自分の青春時代に愛聴し今だに色褪せることないブルーハーツの名曲「情熱の薔薇」の曲の一部にこんな歌詞があります。

見てきたものや聞いたこと
今まで覚えた全部
でたらめだったら面白い
そんな氣持ち分かるでしょう?

2020年という今の時代だからこそ、この歌詞が胸に響いて来るのは自分だけでしょうか。人は自分が信じているものを信じたい性質があるので、自分の信じているものを人に否定されると場合によっては怒りだすか、否定して来た人を批判し返して喧嘩になります。

でもその自分が信じて疑いもしない当たり前のことが実は誰かにでっちあげられた嘘でデタラメだったとしたら?

真実の扉を開くことなく嘘やデタラメを信じたまま人間は一生涯を終えてしまいます。

自分はそんなことは嫌だから、本当の事が知りたいから、高校生の頃から数えてもう30数年「この世界の真実は?人生とは?宇宙とは?」そういう根源的なことについて考え続けてきました。10代20代の頃は真剣に悩んでいましたが、40代ともなると自分はこういうことを考えるのが好きなんだと氣付き、いまは趣味のようなものだと思ってます、笑。

だから自分が頭の中で信じて疑わないような事柄を一個一個実体験と知識と直感を交えながら検証し、間違っていると思うならば潔くその考えを捨て去ることをして来ました。そんな頭の柔らかさや柔軟性をとても重要視してきました。

だから「ああそうだったのか〜とか、ああこういうことかも!」という氣づきを得て、自分の中にある閉ざされた扉を今までの人生の中でいくつも開けてきたつもりです(この氣づきを得られた瞬間が快感なんですよ、笑)。

時代がそういうタイミングなのか、昨年春に息子が誕生した頃から今年に入ってコロナが起きそして最近でもそんなことがとても頻繁に起こってます。

そんな自分なんですが先日「ああ〜この扉、疑ったことがなかったなぁ。。」という自分の中の盲点に氣づく情報と出会いまして、それは歴史認識から生まれる盲点した。

歴史は(戦争の)勝者がつくると言いますが、自分たちがむかし学校で教わった日本や世界の歴史、自分もそれは基本的には嘘だと思っていて、実際のところ本当のところどうなっているんだろうと興味があってむかしからよく考えて来た分野の一つです。

その自分の中の盲点に氣づく情報と出会い、今まで点と点だったものが線で繋がった感覚がありました。縄文から弥生、大和へ至る歴史の流れとか、古代イスラエルの失われた10子族のこととか、明治維新から第二次世界大戦、戦後のいくつかの事件のこととか。こういう情報に初めて触れる人にとってはチンプンカンプン、トンデモ話だと思う人が多いかも知れません。

でも自分的にはたくさんの本を読んだりこういうことはむかしからずっとずっと考えて来たことなので、とても腑に落ちたのでした。自分の盲点に氣づきその後考えがどう変わったのかはさておき今日はその情報のリンクを張っておきます。

Blog – intuition – 澤野大樹さん公式サイト

澤野さんの青森講演会を主催されてる方のブログ。澤野さんが講演等で述べられてる内容を詳しくご紹介されています↓
宇宙の中心で愛を叫ぶ。

2014年4月にアメブロのほうに書いた飯島秀行さんの講演会の内容を転載した記事に、今でもわりとアクセスがあり、興味関心ある方によく読まれているようなんです。↓こちら

先日、自分も氣になって久しぶりにその内容を読み返してみたんですが、その時は感覚でなんとなく分かった氣になってたのが、6年半経った今、より理屈で理解が出来るようになっていました。

このブログで今年になって何度も宇宙は愛で出来ていたシリーズなどでも書いているように、2014年には難解だと思っていた飯島さんの講演会の内容が、より理屈で理解が出来るようになっているのは、自分の中で「どうやら宇宙はこうなっているのだな」という自分なりの答えを昨年ぐらいから持てるようになったのが大きいと思います。

講演会の冒頭に出てくる、宇宙にたった一つの法則 
(X)+(Y)=0  X:作用、Y:反作用、0:法則、神、中性

という公式、今ならよく理解が出来ます。相反するエネルギーが合わさってその中心に宇宙エネルギー(ゼロポイントフィールド)があるということが。

例えば男性エネルギーと女性エネルギーが合わさり生命エネルギーが生まれるなど。あの有名な太極図ですね。

右回り左回りの陰と陽の相反するエネルギーが交わる中心部が大事。これもフラワーオブライフの中心部に宇宙エネルギー(ゼロポイントフィールド)があるという考え方と同じで、結局こういうことが宇宙を表しているのだろうと。

それで氣付いたんですが、以前ブログにも書いた大地の再生の手法で、コンクリートやアスファルトで締め固められ硬くなった大地の再生をするために、周りに穴を掘り必ず炭を入れ、そのあと枝や枯れ葉などの有機物を投入します。同じように土地環境や磁場を整える古代人の叡智の一つ、カタカムナ人の炭素埋設法というものがあり、こちらも土地の四隅に深い穴を掘り同じように炭を入れます。この「炭を入れる」ということが大事なポイントなんだろうと氣づきました。

一般的に炭には水を浄化したり除湿効果や炭の持つ多孔質に微生物が集まり土壌改良などの効果があることで知られていますが、ここからは自分の仮説ですが、炭というのは木や竹などを一度火で燃やしたもので、火のエレメントを持つ物質です。これを土中に入れることにより、大地に降った雨の水と合わさることにより、相反する火のエネルギーと水のエネルギーが合わさりその中に宇宙エネルギーが生まれるのではないかと。生まれるというよりも宇宙エネルギーは空間上に無数にあるものなので「集まってくる」と言ったほうがいいと思います。火を入れてエネルギーを高める(集める)ということで言えば、料理をする時も火を通したほうが美味しくなるし、お風呂も薪の火で沸かした熱いお湯などはより氣持ちが良いものです。

で、このことを理解すると飯島さんの講演会の内容によく書かれてある「圧を高める」ということがよく理解出来ます。空の容器(実際は空ではないですが)に宇宙エネルギーを集めることが圧を高めること。

例えば人間のお腹が空く現象。お腹が空いたら胃袋に隙間が出来るので、水と食べ物を入れて胃袋内の圧を高める。だから現代の栄養学の観点では説明出来ないんですが、実際は水や食べ物が持つ宇宙エネルギーを体内に取り入れて人間その他の動物は生きているんではないかと。食べ物を食べて生きているんじゃなく宇宙エネルギーを集めて生きているとも言えます(人はものを食べる時、陰陽関係の上の歯と下の歯でよく噛むことにより、食べ物のエネルギーをさらに高めている?)。だから何も食べなくても生きていける不食の人が実際にいることも頷けます。

野菜作りの観点からみると見た目が綺麗で大きな野菜が必ずしも体に良いわけではなく、見た目よりも宇宙エネルギーをたくさん持つ野菜を育てることが大事で、飯島さんが「野菜に虫が付くのは、虫がセルモーターの役割をしている」と言ってることも、これも野菜が育つ土中環境に宇宙エネルギー(微生物)が不足しているので、野菜自身に元氣がなく、虫がセルモーターの役割を担ってエンジンを回してる状態なんだと理解できます。だから虫を排除しようと農薬を撒くのではなく、人間がやるべきことは、田んぼや畑に宇宙エネルギー(微生物)をたくさん集めて圧を高めること。後は種を撒いて放っておけば、宇宙エネルギーの力で元氣で美味しくエネルギーたっぷりのお米や野菜が勝手に出来るはず。(こういう視点で自分の田んぼや畑で実験しています)

飯島さんの言う「微生物」を「宇宙エネルギー」に置き換えて、もう一度この講演会の内容を読み返してみると、なるほどな〜と全てが腑におちるので、興味関心ある方にどうぞオススメです。

以前書いていた自分の中心軸を意識して毎日をワクワク楽しく過ごす方法の続きを、、ようやく書きます(パート①はこちら)。自分の中心軸を意識する方法として自分なりの考えでは、身体的アプローチと精神的アプローチの二つがあり、身体的アプローチでは…

・太陽を浴びる。

・深い呼吸をする。

・有酸素運動、身体を動かす、汗をかく。

・身体を緩め、巡りを良くし、身体の中心を整える(瞑想、ヨガ、自力整体など)

・とにかく笑う。

・大声で歌う。

というものがあると書きました。

一つ目の太陽を浴びる効果はパート①で書かせてもらったので二つ目以降のことについて説明していきます。「深い呼吸をする」について。とかく現代人は呼吸が浅いと言われています。明治以前の昔の人は肚を意識して暮らしていたので現代人よりもずっと深い呼吸をしていました。今は多くの人が胸式呼吸です。これを氣がついたら深い呼吸、腹式呼吸に変えていく。不思議とこれだけで氣分が落ち着きます。多くの人は胸より上の頭のほうに氣が上りがちで、四六時中ワタワタと落ち着かない、睡眠も浅くなりがちです。

人間は呼吸によって大氣中の酸素を吸い込むだけでなく、氣(宇宙エネルギー、プラーナ)を体内に取り込んでいるので、呼吸を深い呼吸、腹式呼吸に変えることによって氣をお腹(丹田)のほうに溜める、そして体の真ん中から全身に氣を巡らすイメージでしょうか。(以前も書きましたが、そのために大事なことはまず出すことです。まず吐くこと。ゆっくりと長い息をお腹から出すことです。)

宇宙に存在するものはすべてフラクタル(相似形)であるという宇宙の法則から、人間の体を地球に例えて考えてみると、毛細血管は大地に生える草木の根で、血液体液は大地をめぐる水です。水は氣(宇宙エネルギー)を運び大地の隅々までめぐらせます。全身に血液を送り出す心臓や内臓器官は地球にとって月ではないかと。月の引力が海の潮の満ち引きを生み出し、地球上の水を循環させるポンプの役割を担っています。考えてみると臓器の漢字の部首は月へんになっていますよね。

では人間の呼吸は地球で考えると何なのか、それは風ではないかと。風は水を運び大気を動かし淀みを撹拌し循環させます。エネルギーの高い場所(イヤシロチ、ゼロポイントフィールド、ゼロ磁場地帯)とは常にたくさんの氣(宇宙エネルギー)が流れ込み循環が起こっている場所で、逆にエネルギーの低い場所(ケガレチ、氣枯れ地)とは氣の流れが滞り停滞している場所です。

人間の体でも同じことが言え、血液や氣の流れが滞った箇所があるとそれが病気の原因になります(自分は専門家ではないので断定はしませんが、あくまで宇宙に存在するものはすべてフラクタルであるという考えから導いてきた仮説ですが)。

そう考えるとですね、やはり日々深い呼吸を意識することにより、全身、手足の先の隅々まで氣(宇宙エネルギー)を送り込み循環をさせることが大切ではないかなと。

深い呼吸を意識することは、いつ何時でも氣づいた時にはいつでもできます。あせったりなんだか氣持ちが落ち着かない、なんかイライラする、そんな時は自分の中心から、ずれている時。そういう時はゆっくりと深い呼吸を意識するだけでいつでも自分の中心に戻れるので、ぜひオススメです。

…やっぱりこのシリーズも長くなりそうなので、パート③へと続きます。

田んぼの稲刈りが始まりました。以前も書きましたが(→こちら)自分が住んでいる地域(山口県長門市)のまわりの田んぼでは、今年は稲の害虫と言われるウンカの被害が酷いことになってますが、幸い我が家の無肥料無農薬の自然栽培による田んぼはなんとか大丈夫そうです(全体の5%ぐらいの被害)。

わが家の稲刈りは、すべて手作業による手刈りハザがけの天日干しスタイルです。ウンカの第3波被害の可能性がある(東南アジアあたりから飛来して来て稲に卵を産み付け、それが羽化し成虫になったウンカがもう一度卵を産み付けそれが孵る)と友達から聞いたので、収穫するには少しだけ早い状態ですが刈り始めました。

昨年は息子が生まれたばっかりだったのと一昨年は奥さんが妊娠していたのとで、昨年一昨年はすべて自分一人の手作業だったんですが、今年は息子も1歳半と少し成長し奥さんも手伝ってくれての稲刈り作業です。でも作業途中から息子はお腹が空いたのか場所に飽きてきたのか駄々をこね始め、結局自分か奥さんのどちらかが息子を見なくてはならなくなり、人員一人での作業になりました(笑)。いやそれでもすべて一人で作業するのとは違い体もラクで断然スピードも速い。

(現在、5歳の娘と1歳半の息子、二人の子どもの子育て真っ最中でほんとに毎日目まぐるしくバタバタと過ごしていますが、子育てについて自分の持論などもいつか氣が向いたらブログに綴ってみたいと思います。)

稲刈りをすべて手作業でやってるなんて言うと、奇特な人だなとか、ドMですよね?(笑)とか思われがちですが、実は自分なりの考えがあってのことなんです。

今の世の中では田んぼ作業に機械を使うのは当たり前で、大型機械なしでは今の日本の稲作は成り立たないと思いますが、国の食糧自給率もお米だけは100%です(全体では40%)。

でも自給率100%と言っても、機械を動かすガソリン(石油)は、すべて輸入に頼っています。もし何らかの有事が起こり海外からの輸入がすべてストップした際に、機械を動かすガソリンがないのでお米の自給率は100%ではなくなります。そうなるとすべて人力の手作業(または昔のように牛を使う)になってしまうので。

もちろんそんなことは起こらないことを願いますが、何があるか分からない世の中で、人間一人のマンパワーでいったいどれくらいのことが出来るのかを、自分なりに体感として確かめておきたい氣持ちがあり、稲刈りをすべて手作業でやっています。

もちろんそれだけが理由ではなく、青空のもと体を動かすと単純に氣持ちがいいとか、使う道具も鎌だけあればできるしとにかくシンプルでお金もかからないし、家族のレクリエーションにもなるなどの理由もあるのですが。

それともし何らかの有事が起きた際に、自分の家族が一年食べる分のお米なら機械がなくても人力だけでもなんとかなるという事例を今のうちからつくっておきたい氣持ちもあります。

小さな子どもとお年寄りや病気の人以外、元氣な人みんながなんらか農に携わって暮らしていけば、例え機械がなくともこれから世の中に何が起きようとも人力だけで食を自給し十分豊かに暮らしていけるはず。実際、海外の事例だとキューバとかロシアなどもそうやって国民が自分達で食を自給していたので。

…というわけで人力によるお米の収穫作業はもう少しだけ続きます。




ブログを書いてなかった頃は全然そうは思わなかったのに、ブログを書き始めると不思議なことに書きたい内容がどんどんと頭の中に浮かんで来て、最近は書きたい欲求が止まりません(現在、1歳5ヶ月の息子のお昼寝の寝かしつけを家の離れの部屋でやっていて、この息子が寝ている時間がブログを書くのにちょうどいいんです)。

ブログを書き始めたら書きたいことがどんどん出てくる現象って、これって不思議なことではなく宇宙は常に循環しているという宇宙の法則から考えたら合点がいくことで、ブログを書くという行動を自ら起こす、それは自分からエネルギーや波動を出すという行為なので、出せば入ってくるということなのかなと。

考えてみるとこの「出す」という行為はとても大事なことだなあと思うのです。前回ブログで書いたお金の話でもそうですが、ありがとうと良い氣持ちでお金を循環させると良いお金がまた巡ってきます。

人間の体でもそうですよね。とかく現代社会ではテレビの健康食品の通販や、これを食べるのが体に良いという定期的なブームが起きて、やれ〇〇だやれ〇〇をたくさん摂ろうと喧伝され、とにかく食べることばかりがクローズアップされます。

でも多くの人の腸内環境は食品添加物満載、ポストハーベストの小麦過多の食事で悲鳴をあげています。腸内環境は人間の脳と直結してるという話も聞きます。だから食べることよりも先にデトックスというか、「出す」ことが重要だと思うのです。

ブログの文章を書いたり、人に話しをすることなども自分から「出す」という行為ですが、その前には「自分の頭で考えたり自分の心で思う」という行為が必要で、どういうエネルギーや波動を出すかの前提となる、この「自分の頭で考えたり自分の心で思う」ことがまたとても大事なことかなと。

個人的なことを書きますと、この「自分の頭で考える自分の心で思う」ということをずっと昔から人一倍意識して生きてきたつもりです。そのきっかけは今からちょうど30年前の大学一年生の19歳の時に、肺結核とC型肝炎をダブルで患いまして二ヶ月間入院するという出来事が起こり(→マサーヤンの公式サイトにめちゃめちゃ詳しく書いてます)、その時に生と死というものを病院のベッドでとことん考え、その時から『人に何と言われようと、人に何と思われようとも、自分の人生は自分が100%納得できるように生きよう。』と決めて、大学を卒業してからも、訳の分からない常識や世間体や人生とはこうあるべきだという一般論に洗脳されてたまるか、「俺は自分の人生を生きるんだ」と思いながら生きてきました。そのおかげで、今までを振り返ってもなかなか変わったユニークな独特な人生を歩んできたようです、笑。

そんな独特の人生を歩んできたつもりの自分からみると、この社会の洗脳システム(あえてそう言ってしまいますが)ってほんとすごいなあと思うのです。まず学校の教育というものは、答えありきで答えをどれだけ暗記するかで成績の優劣が決まり、自分の頭で答えを考える訓練を全くしません。あと、多くの人はテレビやマスコミの一方的に垂れ流される情報を鵜呑みにし自分の頭で考える余地すらありません。

個人的には2003年からテレビをみるのを止め、それからは世の中の動きを知るためにネットのヤフーニュースなどでニュースだけはチェックしてたんですが、今年の春ごろからネットのニュースをチェックするのもやめました。距離を置いて客観的に世の中のニュースだけはチェックしてたつもりですが、暗いニュースやあからさまに恐怖を煽るニュースに少なからず自分の氣持ちが影響されていたことに氣づき、それからはネットのニュースすらチェックしなくなりました。でもだからと言って現在なんの不自由なことも困ったことありません。あえて氣持ちが暗くなるものや波動の落ちるものを自分から無理してみる必要はなく、自分の氣持ちが明るくなるもの波動のあがるものだけみればいいと最近では思っています。

で、何が言いたいかと言いますと、現代社会に暮らす多くの人(自分も含めて)は、自分の頭で考えているようでいてそうじゃないことがたくさんあるなあということが言いたいのです。量子学的に考えると、自分が信じているものがその人の目の前の現実を創り出しているので、テレビやマスコミの情報を疑いなく信じているのならばその世界を生きることになりますし、自分の考えを持ち自分の感性や感覚とか自分自身を疑いなく信じているならば、その世界を生きることになります。

で個人的には昔から、テレビやマスコミの情報、誰かが言った2次情報、誰かが言ったことをまた聴きした情報、どこの誰が言ったか知らないような3次情報よりも、自分の目で見て自分の手で触って実際の自分の皮膚感覚で感じた1次情報を一番信頼して生きてました(だからこそリヤカーで日本一周歩いたりするのですが、笑)。

さらに、量子学や仏教的に見ればこの世はすべて幻、脳が創り出すバーチャルリアリティなので、自分の目で見たと言ってもそれすら曖昧なこと(笑)。だからましてや情報源の分からない2次3次情報を盲目に信じそれを自分の考えとしてしまうことは、とても残念なこと、もったいないことだなあと。誰しも人間一人一人の心の中心に万物創造の神の意識が宿ると自分では思っているので、人間が心の中で想像することはやがてそれは現実化します。だからそんなすごい力を人間一人一人が秘めているのに、その力を使わないのはもったいないなあと思うのです。

※自分がこういうことをブログに書いたからと言っても、あくまでマサーヤンはこういうことを考えたり思ったり信じているという2次情報ですので、笑。


前回のブログ記事でお金の話が出たので、お金というものについての自分の考え方を書いておきたいと思います。お金というものは何なのかを自分の頭でよ〜く考えることになったきっかけは、何度も書いてますが2003年ごろ自分改造計画を実行してた時に、ロバートキヨサキさんの有名な本「金持ち父さん貧乏父さん」を読んでから。

 それまではお金というものが何なのか自分の頭で考えたことすらなく、ましてや学校で習ったことも当然なく、多くの人と同じように自分の親が持っていたお金というものに対しての考え方をそのまま疑いなく信じていました。

 自分の親がお金に対して持っていた考え方は、どっちかと言うとわりと清貧思想というか、お金は汚いものだから貧しいほど清らかであるという考えでした。そして、お金は楽して稼いじゃいけない汗水垂らして苦労して稼ぐものという考え方でした。だから20代の頃は食うのに困るほどではないですが、お金…なかったですね、笑。

そして2003年の30代前半の頃に「金持ち父さん貧乏父さん」の本を読んで、お金というものは何なのかをそれまで考えたことすらなかったことに衝撃を受けました。それからお金についてのいろんな本を読み、お金とは何なのかを自分なりの頭で考えて、その時に答えは一応出ました。でも人生というものは知識では分かっても、やはり実体験が伴っていないとそれが智慧にならないので、その後の人生のいろんな実体験を経ながらお金というものについて勉強をしてきました。

お金とは何なのかと問われれば、今ならばはっきりと答えられます。それはエネルギーの一つであると。お金自体に良いも悪いもなく、ありがとうと良い氣持ちで循環させてあげればまた良いお金(エネルギー)が入ってくるけれど、不安や恐怖から溜め込むとそのエネルギーは滞ります。それは流れる水は腐らないけど溜まった水は腐敗するように。それが自然(宇宙)の法則なんだと思います。だから幸せなお金持ちの人はそのことを分かっていてそうします。

以前友達がフェイスブックでシェアしてたんですが、どこの記事だったか忘れましたが、「人は誰もがこの世に生まれた瞬間からお金教の信者になる」という内容でした。この記事を読んで、なるほど確かにそうだよなと思ったことがあります。現代社会ではお金が神であり絶対的なものです。世の人の多くの悩み、不安や恐れの原因はお金に起因することがほとんどです。誰もが幸せになるためにもっともっと欲しいとお金に翻弄されています。自分の今までの人生を振り返っても、お金にはほんとにいろいろと勉強をさせてもらいました(笑)。

でもよくよく考えてみたら、お金は神ではなく紙でありモノとモノの交換券です。お金自体には価値がなく、それに価値があるとみんなが思っているから価値があるわけで、「お金がないと生きていけない」とか「お金を稼がずにどうやって食っていくんだ」とか自分も若い頃さんざん周りの人に言われましたが、人はどうやって生きているのかと言えば、水を飲み空気を吸い食べ物を食べ、そして人と人とがつながり、愛と感謝のつながりの中で生きているからなわけで、お金のために経済発展のためにと人間が生きて行くために必要な水と空気と土を汚し、食べ物を産み出してくれる海や川や山などの自然環境を壊してしまってるのは本末転倒ですよね。

でもなんでそうなるのかは分かっています、それは一人一人の人間の中にある得体の知れぬ欠乏感、不足感、恐怖恐れ不安といった満たされない氣持ちがあるから。

時代が変わる大転換期では、それまでの時代の中では絶対的であればあったものほど次の時代では何の価値も持たなくなります。今までの時代では絶対的であったお金というものが次の時代では何の価値も持たなくなる可能性は大いにあると思っていて、でも個人的にはそのことを何も心配していません。

一粒万倍といって、春にまいた一粒のタネが秋には何倍もの実をつける、それが自然界というものです。ほんとにありがたいことに人間が生きていくために必要なものはこの世界の中にはすでに十二分に用意されています。

 得体の知れない不安や恐怖、不足感、欠乏感は一人一人の中にある分離意識が原因で、それを一人一人の中心にある万物創造の愛の意識にみんなが氣づいた時が、この世界はすべてが満たされていたんだとみんなが氣づく時、恐れや不安や恐怖は自分が創りだしていたんだ、そんなものはなかったんだと氣づく時。その時にはお金の価値がゼロになったとしても、もうそれは必要のないものになるでしょう。やはり人類が一つ上のステージに進むために今までのクリアすべき必ず通るべきステージには、お金というものが必要必然であったのだと思います。お金様、今まで本当にどうもありがとう。

…と散々偉そうなことを書きながらも、お金が必要な世界はまだまだ続く可能性もあるので、今現在どうやって現金収入を得て生活して行くかももちろん考えてます、笑。

今までも、わが家では田んぼでお米をつくったり畑で野菜をつくったり薪でお風呂を沸かしたり薪で調理をしたり自給自足を意識してやって来たつもりですが、前々回ブログにも書いたように2022年には資本主義が崩壊すると仮定し、じゃあ2022年以降の世界にもスムーズに移行できるようにと、できるだけ今のシステムやお金に依存しないで生活するために、現在の家計の支出を今一度見直してみることを最近やりました。電気水道光熱費、通信費、食費、その他もろもろ現在の家計の一個一個を見直してみて、お金を使わずに自給できるものはないかをもう一度考えてみました。

その中でも自給できそうなものはやはり結構ありまして、味噌、醤油、塩、納豆、卵、魚(本気で釣りにいく)、井戸水雨水利用、太陽光発電、カマドづくりなどその他もろもろまだまだありました。もちろんとは言え現在は現金が必要な世界ですし、それがまだまだ続いていくこともあるので、どうやって現金収入を得るかももちろん考えています。

まあ、これからどんな大変化が起きようと、世の中がこの世界がどのように転ぼうとも、頭の中身だけでなく、実際の生活もスムーズに対応できるようにと、題して『古い地球から新しい地球へ 〜わが家のライフシフト計画〜』というものをつくり、今年中から来年の早いうちまでに実際に実行に移していこうと。以前ブログにも書いた自分改造計画のように、◯◯計画というのがどうやら好きなようですね(笑)。

以前までなら、世の中が激変し食糧危機が来るかもという少なからずの不安や恐怖心から自給自足をやろうと思ってた部分があったんですが、今は不思議と不安や恐怖はまったく無くて、ただただ純粋にワクワクした気持ちがあるだけなんです。自分の中心軸を意識してるからかもしれません。

それで、以前ブログにも書きましたが、卵を自給するため鶏を飼おうと、鶏小屋の建築をいよいよ始めました。以前もご紹介したこちらの本を参考に(自然卵養鶏法)、5、6羽の鶏を飼うイメージで、大きさは直径2メートルの六角形の小屋を考えてます。

ネットで調べると、イタチなどの小動物が穴を掘って侵入し鶏を襲うことがあるそうで、まずは周りに穴を掘り、ブロックやレンガや石などを埋める作業から。





現在の我が家の田んぼの様子です。自分が住んでる地域の周りの田んぼでは今年ウンカの被害がひどいです。ウンカとは、稲の大敵と呼ばれる害虫で東南アジアあたりから飛来してきて稲の養分を吸い枯らしてしまう虫です。農薬で駆除できるのですが数年たてば新しい農薬に耐性をつけその時に適切な農薬を撒いておかないと被害が出てしまいます。

今年の春頃、世界的にサバクトビバッタの蝗害で農作物がやられるニュースが飛び交っていて、今年の秋には日本でもどうなるか分からないなあと思ってたんですが、バッタは大丈夫だったけど、ウンカ被害が発生しました。

無農薬、無肥料の自然栽培ではウンカ被害はあまり出ないそうですが、友達が無農薬無肥料でやってる田んぼでも今年は被害が出ているそうで、自分の田んぼでも一部やられている箇所があり、来月の収穫まではまだまだどうなることやら、予断を許さない状況です。

自分の田んぼをよく観察すると、やられているところは水が流れ込みやすい水の多いところで、稲の根張りが弱いため生命力が弱いんでしょうね、過保護に甘やかしすぎました(笑)。この前来た二度の台風でもその箇所の一部が倒れてしまっています。

友達の話だと、黒米や緑米などの生命力の強い古代米はウンカ被害にあってないそうです。

農薬をたくさん撒いて被害を防ぐか、それとも虫にも負けない稲の生命力をとにかく高めていくか、お米づくりの世界でも二極化がやってきました。

自分は無農薬無肥料の自然栽培でやってますが、でも農薬を使う慣行農業を否定しません。大型機械、化成肥料、農薬を使う慣行農業のおかげで、今でも市場のお米の供給量は安定し誰でも安価でお米が食べられることができるのだから。これを大昔のように牛で耕してすべて人力でお米を作るとなると、その労力たるや想像を絶します、汗。今のように誰でもご飯を食べられる世の中ではなくなるでしょう。

2003年頃に私生活で思うところがあり、それまでの自分を変えなければと急に思い立ち自分改造計画というものをつくり、タバコを辞めるとかテレビを見るのを辞めるとか本を年間300冊読むとかその他にもいろいろありましたが、とにかくそれまでの自分を変える計画を突然立てて一つ一つ実行していったということがありました。(今考えると生まれる前から何歳になったらそうしようと自分で決めていたような?!氣がします)

そしてその頃に読んだ本の中で、近い将来資本主義は崩壊するという内容を読み当時衝撃を受け、最初はそんなことあり得ないと思ってたのですが、でも1990年にベルリンの壁が崩れ共産主義も崩壊したのだし、人間のエゴを中心とした経済を発展させ続ける今の資本主義のシステムが続いていけば、その前に地球の自然環境は持たないだろうと思い、崩壊するのも悪くない、いやむしろ地球が優良星になっていくためには、今のシステムが崩壊することは必要必然だと思って生きて来ました。

2003年頃に近い将来資本主義は崩壊するなんてことを周りの人に言えば、可笑しなことを言う奴だな頭大丈夫?と思われていたと思いますが(笑)、2020年の今こういうことを言っても受け入れてくれる人は増えたんじゃないかと思います。

近い将来に崩壊すると言われも「それはいつなのか?何をすればいいのか?」2003年頃からはそんなことを考えながら生きてきました。2011年に東日本大震災が起き福島の原発事故が起きた時に、ついにやって来たかと思いましたがまだ違いました。そして2020年の今、自分だけじゃなく多くの人が感じているかと思います、もうそろそろなんじゃないかと。

(コロナのパンデミックをつくりだしそれを口実に、もはや資本主義の体すらなしていない行き過ぎた金融システムを一度リセットしようとしてる、そんな流れさえ感じます)

時間は直線軸ではなくスパイラルな螺旋上に流れていくものだと思っていて、歴史は繰り返すと言われますが、歴史や文明の周期は長いもので1600年とか800年、短いもので70年から80年だと言われてます。

今まで常識や当たり前だと思っていた事が一夜にして180度回転し非常識や当たり前でなくなる出来事が日本の歴史上にもあります。それは1868年の明治維新と1945年の第二次世界大戦の敗戦。自分なりの感覚と数字から考えると再来年の2022年がとても氣になります。2022年の77年前が1945年で、77年×2=は154年でちょうど明治維新の1868年なので。もし2022年に何も起こらなかったとしても2024年には新しい紙幣への切り替えが決まっていて預金封鎖も起こりえるし、あと食糧難も氣掛かりですし自然災害も。

しかも今度の変化は宇宙的規模で見ても新星地球への生まれ変わりというぐらい、どでかい変化、地球と宇宙の進化だと言われています。

とは言え決して恐怖を煽るわけではなく、それはより良い世界に行くためには避けられない、むしろ歓迎すべきことだと思っています。2003年頃からずっとそう思ってきました。

今まで通りでいい現状のままでいいと多くの人が変化を恐れるのは人間の習性。でも今よりもより良い世界に行くために新しい創造のためには、古いシステムの崩壊と変化は避けられないもの。

古い今までの常識や考えやシステムにしがみつくカチコチの頑固な頭ではなく、どんな変化が起きても驚かずしなやかに対応できるよう、とにかく頭の中身を柔軟に柔らかくいるように心がけたいものです。(自分に言い聞かせています)

柔軟な頭、それはこの大変化の時代にはとても重要で大切な無形財産だと思います。

不謹慎かもしれませんが、これから古いシステムの大崩壊と、とてつもない大変化が起きるかと思うと、その先にはいったいどんな世界がやってくるんだろうと個人的にはとてもワクワクしてます^ ^

自分の中心軸とは何なのか?中心軸を意識して毎日暮らすとは?

その考え方はいろいろあると思いますが、自分なりの結論を簡単に言うと、今の自分が心地良いと思えるか思えないか、思えるならばそれは中心と繋がってる時なのかなと。

宇宙の真ん中にある、自分の真ん中にある万物創造の愛の意識と繋がっている時は、そこには不安も恐怖も恐れも悲しみも欠乏感もない、すべてが満ち足りていて全部ある、オールオッケー状態(バカボンのパパの口癖、これでいいのだ〜!)です。その状態や意識になって毎日暮らすことが中心軸を意識して暮らすことかなと自分では思ってます。

ではその状態やその意識になるためにどうすればいいのか?自分なりの考えでは身体的アプローチと精神的アプローチの二つがあって、身体的アプローチではどういうものがあるかと言うと、ありきたりな答えかもしれませんが…

・太陽を浴びる。

・深い呼吸をする。

・有酸素運動、身体を動かす、汗をかく。

・身体を緩め、巡りを良くし、身体の中心を整える(瞑想、ヨガ、自力整体など)

・とにかく笑う。お腹がよじれるくらい、笑

・大声で歌う。

…などなど

一つ一つ説明していきます。最初の「太陽を浴びる」ですが自分が言うまでもなく、この効果は昔から多くの人が言ってますが、太陽光を浴びると幸せホルモンのセロトニンが分泌される、ビタミンDが体内でつくられ骨が丈夫になるなどいろいろとあります。

 太陽を浴びることの効果にもう一つ自分なりの考えで付け加えておきたいのですが、それは宇宙は愛で出来ていたシリーズでも書いてきましたが、宇宙や人間を含むすべてのものは円形の循環するエネルギーであるという理屈から考えると、太陽系とは中心にある太陽を中心軸に循環する輪です。

 太陽系の中心軸の太陽と、一人の人間の中心にある中心軸とのチューニング(周波数、波動)を合わせる、ギターのチューニングを音叉で合わせるように。とかく人間というのは生きているといろいろあって(もちろん自分も)、ぶれたり落ちたりずれたりします。だから楽器のように時々正しいチューニングに戻してあげないといけません。太陽の高い波動に自分のチューニングを合わせる、これが太陽を浴びることの効果の一つではないかと。

太陽だけでなくその他の高い波動を持つもの、例えば動植物、イルカ、赤ちゃん、大自然の中、滝、巨木、神社仏閣、パワースポットと呼ばれる場所、などに身を置いたり触れあったりして自分のチューニングを合わせることも同じように効果的ではないかと。

…あぁ、このシリーズもまた長くなりそうなので、続きはまた次回に、笑