伝えるからものがたるへ
① しゃべる
② 話す
③ 伝える
④ 語る(ものがたる)
⑤ 聴ける
アマチュアからプロへの変化の道程です。
誰でも最初は「しゃべる」ことを知り実践していきます。人は皆最初は後先考えず好きなことを喋り出します。そして徐々に本を読むことを憶え、たんに喋るのではなくことばを選んで「話す」ようになります。
話すことを憶えた人が「伝える」ことを意識することがプロの道です。役者が役を伝える。アナウンサーがニュースを、現場を、実況を伝える。電車の車掌が、パイロットが、CAが現状を伝える。
話したいことを話す、という自分軸から、人が知りたいと思っていることを伝える相手軸に変化するところにアマとプロの大きな違いがあります。
次の段階は「語れる」かどうか。
雨が降っていることを伝えることから、どのように雨が降っているのかをものがたれるかどうか。永業塾では、この「ものがたる」ためのコツを学び、みんなで練習を繰り返しています。
練習したことはできるようになります。
練習していないことはできません。
練習は絶対に自分を裏切らない。
努力は究極の運を呼び込みます。
そして最後の段階「聴ける人」。
この達人の域に達することを営業人は目指したいものです。
中村信仁
ビリー、それは山下義弘さん
しもやんとビリーの講演を聴きに梅田の新阪急ビルへ行ってきました。たまたまホテルから歩いて10分くらいだったので、とことこと歩いて…。
大阪へ定期的に来るようになって二年。
今年から旅の途中に大阪か東京でオフの日を入れるようにしたので、体が楽になり、こんな余裕も持てるようになりました。
ビリーは永業塾関西ステージに通い続けてくれるスーパー営業コンサルタント。一度ビリーのお話しを聴かせていただきたいと思っていたので夢が叶いました。
※ ビリー=山下義弘 さん
※ ビリーの本はこちら
ビリーの ①うなずく ②笑う ③返事をする というヒアリング三段活用はとても笑える。ビリーは人に勧める以上にその実践者でもある。自分がしっかりやっていること、できていること、を人に勧めるわけだから、聴いているこっちはやらざるを得ない。そして会場はビリーの空気感に包まれる。
これを日々実践し続けるとドンドン友達が増えてしまう、そして「友達になって下さい」という、とのこと。
確かにビリーが初めて永業塾に来た日、この三段活用で三時間聴き続けていてくれた。終了後「友達になって下さい」といわれ、それ以来、大阪の友達としてお付き合いさせていただいている。ビリー恐るべし…。
いやぁ、楽しかった。
ビリーの人柄のにじむ講演会でした。
中村信仁
はがき
毎月、半分以上旅をしていると、季節感の違いに驚かされる。特に北国で暮らす者が道外を旅するのだからその違いは強烈だ。
二月といえば北海道はまだまだ雪深い。冬のど真ん中といっても過言じゃない。それが大阪や東京では暦どおりに春を感じさせられる。間もなく梅が香りを放つのも近い。
長女、次女は大きくなりそれぞれの人生を歩む準備に入っている。三女は春から中学三年生。多感な年ごろでありそれなりに反抗をみせている。
いつの頃からか、旅先からその三女にハガキを出すようになっていた。時にはハガキが配達される前に自分が帰ってしまうということもあるのだけど…。
いつだったか、届いたハガキがダイニングテーブルの上にポンと放られていた。それを見て少し寂しさを感じ、娘に「ハガキいらない? 出さない方がいいか?」と聴いた。
三女は目を合わせず顔をそむけたままポツリ。
「ハガキ読んでるよ」
思春期の複雑な心持ちの中で、精一杯の歩み寄りの言葉だった。父親の役割を果たせていない自分の自己満足の行為がハガキを出すことなのかもしれない。だけど、そんなハガキを出し続けようと思う。
これから梅田のポストを探して今日もハガキを投函しにいく。
中村信仁
関西ステージ
永業塾関西ステージが終了しました。
昨夜の福岡に続き今月2ケ所目。
毎回集まってくれる篤い営業人たち。
今月は「情報発信」をテーマに勉強中。
知らない町で迷わずラーメン屋さんに入れるのは、ラーメン屋さんが「うちはラーメン屋です」という情報発信をしてくれているから。では、我々は「○○の営業です」と、どんな情報を発信しているのか !? という勉強です。
明後日は郡山、福島ステージ。
ポジポジで会いに行きます。待っていて下さい。
中村信仁
営業技 術 「アフターニード」
プレゼンの醍醐味は類推話法にある。
毎日、毎日、くる日もくる日も、自分の引き出しを増やす努力を怠らず、引き出しの中へネタを仕込んでいく。
プレゼンとクロージングを同時進行で進めることを憶えたのは入社して二年目だった。二時間半かかっていた商談を二時間に縮められた。
最終的には二時間を切るようになっていた。すると一日2プレしかできなかったデイリーにおいて3プレを可能に変えていた。
アフターニードとはニード・ストーリーを展開する技術。
顧客から出る「ノー」に対してイエスバットをかけるのだけど、一般的なイエスバットとは根本から違う。
「時間がない」
「英語の必要性を感じない」
「今やる必要はない」
「お金がない」
「そのうち考える」
「他の方法も探ってみたい」
「今日決めたくはない」
様々な理由が顧客の口から出てくる。
すべてもっともな理由だ。今、決めたくないという「ノー」の理由だ。その都度、めくじらを立てて反論しノー消しをしても悪循環を招くだけ。
最初は先輩に教わった一般的なイエスバットを掛けていた。しかし、それでイエスになることはなかった。ただ怒りを買い罵倒され嫌われた。
何かが違う…。
先輩のアドバイスを無視した。
そしてアフターニードに出会った。
「摩天楼はバラ色に」というマイケル・J・フォックス主演のサクセス・ストーリーを見ていて気づいた。クロージングってこれだ !! って。30回は見たかな、この映画。
それから僕は類推話法が大好きになり、アフター二ードを掛けまくった。この技術は次回作「営業の意味」に詳しく書くつもりでいる。
中村信仁
丸ビルで友と
パソナキャリアの社長をしている友人の渡辺さん が、誕生日に一人は寂しいでしょう、と誕生会を開いてくださり、丸ビルの36Fで夜景を見ながらの美味しいお酒と料理を堪能しました。
旅をしていて感じることは、寂しさを癒してくれる人の優しさです。
今の仕事スタイルになった時に覚悟はしました。もしかすると親の死に目にも会えない路を選んだんだと。
十年前に父が亡くなった時、最後の命を燃やしながら父は言いました。
「男は仕事を優先しろ。こんな夜中に病室に来なくていいから…。それより早く帰って寝ろ。お前を必要としている人がいる限り、お父さんのことよりそれを優先しなきゃダメだ。お父さんは十分にお前と過ごしたんだから」
父は69才で逝った。
今のスタイルへの変化を振り返ると、それは父の導きだったんだと思います。
ひとり残った母親に夕方電話しました。「誕生日だから声を聞かせようと思って」と。「ありがとう」母はひとことそういってくれました。ありがとう…それは自分のセリフだと思った。
中村信仁
旅の空から
自分の町…という考えを昔は強く持っていた。
昔はそれが札幌であり、二十代の頃は沼袋だった。
今は全国に仲間がいるようになり、どこに行っても自分の町っていう気がする。とても不思議な気分だ。落ち着かないという感覚がなくなり、どこにいても居心地がいい。旅先での宿をひとつに決めたせいもあるのかもしれない。
…今日、46才の誕生日を東京で迎えた。
素敵な提案をふたつも頂いた。
ひとつは齊藤眞一郎さんから。
ひとつは角川文芸出版さんから。
中村信仁
伊勢崎市
今日、伊勢崎市文化会館小ホールにて400人の生保営業人の皆様と過ごしました。隣の大ホールでは千昌夫さんのリサイタルが同時進行(隣は800人)。
色々な町でご縁を頂くたびに思うのですが、待っていて下さる人がいるという幸せに対してなんて自分はツイているのだろうと……。
来年、営業生活満29年を迎えます。再来年は30周年。続けることの厳しさを知ると同時に続けることの楽しさがやっと分かってきました。
もし、今、働くことに悩んでいる方がいるなら、ひとつだけ伝えたいことがあります。それは深刻にならないで……ということ。真剣はいいが深刻はダメです。ポジポジでいるために、ぜひ気楽に歩いてみてください。続ければ必ず次のステージが迎えに来てくれるはずです。自分からチャンスを掴もうなんてしないでください。その時がきたらチャンスが迎えに来てくれるのだから。必ず……。
中村信仁
今、飛び込み営業が来たぁ
富○薬品の飛び込み営業が来ました。
【 再現 】
富○薬品(以下、A) 「こんにちはー」
中村(以下、僕) 「はい !?」
A 「とてもいい話がありまして・・・」
僕 「何屋さん ?」
A 「これなんですけど・・・」
僕 「何屋さん ?」
A 「はい、富○薬品ですが」
僕 「あぁ、いいわ」
A 「ありがとうございます」
僕 「・・・」
A 「ではこちらにサインを」
誰に教わったのでしょうね。このパターン・・・
おもわず笑って叩き出してしまいました。
営業を馬鹿にした営業にはなぜか怒りを感じてしまいます。
ダイレクトセールス(飛び込み)が厳しくなったのは確かだけど、職人技の営業人がいなくなったのも事実。飛び込みは質が落ちたなぁと久々に感じました。
頑張れ営業ぉ !!
中村信仁
物語るプレゼン
顧客がブリタニカの歴史を知り、企業イメージを高め、その感情がそのまま僕への信頼へと変化した瞬間、僕は迷わずプレゼンを始めていた。ウォーミングアップ、フロント・トークと続きプレゼンに入るわけだ。
その頃の僕は、ブリタニカで英語教材を売っていた。いかにこの教材が優れていて、いかに簡単に英語を身につけられるかをプレゼンする。
その時、顧客の名前を意識して何度も何度も呼ぶ。顧客は自分の名前を呼ばれることで自分だけのために話してくれいるという意識が高まっていく。
母親が幼子に絵本を読んで聞かせるときに、主人公の名を我が子の名に変えて読み聞かせる効果と同じだ。
物語るプレゼンは、まさに夢の世界、絵本の世界に顧客を誘う技術だ。世界中の人口が60億人(当時)であろうと、この教材は、あなたひとりのために開発され、あなたにだけ使ってもらうことを待ち、あなただからこそ英語をマスターできるのだ、という物語でプレゼンは進んだ。
中村信仁