世の中は人知れず行われる善行とその善行を「人知れず」で終わってしまうことの評価のなさへの怒りで満ち溢れている。
この間、自分がした「善行」を振り返っていた。もうそんなことする時点で「善行」の価値が限りなくゼロだ。しかし、しかし、しかし、これは口にして言いたい。
この間、そう、盆休みの期間中おいらは毎日12時間近く仕事場に籠り、下駄箱の掃除、除草、事務所の整理整頓、床拭き、玄関のタイル磨き、観葉植物の手入れ、ゴミ出し、スズムシ、カブトムシ、メダカの世話、ゴミ焼き・・・一人でやった。
誰一人評価してくれる者などいない。
きれいになったやろ、と内心思うが誰もそういうことを言ってくれない。そういうことを言って欲しいがためにやっているのではないが、何か口に出して言ってもいいのではないか、と忸怩たる思いがする。
僕の人生の縮図だ。僕は自分の善行が「陰ながら」で終わってしまうことに「怒り」を覚え続けていた。
ぼくなら間違いなく必ずねぎらいの言葉の一つや二つ言うという確信がある。
しょうもない奴らだ。それ以上にしょうもないのは自分だ。
