「無責任会議」を拡げませんか
様々な業界の営業人が集まり、あーでもない、こーでもないという「無責任会議」を繰り広げているのが永業塾。
無責任というと、聞こえは悪いのですが、でも、この「無責任」という言葉が馬鹿になりません。
人は「責任」が発生すると、急に慎重になり、言葉少なになるものです。しかし、無責任でいいと約束し合っていれば、感じるまま、考えるまま、様々な意見が飛び交います。
社内会議では活性化せずとも、社外(異業種交流など)での場面では活発な意見が飛び交うのは、お互い無責任だからなのです。
永業塾で3年ほど前にこの考えを広めたところ、多くの組織が採用し、今ではいたる所で「無責任会議」が活発に行われています。
なにやら、「無責任会議」を取り入れるためのハウツー・セミナーまで開く講師が現れたりしているようです……笑
でも、ルールはいたって簡単。
①意見に責任無用(無責任意見歓迎)
②他者の意見を絶対否定しない
③素晴らしい、と褒め合う
この3つだけで、無責任会議は大変盛り上がり、時間を忘れ、おさまるところを知らない状態になりますのでご注意ください。
もっと詳細を知りたいという方は、全国9ヶ所にて毎月開催している永業塾へご参加ください。
中村信仁
知識人と智慧の人
富良野へ行くたび、または「北の国から」をDVDで見直すたび、僕は色々なことを考えさせられる。
僕たちは便利を手に入れたけど、その便利を得るためにどれほどの自由を手放してしまったことか。本当は不便だったけど、不便だからこそ自由であったような気がしてならない。無駄な努力、とか、無駄な時間、というのを徹底的に嫌う世の中だけど、そんな無駄な努力や、無駄な時間、その中にこそ大切な想像力が隠されているのだと思う。by Shinji Nakamura
今年の夏、全国で永業する仲間たちが富良野に集まり勉強します。不便な暮らしというものを少しでも感じてもらえたなら……きっと、永業の醍醐味に近づけるのかもしれません。
中村信仁
話道(わどう)を極めたい
幸せを感じるとき
なにも言わなくとも、駐車場で車を出入口より少し遠くへ停める仲間。
募金箱をみつけると、スマートにコインを必ず入れる仲間。
ドアを開けて待ち、人を先に通す粋な仲間。
エスカレーターを使わず階段をさりげなく上る仲間。
林檎やミカンを買うときに、どれが美味しそうかなんて選ばずに、手元にあるものをサッとカゴに入れる仲間。
それらの行為の意味を説明せずとも、なぜそうするのかを知っている仲間。そして、知らなくとも、素直に真似をし出す仲間。
しない人、できない人、を責めることをしない仲間。
クツを揃えましょうと、人に説教せず、いつも黙って廻りのクツを揃える仲間。
レジでは混んでいる列に進んで並び、人から愚鈍と言われようとも、要領が悪いと言われようとも、平気な顔して口笛を吹いているような仲間。
たまに「なんだか永業塾って宗教っぽいですね」なんていうお褒めの言葉をいただきますが、永業塾は決して宗教ではありません。なぜなら、私たちは宗教以上を目指しているバチ当たりな仲間たちだからです。
その人の横顔が見える瞬間
「それではまた」と歩き去るその背中に人生が剥き出しになります。
不思議なもので、そのような瞬間を何故かお客様は見逃さない。怖いくらい見逃さない。
永業塾では、その一秒にも満たない瞬間に、生き様をきちんと投影できる人であるため、普段の暮らしの中で負荷をかけて生きることを誓い合っているます。鍛錬の中に身を置き準備を怠らないことを約束しあっています。
プロであろうと努力することは、プロへの第一歩であると自覚している仲間たちなのです。
中村信仁
2014.05.22 STVラジオ「今朝の一冊」
書名/大人の覚悟
著者/三石由起子 (みついし ゆきこ) 著
出版/経済界
価格/1,000円+税
1954年長野県生まれ。テレビ、ラジオにて辛口人生相談員として活躍。
本書の中にこんな話が出てきます。
大人の覚悟とは「蜀(しょく)の鄙(ひ)に二僧有り」の覚悟のみ。
蜀(しょく)の田舎に二人の僧がいた。
一人は貧しく、ひとりは豊かであった。
貧しい僧が、金持ちの僧に「私は南海へ行こうと思うが、どうだ」と問うた。
すると豊かな僧は「お前はお金もないのに不安ではないのか」と問い返した。
貧しい僧は「なあに、瓶ひとつ、鉢ひとつあれば足りるよ」と。
金持ちの僧は「私は何年も前から、舟を買って南海まで下ろうと思っているのだが、いまだにそれができないでいる。それなのにお金もないお前が行こうなどとは……とても信じられない」と笑っていた。
年を越して翌年、南海から戻ってきた貧しい僧を見て金持ちの僧は自分の心の貧しさを悟った。
蜀のくにと南海の国は幾千里も離れている。金持ちの僧が困難と思い行きつけぬ地へ、貧しい僧はいとも簡単に行って帰ってきた。
人が志を立てさえすれば、おのずと道は開けるのだ。
つまり、大人は子供に志の有無を魅せればよい……。
三石さんは本書で、ただそう云っている。
中村信仁
音の道
人前に立つ時に心掛けていることは、語りかけたことが相手の琴線に触れ、そこからドンドン想像が膨らみ、次から次とイメージが溢れだすような表現であること。
それが、講演での私の語りであり、講演というひとつの舞台での心構え。
参加している方が、私の語りに対して、もし「いいことを言っている」と感じたのなら、それは私の負け。
いいことを言う必要も、つもりもありません。ただ、聞いてくださった方の心に想像が広がる語り、それが一番。
つまらない話、飽きる話……というのは、いい言葉が山盛り。だけど、想像が拡がらない。
二時間でも三時間でも、自分の想像が途切れることなく、次から次へと湧き上がるから、私の話を飽きることなくみんなは聞いてくれるのです。
つまり音が一本の道となっているのです。
中村信仁


