今までは、流されるまま、ここまで来た。

これからは、自分の手で未来を切り開いていきたい。

Tさんの事も、自分で選んだ道だと思いたい。

まだまだ、割り切れないものはあるけれど、前を向いて歩いていければいい。

そして、私は、自分から、Tさんにキスをした。

Tさんは、倒れた私の上に馬乗りになって、両手で首を絞めてきた。

両手、両足を一杯動かして抵抗した。

顔が熱くて、こめかみの血管が膨らんだ感覚がして、口からは悲鳴ではなく、呻き声と涎が出た。

もう駄目だ、そう思った瞬間、首からTさんの両手が離れた。

涙が出るほど、咳き込んだ。

呼吸は落ち着いてきたら、首の痛みに気がついた。

Tさんは、自分の両手を、じっと見つめていた。

「どうして・・・どうして・・・」

そう繰り返し呟いていた。

「そんなに私を殺したい?ここまで私を苦しめて、それでも足りなくて殺したい?」

Tさんは、泣いていた。

はじまりの時から、何度も何度も同じ事を繰り返しているのは、私のも原因があるのだろう。

そして、それがあるから、希がいる。

長い時間だったのか、短かったのか、自分でもよくわからない。

そして、私の出した結論は・・・

Tさんが居るから、希がいる。

だけれど、私にも、カっとすると暴力を振るうTさんを、希には、会わせられない。

もちろん、一緒に暮らすこともさせられない。

だけれど、Tさんを切り捨てる事は、私には出来そうにもない。

一時的な感情で選択する問題ではないのかもしれない。

また、同じ事を繰り返していくのかもしれない。

明日には、本当に首を締められるのかもしれない。

それでも、私には、Tさんを拒絶しきれなかった。

私は、Tさんと一緒の道を歩む事を決めた。

結婚はしない。

一緒には暮らさない。

希には会わせない。

そういう条件で。

平日は、希、優先。

週末に、Tさんと会う。

希の体調が悪い時には、週末も会わない。

細かな条件を決めていく。

約束は、また、破られるのかもしれない。

だけれど、もう一度だけ、信じようと決めた。

Tさんが、私の左手にリングを嵌めた。

あの時、返したリングだった。

Tさんの左手にも同じリングがある。

そして、Tさんは、もう一つ、小さなリングを出した。

希の誕生石入りのベビーリングだった。

「酒もタバコも止める。希の為に。腎臓移植の時には、絶対やるから。」

確かに、何度か会った時には、タバコは吸っていなかった。

だけれど、簡単には綺麗にはならないだろう。

それでも、その気持ちに賭けよう。

養育費は断った。

どうしてもの時には、真っ先にお願いする事を条件に諦めて貰った。

結婚も認知も断っているのに、養育費だけ受け取る事なんて出来ない。

私の為ではなく、子供の為の物、子供の権利だと言われても、それだけは譲れなかった。

話しながら、私は先の見えないトンネルの中にいる気持だった。




「やっぱり、一緒に暮らしたい。」

Tさんは、そう言った。

予想外の展開に、私は何も言えなかった。

今は大人しく話しているけれど、断ったら、どうなるのだろう?

希は・・・

「やっぱり、一緒には暮らせない。Tさんには、見守っているだけにしてほしい。」

Tさんの顔が厳しくなった。

「自分の子供の為に、養育費を払う事すら、認めないのか?」

「自分で選んだ人生だと胸を張って言うために、自分一人で生きていきたい。結局は親に支えられているけど、それでも、頑張って行きたい。」

「どうしても?」

返事をしようとした瞬間、すごい衝撃と共に、私は床に倒れた。



週末、どうしよう。

ずっと、そればっかり考えていた。

結論は、なるようにしかならない、だった。

待ち合わせ場所へ行くと、Tさんが居た。

車に乗って、着いたのは、この前、カレと逢っていたホテルだった。

やっぱり、バレているのかもしれない・・・

このまま、部屋で2人きりは、危ないかもしれない。

でも、着いて行くしかない。

殴られて・・・

また、いつものように・・・

そう覚悟していた私の予想に反して、Tさんは、私をソファーに座らせた。

そして、話始めた。


このまま、この部屋に隠れている訳にはいかない。

とにかく、カレと一緒のところだけは見つかってはいけない。

そう思った。

一緒に居ると言い続けていたカレも、私の説得で部屋から出て行った。

Tさんが、カレの事に気がついてないように祈った。

しばらくして、カレから、私の携帯に連絡があった。

Tさんは、ロビーに居るけれど、自分は無事に出られたと。

私は、ゆっくりとロビーに降りて行った。

絶対大丈夫だと自分に言い聞かせて。

私を見つけて、Tさんが、こっちに向かってくる。

私は、驚いた顔で、だけれど、笑顔で待っていた。

Tさんは、そんな私の態度に驚いていた。

「偶然だね、どうしたの?」

Tさんが、何かを言う前に、私は言った。

「お前こそ、何してた?」

私は、精一杯の笑顔で答えた。

「ずっと、希の世話でゆっくり出来なかったから、両親が、ゆっくりしてこいって部屋をとってくれたの。お陰でゆっくり出来たの。また、明日から頑張らなきゃね。」

Tさんは、納得してない様だった。

だけれど、私が、せっかく久しぶりに会ったんだからと、食事に誘ったら着いて来た。

Tさんに、そのまま部屋を取ろうと誘われた。

「希が待っているから。また、今度誘って。」

Tさんは、機嫌よく、家まで送ってくれた。

車の中で、私の手を握り、私の手にキスしてきた。

「週末、空けといて。」

そう言って帰っていった。


Tさんと目が合った瞬間、私は、走って、エレベーターに乗った。

閉ボタンを何度も押して、閉まった瞬間、ホッとした。

カレの部屋の階のボタン以外にも、違う階も押しておいた。

少しは時間稼ぎになるだろうと信じて・・・

戻ってきた私にカレは驚いていたけれど、事情を聞いて、テキパキと電話をし始めた。

フロントへは、来客も電話も取り次がないようにした。

Tさんは、何でここがわかったのだろう。

まさか、私の跡を着けて来たのだろうか・・・

しばらくして、カレが様子を見に、ロビーへ行ってしまった。

家には、もうしばらく、帰れないから、希の事をお願いした。

母には、Tさんが、居る事を正直に伝えた。

「心配しないで。」

そう言ったら、母は、また、泣いていた。



Tさんから、何度も携帯に着信があった。

だけれど、私は出る事はなかった。

冷静に考えたら、Tさんを怒らせたら、大変だとわかっていたのに。

恋に浮かれている場合じゃない。

私には、希がいる。

それでも、ちょっとだけ、誰かに寄りかかってみたくなった。

そう、多分、それだけの気持ちだったはずだ。

何もなくなって、Tさんが、私の恋に黙っているはずはない。

もう、誰にも迷惑はかけたくなかった。

それでも、カレから、逢いたい、そう言われると、逢いたくて逢いたくて・・・

でも、逢えない。

それでも、最後に、一目だけ逢いたい。

だから、逢う約束をした。

きちんと、お別れ出来る様に。

後悔しない為に。

何度か約束したけれど、希の体調が良くなくて、やっと逢えたのは、約束してから二ヶ月も経っていた。

何度も、ドタキャンして、延期して、それでも、カレは来てくれた。

落ち着いて話そう、そう言われて、ホテルのロビーから部屋に移動した。

「もう逢えないよ。」

そう言った瞬間に、抱き締められていた。

キスして、別れた。

抱かれたい、このまま、一緒に居たい、そう思ったけれど、そうしたら、離れられなくなるから。

エレベーターから降りてロビーに出た瞬間、腕を捕まれた。

もしかして、カレが、追いかけて来てくれたのかも、そう思って期待して顔を上げた瞬間、私の目に入ってきた自分物は、Tさんだった。



私は、恋をした。

相手は・・・

カレは、私がシングルマザーだと知っている。

希ごと、付き合いたい、そう言われた。

子供を育てるのは、精神的にも、金銭的にも、並大抵な事ではない。

自分の子供ですら、大変なのに、他人の子供なんて到底無理だろう。

それに、Tさんの事もある。

自分の心の中だけでの恋にしよう、そう決めた。

それでも、気持ちは止められない。

Tさんへの態度に出てしまった。

「男が出来たのか!!やったのか!!」

Tさんが、馬乗りになって殴ってきた。

答えも、逃げもしない私を見て、今度は謝って来た。

「顔も身体も痛いから、当分は、ここには来れない。」

そう言って、マンションを後にした。

諦めと、Tさんへの抑え切れない憎悪を抱いて。


Tさんの要求は、際限が無くなっていった。

会うのが、週に一回だったはずが、二回、三回、来いと言う様になった。

希を連れて来いと、毎回言うようになった。

セックスが終わったら、すぐに帰ろうとする私を、帰さない様に、何度も何度も、しつこく抱く様になった。

それでも、私は、負けたくない気持ちで、Tさんの要求を跳ね除けていた。

全部は断れない。

でも、譲れないものはある。

「希は俺にそっくりだ。」

Tさんに言われ、持っていった希の写真を見て、そう言った。

希は、Tさんにそっくりだった。

Tさんには、激しい憎しみと嫌悪を感じるのに、希には、まったく感じない。

Tさんの子供だと言うよりは、私の子供だからかもしれないけれど。

希も、いつかは、父親が居ない事を、不思議に思うのだろうか。

父親の事を聞かれたら、私は、どう答えればいいのだろうか。

ふと、そんな事を思った。



Tさんとの関係は、希が生まれて、しばらくは落ち着いていた。

もう、このまま、お互い関係の無い人生を歩んで行くと思っていた。

だけれど、Tさんは、弁護士との約束を破り、私達に付き纏った。

弁護士を通して、再度警告をしても、聞く耳を持ってない様だった。

「俺には、失うものなんて何も無い。警察に捕まったって構わない。捕まるくらいなら、お前も希も、みんな殺した方がいい。」

結局は、戻るしかなかった。

私が、毎週土曜日に、Tさんのマンションへ行く事を条件に、私の実家には近寄らない事、希には会わない事を約束させた。

Tさんは、私に圧し掛かりながら、何度も何度も、私に、言い聞かせるように言った。

「人生をやり直しなんてさせない。絶対、離れない。他の奴と幸せになんてさせない。」

希さえ、守れるなら、何だって我慢出来た。

Tさんは、相変わらず、避妊をしてくれなかった。

私は、Tさんには、ばれないように、ピルを飲み始めた。

だけれど、気持ちとは反対に、Tさんの愛撫に慣れきった身体は、簡単に、Tさんのモノを求めた。

抑え切れない喘ぎ声を出して、自ら腰を動かす自分自身が、汚らわしかった。