decent

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夢はきっと叶う ひとつだけきっと叶う
そのために何もかも失ってかまわない
それほどまでの夢なら叶う
一生にひとつだけ
夢はきっと叶う 命も力も愛も
明日でさえも引き換えにして きっと叶う

世の中は人知れず行われる善行とその善行を「人知れず」で終わってしまうことの評価のなさへの怒りで満ち溢れている。

この間、自分がした「善行」を振り返っていた。もうそんなことする時点で「善行」の価値が限りなくゼロだ。しかし、しかし、しかし、これは口にして言いたい。

この間、そう、盆休みの期間中おいらは毎日12時間近く仕事場に籠り、下駄箱の掃除、除草、事務所の整理整頓、床拭き、玄関のタイル磨き、観葉植物の手入れ、ゴミ出し、スズムシ、カブトムシ、メダカの世話、ゴミ焼き・・・一人でやった。

誰一人評価してくれる者などいない。

きれいになったやろ、と内心思うが誰もそういうことを言ってくれない。そういうことを言って欲しいがためにやっているのではないが、何か口に出して言ってもいいのではないか、と忸怩たる思いがする。

 

僕の人生の縮図だ。僕は自分の善行が「陰ながら」で終わってしまうことに「怒り」を覚え続けていた。

ぼくなら間違いなく必ずねぎらいの言葉の一つや二つ言うという確信がある。

しょうもない奴らだ。それ以上にしょうもないのは自分だ。

仕事って他者からの要請あるもの。

自分がしたい仕事はこれです、って言ったところで誰もそのことに必要性を感じていなかったら仕事にはならないよね。

あくまで受け身が仕事の基本。「自分が好き」なだけで仕事を選んではいけません。昨日、せがれが高校の同級生何人かと会ってご飯行ったそうな。川崎重工に行っていた一人が年収1000万円あるってうらやましがっていたけれど、そういうことをうらやましがること自体が人間として間違っている。彼はその仕事を手段と見ているのか目的として見ているのか。「ゼニ」「カネ」のために自分の所有している時間を切り売りしているなら何も幸せではないし、もっと言うなら川重が日本と世界の平和、人類の進歩と幸せのために貢献している会社なのか、彼はその存在を誇りに思って仕事に精を出しているかどうかで全然彼の仕事の中味は違ってくる。年収なんて何の尺度でもない。僕は川重が世の中のために貢献しているとは一切思っていない。軍需産業として戦争のための道具、武力になる兵器や武器を作っているし、国策と合致して世の中の甘い汁を吸って行こうとする魂胆見え見てだ。

目先の良かれに飛びつくな。魂を売るな。貧乏の何が悪い。お金がないということは全く恥ずかしいことではない。むしろ、正直に誠実につつましくきれいに生きた証だと胸を張っていればいいだけのこと。

 

僕は金持ちのほとんどを軽蔑している。金があるって自慢することの下劣なことよ。

 

朝から的形のお寺に行く。盆の恒例行事。

その後、福崎のニッサンヘ故障気味の送迎車を修理に出す。

10時半に仕事場へ戻ってきてスチール製の靴入れを掃除する。駐車場のゴミをブローする。

20日に迫ってきた保護者会の資料を作成する。預り金の領収書を整理する。15時に福崎のジムで5キロ走る。夕方、帰省する息子と配偶者と三人で資さんうどんを食しに行く。

夕方から事務所で明日のお茶を沸かす。メダカに餌をやり、スズムシに餌をやり、野球見て、水木しげるのテレビ見て、得も言えぬ怒りがこみあげてきて、高市への憎悪、戦争を推し進めようとするケダモノのような奴らへの激しい憎悪が身を震わせる。

あの人たちはなぜ死ななければならなかったのか。犬死だ。

それを美化してはいけない。

戦争が憎い。それを肯定する今の政権党が憎い。

お前ら人殺しの一味と同じじゃないか。

ここだけの話であるが言ってしまおう。

世の中お盆である。この疎外感は一体何だろう。

なんの楽しいことも見つけら過ごしている。

大体他人様と会うのが鬱陶しいんだ。

仕方ない。

 

10月の講演会の話の内容をまとめようとしていたが、なかなかこれが手ごわい。トーンを下げて話しをすることと、つかみは自己紹介で「地元幼稚園を優秀な成績で卒園しまして、以来右肩下がりの人生をいろいろありながら歩んできました」そこだけは完成した。

あとは中味だ。一番大事やがな。

2009年息子の中学校の卒業式でPTA会長としてあいさつした。原稿など適当でほぼアドリブで話して、その中味がいたくよかったと参加者から何度も何度も言われたことがある。それがどうした、単なる自慢したいだけ。

その自慢しいの性格が話の中に顔を出すから人品卑しく見られてしまう。

落ち着け。

それだけ。

昨日の甲子園、有明高校の選手が『50メートルを5秒8で走る』と何度も何度もラジオの実況アナウンサーがしゃべっていた。

ありえないのだ。その速さで100メートル走ったら10秒2前後で行ってしまう。しかも陸上のスパイクも履かず、アンツーカーのトラックでもなく、スターティングブロックを使うわけでもなく、一介の高校球児が5秒8は絶対にない。断言できる。50メートルの日本記録は多田修平の5秒73。あのロケットスタートの彼でさえそのタイム。それを素人の高校球児が肉薄する記録で走れるわけがない。

何度も何度も繰り返し言うからラジオを切った。

暇か。

 

今日はあの日から20年目の記念日。当然、向かったのは雪彦山。

もしかして…‥ってことは今年もなかった。

暇か。

 

 

 

政権与党のシンクタンクを長年務めた水野和夫が「資本主義社会はとうに限界を迎えて先進国と言われる中でも日本のこの体制は早晩変革していかざるを得ない」と言っている。彼はマルクス主義者でも何でもない。その人が言っている。それも歴史を遡って多方面からのデーターを用いてかなり深い事実に基づいて論証している。もう僕らがどうあがこうと賛成しようと反対しようとそんなことではなく、土台(経済)が崩れていくという話が凄くわかりやすくてみんなに触れて回りたくて仕方ないが、そんなことしても聞いてくれる人などいない。みんな「この資本制社会はいつもでも続くし、それに代わる社会体制などない」と思っている人ばかりだ。

けど、事実としてもうすぐ終わる。

この強欲な資本主義社会、新自由主義体制は突如音を立てて崩れる。それは信じるとか信じないとかのレベルの問題ではなく、その事実を受け入れるか拒否するかだけのことだ。

もう延命はできないと資本主義体制どっぷりの水野さんが言っている。

もう計画しながら有限な資源を活用するしかないんです。世界人口の20%の先進国という地域に生きている人だけが食料、みず、石油、鉄などのあらゆる資源を十分に使っているが世界75億人が同じ水準で生活しようとしてもできるものではない。ないんだから。もう強欲、我欲は控えよう。他者のために、環境のために、未来のためにわれわれはもっと謙虚になろう。それなくして末端のことをしたって土台が崩れたら意味がない。

謙虚になろう。

この社会はもうすぐ終わるというより終わらざるをえなくなる。

 

昨日、テレビのニュースの中でこの二人がインタビューされているのを偶然見た。真凛ちゃんがしゃべっている間ずっと彼女の顔を神経質そうに凝視する昌磨。病気の顔だ。怖いぞ。この顔はリクリュウペアの間に流れるビリビリ感とはちょっと違う子どもの匂い。

アイススケート界に次々起こる恋物語。ぼくは書くことが仕事のプロの著述家だから嫌々書いているが、もうこの間の宇野昌磨の不審人物のような挙動は哀れであり愚かであり痛々しい。ずっと彼の表情から「真凛ちゃんと結婚したい」が溢れている、宇野昌磨、28歳にして子どもなんだ。少年ではない。「少年」という音の中に息づいている軽やかさ、明るさ、無謀さ、無計画さ、過激さがまったく見て取れない。「真凛ちゃん」オタクとなって一緒にパートナーになってもらいもう一度オリンピックへ・・・などと言っているがそれは形式的なものでそういうことより真凛ちゃんと添い遂げたい、その思いだけが透けて見える。

あのオドオド感はリクリュウの間にある波長ではない。もっと子供っぽい28歳児が大人の女性にどうしたら好かれることができるだろうと必死、そう、文字通り必死の形相で生きている。

もう一皮むけないと真凛ちゃんは振り向いてくれない。

宇野昌磨、弾けるところがないとダメよ。

今のようなコバンザメのように真凛ちゃん大好き、どこまでもくっついていくので見捨てないでオーラを発射されると相手は逃げたくなる一方だ。

そうなると昌磨、おまえ、ストーキングしたらあかんで、と心配になってしまう。そんな顔している。

もっと明るくならないと。「世の中にはこの人しかいない」オーラを出すんじゃない。仕舞え。

 

サッカー選手ってなんでこう(滉)もアホが多いんだろうと思わざるを得ない。一流サッカー選手ともなるとモデルとか芸能人とかと結婚するアホが断然多い。男はアホが多いから美人が大好きなんだ。そこだけで決めるって頭おかしいでしょ。「見栄え」ってやつかい。ああ、恥ずかしい。自分で「僕は人を本人の努力で得たものではない見た目だけで判断する愚かであさましい差別主義者です」と触れ回っているようなもんだ。ああ恥ずかしい。

川口春奈の出演番組など見たこともないがこんな野蛮な奴(見たらわかるがな)をよう選んだ。一拍置いてから決めたらええのに。妊娠してしまったら仕方ないか。

外見の見た目で判断する奴など間違いなく碌な奴ではない。もし、川口春奈が性格も人気も今と同じでも車いす生活を送っていたら結婚考えたかい?

見た目だけで決める奴がそんなことするはずがない。

 

ホントに恥ずかしい。ぼくは堂々と「美人が大好きです」と公言する奴が大嫌いだし、人間として軽蔑する。信用置けない。

ケッ死ね、と思う。

昨夜暑さのせいか寝苦しかった。痰が派手に絡むし、咳き込むし、腰痛いし、息苦しいし…4時に1階に降りてソファーで寝たけど体勢が整わずほとんど寝られなかった。6時に再度二階に上がって7時まで寝ようとしたがなかなか寝られるものではない。

うちには寝室にエアコンはない。窓を開けて扇風機の温かい風を送っても体は落ち着かない。

日中も体調の悪さを引きずったまま仕事。腹部膨満感。2年前の8月の体重が52㌔だったのが今や59㌔。もうどうしようもなく腹が出てきて動くのも億劫なぐらい。

とにかく減量とダイエットだ。運動とスポーツ、特に走ることとランニングもしていこう。

とにかく腹部とウエスト回りが出てきた。やる気もファイトもない。

8月中に56㌔台に必ず落とす。落ちなければ切腹しようと思う。武士に二言はない。おいら武士でないから二言はあるかも。

痰が絡むような体調なれど、明日はプールに行く。

その前に今夜眠れるだろうか。

さっきまで浜ちゃんちで吉田拓郎「春だったね2006」をYOUNEXTでみていた。拓郎、御年81歳。メンバー全員がかっこよすぎ。

僕も80歳まであんなカッコよくいられるだろうか。

8月1日を以って走り始めた。

まずは10KMをトレッドミルで。

昨日、2日は千種高原の奥、岡山県西粟倉の若杉原生林5キロをジョグとウォーク。1時間20分。気温が28度。快適。熊だけが心配。

帰りにええがいや千種で風呂。65歳以上300円。凄いお得感。

そして今日・・・ランは休み。三日も続けると死んでしまう。

それに一昨日夕方からのどに違和感。痰が詰まったような状態で2日の朝、山崎町の休日診療の医院に行ってみてもらったところ。今日は痰が絡む。頭ぼんやり。無理はしない、というか気力なく何もできない。

墓仕舞いに奔走する家人と共にその手続きに霊園に行ってお金を払ってきた。もうそのスピード感あふれる処理能力に半ば呆れる。

 

あと二か月。なんとなくこれからの人生を大きく左右するような予感がする講演会になりそうだ。学生時代円山音楽堂の「全京都府民集会」で5000人の聴衆に10分アジったことがある。学生総会では1000人の学生の前で30分の基調報告をしたこともある。

ただ今回は自分のことではなく、そこ職場のこれからを占うターニングポイントになるような気がしている。

おごらず、誠実に、親切にしゃべろう。

 

ただ、最近おじさんまったく思考能力がダメだ。

ここ二週間で読んだ本は三冊だけ。

本を読め。とにかく量だ。頭に入ろうと入ろまいと・・・。