先日、息子が(幼稚園を)卒園しました。
四月からは小学生になります。
妻には、
「(2人の子どもの)保育がこれで終わったね。ごくろうさん。」
と言いました。

一方、ある日の放課後、一浪して受かった生徒が、
在校時、親しかった先生方に挨拶に訪れてきました。
書類づくりの忙しい最中でしたが、私のところにも来て、
「教員志望なんですけど」という教え子がいうので、
「じゃあ、少し話そうか。」
とちょっと熱くなってしまいました。
彼には、これに懲りず、
教員という志をいつまでも持っていてほしいと思います。

ところで最近の新聞の広告も、
「今でも間に合う大学受験」から、
「来年の春の栄冠のための予備校案内」へと、
様変わりしきましたね。

この春の大学受験、
雑誌の報告では、「私立学校の凋落」とありました。
おそらく公立学校出身の人から見れば(私もそうですが)、
してやったり感のある状況なのでしょう。
まあ、以前書いたとおり、
受験は学校間競争の様相を呈していますが、
教育の本質は受験競争ではありませんので、
このことについて、私は距離をおきたいと思います。

ただ一つだけ。
まだ小学校にも通っていない息子ですが、
どうも父親に似たようで、
けっこうマメな性格のようです。
工作や絵画も丁寧な作風で、
卒園式前に行った作品の展覧会では、
担任の保母さんから、絶賛の言葉をいただきました。
彼には、職人気質の人間になってほしい、
という意味で名前をつけてあります。
ですから、彼の進路には、自分の経験もあるので、
やはり「理工系」という言葉が浮かんできます。
彼が将来、理工系を志望するのでは、
と何となく思ってしまいます(父の期待なのかな?)。

個人的には、私も妻もそうだったように、
公立中→公立高校へと進学してほしい、
と思っています。

父親が私学に勤めているから私学へ、
ということは考えないわけではありませんが、
ぶっちゃけ、
それほど魅力的な私学が近所にあるわけでもないので、
あの子の能力に応じて、進学してくれればいいと思ってます。
実際、どこに進学することになっても、
理工系に進むなら、
よっぽどの進学校でない限り、
高校三年間で理系のカリキュラムは終えるのがやっとで、
受験で競争に勝つようになるには浪人1年くらい必要、
とも考えています。

こう書くと、
「おまえの仕事だろ?
 数学を現役で受かるように教えろよ。」
という声も聞こえてきそうですが、
誰にでも、そうそう、数学が理解できるものではありません。
まして運動部などで、
スポーツに打ち込んでほしいとも思っていますし、
将来、どんな仕事でも体力は必要で、
タフなカラダと心は、そういったところで培われるものだと思っています。
そういった高校生活を高校生らしく十分に満喫してこそ、
「さあ、次は大学だ。」
という道に進めると思うので、
勉強一辺倒の高校生活はさせたくないな、と想像しています。
そうなると、
「一浪やむなし。いや、それでいい。」
と結論づけられるのです。

ところで、長い不況の影響も多大にあるのか、
「現役合格」を煽る風潮があるよう思います。
家計にも、大学にも余裕がなくなってきたのでしょう。
最近はホント親に、「現役進学」を懇願されます。

でもほんと、そんなんでいいのかな、と思います。
もちろん自分の指導力不足を棚に上げる気はありません。
でも、青年の勉強ってものは、一朝一夕ではいかぬもの。
じっくりと体力と覚悟が十分についてから、
1年くらいじっくりと腰を据えて、
勉強だけに専念する時期も必要、と考えるのです。

ほんと、不景気で政府からお金が配られるという、
さもしい政策が実施される昨今ですから、
家計は火の車でしょう。
それでも、時代の流れに流されない強さは必要かな。
議会のトップもそうですが、
企業のトップも現実的な対応ばっかりでなく、
理想や希望を語ってほしいと思います。
それでは(*^o^*)/~、まとまりませんでしたが
中高生時代、サッカー部に所属していたので、サッカーは好きである。
もう自分でプレーすることはないが、息子がはじめたので、
また息子が好きな電車にのって、プロ・アマを問わず、
サッカーも試合を観に行くこともある。

コンビニで立ち読みしたサッカー週刊誌にこんな1節があった。
「生活のすべてをサッカーに捧げよ。」
先ほど、NHKの番組「プロフェッショナル」に、
サッカー日本代表の中澤選手が出演していた。
なんでも、中学生・高校生のころ、サッカーは下手だったらしい。
「どうやってプロになったのですか?」
という司会者の質問に、
「生活のすべてをサッカーに捧げました。」
と彼は答えた。
コンビニで衝撃を受けた言葉を、夜また聞いた。

中澤選手は、お酒を一滴も飲まないらしい。
「プロのサッカー選手ですから。」

振り返って、自分はどうだろう?
情けない状態が、そこにある。

また中澤選手が続ける。
「過去は変えられない。
 でも、未来は変えられる。」
もう、ノックダウン寸前だ。

僕も未来を変えようと思う。
生活のすべてを数学・教育に捧げようと思う。
過去は変えられない。
でも未来は変えられる。
僕の職業は、数学教師である。
言い換えれば、数学を教えるプロである。
プロには、やるべきことがある。
先日、Lispでプログラミングし、ゲームを作ったという、
教え子のブログを読んだ。
Lispというプログラミング言語名が懐かしく、
そういえば「Lispで人工知能を作っている女史」がいたなあ、
って思い出していた。

学生時代勉強していた、A.H.ショーンフェルドの論には、
数学教育についてばかりでなく、
知性に対する見方や認識論についても考えさせられる記述があった。
検討する範囲は広くなるが、英語は読めるので、
大学の図書館に所蔵されている、それらに関する著作は、
速攻、借りに行った(と思う)。
その著作にの中には、タイトルを忘れたが、
チェスの達人がどう思考し、ゲームに勝つのかを
丹念に研究したものもあった。
(当時、「ディープブルー」という人工知能が、
 チェスの世界チャンピオンに勝ったか負けたか、
 メディアで話題になっていた、と思う。)
(その中には、ギブソンの「生態学的視覚論」もあったと思う。
 これは、私にとってエポックだった。)

その頃はハッキリとわからなかったが、いまはわかる。

当時、ショーンフェルドの論やそれらで関心を持っていたことと、
この女史が作っていたプログラムは、「熟達者のモデル」。
その分野に精通した、第一人者がどう考え、どう行動するのか。

女史にしてみれば、
それを教育に活かすかどうかは二の次で、
熟達者(エキスパート)がどう考えるか、
ということを明らかにすれば初学者はそれに学ぶことができる、
と考えていたようだ。
ほぼ365日、パソコンに向かっているという、
心理学(認知科学?)の博士課程1年の女史。
恐るべし。

ショーンフェルドの研究の中にも、
数学の研究者(この文脈で言えば「エキスパート」)が、
ちょっとした数学の問題(日本の高校入試程度、
あるいは大学入試問題初級レベル)をどう考え、どう解くのか。
それを丹念に記述したものもあった。

思わぬところから、
「ああ、そういうアプローチもあるなあ。」
と思いだした。

現在、テストを採点中である。
同じ年齢で、こんなに違うとは。
エキスパートと、ほとんど小学生。
なんでやねん。
久しぶりに面白いドラマを見た。
基本的に、屈折した主人公も好きである。
仕方なくなってしまった子ども番組の「歌のお兄さん」。
主演は、これまでは知らなかったが、
ジャニーズのグループ「嵐」の大野君。
すばらしい内容だった。

今日はその最終回だった。
DVDになるらしい。
ウチのカミさんは、「そんなに面白い?」
と言っていたが、面白かった。
仕事で遅く、見られない日は録画して、見た。
主人公の成長のドラマである。
それは良くありがちな設定だが、
そこに子どもが絡んでいる。そして気づく。
「子どものためにしていることは、
 未来への貢献である。」と。
主人公の家族がまた、良い存在。
お父さんが、その極めつけの一言を発する。

主題歌も良かった。
いつ、その主題歌が劇中歌として出てくるのか、
と、楽しみで仕方なかったが、ああいう設定で登場とは。

細かいところが気になるが、それはTVの話。
ドラマの話。
展開のスピード感が、それをどうでもよくする。

嵐の大野君、いい演技していたわあ。
第二のキムタク誕生か?
数年前から始めている生活習慣がある。
それは「長風呂」である。
もうすこし格好良く言うと「半身浴」である。

幼い頃、「おじいちゃん子」だったこともあり、
お風呂と言えば、
「熱い風呂にサッと短く入る」のが習慣だった。
中学生くらいから、夏バテが顕著になり、
8月の後半になると汗は止まらず、食欲も全くなし。
冬は冬で毎年のように風邪をひき、
学校を欠席しない年はなかった。

夏は嫌いだった。

結婚し、子どもが生まれた。
三食定期的に食事し、タバコも止めた。
先日書いたとおり、
晩酌で、ほぼ毎晩、缶ビールを一缶。
体重はどんどん増加していった。

第二子が誕生することになり、
体調管理に気を付けるようになった。
体重減を目標に、ランニングを始めた。

ランニングを始めると同時に、
毎日の運動習慣や生活習慣を見直した。
そこに、「半身浴」があった。
40℃くらいのぬるめのお風呂に30分程度、
比較的長い時間、入浴する。
夏場でもそうすることで、
体内(内臓)から熱さに慣れることで、
逆に夏バテしなくなると言う。
また、カラダをじっくり・ゆっくり温めるので、
冬場は風邪をひきにくくなると言う。

風呂場に新聞や雑誌を持ち込み、
情報を収集したり、考えたりすることで、
思慮深く行動できるようになる。
体調も良くなり、頭もスッキリ。
ストレスが減り始めた。
減ったと言うより、コントロールできるようになってきた。

休日などは、ランニングしたり、散歩したりした後、
朝風呂で長湯する。
昨日は、きれいな装丁で濡れたりするのが躊躇われたが、
「雑誌とは、読み込んでナンボ。キレイに保存するものではない。」
という信念のもと、
「数学セミナー」を風呂で読んだ。
難しくてわからないところも多々あったが、
学生時代から、雑誌「数学セミナー」は好きだった。

半身浴で数学セミナーを読む。
これをこらからの生活習慣にしようと思います。
お薦めです。
今週に入り、実践していることがあります。
それは「禁酒」。
先週は、寄り合いが多く、かなりの量、飲酒しました。
以前より、けっこうビールは好きで、
夕食時には350mlの缶ビールか発泡酒を1缶だけ飲む、
というのをささやかな楽しみにしていました。
ときには2本、あるいは500ml缶のエビスビールというのが、
テスト作成が終了したときなどの自分へのご褒美です。

ところが、2月以降、
タガが外れたように、毎晩、ご褒美が続きました。
以前、CMで流れていましたが、「ビールには力があります」。
どんな力かというと、「食欲増進」。
毎晩、自分へのご褒美をすると同時に、食欲がわき、
またビールに合う夕食メニューとなると、
脂質の多いものになってきます。
かくして、ビール2缶のご褒美は「体重増」となって表れます。

年度末の忙しい時期なので、
遅くまで学校で事務的な処理をしては、
子どもが寝た後に帰宅し、
風呂上がりにビールを2本、
油っこいものと一緒に胃に入れる。
ほろ酔いで寝てしまい、
朝もスッキリしない目覚めで通勤。

その負の連鎖を切りたくて、
月曜から、アルコールを一切、入れてません。
また夕食もできるだけ子ども達と一緒にとれるように、
なるべく早く帰宅します。
アルコールをカラダに入れないのと、
当たり前ですが、頭が普通に働きます。

昨夜は、新年度の「数学セミナー4月号」が届いたので、
それをむさぼり読んでいました。
長男が熱を出したので、
「インフルエンザか?」
と妻と対策を考えました。
とりあえず一晩寝かしつけて、様子を見ます。

話は変わりますが、
「数学セミナー」、
大学入試の出題問題の研究や、
教師のための中高大の数学を俯瞰するような連載が終わり、
ちょっと残念に思っていましたが、
新連載や今回の企画の執筆者には、
若手研究者の方の記事もあり、
また装丁も新鮮で、
なにか活力にあふれている感じがします。

話を戻して。
やはり毎晩、晩酌というのは、ちょっと贅沢だった気がします。
酔わないと、こんなに夜が有効に使えるのか、
ってあらためて感じました。
数学セミナーの記事も、新鮮に読めるのは、
そういったカラダの調子もあるのかもしれません。

けっこう小心者で、気を遣う性分なので、
仕事が終わって帰宅すると酔いたくなっていたのかもしれません。
ほろ酔いになることで、その日のウサをはらすというか。
思えば、亡くなった父も、夕飯で晩酌した後、
居間で「ガ~ッ!」ってイビキをかいて寝転がっていました。
「迷惑だな」って思っていましたが、
最近は自分がそうだったので、やはり血は争えませんね。

とりあえず、担任となった1年が終わりを迎えようとしてます。
最初は良かったですが、特に終盤、スタミナぎれし、
事務的なことも、授業の準備も、
自転車操業的になってしまいました。
思い返せば、毎年こんなんなっている気がします。
何か改善せねば、と思っています。

一方で、たまたま授業を持ってる他学年で、
「また来年度、ロベルト先生の授業がいい。」
と言ってくれた生徒がいたと、
その生徒の担任の方が伝えてくれました。
「あんなんでいいのか。」
と言う気持ちがある一方で、
「そう、あのクラスの授業で、
 アドリブで板書したこととか説明したことって、
 うまくいったな、って感触が確かにあった。」
とも、思い出しました。

来年度は、そのアドリブが自分の本物の技量となるように、
毎日の生活習慣の見直しから、スタートしたいと思います。
「不惑の四十歳」も近づいてきました。
もうちょっと、しっかりやろうと思います。
昨日は、東京大学の合格発表日でした。
この日は受験生を抱える担任と、
校長をはじめとする学校の首脳陣も落ち着かない、
そして学校全体も落ち着かない1日となります。

最近では各週間誌が競って「東大合格者数」を記事にするので、
それに協力する都合上、
集計作業も何時まで決まっています。
塾・予備校もできるだけはやく、
できるだけ多くの数を発表したいので、
生徒が通っている予備校などとはコラボレーションの様相もあります。

「そんなにたいへんなら、
 記事や発表に協力しなければいいのに。」
と思う方もいるかも知れません。
本校でもそれを検討しましたが、
いまや教育現場にも市場原理が働き、
また情報公開や説明責任という御旗を振りかざされると、
それに抗することはできません。
ましてPTAやOB、OBの勤める企業から情報を求められたら。

私はこの日が、1年で一番嫌いです。
国公立大学・前期試験の合格発表で、
一番遅いのが東京大学ですから、この日でひとまず集計する、
というのは合理的な理由がありますが、
東京大学合格数だけが全てではありません。

「なんだこれだけか!」という教員の言葉が一番嫌。
次に、
「お役に立てなくてすいません。」という、
東大不合格の生徒の声も、聞くのが辛い。
「おまえは学校のために勉強したわけではないだろう?」
と答えますが、受験勉強に疲弊し、
不合格にショックを受けてる生徒の心にどこまで届くのか。
「生徒の受験は、学校の名誉のためではないんだよ。」
と何度も、何人にも言います。

大人は、とくに今の時代は、競争・勝利が好きなので、
校威高揚のためか、
数が例年より多ければ浮かれ、大きな声で喜び叫び、
数が例年より少なければ、
「責任者は誰だ!」と弾叫しそうな人まで現れます。
まったくもって、
受験生1人1人の喜びや悲しみに寄り添っていません。
こんなんで、
「1人1人にきめ細かな教育をしています。」
でメディア発表してるんですから、その内実はたかが知れています。

東大合格発表は、他大学に受かった生徒にも影響があります。
せっかく難関大に受かっても、
東大に受かったのではないので、
喜んでもらえない生徒も出たりします。
その辺を敏感に感じている生徒は、3/10に報告に来ません。
もっとひどいことに、
念願の第一志望に受かったのに、
「すいません、東大じゃなくて。」
「すいません、国公立大でなくて。」
と、その場の雰囲気で言い出す生徒もいます。
挙げ句の果てに、
「俺、浪人しようかなあ。」
そう言わせてるのは、誰だ!

繰り返しになりますが、
私はこの日が嫌いです。
東大や国公立大に限らず、
合格報告に来た在校生やOBの1人1人を、
3/10でも、変わりなく迎えたいと思います。
「おめでとう。」
そして、一言。
「大学合格で、すべてが決まったわけではないからね。
 大学入ってからこそが、勉強だよ。」
それは就職してからも、
子どもが誕生してからも続くわけです。

大学合格は、1つの節目でしかありません。
過度に報道しすぎ、だと思います。
そして私も、過度に考えすぎ、だと思います。



先日、暇ができたら文庫版の哲学書でも片手に、
陽だまりのなかで思索にふけろうかと思っていたが、
ルソー、ロック、カント、デカルト…。
どれをとっても興味がわかない。
以前、教育哲学に興味が涌き、
ルソーの「エミール三部作」を読破!
と思ってみたが、結局、なんだか面白くなくて、
途中で投げ出したのを思い出した。

それで引っ越しの際、
漫画「スラムダンク」の全巻と、
「エミール三部作」を古本屋「ブックオフ」に持っていった。
スラムダンクは1万数千円の値が付いたが、
「エミール」は、「正直、迷惑なんですけど。」と言われた。
近代思想の祖JJルソーをつかまえて、「迷惑」とは何事か!
おまえだって、中学生のとき、歴史のテストで覚えたろ!
「社会契約論のルソー」を。

時はさかのぼって。
「岩波文庫、つまんないですけど。」
って、現在、どこかの短大で教授をしている当時の友人に聞いたところ、
「訳書だからだよ。原書を読まなきゃ。」
って言われた。
マジで?これからフランス語、勉強するのかよ。
そうは言っても、英語しか読めないのでは、
研究者になるとすると、器が小さい。
ちょっと前向きに、第2外国語を初めてみるか、
とフランスの学習を始めた。
就職が決まりそうだったので、
この第二外国語の勉強は中止にすることにした。

時は戻って。
やはり、哲学するにはドイツ語などが必要で、
哲学者の心を感じるには、原書を読むのが一番らしい。
話は変わるが、
あのドイツ語だから、ドイツで哲学研究が盛んになったと聞いた。
そういえば、
大学で法学を学んだ(なんちゃっての、アホウ学部だけど)
2人の兄の本棚にもドイツ語辞典はあった。
思想などを研究するには、
英語も必要だが、英語だけではダメだな。
あらためて、そう感じた。

オレ、数学教師だし、
哲学する以前に数学しなきゃ、ダメじゃん。

結局、話は元に戻ってくる。
いまさら現代数学は研究できないが、
自分が勉強したいことはあるし、
研鑽を積まなきゃいけないこともある。

日々の数学を、あらためて大事にしよう、
と思った今日、この頃でした。
今日は、子どもと一緒に映画を観に行きました。
見る作品は、「ヤッターマン」。
私たちが子どものころ、大人気だったアニメ「ヤッターマン」の
実写版の映画です。
我が家の子どもたちも、アニメ「名探偵コナン」と、
リメイク・アニメ「ヤッターマン」はほぼ毎週見ています。
たまたま時間が空いたので、
子ども達と一緒に見に来ました。

パパの目的はもちろん、ドロンジョ様。
なんと実写版で誰がキャスティングされるのかと思ったら、
深キョンヽ(*'0'*)ツ
ナイスだ、ナイス。
美少女系女優ながら、実はナイスバディなのは有名な話。
正直、ヤッターマン1号がジャニーズ系とか、
ヤッターマン2号が期待のアイドルとか、
メカのCGがすごいとか、そんなのはどうでもいい。
深キョンのドロンジョ様が見たーい!

と言うことで、映画館に着くと、なんと2時間の上映。
「これ、子ども向けとちゃうんか。」

はじまってビックリ。
もう、深キョンの胸の谷間なんて当たり前。
入浴シーンもあり、
バブルのシーンもあり(なんのことか気になる人は映画館へ)。
もうサービス精神旺盛。
っていうか、これアダルト映画。
チ○コとか、○ッパイとか連発です。
ヤッターマンのメカとドロンボー・メカとの対戦は、
全部で3回あるのですが、
なんとヤッターマンのメカはほぼ全敗。
2回目の敗戦なんて、
ヤッター・ワンが○ッパイメカに欲情して負けてしまうんですから。
ほんと、一緒に見ていた子どもに聞かれたらどうしようか、
って思うような内容です。

それにしても、生瀬氏演じるボヤッキーの存在感の大きさ。
ボヤッキーの映画といっても過言ではない。
また、トンズラーの真を得た一言も、たいへん勉強になります。

ドロンジョ「ボヤッキー、トンズラー、やっておしまい!」
ボヤッキー、トンズラー「アラホラサッサ。」

とか、
ドロンボー一味が悪メカを作るときの歌とか、
もう懐かしくって、仕方ありません。
あれから30年の時を経て、
コンピュータグラフィックも高精度になり、
もう実写化できないアニメはないように思います。
いやあ、いいもの見たわ。

帰り道、妻と手をつないでみました。ちょっとだけ。
NHK教育テレビのアニメに「おじゃる丸」というのがある。
ゆるキャラ・オンパレードのアニメであるが、
そこに「自分探し」のためフリーターを続ける、
熱血青年がたびたび登場する。
常識を知らず、思ったままに行動する彼は、
たびたびアルバイト先で問題を起こし、
追い出され、また新たな職場で自分探しを続ける。
そういう、キャラ設定である。

笑えない(^▽^;)
まるで自分のことのようだ。
私も学生時代、ずいぶんとアルバイトを変えた。
親や友人に迷惑を掛けたこともある。

このアニメ「おじゃる丸」。
売れない女性作家も度々登場する。
その自意識過剰な様ったら、見てられない。

笑えない(^▽^;)
まるで大学院生時代の自分のようだ。
研究室周辺で、教授や助手、ゼミ仲間に、
「自分は優秀な人間」と見られているか。
とかく気になってしょうがなかった。
他の研究室のゼミに言って、
思いつくままに質問や意見をしたことがある。
思えば恥ずかしいことであった。
穴があったら入りたい。
慕い、手紙を送った人もいる。
先日、家を掃除していたら、
その方からの返事があった。
まったくもって、迷惑な話だったろう。
その手紙がすでに存在しないことを願う。

大学時代、車の免許をとった。
教習所に入所すると、まず身体検査や心理テストがあると思う。
その心理テストで、私は「C」だった。
あまり運転に向かない性格らしい。
(事実、ちょっとした事故をおこしたことはある。)
その心理テストの結果は、
「社会的未成熟のため、自動車の操作に問題が出るだろう。」
とあったと記憶している。

思い出してみると、
「いまあなたは、田舎の広い道を運転しています。
 人気もありません。
 スピードを出したくなりますか?」
というような質問のオンパレードだったと思う。
迷わず、「はい」と答えた(記入した)。

これが間違いだったらしい。
なんでも正直に答えてはいけなかった、らしい。
知り合いになった人に聞くと、
「こういうところで正直に答えるなんて、
 どんな教育受けてきたの?
 そんなの、常識に答えておけばいいんだよ。」

何、正直に答えてはいけないのか!
そんなテストがあるのか?
これでも東京の有名大学にいってるんですけど。
いままで、人にあまり嘘はついたことはないし、
正直・誠実であることが大事だと思っているんですけど。

それは社会的に未成熟なんだと。

これには実は、ずいぶんと凹みました。
心理テストが「C」だったせいか、
検定には何度か落ちました。

あれからもう20年近く経ちました。
妻は、私の誠実そうなまなざしがいい、と言ってくれます。
(すいません、のろけで。)
生徒や保護者も、
「ロベルト先生の、熱心さや誠実さには感謝してます。」
と言ってくれます。
また心理テストを受けることがあって、
「社会的に未成熟」と診断されたら、
正直で真っ直ぐに生きていることがまちがっているというなら、
そんな社会は壊してやる、と反社会的な態度に出たいと思います。

もちろん空気も読めず、
いたずらに本音を漏らし、
他人を傷つけることがあったら、それはいけないと思います。
ですが、正直に生きることが悪い、
というのは、そっちの方がおかしい、と胸を張って言おうと思います。

社会的に未成熟でもいいじゃないか。
純粋に、子どもと一緒に時間を過ごすことが大事で、
そういうことを引き受ける職業(教師)も必要なのだ。
すべてが市場原理・企業社会の常識の枠内である必要はない。

教え子が、
大学院に通いながら、非常勤講師をすることが決まった、
とメールをくれました。
いつか自分も歩いた道。
彼の輝かしい未来を祈る。