力者たちの政治ドラマばっか。
こんなマッドマックスなんか俺は観たくなかったよ。
若きフュリオサの姿とジャックとの師弟(かつある種の男女)のドラマをもっと観たかったですね。

正直、期待外れだったのが本音…(´・ω・`)


〜男なら、己の矜持を胸に生きろ!!〜

紀元二世紀。
ローマ帝国が誇る第九軍団が遥か辺境のブリトンの地で帝国と軍団の象徴である黄金のワシの像と共に忽然と消えた。
それは帝国にとってまさに恥のなにものでもなかった。
そんな第九軍団の隊長を父に持つ百人隊長マーカス・フラビウス・アクイラがブリトン島の砦に赴任してきた。
マーカスは、一家の雪辱を晴らし、父に着せられた汚名をそそぐべく因縁の地に自ら志願したのであった。
当時のブリトン島はハドリアヌス帝によって建てられたハドリアヌスの城壁が異民族(原住民)とローマ側との境界線を敷いていた。特にその付近は異民族雑多のブリトン島における火薬庫のようなものとなっていた。
マーカスは着任早々にドルイド(ケルト人司祭)が起こしたケルト人の大規模な襲撃に直面し、彼らの戦車から身を挺して退却する部下たちを守った際に片足に重傷を負ってしまう。
そして、父方の叔父であるアクイラのもとで静養するマーカスであったが、復帰叶わず名誉除隊となってしまった。
意気消沈するマーカスを憐れんだアクイラ叔父は彼を地元の闘技場に連れて行く。
そこでマーカスが目にしたのは、剣闘士相手に虐げられつつも己の意地を貫き通す若きケルト人奴隷・エスカの姿だった。
そんなエスカに対して一斉に巻き起こるブーイングの中で唯一彼を生かしたマーカス。
マーカスに恩ができたエスカは、アクイラ叔父に買い取られてマーカスの奴隷となった。
当初は乗り気ではなかったマーカスだが、エスカの意地を見て以来、彼に友情を感じ始める。
そして、激痛を伴う再手術によって足が格段に回復したマーカスは、アクイラ叔父の友人である地元執政官との会食の際に第九軍団のワシが遥か北の辺境の地で見かけられたという噂話を聞く。
執政官の無遠慮な息子に父と一族を侮辱されて怒り心頭のマーカスの胸に、ワシ奪還の火が激しく燃え滾った――。



著名な児童文学作家・ローズマリ・サトクリフ。
彼女が書いた歴史文学に「ローマンブリテンシリーズ」があります。
その中の一発目「第九軍団のワシ」の実写映画がコレ。
以前観た時は「こりゃあまごうことなき原作レ〇プじゃーーッ!!これ作ったやつぁ市中引き回し打ち首獄門の刑じゃボケコラナスーーッ!!ヽ(`Д´#)ノ コ○ス!!」という「脚本という一点を除いてあとは全部良かった」という感想だったんですが、最近ふと「あれから俺も歳をとったし、改めて観ると何か違った感想を持つかもしれぬの…(´ _`)」なんて悟りを開いたような気持ちになりましてね…。
で、再見。
結果、DVDを某ブックオフに売った何年か前の俺を速攻でぶん殴りたいレベルでDVDを売ったことを今更ながら果てしなく後悔した次第なのであった…(´;ω;`)

「ふーん。で、傑作なわけ?」と訊かれれば、ぶっちゃけ「いや、全然(´・ω・`)」という出来ではあります。
ですが、「あっそ、じゃあ駄作なのね」と言われれば「ふざけんな!!(゚A゚#)チョウシノンナボケナス!!」という感じ。
そんな「俺にとっては名作」となった本作は、一言で言うならば「民族を超えた男たちの矜持のぶつかり合い」をテーマにして、それを見事に完遂した映画ですよ。
そして、その「民族を超えた男たちの矜持のぶつかり合い」とは、何を隠そう原作のテーマなんですよね。

原作は、男が持つ矜持とその価値観、そして男は理屈抜きで意地でもそれを貫かねばならぬ生き物である、ということが全体を通して描かれ、その道の果てに得たものは解放という一つの答えを提示している。

「矜持」とは、なにも男だけではなく女も同じで、女には女の矜持と価値観があるのだ、ということが切に描かれているのが原作の大きな特徴なんですが、しかし、この男女の矜持と価値観の差は大きく、互いに妥協はできるが真の意味での相互理解は不可能という結論に至っています。

(※一応言うが俺には性差別の意図は全くないですよ)サトクリフ女史は、男という生き物のどうしようもないバカさと男の心理をよく理解している。
サトクリフ女史はこうした男女の価値観の差異を通して物語を書くのが実に秀逸で、因みにその大傑作がローマンブリテンシリーズ第三作にして一人のローマ人の一大叙事詩「ともしびをかかげて」なわけだが、ローマンブリテンシリーズ一発目の「第九軍団のワシ」も例外なく、親父の名誉回復と一族の汚名返上と己のプライドに賭けてワシを命をかけて探しに行くマーカスの漢さと滑稽さ、そしてそれに対するヒロインの少女・コティア(これがガチでめっちゃ可愛いのよ!)の目を通した女には理解できぬ男共バカバカしさと愚かさが切に描かれている。

残念ながらこの映画版は大胆な改編が行われ、コティアは登場せず(なぜ出さん…(´;ω;`))、展開も雑さは拭えない。
原作でそれなりに大人な男だったマーカスはやたら周りにキレ散らかす系の更年期の主婦みたいになんか終始イライラしているし、原作ではしっかりしていてやたらと義理堅いエスカは鬱憤が溜まっていて世の中と周りにやたらキレてる(義理堅い)若者みたいな感じだ。
(↑初任の地で初っ端からフラグをビンビンに乱立するローマ帝国の若きエリート軍人マーカス)
(↑剣闘士にいくらイキられようが、部族の誇りを胸にひたすら無言でガンを飛ばしてメンチを切りまくる肝っ玉の坐った若者エスカ)

で、早い話が「第九軍団のワシ」というのは、マーカスとエスカという二人の男が民族や立場を超えた固い友情のもとで互いの矜持を貫き通す話。
父が率いていた第九軍団のワシの像が遠い北の地の果てに住まう蛮族の手に落ちているという噂を耳にしたマーカスは、父と自分、そして母や一族の全ての名誉回復と汚名返上の為に命をかけてワシを蛮族の手から奪還する決意をする。
大規模な人数は当然割けず、だから自分が行く。
死んだら死んだでそれまでだ。だって、不名誉なローマ人の死を悼む者などはなから居ないのだから…。
だが完全に余所者のマーカスはブリトン島の地理や事情に疎い。
だからこそ現地人の案内が必要だ――。
マーカスが自分の友情を試すように現地人であるエスカに同行を頼む原作とは違って、映画版は「寝首をかかれるかもしれんがとりあえず連れてく」という感じ。
で、原作と映画版のどちらも義理堅いエスカはマーカスの助けとなる決断を下す。
こうして彼らはたった二人だけで北の地の果てに住む“アザラシ族”にパクられた第九軍団のワシをパクり返すべく出立。
そして、ローマ人にとって異世界への境界線であるハドリアヌスの城壁を超えて魑魅魍魎とした未開の地へと足を踏み入れる。
ローマ人だと知られると命はない、しかもそれに加えて(映画版は)エスカが裏切るかもしれん、マーカスにとってそんな危険極まりない旅なのだった…。
(↑原作のようなインチキ目医者とその助手ではない「そんな装備で大丈夫か?」を地で行く映画版の二人。勿論、マーカスの方は完全に運ゲー状態)

で、なんやかんやあってアザラシ族からワシをパクり返したマーカスとエスカは速攻でトンズラ。
集落を挙げて迫りくるアザラシ族の追手には限界は近かった。
満身創痍のマーカスを見かねたエスカ。
「助けを呼んで必ず戻ってくる!俺を信じてくれ!!」

マーカスの奴隷になった際にエスカがマーカスに預けたエスカの父親の短剣。
それは、エスカのアイデンティティ・誇り――つまりは矜持の結晶である。
その短剣をエスカに返すマーカス。
「エスカ、今からお前は自由だ。逃げるなり、お前の好きにしてくれ――」

そっからがありきたりだが超☆絶☆胸熱ッ☆

エスカは逃げなかった。
友のためにひたすら悪路を走るエスカ。

エスカが助けを求めた先は旅の途中で出会った第九軍団の脱走兵のおっさん(原住民に帰化済。妻子持ち)。
前に会った時はマーカスに完全に塩対応だったおっさんは、なんと自分と同じ脱走兵たちを引き連れて完全装備でマーカスのもとに駆けつけたのだ!

「お前の親父さんは立派だった。最後まで誇りを胸に戦った。
俺は、そんなお前の親父さんを裏切って逃げたあの日、自分からも逃げたのだ。
もう、こんな思いは二度と御免だ……」

いつの間にか集結し、じわりじわりと迫り来るアザラシ族。

そして、構えるマーカス達。

「隊長、命令を――」

「ワシを死守せよ!!」

マーカスの号令と共に遂に激突するマーカス率いる寄せ集めの元ローマ兵&エスカとアザラシ族の軍団!!

それは、もはやローマvs原住民などではない。

民族などといったつまらんもんを超越した、まごうことなき男どうしの矜持のぶつかり合いである!!
そして、苛烈かつ熾烈などつきあいの末にマーカス達は脱走兵のリーダー格のおっさんを失ったりと多大な犠牲を払いながらも完勝。
マーカスは妻子も何もかもを放り出して戦ってくれた彼らの敬意を称え、その花道に畏敬の念という花を添えて火葬にするのであった――。

腐ってもローマ帝国軍人は伊達じゃねぇのよ!いや、ガチでさぁ…(´;ω;`)

こんなん、魂が燃えない奴はいないんじゃないの??
男だったらなおさらでしょ?

そして、帰還して呆気にとられた顔をする周りを気にもとめず、堂々とワシを無事に提出したマーカスとエスカ。

「へ〜、マジか〜wwwてかさ、この奴隷ってよくやんじゃんwww」
的にここにきてもまだ口が減らない地元の政治家の嫌味な息子である。
この超絶クソ野郎に今度はマーカスが憮然と言い放つ。
「エスカは奴隷ではない。そして、誇りを持っている。貴様などとは違ってな!」

一斉に黙り、静まる広間。
そこに居る誰もが反論できなかったのである。

因みに、こんなクズ野郎がエリート官僚コースです。
そりゃ、ローマ帝国も分裂して滅びるわけっすわ。


――てな感じで、映画版はマーカスとエスカの冒険は続く!的な感じの〆。

本作はそんなアドベンチャー映画なんですが、歴史考証は当時の最新のものを参考にして徹底的に頑張ってるらしく、衣装や小道具、建物や食べ物とかをはじめ、ローマ帝国を舞台にした映像作品でここまで戦闘がそれっぽいのは後にも先にもこの映画以外に少なくとも個人的には正直言って未だに見たことがないっす。
確か、惜しむらくは(ピクト人故に)アザラシ族の外観と言語の問題が最大の壁だったとかなんとか、という記憶があります(DVDを某ブックオフに売っちゃって久しいので間違ってたらすいません)。
作風含めて色々とすご〜く真面目に堅実に作ってある職人色光りまくる映画です。

あとは、本作をやれ「ローマ帝国がー」とかやれ「原住民がかわいそー」とか抜かすのはぶっちゃけはなから間違いで、何度も繰り返しますが、本作は原作リスペクトで「民族を超えた男どうしの矜持のぶつかり合い」を描いた映画です。

てか、当時の空気を感じつつ登場人物に感情移入して考えて物語に思いを馳せるのが俺は大好きなんですが、一方で非常に悲しいけど、現代の物差しで当時を押し測ろうとするような人はやっぱりいるんでしょうな…。

とまぁ最後に愚痴ってしまいましたが、『第九軍団のワシ』は再見したら良い映画でした。
古代の空気とそこに息づく男たちの意地というテーマの映画を観たい方に是非おすすめしますよ!



〜自分の決めた道を進め!!〜

ノルウェーのとある村に住む幼馴染で大親友のグリムとアクセルは、“ロスバンド”という名のバンドを組むロック少年だ。
そんな二人の夢は、いつかロック大会に出て優勝すること。
しかしながら、グリムにとっていがみ合う両親の他にある深刻な頭痛の種があったのだ。
それは、ギターは巧いがボーカルがてんでだめというアクセルの存在。
その見事なまでの音痴っぷりに自分では全く気付いていないアクセルのことを思うと何となく気の毒になってしまうグリムは本人にずっと言い出せずにいたのだ。
だが、グリムがいつものように音声修正した音源をアクセルが勝手にアマチュアロック大会に応募してしまったことからなんと二人は決勝戦の出場権を得ることに。
夢と現実の狭間で少しだけ葛藤した結果、グリムはアクセルと共に大会に出る決意を固める。
そして、グリムがその場のノリで切り出してしまった新メンバー募集のオーディションには孤独な幼いチェロ弾きの少女・ティルダがやって来る。
更に、アクセルはノリで近所に住む自動車修理工の青年・マッティンをドライバー役にリクルート。
ロックや音楽が大好きなマッティンは自分勝手な父親に強制されたプロドライバーの道を否定したくてたまらない衝動に負け、三人を兄のキャンピングカーに乗せた。
かくして、そんな四人は国の反対側にある北の果ての町・トロムソへと長旅に出発するのだった――。



『リトル・エッラ』がきっかけで観ました『ロスバンド』。
俺はロックは基本的に好きだけど全くもって詳しくないので、正直言ってロック好きな人やロックミュージシャンの人は高確率でムカつくと思います。
では以下感想をば。


いや、この映画…めっちゃよかったよーーッ!!(´;ω;`)
いやね、ほんとめっちゃいい映画だった。

バカ+堅実というロック少年コンビの青春群像劇というだけで俺は最高に好きなんだけど、そこに近所の若干チャラい兄ちゃんと地元の無愛想なガキンチョが加わった珍道中の末に迎えたクライマックスはもうガチで感動感激した。

こういう突き抜けた無茶とバカバカしさは子どもだけの特権であって、大人がこのノリだと正直言ってガチでキツいし見苦しいんだ。
それは『ビルとテッドの大冒険』の三作目のビルとテッドみたいな感じだと言ったら分かりやすいかも。
やっぱ思い切ったバカができるのは未成年のうちなんすよね。

個人的には、グリム、アクセル、ティルダ、マッティンの主要キャラ四人が皆大好きになりました。
(向かって左から、アクセル、グリム、ティルダ、マッティン)

昔と違って口を開けば喧嘩ばかりでいがみ合う両親の間で板挟みになりながら健気に頑張るドラム少年グリム、もう絵に描いたような突き抜けたバカさで10代を全力疾走で満喫するド音痴なロック少年アクセル、不在がちな両親や周囲に理解者がいないことに起縁する孤独を抱えたチェロ弾きの少女ティルダ、プロドライバーになることを強要することが父子の正義と信じて疑わない父親に辟易し大好きな音楽の道を諦めた青年マッティン、この四人が長い旅路を通して絆を育み、最後は一つに結束するその生き様がもう本当に最高でした。

(齢十代にして色々背負いすぎな苦労人のロックバカのグリム)
(クラスのマドンナ(ビッチ)へ捧げる愛の歌を熱唱するロックバカ。天パと矯正器具を着けた歯がチャームポイント)
(嫌がらせをしてくるクソビッチ共にめっちゃガンを飛ばすチェロ少女の図)
(見た目はちょっとチャラいけど実はかなりのレベルでピュアだった近所の兄ちゃんマッティン)

この中で個人的に特にマッティンがガチで気の毒すぎましてね…(´・ω・`)
パワハラクソ親父に加えてパワハラモラハラメンヘラ極まる精神異常者の兄貴(神からの使命に開眼済み)に日々振り回されて完全に人生諦めモードなマッティンの姿は本当に痛々しくて可哀想だった…(´;ω;`)
(こんなん俺だったらもう自殺レベルっす…)

大好きな音楽の道を親父に徹底的に否定され続け、結局諦めてしまったマッティン。
そんな中でノリでやってきた元気ハツラツなアクセルに強引に駆り出されたことが彼の人生の契機となるのでした。

マッティンの親父も親父なりにマッティンの将来を考えてはいた、というのが建て前ですが、結局は上の子がガチでシャレにならんレベルでヤバい奴なので焦ってマッティンの方に賭けてたんでしょうな。

クライマックスにそんな親父と面を突き合わせて対峙して、親父のハゲ面に本音をぶちかましたマッティン。
しかしながらマッティンはやっぱ本当にいい人だと思ったのが、その爆発した時ですら親父を否定するような文句を一切言わずに終始気を使っていたところ。
マッティン…(´;ω;`)

マッティンは終始一言も不平不満や嫌味を言ってないんですよ。
あんなクソみたいな家族環境の中でも、グリムをはじめとする子ども相手にも何も言わず。
四人の中で一番年上(17歳)のマッティンはとにかく冷静に、グリム、アクセル、チェルダにそっと寄り添ってひたすら温かくフォローし続けるんですよね。

もうね、マッティンテライケメン!!(´;ω;`)

そして、道中のアクセルの一方的な電凸によって元有名ロックバンドのドラマーの人(演じてる人はリアルで有名な人みたいです。知らんくてすまん)と対面したグリムは塩対応並びに「今は音声を自由に弄くり回せるイカれた時代になった。ロックから魂は失われた」という正論&図星を容赦なく突きつけられてしまう。
彼の空前絶後の塩対応と、彼が忌み嫌うその編集作業をしてきてしまった自分という現実に対して超ショック状態なグリム。
ここで定番中の定番&予定調和で怒りと哀しみでぐちゃぐちゃなグリムとアクセルは仲違い。
アクセルは自分が音痴なことや、ストーカー的に盲信している愛しのリンダがビッチであることなどといった現実を生まれて初めて親友の口から知らされるのだった。
それでも納得いかないアクセルは、自分は最高のロッカーだと奮起した末にバイカーがたむろする飲み屋のカラオケ大会で盛大に自爆。
結果、徹底的に拗ねてしまうのだった。

だがしかし、アクセルは終わらなかった。
アクセルは、バーのカラオケで美声を披露していたマッティンが一年前に音楽学校に合格するもそれを蹴らざるを得なかったことを彼の口から知る。
この旅を通して現実をちゃんと見て、そして自分の力量を受け入れることがようやくできるようになったアクセル。
「マッティン、ボーカルやってみる気ない?」

幼きチェロ奏者のティルダ。
彼女は友達もいないし習い事の場では嫌味な奴らから嫌がらせを受け、更には弾きたくもない曲を教師から強要されていた。
そして、肝心の両親も不在がち。
不満と孤独の末にティルダは、ロスバンドの新メンバー(ベース担当)オーディションに合格し、両親の許可書を偽造。
だが、これのせいで一行は警察と関わることに…。

ティルダは大人びていますが、所詮はまだまだ子ども。
ティルダの親はチェルダが居なくなったことが分かると即行方不明の届け出をしているし、彼女が思っているよりは一応ちゃんと親をしていたということが分かります。
だが、すれ違いがあることは事実。
そして、そんなティルダの孤独を理解して拒否せず受け入れてくれたグリム達三人は偉い。
そう、ティルダのこともマッティンが無免許なことも、「マジか!?やべーな…。でも折角だしこのまま行こうぜ!!」って速攻でなるのはやはり子どもの特権なのですよな。

そして、主人公のグリム。
彼は、最悪な現実から日々気苦労が絶えない中で唯一の信仰をバッキバキにへし折られてもなお闇に堕ちない優しさを持ち続けた聖人オブ聖人。

グリム、アクセル、ティルダ、マッティンの四人が己に課せられた障害を乗り越えて一致団結して迎える温かく爽やかな成長物語が何度も言うが本当に素晴らしい。
複雑な子供心と多感なお年頃の心の動きと、それを持ちつつも困難に打ち勝つ様を秀逸に描いた人間ドラマがガチで見事。

あと、クライマックス前にマッティンのクソ兄貴が無事逮捕されたので良かった!!


てな感じで、迎えたクライマックスがもう最高すぎてめっちゃ感動しましたよ!!(´;ω;`)
美しい声を持つ息子の真の姿に思わず涙したマッティンの親父、二人揃ってちゃんと聴きに来てくれたグリムの両親、そしてやっぱアクセルのことが好きだったアクセルの斜め後ろの席のめっちゃ可愛い娘、そんな彼らを含めた観客全員がグリムのドラム、アクセルのギター、ティルダのノリノリのチェロ捌きで一気に取り込まれ、そして極めつけがマッティンの美声!!

そんなノルウェー発の『ロスバンド』は、まさにグリム、アクセル、ティルダ、マッティンの青春のスタートを切るにふさわしい快作でした!!