徹夜と移動
気持ちに張りがあると多少の無理はきく。
この数日ほとんど寝ずに移動を繰り返していました。
午前(新橋)と午後(池袋)にそれぞれ打合せをし、さっき有明に到着。
明日は午前中に講演をさせていただき、午後から北海道へ。
STVラジオでお喋りして、夜再び千歳へ戻ります。
きっと明日、北海道へ戻ると
この気持ちの張りが緩むのでしょうね。
その瞬間が怖いな・・・。
今朝、二年越しの依頼で待ち続けてくれていたPHP様に入稿しました。
五月発売予定です。ぜひ、みなさま、また応援して下さい。
中村信仁
プレゼンの成長階段
プレゼンの成長過程の目安に五本の柱があると感じだしたのは最近だ。
以前ブログ「伝えるからものがたる」 に詳しく書きましたが、第一段階の「しゃべる」から第五段階の「聴ける」まで。
では、どのようにこの階段を上るかなのですが、道はひとつなのかなと考えています。本を読みながら営業経験を積む、という道です。
勉強している人、していない人、を何で感じるか。
それはことばです。
どんなことばを使うか。
場に相応しいことばか。
それを聴けば分かる。
こう教えて下さったのは日高晤郎さん。
営業をしているとその通りだと思う。
もっともだと思う。
では、僕たち営業人がどのようにしてことばを磨くかというと、読書しかない。営業経験は普段の活動の中で積むことができるが、やはり普段から本を読んでいないと、経験を積む深さに違いが現れる。読書は仕事における万病の薬なのですね。
営業人にお奨めの本屋さんがある。
関東地区の方→読書のすすめ (江戸川区篠崎)
関西地区の方→ブックランドフレンズ (伊丹市伊丹2丁目)
中村信仁
父を思い出すとき
札幌の外れの片田舎から市街に通っていたので、始発に乗って終バスで帰る毎日。
土日はアポの固めうちをしていたので、10時、13時、15時、17時と4アポを入れていた。
終バスが22時30分で家に着くのが23時30分。なんだかんだと寝るのが2時頃。6時に起きて出社する暮らしが丸2年続いた。
今は車通勤をさせてもらっている。ドアッードアで楽をさせてもらっている。
昔、終バスに乗り遅れ、タクシーに乗るお金もなく、地下鉄でできるだけ家の近くまで行き家に電話をした。
疲れて寝ていた父親が、何も言わず車で迎えにきてくれた。18才の息子と50才の父。
上二人の娘たちはその頃の自分を越え、自分はその頃の父親の年齢に近づいている。
Android携帯からの投稿
頂上に立つ者
先日、永業塾福岡ステージで「人はなぜてっぺんを目指すのか」についてみんなで語り合った。
道を歩く者がふと顔を上げたとき、そこに高い山があれば登ってみたくなる。どうせ登るなら一番高い山を目指したほうがいい。そして苦労して登り切ったとき、てっぺんに立つことができる。
でも、一番高いと思って登った山なのに、てっぺんに立ってみると遙か向こうにそびえたつ更なる山が目に飛び込んでくる。
この風景こそ、ひとつの山を登った者だけが見ることのできる風景だ。そして、その向こうにそびえる遙か高い山を再び目指すためには、今立っているてっぺんを一度下りなければならない。
そうやって、僕たちは次のステージへと進んでいく。下りる勇気を失わず、次への挑戦をし続けましょう…。こんな話をさせていただいた。
今日、福岡ステージの香月リーダーのブログ に、その時の気づきが上手にアウトプットされていた。彼は、作家デビューを目指して、いま原稿を書き進めている。頑張れ、香月リーダー。(香月さんの blog http://ameblo.jp/eigyoujuku/entry-11169090801.html )
中村信仁
永業塾では毎月こんなことをみんなで勉強しています。
第45回 永業塾札幌ステージ
今夜は45回目の永業塾札幌ステージです。
45回目ということは、間もなく満4周年になるんですね。
いつの間にこんなに回数を重ねたんでしょうか…。
我ながら驚きです。
さぁ、みんなに会いに行こう !!
行ってきます。
中村信仁
男の珈琲
宿泊客の朝食が一段落したホテルのレストランで珈琲を飲みながら打ち合わせをした。バイキングの鍋を下げるスタッフが背中越しに行ったり来たりしている。
僕は珈琲を頼むと向かいに座る男性は紅茶を頼んだ。誰が何を飲もうと人の勝手だが、最近紅茶を飲む男性が増えている。
僕の中では紅茶は女性の飲み物…という位置づけがあり(これも僕の勝手な主観だ)、なんとなく興醒めしてしまう。
紅茶もそうだが、やたら健康を意識する男性も増えてきている。もちろん健康は大事だ。だけど男はこっそりと誰にも知られずに健康を考え行動するものだと、これまた勝手に自分の中で決めつけている。
僕は髪は洗ってもリンスはしない。リンスは女性のためのもの。ロングヘアーがばさばさでは悲しくなる。だから女性はリンスをすべきだ。でも男にリンスは不要。そんな長い髪なら切ってしまえばいい。すれ違う時にリンス臭い男とは友達になりたくない。
男なら苦い珈琲を我慢して飲むくらいのやせ我慢を貫いて欲しいものだ。こんなくだらないことでやせ我慢のひとつもしなければ、いったいどこでやせ我慢をするのだ。
やせ我慢こそ、男の男たるゆえんだ、と大人になりきれない六才程度の精神年齢の僕は考える。
飲んでも飲まなくても、ティーカップではなく、珈琲カップを自分の前において物思いにふける横顔を見事に決められる男でいたい…。
そんなことを考えているうちに、打ち合わせは終了した。
ん?
いったい、今日は何の話だったんだ…?
そう思いながら「それじゃあ宜しくお願いします」と席を立った。
中村信仁
熱意の人に
ブリタニカでは研修という名のつくものはほとんど存在しなかったことはすでにお伝えしました。
ただ、壁という壁には色々な貼り紙がところ狭しとべたべた貼られていました。
「陽転思考十ヶ条」
「君一流になろう」
「熱意」など…
これらは今思うと、すべて行動指針となっていた。その指針に沿って行動することで営業成績を上げることができた。
僕の会社でも3年前まで陽転思考十ヶ条を掲げていた。
○ 素晴らしいライバルをつくろう
○ 解らないことがあったらその場で聞こう
○ お互いに長所を誉めあおう
○ ネガトークする人を陽転させよう
○ お互いに元気よく挨拶しよう
○ 明るい笑顔を忘れないようにしよう
○ 新しい仲間を大切にしよう
○ 仕事についてポジティブな話をしよう
○ 成功の実例を多くの人に知らせよう
○ 一期一会の大切さをもう一度語り合おう
この十ヶ条から多くのことが生まれた。
お互いに長所を誉めあおう、という教えから、講演でよくお話をする「良かった探し」の法則が生まれた。
明るい笑顔を忘れない…という教えから100万ドルの笑顔という言葉が生まれ、そして学生たちとの勉強会「笑顔塾」へと進化した。
新しい仲間を大切に…という教えからは、永業塾へ初めて参加する人たちをみんなで取り囲む文化が生まれた。
成功の事例を…という教えから、講演でもセミナーでもドンドン録音して一人でも多くの人へ紹介してください、という one for all の法則が生まれた。
今、振り返ると十八才で飛び込んだ世界の教えがすべて自分の基礎となっていた。
中村信仁
東北の希望
永業塾福島ステージが終了しました。
東北へ足を運んで一年。
昨年の二月にキックオフ講演会があり、翌月に東日本大震災。
先月、永業塾に通って下さるトーマスホーム の阿部光司社長がこんなことを言ってくれた。
「中村さんは去年の二月にこれから毎月福島へ来るって言った。でも翌月に放射能漏れ。みんなが逃げ出していった。もうここへは来ないだろうと思ったんだ」
懇親会の席でのことだった。僕は黙って聞いていると、阿部社長はこう続けた。
「それなのに、四月に本当にやってきたね。正直、信じられなかったよ。みんな理由つけて寄り付かないのに。そして本当に毎月通い続けてくれた。だから私も永業塾に通い続けるよ」
その時なんだかジンときた。東北を一年間見続けました。福島と仙台、毎月通っていて感じることがあります。みんな頑張っていると。理屈じゃなく頑張っていると。
「中村さん、あなた本物だね」
嬉しかったなぁ、このひとことは。
人前で元気に振舞い、人前で自信たっぷりの姿を演じ、人前で余裕ある雰囲気を作っている。だけど、落ち込んでいる日もあった。人前に立つのが辛い日もあった。それでもこんなひとことで元気になれた。
演じ続けていれば、それがいつか本当の姿になる日がくるのだろう。今生の使命をまっとうできる日を迎える準備をし続けよう。
元気でいることこそが営業人の誇りなのだから。
中村信仁
5月の新刊 「営業ノート」
いよいよ脱稿が近付いてきました。
PHPさんから5月に新刊 「営業ノート」(仮題)が出版されます。
伊丹から福島への機内で読み返してみました。
手前味噌ですが 「面白い !!」
実に面白いのです。
そうか、商談ってこうやってノートをとるんだ !! と自分ながら改めて納得。今まで為してきた手法を体系化してご紹介する拙書ですが、灯台下暗しとはまさにこのことです。
発売をお楽しみに、そして、また応援をいただけますことをよろしくお願い致します。
中村信仁
