営業の魔法 中村信仁と永業塾の仲間たち -9ページ目

「無責任会議」を拡げませんか

様々な業界の営業人が集まり、あーでもない、こーでもないという「無責任会議」を繰り広げているのが永業塾。


無責任というと、聞こえは悪いのですが、でも、この「無責任」という言葉が馬鹿になりません。


人は「責任」が発生すると、急に慎重になり、言葉少なになるものです。しかし、無責任でいいと約束し合っていれば、感じるまま、考えるまま、様々な意見が飛び交います。


社内会議では活性化せずとも、社外(異業種交流など)での場面では活発な意見が飛び交うのは、お互い無責任だからなのです。


永業塾で3年ほど前にこの考えを広めたところ、多くの組織が採用し、今ではいたる所で「無責任会議」が活発に行われています。


なにやら、「無責任会議」を取り入れるためのハウツー・セミナーまで開く講師が現れたりしているようです……笑


でも、ルールはいたって簡単。

①意見に責任無用(無責任意見歓迎)

②他者の意見を絶対否定しない

③素晴らしい、と褒め合う


この3つだけで、無責任会議は大変盛り上がり、時間を忘れ、おさまるところを知らない状態になりますのでご注意ください。


もっと詳細を知りたいという方は、全国9ヶ所にて毎月開催している永業塾へご参加ください。




中村信仁


知識人と智慧の人

北海道の富良野へ仲間10人で、一泊二日の旅をしてきました。富良野には倉本聰(くらもと そう)さんという脚本家が暮らしています。

倉本聰さんは1980年代にNHKと喧嘩し、東京を捨て札幌へ流れてきます。その後、富良野へ移住し既に30年以上の歳月を送っていますが、その過程で書き上げたドラマが「北の国から」です。
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この写真、黑板五郎が暮らす木造のあばら家……、僕が幼少の頃生まれ育った家にそっくりなんです。小学校4年生になった頃、こんな隙間風で寒々しい家を、朝4時に出かけ、雪の中、毎朝新聞配達をしていました。

北の国からは、北海道で暮らす者たちにとって、多かれ少なかれ、原風景が見え隠れするドラマでした。

「都会の連中は知識で生きているが、田舎じゃ知恵がなけりゃ生きられない」

倉本聰さんが北海道に移り住んだ時の素直な感想だそうです。知識なんてクソの役にも立たないと。

「文明は今や即席の時代となり、すぐに結果を出すことを求めて、そのために金やエネルギーを垂れ流す。だけど早く結果の出ることが善で、時間のかかることは悪というの価値観が、このまま人生の座標軸っていうことを信じる生き方に疑問はないかね」 by So Kuramoto

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富良野へ行くたび、または「北の国から」をDVDで見直すたび、僕は色々なことを考えさせられる。

僕たちは便利を手に入れたけど、その便利を得るためにどれほどの自由を手放してしまったことか。本当は不便だったけど、不便だからこそ自由であったような気がしてならない。無駄な努力、とか、無駄な時間、というのを徹底的に嫌う世の中だけど、そんな無駄な努力や、無駄な時間、その中にこそ大切な想像力が隠されているのだと思う。by Shinji Nakamura



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今年の夏、全国で永業する仲間たちが富良野に集まり勉強します。不便な暮らしというものを少しでも感じてもらえたなら……きっと、永業の醍醐味に近づけるのかもしれません。




中村信仁


話道(わどう)を極めたい

お前さんも、もう、芸人のはしくれだよ。

先日、朝稽古を師匠につけていただ時に言われた言葉が「芸人のはしくれ」でした。師匠は日本一のラジオ話芸人(わげいにん)日高晤郎先生。

そして、今、私には夢がある。もし、いつか守破離(しゅはり)が許されるなら、話芸を話道へ……芸を道へと極めてみたいと。

30年、それを目標に修行する。78歳。若い人には、78歳で極めてなんになる、そう思う人が多いだろう。しかし、逆に私は思う。若くして極めてなんになるのだろうと。

私はみてみたい。語りの道を。話の道を。



中村信仁


幸せを感じるとき

全国どこへ行っても仲間がいます。みんな、共通の言語、共通の思考で会話のできる仲間たちです。

なにも言わなくとも、駐車場で車を出入口より少し遠くへ停める仲間。

募金箱をみつけると、スマートにコインを必ず入れる仲間。

ドアを開けて待ち、人を先に通す粋な仲間。

エスカレーターを使わず階段をさりげなく上る仲間。

林檎やミカンを買うときに、どれが美味しそうかなんて選ばずに、手元にあるものをサッとカゴに入れる仲間。

それらの行為の意味を説明せずとも、なぜそうするのかを知っている仲間。そして、知らなくとも、素直に真似をし出す仲間。

しない人、できない人、を責めることをしない仲間。

クツを揃えましょうと、人に説教せず、いつも黙って廻りのクツを揃える仲間。

レジでは混んでいる列に進んで並び、人から愚鈍と言われようとも、要領が悪いと言われようとも、平気な顔して口笛を吹いているような仲間。

そんな仲間たちが全国にいて、そんな仲間たちと毎月一回勉強会をするのが永業塾なのです。

たまに「なんだか永業塾って宗教っぽいですね」なんていうお褒めの言葉をいただきますが、永業塾は決して宗教ではありません。なぜなら、私たちは宗教以上を目指しているバチ当たりな仲間たちだからです。



中村信仁

その人の横顔が見える瞬間

営業という仕事は、お客様から NO をいただいた瞬間の顔に、その人のそれまでの生き様が表れます。

「それではまた」と歩き去るその背中に人生が剥き出しになります。

不思議なもので、そのような瞬間を何故かお客様は見逃さない。怖いくらい見逃さない。

永業塾では、その一秒にも満たない瞬間に、生き様をきちんと投影できる人であるため、普段の暮らしの中で負荷をかけて生きることを誓い合っているます。鍛錬の中に身を置き準備を怠らないことを約束しあっています。

プロであろうと努力することは、プロへの第一歩であると自覚している仲間たちなのです。




中村信仁

2014.05.22 STVラジオ「今朝の一冊」

書名/大人の覚悟
著者/三石由起子 (みついし ゆきこ) 著
出版/経済界
価格/1,000円+税


1954年長野県生まれ。テレビ、ラジオにて辛口人生相談員として活躍。


書の中にこんな話が出てきます。


大人の覚悟とは「蜀(しょく)の鄙(ひ)に二僧有り」の覚悟のみ。


蜀(しょく)の田舎に二人の僧がいた。

一人は貧しく、ひとりは豊かであった。

貧しい僧が、金持ちの僧に「私は南海へ行こうと思うが、どうだ」と問うた。


すると豊かな僧は「お前はお金もないのに不安ではないのか」と問い返した。
貧しい僧は「なあに、瓶ひとつ、鉢ひとつあれば足りるよ」と。


金持ちの僧は「私は何年も前から、舟を買って南海まで下ろうと思っているのだが、いまだにそれができないでいる。それなのにお金もないお前が行こうなどとは……とても信じられない」と笑っていた。


年を越して翌年、南海から戻ってきた貧しい僧を見て金持ちの僧は自分の心の貧しさを悟った。


蜀のくにと南海の国は幾千里も離れている。金持ちの僧が困難と思い行きつけぬ地へ、貧しい僧はいとも簡単に行って帰ってきた。


人が志を立てさえすれば、おのずと道は開けるのだ。



つまり、大人は子供に志の有無を魅せればよい……。

三石さんは本書で、ただそう云っている。






中村信仁

音の道

人前に立つ時に心掛けていることは、語りかけたことが相手の琴線に触れ、そこからドンドン想像が膨らみ、次から次とイメージが溢れだすような表現であること。

それが、講演での私の語りであり、
講演というひとつの舞台での心構え。



参加している方が、私の語りに対して、もし「いいことを言っている」と感じたのなら、それは私の負け。

いいことを言う必要も、つもりもありません。ただ、聞いてくださった方の心に想像が広がる語り、それが一番。

つまらない話、飽きる話……というのは、いい言葉が山盛り。だけど、想像が拡がらない。

二時間でも三時間でも、自分の想像が途切れることなく、次から次へと湧き上がるから、私の話を飽きることなくみんなは聞いてくれるのです。

つまり音が一本の道となっているのです。




中村信仁

イジメの原因は価値観の画一化

 価値観を画一化することが「いじめ」の起きる要因の一つだろうと思い至ってのことである。

 子供の発想を広げるには、なるべく多くの大人の考え方をサンプルとして提示してやるのが一番。

 手っ取り早い方法としては古今東西の物語を教えてやることである。

子供の知らない世界を広げて、自分とは異なった価値観の中で生きた人々を見せてやることは、子供に生きる楽しみを与えることであり、子供の心に優しさを育むことになる。

 今、すぐに理解できなくともよい。そういう世界があるのを教えることが第一歩である。それをできるのが「本物の大人」だとおもうのだ。


□□□□□□□□□□ 大人の覚悟 三石由起子著 □□




正しいことはひとつ、このような発想がダメなのだろう。世の中、白と黒ばかりじゃない。灰色が圧倒的に多い。


つまり、正しいことなんて本当は存在しないのかもしれない。でも、何が正しいのだろうかと考える力は大切なのだ。


だから、子供たちばかりじゃなく、我々大人も、多くの人々、偉大な人々、時にはおちゃめな人々、ドジな人々を学ばなきゃいけない。


ひと物語(STVラジオ 毎週木曜日、朝8時30分より)で、もっともっと面白い人を紹介し、語り伝えよう !!




中村信仁

2014.5.15 STVラジオ「今朝の一冊」

書名/お金のいらない国
著者/長島龍人(ながしま りゅうじん) 著
出版/地球村出版
価格/900円+税



著者は1958年生れ。武蔵野美術大学卒業後、広告代理店入社。2003年 「お金のいらない国」出版。


この本は「お金というものがないと人々は欲望をコントロールできないのか」を問い掛けている一冊です。


無駄なもの、不必要なもの(つまり贅沢)を手に入れるために、私たちは毎日無駄な労力と時間を費やしていないか? 言い換えるなら不必要なもののために無駄な仕事を増やしている……、まったくゆとりのない暮らしになっているのではありませんか。


お金というものは、モノの価値を共通した認識で共有するための物差しでしかない。もし、この瞬間、パッとお金が無くなったとしても、すべての人が今の仕事を続けさえすれば、世の中は何の支障もなく繰り返されるはず……それは不可能なことか? と問い掛けています。

どうでしょう……無理でしょうか? しかし、この本を読み進めていくと、それが可能に思えてしまいます。


本書の中にこんな一文が出てきます。
あなたの今されている仕事が、本当に価値のあるものかどうかを判断する、簡単な方法をお教えしましょう。仮に、社会からお金というものがなくなり、その仕事によって報酬を得られないとしても、自分がその仕事をすべきだと思うかどうか、です。お金のいらない国になったら、やりたい仕事をすればいい、ともいっています。


あとがきに地球村出版の代表者高木善之さんがこう書いている。
この本は、今の社会が抱えている問題や矛盾を、爽やかに、鮮やかに気づかせてくれます。現状の社会の問題点や矛盾(苦労、トラブル、犯罪、紛争、戦争、貧困、環境破壊など)は、ほとんどすべて解決してしまうでしょう。


この本をぜひ学校の先生に読んでいただきたいと願います。そして、子供たちと 「こんな世の中を作れないものか」 と話し合っていただけないものでしょうか……。




中村信仁


タイのCMに生き方を教えられました。

二年前の4月14日に母が亡くなりました。
亡くなる少し前から、記憶をつかさどる部位の血管が詰まり、アルツハイマーに似た症状が表れました。
息子である私を見ても名前が出てこないのです。
「しんじだよ」
というと
「そんなの分かってるよ」
そう言いますが、母の表情には、私のことが分からないもどかしさ、と必死に思い出そうとする様が出ています。


忘れられてしまうことの寂しさを始めて経験しました。
親に忘れ去られてしまうことの辛さを初めて味わいました。
正直、少しだけ腹立たしくもありました。


母が亡くなってから今日まで、ずっと「そのこと」が尾を引いていました。親不孝だった自分だったから、最後の最後にバチが当たったんだなと。

だけど、福岡の友人、大浦さんがタイのCMのURL を送って下さり、そのCMをyoutubeで見たとき、すべてが解決しました。


母は最期に私を忘れたけど、

私は母のすべてを覚えていた。

それだけで良かったんだ。
自分が憶えていることが大切なんだ、と。

それだけで十分幸せなんだ、と。


http://youtu.be/D89dbi6JRN8