decent

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夢はきっと叶う ひとつだけきっと叶う
そのために何もかも失ってかまわない
それほどまでの夢なら叶う
一生にひとつだけ
夢はきっと叶う 命も力も愛も
明日でさえも引き換えにして きっと叶う

今でも1975年の10月10日を折に触れ思い出す。

51年も前のこと。

体育祭で1500mを走った。当然姫路市の大会でも結構いいタイムで走っていたから同じ学校に敵などいなかったが2位の羽生を大きく引き離してゴールした。

あの時が間違いなく人生で一番の感動の瞬間だった。今でもあの時の写真を見て救われている。

まったく「死体」のカテゴリーに佇んでいた僕をこの世に引き戻してくれた瞬間だった。

今はどうなんだ。

かっこ悪い生き方してる。

学生時代から憑依した僕の行動は30代を境にしてだんだんしんどくなったせいか、怒らなくなった。いいことではない。リスク覚悟で暴れたらいいのにねえ。

怒れよ、ケンカしに行けよ。

クズみたいな生き方しかしていない。

覚悟がないのが腹が立つ。

ああ、もう完全に心は止まっている。思考できないままいる。

とりあえず当分死ぬつもりはないし、もう少しは生きていけるような気もしているが、いずれにしろ、いつ死ぬやわからぬ人生だから少しずつ遺言のようなものを書くことにした。

 

1961年1月30日生まれのぼくは2026年10月8日現在、65歳と8か月を生きている。いつの間に・・・。

ぼくは小さい頃から今に至るまでずっと他人を恐れて生きてきた。ずっとずっと怖がってきた。

どうしようもない弱者である。弱者であるぼくはその弱者である本性を晒すことを恐れて違う人格であるような振る舞いをずっと続けてきた。その結果、心はいつもボロボロだ。どうしようもない。自業自得だ。

ぼくの死因は服薬しての自殺だと思う。

ずっとずっと生きるのが苦手だ。

もう小さすぎてどうしようもない。

生きるのがどうしようもなくしんどい。

何か大きなミスや事件が自分を襲えば普通にいられないだろう。

 

この65年間、ぼくは何をしていたんだろう。

とある団体に招かれての講演会。

中味は触れない,で欲しい。

とにかくクタクタになった。傷だらけで帰ってきた。

まだ立ち直れないでいる。

何であんなことしゃべったんやろ、と後悔する。

毎回そうだ。よかった、とおもったことなど一度もない。

昨日、今日と息子一家が来ていた。

今年6月に産まれた子の「お食い初め」をうちでした。

うん、賑やかなこと。気疲れすること。自分のペースが乱される生活にストレスが強まる。

昨夜は夜9時に寝た。朝7時半に起きた。10時間半。寝ていた。

僕はきっとどんな生活も馴染めない。どこに行っても落ち着かない。

どうすればいいんだろう、とノイローゼのように悩む。

今年になって、JR手柄山平和公園駅という姫路駅から2キロのところに新駅ができた。そしてつい最近、大きな大きなアリーナが手柄山公園にできて、お披露目の会などやっている。キャパシティーが最大5000人。あのあたりには体育館が3つ。武道場が一つある。なんでまたこんな大きなものがいる。

賑わいが期待できるって市長始め巷では大騒ぎ。

しかし、同じ市でありながら夢前のような過疎地には愁風吹きすさんでいる。高校を力づくで失くし、それをあたかも「合併」のように言い募り事実上の廃校に追い込んできた。基幹産業のない街に人口の増える見込みも一切なくこれから過疎化に一直線で突き進むしかない。

小中学校の併合も近々ある。神姫バスの最寄り駅まで一番奥からだと15キロ離れている。熊が出る。限界集落だらけ。住民は物わかりの良い大人しい人ばかりだと思って舐めてかかってくる。産業廃棄物のゴミ捨て場を作ろうとして我々が闘ったから阻止できたけど、地元の議員など一切地元の利益を守る気さえない。奴らが産業廃棄物のようなもんだ。

なにが新駅じゃ。ふざけるな。歩けよ、2キロぐらい。なにがアリーナじゃ。一般市民が使いにくいもんばっかり作ってなに調子に乗っとんじゃ。

ボケ。

めっちゃ腹立つ。

こんな建物を喜ぶ奴らは間違いなくみんなアホや。

急な出費が降りかかってきた。

僕は実際、家にどれぐらいのお金があるのか知らないでいた。

昨日一昨日と家人と確認する。

ええええ、43年働いてきて、しかもほとんど贅沢なことしてない生活で、これだけ。と確認する。

もうそれはそれで仕方ない。

そういえば、40歳の時点でうちには現金が50万もなかった。

娘には「私立へ行かすお金ないからな」とくどいように家人が言っていた。

そんなことを思い出したら、納得するしかない。

今日は彼岸の墓参りに夕方から行く。

家人の両親の墓。もうかれこれ通いだして40年。結婚前から行っている。それも今日で最後。今年の秋に墓じまいすることになった。

色々打つ手が早い。家人はもう死んだ後のことを考えて生きている。

ぼくはまだまだ先の話だと思いながら生きてきたがどうも最近移ってしまった。元気なのにあと数年のうちに死ぬような気配で生きている。

 

随分老け込んだ、と思う。

なにもかもが憂鬱なんだ。

1番にしたいことはここでは言えない

2番目もここでは言えない

3番目も言えない

4番、グループホームを作ること

5番、職場の経営基盤を盤石にすること

6番、孫と船旅すること

7番、料理を習うこと

8番、アウシュビッツへ行くこと

9番、フルマラソンを三時間台で完走すること

10番、温泉巡りすること

 

上位3つは恋をしたいということです。

そう老いらくの恋。

 

新急に息子夫婦のところへ行くことになり、色々と予定変更。14時から21時まで一緒にいて今帰ってきた。

引っ越しを考えているという。金もないのに、言うことが生意気。資金援助してやっているのに感謝の言葉や気持ちがまったく出てもないで偉そうな口を叩く。

いろんなことがいやになる。

疲れた。

新聞取材が一気に二本。午前午後と対応に追われる。

グループホームのこと。障がい者運動の事。

自分の言葉にほとほと疲れる。ウソは言っていないが、傷口が広がるように疼く。結構頑張っているつもり。